08/08/23 00:31:08
まずは地上からジオンを追い出すのが先決だ
↓
地上ならキャタピラでもいいんじゃない?
みたいな感じじゃないの?
>>499の言うように二足だと開発に時間がかかるだろうけれど、
手はマニュピレーターではなく鉄砲&キャタピラならそれよりは短い期間で開発できるだろうしさ。
501:sage
08/08/23 23:21:23 tPNR2wYY
3.Tem Ray
一年戦争で地球連邦軍が攻勢を決定した時、ヨハン・イブラハム・レビルはこう尋ねた。
「これが終わりの始まりだろうか?」
地球連邦軍最高司令官の答えは、長く人々の記憶に残ることになった。
その後の歴史を考えれば、始まりの終わりに過ぎなかったのだが。
宇宙世紀0079年9月、サイド7グリーン・ノア。
地球から見て月とは正反対のL3点付近にある建設が開始されたばかりであった寂れたコロニーが、
MS開発者にとってイェルサレムにも似た重みを持つ場所へ変貌したのは、宇宙世紀0079年2月のことだった。
当時の宇宙軍中将、後に地球連邦の実権を握ることになるレビル将軍に、
宇宙軍兵器局ジョン・コーウェン技術大佐が本格的なMS実験場の必要性を説いたのだった。
閣下、あのテム・レイという天才に何かをなさしめるためには、それが必要であります。
レビルはコーウェンの進言を受け入れ、実験場の建設を許可した。
寂れたコロニーを秘密実験場兼研究開発センターとするには、貴重な物資と人命が消費されていた。
一時期、上層部の無理解から開発優先順位を下げられ、計画が停滞するという時期もあった。
だが、後にガンダムとして知られるようになるRX-78の研究進展、それを知ったレビルの大演説を受け、
施設の規模、人員は拡大の一途をたどった。最盛期といってよい現在では、13ヶ所の試験場が設置され、
約二万名の人員を抱えた宇宙最大のMSセンターとなっていた。特に人員の面では、
ジオンが70年代末に、ルナリアンが80年代初頭に、サイド6が90年代にようやく達成できた数だった。
ジョンがその実験場を訪れたのはそうした時期のことだった。
502: ◆u2zajGCu6k
08/08/23 23:25:02
「同地の見学が貴官らに許可された理由は、
レビル閣下のサイド6に対する好意と信頼ゆえであることを御了解いただきたい」
グリーン・ノアでジョンと、もう一人のリーア人(宙保側から派遣された技術将校)は、
そのような警告を受けた。秘密兵器をリーア人に見せることについて、
連邦宇宙軍兵器局が積極的でないことは、その口ぶりからも明らかだった。
それもそのはず、機密保持の下で進められてきたV作戦が彼等の視察を許した理由は、
その実権をレビルから奪おうとしている連邦地球軍が、政治的嫌がらせの一環として行ったものであった。
実験場を訪れる部外者は、ジャブローのモグラの手先も同様と受け止められていた。
「保安隊からは君一人かい?」
技術将校は尋ねた。
「はい」
「しかし、君は技術者ではないと思われるが」
「他の者は別の任務に携わっておりまして、動けるのは自分ひとりなのです」
「ふぅん」
技術将校は、組織人に特有のセクショナリズム的感情を伺わせる発音で唸った。
503: ◆u2zajGCu6k
08/08/23 23:26:02
「いずれ、今回の視察に関する御質問が、専門の者からあると思います」
「おいおい、我々に頭を下げるつもりかね?」
「ジオンの次の標的は我々かもしれません。
仲違いしている場合ではない、そういうことです」
「分かった。こちらが纏めた後なら、いくらでも教えてやろう」
技術将校は破顔してうなずいた。
「ありがたくあります」
ジョンは内心の緊張を緩めた。自分が同行することになった男が、
保安隊のことを嫌っているだけで、根は善人らしいと分かったからだ。
グリーン・ノア市街から実験場へは、連邦軍のエレカを用いていくことになった。
運転手は地球連邦宇宙軍のリュウという名の曹長だった。
実験場までは必ずしも順調な道のりではなかった。何度も憲兵に停止させられたからだ。
「今度は何が起きたんだね、曹長?」
四度目の停車を命じられた時、耐え切れなくなった技術将校が尋ねた。
「申し訳ないです。しばらくお待ち下さい」
曹長は嫌な顔ひとつせずに、停止を命じた憲兵に理由を聞くために外に出た。
その時、1kmほど後ろの宇宙港発着口から轟音が響いてきた。
504: ◆u2zajGCu6k
08/08/23 23:27:55
「ほぅ、なんだね、あれは?」
ジョンは前方から近づいてくるものを見つめた。MSであることは一目で分かった。
傾斜した装甲版で形成された機体の上に、砲塔をのせている。砲身は短い。240ミリだろう。
「RX-77-2ガン・キャノン」
ジョンはそのMSの名をいった。
「最新鋭のMSです。同じMSのガンタンクとは全くの別物ですね。
連邦軍はあれで撃破できないジオン軍MSはないと断言しています」
二足歩行のMSが彼等の乗るエレカの傍らを通り過ぎた。
100mほど間隔をあけて、同じ機体が近づいてくる。そのMSの目的地はジョンと同じらしかった。
「頼もしいねぇ」
技術将校は興味深げに、通り過ぎて行った三機のMSの姿を眺めていた。
「しかし、路上を自走させるのはどんなものかな?」
「よくはありませんね」
ジョンは技術将校の鋭さに、素直な感銘を受けつつ同意を示した。
「これだけ大きなMSともなると、あちこちに無理がかかっています。
まぁ、試験機でしょうから故障しても構わないのでしょうがね。
実戦であんなことをしていたら、半分も戦線に投入できないでしょう。
これは聞いた話ですが、ジオン地球攻撃軍の最大の敵は、重力と雷らしいですよ」
「うん、それに。あの砲塔、あまりよくないね」
技術将校は、砲塔を指差しながら続けた。
「見たまえ、砲塔が丸みを帯びているだろう。下方に対しても傾斜がついている。
あれでは砲塔に命中した敵弾を機体上部に誘い込むことになる」
「確かにそうです。よく気づかれましたね」
「何、たいしたことではないよ。戦艦で中世の頃から問題となっていることだ」
技術将校は相変わらず歩行していくMSを眺めていた。
505: ◆u2zajGCu6k
08/08/23 23:42:50
第三節の前半部分を投下しました。
後半もなるべく早く投下したいと思います。
506:通常の名無しさんの3倍
08/08/25 23:32:05
投下乙です。マターリお待ちしておりますので無理はなさらずに‥
507: ◆u2zajGCu6k
08/09/03 22:53:31
厳しい警備が目立たぬように行われている実験場に入ったのは、その日の午後になっていた。
既にほとんどの実験は終わっており、本格的な視察を行うのは翌日になった。
案内役に付けられたモスク・ハンという名の地球連邦軍大尉は、
包囲されたバイコヌールから軍命令でこのMSセンターへ転属した男だった。
