06/12/20 23:02:31 3vR8JiDx0
>>516
宗教的発想は、病気ではありません。
確かに人間の遺伝子には厳しい環境への適応による進化の結果、
遺伝的に宗教の受け皿が獲得されてきたことは否めませんが、これは病気の類ではありません。
病気云々はともかくとして宗教遺伝子の研究はDean Harper氏の著書The God Geneに書かれています。
上記で検索すれば恐らくソースも見つかるでしょう。
分かり易く説明すると人間にはもともと、万物を擬人化して思考する、
アニミズム的思考モードが用意されているだけなのです。
神や仏は、擬人化表現された、仮想の象徴的人格なので、
言葉と同じような、思考の対象となるシンボル(記号)にすぎません。
仮想の人格を用いて、万物を記号(シンボル)化するメリットは、
通常の言葉では表記できない、対象との相互作用や、元型(集合的無意識)が持つ力動作用を、
意識上で積極的に扱える点にあります。
たとえば、「人を愛する心」という言葉を意識上にイメージ(想起)しても、
「人を愛する心」という心的存在と、自分の間に生じる相互作用を意識上でイメージ出来ません。
ところが、人を愛する心を擬人化して、
「恋のキューピット」という仮想的なイメージにより、彼女との間で、さまざまな対話を試みることで、
「人を愛する心」と自身の間に、さまざまなコミュニケーションを仮想することが可能になり、
積極的なイメージトレーニングの思考を展開していくことが出来ます。
好きな女性にどんな言葉でプロポーズするのが最も良いか、彼女とシミュレーションしてみたり、
どんなプレゼントをすると女性は喜ぶのか、彼女に質問してアドバイスを得たりと、
いろいろ考えを巡らせることが可能になるのです。
これは、「人を愛する心」という言葉をただ意識上にイメージ(想起)しただけでは、
不可能なことです。