12/03/20 13:45:02.35 yG6omNbx
ここはリリカルなのはのクロスオーバーSSスレです。
型月作品関連のクロスは同じ板の、ガンダムSEEDシリーズ関係のクロスは新シャア板の専用スレにお願いします。
オリネタ、エロパロはエロパロ板の専用スレの方でお願いします。
このスレはsage進行です。
【メル欄にsageと入れてください】
荒らし、煽り等はスルーしてください。
本スレが雑談OKになりました。ただし投稿中などはNG。
次スレは>>975を踏んだ方、もしくは475kbyteを超えたのを確認した方が立ててください。
前スレ
リリカルなのはクロスSSその121
スレリンク(anichara板)l50
規制されていたり、投下途中でさるさんを食らってしまった場合はこちらに
リリカルなのはクロスSS木枯らしスレ
URLリンク(jbbs.livedoor.jp)
まとめサイト
URLリンク(www38.atwiki.jp)
避難所
URLリンク(jbbs.livedoor.jp)
NanohaWiki
URLリンク(nanoha.julynet.jp)
R&Rの【リリカルなのはデータwiki】
URLリンク(www31.atwiki.jp)
2:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/20 20:03:14.33 j0ONp/E9
【書き手の方々ヘ】
(投下前の注意)
・作品投下時はコテトリ推奨。トリップは「名前#任意の文字列」で付きます。
・レスは60行、1行につき全角128文字まで。
・一度に書き込めるのは4096Byts、全角だと2048文字分。
・先頭行が改行だけで22行を超えると、投下した文章がエラー無しに削除されます。空白だけでも入れて下さい。
・専用ブラウザなら文字数、行数表示機能付きです。推奨。
・専用ブラウザはこちらのリンクからどうぞ
・ギコナビ(フリーソフト)
URLリンク(gikonavi.sourceforge.jp)
・Jane Style(フリーソフト)
URLリンク(janestyle.s11.xrea.com)
・投下時以外のコテトリでの発言は自己責任で、当局は一切の関与を致しません 。
・投下の際には予約を確認して二重予約などの問題が無いかどうかを前もって確認する事。
・鬱展開、グロテスク、政治ネタ等と言った要素が含まれる場合、一声だけでも良いので
軽く注意を呼びかけをすると望ましいです(強制ではありません)
・長編で一部のみに上記の要素が含まれる場合、その話の時にネタバレにならない程度に
注意書きをすると良いでしょう。(上記と同様に推奨ではありません)
・作品の投下は前の投下作品の感想レスが一通り終わった後にしてください。
前の作品投下終了から30分以上が目安です。
(投下後の注意)
・次の人のために、投下終了は明言を。
・元ネタについては極力明言するように。わからないと登録されないこともあります。
・投下した作品がまとめに登録されなくても泣かない。どうしてもすぐまとめで見て欲しいときは自力でどうぞ。
→参考URL>URLリンク(www38.atwiki.jp)
【読み手の方々ヘ】
・リアルタイム投下に遭遇したら、さるさん回避のため支援レスで援護しよう。
・投下直後以外の感想は、まとめWikiのコメント欄(作者による任意の実装のため、ついていない人もいます)でどうぞ。
・度を過ぎた展開予測・要望レスは控えましょう。
・過度の本編叩きはご法度なの。口で言って分からない人は悪魔らしいやり方で分かってもらうの。
・気に入らない作品・職人はスルーしよう。そのためのNG機能です。
不満があっても本スレで叩かない事。スレが荒れる上に他の人の迷惑になります。
・不満を言いたい場合は、「本音で語るスレ」でお願いします(まとめWikiから行けます)
・まとめに登録されていない作品を発見したら、ご協力お願いします。
【注意】
・運営に関する案が出た場合皆積極的に議論に参加しましょう。雑談で流すのはもってのほか。
議論が起こった際には必ず誘導があり、意見がまとまったらその旨の告知があるので、
皆さま是非ご参加ください。
・書き込みの際、とくにコテハンを付けての発言の際には、この場が衆目の前に在ることを自覚しましょう。
・youtubeやニコ動に代表される動画投稿サイトに嫌悪感を持つ方は多数いらっしゃいます。
著作権を侵害する動画もあり、スレが荒れる元になるのでリンクは止めましょう。
・盗作は卑劣な犯罪行為であり。物書きとして当然超えてはならぬ一線です。一切を固く禁じます。
いかなるソースからであっても、文章を無断でそのままコピーすることは盗作に当たります。
・盗作者は言わずもがな、盗作を助長・許容する類の発言もまた、断固としてこれを禁じます。
・盗作ではないかと証拠もなく無責任に疑う発言は、盗作と同じく罪深い行為です。
追及する際は必ず該当部分を併記して、誰もが納得する発言を心掛けてください。
・携帯からではまとめの編集は不可能ですのでご注意ください。
3:代理投下
12/03/21 08:41:03.42 f5FOJpye
973 :枕 ◆ce0lKL9ioo:2012/03/18(日) 23:17:46 ID:JGKLrFc6
何度やっても、エラーが出てしまい、対処法がわからないので、すいませんが、こちらに続き投下します。
974 :枕 ◆ce0lKL9ioo:2012/03/18(日) 23:19:09 ID:JGKLrFc6
「これ、運転する必要ないんです。自分で走りますから」
昌浩が妙なことを言って、左前輪のタイヤを示す。タイヤのホイール部分に、鬼の顔がついていた。スバルは少し趣味が悪いと思った。その時、鬼の目がスバルを見上げた。
「うわ! 動いた」
「これ、車之輔っていう、家に先祖代々使える車の妖怪なんです」
昌浩の前世が仲間にした時は、牛車の妖怪だった。牛車とは貴族の乗り物である。時代に合わせて姿を変え、現在ではベンツになっているのだ。
勾陣が乗っているのは、形だけだ。
車之輔はスバルとティアナにぺこりと頭を下げ、なのはを送るべく出発した。
「おい、スバルとティアナと言ったな」
朱雀がやや横柄な感じで声をかけた。
「お前たちの部屋に案内する。ついてこい」
スバルとティアナが案内されたのは、屋敷の一角にある畳敷きの部屋だった。安倍邸の部屋は、ほとんど和室で構成されている。
「ここにいる間は、俺たちがお前たちの担当だ。自分の部屋だと思ってくつろいでくれ」
スバルたちより先に天一が正座する。その膝を枕に朱雀は寝そべる。
「どうした? ゆっくりしてくれ」
スバルたちは部屋に入ることなく扉を閉めた。
二人が恋人同士なのはよくわかった。しかし、客の前では自重して欲しい。
そこに晴明が通りかかった。
「すいません。担当替えてもらえますか?」
半裸やら、人前でいちゃつく奴らやら、十二神将にもう少しデリカシーを求めても罰は当たらないだろうと、ティアナは思った。
975 :枕 ◆ce0lKL9ioo:2012/03/18(日) 23:22:57 ID:JGKLrFc6
以上で投下終了です。
二回コテトリ入れ忘れました。すいません。
前回は短めでしたが、今回は十話は余裕で越えます。
4:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/21 11:46:47.10 JS0iDAnz
乙
5:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/22 14:05:39.16 GbknxGtM
乙
こっちが本スレでいいんだよね
6:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/27 22:49:39.95 qDeN6VMS
こっちが先だからこっちでいいだろ
ちょっとage
7:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/28 10:59:51.69 ZaG2U0ZK
現行スレその121が過去ログ倉庫に格納された。
現行スレ送信頼むわ
8:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/04/06 21:54:38.69 C6AdepXq
遅くなりましたが、代理投下ありがとうございます。それから、容量のことを知らずご迷惑おかけしました。
本日23時より、リリカル陰陽師StrikerS第二話投下します。
9:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/04/06 23:01:47.98 C6AdepXq
時間になりましたので、投下開始します。
第二話 力の限りにぶち当たれ
その日、機動六課ではフェイトの指示のもと、いつも通り訓練が行われていた。
しかし、エリオとキャロは戸惑っていた。
内容自体はいつもと変わりないのだが、どれもかなり軽減されている。いつもの訓練がフルマラソンなら、今日の訓練は学校のマラソン大会だ。
「フェイトさん。午前の訓練はこれで終わりですか?」
エリオが質問した。
「うん。そうだよ。物足りない?」
「ええと……はい」
「もっと人数がいれば、それでもいいんだけど、今は四人しかいないから。何時でも出動できるよう備えておいて」
ファイトが優しく答える。
敵の数によっては長期戦も考えられる。疲れを残さず、かつコンディションを整えるとなれば、これくらいが適量だろう。
「待機も任務のうちだから。今のうちに覚えておいてね」
「はい」
その日の機動六課は、穏やかな時間が流れていた。
はやてたちが安部家に到着した翌朝、六課の制服に着替えながら、はやては頭を悩ませる。はやてと守護騎士たちには、大部屋があてがわれていた。
「どないしたら、昌浩君、首を縦に振ってくれるやろ」
ヴィータは家の中をぶらぶらしているし、シャマルは家事の手伝いに行っている。リインはまだ夢の中だ。
「これ以上待遇向上もできへんし」
「主はやて。無理強いしても逆効果では?」
シグナムがやんわりと注意する。その横には、ザフィーラが座っている。
「せやかて他に手も……」
はやては何気なくシグナムに視線をやり、にやりと笑った。
「その手があったか」
「あ、主?」
はやての視線はシグナムの胸に注がれている。嫌な予感がした。
はやてがワイシャツの上二つのボタンを外す。豊かな胸元がシャツの隙間から覗く。
「色仕掛けや! 純情な中学生くらい、おと……、もとい、お姉さんの魅力でイチコロや!」
はやてが勢い込んで立ちあがる。
「落ち着いて下さい!」
「ええんや。この際、出番が増えるんやったら、何でもやったる。私は本気やでー!」
首筋に冷やりとした感触が触れた。
「すまん、はやて。もう一度言ってくれ。よく聞こえなかった」
いつの間にか戻ってきたヴィータが、ハンマー型デバイス、グラーフアイゼンを突き付けていた。目が完全に座っている。
「まあ、今のは軽いジョークとして……何かええ手はないかな~?」
はやてはボタンをはめ直すと、いつも以上にきっちりと制服を着込んだ。
安倍家の食卓は、昌浩の母親とはやて、十二神将たちが腕によりをかけたので、とても豪華な物だった。
昌浩を加えた六課のメンバーで、にぎやかに食事をとる。
「朝からこんなに食べたら、太りそうね」
昨日の夕飯に続いて、朝食もボリュームがある。顔を引きつらせるティアナの横で、スバルが三杯目のご飯をお代わりしていた。
朝食が一段落したところで、はやてが口を開いた。
「調査の方やけど、まだ手がかりが少ない。しばらくはシャマルの広域探査に頼ることになると思う」
「任せて、はやてちゃん」
「後は地道に探すしかないけど、午前中はいつも通り訓練に当てようか。昌浩君に対魔導師戦も教えなあかんし」
「……別に必要ないんじゃないですか?」
ティアナがぼそりと言った。
「ティアナ、どういう意味や?」
「この場いるメンバーだけで戦力は足りていると思います。昌浩君をわざわざ巻き込む必要はありません」
10:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/04/06 23:03:28.37 C6AdepXq
「おい、ティアナ。それを判断するのはお前じゃねえ」
「まあ、待て」
釘を刺すヴィータを、もっくんが押しとどめる。
「こういう時は、はっきり意見をいた方がいい。かくいう俺もずっとイライラしてたんだ」
もっくんは語調をがらりと変え、ティアナに向き合う。
「お前、昨日からちょくちょく昌浩を睨んでるな。どういう了見だ?」
「ティアナが? まさか」
ティアナと昌浩は間違いなく初対面だ。恨むような理由はないし、そもそもほとんど会話をしていない。だから、誰も気がつかなかった。
この場でティアナの視線に気がついていたのは、もっくんだけだろう。
「ティアナ。言いたいことがあるなら、はっきり言え」
ヴィータが強い口調で促す。人間関係の問題を放置すれば、今後の作戦行動に支障が出る。
「……私は昌浩君の実力を知りません。役に立つとは思えないんです」
「よっしゃ。実力がわかればええんやな。それなら模擬戦が一番や」
はやてが膝を叩いて宣言した。
展開された封鎖領域の中で、昌浩とティアナが向かい合う。
封鎖領域とは、空間を切り取り異界となす魔法だ。この中ならば、どれだけ暴れても現実世界に影響を及ぼさない。かつてヴィータが、なのはを襲撃した際に使用した魔法だ。
場所は安倍邸の庭にある森の中。手入れはしていないので、木々がうっそうと茂っている。
他のメンバーは、大広間でシャマルの映す模擬戦の映像を眺めている。
「本当にやるの?」
昌浩は赤い古めかしい赤い衣装に着替えている。安倍家の少年は戦う時はこの衣装に着替える風習があるのだ。
「ええい、そんな覇気のない様子でどうする! お前は舐められてるんだぞ。悔しいと思わんのか。遠慮はいらん。ぶっ倒せ!」
もっくんが映像越しに地団太を踏んで憤る。
「ティアナはバリアジャケットを着てるから、威力を抑えてくれたら、怪我の心配はない。存分にやるといい」
シグナムも一緒になって励ます。
「ティアナさんは模擬弾を使って下さいね。昌浩君、バリアジャケット着てないんですから」
「わかってます」
ティアナは赤と黒を基調にした服に、白い上着を羽織っている。両手には二丁拳銃型デバイス『クロスミラージュ』が握られている。
「ルールは簡単。実戦形式で、どんな手を使っても、相手に先に一発当てた方が勝ちや。攻撃方法に制限はなし。ただし、もっくんは手を貸したらあかんで」
「ちっ」
「ほな、試合開始」
はやての合図と共に試合が始まる。
模擬戦を見守るはやてたち。そこに実家から戻ってきた、なのはがやってきた。
「封鎖領域なんて張って、どうしたの?」
「ティアナが昌浩にいちゃもんをつけてな。それでこれだ」
空間に投影された映像を、ヴィータは顎で示す。
「ふーん。どっちが勝つと思う?」
「ティアナだろうな」
ヴィータは迷わず言った。
いくら昌浩でも初めての魔導師戦だ。上手くやれるわけがない。
対して、ティアナは情報分析能力に優れている。手の内のわからない相手と戦うのは、彼女の得意分野だ。
「と、言うより、あれだけ鍛えてやったんだ。これくらい勝ってもらわないと困る」
「それもそうだね。ところでヴィータちゃん、ここお願いしていいかな?」
「用事でもあるのか?」
「うん。せっかくだから、決着をつけておきたいと思って」
封鎖領域は広範囲に張られている。少しくらい本気で暴れても大丈夫だろう。
なのはは杖型デバイス、レイジングハートを起動させ、白を基調としたバリアジャケットに着替える。
11:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/04/06 23:04:33.78 C6AdepXq
なのはが振り向くと、身の丈ほどもある大鎌を持った青龍が立っていた。
血みどろの決戦が避けられたわけではない。ただ翌日に持ち越されただけだ。
「それじゃ、全力全開で行こうか」
なのはと青龍が離れた場所に移動する。因縁の戦いの火ぶたが切って落とされた。
「臨める兵戦う者、皆陣列れて前に在り!」
昌浩の放った術と、ティアナの銃撃が正面からぶつかり合う。
ティアナは木陰に移動しながら、昌浩の様子を窺う。
相手も物陰に移動しているが、こちらの動きを把握せずに隠れているだけだ。どうにも素人くさい。
(陰陽師。データがないのは、やりづらいわね)
デバイスもなしで使える魔法。どの程度のことができるのか、どんな隠し玉があるかわからない。
ティアナは木から木へと走りながら銃を撃つ。
「禁!」
昌浩が指で地面に線を引く。発生した力場が弾を防ぐ。
(防御力はありそうね)
持っている魔力がケタ違いなのだから、それも当然だ。反射神経も悪くない。
「裂破!」
昌浩が投げた紙が空中で白銀の鳥になりティアナに飛びかかる。ティアナは冷静に銃でそれを撃ち落とす。
散発的な攻撃を繰り返しながら、ティアナは段々相手の術の正体がつかめてきた。
音声や手で組んだ印で発動する魔法。必ず呪文を唱える必要があるだけ、瞬発力ではこちらに劣る。
はやてがあれだけ熱心にスカウトしていたから、どれだけ強いのかと思ったら、たいしたことはない。力任せなだけのアマチュアだ。
(一気にけりをつける)
昌浩がティアナを探して、開けた場所に進み出てくる。
その瞬間、昌浩を取り囲むように無数のティアナが出現した。
「幻術!?」
昌浩が驚愕に目を見開く。
無数のティアナが一斉に銃を構える。どれが本物か見分けようがない。
ティアナは自らの勝利を確信しながら、銃の引き金を引いた。
「万魔挟服!」
弾が命中する寸前、昌浩の術が発動した。昌浩を中心に魔力の衝撃波が発生する。銃弾もティアナの幻霊もすべてがかき消される。
「そんな!」
ティアナは愕然とその場に立ちつくした。衝撃波はティアナを飲み込む寸前に消滅したが、それは運が良かっただけだ。あと一歩踏み込んでいたら、間違いなくやられていた。
昌浩がこちらを向く。
ティアナは脱兎のごとく走りだした。安全な場所に逃げ込むと、座り込んで動悸を鎮める。
(何なのよ、あの術!)
