ネギまバトルロワイヤル10 ~NBRⅩ~ at CSALOON
ネギまバトルロワイヤル10 ~NBRⅩ~ - 暇つぶし2ch443:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/18 09:13:50
24 《 リセット (2) 》

今まさに引き金を引かんとしていた、鳴滝風香(出席番号22番)。
『見知らぬ少女』マナ・アルカナ(出席番号なし)を蜂の巣にしようとしていた風香。
いや見知らぬ相手でなかったとしてとも、容赦なく殺す覚悟を決めていたはずの風香。
―それが今、那波千鶴(出席番号21番)の迫力に、圧倒されていた。
悪戯をして怒られた時、千鶴を怖いと感じたことは何度かあったが。今の迫力は、その比ではない。
その視線に射竦められると、冷たい手で心臓を鷲掴みにされるような感触を覚える。

「……風香。私たちのことは、まあいいわ。
 けれど貴女は、お姉ちゃんでしょう? 史伽のことはどうするの?
 そうやって史伽にも銃を向けるつもり? それとも、血まみれの手で史伽を抱きしめるつもり?」
「ぼッ……ボクはッ……!」
「今すぐそれを捨てなさい、風香」
震える銃口を真っ直ぐ見据えて、千鶴は一歩ずつ、ゆっくり間合いを詰めていく。
千鶴の背後で、浅黒い肌の少女も唖然としているのが見える。
一歩ごとに、千鶴の迫力が増す。一歩ごとに、千鶴の身体が大きくなるような錯覚を覚える。
一歩ごとに、風香の心は大きく乱される。
「こんな小さなマナちゃんでさえ、みんなで帰る方法を考えているのよ?
 誰かを蹴倒して生き残ろう、なんて考えちゃダメ。それじゃ、誰も幸せになれないわ」
「う、ううッ……!」
「どうしてもマナちゃんを撃つというのなら……まず、私を撃ちなさい。
 撃てるものなら、撃ってみなさい」
「うううううッ……!」
さらに近づく千鶴。彼女を止められない風香とマナ。
風香は脂汗を流しながらパニックに陥る。
ちづ姉は正しい。ちづ姉が言ってるのは正論だ。ちづ姉が行こうとしているのはヒトの道だ。
でもあの先生たちも怖い。逆らったら殺される。魔法で殺される。真っ二つにされて殺される―


444:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/18 09:15:25
「う……うわあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁッ!」
そして風香は、とうとう壊れた。限界を超えたプレッシャーに板挟みにされて、ついに壊れた。
絶叫しながら、銃口を千鶴に向ける。
涙を流し大声を上げながら、銃を構え直して千鶴たちに向ける。
もうマトモな思考などない。今後のことなど考えてない。
ただ、今の状況から脱したい一心で。風香はろくに相手も見ずに、トリガーを引く―

「しまったッ……!」
マナは飛び出す。大地を蹴り一気に飛び出す。
しかし距離が遠い。風香の所まで届かない。風香を押さえ込むにはまるで足りない。
マナは咄嗟に、手の中に握っていた『ソレ』を、指で弾いて―
「しかし、間に合うかッ……!?」

「……え?」
千鶴は目を丸くする。
突然叫びだした風香。自分の方に向けられる銃口。
風香の指が引き金を引くのを、スローモーションのように見守る。
撃たれる危険を認識してなかったわけではない。むしろ撃たれる覚悟は十分にあった。
けれど、ここまで風香が追い詰められていたとは、千鶴も知らなくて。
泣き叫ぶ風香の姿に、彼女は思わず、ぽかんとしてしまった。
咄嗟には、何の反応もできなかった。

全ては一瞬。風香が叫びだしてから、一瞬の出来事。
開かれっぱなしの風香の口。絶叫を上げ続ける風香。
そして、その小さな指が引き金を引いて―
湖畔に、1発の銃声が鳴り響いた。


445:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/18 09:16:24

―銃声の残響が消え去れば、そこは元通りの静かな湖畔。
綺麗な林。鏡のような湖面。まるで高原のリゾートのような光景。
そんな中―3人いた当事者たちのうち、その場に立っていたのは、2人だけ。

「チヅルッ!」
「マナ、ちゃん……? 何が、どうなったの?」
背後から駆け寄ってきた少女に、千鶴はぼんやりした口調で問いかける。
見れば彼女の左肩のあたり、制服が少し裂けて素肌が露出し、僅かに血が滲んでいる。
風香が狙いも定めず放った弾丸が、千鶴の身体を掠めていたのだ。
けれど千鶴のダメージは、ほとんどない。彼女が受けた傷は、ただそれだけ。幸運だった。
だが、それよりも―

「風香ちゃんは……どこに行ったのかしら?」
千鶴は、つい先ほどまで風香が立っていた場所を見やる。
―制服が、麻帆良学園の制服だけが、そこに落ちていた。
その中身だけが掻き消えるように消滅して、持っていた銃や荷物は周囲に落ちて散らばって。
主を失った制服だけが、その場に山を成していた。
「……咄嗟のことだったから、手加減できなくてね。
 一撃で決める自信もなかったし、いささか『撃ち過ぎた』かもしれない。だが……」
よく分からないことを言いながら、マナはその制服の山に近づく。
小さな手を伸ばし、モゾモゾ動く布の塊を、めくり上げる。
「……やはり、生きていたか。下手したら胎児にまで戻っているかと心配したんだが。
 『この薬』で殺せるハズはないと思ったよ」

マナが覗き込んだ布の下。なにやら蠢く肌色の生き物。
大雑把に見ておよそ1歳、最大限に見積もっても2歳には達していない、裸の女の赤ん坊。
―それが鳴滝風香の、なれの果てだった。


446:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/18 09:16:58
あの一瞬―
マナは咄嗟に手にしていた青い『年齢詐称薬』を何粒も、風香の顔面目掛けて弾いたのだ。
暗器術『羅漢銭』、これは実は、いわゆる『指弾』のバリエーション。
その技術の本質は、「同じサイズ・同じ形状の弾を連続して弾く」というところにある。
重量や形が同じなら、撃ち方を揃えれば一緒のところに命中する。コントロールが容易になる。
コインを用いるのは、武器には見えぬ外見もさることながら、その形状が揃っているという点も大きい。

そしてサイズが揃っているという1点では、この『年齢詐称薬』も条件は同じ。
ただし、所詮はアメ玉。大した硬さも重量もないから、直撃させたところで大したダメージは望めない。
マナが狙ったのは、叫び続ける風香の、口の中だった。
口の中に放り込むように、青いアメ玉を乱射したのだ。
動く目標、小さな標的、扱い慣れないアメ玉という武器に、その多くは外れてしまったが……
見事に口に飛びこんだ2発のアメ玉が、風香の年齢を一気に押し下げた。
風香を一気に十数年分若返らせ、赤ん坊のレベルにまで変えてしまっていた。

……マナは落ちていた2挺の銃を拾い上げる。
こうして間近で見れば間違いない、龍宮真名の愛銃そのものだ。デザートイーグルを模したエアガンだ。
真名から没収した銃を、風香に支給したのだろう。
風香の射撃訓練によるものか、弾は少し減っている。予備の弾倉もないようだ。
マナは手早く撃鉄を引くと、銃口を赤ん坊に向け、無力化に成功した殺人鬼にトドメを刺すべく、
「……マナちゃん。それはダメよ」
撃とうとして……千鶴に止められた。
ようやく今の状況を把握した千鶴は、マナから守るように赤ん坊を抱き上げ、微笑んでみせる。
「この子には、罪はないわ。14歳の風香ちゃんは、色々間違えちゃったようだけど……
 この子は、赤ちゃんの風香ちゃんは、これから人生をやり直すのだもの。……ね?」
豊かな胸の中、千鶴に微笑みかけられ、戸惑うような表情から満面の笑顔になる『赤ちゃんの風香ちゃん』。
マナは溜息1つついて、銃を下ろした。下ろすしかなかった。
こんな笑顔を見せられてしまったら、とてもじゃないが撃てるものではなかった。

【残り 27名】

447:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/18 09:18:01
25 《 かくれんぼ 》

「ほ……本当に、死んでる人いるんだ……!」

定期放送の衝撃的な内容に、村上夏美(出席番号28番)は震え上がる。
島の北東部に広がる、深い森の中。そのほぼ中央。
巨大な木のうろの中で、夏美は怯え続ける。

彼女はこのあたりに『転送』されてから、ほぼずっとこのうろに閉じこもっていた。
誰かに出会ってしまうのが怖かった。殺されたくなかった。
クラスの中には、あのまほら武道会で信じられない戦いをしていた超人たちもいる。
どんなに頑張ったって、勝てるはずがない。

「でも、この場所にじっとしていれば……! 最後まで、誰にも会わなければ……!」
夏美はうろから顔を出し、遠くに立つ1本の木を見る。
その木の幹に張られていたのは、1枚のお札。
この場所からはこの1本しか見えないが、夏美が隠れる巨木を囲むように、5枚の札が設置されている。
5枚の札でもって、巨木を中心とした結界が張られている。

夏美に支給されたマジックアイテム、『人払いの札』。
近づく者の感覚を狂わせ、無意識のうちに接近を拒んでしまう『人払いの結界』が作れるお札であった。
何となくではあるが、そっちの方に入ってはいけない、見てはいけない気分にさせてしまう。
実は、近衛木乃香(出席番号13番)が森の中を何周もしてしまったのもこの結界のせいだ。
同じような景色が続く森の中、自分が道を曲がったことに気付かなければ、無限ループに陥ることもある。
他にも何人もの生徒がすぐ近くを通っていたが、いずれも夏美の存在には気付いていない。
結界の存在にすら気付かずに、通り過ぎる。


448:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/18 09:18:37
と―
開始以来何度目かになる足音を聞きつけて、夏美は慌ててうろの中に首を引っ込める。
この『人払いの結界』、説明書によれば、相手の無意識に訴えかけるだけの効果しかない。
表層意識で夏美の姿を認識されてしまえば、途端に効力を失う。夏美を目指して、入り込まれてしまう。
こうして近づかれた時は、静かに隠れ、遠ざかるのを待つしかない。
じっとしていれば、夏美の存在にもお札の存在にも気付かれることなく、やり過ごせるはず―
―やり過ごせるはず、だったのだが。

「……出てくるネ、夏美サン。ちょっとした事情があって、『人払いの結界』は、私には効かないヨ。
 あなたみたいに全く動かないヒトが、うっかり間違って『優勝』したりすると困ってしまうのよネ。
 一旦、そこから出てきて欲しいネ。
 今出てきたら、すぐに殺すのだけは勘弁してあげるヨ?」

はっきりと名指しで呼びかけられる。露骨に殺害を仄めかされる。
夏美はビクンと飛びあがる。
そんなハズはない。分かるハズがない。あの楓さえも気付かず通り過ぎた結界なのだ。
それにこの声は、既に日本に居ないハズの―

「……ふむ、出てこないカ。ま、正直、最初から期待してなかたけどネ。
 仕方ない、あまり自然破壊はしたくなかたガ……」
気配が接近する。ちょっとした小部屋ほどの広さもある木のうろ、その入り口から知った顔が覗き込む。
やはり間違いない。
超鈴音(出席番号19番)。故郷に帰るため、麻帆良学園を急に辞めたはずの人間。

「外に出ていれば、逃げることもできたかもしれないのに……恨みっこなしヨ、夏美さんが悪いネ」
そして、少し離れた超は、拳を構えて―次の瞬間、凄まじい衝撃が、大木を揺らす。
強化服で増幅された超の拳のパワー。本物の達人の本物の突き。さらに加えられる強烈な電撃。
思わず身を縮めた夏美の頭上で、ミシミシと巨大な重量が軋む。


449:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/18 09:21:06
「え……!?」
超の拳は、石の柱さえも軽々と砕く。
ならば巨大なウロ、つまり腐食による空洞を内部に抱え、強度的に不安のある大木など、ひとたまりもない。
メキメキと大木は歪んでいく。夏美を守るはずの巨木が、倒れていく。崩れていく。
逃げ場も何もなく、夏美はそして、頭上から迫る巨大な質量に押しつぶされ―!

大地に木が倒れ込み、大きな物音を上げた時。
既に超は、その場を離れていた。夏美の最期を確認することなく、身を翻していた。

「……というわけで、夏美サンは処分したヨ。次は誰をやればいいネ?」
森から離れ、ちょっと中央に近い岩の上。超は耳につけたインカムで誰かと会話を交わしていた。
超の装備は、パッと見ただけでも実に充実している。
手にはあやかもしていた電磁ナックル。身体を包むのは『超包子』のロゴ入りの軍用強化服。
小脇にはアキラが持っていたステルスコートも抱えている。
その上、こうして外部と連絡の取れる通信機つきだ。尋常な優遇のされ方ではない。
他の参加者が装備や情報の不足で苦しんでいる中、彼女が欲しいものはほぼ全て揃っている状態。

けれども、これでいいのだ。
彼女は一般の参加者とは違う。この装備を駆使して真っ直ぐ『優勝』を目指すわけでもない。
むしろ、彼女が「優勝しないこと」、いや「できないこと」は、最初っから決まっているのだから―!

