06/03/21 20:53:52 iFNc5jsp0
>>285
>>203のように宗滴は信長を重く見ていたから、義昭上洛前後では信長に協力するように助言し、
姉川前後ではもっと積極的に行動する(自ら出陣せよ、もっと兵を送れ等)ように助言するだろう。
そしてそれらの助言を受け入れられず、そのまま主家と運命を共にするかな。
似たところではセンゴクでは軽く流された「遠藤喜右衛門直経」だけど、
史実では信長暗殺を進言したり、金ヶ崎で裏切る前には「裏切り反対」を主張している。
そして姉川で戦死するんだが、敗北を悟った際にせめて信長を道連れにしようと
味方の首をはねる→織田方のフリをして信長本陣に推参→首を献上するため信長に近づいたところを竹中半兵衛の弟に見破られ討ち取られる
という壮絶な運命をとげてたりする。