額から流れる冷や汗を拭い、ティアナは内心で毒づく。
大量の魔力光を同時に操ったり、あるいは、高火力で複数の敵をなぎ払う術なら見たことある。しかし、今の術はまったく違う。
自分を中心に、あらゆる敵をなぎ払う魔力の衝撃波を放つ。有効範囲は半径十メートル。手加減しているはずなのに、ティアナの銃撃を相殺した。
全力で撃てば、どれだけの威力で、どれだけの範囲を誇るのか。
あれを破るには、ディバインバスターのような、高威力の攻撃で一点突破を図るしかない。
そんな魔法は今のティアナにはない。
(むかつく)
ティアナは奥歯を噛みしめた。
昌浩はすべてを持っていた。
類まれな才能。両親や祖父、家族から優しく見守られ、隊長たちからも一目置かれている。
ティアナはそのどれも持っていない。昌浩を目の前にしていると、自分がたまらなく惨めになってくる。
実は、それはティアナの思い込みだ。天涯孤独ではあっても、才能を持っているし、隊長たちも認めている。しかし、それを実感できていないだけなのだ。
12:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/04/06 23:05:21.24 C6AdepXq
(絶対に負けない)
新しい作戦を構築しながら、ティアナは動き出した。
「ティア、大丈夫かな」
スバルが心配そうに相棒を見つめる。どうもティアナの様子がおかしい。変に思い詰めた表情をしているのだ。
「大丈夫ですよ。模擬戦なんだから、怪我の心配はありません」
リインがスバルを励ます。しかし、ピントがずれていた。
「それより……」
リインが後ろを振り向く。
「エクセリオンバスター!」
「剛砕破!」
桜色の魔力砲が大地を焼き、青い光弾が空に無数の花火を打ち上げる。立て続けに起こる爆音が、大気を震わせる。
なのはと青龍の激闘が続いていた。
「私、思ったんですけど」
リインにつられて背後を振りかえったスバルが、遠い目をした。
「能力限定解除した隊長たち三人がいれば、小さな世界の一つや二つ、簡単に滅ぼせますよね?」
リインはそれには答えなかった。
昌浩は早鐘を打つ鼓動を鎮めるべく、深呼吸を繰り返していた。
(危なかった)
幻術に囲まれた時は、もう駄目だと思った。呪文の詠唱がぎりぎり間に合ったが、一瞬早く撃たれていたら、やられていた。
それにあの術は、放った後に隙ができる。ティアナが距離を取ってくれたから助かったが、あの時撃たれていても、やられていた。
あの攻防で昌浩は二回死んでいた。
相手は強い。しかし、昌浩は段々戦いのコツがつかめてきていた。
ようするに、これはシューティングゲームだ。相手より早く目標を見つけ、先に撃った方が勝ち。
素早く木陰を移動しながら、ティアナの姿を探す。
やがて大きな岩の陰にティアナを見つけた。さっきまで昌浩がいた辺りに顔を向けている。昌浩は慎重にティアナの背後に回り込んだ。
「オンアビラ……」
昌浩が小声で詠唱する。その時、背筋に悪寒が走った。
「やっぱりアマチュアね」
声は背後から聞こえた。
振り向くと、銃を構えたティアナが立っていた。
銃声が森に響き渡った。
ティアナは勝利を確信していた。
幻術に惑わされ、昌浩は完全に不意を突かれた。呪文の詠唱中では、防御も間に合うまい。
模擬弾が命中し、土煙を舞い上げる。
「!」
煙を突き破って、魔力光がティアナに飛来する。
軽く突き飛ばされるような衝撃。しかし、予期していなかったティアナは、無様に尻もちをついた。
(どうして!? 絶対に勝ったはずなのに)
ティアナは混乱していた。
煙が晴れ、昌浩の姿が現れる。
その隣に二十歳くらいの男が立っていた。十二神将、太(たい)裳(じょう)。中国の古い文官風の衣装をまとい、片目の下に銀の飾りをつけている。
「勝負あり。昌浩君の勝ち」
「待って下さい。反則じゃないですか!」
ティアナは猛烈な勢いで、はやてに抗議した。
ティアナの一撃は、あの十二神将の結界によって防がれたのだ。それさえなければ、ティアナは勝っていた。
13:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/04/06 23:06:26.47 C6AdepXq
「最初に言ったやろ? 勝負は実戦形式で、どんな手を使ってもいい。ただし、もっくんの加勢はなし」
つまり、もっくん以外なら誰の手を借りてもよかったのだ。
「そんな……」
「えっと……」
呆然とするティアナと、決まり悪げな昌浩。
昌浩は最初から、はやての意図を呼んでいた。昌浩は普段タヌキ爺の晴明にいじられているので、引っかけ問題に強い。できれば、自分一人の力で勝ちたかったのだが、無理と判断し十二神将、太裳の力を借りたのだ。
「納得できません!」
ティアナはそれだけ言うと、荒い足取りで去って行った。
「あちゃー。失敗やったか」
はやては頭を抱えた。
はやてが昌浩を買っているのは、強いからだけではない。昌浩は自分に出来ないと判断したら、躊躇なく他人の手を借りられる。
何でも一人でやろうとするティアナに、その柔軟さを学んで欲しかったのだが、結果は大失敗だ。
昌浩とティアナの仲はますますこじれ、思いも伝わらなかった。
「ティアナは真面目だからな。こんな方法じゃ、怒って当然だ」
出来れば事前に相談して欲しかったと、ヴィータは不満顔だ。
「私、ちょっと様子見てきます」
スバルがティアナの元に走っていく。
入れ違いになのはが帰ってきた。青龍の姿はない。
「青龍さんは? まさか、なのはちゃん……」
シャマルの脳裏に、閃光の中に消える青龍の姿が浮かぶ。
「そんなことしないって。結局、引き分けでね。怒って帰っちゃった。模擬戦の結果はどうだったの?」
はやての説明を聞き、なのはも手で顔を覆う。
「それはまずいね。フォローしたいけど、余計なことはしない方がいいかも」
昌浩とティアナを同じ班にするのは避けた方がよさそうだ。後は時間が解決してくれるのを待つしかない。
「ティアナさん、待って下さい!」
「ティアナ殿、お待ち下さい!」
「落ち着いてよ、ティア!」
昌浩と太裳がティアナを追いかけ、頭を下げる。しかし、ティアナは聞く耳を持たない。スバルがどうにか間を取り持とうとするが、効果はない。
ティアナには、はやてが昌浩をえこひいきしたようにしか感じられなかった。怒りがどうにも収まらない。
14:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/04/06 23:07:49.80 C6AdepXq
「本当にごめんなさい! ティアナさんがそこまで怒るなんて思わなかったんです」
何度も何度も昌浩が必死に謝罪する。
「……はあ」
ティアナはため息をついた。
これでは年下の少年を苛めているようようだ。模擬戦の結果には納得していないが、昌浩にあたるのは大人げなかったかもしれない。
「そこまで謝らなくていい」
ティアナは立ち止まると、右手を差し出す。
「私もカッとなって悪かったわ。はい、仲直りの握手」
「ありがとうございます!」
心からほっとした様子の昌浩に、ティアナも和む。
「それにしても、あんたの術、すごかったわね」
「ティアナさんこそ。幻術には冷や冷やしました」
昌浩も右手を伸ばす。ティアナはふと疑問に感じた。
「そう言えば、あんたの術……万魔挟服だっけ。あれって味方が傍にいたら、使えないわよね。そういう時はどうするの?」
「それなら大丈夫。あれ、敵味方識別できますから」
つまり味方の中心で使っても、敵だけ殲滅できるのだ。
ティアナの手が、昌浩の手をすり抜け、その首をつかむ。
「ふざけんな! このチート野郎!!」
渾身の力を込めて、昌浩の首を絞め、さらに前後に激しく揺さぶる。
「何、あんた、サ○バスターなの? サ○フラッシュとか叫ぶの!?」
「ティ、ティアが壊れた!」
スバルと太裳が必死に抑えるが、ティアナの狂乱は止まらない。それは、駆けつけたなのはたちが、ティアナを気絶させるまで続いた。
15:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/04/06 23:09:49.79 C6AdepXq
以上で投下終了です。
これからは、多分週一くらいで投下できると思います。
16:名無しさん@お腹いっぱい。
12/04/07 03:52:01.52 dSV1glZz
乙~
17:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/04/12 22:09:28.22 ntvpDBco
本日23時半より、リリカル陰陽師StrikerS第三話投下します。
18:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/04/12 23:34:47.68 ntvpDBco
時間になりましたので、投下開始します。
第三話 はるかな過去を思い出せ
「では、主はやて、先に風呂に行ってきます」
「うん。私も通信が終わったら行くから」
はやてがシグナムたちが出て行くのを見送る。昌浩の家の風呂は広く、五人くらいなら余裕で同時に入れる。
ザフィーラは昌浩の部屋でもっくんと語り合っている。部屋には、はやて一人だけだ。
フェイトに空間を超えた通信を送る。通信画面が開き、フェイトが顔を出す。
「フェイトちゃんか。そっちの様子はどうや?」
『ガジェットが少し出ただけ。みんなが頑張ってくれたおかげで、すぐに片づいた』
「それは何より。こっちはティアナと昌浩君が喧嘩してしまって、てんやわんやや」
『そうなんだ。あ、でも、早く帰ってこないと、書類がどんどん溜まっていくよ』
「え~? フェイトちゃん処理しといて」
『駄目だよ。部隊長の承認が必要な書類なんだから』
「ハンコなら、私の机の引き出しに入っとるから、私の代わりに、な?」
『ダーメ。そんな不正はいけません』
「フェイトちゃんの意地悪」
『ふふっ。はやて、なんだか学生時代みたい』
宿題を忘れた時、よくこうやって泣きついたものだ。
「学生か。四年前まで学生やったのが、嘘みたいやね」
『今じゃ機動六課の隊長だもんね』
時空監理局に入ったはやてたちを待っていたのは、天才魔道師としての重圧だった。 特に過去に犯罪に加担したはやてとフェイトには、様々な陰口がついて回った。
かけられる期待に、押し寄せる課題。必死に課題を解決すれば、より困難な課題がやってくる。あっという間に出世し、気がつけば、天才の名にふさわしい功績を、はやてたちは上げてしまっていた。
他者がうらやむ才能が、普通の生活を、はやてたちから奪ってしまった。
「……もし私らが普通に高校や大学に行ってたら、どうなってたかな?」
大学に行って講義を受けて、テストやレポートに追われ、時折、入ってくる時空管理局の仕事を片づける、そんな穏やかな日々。
「そしたら、私ら、もう彼氏とか出来とったかも」
『そんなことになったら、シグナムたち大騒ぎだよ』
「ほんまやな」
血相を変えて反対する守護騎士たちの姿が目に浮かぶ。もしその男が、はやてを泣かせようものなら、即座に血祭りにあげられるだろう。
はやてもフェイトも時空管理局に入ったことは後悔していない。もしもう一度やり直せるとしても、同じ道を選んだだろう。
しかし、砂漠の旅人を惑わす蜃気楼のように、選ばなかった道が時折ちらつくのだ。
はやての顔から笑みが消える。
「フェイトちゃん。ちょっと弱音吐いてもいいかな?」
『うん』
「……私、毎日、スバルたち四人が死ぬ夢を見るんよ」
『……私もだよ。なのはもきっと同じ。ううん。多分なのはが一番つらい』
新人の教育担当は、なのはだからだ。
「ごめんな。私が失敗したせいで」
『誰のせいでもないよ。はやてのせいでも、昌浩君のせいでも』
機動六課。レリック捜索は表向きで、真実は来るべき災厄の日に備える為の部隊。スカリエッティこそが、その災厄をもたらす者だと、はやては睨んでいる。
しかし、機動六課の運営は、昌浩と十二神将の参加が大前提だったのだ。
守護騎士たちは、はやての保有戦力ということで、簡単に同じ部隊に組み込めた。つまり、昌浩が入れば、十二神将も一緒に六課に組み込めるということだ。
昌浩が六課に入れば十二神将を好きに使っていいと、晴明との約束はすでに取りつけてあった。
戦いにおいて、もっとも重要なことは生き残ることだ。しかし、生死の境界線の見極めは、訓練だけでは身につかない。経験がものを言う。
現に、スバルとティアナが訓練で無茶な戦い方をした。訓練だからよかったが、もし実戦でやっていたら、敵を道連れに二人とも死んでいただろう。
19:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/04/12 23:37:36.76 ntvpDBco
報告を聞いた時、はやては心臓を氷の手で、わしづかみにされたような恐怖を感じた。なのはのお仕置きが適切だったとは、はやても思えないのだが、気持ちは痛いほどわかる。
あの時、なのはの目には、血まみれで横たわる二人の姿が見えていたのだろう。
その点、昌浩は、幼少より晴明に厳しく鍛えられ、妖怪相手にそれなりに実戦経験を積んでいる。ある程度の訓練で戦力として使えるだろう。
そして、十二神将は、千年以上の時を生き続ける歴戦の勇士だ。簡単なレクチャーだけで、完璧に任務をこなしてくれるだろう。
はやての最初の案では、現在の隊長たちと昌浩と十二神将の数名でチームを組む予定だった。
そして、スバルたち四人は補欠として、裏方仕事をしながら、ゆっくり訓練と調整を繰り返し、時期を見て作戦に参加させる。
特異な生い立ちと能力ゆえ、戦う道具としか見られていなかったエリオとキャロには、裏方の仕事を教えることで、戦い以外の選択肢を与えてやりたかった。
はやては昌浩を追いかけまわしていた日々を思い出す。表面的にはおどけた様子でも、はやては内心ではすがるような、祈るような思いで、昌浩を勧誘していたのだ。
『なあ、昌浩君。今度新しい部隊ができるんやけど、よかったら入らへん?』
(お願いや……)
『給料はずむで』
(後生やから……)
『いやー。昌浩君は商売上手やな』
(頼む……)
『よっしゃ、全員分の最新型デバイスでどや!』
(うんって言って……)
『隊長の地位もつけるで!』
(私のせいで誰かが死ぬとこ、見たくないねん!!)
