03/11/20 15:01
>>965様
アルマン=ジャン・デュプレシス Armand-Jean Duplessis リシュリュー猊下(1585/9/5-1642/12/4)は、
1614年ごろ、摂政マリー・ド・メディシスに見出されて、彼女の寵臣コンチーニともかかわっていました。
しかし当時ルイは13歳。もう「いいかげん母親ウゼー」な年頃。
そんなルイは15歳のとき、これまたウホッな相手だったリュイーヌと共謀し1617年4月24日(9月生まれなので)、
臣下の手でコンチーニを暗殺、湧き上がる国王万歳の叫びの中、翌日彼の遺体はパリ市中に引きずり出され、
そこで足止めをくらったのはリシュリューの馬車。コンチーニ側の者だと分かれば命が危ない。
するとリシュリュー、いきさつを聞くとすぐにうなづいて「まことに王に対する忠誠だ」と一言。このとき31歳。
マリーの後ろ盾を失い一時隠遁していたものの、その後リシュリューは政界に復帰し、
聖職者としても枢機卿に出世。ついに1624年、国王顧問官の長として宰相に。39歳。
アニメでは「陛下のお小さい頃は…」と苦言を呈したリシュリューでしたが、
そっちじゃ、ルイ10歳以下で、そのときリシュリューが30代後半?じゃないと、
なーんかイメージ合わないんだよなあ。この二人の年齢設定が謎。