09/10/14 23:43:14 Wdpg2AOA0
2009年10月7日 東京新聞 朝刊 11版23面
本音のコラム 母親の反社会的行動 斉藤学
鎌田慧氏の著書「橋の上の『殺意』」を素材にした二時間のシ
ンポジウムは忽ちのうちに過ぎた。議論を深めるには時間が足り
なかったが、鎌田氏とは昼食を摂りながら話を続けた。話題は専
ら「当事者」として参加して頂いた二人の母親のこと。彼女たち
を選ぶに当たっては、「子どもが邪魔」という母と、「子どもこ
そ命」という母との対比を考えたのだが、この日の議論を通じて
両者とも同じと気づいた。
当事者の一人はファッションの本場でそれなりの評価をかちと
った経験を持つ。祖国を離れて十年、苦節の末に掴んだ栄光。し
かし当初の目標を遙かに超えたところに到達した彼女を襲ったの
は限りない疲労感、そして恐怖だった。これから先もまた苛酷な
レースは続くという疲労感と、負ければ地位を失うという恐怖で
ある。
そこへ十年前の自分と同じように頼りなげな日本青年が現れた。
彼女は妻と母という役割を選ぶことを決断し、レースから降りて
帰国した。それから七年、彼女は三人の子の母になったが、非合
理な窃盗を重ねて今、実刑を待つ身である。病的窃盗の基盤には
怒りがある。この女性の怒りは七年前の自分の決断に、やさしい
夫に、大切にしている子どもたちに向けられている。しかしそれ
を認識したくはない。非合理な反社会的行動は、この種の否認か
ら生じる。(精神科医)