しかし、幼い昌浩は隠された意図を汲むことができず、はやての必死さは裏目に出た。
絶対に間違えてはならない一手目を、はやては間違えたのだ。
結果、新人たちに課せられたのは、限界ぎりぎりの過酷な訓練。時期尚早な実戦投入。綱渡りのような部隊運用。上手くいっているのは、各人の努力と才能、運の賜物だ。
エリオとキャロに戦い以外の選択肢を与えるどころか、より洗練された戦いの道具へと育て上げるしかなかった。
そして、これから起きるかもしれない大きな戦いに、否応なくスバルたちを巻き込もうとしている。
もちろん、昌浩なら絶対に死なないという保証はない。単にリスクが少ないだけだ。
リスクが少ない方法を取るのは、隊長としては当然だろう。しかし、はやての心の奥底にあったのは打算だった。
四人より一人の方が、心の痛みが少なくて済む。そんな気持ちでいたから、昌浩の心を動かせなかった。もし昌浩一人の心を動かすこともできないようなら、十二神将を扱う資格はない。晴明との約束は試練でもあったのだ。
はやてはそれに合格できなかった。
「…………最低やな、私」
はやてが静かに嗚咽を漏らす。
今からでも遅くはない。昌浩が参加してくれれば、前線部隊の負担をかなり軽くすることができるのに、それにも失敗しようとしている。
フェイトは黙って聞いていてくれた。
やがて、にぎやかな足音が近づいてきた。シグナムたちが風呂から帰ってきたのだろう。
はやては涙を拭い、赤くなった目を見られないよう目を細めて笑顔を作る。
扉が開いて、寝間着に着替えたシグナムたちが入ってくる。
「やだもー。フェイトちゃんたら、冗談きついで。ほな、またな」
「主はやて。随分長く会話していたのですね」
「いやー。話がはずんで。どれ、私も風呂入ろ」
はやてはいそいそと風呂場に向かう。
この苦しみはシグナムたちには言えない。この仕事を続ける限り、決して終わることのない苦しみだからだ。
おそらくシグナムたちも、はやての心情は察している。だが、言葉にすれば、それは重しとなって、シグナムたちから笑顔を奪ってしまうだろう。
「じゃ、行ってきまーす」
皆の笑顔のため、涙を隠して、今日も八神はやては笑うのだ。
山の中に不思議な施設があった。
20:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/04/12 23:38:50.72 ntvpDBco
巧妙にカモフラージュされた施設は、明らかにこの世界の技術体系と違うものだった。
稀代の広域次元犯罪者、ジェイル・スカリエッティの研究所だ。ただし規模は小さい方で、重要な設備もない。ここはダミーの意味合いが強い施設だった。
六課が検出したレリックとエネルギーの反応は、ここから漏れたものだ。
「面白い」
モニターを見ながら、スカリエッティは笑みを浮かべる。
白衣を着た端正な顔立ちの男だが、どこか邪悪さがにじむ。
スカリエッティがここを訪れたのは偶然だった。長らく放置していた施設に、問題がないか確認しに来ただけ。
「まさか辺境世界で、こんな逸材に会えるとは」
モニターには、今朝の模擬戦の様子が映されている。ティアナと戦う昌浩と、なのはと戦う青龍。
今まで見たこともないタイプの魔法を使う魔導師たち。
「ぜひ研究したい」
『音声を拾いましたが、オミョージと言うそうです』
彼の秘書を務める戦闘機人ウーノが、通信画面越しに報告する。
「オミョージ? 変わった名だな」
『この世界のデータベースにアクセスすれば、すぐに詳細がわかりますが?』
「まあ、名前などどうでもいい。データ採取も直接やればいいだけの話だ。これより計画を変更し、ナンバーズはオミョージの調査に当てる」
『今は手薄になったミッドチルダを優先すべきでは?』
「そう言うな。こういう一見関係なさそうな研究が、目的達成の早道になることもある」
『わかりました』
ウーノが予想した通りの答えが返ってくる。スカリエッティは一度言い出したら聞かないタイプだ。
『では、レリック捜索はガジェット部隊に任せ、ナンバーズを招集します』
研究所のカモフラージュの強化に、戦力の増強。やることが一気に山積みになった。
「都合のいいことに聖王の器も一緒だ。そのうち、奪取させてもらおう。では、これよりオミョージ計画の準備を始める!」
スカリエッティは堂々と宣言した。
この数日後、オミョージではなく、陰陽師であるという事実が発覚する。その時、その場にいたナンバーズたちが一斉に噴き出した。
スカリエッティの生涯で、最も恥ずかしい瞬間だった。
「いけね。ネクタイ、忘れた」
はやてが入浴を終え、電気を消そうとした矢先、ヴィータが慌てたように言った。
「明日でもいいんじゃない?」
「いいよ。すぐだから」
ヴィータは部屋を出た。
安倍邸の広い廊下を歩きながら、ヴィータは沈んだ顔をしていた。昌浩と一緒にいることで、複雑な感情を抱いていた。
嬉しいと思う反面、酷く辛い。まるで心が二つに引き裂かれそうだった。
千年以上前の戦いで、ヴィータは昌浩に惹かれていた。あの日々の記憶は、宝石のようにヴィータの中で輝いている。
しかし、それはあくまで昌浩の祖先だ。あの日々を、今の昌浩は知らない。
出会ったばかりの頃は、昌浩の生まれ変わりだと素直に信じられた。しかし、成長するにつれ、実はただ似ているだけではないかという疑問が頭をもたげてくる。
昌浩が笑顔で話しかけてくるたび、あの日々の輝きが鋭利な刃物のようにヴィータの心を抉るのだ。
「私はどうしたらいいんだろう」
考え事をしている間に風呂場に辿り着く。
扉を開けると、下着姿の昌浩が立っていた。
「「うわああああああ!!」」
二人の悲鳴が響き渡る。
「なんで、そんな恰好してるんだ!」
「もう上がったんじゃなかったの!?」
どちらも赤い顔で怒鳴る。
「忘れ物をしたんだよ」
「忘れ物? もしかしてこれ?」
昌浩が置きっぱなしになっていたネクタイを拾い上げる。
21:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/04/12 23:40:18.49 ntvpDBco
「ああ、それ……」
ヴィータの声が不自然に止まる。
ヴィータはのしのしと昌浩に近づくと、体を両手でつかんだ。
「ヴィ、ヴィータちゃん?」
「お前、この傷」
昌浩の脇腹のあたりに、巨大な刃物で貫かれたような傷があった。うっすらと肉が盛り上がっているだけで、ほとんど目立たない。ヴィータが気づいたのも偶然だ。
「ああ、これ? 最近自然に浮かび上がってきたんだ。怪我なんてしてないのに、不思議でしょ?」
もっくんに心当たりがないか聞いてみたが、懐かしそうにするだけで答えてくれない。
それは先代の昌浩が、ヴィータをかばって受けた傷痕だった。
「ヴィータちゃんは心当たりない?」
「ヴィータだ」
「えっ?」
「ちゃんはいらねえ。昌浩は、ヴィータって呼ぶんだ」
昌浩を見上げるヴィータの顔が、泣きそうに歪んでいる。それなのに、とても嬉しそうだった。
「それって、どういう……」
今度は昌浩が不自然に言葉を切る。昌浩は入口の扉を見つめていた。
ヴィータが振り向くと、口に手を当てて笑っているシャマルの姿があった。悲鳴が聞こえたので、念の為、様子を見に来たのだ。
「アイゼン!」
「ちょっと待って! やり過ぎだよ、ヴィータ」
グラーフアイゼンを構えるヴィータを、昌浩が後ろから羽交い絞めにする。
「お前は奴の怖さを知らねえんだ! 離せ、手遅れになる前に」
昌浩たちが揉めているうちに、シャマルは部屋に引き返す。
「待て!」
「そんなに焦らなくても……」
昌浩はすぐに服を着ると、ヴィータと共に後を追った。
「心配のし過ぎだと思うよ。いくらシャマルさんだって、そこまで悪質なことは……」
『それでね、それでね、下着姿の昌浩君にヴィータちゃんが迫って行ったの』
『おー! 大胆やなあ』
はしゃぐシャマルとはやての声がする。
『しかも、その後、ヴィータちゃんを昌浩君が後ろから抱き締めたのよ』
『なんや、私がやらんでも、ヴィータがやってくれたんか。それならそうと早く言ってくれたらええのに』
昌浩とヴィータの顔が、怒りを通り越して無表情になる。
「シャマルがどういう奴がわかっただろ?」
「うん。よくわかった」
昌浩たちは部屋に入ると、両側からシャマルの腕をつかむ。シャマルの顔から、血の気が引いていく。しかし、はやては、にこにこと笑顔を崩さない。
「あの、はやてちゃん? 助けてくれると嬉しいんだけど……」
「自分の発言には責任持たなあかんよ、シャマル」
はやてがこんな時だけ真面目な表情をする。
「いーやー!」
廊下の奥にシャマルの姿が消えていく。やがて悲鳴が聞こえた。
別の部屋に移動した昌浩とヴィータは並んで座った。時刻は夜の十一時を回っている。
「昌浩、お前に聞いて欲しい話があるんだ」
「うん」
ヴィータは先代の昌浩と一緒に過ごした日々のことを、大切に、大切に話し始めた。
昌浩が初めて聞く話なのに、ひどく懐かしい。自分が先祖の生まれ変わりという話も、真実だと素直に信じられた。
二人の話題は尽きることなく、静かに時間が過ぎていく。
隣の部屋では、ずたぼろになったシャマルが無残に打ち捨てられていた。
22:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/04/12 23:41:32.31 ntvpDBco
以上で投下終了です。
23:名無しさん@お腹いっぱい。
12/04/13 23:23:06.91 ncrZd6mt
GJ!です!
24:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/04/19 21:14:51.67 rs7Ng1gD
一週間ぶりです。
前回は特に気合を入れた話だったので、楽しんでくれた方がいたようでなによりです。
本日、23時よりリリカル陰陽師StrikerS第四話投下します。
25:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/04/19 23:00:19.24 rs7Ng1gD
時間になりましたので、投下開始します。
第四話 彼方の思いをすくい取れ
安倍邸に滞在して数日が経過した。
なのはが朝食の片付けを手伝っていると、隣の部屋から言い争う声が聞こえてきた。
扉を開けると、両側から玄武の頬を引っ張っている太陰とヴィヴィオの姿があった。
「どうしたの?」
なのはが声をかけるが、興奮している太陰とヴィヴィオは気がつかない。どうやら、二人のつかみ合いの喧嘩を、玄武が押し留めているらしい。
「やーめーなーさーい!」
なのはが声を張り上げると、ようやく二人が制止する。五歳くらいの少女の姿をした太陰が玄武から手を離し、不機嫌に腕を組む。
「ママ~」
ヴィヴィオが涙目で駆け寄ってくる。その頭を撫でながら、なのはは玄武に顔を向ける。
「何があったの?」
「話せば長くなるのだが……」
十歳くらいの少年の姿をした玄武が、赤くなった頬をさすりながら言った。
事の発端は、朝食を食べ終わってすぐのことだった。ヴィヴィオが太陰に腕相撲の勝負を挑んだ。
太陰とて十二神将、腕力は常人より上だ。手加減して、いい勝負を演じてやれば、ヴィヴィオが満足するだろうと考えた。
しかし、ヴィヴィオの力は太陰の予想を上回り、太陰はあっさり敗北した。その時、太陰の中で本気のスイッチが入った。
次の勝負では、太陰が圧勝。その後、一進一退を繰り返し、むきになった二人は、ついにつかみ合いの喧嘩に発展した。
玄武の説明を聞いたなのはは、ため息をついた。
「どうして、こんな負けず嫌いになっちゃんたんだろう」
「なのは、お前に似たのではないか?」
新聞を読みながら、聞くとはなしに会話を聞いていたシグナムが言った。なのはは聞こえない振りをした。
「いい、ヴィヴィオ。喧嘩は駄目だよ。ちゃんと太陰に謝りなさい」
「でも~」
「でもはなし。ほら」
なのはに押し出され、ヴィヴィオは渋々太陰の前に行く。
「ごめんね、太陰」
太陰は腕を組んだままそっぽを向いている。
「太陰よ。少々おとなげないのではないか?」
「ああ、もう、わかったわよ! 私が悪かったわよ!」
太陰がやけくそ気味に謝る。
「さあ、ヴィヴィオ。また一緒に遊ぼうか」
「うん」
玄武に促され、太陰とヴィヴィオが再び遊び始める。それをなのはは満足げに眺めていた。
ガジェットが大量に発生したと報告があったのは、ヴィヴィオたちの仲直りのすぐ後だった。
緊張した面持ちで、昌浩たちは大広間に集まった。
「かなりの数のガジェットがこちらに向かっているわ」
「レリックの反応は?」
「今のところ、ないわ。ただガジェット部隊は二つ。海と山に同時に出現した。進行方向を調べると、ちょうど安倍邸で交差するのよ」
「狙いは私らかもしれへんってことか」
「ガジェットって何?」
昌浩がヴィータに質問した。
「私らが追ってる犯罪者、スカリエッティが使う戦闘機械だ。結構厄介な相手だぞ」
26:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/04/19 23:02:38.93 rs7Ng1gD
同時に出現した部隊だが、数はだいぶ違う。山側の方が町に近く、二倍くらい数が多い。
「こちらの分断が狙いか。どっちか罠も知れへんな」
「考えてる時間はないよ。早く行こう」
なのはが立ちあがる。この町には、なのはの家族を初め、学生時代の友人など、たくさんの大事な人が住んでいる。絶対に傷つけさせるわけにはいかない。
「チーム分けはどないする?」
「海側は私が行く」
なのはが宣言した。
「ほな。スターズはそっちやね」
「ううん。行くのは私ともう一人だけでいい」
「ならば、俺が行こう」
背後から青龍が現れた。この前の引き分けを根に持っているのか、眉間の皺がいつもより深い。
「決着をつけてやる」
「そっか。機械相手なら、青龍さんも本気出せるもんね。じゃあ、どっちが多く倒すかで勝負しよう」
これまででお互いの戦い方は熟知している。連携もこなせるだろう。
「じゃあ、先に行くね。片づけ次第合流するから」
「頼むで、なのはちゃん」
なのはと青龍は海めがけて出発した。
目的地に辿り着くと、シャマルがすでに封鎖領域を張ってくれていた。
港の倉庫街を埋め尽くすように、ガジェットの群れが出現している。円筒形のⅠ型、飛行機のようなⅡ型、巨大な球形のⅢ型。山側よりは少ないとはいえ、かなりの数だ。
「青龍さん、ガジェットはAMF(アンチマギリングフィールド)を持って……ようするに、魔法が効きにくいから注意して」
「ふん。ならば直接切り裂けばいい」
「それじゃ、地上はお願い」
青龍が大鎌を構え走り出す。なのはも空に飛び立つ。
青龍は攻撃をよけながら、大鎌で次々とガジェットを切り裂いていく。
なのはの放つ光球が飛行型のⅡ型を撃ち落としていく。
(あれ?)
戦いながら、なのはは違和感を覚えた。
今日はやけに視界が狭い。いつもならもっと広い視野で戦えるのに。
仲間たちと敵の動き。攻撃方法の選択。回避と防御。どんな機動をすれば最も効果的か。すべてを同時に考えながら戦える。
なのに、今は目の前の敵しか見えない。死角からの攻撃を慌ててバリアで防ぐ。
(おかしいな。集中できてないのかな)
こんなことは初めてだった。原因がわからない。
なのはは後ろの町並みを振り返る。大切な思い出がつまった故郷。
地上で戦う青龍は、まだ一度も勝ったことのない相手。
(違う。逆だ。集中し過ぎてるんだ)
絶対に守りたい町。絶対に勝ちたい相手。それらがなのはの余裕を奪い、視野を狭くしているのだ。
普段のなのはの戦い方を知る者がいたら、目を疑っただろう。
ペース配分を考えず、撃ちだされる大技の数々。高出力のバリアで攻撃を防ぐだけで、ほとんど回避機動も取っていない。
まるで素人のような力押しの戦い方。エースオブエースの戦い方ではない。
スバルたちがいなくてよかったと、なのはは安堵する。とても見せられる姿ではない。
レイジングハートが凄まじい勢いで、カートリッジを吐き出していく。敵の数が四分の一まで減った時、ついにカートリッジが切れた。
なのはは不思議そうにレイジングハートに話しかける。
「そういえば、最初はカートリッジなんて、なかったんだよね」
『Yes, my master』
一番、最初の気持ちを思い出す。
ユーノを助けたいと思った。敵として現れた寂しい目をした少女を救いたいと思った。忘れたことなんてないのに、いつの間にか曇っていた。
この力は、大切な誰かを助けるために、使うと決めたのだ。
「青龍さん、時間稼ぎお願い」
青龍は不機嫌になのはを見上げ、なのはに近づくガジェットを撃ち落とす。
27:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/04/19 23:03:52.56 rs7Ng1gD
なのはの周囲に、まるで星の光のように無数の光球が現れる。やがて光がレイジングハートの先端に集中する。
これが誰かを助けるための、最初の全力全開だ。
「スターライトブレイカァー!!」
光が空を切り裂いた。
敵を壊滅させた後、なのはは倉庫の屋根の上で大の字になっていた。魔力のほとんどを使い切り、空っぽだった。
青龍がなのはの隣に立つ。傷はないが、さすがに疲れたらしく、肩で息をしている。
「貴様はいくつ倒した? 俺は……」
「……ごめんなさい。途中から数えてない」
青龍の不機嫌度が一気に上がる。
「うん。だから、私の負けでいいよ」
なのはは、妙に晴れ晴れとした顔で言った。
立ち去ろうとする青龍に、なのはは声をかけた。
「ありがとう」
青龍が怪訝な顔で振り返る。
「青龍さんのおかげで大事なことを思い出した」
成長するにつれ色々なことができるようになり、いつの間にか、部隊も新人たちもすべて背負ったつもりになっていた。
自惚れたものだ。自分に出来るのは、誰かを助けるために全力を尽くすことだけだというのに。
「間に合わなかったか」
風に乗って十二神将、白虎が飛んでくる。筋骨隆々とした壮年の男性だ。
「晴明に様子を見てくるように言われたのだが、無駄足だったな。昌浩たちもそろそろ決着がつくらしい」
「余計な真似を」
「まあまあ。ありがとう、白虎さん」
白虎は片目をすがめた。これまでなのはが青龍に放っていた殺気がなくなっている。青龍は相変わらず素っ気ないが。
「どうやら和解できたようだな。よかったじゃないか、青龍」
「白虎。余計なことを言うな」
「どういう意味ですか?」
なのはが起き上がる。
「こいつ、昔戦った時に脅かし過ぎたと言って、気にしていたんだ」
「白虎!」
「心配してくれてたんですね」
なのはが青龍の顔を覗き込む。てっきり、なのはのことなど眼中にないと思っていたので、意外だった。
青龍が隠形する。照れているのだろうか。
「優しいところもあるんだ」
昔、友達が力説していた。
普段冷たい男が、たまに見せる優しさにぐっとくると。なのはは少しだけその気持ちが理解できた気がした。
六課メンバーと、昌浩、もっくん、六合たちは、あっさりガジェット群を壊滅させた。少し戦力を偏らせすぎたようだ。
「いやー。やっぱりたまに体を動かすと気分ええなあ」
六枚の黒い翼の生えた騎士甲冑に着替え、リインとユニゾンした、はやてが肩を回しながら言った。
「はやてさん、めちゃくちゃ強かったよね?」
「うん」
スバルとティアナが耳打ちする。あれで能力制限がかかっているのだから、本気を出したらどれほどなのか。
かつて、はやてはガチンコで勝てるのはキャロぐらいではないかと言っていたが、絶対に嘘だと思う。
「何が目的だったのかな?」
「それがわかれば苦労しないわよ」
ガジェットの残骸を調べる昌浩に、ティアナがつっけんどんに言い放つ。
28:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/04/19 23:05:26.63 rs7Ng1gD
今日の戦いでわかったのだが、昌浩のポジションは、ティアナと同じセンターガードのようだった。
もっくんや六合に支えられている面はあるが、要所要所で指示を出し、戦況を有利に導いていた。正式な訓練を受けずにそれらをこなしているのだから、空恐ろしい印象を受ける。
もし昌浩が六課に入隊していたら、自分はお払い箱になっていたのではないかとティアナは危惧する。
「でも、とにかく片づいたし、帰ろ……」
「へえ、結構やるじゃないっスか」
突然響いた声に、全員が身構える。
青いボディスーツに身を包んだ三人の少女が立っていた。
「戦闘機人!」
戦闘機人とは、人工的に培養した素体に、機械を埋め込み強化した人間、一種のサイボーグのことだ。スカリエッティの忠実な配下で、スバルたちは以前一度だけ交戦したことがある。
少女たちとは初対面だが、着ている服が似ているので、仲間だと推察できる。
眼帯に銀色の長い髪、灰色のコートを着た小柄な少女、チンク。巨大な盾ライディングボードを持ち、赤い髪を後頭部でまとめたウェンディ。そして、髪の色こそ赤と違うものの、スバルによく似た容貌のノーヴェ。
「あいつ、スバルに似てるな。偶然か?」
もっくんが首を傾げる。
「似てて当然だ。そいつも私も、同じ遺伝子データから作られた戦闘機人なんだからな」
ノーヴェが嫌悪感もあらわに言う。
「えっ?」
「くらえ!」
全員にかすかに動揺が走った瞬間、ノーヴェの腕に装備されたガンナックルから、マシンガンのように弾丸が吐き出される。それを皮切りに、チンクが投げナイフ、スティンガーを放ち、ウェンディがライディングボードから光弾を撃ち出す。
防御の構えを取った時、昌浩の背後に青い人影が現れる。
「この子はもらって行くよ」
おどけたような声は、地面から発せられた。
青いスーツに身を包み、水色の髪をした少女。かつてスバルたちの前に現れた戦闘機人、セイン。IS(インヒューレントスキル)はディープダイバー。無機物を透過、潜行することができる。
「昌浩!」
全員が駆け寄るが、間に合ない。昌浩が地面に引きずり込まれ消えていく。
地中を移動しながら、昌浩は抵抗を続ける。
「離せ!」
「駄目だよ。君はドクターのところに案内するんだから」
セインが余裕の表情で告げる。ノーヴェたちは陽動だ。適当に戦って切り上げる手はずになっている。
「オン……」
「それも駄目」
呪文を唱えようとする昌浩の首を絞め、声が出ないようにする。
頭突きや蹴りを繰り出してはいるが、セインはやすやすとかわしてしまう。
昌浩は魔力はともかく、身体能力は人並みだ。後ろから羽交い絞めにされたら、どうしようもない。
「諦めて、大人しくしててよ。オミョージ君」
言いながら、セインは笑いを堪える。
地中を抜けて、地上に出る。それを繰り返すと、やがて、町の外に出た。
「ここまで来れば、もう大丈夫」
「止まれ」
セインを、彼女の姉であるトーレが待ち受けていた。女性にしては背が高く、短い髪に鋭い目をしている。その両手足には虫の羽根のような刃がついていた。
「あ、迎えに来てくれたんだ」
「止まれと言ってるんだ、この馬鹿者!」
トーレの一喝に、セインは足を止める。
「敵を研究所に連れ込むつもりか」
トーレが戦闘態勢を取る。
「あーあ、もうちょっとだったのにな」
29:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/04/19 23:06:54.04 rs7Ng1gD
「うわっ!」
昌浩の襟首から、白い動物が滑り出てくる。セインは驚いて手を離しそうになる。
「もっくん!」
白い物の怪は悠然と大地に降り立つ。昌浩がさらわれる一瞬の間に、服の中に忍び込んでいたのだ。なるべく魔力を抑えていたのだが、隠しきれなかったらしい。
「一匹で何ができる。セイン、陰陽師を捕まえておけ」
「あいよ」
「戦う前に質問だが、お前ら、この世界の出身か?」
もっくんがトーレと向き合う。
「違うよ」
「セイン、答えなくていい」
「それはよかった。実は十二神将には掟があってな。人を傷つけちゃいけないんだ」
十二神将が人を傷つけてはならないのは、十二神将が人の想念から生まれたからだ。親である人を、子である十二神将は傷つけられない。
「しかし、この掟、結構ゆるくてな」
「あー。俺、朱雀に叩かれて、太陰に殴られて、勾陣に投げ飛ばされたことあるしね」
昌浩が過去を振りかる。どうやら、このくらいでは掟に抵触しないらしい。
「晴明が調べてわかったことだが……俺たちはこの世界の人間の理想と想念によって形作られている。つまり、この掟、他の世界の人間には通用しないんだ」
