09/06/22 20:34:58 Pu3Byprh
二人扶持だから貧しいのではなくて、100石程度以下の武士は誰もが
かつかつの生活だったといわれている。二人扶持ということは、自分以外に
与えられた扶持で家来を一人雇うことを義務づけられていたってこと。
でも相場的に家族と家来を養うに足りるものが支給されていたのだから
生活はできたのだろう。
二人扶持なら小さいながらも屋敷を拝領されているだろうから、
そこに賃貸長屋を建てて賃貸料を取ったりしてた武士もいたそうだ。
極貧というのが、どこを視点にするかによるよ。
二人扶持だって安定した扶持米をもらえるわけだし、家来を従うことができる身分
なんだから、百姓の極貧とはレベルが違う。