リリカルなのはクロスSSその122at ANICHARA
リリカルなのはクロスSSその122 - 暇つぶし2ch100:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/05/24 23:04:58.16 kLpOUui0
「ほら、あんたたち、ちゃんとクールダウンしなさい。体、壊すわよ」
「はい、ティアナさん」
 昌浩とエリオがランニングを始める。
 ティアナも祭りの一件以来、随分昌浩に優しくなった。目つきや言動は相変わらずきついままだが。
「お疲れ様です。スバルさん」
「ありがとう。太裳さん」
 十二神将、太裳が渡すタオルを、スバルが受け取る。ティアナと昌浩の模擬戦以来、スバルたちの世話は太裳に任されていた。太裳なりの罪滅ぼしらしい。
「どうされました?」
 走る昌浩を眺めていたスバルに、太裳が話しかける。
「いや、陰陽師っていいなって」
 スバルは両腕に装備されたリボルバーナックルを撫でる。左腕のは姉ギンガの物だ。現在、ギンガはミッドチルダで事後処理に追われている。自分が来られない代わりに、これをスバルに届けてくれたのだ。
「私たちの魔法って、ミッド式もベルカ式も、戦闘に特化したものばかりなんですよね」
 攻撃魔法は言うに及ばず、回復魔法も兵隊を効率良く運用するための手段でしかない。
「でも、陰陽師の術は、未来を占ったり、病を治したり、祈願したり、一つ一つの効果は薄くても、人の幸せの為に使える術だと思うんです」
 ティアナと兄の再会。あんなことはミッドチルダのどんな魔導師にも出来ないだろう。
「では、スバルさんも目指してみますか? 晴明様ならば、きっと喜んで弟子にしてくれますよ」
「……遠慮しておきます」
 昌浩の読んでいた膨大な書物を思い出し、スバルの顔が引きつる。
「うらやむ必要はありません。どんな術も使う者の心次第で、人を不幸にも幸福にもするのですから」
 陰陽師の術の中には、人を呪うものも多く存在する。人の心の光と闇を司るのが陰陽師だからだ。
「少なくともスバルさんは、人を助けるために魔法を学んでいるのでしょう?」
 太裳がスバルの手の上に自分の手を重ねる。
「……はい」
「なら、それでいいではありませんか」
 至近距離で太裳が二コリと笑う。
「わ、私、シャワー浴びてきます!」
 スバルがダッシュで安倍邸の中に戻っていく。顔が赤く染まっている。
「おい、太裳」
 もっくんが太裳の背後に立つ。
「騰蛇。私はスバルさんに何か失礼なことをしたでしょうか?」
「いや、もういい」
 一言言ってやろうと思ったが、その気も失せた。もっくんは昌浩が練習を終えるのを待つことにした。
 
 朝の訓練を終えた後、安倍邸の大広間では、隊長たちが集められ、フェイトからの報告を受けていた。
「大手柄やな、フェイトちゃん」
 はやては満足顔で、晴明から借りた扇をあおぐ。
「はやてたちが、スカリエッティを引きつけてくれたおかげだよ」
「それは、昌浩君と十二神将のおかげやな」
「でも、喜んでばかりもいられない。時空管理局は大混乱だから」
 押収したデータには厳重なプロテクトがかけられていたが、時間をかけて少しずつ解除されている。ところどころ抜けているデータはあるが、事件の全容をつかむのに不足はない。
 そこでわかったのは、時空管理局地上本部の事実上のトップ、レジアス・ゲイズ中将が、スカリエッティの協力者と言うことだった。それだけでなく、最高評議会の三人こそが、スカリエッティ事件の黒幕らしいという真実だった。
 彼らは正義の名の元、悪事に手を染めていた。例え何人犠牲にしても、より大勢の人が救われるならそれでいいという傲慢な理屈。
 しかし、はやてたちには身につまされる話だった。自分たちもいつ同じ轍を踏むかわからない。
 現在、彼らは更迭され、時空管理局は伝説の三提督の元、再編成を急いでいる。だが、しばらくは落ち着かないだろう。


101:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/05/24 23:05:51.54 kLpOUui0
「これで後は、スカリエッティを逮捕すれば、事件は解決。どうやら予言は阻止できたようやね」
 スカリエッティがこの世界にいるのは間違いないのだ。押収したデータから、他の施設も次々と制圧できている。逃げ場はない。
「でも、気になることがある。聖王の器と聖王の揺りかご」
 押収したデータに、幾度も出てくる名称だ。ただし、名称のみで、データはどこにも見当たらない。その警戒心の高さから、おそらくスカリエッティの最終目標だと思われた。
『そっちは僕が話すよ』
「ユーノ君」
 通信画面が開き、眼鏡をかけた青年ユーノ・スクライアが顔を出す。無限書庫の司書長だ。背後には巨大な本棚が映っている。画面の隅では、狼の耳と尻尾を持った幼い少女、フェイトの使い魔アルフが手を振っている。
『あまり多くはなかったけど、情報の抽出に成功した。聖王は先史時代の古代ベルカに存在した偉大な王のことだね。そして、これが聖王の揺りかご』
 画面に飛行戦艦の見取り図が映し出される。
『聖王を鍵に起動する超巨大質量兵器。もしこれが動き出していたら、時空管理局の全戦力を持っても、破壊できるかどうか。そんな化け物戦艦だ』
 表示される詳細な性能に全員が戦慄する。
『それで聖王に関して、興味深い記述があったんだけど』
 ユーノはなのはとフェイトを交互に見る。
『聖王は緑と赤の瞳を持っていたらしいんだ』
「まさか?」
 二人の脳裏に、ヴィヴィオの姿が浮かんだ。
『確証はないけど、多分ヴィヴィオは聖王のクローンだ』
 ヴィヴィオが古代ベルカ時代の人間のクローンだとは知らされていたが、まさかそんなに重要な存在とは思わなかった。
「こっちに来といてよかったー」
 はやてが冷や汗を拭う。もしフォワード部隊が不在の時に、スカリエッティ一味に襲撃されていたら、守り切れたか自信がない。
「でもよ、聖王の揺りかごはヴィヴィオがいねぇと起動できねぇんだろ。なら、あたしらがヴィヴィオを守ればいい。それだけだ」
「ヴィータの言う通りや。聖王の揺りかごの発見と破壊は、ミッドチルダの地上部隊に任せるとして、今後はヴィヴィオの護衛を最優先に、スカリエッティ捜索を行う」
「はやてちゃん! 大変よ。魔力反応がこの町に」
 シャマルが息せき切って部屋に駆け込んでくる。
「敵か? 数は?」
「反応は二つ。一つは以前戦闘したことがあるわ」
 アギト。古代ベルカ式ユニゾンデバイスで、悪魔のような羽と尻尾を持ち、露出の高い恰好をしたリインと同じくらいの背丈の少女。スカリエッティの仲間だ。
「よし、シグナム、ヴィータ、リイン、様子を見てきてくれるか?」
「わかりました。主はやて」
 シグナムたちはすぐに出発した。

 人気のない裏路地に、敵は潜んでいた。
 シグナムとヴィータは用心深く路地を窺う。かすかだが話声がする。かなり切羽詰まっているようだった。ここまで血の臭いが漂ってくる。
 シグナムたちは路地に飛び込んだ。
「お前はバッテンチビ!」
「人を変なあだ名で呼ばないでください!」
 叫ぶアギトにリインが抗議する。アギトの背後では、ロングコートを着た大柄な男が、壁にもたれかかっていた。男の名はゼスト。血まみれでひどい傷を負っている。
「この際、誰でもいい! 旦那を、旦那を助けてくれ!」
 アギトが悲痛な声で叫んだ。

 話は今朝にさかのぼる。アギトは仲間の騎士ゼストと召喚魔導師の少女ルーテシアと、スカリエッティの研究所に呼び出された。
 出迎えたのは、スカリエッティと十一機のナンバーズだった。
「状況はおおよそ把握している。どうやら尻に火がついたようだな。スカリエッティ」
 ゼストが皮肉交じりに言った。一応、協力関係にはあるが、ゼストもアギトもスカリエッティを毛嫌いしている。


102:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/05/24 23:07:09.62 kLpOUui0
「これで後は、スカリエッティを逮捕すれば、事件は解決。どうやら予言は阻止できたようやね」
 スカリエッティがこの世界にいるのは間違いないのだ。押収したデータから、他の施設も次々と制圧できている。逃げ場はない。
「でも、気になることがある。聖王の器と聖王の揺りかご」
 押収したデータに、幾度も出てくる名称だ。ただし、名称のみで、データはどこにも見当たらない。その警戒心の高さから、おそらくスカリエッティの最終目標だと思われた。
『そっちは僕が話すよ』
「ユーノ君」
 通信画面が開き、眼鏡をかけた青年ユーノ・スクライアが顔を出す。無限書庫の司書長だ。背後には巨大な本棚が映っている。画面の隅では、狼の耳と尻尾を持った幼い少女、フェイトの使い魔アルフが手を振っている。
『あまり多くはなかったけど、情報の抽出に成功した。聖王は先史時代の古代ベルカに存在した偉大な王のことだね。そして、これが聖王の揺りかご』
 画面に飛行戦艦の見取り図が映し出される。
『聖王を鍵に起動する超巨大質量兵器。もしこれが動き出していたら、時空管理局の全戦力を持っても、破壊できるかどうか。そんな化け物戦艦だ』
 表示される詳細な性能に全員が戦慄する。
『それで聖王に関して、興味深い記述があったんだけど』
 ユーノはなのはとフェイトを交互に見る。
『聖王は緑と赤の瞳を持っていたらしいんだ』
「まさか?」
 二人の脳裏に、ヴィヴィオの姿が浮かんだ。
『確証はないけど、多分ヴィヴィオは聖王のクローンだ』
 ヴィヴィオが古代ベルカ時代の人間のクローンだとは知らされていたが、まさかそんなに重要な存在とは思わなかった。
「こっちに来といてよかったー」
 はやてが冷や汗を拭う。もしフォワード部隊が不在の時に、スカリエッティ一味に襲撃されていたら、守り切れたか自信がない。
「でもよ、聖王の揺りかごはヴィヴィオがいねぇと起動できねぇんだろ。なら、あたしらがヴィヴィオを守ればいい。それだけだ」
「ヴィータの言う通りや。聖王の揺りかごの発見と破壊は、ミッドチルダの地上部隊に任せるとして、今後はヴィヴィオの護衛を最優先に、スカリエッティ捜索を行う」
「はやてちゃん! 大変よ。魔力反応がこの町に」
 シャマルが息せき切って部屋に駆け込んでくる。
「敵か? 数は?」
「反応は二つ。一つは以前戦闘したことがあるわ」
 アギト。古代ベルカ式ユニゾンデバイスで、悪魔のような羽と尻尾を持ち、露出の高い恰好をしたリインと同じくらいの背丈の少女。スカリエッティの仲間だ。
「よし、シグナム、ヴィータ、リイン、様子を見てきてくれるか?」
「わかりました。主はやて」
 シグナムたちはすぐに出発した。

 人気のない裏路地に、敵は潜んでいた。
 シグナムとヴィータは用心深く路地を窺う。かすかだが話声がする。かなり切羽詰まっているようだった。ここまで血の臭いが漂ってくる。
 シグナムたちは路地に飛び込んだ。
「お前はバッテンチビ!」
「人を変なあだ名で呼ばないでください!」
 叫ぶアギトにリインが抗議する。アギトの背後では、ロングコートを着た大柄な男が、壁にもたれかかっていた。男の名はゼスト。血まみれでひどい傷を負っている。
「この際、誰でもいい! 旦那を、旦那を助けてくれ!」
 アギトが悲痛な声で叫んだ。

 話は今朝にさかのぼる。アギトは仲間の騎士ゼストと召喚魔導師の少女ルーテシアと、スカリエッティの研究所に呼び出された。
 出迎えたのは、スカリエッティと十一機のナンバーズだった。
「状況はおおよそ把握している。どうやら尻に火がついたようだな。スカリエッティ」
 ゼストが皮肉交じりに言った。一応、協力関係にはあるが、ゼストもアギトもスカリエッティを毛嫌いしている。


103:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/05/24 23:09:03.27 kLpOUui0
「情けない話だが、全くその通りだ。劣勢を挽回したいが、戦力が少々足りなくてね。協力してもらえると助かる」
 ゼストは眉を潜める。言葉とは裏腹に、スカリエッティからは余裕が感じられる。
「俺たちがここに来たのは、こちらも聞きたいことがあったからだ」
 ゼストたちがスカリエッティに協力していた目的の一つは、ルーテシアの母親だった。
 彼女の母親は人造魔導師素体で昏睡状態にあり、特定のレリックがないと目覚めないという話だった。
「どういうことだ? 時空管理局に保護された人造魔導師素体たちは治療を受ければ、レリックなしでも回復する見込みがあると言っているぞ」
 現在の混乱した時空管理局から情報を調べるなど、ゼストにしてみれば朝飯前だ。
「ドクター。私たちを騙していたの?」
 ルーテシアが悲しげにスカリエッティを見上げる。
「それは誤解だよ、ルーテシア。君の母親を目覚めさせるには、レリックを使うのが一番確実だったんだ」
「ふん。だが、ルーテシアの母親は、時空管理局に保護されてしまった。今の貴様がそれを奪回できるとは、とても思えん。悪いが協力はできんな」
「ガジェットの七割は、すでにこちらに移送済みだ。それでは不服かい?」
「あんなクズ鉄に何ができる。俺は、俺の目的を果たしに行く」
 ゼストは一度死に、人造魔導師として蘇った。彼の目的は、かつての友レジアス・ゲイズに会い、自らの死の真相を知ること。時空管理局が混乱している今が、レジアスに会う絶好のチャンスだった。
「そうか。残念だよ。クアットロ」
 スカリエッティの指示を受けて、大きな丸眼鏡をかけてケープを羽織ったナンバーズ、クアットロが手もとのコンソールを操作する。
「きゃあああああああ!!」
「ルーテシア!?」
 突如、悲鳴を上げたルーテシアに、ゼストが駆け寄る。
 その前にトーレが滑り込んだ。トーレの一撃をゼストは槍で受け止める。
「ルーテシアに何をした!?」
「何、ちょっと協力的になってもらっただけさ」
 ルーテシアはふらふらとした足取りで、スカリエッティの元に歩いていく。その目はうつろで正気ではない。
 ルーテシアのデバイス、アスクレピオスはスカリエッティの作った物。洗脳できるよう仕掛けがしてあったのだ。
「アギト!」
 ゼストの合図で、アギトがゼストとユニゾンする。ゼストの髪が金色に変わる。
「おや、たった一人で我々と戦うつもりかい?」
 スカリエッティが嘲笑う。
「だが、君と戦って、貴重な戦力を消費するわけにはいかないんだ。ああ、お帰り、ドゥーエ」
 ゼストの背中から鮮血が吹き出す。
 振り返ると、長い金属製の爪ピアッシングネイルを右手にはめた蟲惑的な女が立っていた。女は爪についた血を舌で舐めとる。
 それと同時に、正面のナンバーズたちが武器を構える。一斉射撃がゼストに襲いかかる。
 ゼストは即座にフルドライブを発動。はるか後方に退避する。
「逃がしません」
 ゼストの懐に、ドゥーエが飛び込んでくる。刃がゼストの体を逆袈裟に切り上げる。
『旦那!』
「撤退するぞ、アギト!」
 槍でドゥーエを弾き飛ばし、ゼストは研究所から命からがら逃げ出した。
「追跡しますか?」
「放っておけ。もはや何もできん。それにこの研究所の役目も終わった」
「ドゥーエお姉さま!」
「久しぶりね、クアットロ、みんな。それから初めまして新しい妹たち」
 ドゥーエはクアットロを抱きしめ、ナンバーズたちを幸せそうに見渡す。ついにすべてのナンバーズが集結した。
「ドゥーエ。長い潜入任務ご苦労。すまなかったね。君の任務の大半を無駄にしてしまったのは、私の落ち度だ」
「いいえ。ドクターの夢が叶うなら、それで十分です」


104:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/05/24 23:10:27.63 kLpOUui0
「ありがとう。さあ、準備は整った。最終ステージを始めるとしよう!」
 スカリエッティが両手を広げ、堂々と宣言した。

 ゼストとアギトは安倍邸に保護された。
 ゼストは重症だったが、シャマルの回復魔法によってどうにか一命を取り留めた。意識はまだ戻っていない。
 はやては、大広場に集められた昌浩ともっくん、六課のフォワード部隊を見渡す。
「アギトからの情報で、ついにスカリエッティの所在が判明した。ヴィヴィオの護衛は晴明さんと他の十二神将に任せ、私らは全員でスカリエッティ逮捕に向かう。それでは……」
 その時、緊急コールが鳴り響いた。
「もう、誰や、この忙しい時に。ちょっと待っとって」
 興を削がれて、はやては不満顔で、隣の部屋に行った。
「うっ」
 突然、昌浩が頭を押さえてうずくまる。
「どうしたの? 気分が悪いの?」
 隣に座っていたスバルが心配そうに肩を揺する。
「……待って」
 昌浩の脳裏に幾つもの光景が浮かぶ。この感覚は前に経験したことがある。直感が未来を指し示す時のものだ。
「なんやて!?」
 悲鳴のような叫びが、隣の部屋から響く。
「「海鳴市が滅ぶ!?」」
 昌浩とはやてが口にしたのは、まったく同じ言葉だった。


105:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/05/24 23:16:20.09 kLpOUui0
以上で投下終了です。
ミスって101と102に同じものを投下してしまいました。読むときにはご注意ください。
厳しい評価もあるようですが、精進します。
それでは、また来週。

106:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/05/31 21:05:34.61 6gOgk+gp
本日23時より、リリカル陰陽師StrikerS第八話投下します。

107:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/05/31 23:03:24.74 6gOgk+gp
それでは時間になりましたので投下開始します。

   第八話 望まぬ運命(さだめ)を覆せ

「大変や、みんな。今騎士カリムから連絡があった」
 はやてが隣の部屋から戻ってくる。
 騎士カリムは聖王教会に所属する六課の後見人の一人だ。彼女のレアスキルは未来を予知することができる。
「新たな予言や。この町が滅ぶかもしれへん」
「俺も同じ未来が見えました」
 昌浩が立ち上がる。見覚えのある家屋が次々と倒壊していく不吉な未来だった。最後には焼け野原になってしまった。
「二人の予知した未来がまったく一緒。こうなるとほとんど確実だね」
 フェイトが緊迫した面持ちで唸る。
「しかし、敵はどうやってこの町を破壊する?」
 敵の戦力はガジェット・ドローンとナンバーズ。強敵だが、現在の戦力で負けるとも思えない。
 その時、部屋が激しく揺れた。地震かと思ったが、少し様子が違う。
『ごきげんよう、諸君』
 新しい通信画面が開き、白衣を着た男が映る。
「ジェイル・スカリエッティ」
 フェイトが憎しみをこめた眼で男を睨む。
「あれが……」
『君たちはなかなかよく頑張った。おかげでこちらの計画には大幅な狂いが生じてしまった』
「へっ。泣き言でもいいに来たのか」
 ヴィータが挑発する。
『いや。感謝を言いたくてね。君たちのおかげで、私は新たな力を手に入れられた』
 振動がさらに強くなっていく。大地から巨大な何かがせり上がってくるような振動だった。
『ところで君たち、不思議に思ったことはないかね。ジュエルシードに闇の書。過去、この町には、強力なロストロギアがいくつも流れついた。これがただの偶然だと思うかい?』
 スカリエッティは勝利を確信した恍惚とした笑みを浮かべた。
『すべてはこの偉大な力に引き寄せられたのだ!!』
 映像が切り替わり、海の底が映し出される。巨大なカブトムシのような化け物が何匹も集まり、海底を隆起させていた。ルーテシアの召喚獣、地雷王だ。
海底から現れた物を見て、なのはたちは息をのむ。
 白く鋭角的な形。一緒に移っている地雷王がけし粒に見えるほどの巨体。
「聖王の揺りかご」
 古代ベルカにおいて、聖王の揺りかごはミッドチルダに墜落したのではない。最後の力で次元転移を行い、ミッドチルダから遠く離れたこの地球、海鳴市が面した海の底へと没していたのだ。
「なんでや? 何で聖王の揺りかごが? ヴィヴィオはここにおるのに!」
 はやてが机を拳で叩く。聖王の揺りかごがこの海鳴市にあったのも誤算だが、敵がどうやって起動させたかがわからない。
『どうやって聖王の揺りかごを動かしているか? それは私からの宿題だ。存分に悩みたまえ』
「どこまでも人を馬鹿にして」
『聖王の揺りかごが地上に出るまで、まだ一時間の猶予がある。この町を焼き払った後は、時空管理局地上本局だ。止められるものなら止めてみたまえ!』
 哄笑を残し、スカリエッティとの通信が途絶える。
「もっくん!」
「わかってる!」
 昌浩ともっくんが晴明の元へと走る。すぐに町中の住民を避難させなければ。それに情報管制も必要だろう。それらの手配を晴明にしてもらわないといけない。
「なのはちゃん、フェイトちゃん、増援の手配急いで! フォワード部隊は待機。いつでも出れるようにしといて」
「了解」
「これが聖王の揺りかごの詳細なデータだ。全員、頭に叩き込んでおけ」
 シグナムが厳しく言い放つ。隊長たちの顔から完全に余裕が消えている。誰もが不安を抱えた最悪の一時間が始まろうとしていた。

 時間は刻々と過ぎていく。どうにか増援の手配が整ったのは、三十分を回った頃だった。


108:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/05/31 23:04:27.43 6gOgk+gp
「そんな……」
 はやては通信画面を前に、力なくへたり込む。
 フェイトの義兄、クロノ提督からの知らせでは、回せるのは時空管理局の艦隊の四分の一のみ。到着はどんなに急いでも翌朝以降。この町が滅ぶには十分な時間だ。
 晴明の手配で、住民の避難は迅速に行われているが、一時間ですべての住民の脱出など不可能だ。
「せめて艦隊全部を回すことは?」
『スカリエッティは、同時に時空管理局にも宣戦布告をしているんだ。今は管理局の防衛に専念すべきという意見が根強くて、これ以上は無理だ』
「管理外世界はどうなってもええと!?」
 食ってかかるはやてに、クロノは沈黙する。
 クロノとて、なのはやフェイトと出会ったあの町を守りたい。だが、時期が悪すぎた。
 時空管理局が万全な状態ならば、聖王の揺りかごの危険性を説き、全艦隊を差し向けることもできたかもしれない。しかし、最高評議会を失い、指揮系統が混乱した今の状態では、むしろ四分の一もよくそろえられたものだと言わざるをえない。
『六課の隊長たちの能力限定はすべて解除した。僕たちに出来るのはここまでだ』
 現在のメンバーだけで、翌朝まで聖王の揺りかごの攻撃から、町を守らないといけない。仮にそれができたとして、やってくるのは艦隊の四分の一。聖王の揺りかごを破壊するどころか、返り討ちにあう公算の方が高い。
『はやて。悔しいのはわかるが、ここは諦めて撤退を……』
「クロノ提督。それ以上言ったら……殺すで?」
 氷のような冷たい眼差しがクロノを射すくめる。はやてが初めて見せた本気の怒りだった。
『すまない。勝手な願いだとは思うが、みんな、生き残ってくれ』
 通信画面が閉じる。万策は尽きた。
「はやてさん。ここにいたんですね。増援はどうなりました?」
 駆け寄ってきた昌浩が、憔悴したはやての様子に戸惑う。
「すまんなぁ、昌浩君。増援は明日の朝やって」
「それじゃあ、とても……」
「せや。全部私のせいや」
 はやてが、この世界にやってきた主な理由は、昌浩たちの勧誘だった。
 おそらく最初の模擬戦で、スカリエッティは昌浩と十二神将に興味を持ったのだろう。それを知りながら、アジト捜索の間の陽動になると利用した。
 スカリエッティにとっては、取るに足りない少年と町のはずだった。その認識を変えさせたのは、はやてだ。
 最初に昌浩を勧誘できていれば、もしくは昌浩の勧誘をすっぱり諦めていれば、こんな結果にはならなかった。
 仮に聖王の揺りかごが起動したとして、一直線に時空管理局を目指したはずだし、時空管理局の魔導師が力を合わせれば、勝算はあった。
 守るために、この仕事を選んだはずなのに、大切な人と故郷をもっと大きな危険にさらしてしまった。
「……まさか、はやてさん。俺に?」
 ふと昌浩の頭に閃くものがあった。はやてがあれだけしつこく昌浩を勧誘していた理由に、ようやく思い当たったのだ。
「……私らの世界で予言があった。陸士部隊の全滅と管理局システムが崩壊するってな。六課はそれを阻止する為に設立した組織や。でも、その予言、真に受けてくれる人があんまりおらんでな。今の戦力を集めるのが、やっとやった」
 はやては立ち上がり、力なく笑う。
「昌浩君と十二神将に手伝って欲しかったんよ」
 昌浩はその場に立ちつくした。口の中が異様に乾く。それでもどうにか言葉を紡いだ。
「……だったら、最初からそう言ってくれれば」
「機密事項で言えんかった。これ以上、一般人を危険にさらすことはできへん。昌浩君は避難して。今からでも、昌浩君となのはちゃんの家族くらいならミッドチルダに避難させられる」
「はやてさん!」
 部屋に戻ろうとするはやてを、昌浩は腕をつかんで止める。
「これは私の責任や。私の手で落とし前をつける」
「はやてさん!!」
「…………って言えたら、格好いいんやろな……」


109:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/05/31 23:05:53.87 6gOgk+gp
 はやては泣いていた。うつむき震える手で、昌浩の両手を取る。
「お願いや……助けて」
 無茶苦茶なことを言っている自覚はある。誰にもどうにもできないから、困っているというのに。
 はやての手から、昌浩の手がすり抜ける。
(ま、当然やな)
 これまでわがままばかり言ってきた。愛想をつかされても仕方ない。
 はやての頬に、昌浩が両手を当てる。はやてが顔を上げると、目を閉じた昌浩の額と額が合わさる。
「うん。わかった。はやて姉ちゃん」
 それは出会ったばかりの頃の呼び名だった。はやてが照れ臭かったので、変えてもらった呼び名。
「俺はね、はやて姉ちゃんのこと、ずっと前から家族だと思っていたよ」
 今のしぐさは、昔、昌浩が熱を出した時に、はやてが熱を計った時のものだ。心安らぐしぐさとして、昌浩の記憶に残っていたのだ。
(なんや。これだけでよかったんや)
 説明はいらない。たった一言、助けてと言えばよかったのだ。そんな簡単なことに今の今まで気がつかなかった。
 時空管理居に入ってからというもの、他人に弱みを見せまいとするばかりで、いつの間にか誰かに頼るということを忘れてしまっていた。
「待ってて、はやて姉ちゃん」
 昌浩は晴明の部屋へと向かった。

 六課のメンバーは隊長たちの命令で、全員が自室に戻っていた。理由は、隊長たちの不安をスバルたちに伝播させないためだ。
 守護騎士たちは自室で車座になって座っていた。
「くそ、情けねぇ」
 ヴィータが床を殴りつける。こういう時こそ、隊長たちが部下を安心させてやらないといけないのに、そんな余裕が誰にもない。
「海上には、すでに先発隊が上がっているわ。ガジェットが百機以上、その後もどんどん増え続けている。私たち、勝てるのかしら?」
 シャマルが不安そうに言った。
「どちらにせよ。戦うしかない」
「そうだな」
 シグナムもザフィーラも厳しい顔のままだ。
「だ、大丈夫ですよ。私たちならきっと勝てます」
 リインが声を張り上げるが、体は小刻みに震えている。
 聖王の揺りかごの見取り図を投影する。
「聖王の器か動力炉を破壊すれば、揺りかごは止まるはずです」
「あるいはその両方だな」
「ほう、それはいいことを聞いた」
 もっくんが前足で扉を開けて入ってくる。
「随分しけた顔をしてるな。いつもの威勢はどうした?」
「けどよ、もっくん。予言が……」
 カリムの予言は難解で、解釈のしかたによって意味が変わる。しかし、二人の預言が一致したとなれば、それは確実に起こる未来だ。
「ふざけるな!」
 もっくんが声を荒げる。
「お前らはもう忘れたのか。俺たちにとっては千年前でも、お前らにとっては数年前だろうが!」
 先代の昌浩には好きな人がいたが、彼女は別の人の元に嫁ぐことが運命で決まっていた。しかし、昌浩のひたむきな思いは、その運命を変えたのだ。
「決まった運命だって変えられる。先代の昌浩は、それを俺たちに教えてくれた。屈するな、抗え、望まぬ運命を覆せ!!」
 守護騎士たちの面々に活力が戻ってくる。
「へっ。もっくんの言うとおりだな」
 ヴィータたちとて、闇の書に蝕まれた主を助けようと、運命に抗った身だ。弱気になる必要などなかった。
「ヴィータ。もっくん言うな」
「うむ。では、檄をとばしに行くとするか」


110:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/05/31 23:06:44.57 6gOgk+gp
 守護騎士たちはスバルたちの部屋へと向かった。
「てめえら、準備はできてるか!」
 ヴィータが扉を乱暴に開けて部屋に押し入る。
「はい!」
 スバルとティアナの部屋に、エリオとキャロもいた。
 全員すでにバリアジャケットに着替えていた。それだけでなく、開かれた画面には、敵の予想配置図と進路、これまでに入手したナンバーズの性能などが表示されていた。アギトが提供したルーテシアの詳細なデータもある。
「これは?」
「時間がありましたので、立てられるだけの作戦を立てておきました」
「聖王の揺りかご内部は高濃度のAMFが予想されますが、私の戦闘機人モードなら問題なく動けます。突入部隊は私とティアナが適任だと思います」
 ティアナが答え、スバルが後を引き継ぐ。
 ヴィータはシグナムと顔を見合わせる。
 隊長たちよりも、よほどやるべきことを見据えている。技術では、まだ隊長たちに及ばないが、精神面では向こうの方が上かもしれない。
「お前となのはの指導の賜物だな」
「違えよ。こいつらが凄いんだ」
 シグナムに褒められ、ヴィータが鼻をこする。涙がこぼれないように、上を向くしかなかった。