もっくんが歯を向いて笑う。
危険を感じたトーレが、飛び出して拳を振るう。
「紅蓮!」
昌浩が叫ぶ。
炎が噴きあげ、もっくんの姿が、赤いざんばら髪に褐色の肌の男に変わる。額には金の冠をはめている。十二神将、最強にして最凶の存在、騰蛇。またの名を紅蓮。
姿を現した紅蓮が、トーレの拳をやすやすと受け止めた。全身から莫大な魔力が放射される。
「甘く見るなよ、女」
「馬鹿な」
トーレは自分の拳が小刻みに震えているのを感じた。
紅蓮の魔力は凄絶にして、苛烈。生物に根源的な恐怖を植え付ける。それと無縁でいるには、昌浩のように紅蓮に近い魔力と、存在を許容する優しさ、懐の深さが必要になる。
そのどれも持っていなければ、人間を元にしている以上、いかに戦闘機人と言えど、恐怖からは逃れられない。
「ひい!」
トーレより意志の弱いセインが、恐怖に身をすくませる。その隙を逃さず、昌浩はセインの腕を振り払う。
「砕!」
放たれた昌浩の術を、セインは地中に潜行してかわす。
トーレの隣に現れたセインめがけて、紅蓮は炎蛇を放つ。
「IS発動、ライドインパルス!」
二人の体が霞み、はるか後方に移動する。
「ほう」
紅蓮が感心したように呟く。
トーレの能力、高速移動だ。
「セイン、撤退するぞ。貴様、名は?」
トーレが苦渋に満ちた顔で問う。ナンバーズが恐怖を感じるなど、あってはならないことだ。
「騰蛇だ」
「覚えておこう。私はナンバーズ、トーレ。いつかこの屈辱は晴らす」
二人の姿が地面に消える。
「敵ながら、あっぱれな奴だ」
紅蓮がもっくんに戻る。不利を悟るや、即座に撤退を決断した。簡単にできることではない。
あれだけ派手に魔力を解放したのだ。すぐに迎えが来るだろう。
そこに白い鳥が飛んできた。鳥は昌浩の上空で手紙に変化する。
「げっ」
手紙は晴明からのものだった。
『まったくさらわれてしまうとは情けない。気が緩んでいる証拠じゃ。これは一から修行し直しじゃのう。ばーい晴明』
手紙を読むにつれて、昌浩の肩がぴくぴくと痙攣する。読み終わると、昌浩は手紙を握りつぶし、絶叫した。
「あんのくそ爺ー!!」
絶叫が消える空に、迎えに来たはやてたちの姿が映っていた。
30:枕 ◆ce0lKL9ioo
12/04/19 23:07:45.43 rs7Ng1gD
以上で投下終了です。それではまた。
31:名無しさん@お腹いっぱい。
12/04/20 06:58:42.52 nEjQbkS9
投下乙
定期的なのはよいことだ
32:Gulftown ◆mhDJPWeSxc
12/04/23 20:47:16.85 WUrWJ6FH
どうもおひさしです
22時からEXECUTOR17話を投下します
33:EXECUTOR ◆mhDJPWeSxc
12/04/23 22:01:06.09 WUrWJ6FH
■ 17
時空管理局本局は、次元世界人類が建造した史上最大のスペースコロニーであり、人工天体である。
その建造に際しては、従来の宇宙船の常識をはるかに超えたいくつもの要素があった。
この世のどんな物質でも、自身の持つ質量に応じた万有引力を発生させ、重力によって周辺の空間を、わずかながら歪める。これが重力場である。巨大な質量を惑星の至近に置くということは、惑星の重力場に影響を与えるということである。
惑星が、主星の周りを安定して公転できるのは、互いの質量によって引き合う重力が釣り合っているからである。
もしここに、外部から物質を持ち込むなどして質量が増加すると、この重力の均衡を崩してしまう恐れがある。
この種の多数の天体の運動を扱う軌道計算は多体問題とよばれ、扱う変数パラメータの数が莫大であり最新のコンピュータをもってしても計算が困難な問題である。
万が一、軌道上に大きすぎる物体を置いてしまうとミッドチルダの軌道が乱され、太陽系の中で生存に適した領域からはじき出されてしまう恐れがあった。
本局構造体はミッドチルダ地表から高度3万6千キロメートルの赤道上空を周回しており、いわゆる静止軌道上に位置している。
クラナガンは北半球中緯度地方の都市のため、おおむね、南の空を見上げれば、視力のよい者なら昼間にはうすぼんやりと空がにじむ本局の影を見ることが出来る。
夜間の場合、本局は外部への光の反射を抑える防御フィールドを展開しているので地上から見えることはない。
定期便シャトルなどの窓から見ると、本局構造体は靄のようなガスを纏い、周囲に孫衛星を配置した、棘状の構造物が生えた金平糖のようなシルエットをしている。
このガスは暗黒物質であり、物体のエネルギーを非常によく吸収する性質によって本局を防御する。またこのガスの内側には、本局表面を取り巻くシールド魔法が展開されている。
地球においても、他のあらゆる次元世界においても、宇宙空間に滞在する施設や艦船にとって最も重要で困難な問題とはいわゆるスペースデブリの防御である。
本局施設は差し渡し数十キロメートルに及ぶ巨大なサイズと質量を持っているため、第97管理外世界で運用されている宇宙ステーションのように都度都度軌道を変更するというようなことは行えない。
そのため、あらゆる防御魔法を用いてデブリの衝突に耐えられる構造として設計、建造が行われた。
新暦20年代、本局施設が宇宙空間に移された当初は直径数キロメートルほどの球形構造であり、全体を通常のシールド魔法によって覆っていた。
当時の魔法で、秒速3キロメートルで衝突する直径10ミリメートルまでのデブリを防御できた。これはおおよそ、当時使われていた標準的な野戦砲の魔力弾の運動エネルギーに相当する。
これ以上の大きさや速度のデブリないし流星体が衝突した箇所は、宇宙服バリアジャケットを装備した魔導師が船外活動によって定期的にパネルの張り替え作業を行っていた。
さらに管理局の規模が増大するにつれ、建築構造物は幾何学的に延びていき、増築を繰り返した結果形状も複雑化し、単純なプロテクション系のシールド魔法で防御することは難しくなっていった。
衝突時の破片の飛散を予測しやすくするため、本局の増築は90度ないし45度の角度の鉛直方向のみに限定された。そのため、離れたところから見た本局の全景は巨大な刺胞生物のようにも見える。
腕部の長いヒトデやサンゴのような姿をしている。外壁は完全な平面ではなく、岩石質の材料で表面を覆い、シールド魔法を貫通してきた物体に対して内部の構造を防御している。
この構造はいわゆるアステロイドシップと呼ばれ、当初は宇宙を舞台にしたSF小説などで発想が登場した、小惑星に推進装置を取り付けて宇宙船とするアイデアである。
本局の場合は、建造資材の節約と工期短縮のために採用された。外装が岩石ならば、材料の調達や修理も容易である。また複雑な加工をするための手間も少ない。
34:EXECUTOR ◆mhDJPWeSxc
12/04/23 22:03:19.15 WUrWJ6FH
インフィニティ・インフェルノも、当初は類似の設計思想を採用したものであると考えられた。
本局よりも巨大な100キロメートル以上ものスケールを持つ宇宙船の構造体を作るには、外壁の表面積も大きくなるので人工的なパネルやタイルを貼り付けていくやり方では手間が掛かりすぎると考えられた。
しかし実際のインフェルノの構造は内外まで完全に一体化したたまねぎ状の層構造をしており、木が年輪を重ねて生長していくように、船体そのものが中まで詰まった金属結晶を成長させていきその内部をくりぬいて通路や部屋を作っていた。
スバルらヴォルフラム陸戦隊が振動破砕で採取したデータを分析した結果はそのようにはじき出された。複雑な配管のように見えていたのは、金属結晶内部に取り込まれた水やガスなどが抜けた跡であった。
内部構造を分析し、それが従来の水上艦や宇宙船とは全く異なっていたことで、インフィニティ・インフェルノとは惑星サイズの巨大生命体であるという可能性が高まってきた。
彼らは惑星内部に埋めて育てた巨大生物を自由に操れるように寄生する形でスペースコロニーとしていたのである。
バイオメカノイドには人型サイズの“グレイ”、自動車程度の大きさの“小型バイオメカノイド”、艦船サイズの“大型バイオメカノイド”があることがこれまでの遭遇で知られていた。
ここに新たに、天体サイズの“超大型バイオメカノイド”が存在する可能性が浮上してきた。
インフィニティ・インフェルノをはじめとして、現在、ミッドチルダおよび本局に接近しつつある大型輸送艦もそれに類されるであろう。
一般的に、生物は宇宙空間では生存できない。
強力な宇宙線などもあるし、空気がない状態では水はあっという間に沸騰ないし蒸発して失われてしまう。また宇宙空間は低温であり、生物の肉体に普遍的に含まれる水分が凍りつく、あるいはゼロに近い気圧すなわち真空の影響で蒸散してしまう。
そのためごく一部の昆虫や細菌など以外は宇宙空間では生存できない。
人間ももちろん、全身を空気で包み込む宇宙服ないし同等の機能を持つバリアジャケットを装備しなければ宇宙空間での活動は出来ない。
しかしバイオメカノイドはこれまでのところ、そのような水と空気を保持する装備を持たないまま、生身で宇宙空間を泳いでいる。
また構成元素としても水分は含んでいるが化合物(いわゆる水酸化物)の形で持っているため、バイオメカノイドの肉体は真空中でも脱水を起こさない。
人間が宇宙で活動する場合、絶対必要になるのは酸素と水である。
酸素は呼吸のために必要である。また生命活動を維持するには体内の水分量を保つことができなければならない。
これらの機能を魔法によって実現するには大変な術式計算負荷と魔力量が必要であり、術者自身の魔力ではまず維持できない。そのため、従来の物理宇宙服以外では、電池によって魔力を供給する宇宙服、もしくは独立したエンジンを持つ航宙機や航宙艦が必要になる。
すなわち次元航行艦や魔力戦闘機である。
「見えるかマリー、クラナガンから発進してきた艦隊がバイオメカノイドに向かってく─本局とミッド海軍の連携は取れてるんか?
艦がばらばらにうごいとったら敵を押さえきれんよ」
エネルギー吸収ガス帯の領域を抜け、宇宙空間に出たはやては三日月形に輝くミッドチルダの惑星の姿を見た。
「私たちのとこから外は見えません、中に浮かんでるだけです。ともかく技術部では外の詳しいことは聞いてませんでしたが、レティ提督がミッド政府との折衝をやってるらしいです」
「レティ提督が」
「この状況ではどうもこうも言ってられません、少なくともあの船団がミッドの観光にやってきたわけではないのだけは確かです」
「距離4万の領空内に入り込んだら即撃ち始めるか」
「たぶん、ですね。レティ提督の出したGS級2隻がいるはずです、おそらくもうすぐ接敵します」
「そこに私も突っ込むのはさすがに無茶やな」
35:EXECUTOR ◆mhDJPWeSxc
12/04/23 22:07:17.10 WUrWJ6FH
今のはやては、外部から見れば人間の姿ではない。平滑な表面で全体が淡く発光する葉巻型UFOのような姿になっている。
防衛プログラムは単体では固定された姿を持たないため、蒐集された魔法が1つもない状態ではただの光球のような外見になる。
内部は無重力の空間になっておりマリーとユーノはそこに収容されている。
「まずは、ユーノ君とマリーを安全な場所まで運ばなあかん─」
マリーは比較的軽傷だが、ユーノは実験モジュールが衝撃を受けたときに吹っ飛んできた机に押し潰される格好になったため、両脚が折れているようだった。
ひとまずフィジカルヒールで応急処置をし、バインドを自分にかけて足が動かないように固定している。また逆向きのシールドを皮膚の上に密着させることで止血しているがこれも短時間しか維持できない。
上半身が無傷だったのが不幸中の幸いといえたが、その分、大きく損壊した自身の肉体を目の当たりにする異様な感覚に耐えなくてはならない。
「できれば安静にさせてほしいな。このまま重力下に入ったら痛みで転げまわりそうだ」
「その減らず口、いつまでたたいとる余裕あるかな」
ガス帯の外に出たことで本局からの距離が離れ、はやての姿は本局に設置された警戒レーダーに探知される。
未確認飛行物体の出現を探知して、本局構造体に埋め込まれた自動迎撃レーザーが魔法陣を出現させて射撃の構えを見せる。
「発進しますか?」
「いや、たぶん本局は私の正体をつかめてない。下手に動くと混乱させる」
「おとなしく待ってるしかないですね。折角私たちが命がけで復元した“夜天の書”です、本局艦隊とミッド艦隊の助太刀に向かいたいのはやまやまですが─」
「極秘の計画やったんやろ。今頃んなって“闇の書”が出てきたゆうたところで、頼もしい思うよりやばい思う人間のほうが多いわ」
マリーは『夜天の書』と言ったが、はやては『闇の書』という呼び名を自ら使った。
この魔導書は本来は夜天の書として作られたが、悪意を持った改変によって災厄を撒き散らすロストロギアとなり、闇の書と呼ばれて恐れられた─従来よりいわれてきたこの伝説は、真実ではなかった。
はやては闇の書のすべてを知り、それに気づいたのだ。
闇の書は最初から闇の書だった。誕生したのは古代ベルカ時代ではない、先史文明時代。
最初からこの姿を持って生まれ、本来は、人類を観察し情報を収集する単なる装置であった。
その秘められた力に恐れをなした人類が、勝手に恐怖を抱いて呼び名をつけただけだ。
途中で改変されたのではなく、機能を発揮できないよう枷がはめられた。そのために闇の書になった。
最初から、この機能を持っていた。
次元世界のすべてを見通すアカシックレコードである。
闇は、それ自体が悪ではない。ただ、人間にとって都合が悪いから、人間が勝手に扱っているだけだ。
闇の書という呼び名を使ったからといって、それをはやて自身が言うぶんには、それはネガティブな意味を持たない。
あくまでも自分自身の名前である。
かつて闇の書事件の際、アースラのサポートを行ったマリーは、夜天の魔導書というのが本来の名前であると管制人格が主張したと伝え聞いていた。
何代にも渡って闇の書と呼ばれ恐れられ続けたことで、人間たちに不当な誤解を受けていると感じていたようだ。
しかしそれは、闇の書が嘘の名前ということではない。
人間を、恐れをなしながらしかしそれでいて自分を利用しようとしている人間を試しているのだ。
闇の書とてデバイスである。
デバイスの動作は、書き込まれた術式─すなわち厳密なプログラムに従う。
それがじゅうぶんに複雑かつランダム性を持っていれば、人間との見分けを難しくする。
36:EXECUTOR ◆mhDJPWeSxc
12/04/23 22:11:31.26 WUrWJ6FH
今の闇の書は、はやての一部になった。
最後の夜天の主とは、闇の書の最後のひと欠片となった人間が闇の書に帰ってくるという意味である。失われた先史文明人の遺伝子を、何代にも渡って受け継いできた人間が次々と闇の書の主になり、少しずつ復元していく。
