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(´・ω・`)つURLリンク(motoitti0818.zero-yen.com)駿府城にて候
人質時代に幼年期から青年期の人生の内でも最も多感な時期を
駿府で過ごした家康は
生地の岡崎よりも駿府に愛着を持ち、故郷であると思っていたのではないだろうか。
慶長十三年(1608年)三重の堀と
五層七重の豪壮華麗な天守閣をもった駿府城が完成した。
駿府城の天守閣は銅張りの屋根を持ち、釘隠しには銀を用いる等
大変豪華な造りでありその銅屋根があまりにキラキラ輝くため
駿河湾の魚が居なくなったなどという伝説が伝わる程のものであった
さて、この天守閣は単に家康の見栄の為に建てられたものではない。
駿河国には富士山という日本第一の名峰が存在する、
当然駿府からもその偉容は望見できる。
家康はこの富士山さえ駿府城の装飾として利用した。
駿府開府にあたり、家康は東海道の付け替えを行なっている、
これは富士山と天守閣を使った視覚のトリックを行なうためである。
旅人は安倍川を渡り、正面を望むと正面に天守閣が、
その背後に巨大な富士山を望むことができる。
新しい街道をまっすぐ進めば、城に近づくにつれ富士山は小さく、
天守閣は大きく写り、再接近時には天守閣と富士山の大きさは
逆転してしまうのだ。
幕府の威はあの富士をも凌ぐ・・・人々にそう思わせるのに
十分な景観であったろう。
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