12/09/04 03:52:13.45 B1/yCHtnO
自由びとは梅雨と「弁証法っていいよね」と信仰を共感したいレベルだから、
梅雨は互いに慰め合うべきだ。
しかし、彼はそんなレベルで満足することは出来ない、そんな志の低い人間に甘んじることが
我慢できない。
南郷の武道論のようなものを書き残せば、後世で「なんだ?こりゃ」と笑われることが目に見えているから。
駄目な自分を超えていくには「素直に先達に学ぶこと」であり、その先達とは
南郷ではないことを知らねば、自由びとはいつまでたっても十年一日の人生だろうが、年齢的にもう無理だろう。