「フム……。それは別に『処分』しなくてもいいと思うネ。その程度はいいヨ。
 何でもかんでも、爆発させたり私が刈り取たりしては、良い結果にはならないヨ」
何やら通信相手に文句をつけ、通信を切ってしまう彼女。
そして超は、コートをまとう。光学迷彩が起動する。
途端に消えうせ見えなくなる姿。彼女は透明人間状態のまま、その場を駆け出す。

「……しばらくは傍観者になるかナ。気になる対戦カードも、いくつかあるようだしネ……!」

【出席番号28番 村上夏美 倒れた大木の下敷きになり 死亡】
【残り 26名】

450:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/18 09:22:16
26 《 刻印 (1) 》

「は、ハルナ……!」
「泣くなッ! こっちだっていつ殺されるか分かったもんじゃねぇんだぞッ!」

島の南西、遺跡群の建物の1つの中で。
最初の定期放送を聞きながら、宮崎のどか(出席番号27番)は涙を溜める。
その様子を横目で見ながら、長谷川千雨(出席番号25番)の指は激しくキーボードを叩き続けて。
苛立ちも露わに、吐き捨てる。

これだけの犠牲者が出ているのは、千雨としても計算外だった。もう少し余裕があると思っていた。
一刻も早く、現状を打破せねばならない。
茶々丸が壊れ聡美が死んだ今、3-Aの中でハッキング系のスキルを持つのは千雨1人。
普段は他人のために働くなど真っ平御免な彼女だったが、しかし今はやるしかない。
千雨自身のためにも、やるしかない。
『だが……大丈夫なのか!? 本当にこれでいいのか!?』
声に出せないまま、千雨の焦りは募る。

茶々丸の残骸を介して専用回線に繋ぎ、一般回線に入ってまずは千雨の寮の自室にアクセス。
眠っていた自前のシステムを全て叩き起こし、クラック用のプログラムを起動する。
生前の茶々丸をして「独創的」と言わしめた千雨の技術。それを最大限に駆使する。
『見てろよお前、魔法使いの『電子精霊』とやらに、本当に私が敵わないのかどうかをッ!』
あの時はネットを舞台にした世論・情報操作という、ハッカーとしては微妙に専門外の勝負であった。
けれど今回は。今回のように、外から攻撃し侵入を試みる立場なら。
あの時「あなたに出切ることはありません」と言い切った茶々丸を介して、というのが皮肉ではあったが―

451:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/18 09:24:03
管理側の「居場所」は、すぐに見つかった。
それなりに偽装と隠蔽工作がされてはいたが、それでも繋がっていれば見つけ出し入り込む隙はある。
やはり麻帆良学園のローカルネットワークに繋がっていた、魔法使いたちのコンピューター。
どうやらそこに今回の『ゲーム』の電子的な部分を担うシステムが組まれているようだった。
ここまではかなり順調。想定の範囲内の厳しい抵抗と、予想通りの薄氷の勝利。だが……
『首輪に関するシステムは……電子ロック、だけ!?』
ここまで来て、千雨にも計算外の事態。声に出せぬ呟きが、『いどのえにっき』の上を踊る。
内部に侵入して見れば、そこにあったのは35人分の電子錠を管理するシステム、のみ。
千雨が想像していた首輪爆破や位置確認、盗聴や生命反応確認などのシステムは全く見当たらない。
『これは……どういうことだ!? 
 この場所はフェイク? それとも各要素ごとに独立管理? だとしたら他のシステムはどこに!?
 ……ええいッ、時間がないッ! 立ち止まってられねぇッ!』
千雨は焦る。
例えばこれが、生徒の位置管理システムにも侵入できれば、他の生徒の動向も掴むことができる。
生命反応で生存を確認したり、なんとなれば、襲ってきた敵を爆破して倒す最終手段さえも考えていた。
しかし―そういうシステムが、全く、ない。
極めてシンプルに、電子錠のシステムが存在するだけ。

―迷っている時間は、あまりない。
時間が経てば経つほど、侵入がバレやすくなる。反撃も喰らいやすくなる。
千雨は全ての疑問を棚上げし、覚悟を決める。
「……いくぞ、宮崎。せいぜい、祈っててくれ」
「う……うんッ!」
千雨の指が、キーボードの上を踊る。まずは自分たち自身の解放を。
偽りの管理者から出される、首輪の解除命令。対象、25番及び27番。解除実行。
そして―


452:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/18 09:24:44
―ピピッ。カラン。カラン。
「やったッ!」
「これで……自由、なんですか?!」
軽い電子音を立て、千雨とのどかの首から首輪が外れる。解放される首元。床に転がる金属の輪。
思ったよりもあっさりと、いや千雨としては結構大変だったのだが、ともかく取り去ることのできた首輪。
2人は、互いの顔を見合わせる。この調子で、他のみんなの首輪も取ることができれば―!

―だが。
満面の笑顔を浮かべ、思わず抱き付きかけた2人は、気付いてしまう。
笑顔が、途中で強張る。途中で引き攣る。お互い相手を抱こうとしかけたマヌケな格好で、凍りつく。
「―なあ、宮崎。その首にあるのは何だ? 黒い、痣?!」
「え―!? その、千雨さんの首にも、なんか黒いのが巻きついて―」
それぞれの首を、グルリと一周する黒い印。肌の上に直接刻まれたような、禍々しい痣。
首に密着する首輪の下に隠されていた、『もう1つの首輪』。黒い『刻印』。
顔を近づけてよくよく見てみれば、それは決して1本の線ではない。
何やら禍々しい文字がびっしりと連なり、指1本分ほどの太さの帯となって輪をなしている。

 「これって―まさか『魔法』なのかッ!? こっちの方が、『本命』ッ!?」

相坂さよ(出席番号01番)の首にもあった、黒い痣。
龍宮真名(出席番号18番)が身を縮め首輪との間に隙間を作って確認した、黒い痣。
エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル(出席番号26番)が首元に感じた、嫌な魔力の存在。
そして、最初の教室で行われた、どこか少し不自然な感もあった首輪の解説。

千雨は、理解する。絶望と共に、理解してしまう。
侵入先に爆破や位置確認などのシステムが無かったのも当然だ。守りが甘いのも当然だ。
この金属製の首輪は、『フェイク』でしかない。『真の首輪』を隠すための、カバーでしかない。
本当の首輪の機能は、全て『魔法』の力を用い、この『刻印』が担っていたのだ―
―なにしろこの『ゲーム』を仕切っているのは、『魔法使い』の集団・魔法先生なのだから。


453:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/18 09:25:30

「……済まねぇ、宮崎。小説の設定鵜呑みにした私がバカだった。
 私らの、負けだ。完敗だ。最初っから、戦う方法を間違えてたんだ」
「う、ううん、千雨さんは、すごく頑張ったと思う。謝ったりしないで、いいよ……」
激しい敗北感。戦う前に既に負けていたという事実。一気に落ち込む千雨を、のどかは優しく慰める。

……2人は既に、覚悟していた。
自分たちの首が、弾けて飛ぶことを。この『真の首輪』が起動して、爆死することを。
これだけのことをしたのだ。露骨で言い訳のできない反逆行為をしたのだ。
先生サイドにはすぐにバレるだろう。そしてすぐに裁きが下るだろう。
2人は並んでソファに腰掛け、最期の時を待つ。
部屋の中、いつ終りが来るとも知れぬ、静かな時間が流れる。
のどかは千雨の肩に頭を預け、小さく呟く。

「―死ぬ前に、せんせーに会いたかったな……」
「―ああ、そうだな。せめてアイツの顔くらいは、見たかった……」
「千雨さんも、ネギ先生のこと、好きなの……?」
「そう―なのかもな。今まで誤魔化してきたけど、きっとそういうことなんだろうな。
 あ、宮崎には……のどかには、悪いとは思うけどよ」
「ううん、いいよ。千雨さんなら、ちさめなら、許せる気がする。許さなきゃ、いけない気がする……」

しばしの沈黙。
死の覚悟が、2人を素直にしていた。運命を共にしたことが、2人の距離を急速に縮めていた。
目の前には、既に爆破処分を喰らった茶々丸の残骸。
間もなく自分たちもこのように首が飛ぶのだろう。爆発の魔法か何かが起動し、殺されてしまうのだろう。
不思議と、恐怖はなかった。ただ諦めと、少しの心残りだけがあった。

やがて―柔かな沈黙に包まれた遺跡の一室で。
ボンボンッ、と、軽い爆発音が連続して響く。
何の前触れもなく、唐突に、しかしそれを待っていた2人の   で、響き渡って―

【残り   名】

454:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/18 09:26:06
朝はここまで。4話一挙投下は多すぎでしょうか。
では。

455:マロン名無しさん
06/09/18 09:29:03
待てええぃぃっ!!
>>453のボカし方はかなりずるいぞコンチクショウ!



GJ

456:マロン名無しさん
06/09/18 09:30:59
GJ!
残り人数伏せてる時はだいたい生き残ってたりするので期待しとく

457:マロン名無しさん
06/09/18 18:06:11
>453
伏せている部分が気になる。

458:マロン名無しさん
06/09/18 19:16:53
超は相変わらず黒いんだな・・・

459:マロン名無しさん
06/09/18 20:06:54
年齢詐称薬、こう使うかー

460:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/18 20:43:08
27 《 刻印 (2) 》

「――え?!」

そして2人は、長谷川千雨(出席番号25番)と宮崎のどか(出席番号27番)は、我が目を疑う。
目の前の光景に、穏やかな気持ちも何もかも一気に吹き飛んで、ばッと立ち上がる。

爆音が響いたのは、自分たちの首元ではなく、自分たちの目の前。茶々丸の残骸から。
『アンテナ』である両耳?のパーツが急に弾け飛び、煙を上げている。
続いて、首と胴体を繋いだ急造のコード。胴体とノートPCを繋ぐコード。
少しの間を置き、次々に小さな爆発が連鎖して起こる。順番に煙を上げる。
「な―なんだ!? 何なんだよこれはッ!? 何が起こってやがるッ!?」
てっきり自分たちが即座に爆死するのだ、と思っていた千雨は、大声を上げる。
何をされている? 逆ハッキング? でもそれで、こんな風にハードが物理ダメージを受けるだろうか!?
混乱する千雨の目の前で、開かれっぱなしのノートPC、その画面がいきなり乱れる。
PCのスピーカーから嘲るような笑い声が響き、同時に文字が浮かび上がる―

 『 こーゆー悪いことする子には、オシオキだぞ♪ パソコン破壊☆ by 弐集院 』

画面にデフォルメの効いた悪魔風のキャラクターが出現し、小さく指を振る。人をバカにしたような表情。
直後、ノートPCそのものも ポンッ! と小さな爆音を上げて―

―煙を上げながら、永遠に沈黙した。
ノートPCが完全に壊れてしまっているのは、確認するまでもなく、明らかだった。

それっきり、部屋の中には再び沈黙が戻る。
いつまで待っても、千雨とのどかの首元が爆破されることは、ないようだった。


461:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/18 20:43:55

魔法先生たちが詰める、『バトルロワイヤル』運営本部―
魔法先生の1人、弐集院はその太めの身体を揺すりながら、額の汗をぬぐう。
ルールだけでなく、こういう電子的なシステムもまた急造品。それゆえ、一度は侵入を許してしまったが。

「……ふぅ。いやはや、一時はどうなることかと思ったよ」
「油断ですね、弐集院先生。彼女たちを甘く見てはダメですよ」
「いやしかし、そもそも向こうには回線も何も無いと思ってたからねー。
 それに私だけを責めるのは酷いよ。これは水晶球監視班が報告しておかなきゃならない仕事だよ。
 ……とりあえず攻撃型電子精霊を1体、向こうに送っておいた。もう2度とこんなことはできないさ」

電子機器を狂わせるという飛行機乗りたちの伝説・グレムリン。その系列に連なる攻撃型の電子精霊。
遅まきながら侵入に気付いたコンピュータ担当の弐集院は、千雨たちへの反撃としてそれを放っていた。
逆ハックに成功した電子精霊は、茶々丸のアンテナを破壊し、回線を破壊し、ノートPCを破壊し。
千雨は知らないが、千雨の寮の自室にある機材も、今頃同じように煙を上げて壊れているはず。
少なくともこの『ゲーム』の間、「ハッカーとしての」千雨は、もう一切身動きできまい。

「……で、彼女たちの処分はどうするのかな? やっぱり爆破?」
「さっき、超君と無線で相談したんですけどね。この程度なら許してあげた方がいいんじゃないか、って。
 超君自身も現場には向かわないとか。水晶球の監視を強化するだけに留め、しばらく様子見です」
「それで本当にいいのかなぁ……」
瀬流彦の言葉に、弐集院は細い目をさらに細める。
これはカンでしかないが、この2人を放っておくのは、危険な気がする。
ハッキングの腕前だけではない。実際に仕事をしていたのは、片方でしかない。
それよりも脅威なのは、僅かな可能性に自分たちの命を賭けられる、彼女たちの勇気。
特に、仲間の能力を全面的に信頼し、全てを委ねることができた「何もしなかった方」の覚悟。
こんな連中が反抗の意思を抱いたまま『ゲーム』に残るのは、極めて危険なのではないか……?
何か、大きな災いに繋がる綻びとなりはしないだろうか……?

「……ま、いいけどね。だとしても、私にできることなんて、もうないわけだし」


462:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/18 20:44:42

「…………」
「…………」
遺跡群の中の一室。
ネギへの想いを語り合った先ほどとは異なり、気まずい沈黙が部屋を覆う。
最初に口を開いたのは、やはり千雨の方だった。
うっすらと煙を上げ続けるノートPCを見つめて、ぼそりと呟く。
「……のどか」
「はい」
「奴らに、思い知らせてやるぞ。
 私らをここで殺さなかったことを、アイツらに絶対に後悔させてやる」
「……はい」
はらわたが煮えくり返るような思いだった。
「処分なし」という「処分」。それはつまり、「お前たちなど脅威ではない」という先生サイドからの意思表示。
千雨の自尊心が、大いに刺激される。怒りが、ふつふつと湧き上がる。
見た目こそ大人しいが性根は強いのどかの方も、想いは一緒。
絶対に生き残って、そして目にもの見せてやる。

「なあお前、この首のコレ、どうにかできる奴に心当たりはないか?
 『魔法』についちゃ、私よりは詳しいだろ? 『こっちの世界』に首突っ込んだの早いんだからさ」
「えーっと、ゆえのアーティファクトなら、かなり詳しいことが調べられると思う……。
 あとはやっぱり、ネギ先生と、ネギ先生の師匠の、エヴァンジェリンさんかな?」
「さらに加えるなら、クラス外の参加者の、佐倉愛衣あたりか。高音ってのはやられちまったしな。
 コタローは……どうかな、あのガキはケンカ馬鹿だから、こういうのは苦手と見た方が無難か」
「え、愛衣さんとかコタローさんとかも居るんですか?」
「さっき首輪のリストの中に名前を見つけた。ネギ先生も32番の番号つけて参加してるぜ。
 19番には、超の名前もあった……奴も参加者らしい。どこまで本気なのかは分からねぇが。
 ともかく、これで、放送で言ってた残り人数の辻褄が合う」
千雨の頭の切り替えは早かった。
さっきのハッキングで得た情報を、早速考えの中に組み込んでいく。

463:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/18 20:45:12
どうにかして、今上げた「魔法に詳しい人々」と接触せねばならない。
どうにかして、首輪がフェイクに過ぎず、本命はこの『刻印』であることを伝えねばならない。
彼らの手に負える代物かどうかは分からぬが、しかし彼らなら次の手くらい思いつくはずだ。
この『真の首輪』、魔法の『刻印』さえ解除できれば、今度こそみんなが自由になれる。解放される。