学生時代、ミノフスキー電磁気学を専攻していたことがその幸運をもたらしたのだった。
もっとも、脱出しようとする兵士で溢れ返った発射基地で、
HLVに乗り込む以前に凍傷で足の指を何本か失ってしまったが。
彼はジョンと技術将校をエレカに乗せると、試験場を南側から順に案内していった。
二時間ほどあちこちを見学した後、大尉は北に向かうよう運転手に命じた。
エレカは十分ほど北に続く道を走った後に停車した。
「さて、ようこそサイド6将校諸君!」
大尉がおどけた口振りで言った。
「右手にありますのが、当施設最大規模の第7MS実験場になります。
いわゆるV作戦の最も見栄えのする実験が実施されている場所であります」
蒼、赤、白のトリコロールに塗り分けられたそれは、
ギリシャ神話の古代神のような巨体と神々しさを兼ね備えていた。
機体の周りでは、実験の指揮と支援に当たる人々が忙しく働いていた。
「お気持ちは分かりますが」
大尉はその機体に近づこうとしたジョン達に言った。
「あまり近づかぬ方が身のためですぞ。
働いている者達は実験続きで気が立っております。
それに、あの巨体に踏み潰された者もいますからね」
「ご冗談を」
「いえ、先月実際に発生した不幸な事故であります」
508: ◆u2zajGCu6k
08/09/03 22:56:19
彼等の会話を片側の耳だけで聞きつつ、ジョンはそれを見つめていいた。
魅入られてしまった、そういってよかった。そこに示されているものは、
単なる力の具象化ではなかった。それ以上の何かを象徴していた。
そして、もう一方の耳に、別の会話が流れ込んできた。
「残念ながら、レビル閣下はわかっておられない」
「すると、あくまでも?」
「そうです。疎開地を隠れ蓑にした秘密基地こそが安全だと考えておられる」
「それもひとつの正解だと思われます」
「確かに。ジオンがサイド7に疑いを抱かないのならば、
そして私達がこのコロニーを守りきれるのならば、ね。
だが、実際は奴等が実験施設を発見したが最後、数十機のMSを繰り出して叩き潰してしまうでしょう。
加えるに、現在の我々にはジオン軍のサイド7侵攻を阻止する戦力はない」
「それだから、あなたの主張されている」
「そうです。現在の戦況では、MS開発は地球に建設するのが一番です。
ありとあらゆる人員機材を全て地下に配置する。ジャブローならばそれが可能です」
「大佐、教授!」
モスク・ハン大尉が二人の男に呼びかけた。それに気づいた彼等が近づいてくる。
ジョンと技術将校は大佐と呼ばれた男に敬礼した。
「視察に見えたサイド6の方々です」
モスク・ハン大尉が伝えた。
「ようこそ、我等が実験場へ。ジョン・コーウェンです」
技術将校の態度が変わった。
「するとあなたが、あのV作戦を主導なされている、コーウェン大佐ですか? 光栄です!」
「何、それほど難しい仕事ではありませんよ」
コーウェンは嬉しそうに微笑んだ。
「本当に困難な仕事をしているのは彼です。
諸君、RX-78開発を主導する人物を御紹介します。テム・レイ技術大尉です」
「はじめまして」
509: ◆u2zajGCu6k
08/09/03 22:58:06
「貴官は随分と熱心に私のMSを御覧になっておりますな」
ひとしきり儀礼的な会話が交わされた後で、テム・レイが神経質そうな表情をジョンに向けた。
「いえ、あれを見ているうちに、思い出したことがあったのです。大尉殿」
「聞かせていただけまいか?」
何か批判するつもりなのか、自分の能力に確信を抱いている者に、
特有の欠点を示す表情で、テム・レイは尋ねた。
「くだらないことです。この戦争が始まる前に読んだ小説を思い出しました。
あなたのMSをもう少し改造したならば、その小説に描写されていた情景を
現実のものにできるのではないかと。そんな空想を抱いてしまいました」
「もう少し明確に」
急に真剣な表情になったテム・レイはさらに尋ねた。
「つまり、あなたのMSは、外宇宙で人類を活動させうるものになるかと」
「ジョン君といったね。あなたは私の友人であるらしい」
三十分ほど後に行われたRX-78の起動実験は、
ジョンに決して薄れることのない衝撃と感動、そして未来と勝利への期待を抱かせた。
510: ◆u2zajGCu6k
08/09/03 23:02:41
数時間後、名残惜しそうにジョンへ別れを告げたテム・レイに敬礼をおくり、
技術将校とジョンは実験施設を後にした。
「君は意外と空想家なのだな」
車中で技術将校は呆れたようにいった。
「外宇宙に殖民とはね。まったく、大したものだ」
「あくまでも可能性の話ですよ」
ジョンは反発を抑えた表情でこたえた。
「可能性は人類を行動へと駆り立てます。考えてみてください。
100年前にコロニーなど存在しなかったのですから。いつかは絶対に可能になるはずです」
「その前に」
地球連邦が無くならなければね、そう言いかけた技術将校は、
エレカを運転しているのが地球連邦軍人ということを思い出していた。
「まぁ、何にしても、勉強にはなったな。いい土産話にはなる」
「土産話ですか?」
「ああ、悪い。言っていなかったね。私は来週、
サイド6との連絡業務の艦艇に便乗して帰国する予定なのだよ」
「無事に帰国できることをお祈りします」
「安心したまえ。あれに関する報告書は、約束どおり保安隊の方にも渡しておくから」
「ありがとうございます」
報告書は提出されなかった。保安隊だけでなく、技術将校が所属する組織にも提出されなかった。
一週間後、彼の便乗したサラミス級巡洋艦は、サイド7の宇宙港を出発したが、
シャア・アズナブル少佐率いるファルメル戦隊に発見され、撃沈されたのだった。
511: ◆u2zajGCu6k
08/09/03 23:04:03
前回の続きを投下しました。
これで過去の話は終わりです。
次からはまた時間軸が動き出します。
512:通常の名無しさんの3倍
08/09/05 20:58:26
投下乙
513:通常の名無しさんの3倍
08/09/16 20:18:31
乙ほす
514: ◆u2zajGCu6k
08/09/20 22:45:22
4.For us to Decide
MSというものについて、ほとんど技術的素養を持たぬジョンが、
一年戦争後、MSに関わって(特にその非技術的側面での支援で)きた理由は、
宇宙世紀0079年のあの一日、そしてホワイトベースでの三ヶ月で体験した現実が直接的原因となっていた。
間接的には、年少の頃から空想的な物語を読むことを趣味としていた父親の影響があった。
テム・レイは父親がコレクションしていた、旧世紀のサイエンス・フィクションという、
特殊な文学を部分的に再現していたのだ。ジョンも父親の蔵書を読む機械が何度もあったのだ。
現実のRX-78(V作戦で開発された機体全て)を目撃したことが、
彼が無意識のうちに自分へ施していたすり込みを表面化させた。そう考えるべきであったかもしれない。
「映像の宇宙世紀か」
新聞のTV欄を見ていた父親が驚いたように呟いた。