はやての復活により、それは成された。失われた先史文明人のDNAが、はやてによって最後のひとピースをはめられ、完全に復元されたのだ。
先史文明が遺したロストロギアの一端を、復元解明したことになる。
はやては闇の書を真の意味で自分のものにした。
そして同時に、この次元世界に、人類が抗うことの出来ない力の一端が現出したことになる。
自分たちがやろうとしていたことの意味を本当に理解しているのか─レティや、管理局、ミッドチルダ政府。そして、マリーでさえも、ユーノでさえも。
そして、自分とともに戦ってきた、高町なのは、フェイト・T・ハラオウン。
かけがえのない親友である。
今の自分の姿を彼らに見せたらどんな感情を抱くだろう、とはやては思っていた。
生還を喜ぶか、それとも恐れをなすか。
彼らがはやてを恐れてしまうようでは、残念ながら、今の人類にはこの次元世界で生き延びていく力がないということになる。
エグゼキューターとなったティアナ、闇の書となったはやて。
この次元世界の真実を知るためにクロノは旅立った。
そして管理局はその真実を追っている。
ミッドチルダはどうか知らない。ヴァイゼンと組んで、あくまでも世界支配のために、権益確保のためにやろうとしているのか。
だとするなら、真に遺憾ではあるが、管理局はミッドチルダに対し制裁を発動する必要がある。
もし管理局にそれだけの実力がないのであれば、はやてを─闇の書の力を、利用しようとするだろう。
今後、はやてを継続して管理局員の身分に置こうとするならば、管理局は闇の書という次元世界最大の武力をその支配下に置くということになる。
はやては管理局員としての命令を受け、任務として闇の書の力を振るうことができる。
そんなことを、ミッドチルダが許すか。
管理局が強大な武力を持つことを許すか。それは管理局による国家間安全保障と治安維持を、その実力による支配を受け入れるかどうかということになる。
あくまでも治安維持機構であることが管理局の本分であり、闇の書の存在は管理局には過ぎた力と見なすか。
そうなった場合、ミッドチルダやヴァイゼン、オルセアなどの次元世界大国が取りうる行動─管理局を解体するか。もし管理局がそれに応じない場合、実力行使によって制圧する事も考えられる。
それは人間同士の戦いである。
全次元世界を巻き込む戦争である。
多くの次元世界で、危機の責任を回避する事が望まれる。それはバイオメカノイドという外敵の存在によって可能になる。
しかし、ミッドチルダが不用意にバイオメカノイドを目覚めさせてしまった事から、この災厄がミッドチルダの責任にされてしまうおそれがある。
追い詰められたミッドチルダがとるであろう行動は、他の次元世界国家を捨て石にしてバイオメカノイドに殲滅させることだ。
他の次元世界がいくら滅んでもミッドチルダさえが残ればよく、またミッドチルダに賛同する世界のみを残せば良い。
しかし現実にはそのような作戦は非常に困難である。バイオメカノイドの増殖はおおむね取り込んだ物質の量に比例するため、よりたくさんの惑星や次元世界が襲われると、それだけ敵の総戦力が増大していく。
ミッドチルダは、末端の戦闘要員はともかく首脳部がこの問題に目を向ける事が出来ていない。
生き残る事よりも自分たちの保身が優先してしまっている状態である。
バイオメカノイドという危機を目の前に、次元世界人類の生き方が試されているのである。
37:EXECUTOR ◆mhDJPWeSxc
12/04/23 22:14:40.16 WUrWJ6FH
見物につめかけた大勢の市民たちが見守る中、総勢5名のイギリス空軍軍人たちが、空港のエプロンに着陸した次元航行艦に向かって歩いていく。
次元航行艦は重力制御(飛行魔法)による浮遊能力があり、ランディングギアなどの降着装置を持たない。
そのため、ちょうど飛行船を繋留するように、艦そのものは地上すれすれに静止したまま、地上に設置したおもりにワイヤーバインドを繋ぎ、乗り降りのためのウイングロードの設置作業を甲板員が行っている。
本局のドックや次元世界の宇宙港では、次元航行艦の繋留設備として上甲板の高さまで登れる桟橋があるが、地球にはそのような設備はないので、艦後部のメンテナンスハッチを臨時の出入り口として使う。
集まったロンドン市民たちは、宇宙船は円盤型じゃないのかとか、光に包まれて空中に吸い上げられるんじゃないのかとか口々に言っている。繋留用ワイヤーバインドの基部にある魔法陣を見て、あれでミステリーサークルを作っていたんだなどと言っている者もいる。
21世紀ももう四半世紀が過ぎようとしているが、なかなか、異星人の宇宙船というものもレトロな認識がぬぐいきれていないようだ。
市民たちの中でも、地球周回軌道に入っている巨大要塞を、ただの珍しい天文現象としかとらえていない者もまだまだ多い。
インフェルノは軌道を上げて地上から見える範囲が広がったので、イギリスでは、空を高速で移動する赤い彗星のように見えている。
南米や中東などで、パニックを起こして教会に駆け込む人々の様子が報道されたりなどしたが、少なくともロンドンではまだそういった様子を、科学知識に乏しい後進国の人間だからなのだと、遠い世界の出来事のようにとらえている。
北海やバフィン湾で戦闘が発生した事例は、米軍およびイギリス軍が報道管制を行っているのでまだ大きく取り上げられてはいない。
北海での大ダコ型バイオメカノイドとの戦闘ではドイツ海軍のフリゲートが損傷したが、ドイツ海軍は高波に遭遇したことによる破損と発表した。
バフィン湾では空母ジョン・C・ステニス艦載機のF/A-18F編隊が発射した核ミサイルによりドラゴン型バイオメカノイドを撃破することに成功し、続いて現れた小型バイオメカノイドのユスリカをソ連空軍との共同作戦でどうにか凌いでいる状態だ。
イギリスでは昼間だが、アメリカでは早朝でありまだ人々は眠りから覚めず、どの局も朝のニュースの時間になっていない。さらにジョン・C・ステニスが進出しているバフィン湾は北極圏に入り、この季節は一日中太陽が昇らない。
暗闇の中、空を覆う極夜の雪雲の向こうに瞬く粒子砲の閃光を見上げながら、アメリカ空母機動部隊はバイオメカノイドの大群を食い止めている。
それでも一部は、艦隊を迂回して南下を始めていることが確認された。
敵はあまり積極的に攻撃をしてこないようだったが、とにかく数が多く、レーダー電波が乱反射を起こしてまるでチャフが撒かれたかのように対空捜索や通信に支障が出ており、ジョン・C・ステニスでも敵の正確な動きを掴みきれていなかった。
敵の体躯がレーダー電波をすべて遮ってしまい、反射波を拾うことが困難になっている状態である。
空母に随伴していたタイコンデロガ級3隻のうち『プリンストン』は早々に対空ミサイルの残弾が尽き、速射砲の弾丸も少なくなったため海域を離れて敵の捜索に専念し、残る『シャイロー』、『ゲティスバーグ』もミサイル節約のために速射砲での攻撃に移行した。
38:EXECUTOR ◆mhDJPWeSxc
12/04/23 22:18:13.02 WUrWJ6FH
北極の空を埋め尽くすほどのユスリカの群れは気象衛星の撮影画像にもはっきりと写り、速射砲を無照準で撃っても命中するほどだった。
巡洋艦は敵が近づくと、速射砲に加えてCIWSパルスレーザーでも攻撃する。
ユスリカはプラズマ砲以外には攻撃手段がないようで、時折巡洋艦の甲板に降りてきて張り付いたりしたが、艦を左右に振って波しぶきをかけるとすぐに飛び立っていった。
乗組員たちは、敵バイオメカノイドは機械(この場合は戦闘機や水上艦)が何物なのかを判別できていないようだという印象を持った。
動いている物体であるということ程度は理解しているようだが、その機械に自分たちが攻撃されていることを認識できないようだということを、群れの動きからは読み取れた。
レーダー画面上ではユスリカの群れは大きな塊のように映り、ひとつひとつの個体がどのような動きをしているのかはつかめない。
しかしそれでも、上空から観測しているF/A-18FやSu-35からの報告で、群れ全体が次第に南下し、ハドソン湾方面へ移動しつつあることが確かめられた。
ユスリカのプラズマ砲で撃墜されたのはF/A-18Fが16機、Su-35が3機にのぼり、ジョン・C・ステニスでは当初ドラゴンに対し核攻撃を行ったステイン小隊12機のうち4機を含む全搭載戦闘部隊の3分の1が損耗していた。
ドラゴン撃破後、破片が降り注ぐ中を強行発艦したプラッツ小隊、ポリッシュ小隊も、発艦直後の戦闘突入で空中で陣形を整える余裕がなく多くが非撃墜を喫した。
大ダコが撃破された翌朝─1月1日の時点で、ムルマンスクの北方艦隊基地からソ連海軍の航空戦艦『ミンスク』が出港していたが、今のところソ連首脳部は同艦をノルウェー沖に待機させ、本格的な戦闘突入を決断しかねていた。
バイオメカノイドの戦闘力を相手にしては、いかに強大なソ連海軍といえども損害を受けることは必至である。
それに対し国民や議員からの支持は得られるのかという心配がある。
連邦構成各国、特に東欧方面のグルジアやオセチアなどでは、インフェルノが天王星宙域に出現した当初、アメリカがなかなか詳しい情報を明かさなかったことに不信感を持っている。
アメリカの作戦に付き合って戦力を消耗した場合、今後の大西洋および北極海での軍事バランスが崩れる恐れがあるということを中央共産党では危惧していた。
いずれにしろミンスクがバイオメカノイドを追うにはアイスランド沖を通過する必要があるため、NATOとの協調をとることが必然的に導かれる。
20世紀ならいざ知らず、少なくとも現代では表面的には冷戦は終結したというのが国際的な認識である。
いかなる出来事が─宇宙怪獣の襲来であろうと─起きようと、ソ連とアメリカが争うことはない、という姿勢をアピールし続けることが、国際関係の中でソ連がとるべき方針である。
光の階段─クラウディア乗員が設置した移動補助魔法ウイングロードを登り、2名のイギリス空軍将官と、彼らを護衛する兵士3名が、大勢のロンドン市民たちが見守る中、異星人の宇宙戦艦、次元航行艦へ乗り込んでいく。
人々は、先頭に立ってまず着陸した白黒ツートンの艦と、それとはややシルエットが異なる白色の艦3隻、合計4隻が、空港のエプロンに停まっているのを見ていた。
今のところ、空軍と交渉をしているのは先頭の艦だけである。
見た印象として、他の白い3隻は搭載している武装が多く、本格的な戦闘艦であるとみられた。
白黒の艦(クラウディア)が旗艦であり、他の艦は護衛だろうか、と一般の市民たちは推測した。
39:EXECUTOR ◆mhDJPWeSxc
12/04/23 22:22:10.63 WUrWJ6FH
空港の広い平坦な地面を流れる風は、艦の下に入ると勢いを増して吹き抜けている。
少なくとも、今目の前にある巨大な宇宙戦艦は現実に存在する物体であり、UFO否定派の科学者たちが言うような幻覚などではない、と、クラウディアを見上げる空軍将官たちは思っていた。
やってきた二人のうち、年長の将軍はかつてこのブライズ・ノートン空軍基地でNATO駐留時代に航空団司令を務めていたことがある。
20世紀、米ソ冷戦の激しかった時代、時折やってくるソ連空軍の偵察機ではない、異質な特徴を持つ飛行物体をレーダーに捉えたことが何度もあった。
それらは当時のジェット戦闘機やレシプロ偵察機などを圧倒する速度を持ち、迎撃に上がった戦闘機を振り切って逃げたり、逆に近づいたりした。
レーダー画面上には至近距離で並走しているように映っているのにパイロットの目には見えないということもあった。
逆に、パイロットは光る飛行物体を目撃していても地上基地のレーダーや機上レーダーでは捉えられないということもあった。
それらが、すべてとは言わないが今、目の前にいる異星人の宇宙戦艦や、その艦載機である魔力戦闘機なのだ。
次元航行艦や魔力戦闘機は、飛行には空力を用いない。地球の航空機のように、翼に空気を受けることで揚力を得る必要がないのだ。飛行魔法とは重力制御技術であり、クラウディアや他のミッドチルダ艦が地面すれすれに浮かんで静止していられるのも飛行魔法ゆえだ。
ウイングロードを形成しているのは魔力によって固定された大気分子であり、これは足をかけて踏み切ることが出来る。
表面に描かれている幾何学模様は魔法陣と呼ばれ、魔力を行使するための出力装置のようなものだ。クラウディアの乗組員が先導し、歩いて大丈夫ですと手招きする。
ウイングロードの表面は魔法陣部分以外は透明で滑走路のコンクリートが見えているため、慣れない身には、足を踏み出すのにやや思い切りがいる。
そっとブーツをのせると、確かに踏み応えがあり、少なくとも人間の大人の体重を支えることが出来るのだということが感じられる。
護衛の兵士3人のうちひとりがまず先に出て、安全な通路であることを確かめる。
防弾チョッキ入りの野戦服と自動小銃の装備は、兵士の体重と合わせて100キログラム近くの重さになるが、それだけの重さが乗ってもウイングロードは微動だにしていない。
ご心配なさらずに、とクラウディア乗組員が言った。
大丈夫だ、と空軍将官は答えた。
若い方の将官はこの基地の現職の情報将校で、民間の某セキュリティ企業から登用されてイギリス空軍におけるC4Iシステムの開発を担当していた。
その縁で先端技術に触れることが多く、イギリス空軍が管轄してのエグゼクター発掘復元計画をスタートさせることができていた。
ブーツの裏に伝わる感触で、ウイングロードの表面は極めて平坦度が高く、また適度なたわみを持っていることがわかる。敷きたてのアスファルトのように非常に理想的な路面である。大気分子を魔力で固定している、という説明がなるほど、しっくりくる感触だ。
ウイングロードで登った先は、XV級では艦載艇格納庫であり艦尾に位置する、バイタルパート外の部分である。
軍艦の場合、民間の旅客用次元航行船に比べて燃費効率よりも抗甚性を重視するため多軸推進が一般的で、XV級でも艦の竜骨をはさんで左右に推進器が配置されている2軸推進である。
水上艦との違いは舵板がないことくらいだ。代わりに、重力制御装置の部品のようにも見える、テーパーのついた細い板状のスタビライザーフィンが艦尾左右の斜め下にそれぞれ突き出ている。
視界の左右に、飛行魔法発生器のノズルが大きく口を開けており、ロケットエンジンやジェットエンジンとは異なる、光沢のある金属結晶のような噴射口が艦尾に突き出ている。
竜の腹の中に潜っていくようだ、と将官たちは思っていた。
40:EXECUTOR ◆mhDJPWeSxc
12/04/23 22:25:44.56 WUrWJ6FH
「こちらです」
「随分広いな」
「散らかった場所で恐縮です」
クラウディア乗組員の言葉に、若い情報将校はこの艦─クラウディアが自分たちイギリス軍を欺くつもりはないのだろうと察していた。
どうやら本当に、迅速な会見をセッティングするならこの場所から乗せるしかないのだろう。異星人は自力で─おそらくはごく小さな装置だけで─空を飛べるが、地球人はそうではない。
