05/01/29 20:02:53 znwi9pSo0
>>832
江戸時代は医師免許はないので内科はひたすら民間療法(まじない、神社仏閣への祈願、祈祷、煎じ薬、その辺に自生してる薬草など)で
富裕層は富山の置き薬、医師は江戸末期にさしかかるまでは本草と言って全て坊さんの格好した漢方医が診断、処方してた。
外科は消毒や微生物の知識がなく、民間レベルの救急処理はもっぱら体術、剣術の武道場や番所(交番に相当)が受け口になっていた。
手当てとしてはそれぞれ秘伝の塗り薬傷口を手ぬぐいなどの木綿布で縛りあげての血止め、脱臼骨折にはは整骨術を施して当て木を巻き付けて後は自然治癒に任せるのが第一で、
戦国時代に得られたノウハウも喪われつつあったので、開放骨折など鈍な傷に対しては血止めを兼ねて焼け鏝で傷を焼き、
刀創など鋭利な傷に対してもアルコールや煮沸消毒もしていない縫い針や木綿糸で乱暴に縫いつけるだけという原始的なレベルの治療だったようだ。