「もうTVで再放送ですか?」
「ああ、NHKだ。第四集のギレンの野望だぞ。見なければならんな」
父親の声には、いささか緊張した場面を逃れるきっかけをつかめた安堵が含まれていた。
宇宙世紀になっても日系コロニーで受信料を集め続けている組織に、彼は初めて感謝した。
そのような様子を見て、ジョンは父親も大抵の部分では並の老人であると思った。
いつまでも東南アジアの密林で凄惨な戦闘を指揮した歩兵指揮官ではいられないのだ。
台所から、ジョンの妻と妹が冗談を言い合う声が聞こえてきた。
彼は必要以上に新聞を熱心に読んでいる父親を横目で見た。
そして、果たして何時まで両親が健在だろうかと思った。
毎年このように帰省する故郷は、あと何年存在し続けるのだろうか。
両親がいなくなれば、墓参り以外では帰ってこないだろう。
ジョンはいつか訪れる光景を思い浮かべていた。
515: ◆u2zajGCu6k
08/09/20 22:47:43
父親がTVをつけた。NHKは律儀なことに元旦から報道番組を流していた。
「……と述べています。これに対しブッホ・コンツェルンは、
同社のMA搭載型宇宙ロケットは、第一に民需を念頭に開発されたものであり、
一部で言われている戦略反応兵器への転用を行う意図は無いと、
先日行われた取材に回答しました。同社研究所の開発部長フランクリン・ビダン氏は、
宇宙世紀0087年度中に最低8回の発射実験を行うと明言しました。
ブッホのこうした対応について、サイド6技術研究所の関係者は、
私企業による営利目的の深宇宙探査はその学術的純粋性を失わせるとの懸念を……」
「くだらないな」
ジョンは画面を見ないで言った。
「しかし、ブッホの運用方法自体は間違っていない」
「その点では、連中、地球連邦よりも現実を見ている」
画面にはロケットを抱えているGP-03が映し出されていた。
516: ◆u2zajGCu6k
08/09/20 22:48:26
「この話はお前達の方にも関わってくるんだろう?」
「うん、順当にブッホでしょうね。ルナリアンの協力は仰げないですし。
アナハイムがハイザックの量産で手間取っている間に話を決めてしまうようです。
あ、これはいうまでもなく防衛機密ですよ」
「お前は関わらないのかね?」
「まだ、今のところは」
画面にはインタビューを受けている男の顔が映っていた。
ジョンはその顔を何年か前に見たことがあった。
「何とかして参加して欲しいものだな」
父親は息子に言った。
「たとえ超光速移動が実現できなとも、
異星人を撃滅する秘密兵器を備えていなくても、
ロボットはロボットなのだ。素晴らしい仕事だぞ」
息子は父親に微笑を浮かべた。
「その点は否定しませんよ、父さん」
517: ◆u2zajGCu6k
08/09/20 22:50:55
久しぶりの投下です。
前節に比べて第四節は短くなりました。
次はアクシズの話になると思います。
518:通常の名無しさんの3倍
08/09/20 23:21:50
乙。
if小説だったら、原作よりもかっこいいテム・レイ先生も見たいんだぜ。
519: ◆u2zajGCu6k
08/09/30 22:19:06
5.Project Zeorymer
そこは戦艦の王の住処だった。
まるで公国を象徴じゃないか、グワダンを訪れるたび、エリオット・レムはそう感じた。
ザビ家の生き残りのために、贅をこらせて装飾した謁見の間は、
アクシズという辺境にあっても王侯貴族並みの贅沢を楽しむことができていた。
以前はマハラジャ・カーンに、現在はハマーン・カーンに呼び出されるたび、
レムはこの赤い戦艦を訪れた。彼の主導するアクシズの開発計画は、
地球連邦のそれに対する優位を維持し続けていた。
10月には地球圏にアクシズが帰還する予定であったから、
計画の順調な進行は上層部の安心材料となるはずだった。
摂政執務室に過剰な装飾は施されていなかった。
美貌とニュータイプの素質を有している部屋の主は、
その心根においていかにもジオン的な人物であった。
摂政ハマーン・カーンは、政治的ライヴァルを排除して権力の階段を上り詰めた後も、
その資質を失っていなかった。ある意味、ギレン・ザビ以上の指導者とも言えた。
彼女は公国が建国以来始めて手に入れることのできた、温情主義的な支配者でもあった。
程度問題であることは確かだが、命の意味について知っている女性であった。
生命をあまりにも粗末に扱いすぎたギレン時代への反動、
あるいは権力奪取の正当性の確保と言う面があることは間違いなかったけれども、
ハマーンは政敵に対して驚くほど寛容だった。旧政権を中枢から追い払った後も、
彼女は年金を与えたり、閑職につけたりするという補償を行ってやった。
何とも温情的な「粛清」と言えよう。
かつてのザビ家の長男ならば、家族ともども抹殺したに違いない。
そんな彼女のことをレムは好いていると言ってよかった。
警戒心を持たぬわけではないが、好意の方がより大きかった。
理由は述べるまでもない。彼女は、巨費を投じた計画の推進をレムに任せているからだ。
そして、彼女は重要人物をそう滅多やたらとキケロへ追い払いはしない。
520: ◆u2zajGCu6k
08/09/30 22:20:08
「よく来てくれた、同志主任設計官」
質素な執務室に置かれた大きめの執務机の向こう側で、
とても二十歳には見えない女性が腰を上げた。
「お招きにより参上いたしました。ハマーン様」
「楽にしろ。そこの椅子をこっちに持ってきて掛けてくれ」
「はい」
「煙草を吸え、気を楽にしろ」
ハマーンは命じた。
「今日は、貴様に正直になってもらわなければならない」
「何でしょうか」
レムはわずかに背筋を振るわせた。彼は強制収容所に送られたことを思い出していた。
権力者の発言に過剰反応を起こすのは仕方がなかった。
しかも、目の前にいる人物は人の心すら読めるといわれるニュータイプなのだ。
「気を楽にしろと言ったろう」
ハマーンは笑った。レムは危うくハマーンの虜になるところだった。
この笑顔を見られるならば、命も惜しくない。
そんな連中が多数存在する理由が分かった気がした。
521: ◆u2zajGCu6k
08/09/30 22:22:17
「君の得意分野の話だ。反応兵器をどれだけ増産できるものか、それについて意見を聞きたい」
「種類によります」
安堵を抱きつつレムはこたえた。
「例えば、Mk-82のような酸化融合弾の場合は非常に手間がかかります。
所謂通常の反応・融合弾ならば、アクシズでもある程度の量産が可能です。
何しろ、独立戦争以前からのノウハウがありますから」
レムはそこまで言って、一度言葉を切り、不思議そうに尋ねた。
「しかし、このようなことは工場の連中に尋ねれば分かることでは?」
「連中は真実を言わない」
ハマーンは吐き捨てるように言った。
「正直にこたえれば、自分への評価が下がると思っている。
いえ、ハマーン様、生産に困難はありません!
