09/02/16 19:14:34 rYxdWjr8
>>73
江頭豊の父親
たしか江頭家も鍋島班の下級武士という事になっているが、確かではない
他ならぬ小和田優美子の従兄弟、江頭淳がそう言っている
系譜
江頭氏 江頭姓は「えがしら」のほかに「えかしら」、「えとう」と読み、佐賀県、福岡県など九州北部の各県に多い。
江頭家は江戸時代、佐賀藩主鍋島家の家臣だったとされている。
しかし、弘化二年(1845年)、元治元年(1864年)の二種類の佐賀藩侍着到に江頭嘉蔵の名は無い。
嘉蔵の曾孫江藤淳は江頭家について「手明鑓(てあきやり)」という身分の藩士だったのだろうと推測している。
手明鑓は平時は無役だが、戦時には槍や具足を携えて戦場に赴く者たちを指す。
しかし、嘉蔵以前の系図や史料が一切存在しないため、嘉蔵が「手明鑓」であったか否かを含めて、
ルーツや俸給などはまったくわからない。嘉蔵以前の系譜は、現在までのところ、明らかになっていない。
┏江頭範貞
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江頭嘉蔵━┫
┃
┗江頭安太郎 ┏江頭隆━江藤淳
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┣━━╋古賀博
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古賀喜三郎━米子 ┗江頭豊
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┣━━優美子
┃ ┃
山屋他人━寿々子 ┣━━雅子
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小和田恒 ┃
徳仁親王