 その頃、なのはとフェイトはヴィヴィオの説得に手を焼いていた。
「ママ?」
 ヴィヴィオなりに緊迫した空気を感じているのだろう。不安そうに、なのはとフェイトの顔を見上げる。
「大丈夫。なのはママもフェイトママも強いんだから」
「だから、今はわがままを言わないで。ねっ?」
「やだ。私も一緒にいる」
 増援の手配をした後、ヴィヴィオだけでも逃がそうとしているのだが、どうしても納得してくれない。ここで別れたら、一生離れ離れになると子ども心に感じているらしい。
「でも、ヴィヴィオ。ママたちと一緒にいると、怖い思いも痛い思いも、いっぱいするかもしれないんだよ。それでもいいの?」
「いい。ママたちと一緒にいる」
 子どもに慣れているフェイトもお手上げだ。やりたくはないが、無理やりにでも避難させるしかない。
 なのはは困り果てて、ヴィヴィオの顔を見下ろす。その目は不安に揺れていても、信頼に裏打ちされた強いまなざしだった。まるで本当の母親に向けるような。
 その目を見ていたら、なのはの中で決意が固まった。
「よし、じゃあ一緒にいようか」
「なのは!?」
 なのははフェイトに念話を送る。
(フェイトちゃん。私ようやくわかった。私はこの子のママでいたい)
(でも……)
(私はこの子を守るためなら、どんな敵だって倒してみせる。ママってそういうものでしょ?)
(……もう、しょうがないな)
 フェイトは産みの母親であるプレシア・テスタロッサのことを思い出した。彼女は娘を理不尽な事故で失い、取り戻すために、狂気の研究へと没頭して行った。その過程で人工的に生み出されたのが、フェイトだ。
 彼女はフェイトを娘の紛いものとして、愛してはくれなかったが、母親の愛情の強さだけは教えてくれた。
(私も守るよ。ヴィヴィオと、どうせ無茶するなのはを)
(む、無茶なんて)
 しないと言いかけて黙る。おそらく、なのはの人生でも最大級の無茶をする羽目になるからだ。
 なのはとフェイトが両側からヴィヴィオを抱きしめる。
「よし、じゃあ、ママたちの最高の全力全開、行ってみよっか!」
「「おー!」」
 なのはの振り上げた手に、フェイトとヴィヴィオが唱和する。
 きっと晴明は、なのはの本心に気がついていたのだ。だから、猶予をくれた。


111:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/05/31 23:08:03.27 6gOgk+gp
 母親に資格なんていらない。子どもを愛して、子どもが愛してくれればいい。後は努力で何とかなる。してみせる。
 
 晴明は占いの道具を広げ、顎を撫でる。
 どんな方法で占っても、この町の破滅と出ている。
「どうしたものか」
「じい様!」
 昌浩が勢い良く部屋に飛び込んでくる。赤い衣をまとい、持てるだけの護符と道具を持っている。完全武装だ。
「なんじゃ。騒々しい」
「お願いがあって参りました」
 昌浩は部屋に入るなり、両手をついて、頭を地面に叩きつける勢いで平伏する。
「十二神将、全部貸して下さい!」
 晴明は持っていた扇を取り落とした。
「これはまた大きく出たのう」
「お願いします!」
 昌浩は自分の不甲斐なさが許せなかった。
 昌浩が目指すのは、最高の陰陽師だ。なのに、すぐそばで助けを求める声に気がつけなかった。あまつさえ、その人は今泣いている。
 今からでも遅くない。その涙を止める。その上で、この町を救ってみせる。
「よしんば、わしが許可したとして、お前は十二神将をどう使うつもりじゃ?」
「聖王の揺りかごを破壊します」
 昌浩はきっぱりと言った。
 増援が到着する明朝まで、戦い抜くことは不可能だ。ならば、今ある力で敵を倒すしかない。
 これまで十二神将が、一丸となって戦ったことはない。青龍や天后に至っては、昌浩を主としてまったく認めていない。もし十二神将と六課が、本当の意味で力を合わせることができれば、あるいは奇跡を起こせるかもしれないと昌浩は考えたのだ。
「ふむ。十二神将だけでいいのか?」
「えっ?」
 昌浩が顔を上げると、晴明は眠るように目を閉じていた。その横に、二十歳くらいの青年が立っていた。古めかしい白い衣をまとい、長い髪を後頭部で括っている。
 離魂の術。晴明が使う奥義の一つ。魂を切り離し実体化させ、全盛期の実力を発揮する技。
「けちなことは言わん。この安倍晴明と、十二神将の力、お前の好きに使うといい!」
 晴明の背後に十二神将が続々と顕現する。
「ありがとうございます!」
 昌浩は改めて平伏した。


112:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/05/31 23:09:26.55 6gOgk+gp
以上で投下終了です。
では、また来週。

113:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/06/07 21:33:30.99 YjfvGagc
本日22時半より、リリカル陰陽師StrikerS第九話投下します。

114:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/06/07 22:34:09.63 YjfvGagc
それでは時間になりましたので、投下開始します。

 海に面した高台に、六課メンバーと昌浩、晴明、十二神将が勢ぞろいしていた。アギトもついでに一緒にいる。
「これだけ揃うと、さすがに壮観やな」
 メンバーを確認し、はやては感嘆する。
「どうやら、吹っ切れたようですな」
 若晴明がはやての隣に並ぶ。
「建前、虚勢、体面。それらは組織を生きてく上で、必要なものです。ですが、それらがいらない相手を見抜く目も、同じくらい必要ですぞ。その人たちを頼ることも」
「はい。勉強になりました」
「おい、お前ら、本当にルールーを助けられるんだろうな」
 アギトが口を挟んだ。
 戦力差はアギトもおぼろげに理解している。助けるなど無駄な手間を省いて、殺してしまうのではないかと危惧しているのだ。
「安心してええよ。時空管理局は……六課はそんな薄情な組織やあらへん」
 時空管理局の薄情さを、重々承知しているはやては言い直した。騎士甲冑をまとい、リインとユニゾンし、戦闘準備は整っている。
 ティアナの原案を元に、六課隊長たちと晴明が作戦を立てた。絶望的な状況には変わりないが、光明は見えてきた。
「昌浩君。エリオ。キャロ。任せたよ」
「はい。ルーちゃんは必ず助けます」
 強力な召喚魔導師ルーテシアの無力化は作戦の第一段階だ。
 その時、海を割って、無数のガジェットを従えた聖王の揺りかごが姿を現した。
「では、まずは私からですな」
 晴明が結跏趺坐(けっかふざ)の姿勢を取る。
「この安倍晴明の最大の術をお見せしよう」
 晴明を中心に魔力が迸る。
 わずかな違和感と共に、虫や鳥の声が途絶える。聖王の揺りかごと敵勢力をまるごと異界に引きずり込んだのだ。
「これで気兼ねする必要はない。全力で戦ってきなさい」
「晴明とヴィヴィオはわしに任せよ。指一本触れさせん」
 目を閉じ白い見事なひげを蓄えた老人が、晴明に寄りそう。十二神将、天空。十二神将の長にして、最強の結界能力を誇っている。
「……よろしくお願いします」
 天空の威厳に、全員が気圧されていた。
「状況把握の準備も完了。後方の作戦指揮は任せて」
 シャマルが無数の画面を空中に表示する。
「前線の指揮は私が取る。それでは機動六課、ええと、それから……」
 はやては口ごもる。今回のメンバーを何と呼べばいいのか。
「八神部隊長。我々一同の入隊を許可していただきたいのですが」
 昌浩が敬礼を取る。真面目な顔でふざけている。はやては最後の緊張が取れるのを感じながら、昌浩に返礼する。
「許可します。それでは機動六課全員出動!」
 はやての号令の元、六課は先発隊のガジェットの集団へと飛び込んで行った。

 キャロが召喚した巨大な白銀の龍、フリードリヒが戦場を飛翔する。その背には、キャロと昌浩、もっくんが乗っている。
「サンダーレイジ!」
 近寄るガジェットを巨大な槍型デバイス、ストラーダを駆るエリオが撃墜していく。


115:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/06/07 22:35:37.06 YjfvGagc
 他の戦場でも、空では六課隊長たちと飛行能力を持つ太陰と白虎が、地上では他の十二神将とスバルたちが戦っている。
 ルーテシアの魔力は膨大だ。居場所はすぐに判明した。昌浩たちはまっすぐそちらに向かう。
「昌浩さん。大丈夫ですか?」
 ルーテシアの洗脳を解く方法は、説明する時間がなかったので、昌浩に一任されている。
「うん。大丈夫」
 言葉とは裏腹に、昌浩は視線を泳がせる。策はあるのだが、その術は得意でも好きでもないのだ。
「おい、ルールーに傷をつけたら、承知しないぞ」
 どこに隠れていたのか、アギトが現れ昌浩の髪を引っ張る。
「ええい、騒ぐな。この将来多分きっとおそらく最高の陰陽師になる半人前を信じろ」
「信じられるかー!」
 もっくんとアギトがつかみ合いの喧嘩を始める。
「二人とも、そんな場合じゃ」
 キャロがおろおろしながら仲裁する。
「見えました!」
 エリオの言葉に前方を見る。
 ガジェットⅡ型に乗った、紫色の髪をした少女。後ろには巨大なカブトムシのような召喚獣、地雷王を従えている。
「ルールー、目を覚ませ!」
 アギトの呼びかけにも、ルーテシアは反応しない。
 その時、黒い影が上空からエリオを襲った。
 忍者のような姿をした四つ目の黒い召喚獣、ガリューだ。
「エリオ君!」
「こっちは僕に任せて。キャロたちはそっちをお願い」
 エリオとガリューが空中で交差する。両者の実力はほぼ互角。すぐにやられる心配はない。
「キャロちゃん。ルーテシアになるべく接近。お願い」
「わかりました」
 キャロが手綱を振るうと、フリードが速度を上げる。
 ルーテシアに近づくにつれ、ガジェットの攻撃が激しさを増す。
「おい、お前も協力しろ!」
「しょうがねぇ!」
 もっくんとアギトが同時に炎を放ち、ガジェットを焼き尽くす。しかし、いくつかの炎がガジェットを素通りする。
「幻覚か!」
 もっくんが舌打ちする。
 クアットロのISシルバーカーテンは虚像を映し出す。話には聞いていたが、本物と区別がつかない。幻覚も本物も等しく攻撃するしかないので、こちらの消耗を強いる厄介な能力だった。
 飛翔するするフリードの前に、召喚虫インゼクトに操られたガジェットⅢ型がまるで壁のように立ち塞がる。
「ブラストレイ!」
「オンアビラウンキャンシャラクタン!」
 フリードの炎が、昌浩の術が、正面のガジェットを粉砕する。
 ルーテシアの姿がどんどん近づく。
「今だ!」
 昌浩がフリードの背を蹴って跳ぶ。魔力を右手に集中させ、ルーテシアの胸に叩きつける。
「縛(ばく)魂(こん)!」
「きゃあああああああ!」
「ルールー!」
 ガジェットの背中から落ちる昌浩とルーテシアを、フリードがどうにか空中で受け止める。
「昌浩さん。跳ぶなら跳ぶって一言言って下さい!」
「ごめん。そこまで気が回らなかった」
 キャロの文句に、昌浩は謝る。
「おい、ルールー、しっかりしろ!」
 アギトが揺さぶると、ルーテシアがうっすらと目を覚ます。


116:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/06/07 22:36:52.18 YjfvGagc
「アギ……ト?」
「正気に戻ったんだな」
 アギトはルーテシアの頭に抱きついた。
「よかった。上手く言った」
 昌浩はほっと息をつく。
 昌浩が使ったのは、縛魂の術。人の魂を縛り、意のままに操る忌むべき術だ。しかし、使い方次第で、他人の洗脳を相殺したり、心の傷を癒したりすることもできる。
 昌浩はむしろ嫌いな術なのだが、どんな術でも覚えておくものだ。
「早く召喚獣を止めてください!」
 フリードの下では、エリオとガリューが戦ったままだった。

 ルーテシアを天空の元に送り届けてすぐナンバーズの反応が出現した。
「次は俺の番だな」
 もっくんが準備体操をしながら言った。作戦の第二段階はもっくんの双肩にかかっている。
「頼むぜ。もっくん」
 ヴィータがもっくんに声援を送る。
「そっちこそ、晴明の孫を頼んだぞ」
「ああ、晴明の孫は任せておけ」
「孫、言うな!」
 もっくんとヴィータが昌浩をからかう。状況が切迫しているからこそ、冗談で気分を和らげるのだ。
「では、行ってくる」
 もっくんが単身走り出した。
「おいおい、白いの一人に任せていいのか?」
 アギトが首を傾げた。
「心配いらないよ。もっくんは強いから。でも、もしよかったら援護してあげてくれるかな。もっくん一人だと無茶するから」
「……あんたらには旦那とルールーを助けてもらった借りがある。それくらいならお安い御用だ」
 アギトがもっくんを追いかける。
 もっくんは戦場の端へ端へと移動していた。
 やがて海岸沿いの砂浜で、もっくんはナンバーズに囲まれる。
 ブーメラン状の武器を構えたセッテ。巨大な盾ライディングボードに乗って飛行するウェンディ。それにチンクとトーレだ。
「大歓迎だな」
 もっくんが毛を逆立てる。
「最大の敵を確実に排除する。作戦の基本だ」
 トーレが感情を交えぬ声で言った。トーレとて、出来れば一人で戦いたかった。そうでなければ、あの日の屈辱は晴らせない。しかし、命令は絶対だ。
「そうだな。だからこそ、読みやすい」
 戦闘機人に恐怖を与える紅蓮を狙うことなど、最初からお見通しだ。だから、もっくんはあえて他の仲間から離れた。そうすれば、敵は陽動とわかっていても応じざるを得ない。
「おい、そこのチビ、怪我をしたくなければ離れていろ」
「チビって言うな。烈火の剣聖、アギト様だ!」
 もっくんの全身から炎が噴き上がり、紅蓮に変化する。
 紅蓮目がけて、ナイフが投げ放たれた。
「IS発動、ランブルデトネイター!」
 ナイフは地面に刺さるなり爆発する。金属を爆発物に変える、チンクの能力だ。
「エリアルキャノン!」
「スローターアームズ!」
 ウェンディの砲撃に続いて、セッテがブーメランの動きを操り、不規則な軌道を取らせる。
 紅蓮は砲弾を避け、炎蛇でブーメランをからめ捕る。動きの鈍った紅蓮にトーレが追撃をかける。
 ナンバーズたちの動きに遅滞はなく、恐怖を抱いてはいないようだった。
「まさか私らが対策を取っていないとでも思ったっスか?」
「我らは恐怖心を抑える薬をドクターより投与されている。もはや貴様など恐れるに足りん!」
 ウェンディとトーレの波状攻撃を、紅蓮はぎりぎりで回避する。


117:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/06/07 22:42:24.39 YjfvGagc
「おいおい、偉そうなこと言って、苦戦してんじゃねぇか」
「離れていろ!」
 加勢しようとするアギトを制止する。
「どうやら、本気でやれそうだ」
 紅蓮が不敵な笑みを浮かべ、額の冠を外す。それまでとは桁違いの、天を衝く巨大な火柱が噴き上がった。
「あ、あれ? 変っスね」
 ウェンディは足を止めた。膝が震えて、前に進めない。
「馬鹿な。我らは恐怖心を克服したはず」
 チンクも震える腕を抑え込む。
「薬如きで、俺をどうにかできると思ったか? 甘く見られたものだ」
 地獄の業火を身にまとい、紅蓮が進み出てくる。額の冠は、紅蓮の強すぎる魔力を封じている。それが外され、真の力が解き放たれた。
「下らん掟には、俺も飽き飽きしていたんだ。これで思う存分楽しめる。さあ、貴様ら、どんな死に方が望みだ?」
 まるで力とともに、隠されていた本性が露わになったように、地獄の鬼そのものの形相で紅蓮は笑う。
 ウェンディもセッテも及び腰だ。守るようにトーレとチンクが立ちはだかる。
「逃げてもいいぞ。狩りも乙なものだ。一人ずつゆっくり引き裂き、焼き殺してやる」
「怯むな! 敵は一人だ。一斉にかかれば倒せる」
 トーレが妹たちを鼓舞する。ここで逃げれば、妹たちは恐慌を起こす。そうなれば、各個撃破される。
「はい!」
 セッテが己を奮い立たせる。
 ナンバーズ四人が同時に紅蓮に襲いかかる。
「なんてな」
 声はまったく別方向からだった。
 完全な不意打ちに、なすすべなくチンク、セッテ、ウェンディが昏倒させられる。トーレだけはどうにか避けたが。
「見事な演技だったぞ。騰蛇」
「からかうな。勾」
 突如、現れた勾陣に紅蓮は渋面になる。いくら戦闘機人とは言え、年端もいかない女の子たちを怖がらせたとあって、紅蓮はだいぶ傷ついていた。
 紅蓮が全魔力を解放したのは、他に注意を向けさせないためだった。紅蓮がナンバーズを脅している間に、隠形した勾陣が接近していたのだ。
「……卑怯な」
「悪いが手段を選んでいる余裕がなくてな」
 うめくチンクに、勾陣が悪びれずに答える。チンクはその言葉を最後に気を失う。
「貴様ら!」
 トーレの刃、インパルスブレードを紅蓮はかわす。
「勾、後は任せろ」
「いいのか?」
「こいつの執念には付き合ってやらんとな」
 紅蓮が半身に構える。
 勾陣は倒したナンバーズを一人で担ぎ上げると、その場を去って行った。
「待て!」
「貴様の相手は俺だ!」
 トーレの拳と紅蓮の拳が打ち合う。
 まっすぐな一撃に、紅蓮は怪訝な顔になる。
「貴様、恐怖を感じていないのか?」
「怖いさ。だが、妹たちを助けるためだ。恐怖になど負けていられるか。ライドインパルス!」
 トーレの動きが加速する。手足に発生させたインパルスブレードが、紅蓮の腕を、足を浅く切り裂いていく。
 恐怖を克服する方法をトーレは会得した。無理やり抑えつけるのではなく、呑まれるのでもなく、ただ恐怖する自分を受け入れればいい。後は大切な妹たちを守ろうとする強い気持ちが、この身を奮い立たせてくれる。
 紅蓮の身体能力は人間を凌駕している。力は向こうの方が上だが、速さはトーレが圧倒している。
「私の勝ちだ!」


118:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/06/07 22:46:35.76 YjfvGagc
 しかし、時間が経つにつれ、トーレの攻撃が当たらなくなっていく。
 紅蓮が速くなったわけではない。なのに、繰り出す攻撃が次々と空を切る。
「何故だ!?」
「どんなに速く動いても、紙一重で見切れば避けられる」
 紅蓮は五感を極限まで研ぎ澄ませていた。トーレの一挙手一投足に目を凝らし、風を切る音に耳を澄ます。
 迫る刃を必要最小限の動きでかわしていく。
「そして、どんなに速く動いても、予測できれば対応できる!」
 紅蓮の拳が、トーレを捉える。咄嗟に防御したが、体が後方に流れる。
 トーレはナンバーズの中で、誰よりも長く戦ってきた。どのナンバーズよりも多彩な攻撃パターンを持っている。しかし、紅蓮とでは経験値の差があり過ぎた。
 紅蓮は、攻撃を右に避けるか左に避けるか、あるいは受け流すか。そんなわずかな運動で、相手の攻撃パターンを誘導しているのだ。
「騰蛇ぁぁああああ!」
 トーレが全力を込めた体当たりを仕掛ける。体全部を使ったこの攻撃は絶対に避けられない。
「はあぁぁああああ!」
 紅蓮の体から魔力の衝撃波が迸り、トーレと激突する。
「貫け、ライドインパルス!」
 インパルスブレードが高速で振動し、衝撃波を切り裂いていく。
「うおぉぉぉぉおおおおお!」
 衝撃波に打たれ、トーレの全身が悲鳴を上げる。紅蓮の胸板に届く直前、インパルスブレードが粉々に砕け散る。ライドインパルスが停止し、速度が鈍る。
 紅蓮はトーレの腕をつかむと、勢いのまま投げ飛ばす。トーレは背中から地面に叩きつけられた。
「がっ!」
 衝撃で肺の中の空気が全部吐き出され、四肢から力が抜けていく。
 紅蓮は安心したように頬の血を拭う。皮を切られただけだが、紅蓮は血まみれになっていた。
 トーレを連行しようとすると、その腕をトーレがつかんだ。
「……妹たちは殺させん」
「驚いたな。まだ意識があるのか」
 人間に耐えられる勢いではなかったはずだが、トーレは執念だけで体を動かしていた。
「安心しろ。さっきのは演技だ。俺は誰も殺すつもりはない」
「…………誓うか?」
「我が主、安倍晴明と昌浩の名にかけて誓う。お前の妹たちに、これ以上危害は加えん」
 紅蓮の誠実さが伝わったのだろうか。トーレの腕の力が緩んだ。
「……そうか。これで心残りはなくなった。殺せ」
「あのな。俺は誰も殺さないと言ったはずだ。もちろんお前もだ」
 紅蓮は過去に何度か掟を破り、人を傷つけ、あまつさえ殺したことがある。あんな嫌な思いは二度とごめんだ。掟がなくとも、紅蓮は誰も殺したりしない。
「……情けをかけるつもりか?」
 紅蓮は生真面目なトーレに付き合うのが、段々面倒臭くなってきた。この手の相手が満足しそうな回答を瞬時に組み立てる。
「文句があるなら、もう一度挑戦して来い。俺は逃げも隠れもしない。何度でも叩きのめしてやる」
「…………」
 トーレはいつの間にか意識を失っていた。
 紅蓮はトーレの体を担ぎ上げると、勾陣の後を追った。


119:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/06/07 22:47:37.79 YjfvGagc
以上で投下終了です。
それではまた。

120:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/06/14 21:07:45.72 FlL9F2Oj
本日23時より、リリカル陰陽師StrikerS第十話投下します。


121:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/06/14 23:01:48.65 FlL9F2Oj
それでは時間になりましたので投下開始します。

   第十話 悪夢の戦場を生き延びろ
 
 聖王の揺りかご最深部にて、クアットロが小首を傾げる。
「あらら、もう終わり?」
 画面には救助されたルーテシアと、連行されていくトーレたちが映っている。
「本当に役に立たない連中ばかり」
 ルーテシアを洗脳したのは、海底に埋まっていた聖王の揺りかごを掘り返すためだった。聖王の揺りかごが蘇った今、彼女は用済みだ。最初から使い捨てにするつもりだったが、それにしても早すぎる。
 姉妹たちにしても、不甲斐ないの一言に尽きる。
「それにしても、こいつらも正義の味方にあるまじき戦法ばかり取りますわね」
 クアットロは画面に映る昌浩を憎々しげに指ではじく。
 勾陣の不意打ちももちろんだが、まさか昌浩が洗脳に洗脳をぶつけて相殺してくるとは、予想もしなった。ミッドチルダで使えば、確実に重犯罪者の仲間入りだろう。
「ま、いいですわ。どうせ無駄なあがきですもの」
 いくら精鋭ぞろいでも、二十名そこそこで対時空管理局用に用意した戦力を全滅させられるわけがない。
「次は私のターン。まずは弱いところから」
 クアットロの前に、晴明たちのいる本陣が映し出される。
 本陣は、揺りかごからの断続的な砲撃を、天空、太裳、天一、玄武の張った四つの結界によって防いでいる。しかし、結界の強度には、露骨に差があった。
「ディエチちゃん」
『何、クアットロ?』
 クアットロの通信に、聖王の揺りかごの上部で待機していたディエチが応える。巨大な大砲イノ―メスカノンを持ち、長い髪をリボンで括ったナンバーズだ。
「一番左の結界を撃って。あなたのヘヴィバレルなら破壊できるから」
『了解』
 画面の向こうで、ディエチはイノーメスカノンを構える。彼女の目には狙撃用に望遠機能が搭載されている。敵に照準を合わせ、ディエチは狼狽する。
「どうしたの?」
『だって、あの子、まだ子供だよ?』
 ディエチの目には十歳くらいの黒衣の少年、玄武の姿が映っていた。
「はあ? 何、寝ぼけてるの。あれは十二神将。子どもどころか、人間ですらないわ」
『でも……』
「これは任務よ。撃ちなさい」
『う、うん』
 ディエチのISヘヴィバレルが発動し、撃ちだされた砲弾が、玄武の結界を粉砕する。
「よくやったわ。次は……ディエチちゃん?」
 ディエチは凍りついたように、自分が撃った玄武を見つめていた。血を流し、苦痛にうめく少年。ディエチは罪の意識にからめ捕られていた。
『よくも玄武を!』
 ディエチめがけて敵が接近してくる。ディエチは武器をそちらに向け、敵が五歳くらいの少女、太陰だとわかり咄嗟に銃口を背けた。
 太陰の放つ竜巻がディエチを打ち倒す。
 クアットロは呆れたように、ため息を漏らす。
「本当に愚かな姉妹ばかり。まあいいわ。ガジェットだけでも十分戦える」
 クアットロは眼鏡を放り捨て、結んでいた髪をほどくと、次なる獲物を映し出した。
 高速で戦場を駆けるエリオだ。
「どんなに速く動いても、避けられなければ意味がない」
 皮肉げにクアットロは紅蓮の口真似をする。
 瞬時に大量のガジェットがエリオを包囲する。同士討ちも辞さない全力の一斉射撃がエリオを襲う。
 クアットロの指が、流れるようにコンソールの上を走る。次にフリードに乗るキャロが映し出された。


122:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/06/14 23:03:22.63 FlL9F2Oj
「どんなに竜が強くても、召喚師を倒してしまえば意味がない」
 キャロめがけて豪雨のように弾丸が降り注ぐ。
「そーして」
 次に映ったのは、シャマルの姿だった。
「回復役から倒すのが、ゲームのセオリーよね」
 クアットロは楽しげに舌なめずりする。弱者を蹂躙する喜びにうち震えていた。

「玄武君!」
 シャマルが傷ついた玄武に駆け寄る。傷はもちろんだが、魔力ダメージがとにかく酷い。下手をすると命に関わる。
「お願い、クラールヴィント」
 シャマルが玄武に癒しの魔法をかける。
 しかし、その間、後方の作戦指揮官が不在になった。
「シャマル!」
 ザフィーラがシャマルの前に出て、突如飛来した光線を防ぐ。
 指揮官不在の隙をついて接近してきた、少年のような外見をしたナンバーズ、オットーが右手を構える。
「IS発動レイストーム」
 オットーの手から無数の光線が放たれる。それをザフィーラはバリアで受け止める。
「ザフィーラ!」
「玄武を連れて結界内に退避しろ」
「そうはさせない」
 赤い光を発する双剣を構えたナンバーズ、ディードが急接近する。剣が一閃し、シャマルを切り裂き、鮮血が服を赤く染める。
「レイストーム」
 容赦ない光線の嵐がザフィーラを襲い、その場に縫いつける。
「ツインブレイズ」
 動けないザフィーラの脇にディードが移動し、剣で切り上げる。
「盾の守護獣を舐めるなぁぁあああ!」
 ザフィーラが吠える。地面から巨大な棘が生え、ディードの双剣の片方を砕く。それと同時にレイストームがザフィーラを飲み込んだ。
「ディード、大丈夫?」
 シャマルとザフィーラの二人を倒し、オットーはディードを無表情のまま気遣う。
「怪我はない。それより次だ」
 ディードたちが振り向くと、怒りに燃える朱雀と、厳しい瞳をした天一が立っていた。
「貴様ら、覚悟はできているんだろうな?」
 力なく横たわるザフィーラ、シャマル、玄武を見ながら、まるで鉄塊の様に巨大な剣を朱雀は構える。
 オットーは無言でレイストームを放ち、天一の結界がそれを受け止める。
 朱雀の大剣と、一本だけになったディードのツインブレイズが火花を散らす。朱雀の力任せの一撃に、ディードは逆らわずに後ろに跳ぶ。それと同時に急加速。一息に朱雀の懐に飛び込んだ。
 ディードには朱雀の武器が理解できなかった。あれだけ巨大な剣では、小回りが利かない。間合いと威力を重視するにしても、槍など別の武器を使った方が効率がいい。
 ディードのツインブレイズが、がら空きになった朱雀の腹に突き出される。
 朱雀の剣が炎をまとい変化し、ツインブレイズと同じ大きさになる。朱雀は剣の大きさを自在に変えられるのだ。
 小さくなった剣を朱雀は高速で振り下ろす。
 ディードがぎりぎりで後ろに下がると、朱雀の剣が再び巨大化し、横薙ぎに払う。受け止めるも勢いに負け、ツインブレイズが手から離れる。
 朱雀は神足で走り、ディードの腹部に剣の柄を叩きこむ。
「ディード!」
 立ちつくすオットーに朱雀の当て身が炸裂し、二人は意識を刈り取られた。
「天貴(てんき)。みんなの傷の具合はどうだ?」
 ナンバーズ二人を倒し、朱雀が愛する天一に呼びかける。天貴とは、朱雀のみに許された天一の愛称だ。
「一命は取り留めていますが、このままではみんな死んでしまいます」
 天一は悲しげに顔を振る。
「よせ。天貴」


123:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/06/14 23:04:13.26 FlL9F2Oj
 天一の思惑を察し、朱雀が止める。この状況で皆を助ける方法は一つしかない。しかし、それは朱雀が絶対に許容できない方法だった。
「朱雀。私を信じて」
 天一はシャマルに手をかざす。
 天一の手から淡い光が放たれ、シャマルの傷がみるみる塞がっていく。それに反比例するように、天一の顔が青ざめていく。
 十二神将で唯一の回復の技、移し身の術。相手の傷を自らの体に移す術だ。つまり命に関わる大怪我を移せば、天一の命を危うくする。しかも移し身の術で移した傷は、あらゆる回復魔法を受け付けない。天一が自力で治すしかないのだ。
 十二神将は人間よりも頑丈で治癒力も高いが、過去に天一はこの術で何度も死線をさまよった。その度に朱雀は、天一を失う恐怖に苛まれてきたのだ。
 だが、天一の心を曲げることも朱雀にはできない。今はただ天一を信じ祈ることしかできない。
 シャマルの傷のほとんどを引き受け、天一が倒れる。その体を朱雀が抱き止めた。
 シャマルが意識を取り戻す。倒れる天一を見て、おおよその事情を理解する。
「……天一さん」
「シャマル。みんなの治療を頼む。天貴の思いを無駄にしないでくれ」
 朱雀の真剣な眼差しに頷き返し、シャマルは治療を開始した。

 朱雀がディードたちと戦っている頃、空中ではエリオとキャロに、ガジェットの集中砲火が浴びせられていた。
 二か所同時に巨大な爆炎が発生する。
「いやぁぁああああああ! エリオ! キャロ!」
「落ち着け! フェイト!」
 恐慌をきたすフェイトを、白虎が叱咤する。
「でも、エリオが! キャロが!」
 背中から黒煙を上げながら、フリードが墜落していく。あれだけの火力を防げるバリアをエリオもキャロも持っていない。絶望がフェイトの心を覆う。
「ストラーダ!」
『Sonic Move』
 聞き慣れた声が響き、電光が爆炎を突き破る。
「エリオ!」
「来よ、ヴォルテール!」
 地面に魔法陣が出現し、巨大な黒き龍が出現する。
「キャロ!」
「フェイトさん。僕たちは絶対に死んだりなんかしません!」
 エリオは左半身がぼろぼろになっていた。特に左腕の怪我は酷く、力なく垂れ下がっている。
 包囲された瞬間、防御も回避も不可能だと悟り、左腕を犠牲に一点突破を行ったのだ。
「その為の力を、フェイトさんたちからもらいました」
 傷だらけのフリードが小さくなり、優しくキャロに抱き止められる。
 キャロは、敵の集中攻撃よりわずかに速くフリードの背中から飛び降りたのだ。しかし、すべてを避けられたわけではない。バリアジャケットをところどころ破損し、決して軽くない怪我を負っている。
 コンマ一秒遅れていたら、二人とも死んでいた。そんなぎりぎりの状況判断だった。
(二人とも本当に成長したんだ)
 フェイトはわずかな感慨に浸る。
 ずっと子どもだと思っていた。それなのに、いつの間にか立派な魔導師に成長していた。欲を言えば、もっと平和で穏やかな人生を選んで欲しかった。でも、あの二人は、もう自分で道を選べる。フェイトの手助けは必要ないのだ。
 今日が子どもたちの巣立ちの日だった。喜びと寂しさが同時に去来する。
 フェイトは決然と顔を上げた。
「二人とも、撤退して。キャロはヴォルテールで、本陣の守備を。白虎さん、シグナム、二人の援護をお願い」
「おう!」
「心得た!」
 生き延びはしたが、さすがにこれ以上の戦闘は二人には無理だ。ヴォルテールの手に乗り、エリオとキャロが撤退していく。
 矢継ぎ早に味方に指示を下しながら、フェイトはガジェットの群れと戦う。

 セインはISディープダイバーを使い、地中を潜行していた。


124:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/06/14 23:06:16.16 FlL9F2Oj
(あちゃー。間に合わなかったか)
セインの目的は敵のかく乱。敵を倒さずとも、神出鬼没に行動し、敵の戦線を乱す。その途中で、オットーとディードの援護に行こうとしたのだが、敵の強さが予想以上で二人ともあっさりとやられてしまった。
(でも、今がチャンスだよね)
 敵の後方はまだ混乱している。畳みかけるなら今しかない。
 セインは地中からゆっくりと傷の治療を行うシャマルに近づき、いきなり壁にぶつかった。
(ぷぎゃ)
 妙な悲鳴を上げ、セインはぶつけた鼻をさする。
 目の前は普通の地面だ。ディープダイバーで透過できないわけがない。
 セインの背筋に、得体の知れない悪寒が走る。セインは慌てて地上に逃げた。
「水!?」
 地上に出たセインを、水で出来た矛が追いかけてくる。さっきぶつかったのは、水で出来た盾だったのだ。
「見つけましたよ」
 十二神将、天后がセインと対峙する。天后は水の矛と盾を操る。水ならば大地の中でも自由に動ける。まさにセインの天敵だった。
「あなたは私が倒します」
 天后は戦う力を持つ十二神将の中では最弱だ。だが、この厄介な相手だけは倒してみせる。
「ちっ」
 左右から水の矛が、同時にセインを襲う。セインは地中に逃げようとして、踏みとどまる。地中に逃げれば、敵の攻撃が認識できない。ここは走って逃げるしかない。
「波流壁!」
「しまった!」
 足を踏み出したセインを、球状の水の結界が捕らえる。
 天后はやや不満げに後ろを振り返った。
「玄武。邪魔をしないでください」
「我も見せ場が欲しいのでな」
 玄武が横たわったまま、結界を発動させたのだ。全力を使い切った玄武は、今度こそ眠りについた。

 勾陣は一人森の中で、ガジェットと戦っていた。
 十手によく似た筆架叉(ひっかさ)と呼ばれる武器を両手に構え、ガジェットを切り裂いていく。
「片づいたようだな」
 そこに紅蓮がやってきた。
「敵はまだまだいる。早く次の戦場に向かおう」
「ああ、急ごう。勾陣」
 勾陣は足を止め、振り向きざま筆架叉を振るう。紅蓮の腕が浅く切り裂かれる。
「気でも狂ったか、勾陣!」
「不勉強だな。騰蛇は私のことを勾と呼ぶのだ」
「……互いの呼び名ね。やっぱり付け焼刃は上手くいかないわ」
 紅蓮の喉から女の声が発せられる。その姿がナンバーズ、ドゥーエのものに変化する。ドゥーエのISライアーズマスク、他人に変装する能力だ。
「名は?」
「ドゥーエ」
「二番と言う意味か。奇遇だな。私も十二神将の中で二番目に強い」
「あらそう。それにしても、愛称で呼ぶなんて、あなたたち、もしかしてそういう関係?」


125:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/06/14 23:07:39.82 FlL9F2Oj
「さて。ご想像にお任せする」
 会話の途中で、ドゥーエがピアッシングネイルを突き出す。勾陣が筆架叉で爪を上下から挟みこむ。
「ふっ!」
 勾陣が瞬間的に横の力を加え、澄んだ音を立ててピアッシングネイルが砕ける。
「はあぁぁあああ!」
 続けて迸った衝撃波が、ドゥーエを吹き飛ばし背後の大木に叩きつける。
「惜しかったな」
 勾陣は、脇腹に突き刺さっていたドゥーエの爪を引き抜く。もう少し踏み込まれていたら、危なかった。
 ドゥーエの敗因は、トレーニング不足だ。長い潜入任務で体がなまっていたのだろう。万全の状態ならば、結果は変わっていたかもしれない。
 ISも恐るべきものだった。もし紅蓮以外に化けていたら確実に騙されていた。
「あいつに感謝しないといけないな」
 勾陣は目元を和ませると、聖王の揺りかごを見上げた。
「露払いは終わった。次はお前の番だ。なのは」


126:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/06/14 23:09:23.22 FlL9F2Oj
以上で投下終了です。
それではまた。

127:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/14 23:59:43.94 1XGhEzUl
GJ!です。

128:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/16 22:25:27.54 aytJGlfG
Forceのおかげでとりあえず管理世界でSAAでredEyesしてダカッOKとなったな。

129:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/06/21 21:26:36.27 0EiLxKRI
本日23時より、リリカル陰陽師StrikerS第十一話投下します。

130:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/06/21 23:02:57.74 0EiLxKRI
それでは時間になりましたので投下開始します。

 第十一話 空の道を駆け抜けろ

 はやての放つ広域殲滅魔法フレースヴェルクが、聖王の揺りかごを守るガジェット群の一角を消滅させる。
「なのはちゃん、今や!」
「行くよ。スターズ出動!」
 その空隙を縫って、なのはとヴィータが聖王の揺りかごに接近する。
「ラケーテンハンマー!」
 ヴィータが高速で回転しながらアイゼンを振り下ろす。聖王の揺りかごの外壁に穴が開いた。
「スバル、ティアナ」
「ウイングロード!」
 スバルの作る空色の光の道が、大地から揺りかごへと延びる。ティアナを背負ったスバルと、昌浩を背負った太裳が光の道を上っていく。
「後は頼むで」
 総勢六名の突入部隊。作戦が最終段階に入ろうとしていた。

 揺りかご内部に入った六人を強烈なAMFが出迎える。
 飛行魔法を阻害され、なのはとヴィータの体がふらつく。しかし、すぐに持ち直した。
 ここで魔法を使うと、魔力の消耗がいつもより数段激しい。
「予測はしてたけど、やっぱりきついね」
「ああ、ここはスバルが頼りだな」
「はい。任せてください!」
 スバルが戦闘機人モードを発動し、瞳が黄色に変わる。
 聖王の器と動力炉は反対方向にある。ここで分散しないといけない。
「行くぞ、昌浩。私らは動力炉だ」
「うん」
 正体不明だが、聖王の器こそ最強の敵だと昌浩の直感が告げている。
 動力炉の破壊は昌浩とヴィータのみ。残りの四人で聖王の器を破壊する手はずになっている。
「なのは、そっちは頼んだぞ」
「うん。ヴィータちゃんも気をつけて」
 なのはとヴィータはそれぞれの目標に向けて進んで行った。

 通路にはびこるガジェットたちを、なのは、スバル、ティアナは次々と倒していく。
 太裳は攻撃力を持たないが、結界能力は十二神将の中で天空に次ぐ。全員の防御を一人で担ってくれるので、なのはたちは攻撃に専念できる。
 やがて通路の分岐点に差し掛かった。これはユーノが送ってくれた地図には記載されていなかった。
「時間が惜しい。右の道は私一人で行くから、スバルたちは左の道をお願い」
「一人で行くんですか? 危険過ぎます」
「こら、生意気言わないの。本気になったなのはさんは、まだ二人に負けるつもりはないんだから」
 なのはの言葉は真実だった。本当にエースオブエースの名は伊達ではない。
「ティアナ、お願いね」
「わかりました」
 ティアナが真剣な顔で頷き走り出す。スバルと太裳がその後に続く。
 スバルたちは巨大な通路を延々と走り続け、辿り着いた先は行き止まりだった。
「外れですか」
「すぐになのはさんを追いかけましょう」
 落胆する太裳をスバルが促す。
「そうはいかねぇな」
「危ない!」
 太裳がスバルをかばうように前に出る。展開した結界の表面で弾丸が爆ぜる。
 三人の前にノーヴェが立ち塞がる。


131:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/06/21 23:04:51.79 0EiLxKRI
「タイプゼロセカンド。お前たちはここで潰す」
「太裳さん。ティアナをお願いします」
 スバルが前に出る。太裳とティアナは結界の中で、スバルを見守る。
「おもしれぇ。一人で戦おうっていうのか。タイプゼロセカンド」
「私はスバル・ナカジマだ! ウイングロード!」
「エアライナー!」
 通路の中に、空色と黄色の光の道が網の目のように交差する。ノーヴェが拳を打ち鳴らし、戦闘が開始された。

 六合とシグナムは背中合わせに立っていた。周囲にはガジェットたちがひしめいている。
「六合、私はよく仲間からバトルマニアと言われる」
 レヴァンティンが炎をまとい、ガジェットを切り裂く。
 六合はシグナムの話に耳を傾けながら、銀槍を振るう。
「確かに命がけの戦いも嫌いではない。いや、好きなんだろうな」
 極限状態の緊張感は、これはこれで悪くない。
「だが、私が本当に好きなのは、ただ技を競い合うような……無心でお互いを高め合えるような、そんな戦いなんだ」
「……俺もだ」
 六合が口を開く。寡黙な六合が喋るのは珍しいことだった。
「そうか。では、この戦いが終わったら、また手合わせをしよう。り……」
「彩輝(さいき)だ」
 かぶせるように六合が言った。
「晴明からもらった俺のもう一つの名だ」
「わかった、彩輝。では、約束だぞ!」
 シグナムが心にその名を刻む。二人はどこか楽しげに、まるで優雅に踊るように戦い続けた。

 戦闘開始からすでに二時間が経過しようとしていた。
 聖王の揺りかごからは、雲霞(うんか)のようにガジェットが湧き出している。
 本陣は天空の結界とヴォルテールによって守られているが、攻撃部隊の疲労が濃くなってきていた。
「申し訳ありません。晴明様」
 力を使い果たした天后が、晴明に謝る。
「よい。お前はよくやった。しかし、このままでは戦力が足りぬ」
 白虎と太陰の限界も近い。負傷したメンバーは、シャマルの回復魔法で命の心配はないが、戦線復帰はとても無理だ。
「私が行きます」
 紫色の髪をした少女が立ちあがった。意識を取り戻したルーテシアだ。
「よろしいのですか?」
「うん。あなたたちには、私もアギトもゼストも助けられたから」
「ルーちゃん。お願い」
「ガリュー、頼んだよ」
 キャロとエリオが声援を送る。
「うん。任せて!」
 期待したよりも力強い返事と、明るい笑顔が応える。
「白天王! 地雷王! ガリュー! インゼクト!」
 白き魔人が、黒い甲虫が、四つ目の人型が、小さな虫の群れが、ルーテシアを取り巻く。
 全ての召喚獣を従えて、ルーテシアは戦場に舞い戻って行った。
「……ルーちゃん。少し感じ変わった?」
 キャロが首を傾げる。もっと大人しい少女だと思っていたのだが。
「昌浩め。後で説教だ」
 ルーテシアの変貌の原因に思い当たり、晴明はうめく。
 ルーテシアは悲しい影をまとった少女だった。
 おそらく昌浩は縛魂の術で洗脳を解く際に、もっと明るくなればいいのにと、心の片隅で思ったのだろう。それがルーテシアの心に潜んでいた明るい部分を全開放してしまったのだ。
 縛魂の術は、当面使用禁止にしようと晴明は決めた。