はい、ハマーン様、たとえ月産100基でも可能です!」
ハマーンは呆れるような表情で言った。
「問題は、連中が本当にそれを達成してしまうことなのだ!
とりあえず部品を揃え、とりあえず組み立て、とりあえず出荷し、とりあえず実戦部隊に配備する。
誰もそれが本当に使えるものなのかどうか調べようともしない。責任問題がどうなるか見当もつかないからな」
「軍は工場の連中が悪いと言い、工場は軍の管理が悪いと言う。
すると誰かが、元の設計に問題があると言い出す」
「まさにその通りだ。そして、設計者は自分以外の全てが悪いと言うのだろう。
そして、最も影響力の小さかった誰かが責任を取らされる。
あいかわらず、真実は闇の奥だ。闇といえば、まだ少女だった頃を思い出すよ。
私はフラナガン機関で様々な実験を受けさせられたのだ。
ノーマルスーツだけで漆黒の宇宙に放り出されるのは、何とも恐ろしい体験だった」
522: ◆u2zajGCu6k
08/09/30 22:24:13
「昔のことです」
レムはかすかに首をふった。
「恐怖は人間に染み付き、精神を歪めるぞ。貴様も体験したのではなかったか?」
「ハマーン様、あなたは私にMSを、ロケットを与えてくれました」
「私ではない、エリオット・レム。ミネバ様だ。あの方が貴様に与えたのだ」
「はい、もちろん」
「ならば、ミネバ様の信頼にこたえてくれ」
ハマーンは笑みを浮かべたまま尋ねた。
「我々には、どの程度の反応兵器の量産が可能なのか?
地球連邦を焼き尽くせるような反応兵器をだ」
「月産数基というところでしょう」
レムはこたえた。
「多くても五基はこえません。さらに、そのうち確実に作動するのはその半分程度でしょう。
今のところ、ギガトン級の威力を持つ酸化融合弾頭は、工業製品というよりは芸術品なのです」
「どれほどあれば実用化できるのだ?」
「おそらく、最短でも十年、悪い場合はその倍は必要になるでしょう」
「そうか」
「増産はひどく難しいものになるでしょう」
「従来の反応兵器はどうだ?」
「無理をするならば、量産は可能です。
ああ、反応弾頭をMSに搭載する場合、色々と面倒になりますが」
「例えば、半年以内に実戦部隊に配備することは可能か?」
「難しいでしょうね。本国とアクシズでは生産設備が違いすぎます。
それよりも、既に生産されている反応兵器を整備するほうが、短期的な戦力拡大につながると思います」
523: ◆u2zajGCu6k
08/09/30 22:27:15
ハマーンはしばらく考え込んでいたが、数分後、彼女には珍しく明るい顔になってレムに尋ねた。
「さて、今度は貴様の夢を聞かせてもらおうか。例の貴様が開発している冥王星ロケットの事だ。
ジオン公国は最初に独立したコロニー国家であり、最初のMSを開発した。
となれば、冥王星に人間を送り込むのも最初でなければならない」
「もちろんです」
レムは笑みを浮かべてうなずいた。
「我々はまず無人探査機による探査を行います。これにはエンドラ級用の熱核融合ロケットを用いる予定です。
冥王計画そのものには、試作スクラム・ラムジェット混合推進を用いた超大型ブースターを用いる予定です。
これは将来的に、サダラーン級機動戦艦にも使用できるでしょう。
私がゼオライマーと仮称しているこの超大型ロケット・ブースターと、
従来のロケットを併用して冥王星探査船を幾つかのパーツに分けて建造し、これを木星軌道で次元連結させ…」
長広舌を続けるレムの胸中には幾つかの疑問があった。
正直言って、ハマーン・カーンが何の用事で自分を呼びつけたのが分からなかったのだった。
果たして本当の用事はなんだったのだろうか。見当がつかなかった。
まぁ、いいさ。レムは思った。そのうち分かってくるはずだろう。
それに収容所へ放り込まれた頃よりひどい経験を味わうこともあるまい。
少なくとも、今の自分には希望があるのだ。
524: ◆u2zajGCu6k
08/09/30 22:29:12
投下終了です。今回で第二章が終わりになりました。
次の第三章でようやく戦闘が勃発すると思います。
525:通常の名無しさんの3倍
08/09/30 23:04:41
投下GJです!!
ってかタイトルで吹いたwwwゼオライマーはねーよwww(製作者的に)バッドエンドフラg
526:通常の名無しさんの3倍
08/10/02 01:00:26
乙カレー
はいはい冥王計画冥王計画
そんなレムの夢は放置され、ついに戦争のお時間ですか。
地球で使う反応兵器はおっきな爆弾じゃないってのは、宇宙人にはわからんのだな
527:通常の名無しさんの3倍
08/10/02 01:02:43
五島勉ネタはまだか?
