09/12/08 20:45:39 z3zbhBMn
論考ハケーン!!!
大倉崇裕「福家警部補の挨拶」を読んだ。
フーダニットにしても、謎解き主眼の倒叙ミステリ(本作品集はこれ)にしても偶然性に
頼った要素が強い程つまらないものになるが、その典型例とも言い得る。
偶然や後出しの手がかりが多過ぎで、いかにプロ作家の手になるものとはいえ、
東京創元社のようなミステリの老舗から出すべき本だったのか大きな疑問を抱かざるを得ない
ものがあった。
久々に大好評な収録作品全話講評逝ってみよう!!
・「最後の一冊」
本への血痕の付着具合への着眼という面白い細部は存するものの、
犯行当日がたまたま蒸し暑い雨の日ゆえだったゆえ解決という展開そのものに萎えるし、
更にこれに偶然性がいくつか積み重ねる(たまたまその日に入手、たまたまな故障等)のだから
これはかなわない。
そもそもガイシャの侵入経路をどうするかにつき念頭に無いのもどんなものか?
・「オッカムの剃刀」
収録作品中では最大のボリュームの作で、最近NHKのドラマ化もあり。
(残念ながら、事件解決のキーマンとなる美しきナッキー演じるJDは原作には登場しない)
解決部分は刑事コロンボの「逆転の構図」ねた。
だが、煙草の箱とライターの関係性は事前に読者に見せておくべきものであり、
決め手である以上、アンフェアの批判は免れ得ないものがある。
本家(コロンボ)の良作は、何気なく手がかりを見せるのが非常に巧いのだ。
(例えば「ビデオテープの証言」における招待状)