「仕切りなおしだ。最初っから考え直しだ。もう一度、私らにできることを整理しよう。
 さっきネットに繋がった時、ついでにある奴に連絡取ったんだが……」
「ええッ!? い、いつの間にッ!?」
「……まあ、期待はすんな。『アイツ』が今、連絡を受け取れる状況にあるかどうかも分からねぇ。
 もし上手く届いても、何か動きがあるまでは相当時間かかるハズだ。
 あんま期待せず、コッチはコッチでやれることやっとこう。
 ―そっちの支給された品物って、そういえば何だったんだ?」
「えーっと、私自身は、使うことできないんですけどー、私たちにとっては大事なもので……」
部屋の中に、2人の荷物が広げられる。
今までロクに確認すらしなかった支給品。のどか・千雨のものに加え、身体ごと拾った茶々丸の荷物も。
3人分の支給品を並べ、私物を並べ、彼女たちに今できることを検討する中で……

「……バカかてめぇッ! 何でそれを最初っから言わねぇんだッ!」
「あ、あうッ! で、でも、せんせーの側からは……」
「できなくていいんだよ! 向こうが動いてくれるかもしれないだろッ!」
千雨はいきなり怒り出す。のどかの控えめな性格が、完全に裏目に出た格好。
勝手に「これはやっても無駄」と思い込んでしまっていたのだ。
前髪の奥でプルプルと泣き出すのどかを見て、千雨はようやく怒りを引っ込めて。

「……泣くんじゃねぇよ、オイ。まあ良かったじゃねぇか、とりあえずできることが見つかって」
「で、でも……!」
「今からでも遅くない。やってくれ。そして―反撃、開始だ」
まだ、千雨は諦めていない。のどかも諦めていない。そして今度は、のどかが動かねばならぬ番だった。

【残り 26名】

464:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/18 20:45:45
28 《 ライフ&デス (1) 》

―佐倉愛衣(出席番号34番)は、その放送を聞いて涙した。
激しい絶望と眩暈に、崩れるように森の中で膝をつく。

「そんな……お姉さまが……!」

高音・D・グッドマン(出席番号33番)。
愛衣と常に行動を共にしていた、魔法生徒としてのパートナー。
真面目だが気が弱く引っ込み思案の愛衣に対し、グイグイ引っ張るリーダー気質の高音。
多数の使い魔を同時に行使できる高い魔力と技術もあり、愛衣は本気で尊敬していたのだ。
彼女を尊敬し、その正義感の強さに憧れていたからこそ、愛衣は「あの時」も一緒に行動したのだ。
魔法先生たちがやろうとした、この暴挙とも言える邪悪な魔法儀式に、一緒になって反対したのだ。
結果として「参加者」として放り込まれてしまったわけだが、あの時の自分たちの判断に、後悔はない。

けれど―その高音が、死んだ。
誰かに、殺された。3-Aの生徒に、殺された。
……誰に? どうやって?
いくら考えても、愛衣には思いつかない。
学園祭からこっち、相性の悪い敵とばかり当たってしまい、不覚を取り続けてきた高音だったが。
本来は、とてつもなく強いのだ。
前衛要らずの操影術。単体では弱いが連携の取れた影法師の群れ。攻防一体の『黒衣の夜想曲』。
あるいは高音1人では攻撃力が不足気味だから、敵を仕留め損ねることはあるかもしれないが……
それでも、高音の方が倒されることは、ないはずなのだ。
相手に『魔法使いの天敵』神楽坂明日菜(出席番号08番)でもいない限り、負ける要素が思いつかない。
そしてその明日菜は、間違っても高音を殺したりするような人物とは思えない。
地下道では共闘したこともある相手だ、短い付き合いながら、そのくらいのことは断言できる。

465:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/18 20:46:25
つまりは―あり得ないことが、起きたということ。
想像もつかないような事態に、遭遇したということ。想像もつかないような相手に、遭遇したということ。
愛衣は、その場に座り込む。
「お姉さま……私、これからどうすれば……!」
愛衣は虚空を見上げて、涙した。
高音亡き今、自分はどう行動すればいいのか。愛衣には、全く分からなくなっていた。


―最初の定期放送が流れて、1時間ほどした頃。
シスター姿をした少女・春日美空(出席番号09番)は、森の中に降りてきていた。

「いやー、しっかし広い島だね、こりゃ。
 いや広いっつーより、入り組んでるのかな?」
美空はぼやく。
山の中に『転送』され、ひとまず下の方へと降りてきた彼女。
彼女の持ち味はその「逃げ足」。でこぼこした山の中では、いざという時ちょっと困る。
そう思って降りてきたはずなのだが―しかし出てしまったのは森の中。
これもまた、駆け回るには向かない地形ではある。
「あーもー、しくじったなぁ。ちゃんと地図見ていりゃ良かった。
 ……あ、いや、今からでも草原とかの方に行けばいいのか」
彼女はボリボリと頭を掻く。
なんとなく真面目に考えるのが面倒くさくて、適当に歩いてきてしまった彼女。
自業自得なわけだが、あまり反省の色もない。

「でもそっち行ったら誰かと会っちゃったりするんだろうなぁ。
 どーすっかねぇ。殺し合いするかねぇ、先生殴りに行くかねぇ、それとも逃げだすかねぇ。
 あー、こういう時、ココネの奴がいると楽なんだけどなー。代わりに考えて決めてくれっから」

466:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/18 20:47:10
春日美空は、良くも悪くも「いい加減」である。
高音や愛衣のような生真面目さは、カケラほども持ち合わせていない。
理想や理念に殉じるつもりなんて全くない。熱血な正義のヒーローなんてのは、彼女から最も遠いものだ。
かといって、完全に利己主義に走るほどには、乾ききっていない。
それなりに、正義感はある。それなりに、仲間想いでもある。

良く言えば拘りがなく、自由で、柔軟で。何物も彼女の心を繋ぐことなどできはしない。
悪く言えば享楽的で、場当たり的で、刹那的で。彼女が何かを成し遂げることもまた、ありえない。
風のように自由。そして空気のように捉えどころがない。
その良い面が発揮され、彼女はこの状況下でも自我を失うことなく、呑気なままで居られたが。
その悪い面もあって、今後の行動方針も立たず、ブラブラと、判断を保留してしまっていた。

まだ、何も決めていない美空。『ゲーム』に対する態度を固めていない彼女。
彼女が最初に出会う相手こそが、美空の今後を決すると言っていい。
最初に出会った相手の反応こそが、全てを決めることになる。
……それが美空自身も分かっているから、誰かと会いたい気持ち半分、会いたくない気持ち半分。


「……ん? あれは……」
緊張感のないまま歩いていた美空は、ふと森の中に人影を見つける。
箒を抱え、地面にうずくまり、顔を覆って震えている人物。見覚えのある髪型。
美空はすぐに理解する。顔こそ見えないが、同じ魔法生徒仲間の愛衣に間違いあるまい。
「あー、なるほど。愛しの『お姉さま』死んじゃったもんなー。そりゃショックだよなー。
 ってか、アイツらもこの『ゲーム』に放り込まれてんのかー。
 可哀想に、センセーにケンカでも売ったかね? ……でもま、奴なら安心か」
学園祭で一緒に仕事するまで、ロクに話したこともなかった彼女たちではあったが。
真面目で、おっちょこちょいで、でも愛すべき少女である。殺し合いには最も程遠い性格である。
美空は姿を隠したりせず、大声を上げて愛衣に近づく。
「おーい、あんた佐倉っしょ? そんなとこで何してんのさ?」

467:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/18 20:47:55
相手の警戒を解くべく、あえて堂々と出て行くことを選んだ美空。
ただちゃっかりアーティファクトのスニーカーを装備しているあたり、万が一の時には逃げ出す気満々。
警戒しつつも無防備な姿で、ゆっくり愛衣との距離を詰めていく。

「やー、残念だったね、高音さんやられちゃって。
 あの人『いい人』だけど、どっか抜けてっからなー。誰かにハメられたのかもなー。
 んー、でも誰だろ、そんなことする奴って。ウチのクラスには居ないとは思うんだけど……」
「…………」
「でさ、良かったら佐倉、私と組まない? 同じ魔法生徒仲間なんだしさー。
 正直、私も相棒いなくて不安なんだ。もし戦うことになっても、後衛が居てくれれば安心だしさ」
「…………」
「私の支給品、何だか分かる? リボンだよリボン! 新体操のリボン!
 まき絵じゃあるまいし、これで何しろって言うんだか。正直1人じゃ、戦えないッスよ」
「…………」
「………………ねえ、いい加減何か言ってよ、佐倉ってばさぁ。聞こえてるんでしょ?」
一方的にまくし立てながら、近づいていく美空。
至近距離にまで近づいて、しかし流石に美空も不審を抱く。
地べたに座り込んで顔を覆い、何やらブツブツと呟いている愛衣。明らかに、マトモではない。
こりゃ、「お姉さま」死亡のニュースで壊れちまったかな、と美空が呆れかけた、その時―

急に、愛衣は顔を上げた。
何の感情もない、空っぽの顔。殺気も何もないままに突き出された、右の掌。
口の中で呟いていたのは呪文の詠唱。そしてそれは既に完成していて。
「!! しまっ……」
「……『紅き焔(フラグランティア・ルビカンス)』」
『力ある言葉』と共に、愛衣の手から灼熱の炎が放たれて。
自慢の俊足で逃げる間もなく、真正面から美空を飲み込んだ。

【残り  名】

468:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/18 20:48:41
29 《 ライフ&デス (2) 》

森の中に、爆音が響く。
駆け抜けた炎が木々の葉を焼き枝を焼き、一瞬で炭化させてしまう。
佐倉愛衣(出席番号34番)に声をかけた、春日美空(出席番号09番)。
愛衣は不意打ちのように『紅き焔』を撃ち放ち……美空は、まともに喰らってしまっていた。
美空の身体が、ドサリと倒れる。超高温の炎の直撃により、黒焦げになった上半身。
顔色さえ分からぬ、文字通りの黒焦げだ。シスターの装束も燃えてしまっている。
まだかろうじてヒューヒューと息をしているが、これではもう助かるまい。
火傷は体表のみならず、喉の奥から気管支にまで及んでしまっていて。
じきに火傷した気道が腫れあがり、呼吸することすらままならなくなることだろう。
行動方針を決める、どころの話ではない。春日美空の冒険は、ここでおしまいだった。

そんな彼女を横目に、愛衣はフラリと立ち上がる。
その顔には、何の表情もない。
何もない、空っぽの顔。喜怒哀楽の全てが感じられない。知性の色も感じられない。
心を完全に無くした、魂の抜け殻。

愛衣は『魔法使い』としては、実は努力と才能が噛み合った掛け値なしの秀才である。
アメリカの魔法学校に留学した経験もある。魔力も技術もある。
ただし戦闘においては、性格面に問題があった。メンタル面の欠点が、彼女の能力を邪魔していた。
戦うには優しすぎる彼女の性根。誰かに依存せずには居られない弱々しい性格。
そして、戦いの駆け引きには全く向かない、素直過ぎる思考。
これらが彼女の経験不足と重なって、学園祭からずっと、不覚を取りっぱなしではあったのだが……

けれど、それらの縛りから解放されれば。良くも悪くも、吹っ切れてさえしまえば。
愛衣の呪文には、一発で人間を黒焦げにするだけの威力がある。障壁越しにもそれだけの威力がある。
皮肉にも敬愛する「お姉さま」の死が愛衣をキレさせ、その真の才能を開花させていたのだった。

469:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/18 20:49:20
「……うふふ」
全くの無表情のまま、愛衣は笑う。声だけで笑う。
彼女はフラリと立ち上がると、夢遊病者のような足取りで、どこかへと歩き出す。
おそらく目標などないのだろう。どこに向かうか本人も考えてないのだろう。
ただ、フラフラと歩き出す。
ふわふわと、地に足のついてないような足取りで、次なる犠牲者を求めて彷徨い始める。
仮面のように無表情なまま。ただ口だけで、声だけで笑いながら―
「うふふ。おねえさまのかたき。みんな、もやしちゃえ。うふふ。うふふ。うふふ……」


「―何や知らんけど、さっき大きな音したんは、こっち……?
 うわっ!? 木が燃えとる!? それに―く、黒焼き?! 人間の黒焼きやん、これ!」
愛衣が立ち去って、1分ほどして。
森の中を抜けてきた近衛木乃香(出席番号13番)は、驚きの声を上げる。
彼女が聞きつけた、大きな爆発音。遠くからも見えた、一瞬だけ吹き上がる炎。愛衣が放った火炎魔法。
何事かと急いで来た彼女が見つけたのが、黒焦げで横たわる美空の姿だった。
「ま、待っててぇな。今、治してあげるから……『来たれ(アデアット)』!」
木乃香は慌ててアーティファクトを召喚する。
その身を包む白い狩衣。両手に出現する2種類の扇。
彼女は、扇を広げて魔力を解放する。
心地よい風が吹き抜け、重度の火傷に犯された美空の身体を優しく撫でていく……。

「……いやー、助かったわ。マジ死ぬかと思ったよ。いや実際死んだようなモンかな」
「間に合うて良かったわ~。それにしても、美空ちゃんも災難やったなぁ」
すっかり元の姿に戻り、笑いながら頭を掻く美空。扇を畳んで微笑む木乃香。
シスターの装束は焼け焦げて、あられもなく派手な下着を晒していたが、その肌は綺麗なもの。
3分以内であれば全ての傷や怪我を完全に治す、木乃香のアーティファクトの力によるものだった。

470:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/18 20:50:11
実のところ、非常に際どいところではあった。
もう少し早ければ、木乃香もまた壊れた愛衣と出くわし、一緒に焼き殺されていただろう。
もう少し遅ければ、アーティファクトの時間制限に引っ掛かり、手遅れになっていただろう。
いくつもの幸運が重なったお陰で、美空は一命を取り留めることができたのだ。

「ウチもなー、1人きりで寂しかったんよ。だから美空ちゃんに会えて良かったわぁ」
「あー、美空じゃなくて『謎のシスター』だから……って、こんな格好じゃもう意味ないか。
 貰ったリボンも何もかも燃えちゃったよ、まあこのスニーカー残ってりゃそれでいいけどさ~」
嬉しそうに美空に話しかける木乃香。美空は適当にあしらいつつ、自分の持ち物を確認する。
使いようのない支給品・新体操のリボンは、服と一緒に燃えてしまったらしい。
まあ、膝から下は炎に飲まれなかったお陰で、肝心のアーティファクトは無事。これだけでも十分な幸運だ。