528:通常の名無しさんの3倍
08/10/12 01:06:46
機体age
529: ◆u2zajGCu6k
08/10/14 21:33:21
第三章 発射命令(破滅の日)
「かくして役者は全員演壇へと登り、暁の惨劇は幕を上げる」
―ジオン公国親衛隊少佐、モンティナ・マックス
1.終わりの始まり
「連中、本気だ」
航宙幕僚監部にいたジョンもとへ航宙総隊司令部の友人から電話があったのは、
宇宙世紀0087年10月21日午後1時のことだった。
「本気は前から分かっている」
ジョンはこたえた。
「じゃあ、訂正する。やる気だ。ゴップが決断した。
世界中の基地でデフコン2が出ている。こっちも付き合わざるをえん。
地球の方でも何か始めたらしい。月面も妙だ」
「もう一方の動きはどうなのだ?」
「対応している。近くのサイドはかなり忙しい思いをしている」
「面倒な話だ」
「とにかくそういうことだ。切るぞ」
「何かあれば連絡をくれ」
「それができればな」
530: ◆u2zajGCu6k
08/10/14 21:35:48
地球連邦体制とは、地球連邦軍によって加盟国の安全保障を行うシステムだと説明されることが多い。
しかし、その実態は(特に緊急時には)、別の姿が明らかになる。
それは、自国を地球連邦の安全保障の材料として組み込むことで、
自国の安全を確保するというシステムなのだった。
そこから生じるリスクと利益を考えた場合、非常に合理的な取引といってよかった。
加盟国は、滅多に発生しない緊急事態を除き、
地球連邦が宇宙規模で展開する戦力によって、安全を確保されるからだ。
だが、現在のような情勢の場合、あえて受け入れたリスクが様々な問題を引き起こす。
例えば、ほとんど誰も知らぬうちに、連邦軍に合わせて、自衛軍の戦闘準備態勢が整えられてしまう。
サイド6側から見れば、面白くない事態であることは確かだった。
それは、ジョンのような将校達も例外ではない。
そのためだろうか、自衛軍のあちこちには、情報を公式のルートより早く「友人」に流し、
事態の早期把握を心づけるという私的なネットワークが存在していた。
先程、ジョンに電話をかけてきた「友人」は、そのネットワークの参加者の一人であった。
彼の所属している航宙総隊司令部は、サイド6駐留の地球連邦宇宙軍第五艦隊司令部と
同じ建物に置かれているから、情報は正確であるはずだった。
531: ◆u2zajGCu6k
08/10/14 21:37:37
こんなところだろうな。ジョンは電話を切った後に推測を始めていた。
ゴップは、サイド3に配備された反応弾頭ミサイルの排除、
艦隊決戦とコロニー上陸作戦によるサイド3侵攻を決定した。
戦力は、いうまでもなく地球連邦側が圧倒的な優位にあり、
電撃的な勝利が可能、そう考えたのに違いない。
ジョンは推測を続けた。
ゴップは、短期間のうちにサイド3を失えば、アクシズは降伏するだろうと判断した。
ゴップは、自らの判断の正しさを証明する材料を持っているのだ。
それが何なのか、自分には分からないが、よほど確実性の高い情報に違いない。
ジョンの推測は正鵠をいていた。
ゴップにサイド3侵攻と言う決断を下させたのは、ようやくのことで実用化された新型偵察機と、
連邦が持っていた貴重な「資産」、マイク・サオトメが流したアクシズの詳細な情報であった。
アイザックは、アクシズのICBMがこれまで予想してきた数よりはるかに少ないことを証明した。
サオトメのもたらした情報は、サイド3問題に対して、恫喝的な発言を繰り返すハマーン・カーンが、
実際のところ軍をまともな準備状態に置いてないことを伝えてきた。
ゴップは、他の情報をこれに加えて判断し、サイド3侵攻を決断した。
(しかし、どうだろうか?)
ジョンは疑問を抱いた。
(ゴップは正しい判断を下しているのか? どうにも怪しげなところがある)
532: ◆u2zajGCu6k
08/10/14 21:39:41
確かに、ゴップに伝えられた情報の多くが真実であった。
と同時に、真実の一端を示しているにすぎなかった。
偵察機はアクシズが配備したICBMの全てを撮影する前に撃墜されていた。
そして、マイク・サオトメはダブルスパイであった(後に判明したことだが)。
さらには、アクシズがここ数ヶ月で量産した酸化融合弾頭がどれだけあるのかも把握できていなかった。
例えば、アクシズが奪取したア・バオア・クーに核パルスエンジンを備え付けていることを彼等は知らなかった。
ハマーン・カーンが戦略軍(反応兵器を扱う独立軍種)さえ高度な準備状態に置いておけば、
いかなる状況にも対処できると信じていたことも知らなかった。
地球圏へ偵察に来ていたシャア・アズナブルが、ゴップ政権の地球連邦政府を見て、
人類に対する失望を深めていたことも知らなかった。地球のジオン残党が、宇宙での危機、
その激化に呼応して、生き残った潜水艦隊の全力出撃を命じたこともつかんでいなかった。
どうも信用できない、とジョンは思った。
大体、地球連邦とは、競争相手のドクトリンを根本から誤解していたではないか。
これは歴史上の大国が必ず有していた中華思想に起因したものであった。
地球連邦は特にこの種の意識が強い。彼等は自らの正しさを確信している。
敵性勢力が、自分達と同じ判断基準を持っているものと信じているのだ。
彼等が打ち出す政策は、このような意識から決定されていた。
彼等は彼等なりに線密な分析を行い、方針を決定する。
自分達が相手をする者達が、自分達とは生まれも育ちも違い、
それ故に物の見方も違っているとは絶対に考えない。
例えば、宇宙世紀0079年1月3日、ジオン公国軍が奇襲攻撃をするなどという事態は、
彼等の判断基準からすればありえないことであった。勝てるはずもない戦争を行う国など存在しない。
彼等はそう信じていた。地球連邦は、独裁者に率いられ、追い詰められた集団が激発するなど考えもしなかった。
533: ◆u2zajGCu6k
08/10/14 21:41:37
今回、ヘルマン・ヴィルヘルム・ゴップが下した決断も、過去と同じ過ちを犯している危険性が強かった。
彼のあやまった世界観に導かれた決断であるかもしれないのだ。
特にアクシズ(ジオン)の軍事ドクトリンに関する認識が怪しい。
ソロモンが落ちた時、国力のないジオンは和平交渉をすると断言したのは、彼ではなかっただろうか。
反応兵器体系が導入されて以来、地球連邦はアクシズとの争いが、
抑止力によって冷戦状態になるものと信じられていた。
抑止力、ジョンはその言葉を不思議に思っていた。
確かに、地球連邦がそう考えている、と主張するのは自由だ。
