20/04/14 13:31:16 CAP_USER.net
3世紀に奈良盆地で成立した「ヤマト王権」のルーツは、女王卑弥呼(ひみこ)が治めた邪馬台国ではないとする新説を、奈良県の坂靖(ばんやすし)・文化財保存課主幹(考古学)が打ち出した。新著「ヤマト王権の古代学」(新泉社、本体2500円)で、奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡を邪馬台国の有力候補地とすることに疑問を投げかけ、近年の発掘調査の成果に基づいて、ヤマト王権が日本列島各地に勢力を広げ、権力の仕組みを完成させていくプロセスを検証した。5月2日には朝日カルチャーセンター中之島教室(大阪市北区)で記念講座が開かれる予定。
坂さんは長年、奈良県橿原(かしはら)市の県立橿原考古学研究所(橿考研)に勤め、県内各地の遺跡の発掘調査にあたってきた。新著では県内各地を中心とする発掘調査の成果を踏まえ、考古学の立場からヤマト王権成立の謎に迫った。
近年、奈良盆地東南部に位置する纒向遺跡からは、3世紀前半では国内最大規模とされる大型建物跡や、木製仮面、ベニバナ花粉などの重要な発見が相次いでいる。卑弥呼の墓との説もあり、最初に定型化された大型前方後円墳とみられる箸墓(はしはか)古墳も遺跡内に位置する。この纒向遺跡に、中国の史書「魏志倭人伝(ぎしわじんでん)」に登場する邪馬台国の政治中枢が置かれ、それが発展して初期ヤマト王権が成立したとみる見方が、考古学者を中心に強まっている。
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