「……ねえ、この刀って、ひょっとして桜咲の?」
「あ、そうそう、そうなんよ。だからコレ、せっちゃんに届けたいんやけど……」
「ちょっと借りていい? マジに日本刀なの? 竹光とかじゃなくて?
 ……うっは、重てぇ! ってか腰に下げてたら鞘から抜けないじゃん! うっわ綺麗な刀身だなー!」
美空は『夕凪』を引ったくるようにして受け取る。下着姿のまま、手に取ってみる。
『夕凪』を腰に下げてみたり抜いてみたり、子供のようにはしゃぐ美空。
そんな彼女に、木乃香は嬉しそうに微笑む。自分のことのように刹那を自慢する。
「せっちゃんは凄いやろ? ふつーの人には長すぎて使えないんやて、その刀」
「確かにこりゃ、難しそうだねー」
頷きながら素振りの真似事をしてみるものの、刀の重さによろけてしまう。
近くの木に斬り付けてみるが、今度は深く刺さり過ぎて、抜くのに一苦労。
「なるほど~、小手先の技で防御を掻い潜るんじゃなくて、切れ味と重さで強引にぶった斬るモンなのか。
 『カタナ』と思わず、『西洋剣(ソード)』と思った方がいいかもな、こりゃ」
美空は理解する。
超人たちの流派・神鳴流では、この野太刀を普通の刀のように使って数々の技を繰り出すが。
本来野太刀は、その長さと重量を頼りに敵を斬る大型武器。西洋の剣にも近い思想の凶器なのだ。

471:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/18 20:50:50
そうして納得している美空とは対照的に、木乃香の方は気が気でない様子。
振り回したり木に斬り付けたり、このままでは刹那に渡すより先に折れてしまうかもしれない。
トテトテと美空に歩み寄って、両手を伸ばす。
「なあ、もおええ~? せっちゃんの刀、返してぇな」
「ああ、ゴメンゴメン。でも悪いけど最後に、『試し切り』もさせて?」
「……へ?」

ひゅんッ。
いつも通りの表情のまま、意味不明な言葉を吐く美空。
理解できない木乃香は、そして宙を切る風の音を聞く。
「……あ??」
「いやー、1度『死んで』目ェ覚めたわ。
 ダメだよ木乃香~、私みたいにいい加減な奴に、大事なカタナ渡したりしたら」
飄々とうそぶく美空の前で、木乃香がゴフッと血を吐く。状況を理解できないまま、大きく目を見開く。

『夕凪』が、深々と木乃香の身体に食い込んでいた。

魔力で強化された『魔法使い』美空の腕力で振り下ろされた、長大な野太刀。
その重さもあって、木乃香の肩から臍のあたりまで、袈裟懸けに刃が食い込んでいた。
白い浄衣ごと、すっぱりと斬っていた。
「悪いけど私、この『ゲーム』に乗ることに決めたんだ。不意打ち騙し打ち上等の、この『ゲーム』に。
 ……ん~、真っ二つに斬れると思ったんだけどなぁ。使い方、もうちょっと研究が必要かな?」
どさッ。
返す言葉もなく、恩を仇で返された格好の木乃香は、倒れ込む。何をどう見ても、即死である。
半裸の身体にたっぷりと返り血を浴びた壮絶な姿になりながら、美空はいつも通りの笑顔で笑う。
いつも通りの、少しだけ不敵な色の混じった、悪戯っぽい笑み。微かに焦点の合わぬ瞳。
「さーって、ぶっ殺すかー。殺して殺して、優勝しちまうかね~♪」

【出席番号13番 近衛木乃香 袈裟懸けに斬られ 死亡】
【残り 25名】

472:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/18 20:52:01
30 《 禁じられた果実 》

―小さい影が、島の中を駆ける。
木々の陰からこっそり窺う小さな目。愛衣と美空、美空と木乃香の戦いを、陰から見守る。
小さな影は、驚かない。
こいつらは違う。探さねばならない対象とは違う。必要ない。
小さな影は、そしてその場を走り去る。

―小さい影が、島の中を駆ける。
白い砂浜。見通しの良い景色。砂浜に、舐められたように綺麗な白骨死体が転がっている。
小さな影は、驚かない。
こいつは違う。探さねばならない対象とは違う。必要ない。
小さな影は、そしてその場を走り去る。
……そう遠くない位置に、光学迷彩によって透明になった人物が居たことに、気付きもせずに。
見えなければ、「探さねばならない対象」を見つけることはできない。
入れ違ってしまったことは、果たして良かったのか悪かったのか。

―小さい影が、島の中を駆ける。
静かな林。穏やかな湖畔。奇妙な親子連れのような、3人組がそこに居た。
浅黒い肌の幼い少女。落ち着いた雰囲気の女性。その胸に抱かれた赤ん坊。
何やら赤ん坊に与える食べ物のことで、少女と女性の間で揉めている様子。
小さな影は、驚かない。
こいつらは違う。探さねばならない対象とは違う。必要ない。
小さな影は、そしてその場を走り去る。
……分かるわけがない。『彼ら』に、判断がつくわけがない。
外見が大きく変わったターゲットが、実は3人の中に居たことなど。


473:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/18 20:53:09
―小さい影が、草原を駆けて激闘を目撃する。
―小さい影が、遺跡群にて大混乱の様子を目撃する。
―小さい影が、山の中で墓を掘る少女を目撃する。
何体もの小さい影が、島の中を走り回る。
ほとんどの者は、気付かない。気付いたとしても、注目しない。
殺気もなく敵意もない、この無害な存在に、達人たちも意識を向けない―

―小さい影の1つが、木々生い茂る湿地帯を駆ける。
誰かが歩いているのに気付き、木の陰から、覗き込もうとしたその時、
トスッ。
小さな小猿の胸に、投擲された匕首が突き刺さった。
そのまま背後の木まで吹き飛ばされ、磔のように縫いつけられる。
「……『式神』か」
桜咲刹那(出席番号15番)は匕首を投げた姿勢のまま、その正体を確認する。
同時にポンッ! と煙を上げ、小猿は紙切れに戻ってしまう。刹那は歩み寄って、匕首ごとそれを引き抜く。
「……誰の手によるものかな。札自体は支給されたのだろうが、素人にしては操り方が上手い。
 しかしこの『式神』、誰かを探しているような動きだったが……?」
背中の大きく開いた独特の袴姿で、刹那は呟く。
愛衣の荷物と一緒にあった、大量の服。支給品・各種衣装セット。
メイド服にバニースーツ、巫女装束にレオタード、スクール水着にチャイナドレス。果ては着ぐるみまで。
戦いには役に立たないフェティッシュな衣装の数々に混じっていたのが、この烏族の民族的装束だった。
他にも楓の忍び装束や古菲の拳法服もあり、どうやら没収された武器類と同じような位置付けらしい。
何故そこに刹那の正体に関わる服が混じっていたのか、気にはなったが……とりあえずは、あり難い。
余分な荷物を増やしたくない刹那は、この服だけを取って、後はその場に置いてきていた。

「戦闘ではなく、探索のために『式神』を使うか。誰かは分からないが、好感が持てるな。
 さっきの魔法生徒と違って、話も通じそうだ。頼めばお嬢様も探してくれるかもしれない。
 これの『気』の跡を辿ってみる価値は、ありそうだな―」
刹那は紙に戻った式神を握り締め、小さく頷く。静かに、山の方を見上げる―


474:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/18 20:53:58

―山の中。
鳴滝史伽(出席番号23番)は、洞窟の奥で少々ヒマを持て余していた。
支給されたのは、小猿の『式神』を作れる札が数十枚。そして彼らに命じた人探し。
一度作戦を決めた以上、彼女が動き回るわけには行かない。彼らが帰ってくるまで待つしかない。
しかし、もうかれこれ数時間。私物の鞄に入っていたポテトチップスをポリポリ食べながら、彼女は嘆く。

「なんでこんなに時間かかるんですか、お猿さーん。
 人海戦術取ってるんですからー、すぐに見つかるはずですよー」
さっきの放送を聞く限りでは、史伽が会いたいと願う3人は、いずれもまだ生き残っているはず。
己の半身・誰よりも信頼できる姉の鳴滝風香〔出席番号22番)。
教室で勇気と行動方針を与えてくれた、隣の席の大河内アキラ(出席番号06番)。
そして双子にとっての姉貴分、この戦場でも絶対に頼りになるはずの、長瀬楓(出席番号20番)。
1人では不安なのだ。この3人の誰でもいい、早く誰かを、史伽の所まで連れてきて欲しい―!

「キキキッ!」
「あッ!? 戻ってきた!?」
不意に聞こえた、小猿の鳴き声。史伽はパッと顔を上げて外へと向かう。
洞窟の入り口では、「褒めて褒めて!」と言わんばかりに飛び跳ねる1匹の小猿。
そして、その傍に佇んでいるのは……
「かえで姉!」
「なるほど、史伽でござったか。このお猿が裾を引っ張るものだから、何かと思ったでござるよ」
セーラー服にタヌキ耳、という姿で、穏やかに微笑んでいる楓。史伽は迷うことなくその胸に飛び込む。
「かえで姉、怖かったですぅ、寂しかったですぅ!
 お猿さんたちもなかなか戻ってこないし、私、私ッ……!」
「もう大丈夫でござるよ、史伽。拙者が来たからには、もう……」
ぐさッ。
「……もう、怖がったり寂しがったりすることは、永遠にできないでござる」

475:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/18 20:54:42
「……え?」
楓の豊かな胸に抱かれたまま、史伽は血を吐く。血を吐きながら、それでも状況が理解できない。
何かが、自分の脇腹に突き立てられている。震える首を回して、確認する。
……楓の手首だった。『気』を込められ強化された手刀が、刃物のように史伽の腹に刺さっていた。
肋骨のすぐ下に叩き込まれ横隔膜を破り、肺を傷つけ心臓にまで届いている。
まごうことなき、致命傷。
「済まないでござるな。拙者、惚れた弱みで、『あの方』の命令には逆らえぬでござるよ」
「かえで、ねぇ……」
「拙者もいずれ後を追うであろう。だから今は先に逝くでござるよ、史伽」
ずぼッ。
優しくも残酷な囁きと共に、史伽の体から拳が引き抜かれて……史伽の意識は、そこで途絶えた。


―山の中。洞窟の入り口。
血まみれの死体の前に膝をつき、身を震わせる楓。その背後に、1人の人影が現れる。
楓を先行させていた人物。楓の主人。彼女は緊張感のない口調で、話しかける。

「もう終った? やっぱ手際いいわねぇ。で、誰だったの、その『式神』とやらを使ってたのって」
「……拙者は……拙者は、なんてことを……!」
質問に応えようとしない下僕の態度に、柿崎美砂(出席番号07番)は少しだけ眉をしかめたが。
楓の前に転がる死体を確認して、納得する。
なるほど、さんぽ部仲間の双子の片割れだったか。これは確かにショックも大きかろう。
このままにしておくのは、ちょっとマズいかもしれない。
いかにホレ薬が強力とはいえ、洗脳が解けてしまうかもしれない。
少しだけ考え込んだ美砂は、楓の傍にまで歩み寄り、その肩に手を乗せる。

476:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/18 20:55:26
「……こちらを向きなさい」
地べたに座り込んだまま、涙と鼻水でグチャグチャになった顔を上げる楓。
さっきまで史伽に見せていた余裕などカケラもない。後悔と自責の念に押しつぶされる寸前の顔。
美砂はそんな彼女の頬に両手を添え、指先で涙を拭うと、少しだけ腰を曲げて。

「これは、ご褒美」
唇を、重ねた。
目を丸くする楓をよそに、そして美砂は楓の唇を貪るように味わい始める。
美砂の舌が別の生き物のように蠢き、楓の唇に割って入る。
楓の口腔を犯し、歯列をなぞり、舌に絡みつく。
最初はされるがままだった楓も、いつしかうっとりと目を閉じ、積極的に舌を絡め返すようになって。
数分にも及ぶ、濃密なキス。プリンよりも甘い禁断の味。
楓の喉がコクリコクリと鳴って、流し込まれる美砂の唾液を夢中になって嚥下する。
互いの口を味わい尽くし、ようやく離された2人の唇の間に つうッ と糸が引く。

「……私のために戦いなさい、楓」
そして美砂は囁く。
壮絶に妖艶な微笑を浮かべ、囁きかける。
「頑張っていっぱい殺したら―次は、もっとスゴイこと、してあげる」
美砂の言葉に、楓は呆けた表情で、コクリと頷いた。蕩けきった表情で、頷いた。
もう、逆らえない。もう、引き返せない。絶望的な歓喜と共に、思い知らされる。
楓の全ては、美砂のモノ。血の一滴・涙の一滴に至るまで、全ては柿崎美砂のモノ―!

【出席番号23番 鳴滝史伽 手刀に貫かれ 死亡】
【残り 24名】

477:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/18 20:56:41
今夜はここまで。
明日の朝、いつもの朝投下する余裕あるかどうか、ちょっと不明です。五分五分といったところ。
朝には投下できないかもしれませんが、明日の夜は確実に投下する予定です。
では。

478:マロン名無しさん
06/09/18 20:57:30
美砂エロ怖ええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!!1111111111

479:マロン名無しさん
06/09/18 21:41:46
  ∧_∧
  ( ;´∀`)  「もっとスゴイこと」って何!?
  人 Y /        女同士で何する気なのミサ様!?
 ( ヽ し
 (_)_)

480:マロン名無しさん
06/09/18 22:37:37
ああ、このか・・・・・

481:マロン名無しさん
06/09/18 23:40:04
柿崎女王様プレイ慣れすぎだな
やっぱり普段からやってるのか

482:マロン名無しさん
06/09/19 00:15:40
せっかく美空生きてたのに死亡フラグが…。
ちうの連絡相手はカモと言ってみる。

483:マロン名無しさん
06/09/19 03:30:34
ミサは疲労のたまった楓の体を
二重の意味で「マッサージ」するんだろう

484:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/19 08:15:52
31 《 銃と拳 (1) 》

―草原の中を抜ける道の真ん中に、その無惨な遺体はあった。
腰ほどの高さの草を掻き分け出てきた四葉五月(出席番号30番)と古菲(出席番号12番)は、息を飲む。
「……和泉さんアルか?!」
そのようですね、と五月も同意。そのデッキブラシを握る手が、微かに震えている。
最期の瞬間の亜子の驚きがそのまま凍りついたような、その表情。あたりに漂う濃密な血の臭い。
胸に1発、額に1発。おそらくこれは銃によるものだろう。どちらも片方だけで十分致命傷である。
「確かに、放送で死んだとか言ってたアルが……」
古菲がそう呟きかけた、その瞬間―

―急に、殺気を感じた。
「五月ッ!」
はい?と五月が間抜けな声を上げるより早く、古菲は彼女を突き飛ばす。
彼女の身体を今出てきた草原の方に突き飛ばすと同時に、自分も別方向の草の中に飛び込む。
それぞれ倒れ込む五月と古菲、とほぼ同時に、風を切る音が何発も草原を駆け抜ける。
やがて草の中に隠れた彼女たちを見失ったのか、銃撃が一旦途絶える。
「五月……大丈夫アルか?」
はい何とか、と五月の返事。ちょっと痛いですけれど。
古菲の位置からは直接五月が見えない。見に行くこともできない。彼女の声から判断するしかない。
ただ一般論として、「痛い」と言えるうちは大した傷ではなかろう。吐血しているような声でもない。
草の中に飛び込んだ時に、擦り傷か打撲かを負った程度。古菲はそう判断する。
古菲はそのまま伏せているように指示すると、草の間から少しだけ顔を出してみて……
「……ッ!」
途端に感じる強烈な殺気。慌ててその場を飛びのくように移動する。再び銃声が草原に響く。
今の一発、当てられなかったのは幸運としか言いようがない―だがこれで敵の位置と武器は把握した。
「丘の上からのライフルの狙撃……厄介アルね」
古菲の額に脂汗が滲む。実に嫌な地形、実に難しい相手。
おそらくあそこに居るのは、亜子を殺した犯人。
既に殺した亜子の死体さえも「餌」として、古菲たちを殺すつもりだった「殺る気マンマンの」犯人……!

485:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/19 08:16:24
「……ちッ。まさかアレを避けるとはねぇ。やっぱ本選に出るような連中は常識通じねーわ」

古菲たちの居る草原を見下ろす丘の上。
朝倉和美(出席番号03番)は小さく舌打ちをする。
何時間も待ってようやく射程に捉えたターゲット、この最初の攻撃で仕留めてしまいたかったのだが。

元々、和美が彼女らしくもない待ち一辺倒の作戦に出たのも、『まほら武道会』の経験があったためだ。
どんな客よりも近い至近距離で目撃してしまった、超人同士の信じられない戦いの数々。
あれを体験してしまえば、連中とマトモに殺し合いをしても勝てるわけがない、と分かってしまう。
勝ち目があるとしたら、彼らにあの超人技の数々を使わせずに終らせること。
使える距離に入られる前に、キメてしまうこと。
すなわち、超ロングレンジからの攻撃だ。
そういう意味でも、この武器が当たったのは和美にとって幸運ではあった。

「ん~。出てこないなー。向こうとしても、動かなきゃジリ貧のハズなんだけど」
和美は古菲たちの方を窺う。
腰の高さほどの草が密集する深い草原。その中に伏せられたら、この位置からでも狙うことはできない。
古菲がそうしたように、大きく跳べばスコープの狭い視界から飛び出して、狙撃手は一瞬見失ってしまう。
この辺り、素質があるとはいえ素人に過ぎない和美の限界でもある。
だが……匍匐全身の要領で移動しようとしても、揺れる草で居場所は丸分かり。
今のように完全に動きを止めていればともかく、動き出せばすぐさま和美の攻撃は再開される。
五月にはそこまで分からぬだろうが、古菲ならば直感的に理解していることだろう。
「作戦会議でもしてるのかなー。迷ってるのかなー。それとも根比べのつもりなのかなー。
 確かに長引くと、コッチも辛いんだよねー」
一向に動こうとしない古菲たちに、和美はぼやく。
全神経を集中し、狙撃体勢のままスコープを覗いているのは、和美にとってもかなりの負担。
あまり長引くと他の誰かがやってくる危険もある。和美は、決断する。
「よし、じゃあちょっとばかし挑発してみっかな、あのバカイエローを……」

486:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/19 08:17:27
「どうする……どうすればいいアルか?!」
古菲は焦る。大いに焦る。
敵は遠くの丘の上。
古菲が本気で駆ければ2分もかからず到達できるだろうが、しかしその途中で撃たれるのは必至。
殺気を頼りに避けるのだって、先ほどは上手く行ったが、何度もできる芸当でもない。
これが刹那あたりなら、刀で銃弾を弾きながら接近して行くこともできるのかもしれないが……。
「『硬気功』を使たとしても、1発耐えられたら御の字アルね……」
草の向こう、すぐ目の前には亜子の無惨な死体。
下手すれば一発だって耐えられずに、同じような屍と化す危険すらある。
古菲は隣を見る。かなり離れた所に、古菲の言いつけに従い、身を伏せたままじっと動かない五月。
この場の古菲の判断には五月の命も掛かっている。古菲1人の問題ではない。
さて、どうする。どうする。どうする―!?

「ああう……! た、大変ですー」
古菲たちの後方。同じように草の中に伏せて震えていたのは、幽霊の相坂さよ(出席番号01番)。
隠れても意味が無いのかもしれないが、彼女自身は気付かない。自分の姿が見えないことに気づかない。
反射的に、古菲たちに従う格好になってしまっていた。彼女自身、本気で銃撃に怯えていた。
彼女は半ばパニックになりながら、今の状況を分析する。
「このままじゃ、くーふぇいさんや四葉さんも撃たれて私のお仲間になっちゃいますー!
 っていうか既に和泉さんはお仲間ですし、この調子で死んでいけばもっと幽霊増えて楽しくなるかも、
 ―って、そうじゃないですッ! 何か私にできることは? 私にも、何かできること……」
そしてふと、さよは気付く。
そういえば、草に隠れている、と言っても、自分の身体はほとんど草と重なっている。
実体のない自分の肉体。何でもすり抜けてしまう霊体。
これならひょっとして、隠れるもののない場所だって、地面に潜るようにすれば抜けられるのでは……!?

487:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/19 08:18:06
―仕掛けたのは、和美の方だった。
動かぬ古菲の目の前で、いきなり何かが弾ける。
「なッ……!?」
道路に横たえたまま、放置するしかなかった亜子の遺体。
それが、ビクンと跳ねる。飛んで来た銃弾に貫かれ、あたりに何やら淀んだ体液が飛び散る。
さらにもう1発。2発。3発。
古菲の目の前で動けぬはずの死人が踊り、無惨な死体がさらに酷い有様になる。
「何をするアルッ!?」
古菲は怒る。抵抗力の無い者を撃つ、どころの話ではない。死人をさらに鞭打つ態度。
武人として正々堂々の戦いを理想とする古菲は、怒りに震える。
そしてその怒りは無意識のうちに拳を握り締めさせ、震えとなり、草を揺らして―
「……しまったッ!」
5発目の銃声は、今度は亜子を狙ったものではない。
鋭い殺気。瞬時に敵の狙いを理解した彼女。
咄嗟の判断で、逆に転がるように草むらを飛び出す古菲。しかし僅かに、遅い。
狙いこそ正確ではなかったが、飛来した銃弾は、古菲の身体を見事に撃ち抜いて―!

「―やったかッ!?」
確かな手ごたえに、和美は小さく歓声を上げる。
別に亜子に恨みがあったわけでもないが、しかし今は本気の殺し合いの真っ最中。
使えるものなら死人だって使う。『ゲーム』に乗ると決めたからには、それが正しいやり方。
古菲は咄嗟に、伏せたまま撃たれるくらいなら立ち上がって回避に賭けた方がマシ、と判断したようだが。
その判断は、裏目に出たようだ。結局、避け切れなかったようだ。
どこに弾が当たったか、道路の上で古菲は倒れていた。どうもすぐには立ち上がれないらしい。
和美は慌てず騒がず、じっくり次の狙いをつける。
ここで頭か胸かに命中させれば、完全に決着がつく。あの中武研部長・古菲を倒すことができる―!

【残り 24名】

488:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/19 08:18:41
32 《 銃と拳 (2) 》

朝倉和美(出席番号03番)は、道路上に転がる古菲(出席番号12番)に狙いをつける。
無防備な姿を晒す彼女に、狙いすました一撃を加えようとして―
「―だ、ダメですッ!」
そのスコープの視界に唐突に飛び出してきた影に、度肝を抜かれる。
突如どアップで迫った見知った顔、それは……
「さ、さよちゃんッ!?」
出席番号01番、相坂さよ。3-Aの教室に憑いている地縛霊。
学祭準備期間のあの騒ぎの後、他の人には見えたり見えなかったりと安定しない彼女であったが。
ただ1人、常時彼女とコンタクトが取れる人物、それが和美だった。
古菲たちに同行していた事に気付かなかったのは、和美の油断か、それともスコープの視野の狭さか。
半透明のさよの身体だ、居るかもしれないと思って見なければ、和美だって見落としてしまう。

ともあれ、草と地面に半分潜るようにしながら、全速力で「飛んで」来たさよ。
荒い息をつきながら(幽霊も走ればこうなるのだろうか?)、さよは和美に訴えかける。
「だめですよッ、人を殺すなんてッ! そんなの、朝倉さんのやることじゃないですッ!」
「……邪魔しないでよ、さよちゃん。私はもう、1人『殺っちゃって』るんだしさ」
あくまで普段のままに見えるさよに対し、和美は冷たく目を細める。
陽気でお祭り好きで正義感の強い和美ではない、もう1つの彼女の人格の側面を露わにする。
目的のためなら手段を選ばぬ、計算高さ。
相手の事情を知った上でなお無視して踏み込んで行く、悪質パパラッチ的な性格。
朝倉和美の、陰の側面。決して善とは言えない手段であることを知りつつも、なお我が道を進んでいく強さ。

「やめろって言うなら、代案を出すんだね。
 あの先生たちの『魔法』を掻い潜って生き残る、具体的かつ現実的な方法をさ。
 ……あ、『みんなで考えれば何か見つかるはず』みたいな空虚な理想論なら、聞かないよ?」
「ううッ……!」
「さもなきゃ、力づくで止めてみな―さよちゃんにできるのなら、だけど」

489:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/19 08:25:42
和美は言い捨てると、狙撃の姿勢に戻ろうとする。古菲へのトドメを実行しようとする。
さっきは突然現れたさよに驚いてしまったが、分かっていればどうということはない。
和美の視界を遮ろうとしても、さよの身体は透けているのだ。妨害などできはしない。
……そう思ったのだが。

「朝倉さん……」
「ん? まだ何か言いたいことあるの?」
「そういうことなら私……本気、出させてもらいます」
ざわッ。
暗く俯いたさよの、静かな宣言と共に。
丘の上、和美の回りに不自然な風が吹き上がる。
同時に周囲の温度が数度下がったような錯覚を覚えて。
和美の身体が、持ち上がる。誰も触れていないのに、持ち上がる。重力を無視して宙に浮く。
「ちょッ、さよッ、あんたッ!?」
「……朝倉さんが、いけないんですよ? 私、こんなことしたくなんてなかったのに……!」
俯いたまま、ブツブツと呟き続けるさよ。その身体は何やらオーラのようなものに包まれていて―!

ポルターガイスト。一部の幽霊が引き起こす、いわゆる念動力現象。
ダメ幽霊・相坂さよが、「とっても調子がいい時」にだけ、まれに起こせる超常現象の1つ。
もっとも発動さえしてしまえば、重たい教卓や机をいくつも浮かべるほどのパワーである。
和美1人を無力化することくらい、容易いものだ。
地底空間に満ちる魔力のためか、それとも『強制認識魔法』によってさよの精神が変容したためか。
ともかく普段は出せないその力が、今、普段以上のパワーでもって、和美の身体を持ち上げていた。
空中に持ち上げ、そして凄まじい力で締め上げ、捻り上げていく。
軋む肋骨。軋む内蔵。思わず悲鳴を上げる和美。

「う……うわあああああッ!?」
「朝倉さんが悪いんですよ? 私、こんなこと、する気なんてな……」


490:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/19 08:26:25
どんッ。
俯いたまま、言い訳を続けるさよの言葉は、しかし唐突に遮られる。
短い、銃声。
「……え?」
信じられない、といった表情で、さよは自分の胸元を見つめる。
見えない腕から解放され、ドサリ、と地面に落ちた和美は、脂汗を浮かべつつも相手を見上げる。
さよに締め付けられていた腹部が痛い。肋骨が痛い。下手すれば骨にヒビくらい入っているか?
けれど和美の顔に浮かぶのは、苦痛よりも強い、勝利の笑み。
「へ、へへ……! さよちゃんが悪いんだよ? 邪魔なんかするから……!」
和美の手の中には、銃口からうっすら煙を上げるライフル。
エアガンながらも、改造と特殊な銃弾の使用により、実銃並みの威力を備えた凶器。
反動は実銃よりも低く、弾数は実銃よりも多い、使い勝手のいい武器。
その銃弾が至近距離から放たれて、誰も捕らえられぬはずの霊体を撃ち貫いていた。
さよの胸に、大きな風穴を開けてしまっていた。

エアガンの中に詰め込まれた、『術を施した銃弾』。
単純に威力を増すだけでなく、魔法使いの障壁を破り魔物にダメージを与えるべく施された、魔法的処理。
学祭前の幽霊騒動の時に真名が乱射したのも、ライフル弾と拳銃弾の違いはあるが、基本的に同じもの。
つまりは、当たりさえすれば、さよ相手にも有効。
実体なき霊であっても、撃ち滅ぼすことができる。

「あ、朝倉、さん……!」
「バイバイ、さよちゃん。アンタと一緒に居れて、楽しかったよ」
掛け値なしの笑顔で、和美はさよを見送る。
それは、和美の嘘偽りない気持ち。できれば討ちたくはなかったのは、和美も一緒。
ただ、自分の命と幽霊との友情を天秤にかけ、前者を選んだだけのことだ。僅かに前者が勝っただけだ。
和美の目の前で、さよの姿が消えていく。
胸の風穴から、何かキラキラ光るものが溢れ、こぼれていく。
幽霊の身体を構成する非物理的媒体を噴き出しながら、姿形が崩れ、消滅していく―


491:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/19 08:26:58
「……ふう。さよちゃんのせいで、思わぬ時間喰っちゃった。さて、さっさと古菲を―」
「―あれは相坂さんだったアルか。妙な気配が付いて来てたのは、感じてたアルけどネ」
「!!」
一息ついた和美はそして、凍りつく。
背後からかけられた言葉。あまりに近すぎる声。絶対に回避したかった事態。

さよと言葉を交わし、矛を交えた短い時間の間に。和美の注意が逸れていた間に。
撃たれて倒れ込んでいたはずの古菲は、一気にこの距離を詰めていた。
スナイパー側の異常を敏感に察知し、傷ついた身体に鞭打って。大地を蹴って斜面を駆け登り。
この圧倒的な距離、和美の持っていた優位性を、一気に詰めていた。
力なく左手をダランと垂らしたまま、それでも強い意志の篭った目で、和美を睨みつけていた。
「くッ……!」
「―遅過ぎるアルよ、朝倉サン」
和美は慌てて振り返り、さよの時と同様、腰溜めの姿勢でライフルを撃とうとしたが……
この距離は既に、古菲のものだった。和美のトリガーより、なお古菲の身体の方が速かった。
飛び込んで来た古菲、その全身の勢いを乗せた右肘が、和美の胸骨と肋骨を打ち砕いて―