このウイングロードなる仮設タラップを艦橋まで伸ばしてもいいのだろうが、それでは慣れない人間を歩かせるのがいささか危険である。
よって、早く艦に乗せるにはなるべく地面に近い側の扉を使うしかない。
艦載機の格納庫の中を通らせるというのは、確かに要人を艦内に迎えるにあたっては失礼なものだろうが、しかし今回に限っては事情が異なる。格納庫の中を見せる、つまり積んでいる武器を見せるということは自分たちの手の内を明かすということである。
だとすれば、この宇宙戦艦─次元航行艦の艦長は、自分たちが地球人に隠すべきことは何もないのだということをその態度で示しているのだということになる。
格納庫の中は広く、横幅が5メートルほどの短艇のような機体が2台と、もう1つ、隅の方に布をかぶせられた人型ロボットのような機体がある。
関節部が折り畳まれてシルエットが変わって見えるが、あれがおそらく、北海で大型バイオメカノイドを撃破した異星人の人型機動兵器だ。あれはこの艦の艦載機だったというわけだ。
二人の将官はクラウディア艦内に乗り込み、後ろを警戒する空軍兵士が艦外を念入りに調べながら、やがてウイングロードを収納してクラウディアの艦尾ハッチが閉じられる。
イギリス軍人たちの姿が艦内に消え、それまで固唾を呑んで見守っていた市民たちの間に再びざわめきが戻っていった。
次元航行艦の内部は、一見して、地球の軍艦と変わりないように見える。
宇宙空間では、水に浮かぶための形状は必要ないので、このクラウディアも上下左右がそれぞれ対称に近い形状をしている。
乗組員の話では、もっぱら宇宙空間もしくは大気圏内でも比較的高い高度に限って運用し、着陸や着水をすることはまれであるという。
後続してきた別の3隻はもともと5隻の戦隊だったが、北海での戦闘で1隻が敵大型バイオメカノイドの攻撃によって沈没し、もう1隻が残って救助活動を続けている。
大まかなところは似ているが、よく見ると違いが見えてくる。地球の艦に比べて、通路や室内の構造材に継ぎ目が非常に少なく、平滑に作られており、突起物がほとんどない。
金属を一体成型する技術は地球よりもはるかに優れていることが見て取れる。
空軍情報部の分析では、魔法を用いて金属を原子レベルで接合することができると予測されている。地球では、金属どうしをくっつけるにはリベット留めや溶接といった加工が必要だが、魔力を使うと、もとからひとつの金属の塊であったように作れる。
20世紀中ごろから各地でイギリス空軍が回収してきた、UFOの残骸とされる金属片を分析してそのような結果が得られていた。
この艦も、あたかも各辺300メートルの高張力鋼のインゴットを削り出して作ったような見た目をしている。もちろん実際には金属のパーツを組み合わせているが、溶接のように高熱で金属を変質させてしまうことがなく、非常に強度が高くなっている。
「艦長がお待ちです。こちらへ」
「失礼します」
若い方の将官が、ドアの上に掛けられたプレートを見上げる。
「作戦会議室、ですか」
「読めますか」
「簡単ですが、単語程度ならば読み替えが可能な対照表を頂いております」
ミッドチルダ語のアルファベットは地球のものとはかなり書体が異なる。それでも使用する文字体系は同じであり、綴りも似ているので意味を類推することが出来る。
41:EXECUTOR ◆mhDJPWeSxc
12/04/23 22:29:22.27 WUrWJ6FH
会議室では、クラウディアの乗組員たちが入り口の警備をしている。
ミッドチルダ─次元世界では、一般的な歩兵用の携行武器は杖のような外見をしている。ただしこれも、老人が歩行の補助に使うようなものではもちろんなく、全体的なシルエットはどちらかといえば杖というよりはメイスやモーニングスターなどの棍棒に近い。
杖の頭部には、機種にもよるが小型の粒子加速器や電子銃が仕込まれ、武器としてはいわゆるアサルトライフルにカテゴライズされる。
発射するのはレーザーやプラズマ弾などである。民間向けなどは純粋な打撃武器として弾丸発射機能を持たないものも多いが、軍用のものではいわゆる魔力弾を発射する機能を持ち打撃武器としての使用を考慮していない機種が多い。
イギリス空軍の兵士たちとクラウディアの水兵たちは、それぞれ互いの持つ銃身を交差させる交代の合図をし、一人ずつドアの両側について警備位置につく。
作法はやはりミッドチルダと地球では異なるが、おおむね、どちらもそれは理解している。
会議室に入った将官たちは、四角いテーブルを囲み、一番奥の上座の席の横に立って待っていた、礼装の軍服を纏った若い男の姿を見た。
この艦の艦長である。
若輩であろうが、しかし実戦経験は自分たちと同じくらいか、それ以上あるかもしれない。
同時に、軍人としてどこか違う、組織のシステムに縛られていない、若い煽動家のようなカリスマ性を持っていると嗅ぎ取っていた。
「ようこそ、“クラウディア”へ。私が本艦の艦長、クロノ・ハラオウンです」
クロノの英語は、今までアメリカやイギリスを訪れていた他の異星人に比べてずっと流暢でなめらかだ。教養ある者から学んだであろうことがよくわかる、正統派のクイーンズイングリッシュである。
かつてギル・グレアムに師事したというこの異星人の提督が、自分たち地球人をどのように見ているのかというのはイギリス軍人たちにとっても興味をひかれる事柄である。
異星人、すなわち他の惑星に住む人類。
それが今この場にいるということは、彼らは何万光年もの距離を航海して自分たちの母星から地球までやってきたということである。
しかし地球の宇宙船では、彼らの船についていくことができない。何光年どころか、1天文単位を飛ぶのにさえイオンエンジンをちびちびと噴射して何日もかけなければならないのである。
グレアムは、西暦2005年末に日本で起きた異層次元航行型機動兵器の暴走事件に際してその責任を問われ、管理局を退いたと聞いていた。
実際にはそのとき管理局とイギリス政府の間に何らかの取引があり、グレアムは次元世界各国の追及を逃れるべくこの地球─彼らの呼び名では第97管理外世界─に隠遁した。
その後も、表向きには医療福祉活動に携わる資産家という暮らしを送っていたグレアムだったが、西暦2023年、ついにその活動の実態が次元世界の多国籍大企業の幹部たちの知るところとなり、地球と管理局のつながりを挫くべく刺客が送り込まれた。
42:EXECUTOR ◆mhDJPWeSxc
12/04/23 22:32:33.14 WUrWJ6FH
もともとイギリス軍人ではない民間の人間であったが、アメリカが主導した管理局との交換留学計画─民間の都市伝説ではプロジェクト・セルポというのが著名であろう─に参加するにあたり、グレアムも短期間ながらイギリス海軍で幹部養成課程を受けている。
年長の将軍の方はグレアムとは直接面識はなかったが、名前程度は耳にしていた。
その彼が、異星人の暗殺者に襲われ、命を落とした。
夥しい短機関銃の弾を撃ち込まれ、自宅ごと爆破された。異星人たちの星─ミッドチルダでは、拳銃サイズの携帯武器であっても粒子砲の類が使われ広く普及しているが、ずっと入手しやすいであろうそれを使わず、あえて地球製の銃を使って殺害した。
地球上に存在しない武器を使っては、異星人の関与がすぐに疑われてしまう。これも当然のことだ。
事件後、イギリスに派遣された異星人の捜査官はアメリカFBIと協力し、問題の暗殺者─“キャンサー”という暗号名で呼ばれている─を捜索している。
少なくとも、イギリス国内に未だ潜伏していると考えられる。
これまで太陽系内には管理局の巡洋艦が常時滞在しており、それらの警備艦艇が取り締まっている航行艦船記録によれば、2023年11月以降、民間の次元航行船が地球を訪れた事例はない。
地球と次元世界の間にはもちろん定期便などは運航されていないし、次元世界の人間が地球を訪れるには厳しい審査を経て承認されなければ宇宙船を飛ばすことはできない。また、その審査も実質パスできる人間はいない。
もし企業がひそかに送り込んだ工作員がいるならばこれより前のことであり、またグレアム殺害事件以降管理局は民間船の渡航を全面禁止したため、異星人の暗殺者は地球から外に出ていないと考えられた。
いかに異星人でも星から星への移動には宇宙船が必要であり、転移魔法などのいわゆるテレポーテーション技術を持つ者でも単独での次元間ワープは不可能である。
FBIによる捜査の結果、イギリス本土には現在稼動している転送ポートもなく、次元世界の人間が立ち入ることは不可能であると結論付けられた。
闇の書事件に先立つPT事件で、次元航行艦を使わずに移動可能なよう設置されていた転送ポートは海鳴市内のものを含めてすべて破壊処分され、これ以降、次元航行艦によるサポートなしに人間の魔導師が地球に侵入することはできないようになっていたはずである。
当直のために発令所にいるヤナセ航海長を除くクラウディア幹部士官たちが会議室に集まり、イギリス空軍将官たちはクロノの正面の席に案内された。
クロノの隣には、軽いウエーブのかかった青い髪の副官がいる。ウーノという名前の彼女は他の幹部たちと同じように礼装の軍服を着ているので、彼女がこの艦のナンバー2であるということだ。
「どうぞ、掛けてください」
ウーノが着席を促し、二人の将官は席につく。
既に現場の諜報員などから聞き及んでいたことではあるが、同じヒューマノイドであっても地球人と異星人(次元世界人類)では外見に若干の差異がある。
皮膚は角質の含水量が多く表面の皺状構造が目立たない膜状であり、体毛は色素の種類が多く多種多様な色をしている。地球人では基本的にメラニンのみが発色しているが、次元世界人類ではこの他にもいくつかの色素がある。
また骨格としては四肢が良く発達し頭部が大きく、感覚器の中で特に眼球が大きく逆に鼻と耳は小さめである。
これらの特徴はミッドチルダ人でとくに顕著であり、古代ベルカ系の遺伝が濃い人種では若干地球人に近い、鼻筋の通った彫りの深い白人系の顔である。
並んで立てば、確かによく見ればわかるといった程度だが、この程度の差異では街の人ごみに紛れ込んでいても気づかれないだろう。
43:EXECUTOR ◆mhDJPWeSxc
12/04/23 22:38:25.92 CI4xaZF2
地球の一般的な人間からすれば、宇宙人といえば往年のタコ型火星人や、SF映画などで描かれるグレイタイプを思い浮かべることが多いだろう。
しかし少なくとも次元世界人類は、地球人とほぼ同じ外見をし生物学的にも、遺伝子分析などの結果から見ても同じヒトと呼んでよい種族である。
異星人研究ではノルディックと呼ばれているタイプに該当するであろう。
次元世界─ミッドチルダという異星人たちの星間国家の中心となる星では、これら様々な星に住む人類たちの似通った形質についても研究が進んでおり、あるひとつの超古代文明が現在の人類の祖先として存在したという仮説が立てられている。
その超古代文明は何らかの原因で既に滅びたが、彼らはさまざまな惑星に子孫を残しており、それぞれの星で再び文明を興したというものだ。
この説に基づけば、高々1万年程度では、人体の形質はさほど大きくは変わらず、交配不可能なほどに種が分化してしまうこともない。
ミッドチルダ人の滑らかな皮膚形質は、魔法使用に適した変化であると考えられている。
「我々が最優先すべき目標は地球軌道に滞在している敵機動要塞の破壊です」
若い空軍将官が先に発言した。
この場で、話し合いの主導権を握ることがまず重要である。ただでさえこちらは科学技術的に、戦力的に不利な立場である。
異星人が何らかの要求をしてくるのかわからないが、それに簡単に応じることはできない。
「われわれの艦隊は300隻近い戦闘艦をあの要塞に向かわせました。しかし、要塞の破壊は未だなされないままです」
クロノが応じる。われわれとはミッドチルダ・ヴァイゼン連合艦隊であり、地球人に対する次元世界人類である。管理局ではない。
地球からは、ソ連のR-7熱核弾頭ミサイルを12発も命中させている。ソ連だけでなく、現在の地球が保有するほぼ最大といっていい威力を持つ兵器だが、これをもってしてもインフェルノを完全破壊するには至らなかった。
しかもこの攻撃の際に異星人の艦隊を巻き添えにし、そのうちの1隻が日本に墜落した。正確なところはまだ伝わってきていないが、死傷者も当然出ているだろう。
ソ連による再攻撃、もしくはアメリカのミサイルによる追撃は困難である。
「ミッドチルダとヴァイゼンの連合艦隊です。ミッドチルダについては既にいくらかをご存知かと思いますが」
ヴァイゼンというのはイギリスにとってもほぼ初めて聞く国名である。
異星人の星間文明、次元世界連合ではそのほとんどで惑星1個につき1つの政府を持つ統一国家であり、次元世界では一般的にはひとつの有人惑星をひとつの国家とみなす。
次元間航行によって様々な技術レベルの星の人々が互いに行き来できるという事情から、発展途上国などでは大都市に作られた中央政府が各地の町や村を都市国家群としてまとめあげる政治体制をとるケースが多い。
次元世界はそれぞれの番号を持っており、ミッドチルダは第1世界、ヴァイゼンは第3管理世界である。
これは若い番号のほうは管理局に加盟した順番とほぼ一致しているが、後のほうになるほどその規則は崩れ、再発見や分類変更などで順番が入れ替わった世界が多い。
地球は、管理局による正式な呼称では『第97管理外世界テラリア』という。
「同規模の機動要塞は既に他の次元世界各国へも進出が確認されています。敵は、地球だけではなく全宇宙の人類を絶滅させることを目的にしているというのがこれまでの接触および交戦で得られた予測です」
「そのような敵が……ハラオウン艦長、彼らはエイリアンなのですか。それとも米軍の情報どおり、宇宙怪獣なのですか」
「彼ら、バイオメカノイドは人間ではありません。また有機生命体でもありません」
「無機物、機械であると」
「無機生命体である可能性があります。これに関してはわが管理局でも分析の途上ですが、彼らは概ね、人間を識別し狙うことができる能力を備えた非常に攻撃的な性格を持つロボットです。
また生命体としてみた場合の耐久力も高く、一般的な対人武器では倒しきれません。艦砲や戦車砲などの大口径の武器を使用する必要があります」
44:EXECUTOR ◆mhDJPWeSxc
12/04/23 22:41:31.60 CI4xaZF2
地球の英語と比較した場合のミッドチルダ語との差異を吸収できるよう、クロノはそれぞれ『バトルシップに装備されたガン』、『ビークルに装備されたガン』と表現した。地球では、武器を指してデバイスという呼び方はしない。
また、ミッドチルダ語ではバトルシップという言葉は特に断りがない限り次元航行艦のことをさす。次元航行艦は多くの艦種で大気圏内飛行能力、水上航行能力、またある程度の潜水能力を持っている。
