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東電 今ごろ事故マニュアル「見過ごしていた」はないだろ… 原発事故から5年
産経新聞 3月13日(日)14時30分配信
URLリンク(headlines.yahoo.co.jp)
なぜこの時期にこんな大事なことが明らかになったのか。東京電力福島第1原発
事故から5年。事故を「最悪」にさせたのは、燃料が溶け落ちる「炉心溶融(メルトダウン)」だが、
東電は事故当初に「損傷」と言い続け、事故を過小評価してきた。実は社内マニュアルに
従えば早期に「溶融」と判断できたのに、5年間も「マニュアルを見過ごしていた」と釈明した。
東電は一体、何度信頼を失ってきたのだろうか。(原子力取材班)
■「何のために作ったんだ?」
「じゃあ、マニュアルは何のために作ったんだ? 事故前から事故につながるような
東電の体質が表れていたのでは。深刻に反省してもらう必要がある」
原子力規制委員会の田中俊一委員長は3月2日の定例会見で東電を厳しく批判
した。
東電のマニュアル問題は、国会にまで波及する。参議院予算委員会は3日、
東電の広瀬直己社長を参考人として呼んだ。
広瀬社長は「マニュアルは、業務を遂行する人間は当然知っていなければなら
なかった」と頭を下げた。その上で「隠蔽するということではなかったと考えている。
しっかり調べて再発防止をやっていきたい」と述べ、事実の解明は第三者を交えた
調査委員会に委ねるという。
発端は2月24日、東電側から担当記者に「福島第1原発事故当時の通報・報告
状況についてレク(記者会見)をしたい」と連絡があったことだ。
この「通報・報告」という伝達方法には問題がある。取材班もはじめ、今頃原発
事故の通報について何を説明したいのか分からなかった。
ところが担当記者に説明に訪れた東電の白井功・原子力・立地本部長代理は
「社内のマニュアルに、炉心溶融の判断基準があった」とおもむろに話し出した。
一転して、「大ニュース」となり、各社の記者の動きがにわかに慌ただしくなった。
■「官邸になぜ知らせないんだ!」と怒鳴り声
時計の針を5年前に戻してみよう。なぜ東電は炉心「溶融」ではなく「損傷」と
言い続けたのか。
平成23年3月11日に発生した原発事故ではその日の夜に政府が「原子力
緊急事態宣言」を発令した。
その後の解析では、その日のうちに1号機で炉心溶融が始まっていたことが
推測されている。翌12日には、当時の原子力安全・保安院の審議官が「炉心溶融が
ほぼ進んでいる」と溶融の可能性に言及した。民間事故調査委員会の報告書が、
当時の民主党政権内の混乱ぶりの様子を詳しく記載している。
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