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凶器になる言葉 (朝日新聞、天声人語)
『言葉を友人に持とう』という短文が、詩歌や劇作で活躍した寺山修司にある。〈言葉をジャックナイフのようにひらめかせて、人の胸の中をぐさりと一突きするくらいは朝めし前でなければならない〉と、少々物騒なことを書き残している
▼過激な一節はむろん、天才的な言葉の使い手だった寺山の自負である。〈マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや〉。詩歌や言葉の数々は、多くの人の心を一突きにして、忘れがたい印象を残した
▼だが、心ない者がナイフを振りかざすと、人を死に追いやる。上司から「給料泥棒だ」「存在が目障りだから消えてくれ」などと言われ続けた会社員が首をつった。東京地裁は一昨日、暴言と自殺の因果を認め、労災と判断した
▼「会社を食い物にしている」「お前のカミさんも気がしれん」。残された遺書には殺伐とした言葉が並ぶ。口をつく言葉は、音や調子しだいで、字づら以上に凶暴になる。浴びた側の心の傷を、裁判長は「人格や存在自体を否定するものがあった」と指摘している
▼「褒(ほう)する辞は限りあれども、貶(へん)するに限りなし」と言われる。ほめる言葉に比べて、けなす言葉はいくらでも湧(わ)いて出る。人間の性(さが)を突く卓見だろう。その性を野放しにしたような世の上司には、今回の認定は厳しい警告だ
▼冒頭の文で寺山は、言葉は薬でなくてはならない、とも書いている。〈深い裏切りにあったあとでも、その一言によってなぐさむような言葉〉である。けなすだけでは上司の器ではない。
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