バイオメカノイドは人類の持つ力をたやすく超えてくる敵である。インフェルノは全長100キロメートル、全幅全高25キロメートルの威容を持ち、内部の体積は小国の領土がすっぽりおさまってしまうほどだ。
その中に、人類を殺戮する本能を持ったロボットや怪獣たちが無数にひしめいているのである。
「アメリカが打ち上げた宇宙探査機─ボイジャー3号が彼らの巣となる惑星を発見しました。ミッドチルダの探査機も同時にその惑星に向かっており、現在、共同で観測を行っています」
「NASAが調べているのですね」
「そうです─そのように、伺っているはずです」
アメリカとイギリスは完全に連携が取れているわけではない。クロノもそのあたりの感触を、会話の流れから探っている。
空軍将官たちも地球の内部事情をあまり探られてしまうわけにはいかない。あくまでも地球は統一された意思を示すことが必要である。
既に着陸作業中の間にも、バフィン湾にて交戦中の米第2艦隊から連絡が届いており、想像を絶する数の小型バイオメカノイドが大気圏内に降下しつつあると報告されていた。
ユスリカのような姿をした羽虫型の個体で、口吻のような部分から高速プラズマ弾を発射する。
その威力はジェット戦闘機を容易に粉砕し、米ソあわせて20機近くの戦闘機が撃墜された。
現在、バイオメカノイド群は海上を飛びバフィン湾を南下、一部は既にラブラドル半島に上陸した。
バイオメカノイド群が飛ぶ様子を目撃した住民からの報告では、まるでイナゴの大群のようだったという。
アメリカは陸軍部隊をカナダに移動させ、防衛陣地を構築している。
これも、人間の兵士が生身を敵前に晒すことは非常に危険な行動である。バイオメカノイドは艦艇や航空機などに対してはただの金属物体としか見えないのか積極的に攻撃してこないが、人間に対しては非常に高い攻撃性を持つ。
ジョン・C・ステニスでも、甲板に出ていた作業員がユスリカに飛び掛られ、4人が頭や手足を食いちぎられ、他にも何人かが海に転落していた。敵は空母そのものには興味を示さず、乗っている人間だけを攻撃してきていた。
兵装が攻撃されにくかったのが幸いし、現在ジョン・C・ステニスはCIWSで艦そのものは防御できているが甲板上の作業は不可能になっていた。ファランクスとパルスレーザーで自艦の甲板上を掃射したため甲板員が巻き添えになり、露天繋止していた機体も破損した。
人間相手の戦い方は通用しない、特殊な性質を持つ異形の生物である。
突如宇宙より飛来した。地球のほとんどの人間にとってはそのような印象であろう。アメリカや日本などの一部の政府高官や軍司令部の人間などは知っていたか、予想していたかもしれない。
しかし、少なくとも単なる基地司令のレベルには情報が降りてこなかった。
イギリス政府中枢はバイオメカノイドの存在を知っていて、それで管理局艦をこの空軍基地へ迎えるよう指示したのかもしれない。
今、この場で自分たちが出来ることは、敵バイオメカノイドへの対処方法について管理局に仰ぎ、指南を受けることである。
45:EXECUTOR ◆mhDJPWeSxc
12/04/23 22:46:03.59 CI4xaZF2
クロノは手元の情報端末を操作し、会議卓の中央に立体映像を投影した。
これはティアナが撮影した、アルザスにおける撤退戦の様子である。
ティアナの操縦するエグゼキューターは、クラナガン中央第4区での戦闘の後、惑星TUBOYに立ち寄ってから敵輸送船団を追跡してアルザスに向かい、派遣されていたL級の戦闘の様子をひそかに撮影した後で第97管理外世界を訪れた。
アルザスでのバイオメカノイドの侵攻速度や移動パターンなどを観測した後、インフェルノ追撃を開始したということである。
アルザスに現れたのは小型個体とドラゴンなどの大型個体であり、輸送船団が直接地表に降下はしなかった。
軌道上にいた管理局のL級巡洋艦にも向かっていかなかったことから、おそらく敵輸送船は対艦攻撃能力が低いとみられた。
キャロのヴォルテールをはじめとした、アルザスの地元魔導師たちが使役する大型竜によるブレス攻撃で、カメラの画角いっぱいの範囲がいっきに爆発した。
地球で用いられるサーモバリック爆薬にも匹敵する規模である。
「これは地球時間で60時間前に撮影されました。われわれの次元世界連合に加盟する世界─第6管理世界です。
バイオメカノイドは最初の出現から24時間以内に、直径7200キロメートルの大きさを持つこの惑星すべてを埋め尽くしました」
空軍将官たちは表情を強張らせ、それでも動揺を押し殺して映像を見つめる。
わずか1日で惑星全土を埋め尽くすということは、地表全域にわたって同時多発的に出現したということである。
現時点の地球に、もしこれと同じ規模で敵が出現すれば、おそらくどこの国の軍隊も対応できないだろう。それは、地上最強を誇るアメリカ軍であっても同じだ。
「これは7日前の第6管理世界の衛星画像です。そしてこれが─現在の様子を、同じ位置から撮影したものです」
最初にかつてのアルザスの様子が翡翠色の惑星として映し出され、次に赤黒い血液の滴のような画像に切り替わった。
バイオメカノイドの個体量が増え、地面に堆積したことで、惑星の形状が完全な球ではなく表面がでこぼこになっている。
この色は削られて深成岩までが露出した地殻と、ワラジムシなどの節足動物型の個体の体表の色が混ざり合ったものである。地下から摂取した鉱物元素の結晶が赤い色を出し、光を吸収して星全体を黒く見せている。
地球は、宇宙空間からは大気の反射で青黒く見える。かつて世界初の宇宙飛行士ガガーリンが言ったように、地球は、宇宙からはとても美しい青い星に見える。
このアルザスという次元世界も、かつては美しい翠の星だった。
それが、バイオメカノイドによって見るもおぞましい姿に変えられてしまった。
赤褐色の星は、たとえば火星や金星のように、生命の存在を許さない苛酷な環境という印象を与える。
わずか1日間で、人間が住む惑星1つが壊滅してしまった。
それはこれまでの地球人の認識では、“世界が滅亡した”と表現されるだろう。
まさに恐るべき力である。第6管理世界の人口がどれくらいかは地球では知られていないが、それでも、想像するのも厭になるほどの数の人間が死んだだろう。
「現在、ミッドチルダ海軍ではこの第6管理世界において生き残った全住民を別の世界へ避難させ、バイオメカノイドに対する有効な兵器や戦術を探る実験を行おうとしています」
「実験……実験ですか!?あの星を使って!?」
思わずイギリス空軍将官は聞き返した。
つい数日前まで人間が暮らしていた星に、あらかじめ住民は避難させるとはいえほぼ好き勝手に兵器を撃ち込むというのである。敵を倒すためではなく、兵器の威力を確かめるために。
かつての地球でも、南太平洋の島などで米英仏など各国が核実験を行い、放射性降下物をはじめとした環境汚染によって大変な非難を浴びている。その影響は2024年の現代でも残り続けている。
46:EXECUTOR ◆mhDJPWeSxc
12/04/23 22:48:34.43 CI4xaZF2
アルザスは既にバイオメカノイドによって蹂躙しつくされ、もはや人が再び住めるように環境を復元することは不可能になっている。
バイオメカノイドを倒しても、彼らの死骸が地表を埋め尽くし有毒物質に大地が汚染されている。
都市は全くの更地になり、また地表を更地にしてしまうほどの威力の攻撃でなければ敵は倒せないだろう。
人間や他の動植物は、液体の水や酸素の大気がなければ生きていけない。
しかしバイオメカノイドの生存にはそれらは必要ない。岩石や金属を噛み砕いて直接肉体に作り変える。それは機械をつかって鉱山の資源を掘りつくすように、惑星を穴だらけにしていく。
アルザスはもはや人の住める世界ではない。
地球でも、鉱物資源を月や他の小惑星などから採掘しようというアイデアが宇宙開発の意義として提唱されていた。
現代人類はそこまで無茶はしないかもしれないが、かつての産業革命時代の頃は、あのように乱暴に地球を掘り、鉄や石油や、銅や石炭を掘り出し、木々を切り倒して土砂を積み上げ、地球を穴だらけにしていたのだ。
「現実には兵器の性能、カタログスペックだけでは戦えません。配備されているというだけなら、惑星を一撃で吹き飛ばすミサイルもミッドチルダは保有しています。
しかし、軍縮の流れからその実戦使用は厳しく制限され、現時点でもそれを使用するための各国のコンセンサスは得られていません」
「確かに─いくら危急のときであっても、現場の人間の判断だけで核ミサイルを撃つことは─できませんね」
言いかけて、イギリス将官はソ連のR-7発射を思い出し言葉をやや止める。
あれは実質的にはソ連が独自に行った攻撃だが、最終的にはアメリカと日本が承認した。
米ソを含む核保有国はホットラインで核使用の認識を確かめていたし、いったんはミサイル防衛の手順に従いスタンダードミサイルが発射されたが、ホワイトハウスの直接命令により迎撃は中止された。
次元世界で少なくとも公式にバイオメカノイドの襲撃が認知されたのは新暦83年12月8日、クラナガン宇宙港での戦闘が最初だ。地球時間でもまだ1ヶ月ほど前のごく最近である。
バイオメカノイドの存在そのものはすでに知られ、民間企業を使って調査を行っていたが、その過程で不意の事故によりバイオメカノイドが目覚め動き出した。
当初想定していたよりもそれははるかに強大であり、敵の本格的起動をさせずに破壊しようとしたLZ級戦艦アドミラル・ルーフによるアルカンシェル砲撃にも、惑星TUBOYは耐えてしまった。
初手で敵を抑えきれず、その後の増殖を許す猶予を与えてしまったことになる。
ミッドチルダも、まだ対応方針を打ち出すことができないでいる。
しかし管理局の捜査に対抗しなければならないという事情から、ほぼ泥縄的に艦隊は編成され出撃した。
それがインフェルノを追って第97管理外世界までやってきたのである。
クロノはそんなミッド・ヴァイゼン連合艦隊の決断の遅さを利用して、彼らを戦いに駆り立てることに成功した。
ミッドチルダ、そしてヴァイゼンは、いよいよ本気になって対バイオメカノイド作戦を検討しなければならなくなっている。
最初に考えていたように、あくまでも秘密裏にサンプルを持ち帰るということはできなくなった。管理外世界への正規軍進出が知られてしまった以上、これに正当性をもたせることができなければ、ミッドチルダはこれ以上戦うことが出来なくなってしまう。
軍を動かし続けることに、各国からの、ひいては自国民からさえも信用が得られなくなってしまう。
体面を気にして生存競争などやっていられるかとも、前線の人間ならば考えるだろうが、実際、現場と政府首脳の認識の違いが、クロノに付け入られる隙であったことは事実だ。
47:EXECUTOR ◆mhDJPWeSxc
12/04/23 22:51:05.39 CI4xaZF2
次元世界連合と管理局理事会の決議を待たず独断専行で次元世界各国へ介入し、それでバイオメカノイドを撃破できたとしても、その後数十年、下手をすれば数百年以上も、ミッドチルダはその十字架を背負い続けなくてはならなくなる。
古代ベルカのように、国が消滅したから責任も消滅した、というわけにはいかない。
敵が現れたからといって、ではすぐに最大戦力で迎え撃て、ということは現実的には、事前の情報があったとしてもとてもではないが不可能なことである。
「ハラオウン艦長、我々は少しでも戦力の拡充を急ぎたい。わがイギリス以外にも、世界各国で先進兵器や古代の発掘兵器などの研究が行われています。
管理局は、それらを承認しているという認識でよろしいのでしょうな」
「ええ。─地球は、大変優れた技術を持っています」
クロノは、言葉をゆっくりと、かみ締めるように述べた。
それは今でも次元世界の一部過激派に屯する、魔導兵器をもって地球を属国化し、質量兵器を駆逐すべしという旧態依然とした考えを挫くという意志の現れである。
確かに、現在の管理局の公式見解では地球に魔法文明はない。
しかしそれはあくまでも表面的なものである。
同じ技術でも、次元世界では魔法と呼ぶものを地球では魔法と呼ばない。
粒子加速器やレールガンなどは、次元世界では電撃魔法や砲撃魔法として扱われている。魔導兵器、質量兵器という区分は純粋に政治的な都合であり管理世界、殊更にミッドチルダの都合による呼び名である。
たとえば、明らかに航空母艦としての能力を持つソ連キエフ級が、ボスポラス海峡通過のために対外的に巡洋艦を名乗っているようなものだ。もしくは日本における護衛艦という呼び名もそうだ。
ズムウォルト級が装備するプラズマレールガンや、各国戦闘機のパルスレーザーなどをミッドチルダの市民が見ればあれは砲撃魔法だと認識するだろう。
地球における魔導兵器開発において、ほぼ唯一といっていい最後の技術的関門であった飛行魔法についても、X-62の実戦テストによりクリアされた。
あとは大量生産の習熟に専念すればよい。
現在ですら、軍が用いる兵器の中で最も最先端のテクノロジーを注ぎ込まれる戦闘機なら、パイロットは超音速で飛びながら各種の情報を処理するまさに魔法のような技術に囲まれている。
大推力を発生するエンジンは、古くから使われてきた石油燃料を使用するジェットエンジンだけでなく熱核タービンエンジンが作られており、航空機における機内容積と重量を大きく占める燃料タンクを不要にすることで戦闘機の能力は格段に向上している。
さらに宇宙船用として普及したイオンロケットから派生したプラズマロケットエンジンも、次世代型SSTOのメインエンジンとして有力視されている。
古くはRQ-1プレデターに始まり、RQ-170センチネルやX-47ペガサスなどで完成された無人自律飛行能力も、パイロットの負荷を軽減し、結果として一人のパイロットがこなせる作戦任務の範囲が大きく広まった。
デジタルコンピュータとそれがもたらす情報処理能力はまさに魔法と呼べるだろう。そして地球人はそれを使いこなすノウハウを、どこの次元世界よりも蓄積している。
かつて人間が搭乗する有人戦闘機はパイロットの肉体的な限界があるので無人機に取って代わられると考えていたが、この現代では数々の技術的ブレイクスルーによって、再び有人機が戦場の主役になろうとしている。
ミッドチルダ陸海軍および管理局における航空隊の訓練では、空中戦闘機動による荷重制限を27Gと定めている。また空戦魔導師が使用するバリアジャケットは最低限27G機動に耐える慣性制御能力を備えることとされている。
地球製戦闘機の場合、米空軍および航空自衛隊のF-15で18G、F-22で21.5G、ソ連空軍Su-35で16G程度が目安とされている。
例外的にX-62では、試験機のため構造強度に余裕を持たせ機体そのものは180G程度まで耐えるが、操縦システムに制御が入るため掛けられる荷重は70Gまでに設定されている。
単純に魔導師と戦闘機を比較はできないが、おおむね、地球由来の技術は次元世界でも高い評価を受け、それだけにミッドチルダやヴァイゼンからしてみれば少々非合法な手段を使ってでも手に入れたい、まさに垂涎の的である。