だが、相手であるアクシズが同じように行動してくれる証拠は何処にあるのだろうか。
ジョンは、士官学校にいた頃、敵性勢力とされていたムンゾ人について、あれこれと教育を受けた。
一年戦争後も、ジオン公国軍人だった者達と議論するなどして、自分の認識を深めようと努力していた。
そこから得た彼の認識によれば、ジオンの軍事ドクトリンに、抑止力と言う概念は存在していない。
あるいは、地球連邦はそれを喧伝することによって、無理矢理つき合わせるつもりなのかもしれないが、
ジオンの伝統的な発想からいってそれはありえなかった。
アクシズ・ジオンは、伝統的に攻撃力を重視している。
その行動の基本は、目標に向けて、短時間のうちに、どれだけ多量の火力を送り込めるかにある。
当然、味方の損害を抑えるためには、敵より先に攻撃してしまうことが望ましい。
彼等は、過去のあらゆる戦場で、その実現に努力してきた。
534: ◆u2zajGCu6k
08/10/14 21:44:07
ジョンに言わせるならば、アクシズは、最も強大な破壊力を持つ兵器、
反応兵器を、最も強大な攻撃力として認識しているはずだった。
つまり、その最も効果的な用法は、先制全面攻撃ということになる。
先制と集中。アクシズは、彼等の信奉する二つの要素を、今回も実現しようと考えているはずだった。
そして、彼等は、地球連邦もまた、自分達と同じ判断を行っていると確信していた。
これは地球連邦と同じ歪んだ大国意識が影響している。
ゴップの唱える抑止力など、欺瞞に過ぎないと決め付けている。
彼等に言わせるならば、一年戦争最大の過ちは南極条約にあると断言するだろう。
ジョンは、額に浮かびはじめた脂汗をぬぐいながら、推測を続けた。
彼には、ゴップの決断に対するアクシズの反応が想像できた。
ドクトリンからいって、アクシズは、地球連邦が行動した瞬間、反応兵器全面使用に踏み切るつもりだろう。
ここまで想像できるのに、自分にできることは何もない。
ジョンは自分の立場の弱さに絶望を感じた。
あまりに巨大な軍事力の衝突、そして、回避不能の反応兵器の投げ合い。
サイド6が、自衛軍が、それをとめることなど不可能と言ってよい。
おそらく、ただ恐怖に怯え、アクシズの反応兵器が炸裂する瞬間を待つだけだろう。
自衛軍のMS程度では、アクシズの攻撃を手控えさせることなどできない。
このコロニーは、一年戦争のザーンやハッテと同じ、標的にすぎないのだ。
絶望的といえば、これほど絶望的なことは初めてだな、とジョンは思った。
一年戦争ならば、中立を宣言すれば生き残ることができた。
だが、今回は下手をすると全滅するかもしれない。アクシズが連邦と組んだリーアを見逃す道理はないからだ。
「畜生」
ジョンは我慢しきれずに呟いた。
人類はようやく、外宇宙に手が届くところまで来たというのに、これで本当に終わりなのか?
それと同時に、彼は非公式ネットワークに参加している上官に電話をかけようとしていた。
たとえ絶望的な状況でも、最後まで行動し続ける。それが、彼なりの現実逃避作であった。
535: ◆u2zajGCu6k
08/10/14 21:46:05
投下終了です。
大変遅れましたが、なんとか第三章になりました。
これでようやく冒頭のシーンとつながりました。
この章でも機会を捉えてネタを入れていきたいと思います。
536:通常の名無しさんの3倍
08/10/14 23:57:25
投下乙です
いよいよ始まりますか……
サイド6近海(?)で起こる事になるであろう、対潜(?)戦闘、すごく楽しみにしております。
537:通常の名無しさんの3倍
08/10/15 22:26:49
まさかのア・バオア・クー落とし…地球オワタ。
538: ◆u2zajGCu6k
08/10/23 22:36:17
2. 愛国者どもの宴
宇宙世紀0087年10月20日、地球連邦大統領によってサイド3侵攻が決断され、
地球連邦軍は行動を開始した。ゴップは作戦期日をグリニッジ標準時10月23日早朝と決定していた。
地球連邦軍の戦力は圧倒的であった。
ジーン・コリニー大将が宇宙世紀0084年に唱えた構想によって実現された統合戦略機動兵団、
地球連邦打撃軍(UN.STRICOM)は、ここ数ヶ月ほどの間に作戦準備を完了させていた。
グリプス2からは<ドゴス・ギア>を含む8隻の戦艦を主力とした183隻の艦隊が、
サイド3を包囲しようとしていた。そして、この艦隊は通常の編成に加え、
高高度防空軍から275機の戦術航宙機が転用され、機動兵力1000機に達する強大な戦力になっていた。
また、後詰として、地球軍から装甲擲弾兵12個連隊が輸送されていた。
さらに、この戦力を戦略軍が支援した。反応兵器の封印が解かれ、
地球圏に配備されたICBM、その要員達に警戒命令が出されていた。
宇宙世紀0087年10月21日夕刻、大統領命令に従って行動を開始した全兵力が集結を完了した。
誰もが、48時間以内にサイド3、そこに存在する反応兵器は消滅するであろうと考えていた。
539: ◆u2zajGCu6k
08/10/23 22:38:46
一方、アクシズも連戦体制を完成していた。ハマーン・カーンの戦略に基づき、
艦隊戦力はアクシズに配備されたものだけが動員されたにすぎなかったが、
反応兵器を運用する戦略軍はその全力に動員がかけられた。
ハマーンは、彼女が有する反応兵器をサイド3問題についての最終的カードとして手元に握った。
無論、ミネバ・ザビを守るために近衛軍が動員状態に置かれたことは言うまでもない。
ただし、ハマーンにとってちょっとした面倒の種となったのは、
ICBMの配置を変更しなければならなかったことだった。
彼女は増産されたものをサイド3へ持ち込もうとしたが、それはレムによって否定された。
このため、戦略的重要度が低いと判断された正面、
サイド6を目標として配備されたICBMを転用する必要が発生した。
彼女はそれを実行した。
そのかわりに、サイド6へは、地球連邦艦隊を狙うはずだった、
反応弾頭搭載型ティべ級重巡洋艦一隻を割り振った。
艦艇から発射される弾道弾は命中精度が悪いが、それを大量の弾頭で補っている。
サイド6に関する限り、ハマーンはそれを最初から用い、
地球連邦軍の基地ともどもL4宙域を壊滅させることにした。
地球連邦がサイド3を叩くのと引き替えのつもりだった。
二大勢力は戦備を完成した。彼等は徐々に緊張感を高めつつ、そのときを待っていた。
世界に存在する他の諸国も同じだった。誰にも何を考えているか分からないエゥーゴ、
本人達も自分自身のことがよく分かっていない月面都市群を除き、
