05/10/31 21:35:09
─彼は、暗黒の世界で、救世主に仕えていた。
彼の心には、暗黒の穴が開いていた。どこへ通じているか、自分でも分からない穴。
バリバリ裂けるドス黒いクレバスのような、暗黒の穴。
彼は時に、その穴に自分自身が頭から飲み込まれ、そして何もなくなってしまう、
そんなクラインの壷のような白実夢を見て恐怖し、そのたびに彼の救世主に祈った。
彼の救世主はそのたびに彼を認め、彼を慰めた。
─何も心配はない、君は、私に必要な存在だ。
彼は、救世主以外の何者も必要なかった。救世主は、彼にとっての全てだった。
彼の屋敷には、いつしか昼も閉ざされるようになった。窓には全て分厚いカーテンが引かれ、入り口も塞がれた。
彼は、彼に近しいものにその意図を問われると、救世主は太陽の光を恐れるから、と答えた。
君を救えるのは君だけだ。救世主などここにはいない。ここには、君しかいない─
救世主を愚弄され、彼は、彼に近しいものを、彼の暗黒空間へと飲み込んだ。
ある日、彼はほんの少し、ほんの少し開けられた窓から恐る恐る外をうかがい、
事故現場を目撃した。車が、運悪く頭上に落下してきたツララによって大破していた。
車内の紳士は、即死していた。鳥が、上空を旋回していた。犬が、吠えていた。
それを見て、彼は、救世主に危険が迫っていると、感じた。
救世主は、彼に、危険を取り除くように命じた。救世主は、彼に、任せる、と言った。
侵入者は、二人の男と、一匹の犬だった。
彼はまず一人、アラブ系の大男を暗黒空間に飲み込み、そして犬を蹴り殺した。
残る一人、長身のイギリス人は、彼に何事かを叫び、カーテンを開けた。
─生き残った警官と、殺されたその上司、そして警察犬の前で─
彼の世界は、チリのように、消え去っていった。
ヴァニラ・アイス(クリーム)