 聖王の揺りかごの最深部では、クアットロが不機嫌顔で戦況を眺めていた。


132:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/06/21 23:06:21.54 0EiLxKRI
 後一押しで勝負が決まるその瞬間に、ルーテシアが参戦したのだ。おかげで敵は勢いづき、まだしばらく持ちこたえそうだ。
「ま、私たちの勝ちは揺るぎませんから、いいですけど」
 丸一日戦える生き物など存在しない。ほんの少し生きられる時間が延びただけだ。
「まったく。どうしてこう愚か者ばかりなのかしら」
 クアットロは通路で戦うスバルとノーヴェを鼻で笑う。
 ガジェットを信用していないのか、あるいは自分の力を過信しているのか、ノーヴェはガジェットを使わず、一人で敵を倒そうとしている。それに応えて、スバルも一人で戦っている。
 正々堂々。一対一の決闘。どれもクアットロには理解しがたい概念だ。
 戦いなど、いかに自らの手を汚さずに相手を倒すか。それに尽きるではないか。
「本当にお馬鹿さんたち」
 クアットロは画面に映るティアナと太裳を指でつつく。
 スバルとノーヴェの実力に大差はない。三人がかりならすぐに勝てるだろうに。
「好きにすればいいわ。どうせ死ぬんだから」
 ノーヴェが勝てるようなら、それでよし。もし負けてもあの三人の運命は変わらない。
 すでに真上の通路にガジェットを大量に配置してある。
 ノーヴェ敗北と同時にガジェットたちは床を破壊。大量のがれきがスバルたちの頭上に降り注ぐ。AMFが充満したこの空間で、すべてのがれきを防ぐすべはない。
「無様に負けるくらいなら、華々しい引き分けをプレゼントしてあげる。優しいお姉ちゃんに感謝しなさいね。ノーヴェちゃん」
「クロスファイヤー」
 己の策略に酔いしれるクアットロは、突如、冷水を浴びたような衝撃を受ける。振り向くと、クロスミラージュを構えたティアナが立っていた。
「シュート!」
 ティアナの放つ弾丸が、クアットロを打ち倒す。
「そんな……どうして……」
 画面の向こうのティアナが姿を消す。
「……幻術。私が騙されるなんて……」
「知ってる? 一番騙しやすい人間って、自分を賢いって思ってる人間なんだって」
 クアットロの指が無意味に宙をかく。それを最後にクアットロは意識を失った。
 ティアナはクロスミラージュに目を落とす。クロスミラージュはところどころショートしていた。
「これ以上の戦闘は無理そうね、クロスミラージュ」
『Sorry』
「いいわ。無理させたのは私だし。ゆっくり休んで」
『Yes, sir』
 ティアナが使ったのは、十二神将の隠形と陰陽師の術を参考に改良を加えた幻術だった。持続時間は飛躍的に伸びたのだが、それでも長時間の使用には耐えられなかったらしい。ティアナの戦いはここで終わりだ。
 昔のティアナならば、最後まで戦うことにこだわっただろう。しかし、今は仲間を信頼し後を託すことができる。
「頼んだわよ、みんな」
 ティアナは祈るように天井を見上げた。

「クアットロ? おい、クアットロ、返事をしろ!」
 クアットロとの通信が途絶したことに、ノーヴェは動揺する。
 太裳の隣に立っていたティアナの幻影が消える。
「てめえら、騙しやがったな!」
 なのはと同時に、ティアナも別行動を取っていた。スバルたちの元に幻影を残し、自分は姿を消して、敵指揮官の一人、クアットロを倒しに行ったのだ。
 敵指揮官の居場所は、あらかじめいくつか目星をつけてあった。タヌキ爺の晴明とタヌキ娘のはやてにかかれば、相手の心理を読むことなど造作もない。
「私たちは負けるわけにはいかないんだ!」
 スバルの拳とノーヴェの蹴りが激突する。
 拳主体と蹴り主体という違いはあっても、お互いに似た能力と装備を持つ二人。ローラーブーツのタイヤが回転し、高速で光の道を走り抜ける。
「お前のISは振動破砕だってな」


133:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/06/21 23:08:50.12 0EiLxKRI
 ノーヴェがスバルに言った。
 相手の体内に振動を送り込み破壊する能力。体内に精密機械を抱える戦闘機人には、特に効果が高い。
「なら、攻撃させなければいい」
 ノーヴェのガンナックルから弾丸が吐き出される。スバルとノーヴェの決定的な差。射撃能力だった。
『Protection』
 スバルのデバイス、マッハキャリバーが展開したバリアが弾丸を防ぐ。
 足の止まったスバルに、ノーヴェが連続で蹴りを繰り出す。
 一撃目を受け流し、二撃目を左腕で受け止める。重たい蹴りに腕が痺れる。
「やっぱり旧式だな。私の方が強い」
 ノーヴェの挑発に、スバルは歯がみする。一刻も早くなのはの援護に向かいたいのに、こんなところで足止めされるわけにはいかない。
「マッハキャリバー、最速で行くよ」
『All right buddy』
 レクチャーを受けただけで試運転もしていないが、やるしかない。
「フルドライブ!」
『Ignition』
「ギア・エクセリオン!」
 マッハキャリバーから空色の翼が生え、スバルの体が急加速する。刹那で間合いを詰め、全力のストレートを放つ。
「なっ!」
 ノーヴァの顔が驚愕に染まり、左腕の小手が砕ける。
「もう一度!」
 左足を軸にターンをする。
『Danger!』
 マッハキャリバーからの警告。しかし、一足遅かった。左のローラーブーツがひしゃげ、火花を散らす。
 今のマッハキャリバーは戦闘機人モードを想定していない。戦闘機人モードとフルドライブの相乗効果にフレームが耐えられなかったのだ。
 制御を失い、スバルが転倒する。それでも止まらず、地面に何度も叩きつけられる。
「はっ。自滅しやがった」
 ノーヴェが鼻で笑う。
 衝撃で頭が朦朧とし、スバルは体を動かせない。
「これで終わりだ!」
 ノーヴェのかかとが、スバルの頭めがけて振り下ろされた。
 二人の間に太裳が割り込み、結界を張る。ノーヴェの強烈な蹴りが結界を激しく歪める。
「邪魔するな!」
「太……裳さん」
 スバルはまだ起き上がれない。情けない姿をノーヴェが嘲笑する。
「それでも戦闘機人か! 男に守られるしか能のない非力な旧式が!」
「違います!」
 太裳が腹から声を発する。こんなに声を荒げた太裳を見た者はいない。
「スバルさんは守られることができるんです!」
「はっ?」
 意味不明な叫びに、ノーヴェは呆気に取られる。
「守ることしかできない私とも、敵を倒すことしかできないあなたとも違う。スバルさんは守ることも、倒すことも、救うこともできる。神でも機械でもない、人間だからです!」
 いつだって太裳の目に人間は眩しく映っていた。不器用で間違いを犯すが、様々な可能性を秘めた人間。
 いかに強い力と命を持っていても、永遠に変化しない太裳には、それは羨ましいことだった。
「随分かばうな。まさかお前、そいつに惚れてるのか?」
「はい。好きです」
 照れもためらいもなく太裳は答えた。
「ええっ!?」
 むしろ慌てたのはスバルだった。顔が真っ赤に染まる。


134:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/06/21 23:10:26.96 0EiLxKRI
「い、いつから?」
「わかりません。気がついたら好きになっていました」
 いつもひたむきでまっすぐなスバル。その明るさが太陽のように、太裳を惹きつけた。
「よければ今度、でえと、とやらをしていただけませんか?」
「ええと……わ、私でよければ」
「いちゃついてんじゃねぇ!」
 ノーヴェの蹴りが太裳の結界を破壊する。続けて放たれた上段蹴りが太裳を壁に叩きつける。
「いいぜ。そんなに好きなら、まとめて殺してやる。あの世でデートしやがれ!」
 スバルがはね起き、ノーヴェの蹴りを蹴りで相殺する。しかし、その一撃で左足のローラーブーツは完全に使い物にならなくなった。ウイングロードも展開不能だ。
「速さを失ったお前に勝ち目はねぇ!」
 ノーヴェがエアライナーを走り、上空に駆け上がる。制空権はノーヴェが支配している。
「とどめだ!」
 ノーヴェが高速でエアライナーを下ってくる。スバルには打つ手がない。
「スバルさん」
 太裳が痛む体を引きずって、スバルの隣に並ぶ。視線だけで互いの意思を伝える。
 スバルのリボルバーナックルが回転し、カートリッジをロードする。魔力を右腕に集中させ、ノーヴェめがけて跳ぶ。
 ノーヴァはエアライナーの軌道を変え、スバルの真横を狙う。
 その時、太裳が結界を張った。スバルの足元に。
「一撃必倒」
 太裳の結界を踏み台に、スバルの体がノーヴェに向けて矢のように放たれる。
「しま……」
 意表を突かれたノーヴェは反応が遅れる。
「ディバインバスター!」
 空色の拳がノーヴェに炸裂した。

 ノーヴェを倒し、着地したスバルがふらつく。まだダメージが回復しきっていないらしい。太裳が横から体を支える。
 スバルは太裳から顔をなるべく離した。突然告白されて、どんな顔を向ければいいか、わからなかった。
「……だから、いちゃついてんじゃねぇ。私はまだ負けてねぇぞ」
 かすれた声を絞り出しながら、ノーヴェが立ち上がる。直撃を受けた両腕は力なく垂れ下がり、膝も笑っている。強がりなのは明白だ。
「あなたの負けです」
「負けてねぇ! 私らは負けられねぇんだ!」
 ノーヴェが血を吐くように叫ぶ。
「私は戦闘機人だ。勝たなきゃ、勝ち続けなきゃ、意味がねぇ。それ以外の生き方なんて、出来ねぇんだ!」
 叫び続けるノーヴェの姿が、スバルに幼い頃に巻き込まれた空港火災を思い出させた。
 あの日、スバルは迷子になり、一人ぼっちで泣いていた。その姿がノーヴェに重なる。
(そっか。あの子も私と同じ迷子なんだ)
 どっちに行けばいいかわからず、寂しくて苦しくて、泣くことしかできなかった。
 あの時、スバルを助けてくれたのは、なのはだった。あんな人になりたくて、スバルはこれまで頑張ってきた。
 今度は自分の番だ。
「大丈夫だよ。きっとやり直せる。新しい道が見つかる」
 スバルは一歩踏み出す。
「気休め言うな!」
「気休めじゃない。私だって見つけられた」
「私とお前は違う!」
 スバルが近づくたびに、ノーヴェは叫びを上げる。
「うん。違う。だって、あんた、私より強いじゃん。だから、きっと大丈夫だよ」
 スバルと、ノーヴェには決定的な違いがある。
 誰かが道を示してくれるまで、スバルは諦めて泣くことしかできなかった。だが、ノーヴェは己の力で道を切り開こうとあがいている。


135:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/06/21 23:12:17.86 0EiLxKRI
「あんたの強さがあれば、きっと大丈夫。辛い時、苦しい時には、私も手伝うから。だから、一緒に行こう。ね?」
 スバルが優しくノーヴェを抱きしめる。ノーヴェは抵抗しなかった。
「……う、うぁああああああああ!」
 堰を切ったようにノーヴェが泣き出した。
「うん。もう大丈夫」
(なのはさん。私、あの日の、なのはさんに少しは近づけたかな?)
 夢が少しだけ近づいた実感を、スバルは初めて得ていた。
「スバルさん!」
 緊迫した太裳の声。太裳の結界が、光弾を防ぐ。
「何!?」
 通路に突然、ガジェットが出現する。カマキリのような姿をした新型だ。光学迷彩で隠れていたらしく、通路はすでに埋め尽くされていた。
「おい、お前ら、退け!」
 ノーヴェの指示に、新型ガジェットは反応を示さない。
「くそ。識別機能が壊れたか」
 ナンバーズは、ガジェットに攻撃されないよう敵味方識別機能がついているのだが、スバルの振動破砕で丸ごと機能停止していた。
「やるしかないってことか」
 スバルが苦しげにうめく。戦えるのはスバルだけだ。ウイングロードもローラーブーツもなしで、どこまでいけるか。
「これを使え」
 スバルは飛んできた物体を空中でキャッチする。それはノーヴェの左のローラーブーツ、ジェットエッジだった。
「強度はお前のより上だ。多少の無茶には耐えられる」
「あはは。助けるどころか、先に助けられちゃった。あんたって本当に強いね」
 さっきまで号泣していたくせに、もう勝気な表情が戻ってきている。
「うん。ありがたく使わせてもらう」
 リボルバーナックルは、助けてくれた母の形見だった。左のリボルバーナックルは姉ギンガからの借り物だ。なのはや六課のみんなが作ってくれたマッハキャリバーに、今はノーヴェのジェットエッジ。
 みんなに支えられて、スバルは今ここにいる。
「太裳さん。ノーヴェをお願い!」
「任せてください!」
 太裳がノーヴェを抱き上げる。
「でも、変な所触ったら、後で殺しますから!」
「ええええ!?」
 太裳の情けない悲鳴を背に、スバルは走り出した。負ける気はしなかった。


136:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/06/21 23:13:30.60 0EiLxKRI
以上で投下終了です。
それではまた。

137:一尉
12/06/26 22:44:55.21 9M1RCmLM
支援

138:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/06/28 21:08:36.77 lbH7vOLP
本日22時半より、リリカル陰陽師StrikerS第十二話投下します。

139:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/06/28 22:34:03.75 lbH7vOLP
それでは時間になりましたので、投下開始します。

  第十二話 光と闇を司れ

 聖王の揺りかご内部では、スカリエッティが通信画面越しに、ウーノからの報告を受け取っていた。
『私以外のナンバーズはすべて捕縛されたようです』
「そうか……死者は出ていないのだな?」
『はい。その点は、敵に感謝しないといけませんね』
「そうだな。奪われた物は取り返せばいい」
 スカリエッティは気だるげに告げる。目も焦点が合わず、どこかぼんやりとしている。
『どうやら、私もそろそろのようです』
 断続的な破壊音と振動が、ウーノの画面を揺らす。敵が近づいてきていた。ウーノのISフローレス・セクレタリーは隠蔽と知能加速能力のみで、戦闘能力を持たない。誰が突入してきても、勝ち目はない。
『ドクター。また髪が伸びてきましたね』
 ウーノはスカリエッティを見て言った。
 言われるまで気がつかなったが、前髪が目にかかっている。
「本当だ。また君に切ってもらわないといけないね」
『わかりました。では、この戦いが終わりましたら……』
「ああ、お願いするよ、ウーノ……今までご苦労だった」
『ドクター。あなたの勝利をお祈りしております』
 ウーノの手が画面に置かれる。スカリエッティはその手に自らの手を重ねた。
 衝撃と煙が画面を覆い尽くし、通信は途絶した。
「こちらもそろそろか。切り札を使う時が来たようだな」
 スカリエッティはまだ自らの勝利を疑っていなかった。