世界の大部分は連邦かアクシズいずれかの安全保障体制に組み込まれており、
事態が緊迫した場合、否応なく平時のツケを取り立てられる立場にあった。
540: ◆u2zajGCu6k
08/10/23 22:40:47
ようやく書き込むことができました。
次からはサイド6宙域での戦闘になる予定です。
541:通常の名無しさんの3倍
08/10/23 23:01:20
月面都市群wwww
542:通常の名無しさんの3倍
08/10/24 01:04:52
小出しでは味が無い
ロングスパンで惹きこんでくれ>なかの人
543:通常の名無しさんの3倍
08/10/24 18:56:15
投下乙です
エゥーゴの立ち位置はそこかwww
倉田艇長出てくるのが待ち遠しいです
544:通常の名無しさんの3倍
08/10/24 22:29:14
期待しとるがんばれよ乙
545: ◆u2zajGCu6k
08/11/01 20:52:41
3.策謀の宙域
サイド6航宙自衛軍ユピテル地方隊の第五戦隊に所属する<カリスト>と<エリヌス>は、
徐々に陣容を整えつつある自衛軍航宙艦艇群の中でも、特殊な位置づけをなされるべき新鋭艦だった。
基準排水量2300トン、一年戦争中の艦艇と比べると小船のような彼女達は、
兵装という面からも、これまでの駆逐艦の縮小再生産であり、新味はなかった。
単装メガ粒子砲二門、連装機銃六基、四連装ミサイル一基、機動爆雷投射軌条一基という兵装である。
彼女達において評価されるべきことは、サイドで初めて量産された戦闘艦艇ということについてだろう。
グリニッジ標準時10月22日正午、<カリスト>は、戦隊を編成している<エリヌス>とともに、
ラグランジュ4宙域を航行中だった。軸先は旧サイド2の暗礁宙域へと向けられていた。
そこで不審な熱源を探知したとの通知が、パルダ基地から発進した第二航宙群のパブリクから入ったのだ。
目まぐるしさすらおぼえる自衛軍の組織改変の影響で、変則的な二隻編成の戦隊だけでは、
確実な探知と追尾は期待できない。このため、現場ではパルダから交代で発進し、
哨戒を行っているパブリクと教導で探知・追尾を試みるはずとなっていた。
二隻の駆逐艇は、相互の距離を規定どおり開けた艦隊を組み、全速で作戦宙域へ向かった。
546: ◆u2zajGCu6k
08/11/01 20:54:09
<カリスト>艇長のフォン・ヘルシング二佐は、ジオン公国突撃機動軍大佐として敗戦を迎えた。
彼の商売はその頃から船乗りで、敵艦だけをひたすら追いかけてきた。
一年戦争後、サイド6で新たな艦隊が編成された時、彼は迷うことなくそれに参加した。
それは彼なりの贖罪であった。彼の最後の任務は、サイド6へ反応兵器を打ち込むことだった。
無論、新たな軍への志願者には恩赦が与えられるという実利もあったのだが。
彼は、新たな軍で、公国軍が犯した過誤の埋め合わせをしたいと考えていた。
ジオン公国は、機雷と通商破壊によって崩壊した、彼はそう考えていた。
MS、反応兵器といったものは、機雷と通商破壊によって生じた破局を目に見える形で示したに過ぎない。
数年前、当時の地球連邦地球本星艦隊司令長官だったダグラス・ベーダー中将が発表した回想録の中で、
同様の見解が述べられたことが、彼の意見の正しさを証明していた。
ベーダーは、MSも反応兵器もジオンに対する勝利には必要なかった、そう主張していた。
それらは戦場を悪戯に混乱させ、何もかもを破壊するが、目に見えるほどの現実的効果があるわけではない。
ベーダーに言わせるならば、当時ジオン公国は既に断末魔に陥っており、無理に宇宙反攻を企てなくても、
半年も航路を封鎖しておけば、自然に降伏していただろう、ということだった。
547: ◆u2zajGCu6k
08/11/01 20:55:58
「右30度に機影、近づいてくる」
前方を監視していた小会員の報告が、スピーカーから響いた。
艇長用座席に腰掛けていたヘルシングは、光学式観測機器を構えた。
観測機器に機影が飛び込み、すぐに視界からでた。
「前方の機体は友軍哨戒機」
ヘルシングが機影を再び捉える前に、哨戒員が新たな報告を行った。
「電話よこせ」
ヘルシングはわずかに緊張を浮かべて命じた。常に冷静で、どんな時にも全てを掌握している艦長は、
全ての軍人にとっての夢、伝説といってよい。下士官兵はもちろん、仕官からも自分がそのような艦長に仕える
(あるいは、自分がそのような艦長になる)ことは、軍人の理想として捉えていた。
ヘルシングもその例外ではなかった。彼は自身が伝説の艦長たる資格にかけていることについて、
時たま絶望的な思いを抱くことがあった。ヘルシングは返信した。
せめて声だけは平静に聞こえているようにと願っていた。
「パパ・ヴィクター25、こちらはウルフ01。統合ACWミッションの開始について同意せられたい」
パブリクから応答があった。
「ウルフ01、こちらはパパ・ヴィクター25。君達の到着を待っていた」
「了解、パパ・ヴィクター25、現状は?」
そう尋ねつつ、彼は航路盤に近づいた。既にそこには航海士が陣取っていた。
「不明目標は、現在、期間の前方暗礁宙域に伏在。
何度か観測ポッドを送り込んだが、はかばかしくはない。M粒子濃度には変化無し」
ヘルシングは応答した。
「了解、パパ・ヴィクター25。ウルフ01並びに02は横隊を取り、低速で前進する」
「了解、ウルフ01。これで向こうが慌ててくれたら、しめたもんだ。パパ・ヴィクター25、以上」
548: ◆u2zajGCu6k
08/11/01 20:58:05
「ウルフ01より02」
ヘルシングは<エリヌス>に命じた。本来、戦隊旗艦である彼の<カリスト>には、
隊司令が座乗しているべきなのだが、司令はリボーへ出張中で不在だった。
このため、今は彼が先任指揮官として二隻の指揮を臨時にとっていた。
「君は本艦の右舷正横1500についてくれ。相対速度が確保され次第、行動を開始する」
「ウルフ02、了解」
とりあえず、出すべき指示を出してしまうと、一瞬の空白が生じた。
ヘルシングは、自分が現在遂行している任務の難しさについて、はっきりとした緊張と恐怖をおぼえる。
これが通常の不明目標、つまりアクシズ(ジオン残党)の艦艇を追いかける任務であれば、
どうということはない。向こうが、サイド6付近での行動を諦めるまで、
刺激しすぎない程度の距離をあけつつ、追尾を続ければよい。
しかし、今日は普段と状況が異なっている。
世界は緊張に満ち、反応兵器の応酬はいつかと固唾をのんでいる。
このような状況で発見した不明目標に、どのような対応を取ればよいものか?