―全てが終った、丘の上。古菲は1人、打ちのめされた表情を浮かべ、俯いていた。
「手加減、できなかったアルね。ワタシもまだまだ、未熟アル……」
至近距離で向けられた銃口の恐怖。和美から向けられた純粋な殺意。
そして遠距離から撃ち抜かれ、自由には動かなくなった左肩。
それでも彼我の実力差を考えれば、生きたまま無力化することは可能だったはずなのだ。
なのに、止め切れなかった攻撃。半歩ほど強すぎた踏み込み。
生まれて初めて、人を殺してしまった自分の手。
武道家として、あまりに未熟過ぎる自分。
古菲は泣き出したくなる気持ちを堪えて、和美の死体に背を向ける。
「……下で、五月が待ってるアル。ここで悲しんでる時間は、無いアルね」


492:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/19 08:27:40

「サツキー? もう、出てきても大丈夫アルよー? サツキー?」
登った時の倍以上の時間をかけ、丘を降りてきた古菲は呼びかける。
彼女が伏せているであろうあたりに向かって、遠くから呼びかける。
けれども、何も動くものはない。答えてくれる仲間は、どこにも見当たらない。
ただ草原の草が、微かな風になびくだけ。
「五月……どうしたアル? もう悪い奴はやっつけてきたアルよ? サツキ?!」

四葉五月(出席番号30番)。彼女の耳には、しかし既に古菲の声は聞こえていなかった。
草に埋もれるようにして、ピクリとも動かぬ五月の身体。コックの白衣を真っ赤に染め上げる、膨大な出血。
五月は既に、死んでいた。
和美が放った最初の銃弾。古菲が回避できたと思い込んでいた、最初の連射。
そのうちの1発を腹部に受け、太い動脈が破れ、致命傷を負っていた。
周囲に亜子の血の臭いが満ちてなければ、古菲だってすぐに気付いたに違いないのだが……。

そして五月が意識を失う寸前まで考えていたのは、古菲のこと。
迂闊な言動で古菲に危険が及ばぬよう、必死で悲鳴を噛み殺し、のたうち回りたいのを我慢して―
古菲が戻ってきた時には、既にその身体は、草に埋もれる格好で、冷たくなり始めていた。
親友の呼びかけに、答えられるハズもなかった。

……古菲が草を掻き分け、動かぬ五月の遺体と対面したのは、それから間もなくのことだった。

【出席番号01番 相坂さよ 術を施した弾丸に貫かれ 消滅】
【出席番号03番 朝倉和美 強烈な打撃により心臓破裂を起こし 死亡】
【出席番号30番 四葉五月 銃弾により大動脈破損・大量出血により 死亡】
【残り 21名】

493:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/19 08:28:32
33 《 透明人間 (1) 》

―綾瀬夕映(出席番号04番)は、荒い息をつきながら本棚の立ち並ぶ湖岸を駆けていた。
立ち止まるわけにはいかない。どこから『見えない敵』が襲ってくるか分かったものではない。
首筋からは、一筋の血。頚動脈には辛うじて届かずに済んだ、ギリギリの傷。
彼女はネギの杖を両手に握り締め、黒いローブの裾をはためかせ、大きな本棚の影に隠れる。
「はぁ、はぁ……。ど、どこに行ったんでしょうか、『敵』は」
砂浜に乱立する本棚の森。いつどこから襲ってくるか分からぬ、『見えない敵』の恐怖。
とにかく背後だけは取られまいと、本棚に背を預け、周囲を見回し警戒するが……
どんッ。
「あッ……!?」
突如、背中に感じる強い振動。本棚の向こう側から、蹴り飛ばされるような感覚。
そして彼女の安全をもたらしてくれるはずの背後の棚は、本の雪崩を引き起こして……
「しまったですッ……!」
夕映の小さな身体は、崩れ落ちてきた大量の本に下敷きになる。
いかにも魔女、といった雰囲気のある黒のトンガリ帽子が、ふわりと舞って遠くに落ちる。
重い。背中に積み重なる本が重い。動けない。頭と杖を握った腕だけが、本の山から突き出した状況。
足音が近づく。本棚を迂回し砂を踏みしめ、近づいてくる。
首だけ回してそちらを見るが、相変わらず相手の姿は見えない。
ただ誰も居ない砂の上に、一歩ずつ、着実に、足跡が刻まれる。足跡だけが近づいてくる。
敵。見えない敵。問答無用で夕映に襲い掛かってきた敵。
そして虚空に、黒い刃が出現する。
クナイを逆手に握りしめた手首のみがステルスコートの裾から突き出され、可視化する。
「……『魔法使い』は、倒さなきゃ……化け物出す前に、倒さなきゃ……!」
見えない『敵』は、そして呟く。熱にうなされたような声で呟く。
その声を聞いて、ようやく夕映は相手の正体を知る。知って、驚く。
大河内アキラ(出席番号06番)。寡黙で真面目な水泳部のエース。
何故、彼女が、こんな真似を……!?

494:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/19 08:36:34

ザジと高音の2大軍団の大激突は……要するにアキラにとっては「衝撃的過ぎた」のだ。
麻帆良の誰もが『魔法』の実在を信じ始める中、1人手放しで信じることができなかったアキラ。
そんな彼女だったからこそ、あの光景は大きな意味を持つものとなった。

『魔法使い』は、大量の化け物を呼び出せる。
『魔法使い』は、呼び出した化け物たちにヒトを襲わせる。
『魔法使い』に負けて倒されてしまえば、生きたまま化け物たちに貪り喰われ、後には骨しか残らない―

―誤解である。極論である。
いくらなんでも、全ての『魔法使い』がそんな術を使えるわけではない。
いくらなんでも、全ての『魔法使い』がそこまで残酷なわけでもない。
特に、あのザジを捕まえて「典型的な『魔法使い』」だと考えるのは、明らかに間違った考えだ。
けれど、一般人に過ぎぬアキラに、そんなこと分かるハズもなく。
彼女の精神に、強烈なイメージが刷り込まれてしまう。過剰な防衛意識が芽生えてしまう。

『魔法使い』は『敵』だ。『魔法使い』は危険だ。
『魔法使い』は倒さねばならない。
『魔法使い』が化け物たちを呼びだすより前に、確実に着実に殺しておかねばならない―

アキラはそして、彼女にとっての始まりとなった砂浜から歩き出した。島の縁に沿って歩き出した。
アキラが島の南東、図書館島深部風の本棚地帯に向かったのは、単にザジから逃げようとしただけだ。
ザジとその軍団が南西の遺跡群の方に向かうのを見て、その反対側に歩を進めただけだ。
そして―アキラは、遭遇する。
見るからに『魔法使い』としか思えぬ格好をした、クラスメイトの1人。
黒いローブ。黒いトンガリ帽子。いかにもな形をした木の杖。どこからどう見ても『魔女』でしかない格好。
本棚にもたれて読み耽っているのは、いかにも『魔道書』然した分厚い書物。
ネギの到着を待つ、綾瀬夕映だった。


495:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/19 08:37:09

―そして始まった、この死闘。
ステルスコートの特性を活かし、不意打ちを仕掛けたアキラ。
しかしこの服、裾が長くフード付きなのはいいのだが、実は完全なものではない。
丈が届いていない足元については、力場を広げフォローしてはいるものの……
何かを手に持って身構えると、その武器と手首は光学迷彩の効果範囲外に出てしまう。
またこのステルスで誤魔化せるのは、相手の視覚と魔法的感覚だけ。歩けば足跡は残るし、足音もする。

そんなわけで、砂を踏みしめる足音に顔を上げ、宙に浮かぶクナイの一撃目をなんとかかわした夕映。
しかし夕映の側からは反撃の手段がない。夕映が呼びかけても『見えない敵』からの言葉はない。
逆手に握られたクナイで何度も斬り付けられ、刺され、蹴りつけられ……
黒いローブのために見えにくいが、夕映の身体は細かい傷がいくつもつけられていた。
かろうじて致命傷だけは避けているが、しかし首の傷のようにそれは紙一重でしかない。
いつまでも、避けきれるものではない。

そんな状況の中、夕映が選んだのは逃げの一手。
時間を稼ぐ。本棚を盾に逃げまくる。見えない敵とまともな勝負をすることを、避け続ける。
もう少しすれば、ネギが来てくれるかもしれない。念話で呼んだネギが来てくれるかもしれない。
彼の優れた魔法と戦闘センスで、この状況を打開してくれるかもしれない―
ただその一念で逃げ回っていた夕映は、本棚を背にしたことが裏目に出て。
こうして大好きな本に自由を奪われ、今まさに、アキラにトドメを刺されんとしていた。

「くッ……!」
影も形も見えないけれど、宙に浮かぶクナイと足跡が、一歩ずつ近づいてくる。
アキラのどこか壊れた独り言が、ゆっくり近づいてくる。
本の山に埋もれたまま、夕映は理解する。
アキラは精神の均衡を失ってしまっている。言葉はこの相手には無力。
夕映の一番の武器である『言葉』、それが通じないのでは、どうしようもない。
このまま殺されるしかないのか―?!

496:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/19 08:37:45
「ハルナッ……!」
目の裏に、既に散ったと伝えられた親友の顔が浮かぶ。
自分も彼女の後を追うことになるのだろうか。いや。
「ネギ先生ッ……!」
夕映は長い杖を握り締める。諦めるのは早い。何かまだ出来ることが残っているはず。
……アーティファクト? いや、無理だ。今この状況、『世界図絵』で何を調べればいいと言うのか。
……『魔法』? いや、無駄だ。夕映に使える『魔法』は、現時点では数えるほどしかない。
この状況を一発で打開する『魔法』など……
「……ッ!」
そして彼女は思いつく。しかし時間がない。アキラは、見えない敵はすぐ目の前に迫っている。
見えない腕に握られたクナイが、大きく振り上げられる。
本の山の中、身動き取れない夕映の頭に、そのまま一気に振り下ろ―

「プラクテ・ビギ・ナル……『火よ灯れ(アールデスカット)』!」
着火。
間一髪のタイミングで、ネギ愛用の杖を発動体として、夕映の魔法が効果を現す。
夕映の上に積み重なっていた本が、『魔法の火』によって一気に燃え上がる。
クナイを振り下ろそうとしていたアキラは、目の前に出現した突然の炎に、思わず一歩下がってしまって。
その隙を逃さず、炎の中から転がり出る黒い塊。
本の山が重過ぎて跳ね除けられないなら、燃やして軽くすればいい―まさに命がけの発想。
軽い火傷を負いながらも、夕映は脱出に成功する。
炎に煽られフードが脱げ、空中に浮かぶように現れたアキラの虚ろな顔を、杖を構えて睨みつける。

「……大切な本相手になんてことをやらさせてくれるのですか、貴女は。
 許しませんですッ!」
本好きの夕映にとっては自分の火傷以上に、貴重な本に火をつけざるを得なかったことが腹立たしくて。
夕映の闘志にもようやく火がついた。逃げ回ることをやめ、アキラと真正面から対峙する―

【残り 21名】

497:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/19 08:38:25
朝投下無事終了。人が居ないのか連投規制で悩まされました。
ではまた夜に続きを……。

498:マロン名無しさん
06/09/19 09:16:16
さっちゃあぁぁぁーーーーん!!!

499:マロン名無しさん
06/09/19 10:35:21
さっちゃんはくーとセットで生き残って欲しかった…

500:マロン名無しさん
06/09/19 16:48:55
これでチャオ側だった生徒はもう龍宮だけか……

501:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/19 21:07:33
34 《 透明人間 (2) 》

ネギ・スプリングフィールド(出席番号32番・便宜上与えられた番号)は、急いでいた。
夕映に続き、のどかからも伝えられた念話による連絡。それによって、ネギの行動方針は決まっていた。
最初に目指すは島の南東、図書館島風の本棚地帯。
夕映と合流して杖を受け取り、杖に2人で乗ってのどかたちとの合流を目指す。
この順番になったのは、それぞれの現在地の関係によるものだった。
ネギがいた東の林の中からは、本棚エリアの方がまだ近い。
坂も多くクネクネと曲がりくねった道を、ネギは急ぐ……
……と言っても、彼の体力では走り続けることはできないから、どうしても休息を挟みつつ、であったが。

今、ネギがいるあたりは、地図の上では既に本棚地帯の端の方に当たるらしい。
林の中を流れる川を越え橋を渡ってから、木々の中に本棚が点在するようになった。
何の変哲もない林の中に、何の脈絡もなく本棚が建っている。不思議と調和した風景。
中には蔦で覆われて、本を読みたいと思っても取り出せないような本棚もあったりするが。
「あれはッ……!?」
そんな奇怪な周囲の様子に見とれるヒマもなく、ネギは急ぐ。
見れば行く手、木々が途切れて代わりに本棚が立ち並ぶ砂浜の方に、黒い煙が立ち昇っている。
これは夕映の方に、何らかの異常があったということなのか。
もう嫌なのだ。これ以上、誰かが死ぬのは嫌なのだ。
定期放送で親しい人々の名前が呼ばれるのは、嫌なのだ。なんとかして、止めなければ―
「待ってて下さい、夕映さんッ……!」
彼は走り出す。疲れた身体に鞭打って、本棚の森を全速力で駆ける―。


502:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/19 21:08:04

「プラクテ・ビギ・ナル、光の精霊1柱、集い来たり……わぷッ!」
「殺ス……! 『魔法使い』は、倒すッ……!」
本に付いた火が燃え移り、黒煙を上げて燃え始めた本棚の前で。
大河内アキラ(出席番号06番)と綾瀬夕映(出席番号04番)の死闘は続いていた。
恵まれた体格と運動神経、そしてステルスコートの性能を活かし、ヒット&アウェイを繰り返すアキラ。
対する夕映は防戦一方。杖を構え『魔法の射手』を唱えようとするが、最後まで詠唱すらできない。
アキラは咄嗟に近くの本棚から本を抜き取り投げつける。顔面に直撃を受けた夕映は、思わずよろめく。
成功の確率はまだまだ低い呪文だったが……詠唱すら許されないのではどうしようもない。