 戦闘開始から二時間半が経過し、ついに太陰と白虎が力尽き戦場から離脱する。
 敵は空を先に制圧することにしたらしく、攻撃の手が空に集中する。
 六合も勾陣も朱雀も遠距離攻撃を持っていないので、空で戦う連中の負担が激増していた。
 ルーテシアのインゼクトたちが、ガジェットを乗っ取り、こちらの手勢にしているが、焼け石に水だ。
 白炎の龍で空を焼き払いながら、紅蓮は舌打ちした。
「くそ、俺も空を飛べれば」
 地上からの援護では限界がある。
「泣き言を言うな、騰蛇!」
 剛砕破でガジェットを撃ち落としながら、青龍が怒鳴る。
「黙れ、青龍! こんな時まで突っかかってくるな!」
「二人とも、そこまでだ。余計な体力を消耗するな」
 勾陣が苛立ちを露わに注意する。勾陣は腹に包帯を巻いただけで、戦線に復帰していた。
 紅蓮と青龍は十二神将の中で、もっとも仲が悪い。距離を取ろうと、紅蓮はきびすを返した。
 その時、小さな影を弾き飛ばしそうになった。
「お前か」
 直立不動の姿勢を取ったアギトだった。やけに真剣な顔をしている。
「どうした?」
「師匠と呼ばせて下さい!」
 アギトが直角に腰を折る。
「はっ?」
 突然の申し出に、紅蓮は呆気に取られる。
「師匠の炎を見ていて感動したんです。苛烈にして繊細、大胆にして優美。それに比べたら、私の炎なんて…………へっ、ただの花火さ」
 アギトは手に灯した炎を寂しげに見つめる。
「それは俺を主に選ぶということか?」
「いえ、主じゃありません。師匠です」
 違いが紅蓮にはわからないが、アギトの中では明確な区分があるらしい。
「悪いが、俺は弟子は取らん。そもそも俺の力は生まれつきで、何も教えてやれん」
「それでいいです。盗ませてもらいます」
「お前は俺が怖くないのか?」


140:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/06/28 22:35:18.82 lbH7vOLP
 紅蓮は全ての魔力を開放している。怖くないわけはないのだが。
 よく見ると、アギトは小刻みに震えていた。
「もちろん怖いです。でも、それ以上に師匠を尊敬してるんです。お願いします。私を弟子にして下さい!」
「ああもう、勝手にしろ!」
「はい、わっかりました。ユニゾン・イン!」
 アギトが勝手に紅蓮とユニゾンする。紅蓮の髪が金色に変化し、四枚の炎の翼が背中から生える。
 翼が羽ばたき、紅蓮の体が宙に浮く。
「これは……」
『私と師匠の力が合わされば、空を飛ぶくらい、どってことないですよ』
 頭の中から他人の声が聞こえてくるので、とても気持ち悪い。だが、贅沢は言っていられない。
「行くぞ、アギト!」
『はい、師匠!』
 紅蓮が炎の龍を召喚する。黄金の炎龍は先ほどの倍以上の大きさだった。増援のガジェットが一瞬にして灰塵となる。
「すごい威力やな」
 広域殲滅魔法が得意なはやても呆れる威力だった。
 炎の龍を次々と召喚し、敵を焼き尽くす。形勢が徐々に好転していく。
『師匠、武器持ってないですか?』
「武器だと? これでいいか」
 紅蓮が真紅の槍を召喚する。
『うーん。出来れば剣がいいんですが』
「ええい、注文の多い奴だ!」
 黙っていろと一蹴したいが、ユニゾンも飛行も経験したことのない紅蓮は、アギトに従うしかない。これではどっちが師匠かわからない。
 真紅の槍がほどけ、長く鋭い両手剣に再構成される。紅蓮の武器は魔力によって形作られているので、意思一つで好きな形に変化するのだ。
『師匠、最高です!』
 炎をまとった剣を紅蓮は構える。
『技名はどうしますか?』
「知らん。お前が勝手に考えろ」
『わかりました! では、即興で、業竜一閃!!』
 炎の斬撃が聖王の揺りかごの外壁を一文字に切り裂く。
 聖王の揺りかごにしてみれば些細な傷だが、紅蓮は確かな手応えを感じていた。
「フェイト、はやて、ここは俺たちに任せて昌浩たちの援護に行ってくれ。どうにも時間がかかり過ぎている」
「でも……」
「行こう、フェイトちゃん。私らがいたら、騰蛇の邪魔になる」
 初めてのユニゾンで、紅蓮もアギトも制御が上手く出来ていない。近くにいたら巻き込まれる危険性が高い。
 はやてとフェイトは揺りかご内部へと突入した。

 その頃、ヴィータと昌浩は揺りかごの駆動炉に到達していた。
 駆動炉は巨大な四角錐を上下にくっつけた形をしている。その前に、白衣を着た男が簡素な椅子にもたれて座っていた。
「スカリエッティ。お前の野望もここまでだ」
「それはどうかな?」
 スカリエッティの右手には、デバイスらしき鉤爪のついたグローブがはめられ、左の二の腕と、右足を黒い装甲に覆われている。バリアジャケットのようだが、それにしては覆っている部分が偏り過ぎている。
 スカリエッティが右手を上げると、立方体型の迎撃装置が多数出現する。
「昌浩、思いっきりやれ!」
「万魔挟服!」
 衝撃波が部屋の中を荒れ狂う。迎撃装置がすべて爆発する。
 そんな中、スカリエッティは涼しい顔で衝撃波を浴びていた。
「馬鹿な!」
「面白い術だね。だが、もう学習した」
 黒い甲冑が生物のようにうごめき、スカリエッティの体を侵食する。


141:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/06/28 22:36:05.85 lbH7vOLP
「気持ち悪りぃんだよ!」
 ヴィータが鉄球を打ち出す。スカリエッティはそれも体で受け止める。
 攻撃を受けるたびに、黒い装甲が増殖し、スカリエッティを覆っていく。
「ああ、ようやく馴染んできた」
 やがて歪な装甲が、スカリエッティの全身を包み込んだ。
「攻撃が効いてないのか?」
「ヴィータ」
 昌浩がヴィータの肩をつかむ。直感が全力で警鐘を鳴らしていた。理屈ではなく、直感が真実を指し示す。
 スカリエッティは体の上に、薄い虹色の光の膜をまとっていた。
「あれが……あいつが聖王の器だ」

 玉座の間に辿り着いたなのはは、ウーノと対峙する。ウーノは抵抗せずあっさりと捕縛された。
「あなたが聖王の器じゃないの?」
「違います」
 他に何も喋るつもりはないらしく、ウーノはそれきり黙ってしまった。
 ここが聖王の揺りかごの中枢のはずだが、作り変えられているらしい。たいした設備が見当たらない。
 新しい中枢を探すべく、なのはは通路を戻った。
「なのは!」
 途中でフェイトと合流する。
「フェイトちゃん、外は?」
「騰蛇とアギトが頑張ってくれてる。怪我人は多いけど、誰も死んでない」
「そっか。よかった」
 信じてはいたが、なのはは胸をなでおろした。これで心のつかえが一つ取れた。
「はやては、ティアナとスバルの救出に向かってる。昌浩君たちは?」
「まだ見てない。駆動炉に急ごう。凄く嫌な予感がする」
 なのはとフェイトは頷き合うと、駆動炉へと向かう。
 通路には無数のガジェットの残骸が散らばっていた。それらを乗り越え、なのはとフェイトが目的地に辿り着く。
「ヴィータちゃん!」
「昌浩君!」
 なのはとフェイトが悲鳴を上げる。
 そこには折り重なるように、血まみれの昌浩とヴィータが倒れていた。胸がかすかに上下しているので、かろうじて生きているらしい。
「ああ、ようやく来たかね?」
 黒い全身鎧をまとった男が、くぐもった声を漏らす。
「スカリエッティ!」
 フェイトが鋭く睨みつける。顔はマスクで見えないが、覗く眼光と声に覚えがある。
「陰陽師とは、つまらない人種だね。理屈もなしに答えに辿り着く。おかげで私が答えを言う暇がなかったじゃないか」
 とっておきのなぞなぞを解かれて、拗ねている子どものようだった。
「まさか……あなたが?」
「そう、新たな聖王の器だ」
 見鬼の才を持つものなら、スカリエッティの体を取り巻く光の膜が見えただろう。
 人の想念を具現化する技術を用いて作った魔力の聖王の器。聖王の器の贋作だが、これをかぶったおかげで、聖王の揺りかごは、スカリエッティを聖王と誤認している。
 本来なら、スカリエッティが逮捕されてもいいように、別の安全策を講じていたのだが、残念ながら間に合わなかった。野望実現のためには、スカリエッティ自らが無敵の聖王の器となるしかなかったのだ。
「贋作でも、性能は本物と変わらない。まあ、少しばかり見た目が悪くなってしまったがね」
「なら、あなたを倒せば終わりだね。エクセリオンバスター!」
 なのはが抜き打ちで、魔力砲を放つ。スカリエッティは軽く体をよろめかせただけだった。
 フェイトが踏み込み、ザンバーを振るう。手応えはあるのに、傷一つつかない。
「これが聖王の能力、聖王の鎧だ。あらゆる攻撃を学習し、無力化する。さあ、もっと私に学習させてくれ!」


142:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/06/28 22:38:20.72 lbH7vOLP
 スカリエッティが愉悦に満ちた声で言う。
「何が聖王の鎧だ。どう見ても悪魔の甲冑じゃないか!」
「フェイトちゃん、リミットブレイク、行くよ!」
「わかった。魔力ダメージであの鎧を破壊する」
 なのはがブラスターモードを、フェイトが真・ソニックフォームを開放する。
 なのはの周囲に四基のブラスタービットが舞い、フェイトのバリアジャケットがレオタード状の物に変化する。
 フェイトの姿がかき消える。トーレのライドインパルスを超える速度で飛行しているのだ。フェイトのデバイス、バルディッシュが二本の剣、ライオットザンバーに形を変える。
 フェイトはあらゆる角度から、スカリエッティを切りつける。ライオットザンバーの斬撃に鎧の表面に亀裂が走る。
「なのは!」
 フェイトが距離を取った。
 ブラスタービットがスカリエッティを包囲し、魔力をチャージする。
「スターライトブレイカァァー!!」
 まるで瀑布のように、全方位から魔力砲がスカリエッティに降り注いだ。
 床が陥没し、スカリエッティの鎧が砕けていく。威力に耐えかねたかのように、スカリエッティが膝を折る。
「やった!」
 なのはとフェイトは肩で息をしていた。ブラスターモードも真・ソニックフォームも高い威力と引き換えに、著しく体力を消耗する。その上で最大の必殺技を放ったのだ。これで倒せないわけがない。
「素晴らしい技だ。学習させてもらったよ」
「「!」」
 スカリエッティがゆっくりと立ち上がる。破損していた鎧も、すぐに修復される。
「そんな、どうして!?」
 あれだけの攻撃を受けたのだ。スカリエッティには、もう欠片も魔力は残っていないはずなのに。
「不思議かね。では、ヒントだ。私がどうして玉座の機能をここに移したと思う?」
「まさか……」
 答えに思い至り、なのはとフェイトの顔が青ざめる。
「そう、私と駆動炉を直接つないだのだよ。私は今聖王の揺りかごすべての魔力を、この身に宿している。もはや誰にも倒すことはできない」
「そんなことをしたら……」
「ああ、一カ月と生きられないだろうね。だが。それだけ時間があれば十分だ。管理局を破壊し、私の記憶を持ったクローンを作り上げる。それを繰り返せば、私は死なない。誰にも邪魔されず、永遠に研究を続けられる!」
「狂ってる」
 わかっていたが、フェイトは改めて口にせざるを得なかった。
「君たちは頑張った。だが、私の勝利は絶対に揺るがない」
「そんなことない。まだ手はある。ディバインバスター!」
 なのはの魔力砲が駆動炉を狙う。駆動炉を破壊してしまえば、スカリエッティへの魔力供給も止まるはずだ。
 駆動炉が展開した漆黒のバリアが、ディバインバスターを防ぐ。
「対策を立てていないとでも? 駆動炉ももちろん聖王の鎧によって守られている。さて、もう諦めたまえ」
「私たちは絶対に、諦めない!」
 打開策が見つからない絶望的な戦い。なのはとフェイトは、それでもうつむくことなく、スカリエッティに挑んで行った。

 爆音と叫びが、昌浩を覚醒させた。
 なのはとフェイトがスカリエッティと戦っている。余裕で迎え撃つスカリエッティと違い、なのはとフェイトには焦燥と疲労が色濃く出ていた。
 昌浩は自分の胸に手を当てた。深い裂傷があり、鮮血が手を真っ赤に染める。
(そっか。俺、負けたんだ)
 昌浩とヴィータのあらゆる攻撃は無効化された。スカリエッティの放つ光弾が、結界を破砕し、昌浩とヴィータは倒された。
 昌浩に覆いかぶさっているヴィータも、重傷を負っている。昌浩はヴィータをどうにか横に寝かせると、傷口に血止めの符を張っていく。シャマルの回復魔法には遠く及ばないが、止血と痛み止めくらいはできる。


143:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/06/28 22:39:17.64 lbH7vOLP
 手当の途中で、ヴィータはうっすらと目を開けた。昌浩の手をつかんで止める。
「……昌浩、私はいいから、お前の手当てをしろ」
 ヴィータは人間よりよほど頑丈に出来ている。手当てをするなら、昌浩が先だ。しかし、昌浩は首を横に振って、儚げに微笑む。
「できないよ。だって、俺、ヴィータに死んで欲しくないから」
「……馬鹿野郎」
 ヴィータは泣きそうな顔で怒る。昌浩の笑顔は、先代の昌浩がヴィータをかばった時に浮かべたものと全く同じだった。
「あんなに説教したのに、お前、ちっとも反省してねぇじゃねぇか」
「ごめん。だから、帰ったら、また説教してよ」
「いいぜ。覚悟しておけよ」
 ヴィータの手当てを終え、昌浩は自分の治療を始める。
 その時、なのはたちの戦いに終止符が打たれようとしていた。スカリエッティが右手を動かすと、赤い光の線がなのはたちを拘束する。カートリッジはまだ残っているが、もう振り払う体力が残っていない。
「……スカリエッティ」
 ゆっくりと昌浩が立ち上った。流れ出た血が赤い衣をどす黒く染めている。止血が完全ではないのか、歩くたびに血が滴る。
「昌浩君、動いちゃ駄目!」
「ゆっくり寝ていたまえ。君の体は人造魔導師素体として有効に活用してあげよう」
 昌浩はふらふらと体を左右に揺らしながら、スカリエッティに近づいていく。
「スカリエッティ、今日初めてお前に感謝する」
「おや、出血で気でもふれたかね?」
「お前のおかげで、俺たちは勝てる!」
 昌浩は額から流れる血を拭い去る。その目には、勝利を確信した輝きが灯っていた。

