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都立総合芸術高校音楽科楽理専攻
楽理専攻 検査課題 例
Ⅰ 次の文章を読んで、「音楽を聴くということ」について、あなた自身の考えを自由に論じなさい。字数の制限はありませんが、
解答用紙に収まるように書きなさい。
音楽を聴いていていつも思うことは、自分が「今、ここ」でまさに感じていることをすべてはつかみきれないまま、時が過ぎていくということである。
器楽曲や声楽曲でもそうであるが、大きな楽器編成の交響曲となると、もういけない。音の奔流のなかに身を浸し、吸い込み、
響かせ、根づかせようとしても、ほとんどのことは手の間を砂がこぼれ落ちるように過ぎ去っていってしまう。
丹精に習練を重ねて初めて響かせることのできる豊饒な音の奔流が、惜しげもなく通り過ぎていく。まるで、「源泉かけ流し」
の温泉のように、贅沢な時間が流れていくのである。
音楽を聴くことは、つまりは「うまくサヨナラをすること」だと思う。歌曲集《白鳥の歌》を最後に世を去っていったシューベルトの
音楽もまた、私たちの胸の中に美しい惜別の思いをかき立て続ける。
私たちが音楽を愛するのは、それが生命のあり方に似ているからだろう。ある場所と時間のうちにしかそれは成立しない。
片時も留まることなく、常に変化し続ける。時には、ひそやかに伏流して、やがて大きくふくらんでいく。
そして、最後の響きが鳴り終える時に、音楽というかけがえのない体験は終わりを迎える。私たちの命も、同じである。
いつかは終わりがくると判っているからこそ、その途中の道筋で出会う美しいハーモニーや、軽やかなリズムが愛おしいのである。
そう思って感じ、開いていれば、人生のすべては音楽に思えてくるではないか。日常の何気ない動作、コミュニケーションの機微、人の表情、
街の風景。出会うもの万物が素敵な響きの中に感じられる時、人は最上の、そして本来の意味での「音楽家」となっているのであろう。
(茂木健一郎著『すべては音楽から生まれる』より)