「ともかく、向こうの姿が見えないことにはッ……!」
足跡で相手の居場所を見破る方法も、踏み荒らされていない砂浜であればこそ有効な方法。
こんな風に双方が大立ち回りを演じた後の地面では、あまり役に立たない。
さっき一瞬見えたアキラの顔も、フードを被り直されてもう見えなくなっていて。
夕映は杖を闇雲に大きく振り回し、見えないアキラを牽制しながら必死で考える。
向こうは魔法か何かで姿を消しているだけで、物理的には『そこ』に存在するはず。であれば……。
「プラクテ・ビギ・ナル……『風よ(ウェンテ)』!」
今度は妨害よりも先に唱えきる。元々短い呪文だ。
夕映の『力ある言葉』に応じ、本棚から立ち昇る黒煙が、不自然な風に煽られ周囲に撒き散らされる。
うっすらと広がった煙の中、透明人間の輪郭が浮かび上がる。
高度な光学欺瞞処理も追いつかず、その位置と身体の動きを、完全に浮かび上がらせる―
「―ッ!!」
と、その、煙の中の透明人間が。輪郭だけの人影が。
明らかに攻撃には遠い間合いで。
腕を素早く振り上げると―投げた。手にしていたモノを、投げつけた。
「ッ!?」
ずっと逆手に握りしめ、ナイフのようにして使ってきたクナイのいきなりの投擲。
見えない相手がようやく見えた、と夕映が一瞬安心してしまった隙を突いた、アキラの攻撃。
夕映は、避け切れなかった。
どすッ、と身体の芯に響くような音を感じて、夕映の小さな身体はよろめき倒れる。

503:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/19 21:08:49
アキラにとっても、実はこの投擲は「最後の手段」。
彼女が砂浜で回収したクナイは、わずかに2本。投げて外しでもしたら、彼女の攻撃手段が失われてしまう。
自分がよほどの危険に陥った時か、相手がよほどの油断をした時にでもないと、投げようとも思わない。
ザジほどのコントロールのない彼女にとって、命中が期待できる距離はかなり短く。
―そして今の一瞬は、まさにそれら全ての条件を満たしていた。

「『魔法使い』は、殺さなきゃ……!」
煙の中、アキラは呟く。倒れた夕映を、静かに見下ろす。
最後の1本のクナイを片手に握り締め、血を吐いて震える夕映のすぐ近くに……

「―待てぇッ!」

本棚の森に、響き渡る凛とした声。
アキラも夕映も、はッとしてそちらを振り向く。振り向かなくとも、その声だけで誰だか分かる。
彼女たちの担任、ネギ・スプリングフィールドが、拳を構えてそこに居た。
荒い息をつきながら、倒れた夕映と煙の中の「透明人間」をしっかと見る。
詳しい経緯は分からぬが、夕映と「誰か」が激しい戦いをしていたことだけは分かる。
「夕映さんッ! それに、あなたは……誰なんですかッ!」

ネギの問いかけに対するアキラの回答は、ある意味実に分かりやすいモノだった。
「『魔法使い』……殺すッ!」
別人のように狂気を滲ませた掠れ声で、アキラは叫ぶ。
血を流す夕映をその場に残し、煙の中から飛び出してネギに襲い掛かる。
夕映の『魔法の風』で吹き広げられた黒煙、しかし今ネギがいるあたりにはほとんどない。
輪郭だけが見えていた「透明人間」が、真に見えなくなる。気配だけが、ネギに迫る。
ネギは焦る。見えない敵と、どう戦う? どう対処する?!
そんなネギに、夕映は叫ぶ。必死に杖を持った手を伸ばす。

504:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/19 21:09:22
「ネギ先生ッ、コレをッ!」
「!! なるほど……『杖よ(メア・ウィルガ)』ッ!」
咄嗟の夕映の叫びに、ネギはその意図を察し、『力ある言葉』を口にする。
呼びかけに応じ、杖が飛ぶ。夕映が投げてネギが『呼び』、真っ直ぐネギの手元目掛けて飛んでいく。
その進路上には―姿こそ見えないものの、ネギに襲い掛からんとしていたアキラの身体。
背後から飛来する杖の強襲を受けたアキラは、その場につんのめる。砂を巻き上げ、顔面から倒れ込む。
彼女が顔を上げた時にはもう、木の杖は再び宙を舞い、ネギの手元に届いていて―
恐怖するアキラの頭上、ネギの手元に光が宿る。
正体不明の『敵』。殺意だけは明らかな『見えない敵』。
それを討つための、確実性を重視した攻撃力の高い魔法。
「ラス・テル マ・スキル マギステル 来たれ虚空の雷 薙ぎ払え……」
「ひ……ひッ!」
「―『雷の斧(ディオス・テュコス)』ッ!」
透明人間が砂を巻き上げたその場所。間違いなく『敵』が倒れている場所めがけ、叩きつけられる雷の刃。
高電圧が、超科学の産物であるコートの機能を破壊する。アキラの姿が滲み出るように現れる。
コートもろとも光輝く雷の刃に叩き切られた、無惨なアキラの姿が、出現する……。

「あ……え? アキラ……さん?!」
なんとか倒した敵。緊張を解いたネギは、そして驚く。
相手が生徒である可能性を、すっかり失念していた彼。見えない敵に闇雲に攻撃を仕掛けてしまった彼。
姿が見えてしまえば、それは大切な自分の生徒の1人―
魔法障壁も『気』の力もない一般人の彼女には、この程度の威力の魔法ですら、十分致命的だった。
斬撃と電撃の相乗効果で、あっけなく、実にあっけなく、死んでいた。

「ぼ……僕は、なんてことを……!」
「……ネギ、せんせ……い……」
自分のやってしまったことに思い至ったネギの耳に、夕映の震える声が聞こえる。
慌ててネギはそちらに駆け寄る。
取り返しのつかないアキラの身体をとりあえずはそこに横たえ、夕映の元へ―

505:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/19 21:10:23

……そして夕映もまた、取り返しのつかないことに、なっていた。
アキラの投げたクナイ。それが深々と突き刺さった、彼女の薄い胸。
これもまた、死に至る傷だった。即死こそしないが、十分に取り返しのつかない傷だった。
「ッ……! す、すぐに『魔法』で……って、僕の呪文じゃ治せないし、
 そうだ木乃香さん! 木乃香さんどこですかッ!? 待ってて下さい、今すぐ木乃香さんを……」
「……いいんです、先生」
パニックを起こすネギの服の袖を、夕映は握り締める。
血で満たされた肺。ロクに呼吸もできぬ身で、夕映は力無く微笑みながらネギを見上げる。
「……この『ゲーム』、少し私の『世界図絵』で調べてみましたです……ゴフッ、ゴフッ」
「夕映さん! 無理はダメです、喋らないでッ」
「ゴホッ……調べてて、分かったことがあるです」
血を吐きながら、夕映は苦しい息の下、それでもなお語る。
語っておかねば、ならなかった。自分はここで終わりでも、「先」へと伝えねばならぬ知識があった。

「この、『ゲーム』……様々なことを考え合わせ、大掛かりな『儀式魔法』の疑いが強い、のですが。
 『今現在』の魔法界には、影も形も見当たらないのです。『世界図絵』でも情報がヒットしないのです」

綾瀬夕映のアーティファクト、『世界図絵(オルビス・センスアリウム・ピクトゥス)』。
一冊の本の形をしてはいるが、その総情報量は優に図書館1館分を超える『魔法百科事典』。
まほネットに接続し常時情報を自動更新し、常に最新最高の情報を提供してくれる書物。
深度Aの機密情報にもアクセスでき、『魔法』に関することで分からぬことなど何もない―はずだった。

その『世界図絵』が、この『ゲーム』、『バトルロワイヤル』については何も掴むことができない。
何の情報も得ることができない。
これは、不可解な話であった。
この『ゲーム』が、本当に大掛かりな『儀式魔法』なのだとするのなら―

―この『ゲーム』は、『過去』と『現在』の全ての世界において、未だ『存在しない魔法』ということになる。


506:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/19 21:10:54
「強いて言えば、古代中国の『蠱毒』という呪法に近いのですが……ゴホッ、ゲホッ」
「もういいです! もういいですからッ!」
大量の血を吐き、むせ返る夕映。泣きながら彼女を抱きしめるネギ。
夕映は助からない。夕映自身もそれを知っている。そして後を託すべく、全てを語ろうとしている―
それが分かってなお、ネギは彼女を止めようとして。
「ふふふ……。心配しなくても、これで、伝えねばならぬことは、全部です……」
「ううッ……」
「ああ、あと1つ……そうですね、伝えておきたい、ことが……」

そして夕映は、最期の力を振り絞り、ネギの頭に手をかける。
呆然とするネギを、震える手で引き寄せる。
ゆっくりと重ねられる、2人の唇。
血の味に満ちた、最後のキス。
仮契約の時のような周囲の意志によるものではない、夕映自身の意志による口づけ。
「あ……え……? ちょッ、夕映、さん……?!」

 「……貴方のことが、好きでした。
  のどかのこと、よろしくお願いします、です……」

それっきり、脱力。
目を閉じ、力を失い、ピクリとも動こうとしない夕映の小さな身体に。
ネギは、泣いた。燃え続ける本棚の前で、大声で泣き続けた。

【出席番号06番 大河内アキラ 電撃の魔法で絶ち斬られ、死亡】
【出席番号04番 綾瀬夕映 胸にクナイの直撃を受け 死亡】
【残り 19名】

507:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/19 21:11:37
35 《 Atom Heart Father 》

……森を抜け、沼地の南側を抜ける道の途中で。
出くわしたのは、またしても物言わぬ死体だった。
死後数時間は経過した、早乙女ハルナ(出席番号14番)の無惨な死体。
動物か何かに首のあたりを噛み切られたようだが、いったいどんな獣に噛まれればこんな傷になるのか。
血はすっかり流れきって、乾き始めている。

「ハルナ、さんッ……!」
「まあ放送でも死んだって言ってたしねー。……あ、荷物、手付かずで残ってんじゃん。
 何か使えるモン残ってないかねー? 今度こそ武器か何か欲しいんだけど……」
ハルナの死体の様子に、ショックを隠せない雪広あやか(出席番号29番)。
その隣で、早速ハルナの荷を漁り始める明石裕奈(出席番号02番)。
まるで平然とした裕奈の態度に、あやかはキッと睨みつける。
「ちょっと裕奈さん?! 貴女、このハルナさんの姿を見て、なおもそんな……!」
「ちぇ~っ、説明書だけかー。こりゃ、パルを殺った誰かさんが持ってっちゃったな。残念残念」
「―裕奈さんッ!!」
裕奈の態度に、とうとうあやかはキレる。
大声を上げて、連れ合いの襟首を掴んで引きずり起こす。噛み付かんばかりに吼える。
「さっきから貴女は、どこかおかしいですわよッ!?
 みんな死んでるのですよ!? ハルナさんだけでなく、木乃香さんも、夏美さんもッ!
 なのに、どうして、貴女はッ……!」
「……手を離してよ、いいんちょ」
あやかの怒りに、しかし裕奈は静かに答えて。
胸元を掴むあやかの手を振り払うと、再びしゃがみ込んで荷物の調査を再開する。
「じゃあ聞くけどさ。ここで私が悲しそうな顔とか態度とか取れば、ハルナたちが生き返るわけ?」
「……ッ!?」
「私たちが生き残るためにも、使えるモノは使わせてもらわないと。違う?」

508:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/19 21:12:13
裕奈の正論に、あやかは反論の言葉もない。
言葉もないが……しかし、得体の知れない違和感が、あやかの胸を締め付ける。

裕奈と出会い、行動を共にし始めて6時間余り。
他の生徒を探して森の中に入って、道に迷って。
時折裕奈が「疲れた」と言うので休憩なども挟みつつ、大きく森の中を一周した。
そして出会ったのは、斬られた木乃香と、爆死した夏美。どちらも既に手遅れの状態。
まだ暖かさを残す死体。そう遠くない場所に居たはずの殺人者は、影も形もない。
果たして殺人者と出会わずに済んだ幸運を喜ぶべきなのか。
それとも、わずかの差で犠牲者たちを助けられなかった不運を嘆くべきなのか。

裕奈はあやかの目の前で、ハルナの荷物を調べている。使えそうな品物を並べていく。
ハルナを殺した者が残していった、魔法銃の説明書。ペットボトルの水と、コッペパン。
森の中で出会った木乃香や夏美の死体からも、裕奈は水と食料を確保している。
その一部はあやかも持たされていて、だから荷物が重くて仕方が無い。
救えなかった命の重みと共に、ずしりと4リットルの水の重量が、あやかの肩にかかる。
確かに、その裕奈の態度は、この『ゲーム』の中においては正しいのだろう。
だが……

……目の前のこの人物は、本当にあの、明石裕奈なのだろうか?
能天気で、お祭り好きで、暴走しがちで、でも、友達想いだったあの『ゆーな』なのだろうか?
いや裕奈であることは間違いないのだが、何と言うべきだろう、先程から彼女らしからぬ行動というか……。

「……うん、分かってるよ、お父さん」
ハルナの遺品を漁り、必要なモノを自分の鞄に詰め替えながら、裕奈は虚空に向かって頷く。
あやかには聞こえない声。裕奈を遠くから見守り、助けてくれる声。
―それこそが、あやかと裕奈の2人が、ここまで生き延びてこられた理由だった。

509:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/19 21:13:05

最初は裕奈自身、自分が正気を失ってしまったのかと疑った。
現実逃避したい一心で、自分の無意識が生み出した幻聴なのかと疑った。
けれど、『父の声』の言った通りに歩けば、あやかと遭遇し、木乃香や夏美の死体と遭遇し。
今や裕奈はしっかりと理解していた。
どこか遠くから、父は実際にこの『ゲーム』を見ていてくれているのだ、と。
何をどうやっているのかまでは分からぬが、こうして『テレパシー』で助言を与えてくれているのだ、と。

『そこから東の草原の方に向かえば、08番の神楽坂と12番の古が居る。この2人は戦意はなさそうだね。
 今すぐに合流すべきかどうか、少し悩むところだが……。
 南の山の方や、今来た西の森の方には、行かない方がいい。
 戦闘力と殺意を併せ持った者が何名か、動き回っている。間違っても遭遇したくはないね』
裕奈の耳元で、父の声が囁く。すぐ傍に実際にいるかのような息遣いまで感じられる。
他の参加者が知りえぬ情報の提供に、裕奈は小さく頷いて感謝の意を示す。

あやかと出会った、西の岩場。通り抜けてきた、北西の森。
すぐ近くにいた「殺し合いをするつもりの連中」に遭遇せずに済んだのは、全てこの『声』の誘導のお陰。
まき絵、楓と美砂、超、愛衣、美空。ニアミスのように近くを通りながら、ついに会わなかった好戦的な人々。
現時点では、裕奈たちに勝ち目は薄い。あやかの合気柔術も、ちょっとばかし決め手に欠ける。
ゆえに、しばらくは敵をかわしつつ、ハイエナのように死者の装備を漁って歩く。
武器と装備の充実を図りながら、達人たちが潰しあい疲れ果て、共倒れになるのを待つ。
それが裕奈の父・明石教授が授けた作戦だった。
……「使える」武器を持った死体が残されていないのは、教授にとっても計算外ではあったが。

