05/11/24 23:29:30 vyNBIEOb0
>>111 稗田礼二郎略歴 from SF板かどこか
127 :なげーな。:2005/11/19(土) 20:00:13
稗田礼二郎は、サンフランシスコで10代を過ごした帰国子女である。
もとは理系の天才少年で、スキップを重ねて19歳で電子工学の博士号を取得、
ティーンエイジドクターになった。(アメリカの理系ならありうる)。
直後に、放射性同位体測定、熱ルミネッサンス法など技術革新の渦中にあった考古学に転じると、
ハードサイエンスに精通した彼はたちまち目覚しい業績を挙げ、
若干21歳で、小さいながら伝統を誇るミスカトニック大学の教授職に招かれ、東部に向かった。
(米国の大学は、派手な成果を持つ研究者を、年齢その他に関わらず破格の待遇で引き抜くことがよくある)。
先住民の海底遺跡調査に頓挫し、大学と対立した彼に目をつけたのが日本の新設校、
国際新科学大学だった。(怪しい団体ほど「国際」「新」「科学」を名前につけたがると志水一夫も書いていた)。
かねて故国の歴史に惹かれていた彼は即座に承諾、
(異国で育った者が、内地の者より自国文化に詳しくなることはままある)、23歳で帰国する。
学生寄せのスター教授に、との大学側の思惑とは裏腹に、
ヒッピー文化全盛期にその中心地で思春期を過ごした彼(髪型参照)は、精神世界への関心が強く、
また、境界領域にも真面目に取り組んでしまうトンデモ工学博士の一人だった。
父祖の地の湿った空気で目を覚ました生来の体質は一気に暴走、
「古墳の呪的文様」出版で言い訳できない証拠を作ってしまい、わずか2年で辞任に追い込まれた。
つまり、初登場74年の時点ではK大教授辞任直後の25歳だったのだ(新版では事件は在任中となっている)。
現在は56歳。年の割りには若く見えるが、石坂浩二64歳に比べればまだまだだ。