 戦闘開始から、そろそろ三時間が経とうとしていた。
 駆動炉の前で、昌浩とスカリエッティが睨みあう。
「ハッタリにしても笑えないな。満身創痍で、どうやってこの聖王の鎧を破壊する?」
「破壊する必要なんてない」
 昌浩の歩いた軌跡が光り輝く。光は北斗七星を描いていた。素早く呪文を唱え、術を完成させる。
「急々如律令!」
 光の柱が、スカリエッティを包み込んだ。
「ふん。どんな攻撃も無意味……何!?」
 スカリエッティが驚愕する。
 聖王の鎧が少しずつほどけ、消えていく。
「これは攻撃じゃない。浄化だ!」
 人の心から生まれる邪念や、穢れを浄化するのも陰陽師の仕事だ。
 スカリエッティの無限の欲望は、聖王の鎧を侵食し汚染した。それなら浄化し消滅させることができる。
 他のナンバーズでは、こうはいかなかっただろう。残忍な性格の者もいたが、どれもスカリエッティが植え付けた紛い物でしかない。
 マスクが消え、スカリエッティの顔が露出する。しかし、鎧が再生を始める。消えるそばから再生し、両者の勢いが完全に拮抗した。
(魔力が足りない)
 昌浩の術が徐々に押し返され始める。
「なのは! フェイト!」
 ヴィータが、ひび割れたグラーフアイゼンを掲げる。
「わかったよ、ヴィータちゃん!」
「これを使って!」
 なのはとフェイトがそれぞれのデバイスを昌浩に投げ渡す。
 左手にレイジングハート、右手にバルディッシュを受け取り、体の前で交差させる。
「カートリッジ、ロード!」
 昌浩の指示で、装填されていたカートリッジがすべて吐き出される。膨大な魔力が昌浩に流れ込み、髪が突風に煽られたようになびく。


144:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/06/28 22:41:04.17 lbH7vOLP
 体内を魔力が暴れ狂い、昌浩の口から血が溢れる。
(やばい、意識が……)
 出血で視界が暗くなる。ふらついた昌浩を、後ろから誰かが優しく支えた。
「どうやら、間に合ったようやな」
 夜天の書を携え、翼を羽ばたかせた、はやてだった。
「はやて姉ちゃんに任せとき。リイン!」
「はいです。祝福の風、リインフォースⅡ、行きますです。ユニゾン・イン!」
 リインと昌浩がユニゾンする。全身に活力がみなぎり、昌浩の髪が白銀に、瞳が蒼く、体が光に包まれる。
 黒き翼の堕天使に守られた、光り輝く少年。まさに光と闇を司る陰陽師の体現だった。
『魔力制御完了。いつでも行けます!』
「スカリエッティ。あんたは最高の科学者なんだろう」
 昌浩が言った。
 どんなものも突き詰めれば最高になる。スカリエッティは研究の為に、あらゆるものを傷つけ、他人の命すら平然と犠牲にした。それは最高の一つの姿だ。
「でも、俺は違う。俺が目指すのは、誰も傷つけない、誰も犠牲にしない、最高の陰陽師だ!」
 この力は守るために、救うために使うと誓う。
「やめろ、やめろぉぉぉー!」
 スカリエッティが断末魔の悲鳴を上げる。
「これで終わりだ、スカリエッティ! 急々如律令!!」
 純白の光がスカリエッティを飲み込む。
 光が晴れた先には、すべての力を浄化され、骨と皮だけになったスカリエッティが倒れていた。

 聖王の揺りかごとガジェットの群れが停止する。
 はやてから通信を受け取り、シャマルが晴明を振り返る。
「全員脱出完了。晴明さん、みんな無事です!」
「晴明、最後の仕上げだ」
「わかっているよ、天空」
 晴明は両手を打ち鳴らした。
「謹んで勧請し奉る……急々如律令!」
 神の力を借りて、晴明が術を放つ。
 聖王の揺りかごとガジェットの残骸が、次元の彼方へと強制的に転送される。
 後は次元航行艦隊が、破壊してくれるのを待つだけだ。機能停止した聖王の揺りかごなら、四分の一の艦隊でも容易く破壊できる。
「やれやれ、老体に無茶をさせる」
「私たち、勝ったのね」
 シャマルが感極まって泣き出す。あれだけの死闘を潜り抜け、一人の死者も出していない。まさに奇跡だった。
「私たち、負けたっスね」
 捕縛されたウェンディが、複雑な表情を浮かべる。ナンバーズたちは皆似たり寄ったりの表情だ。
「ま、はやてたちがいるんだ。それほど悪いようにはせんだろう」
 いつの間にか戻ってきたもっくんが、頷きながら言った。
「あー」
 もっくんを見るなり、ウェンディ、チンク、セッテ、セインが卒倒する。
「おいこら。人を見るなり気絶するとは、どういう了見だ。お前ら、あれは演技だと言ったろーが!」
 もっくんが憤慨するが、その声は届かない。
 真夏の強い日差しだけが、戦いを終えた勇者たちを見守っていた。


145:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/06/28 22:42:46.87 lbH7vOLP
以上で投下終了です。
ヴィータのウサギのぬいぐるみと少年陰陽師のもっくんって少し似てるという、安易な発想から生まれたこの作品も長くなりました。
次回最終話です。
それではまた。

146: ◆jTyIJlqBpA
12/06/29 02:05:16.88 xLAzFFmW
突然ですが投下します。
新参者なのでよろしくお願いします。

あとクロス先の名前は伏せますのでご了承ください。

147: ◆jTyIJlqBpA
12/06/29 02:23:03.91 xLAzFFmW
『こちらライトニング分隊分隊長、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。現地時間23時49分、まもなく××県上空に到達します』


機動六課本舎、司令室であるロングアーチにライトニング隊隊長、フェイト・T・ハラオウンの淡々とした報告が流れた。
ロングアーチの巨大なモニターには、通信によりフェイトの視界が映し出されている。
第97管理外世界『地球』。その中のアジアと呼ばれる地域にある小さな島国、日本。
フェイトは日本の地上より遥か上空、雲の中を滑空していた。

その時刻、日本国の内陸部は厚い雨雲に包まれており、深夜ということもあって視界は最悪だった。

「ティアナとキャロの様子はどうや?」

六課の部隊長である八神はやてがオペレーターのシャリオに聞いた。

「ガジェット相手に空中戦を展開中。二人とも善戦していますよ」

シャリオの返答を聞いていたスターズ隊長、高町なのはは安心した表情で、副隊長であるヴィータに笑いかけた。

「よくやってるみたいですね」

「だな」

ヴィータも満足げに頷く。

十数時間前、管理外世界である地球、日本国の内陸部にて遺失物の微弱な反応が感知された。
僅かな反応はすぐに消失してしまったが、それから間もなくレリックの可能性が高いという報告を受け、
スターズ、ライトニングの隊員であるスバル・ナカジマ、ティアナ・ランスター、キャロ・ル・ルシエ、エリオ・モンディアルの四名は直ちに地球へ向かいレリックの探索を開始。
その監視役として、隊長であるフェイトも地球へ向かった。

148: ◆jTyIJlqBpA
12/06/29 02:25:51.13 xLAzFFmW

そしてスバルとエリオ、ティアナとキャロの二手に分かれての探索中、数時間前にティアナとキャロがレリックの微弱な反応を再び探知した。
両名で反応元に向かったところ、例の大量のガジェット達に遭遇。

現在は雨の中、ティアナとキャロは、キャロの使役竜であるフリードに乗ってガジェット相手に空中戦を展開している。
フェイトは現場からかなり離れていた場所にいたものの、加勢と様子見を兼ねて現場を目指して飛行していた。

「うーん、やっぱり地元ではあんまり厄介ごとは起きてほしくないかなぁ」

なのはがモニターを眺めながら、溜め息まじりにそう呟く。
それを聞いていたはやてが「そうやな」と言って小さく笑った。

「幸いなんは相手側も事を大きくしたくないのか、あんま派手な動きをしてけえへんってことやな」

現状、ガジェット達は地上に降りての戦闘はしようとせず、基本的に空中から動こうとはしない。
攻撃も、派手な爆撃などはしてこず小さな攻撃を繰り返している。
はやて達からすれば、現地の文明に戦闘を気付かれることを極力避けているように見えた。

「ま、事を大きくしたくないんはこっちも同じやけどな」

ただ、大技を使えないのは六課側も同じだ。

はやての言葉を聞きながら、なのはは嬉しそうに笑った。

「二人ともその制限の中でよく頑張ってるね。力の加減が上手いよ」

「ああ、ティアナもキャロも成長したな」
シグナムもそれに同調して頷いた。

そんな中、再びフェイトの声がロングアーチに流れる。

『現場に到着しました』

それと同時にモニターに映像が映し出される。
闇夜と雨により不明瞭な画面の中、無数の小さな赤い光が飛んでいた。
ガジェット達の目が放つ光だ。
そして一際明るい光が、その中でぽつぽつと灯っては消えた。
光の正体は爆発や発射されたエネルギー弾であることはすぐに分かった。

キャロの使い魔である白竜のフリードに、キャロとティアナが跨り、雨の中滑空しながら無数のガジェットを撃墜しているのだ。

149: ◆jTyIJlqBpA
12/06/29 02:28:58.15 xLAzFFmW
「フェイト隊長から見て状況はどうや?」
『……まだ私の出る必要は無さそうですね』

その声調は、やはりどこか嬉しそうだ。

その間にも優雅に舞うフリードの背中からエネルギー弾が発射され、ガジェットを一体一体確実に仕留めている。

「まだ、か。ティアナとキャロで終わってまうかもしれへんよ?」

『ふふっ、だといいんですけどね。
とりあえず私は様子を見ています。
相手がガジェットだけとは限りませんから』

「そうやな、頼むわ」

現時点ではガジェット以外の反応は一切無い。
それに反応があったとしても、その場合はすぐさま撤退するようにティアナとキャロには伝えてあったし、そのために高速移動を誇るフェイトがいるのだ。
加えて肝心のレリックの反応は現在消失しており、大量のガジェットがいる辺りからして罠の可能性も否めなかった。

「油断は禁物だからね、フェイト隊長」

『大丈夫だよ、なのは隊長』

少し心配そうにフェイトに呼び掛けたなのはの横で、ヴィータが目を細める。

「アナタが言えることですか……」

そんなヴィータに、なのはは眉を下げながら微笑みかけた。

「一度失敗したからこそ、だよ」

「わかってますって」

苦笑いしながら、ヴィータはひらひらと手を振った。

「どうや?レリックの反応は」

はやてがシャリオに聞いた。

「未だ感知……できません、ね」

「じゃあ例の戦闘機人は?」

「依然、反応はないです」

淡々と答えたのはオペレーターの一人、ルキノだった。
それを聞き届けると、はやてはモニターに向き直った。

「フェイト隊長、現地でなにか変化は?」
すぐさまフェイトの通信が返ってくる。

『いえ、特になに―ありません』

150: ◆jTyIJlqBpA
12/06/29 02:32:02.38 xLAzFFmW
ザザッ

不意に通信の中にノイズが入った。

『やっぱ―罠―じゃないで―うか?』

立て続けにノイズが走り、フェイトの声が掻き乱される。

「ん?」

「どうした?」

『あれ?聞こえ―悪い―うですが……』

「……通信状態が悪いのか?」

ヴィータがルキノに聞いた。

「いえ、状態は決して悪いわけではないんですが……」

ザザッ

言い掛けている最中、映像に大きなノイズが走った。
ノイズは徐々に増え、画面を大きく乱している。

「おかしいです、通信状態に問題はありませんし普通はこんな状態には……結界反応もありません」

ルキノの不安げな声が聞こえ、はやては胸の中に言い知れぬ焦燥感を感じた。
マイクを握り締め、フェイトへ語り掛ける。

「隊長?フェイト隊長?聞こえます?」

乱れる画面を見つめて一拍置くとフェイトから反応があった。

『えっ?な―ですか?なん――よく―聞き取れな――』

音声の乱れも酷く、フェイトの反応からロングアーチからの声はほとんど届いていないことが伺えた。

「スカリエッティのジャミングか?」

「可能性は否定できないですけど」

淡々とした様子のシグナムになのはが不安げに返した。

「でもこれは……」

「み、見て下さい!ガジェット達の様子が!!」

今まで黙々とキーボードを叩いていたオペレーターのアルトが叫び、全員の視線がモニターに集中する。
乱れた画面の中、赤い光が続々と落下しては消えていく様子が見えた。
ガジェット達が機能停止を引き起こして墜落しているのだ。

それは明らかに異様な状況だった。
その異様な状況とともにただならぬ予感が全員の胸中に芽生える。


151: ◆jTyIJlqBpA
12/06/29 02:34:54.27 xLAzFFmW
『ガジェ―が突―落――』

フェイトからも恐らく報告であろう通信が届く。
しかしノイズに掻き乱されてほとんど聞こえない。

(やっぱり罠やったんか?いや、それにしては何なんやこの違和感は……)

「ティアナとキャロは?」

なのはが毅然とした声で問いかけた。

「墜ちてません。飛行を続けています」

「ということはAMFではないのか」

表情は険しいが、相変わらず冷静な様子でシグナムは呟いた。

そこでシャリオが「あっ!」と上擦った声をあげた。

「部隊長、現地より新たな反応が!」

「なんや?」

「これは……次元震!?」

シャリオの口から飛び出したワードに、にロングアーチがどよめく。

「ウソやろ!?」

なにかがおかしい、その予感が的中した。

「フェイト隊長!!フォワードの子達を連れてすぐにそこから離れて!!」

『な――変――空気が――』

はやてがマイクに向かって叫ぶ。
しかし応答はノイズだらけでもはや言語が聞き取れない

「現地に膨大なエネルギーを観測!更に増幅しています!!」

「フェイト隊長!!」

「フェイトちゃん!!」

「テスタロッサ!!」

必死の呼び掛けも全く通じない。
映像は乱れによりほとんど見えなくなり、砂嵐状態になっている。

152: ◆jTyIJlqBpA
12/06/29 02:36:42.89 xLAzFFmW
『地震―すご――揺れ―――っあ!!――サイ―ン―音――――あっ――落ち―――ああ!――あああ!!―』

激しいノイズの中、フェイトの悲鳴が途切れ途切れに聞こえた。

ぶつっ

それを最後に映像と音声が途切れた。
全員が確信した。これはただ事では無いと。

ザーーーーーーーッ

スピーカーから流れる砂嵐の音だけが静かになった室内に響いている。

「エネルギー反応、消失」

その中、呆然とルキノが呟いた。

「……現地との通信が、完全に遮断されました」


直後、はやてが勢いよく立ち上がり、足にぶつかった椅子が大きな音をたてた。
ロングアーチにいた全員がはやてに注目する。

「反応の消失した地点は!?」

唾の飛ぶ勢いでオペレーターの三人に聞いた。

「××県、三隅郡、羽生蛇村上空です」

「スターズとライトニングの隊長、副隊長は直ちに現地へ!」

「はい!」「了解!」

「シャリオとルキノとアルトは通信の回復を。急いで!!」

「了解しました!」

はやての指令を皮切りになのは、ヴィータ、シグナムは司令室を飛び出して行った。
オペレーターの三人も慌ただしくキーボードを叩き始める。



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