『ちなみにその場に留まるのも、お勧めできないな。まだ慌てるほどの距離じゃないけど、西の方から……』
―ザザザッ。
それは、唐突に。
裕奈の耳元に届いていた、声無き声が、急に乱れる。
雑音。何か慌てるような気配。そして―沈黙。
「…………おとう、さん?」

510:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/19 21:13:38
何か、直感するものがあった。何か、嫌な予感があった。
唐突に途切れた『声無き声』に、裕奈は思わず叫ぶ。見えない父に向け、叫ぶ。
「お父さん!? ねえ、ちょっとお父さん、どうしたの!? 返事してよ!」
「ゆ……裕奈さん? 誰に向かって喋ってらっしゃるの? 裕奈さん!?」
裕奈のすぐ傍で、あやかは不可解そうな声を上げる。
急に立ち上がり訳の分からぬことを言い出した裕奈の顔を、心配そうに覗きこむ。
けれど裕奈には、あやかに応える余裕なんてカケラもなくて。
虚空に向けて、叫び続ける。父のことを、呼び続ける。
「お父さん! お父さんってば! ―ねえッ!」
しかし『声』は応えない。いくら待っても、返事をしない。
早乙女ハルナの死体の、すぐそばで。
やがて裕奈は、泣き始めた。状況が理解できずオロオロするあやかをヨソに、大声で泣き始めた。


「―困りますね、教授。こういうことをされると」
「……いやはや、申し開きのしようがないね、コレは」
後頭部に銃を突きつけられ、教授は細い目をさらに細めて苦笑いを浮かべる。額に伝うのは脂汗。
彼の目の前には、遠見の力の水晶球。映っているのは、教授自身の愛娘。
銃を構えたガンドルフィーニをはじめ、周囲を何人もの先生たちに取り囲まれ、教授は両手を上げる。
完全に、彼の『負け』だった。

管理サイドの人間であることを利用し、水晶球で概況を把握、『念話』を用いて娘に助言する―
教授が行っていたのは、単純ながらも実に効果的な反則であった。
志向性の高い『念話』は、魔法使いといえども脇から『盗聴』するのは実に困難。
たとえ『盗聴』に成功しても、物的な証拠が残せないため、現行犯で押さえない限り違反を証明できない。
教授の『ルール破り』は、誰にも見抜けず追求できないはず、だったのだが。

511:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/19 21:16:13
「『上』の方が一段落しテ、手伝いに来てみたラ……変な『念話』を傍受したカラ……」
「……そうか、ココネ君か。君は居ないとばかり思っていたからね。これは僕が迂闊だったなぁ」
修道女シャークティと、その陰に半分隠れ服の裾を掴む幼い魔法生徒。
美空の相棒・ココネ。
『魔法使い』としてはまだまだ未熟だが、しかし『念話』については誰にも負けない才能を誇る。
魔法先生の多くが『ゲーム』に掛かりきりになる間、シャークティと共に学園を守る任についていたはずだが。
考えてみれば、この『ゲーム』には麻帆良学園の命運がかかっている。
彼女たちが気になるのも、当然のことだった。休憩のついでに覗きに来たくもなるだろう。

「申し訳ありませんが、『バトルロワイヤル』終了まで、教授には『牢』の方に移ってもらいます」
「……こうなってしまった以上、仕方ないだろうね」
「シスター・シャークティ、休憩中のところすいませんが、教授の仕事を引き継いでもらえます?
 ああ、くれぐれも美空君に『念話』で助言するような真似は、しないように」
「分かっています。ここで倒れたら、あの子もそれまでの存在だったということですから」
両脇を刀子とサングラスの教師に固められ、教授は部屋から連行される。
このまま彼は、地下30階にある『魔法封じの牢屋』に監禁されることになるのだろう。
彼が部屋を出るその時に、ガンドルフィーニが小さく呟く。


512:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/19 21:18:36
「……私も娘の居る身ですから、教授の気持ちも分からなくもないですが―
 せめて、娘さんを助けたいなら、方法を考えて頂きたかった。
 例えば『仮契約』を結びアーティファクトや魔力を与えただけなら、何の問題もなかったのですよ」
ネギの仲間や美空がそうであるように、従者側の仮契約カードは残す約束になった今回の大会。
ガンドルフィーニの指摘の通り、ルールに反しない支援方法は、あったはずなのだが。
「不幸にも、裕奈と会う時間さえ作れなかったからね。ここのところ忙しくてさ。それに……」
そして、教授は笑った。
いつも穏やかに笑う彼には珍しい、今にも泣き出しそうな笑顔で、ガンドルフィーニに笑いかけた。
「父親が年頃の娘のファーストキスを奪ってしまっては、流石に悪いだろう?
 ……今思えば、そんな気遣いなどしている場合ではなかったのだけれど……ね」

【教師サイド 明石教授 脱落】
【残り 19名】

513:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/19 21:19:22
36 《 火蜥蜴 (サラマンダー) 》

「―うふふ」

佐倉愛衣(出席番号34番)は、森の中を彷徨う。
表情のまったくない顔。見るものを不安に誘うような、感情のない空虚な顔。
ただ、口だけで笑っている。口だけで笑いながら、フワフワと、雲の上を歩くような足取りで彷徨う。
「うふふ。あはは。ふぁいあー。あははは」
彼女が適当に振り回した箒の先から、炎の弾が飛び出す。
目標も何もない、無詠唱『魔法の射手・炎の1矢』。ヘロヘロと飛び出し、ポトリと落ちる。
チロチロと落ち葉が燃え出し、ゆっくりと燃え広がっていく。
「あはは。みんな燃えちゃえ。あはは」
既にこの調子で、森のあちこちに火を放っていた愛衣。遠くでは本格的な山火事が広がりつつある。
下手すれば彼女自身、煙に巻かれ命を落としかねないのだが、そんなことお構い無しに。
彼女は歩く。目的もなく歩く。無意味に炎を放ち、森を焼きながら歩く。

佐倉愛衣は、完全に壊れていた。
いきなり桜咲刹那(出席番号15番)に襲われ、高音・D・グッドマン(出席番号33番)の死を伝えられ。
シスター・シャークティの配下の『謎のシスター』(そういえば本名は何だっけ?)を焼き殺し。
……いや、『謎のシスター』は実際には一命を取りとめていたわけだが、愛衣にはそれを知る術はなく。
取り返しのつかない状況に、なってしまっていた。
彼女自身、正気を取り戻すわけには行かない状態に追い込まれてしまって……
無意識の欺瞞、無意識の防衛本能が、彼女に「壊れたまま」でいることを選択させていた。

夕映の放った火による、南東本棚地帯の火災。
それに数倍する規模の、愛衣による北西森林地帯の火災。
おそらくどちらの煙も、やがて島のどこからでも見える規模になるだろう。
その煙を見て、近づくか逃げるかは、個人ごとの判断だろうが……。

514:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/19 21:20:12

「―無惨だな」

と、唐突に。
そんな愛衣の背後から、声がかけられる。虚ろな顔のまま、愛衣はゆっくりと振り向く。
―うっすら煙の漂う森の中に、金髪の小柄な少女が、立っていた。
エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル(出席番号26番)。
苛立たしさを隠そうともせず、腕を組んだまま、愛衣を睨みつけていた。

「なんだ、そのザマは。貴様も未熟とはいえ、『魔法使い』の端くれだろうに」
「……うふふ?」
「『魔法』とは、『世界の理(ことわり)』に直接関わり、支配する術と技なのだ。貴様は、それを……」
「うふふ。メイプル・ネイプル・アラモード。目覚め現れよ燃え出る火蜥蜴……」

エヴァの苛立たしげな声に何も動じることなく、愛衣は無表情なまま呪文を唱え始める。
対するエヴァは、魔力も何もない状態だというのに、全く動じることなく、歩みを進める。
懐に手を入れつつ、手の内に紫色の炎を宿す愛衣に、無造作に近づいていく。

「貴様はもう『魔法使い』とは呼べん。貴様のようなのを、『魔法』に『使われる』身に堕ちる、と言うんだ。
 ―なるほど、炎使いなら火蜥蜴(サラマンダー)に魂を喰われるのも分からんではないがな。
 大人しい気性がかえって災いし、破壊衝動を制しきれなくなったか」
「火を以ってして敵を覆わん……『紫炎の捕らえ手(カプトゥス・フランメウス)』!」

勝手に納得するエヴァに対し、容赦なく放たれる魔法。かなり強力な捕縛用の魔法。
渦を巻きながら迫る紫色の炎の帯に対し、エヴァはしかし悠々と数枚の札を取り出して……
魔法が、掻き消える。エヴァの手にした『対西洋魔術』『守護』などと書かれた護符が、燃え上がる。
「!?」
「―私の支給品として渡された、東洋の呪符使いの護符だ。
 単発使い捨てなのが難点だが、いくつかの系統の魔法に対しては、この上ない防御手段となる。
 バカみたいに真正面から撃ってこなければ、あるいは分からなかったが」

515:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/19 21:20:56
堂々と真正面から歩みを進めたエヴァは、いつしか手を伸ばせば触れられる程の距離に近づいていて。
ハッと気付いた愛衣は、すぐさま箒を突き出し次の呪文の準備に入るが―遅い。
無詠唱『魔法の射手』が完成するよりも早く、愛衣の身体が宙を舞う。
いつ触れられたのかすら分からぬほどの、切れ味鋭い合気柔術の投げ技。
無様にバランスを崩して地面を這った愛衣の背に、素早く膝をついたエヴァは一本指を立てて―
―それだけで、愛衣は動けなくなってしまった。
激痛が、愛衣の意識を支配する。呪文のための精神集中も、全くできない。無詠唱呪文さえも放てない。

エヴァンジェリンがその長き生の中で、あえて『合気柔術』という武術を選んで習得したのには、訳がある。
1つには、体格や腕力を重視しないその技術体系。
10歳で不死となったエヴァは、どうしても体格面で不利がある。腕力も、魔力なしでは非常に低い。
しかし数ある格闘技の中でも、合気柔術はさほど体格や腕力を重視していない。
相手の力を利用し、受け流してしまうことを目的として、技術全体が構築されているのだ

そしてもう1つ、決定的な決め手となったのは―『痛み』でもって敵を制する技の数々。
元々合気柔術は、素手でもって刀持つ敵を制するために作られた闘技である。
腕への関節技や、『激痛の走るツボ』へのピンポイント指圧。それらの痛みでもって刀を取り落とさせる。
この『痛み』を与える、というのが、対『魔法使い』格闘術としては実に都合がいい。
呪文詠唱中にデコピン1発当てられただけで精神集中が乱されてしまうのが『魔法使い』。
サムライすら刀を取り落とす痛みの中で、『魔法』など使えるハズがない。
さらには打撃技と違い、関節技やツボの圧迫は魔法障壁では防げない。相手を掴めば、それで終る。

これだけのことを考え、長い時間をかけ技術を磨いてきたエヴァに対し―
やはり、佐倉愛衣は、未熟なのだった。
魔法の技術を磨き、数多くの攻撃魔法を覚えていても、その『使い方』をほとんど考えていない。
修行したのは『魔法』だけで、他に何をどう学べばその『魔法』をより活かせるのか、考えていない。
……まあ、元々戦いには向かぬ性格だった愛衣に、そこまで要求するのは酷なのかもしれないが。

516:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/19 21:21:34
「―立て」
「ぐ……ぎひっ」
愛衣の抵抗力を奪ったエヴァは、痛みに苦しむ愛衣の隙を突いて、制し方を変える。
背中のツボを指圧していた手を離し、すぐさま今度は愛衣の右手中指を捻り上げる。
指1本握っているだけなのに、ちょっと捻っただけで手首から肘、肩までの関節が全て極められて。
激痛の中、愛衣の身体は操り人形のように起き上がらせされる。
完全に、エヴァが愛衣をコントロールしている状態。

「貴様のように私の命を狙ってきた相手なら、遠慮する理由は何もないのでな。殺してやるよ」
かつて、南海の孤島に居を構え、人形たちだけを身近に置いて暮らしていたエヴァンジェリン。
訪れる客と言えば、賞金首の命を、『悪の吸血鬼』の命を狙う者ばかり。
そのことごとくを返り討ちにしてきた彼女は、1つの信念を持っていた。

 他人の命を狙う以上、その襲撃者自身も、戦いで命を落とす覚悟を持つ必要がある。

それでこそ、フェアというものだ。そう信じるからこそ、エヴァも遠慮なく敵を殺せる。
もしもそれだけの覚悟無しに他者の命を狙った馬鹿者が居たなら……それはそれで、万死に値する。
この場合でもやはり、エヴァは何も気に病むものはない。何にも恥じるものはない。

「貴様自身には何の興味もないし、我が眷属に加えてやるつもりもさらさらないが……
 その、高い魔力を宿した処女の血だけは、この状況下では魅力的だな。
 吸い尽くしてやる。死後、我が血族として蘇ることすら出来ぬほどに、徹底的にな」

そしてエヴァはニヤリと邪悪に笑い、その赤い口を大きく開けると。
関節技の痛みに動けずにいる、愛衣の首元に―!

【出席番号34番 佐倉愛衣 エヴァンジェリンに血を吸い尽くされ 死亡】
【残り 18名】

517:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/19 21:23:06
今夜はここまで。
明日の朝も投下できるかどうかちょっと微妙……。投下できるなら、今朝同様、普通に投下できるんですが。

そろそろ次スレが必要でしょうか。容量的に。

518:マロン名無しさん
06/09/19 22:23:50
ゆえ吉…… orz
サラマンダーワロタw 確かに殺せてねぇw

次スレ立てちゃっていいかな? テンプレは>>271を使用?

519:マロン名無しさん
06/09/19 22:36:48
立ててきた。

ネギまバトルロワイヤル11 ~NBRⅩⅠ~
スレリンク(csaloon板)l50


520:マロン名無しさん
06/09/19 23:18:31
サラマンダー禿ワロタwww
座布団送りつけたいわwww

521:マロン名無しさん
06/09/20 07:52:15
教授ー!

サラマンダーの笑い所が分からん。誰か解説ヨロ

522:作者13 ◆K05j0rAv6k
06/09/20 08:05:56
こっちに書くと中途半端な所で埋まる恐れがあるので、新スレに続きを投下します。
こちらは雑談でもして埋めてもらえると有難いです。
>>519さん、お疲れ様です。

523:マロン名無しさん
06/09/20 09:06:23
>>521
サラマンダーはロワ用語で【積極的に殺して回ることを選んだのに、何だかんだで誰一人殺せてない可哀想な子】みたいな意味
ラノベロワにいた八戦四敗一分け三逃げられ(戦績うろ覚え)の奴がいい例かな


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