ここ数日の間に、超大国の兵力展開に呼応し、自衛軍も高度な戦時体制に移行していた。
彼等は連邦軍のように素直でないからデフコンで直接的な指示を行うことはしない。
だが、実際にはいつでも戦闘を開始できるように準備していた。<カリスト>も<エリヌス>も、
弾薬庫は実弾でいっぱいだった。メガ粒子砲のECAP、ミサイルランチャー、
爆雷投射軌条のそれぞれにも実弾が装填されている。
前方を進んでいるパブリクも、Mk34対艦噴進弾を搭載しているはずだった。
549: ◆u2zajGCu6k
08/11/01 21:01:30
このことについては、ヘルシングにさほどの不満はない。実のところ、地球連邦軍第五艦隊
(その空母機動部隊は、有事の際、L4から月をフライ・バイして、ズム・シティを叩くことになっていた)
の安全を確保するために出動させられていることも気にならなかった。
サイド3をめぐるアクシズと地球連邦の対立は、地球連邦体制があろうとなかろうと、
サイド6へ影響を与えずにはおかない。それは、戦略的要地に存在する国家の地政学的宿命だった。
彼が気に入らないのは、軍人達が反応兵器という下品なものを使用することを当然としていることだった。
どれほど気をつけたところで、その強大な破壊力は、民間人を巻き込んでしまう。
彼は、かつて自らと公国が犯した過ちを償うために自衛軍に志願した。
そうした考えを愚かなものと批判する人間がいることは知っていたが、それはそれでよかった。
かつての公国は、異論の存在を認めぬが故に、必敗の戦争に突入していったからだ。
彼が航宙軍の制服を着込んでいる理由は、かつて守りきれなかった商船とその乗員への贖罪が目的であった。
民間人を殺戮する能力を競う戦争など、軍人が関わるべきではない。
そのような「作業」は政治家に任せてしまえばいい。
彼はそう思っていた。それが現実の的確な要約ともしらずに。
哨戒員の報告が響いた。
「パパ・ヴィクター25。観測ポッド放出」
ヘルシングは顔をあげた。虚空に円筒形の物体がきらめいた。
パブリクは大型機とは思えない機動で、最初に反応があった宙域に次々に観測ポッドを放出していった。
550: ◆u2zajGCu6k
08/11/01 21:04:12
全ては艦隊司令部の滅茶苦茶な命令変更故だ、ホルスト・ハーネス大佐は、腹の奥でそう毒づいた。
彼の指揮する重巡洋艦の発令所は、唾を飲み下すことすらはばかれるほどの静寂に支配されていた。
ホルストの指揮する弾道弾搭載巡洋艦<ペーター・シュトラッサー>は、
地球連邦軍がチベ改級重巡洋艦と呼ぶ改装巡洋艦の二番艦で、
宇宙世紀0085年、アステロイドベルトにあるセレス工廠で、新たな存在へと生まれ変わった。
そのドックで、36基の弾道弾の運用が可能な巡洋艦へと改装されたのだった。
それ以来、<ペーター・シュトラッサー>は、地球連邦を攻撃目標とした訓練に明け暮れていた。
とはいっても、あくまでも弾道弾を地球連邦の目標に打ち込むことが任務であるから、
艦隊決戦のような華々しい内容のものではない。いかに静かに、誰にも気づかれずに行動するか、だ。
地球連邦・アクシズを問わず、弾道弾を搭載した艦艇は、攻撃的な行動を許されていない。
彼女達の価値は、隠蔽された弾道弾移動発射基地である一点についてのみあるからだった。
昨年末に<ペーター・シュトラッサー>の艦長に任ぜられたホルストは、元来戦闘的な男だった。
それまでの任務は、連邦軍がムサイ最終型と呼ぶワーグナー級巡洋艦<パルジファル>の艦長職で、
まったくもって彼の性格に合致した任務だった。
その艦長職で、彼は任務を完璧にこなしていた。それ故に弾道弾搭載巡洋艦の艦長に推挙されたのだ。
アクシズでは、弾道弾搭載型艦艇の艦長職が、他のそれより一段階上の職務と見なされている。
ホルストは、将来彼を待ち受けている提督の地位に座る前に足をかけねばならない階段の最後として、
この任務を認識していた。そうでなければ、彼のような男が身を隠すだけの任務に精進するはずがない。
正直言って、ホルストは弾道弾搭載艦艇の任務を薄汚いものと思っていた。
搭載されている反応兵器は不気味な代物だったし、
それを搭載するためにミサイルなどの幾つかの装備を除いて、主要兵器が撤去されてしまっていた。
551: ◆u2zajGCu6k
08/11/01 21:06:03
「暗礁宙域付近に不明熱源発生」
観測員が報告した。
ホルストは航路盤を覗き込んだ。
おそらく、妙な名前を自称する地球至上主義者の哨戒機に違いない。
観測ポッドを放出して、こちらの位置をつかもうとしているのだ。
「同志艦長」
顔面があおく引き攣ってしまった政治将校が尋ねた。
「どうするのだ? このままでは敵に発見されてしまうぞ!」
「声を落としたまえ、同志マシュマー」
ホルストは、低く小さく、そういった。
政治将校は、実際には艦長以上の権限を持っているため、はっきりと命令することができないのだ。
「貴官の不用意な行動が原因だ! そのために、地球至上主義者共に発見されてしまった!」
政治将校は詰め寄るようにして、ホルストを難詰した。
「いま打開策を思案している。しばらく、静かにしてくれたまえ」
彼には、政治将校の口にしている言葉が全くの言いがかりではないことが分かっていた。
<ペーター・シュトラッサー>がリーア人に発見されたのは、ホルストの命じた加速に原因があった。
だがそれも、元はと言えば無理な命令変更のおかげだと思っていた。
本来、ルナツーを攻撃する任務が与えられていた<ペーター・シュトラッサー>は、
一週間前になって急にサイド6宙域での隠密行動へ任務を変更された。
そのとき既に、<ペーター・シュトラッサー>は遷移軌道にあった。
指定された期日までに待機位置へ進出するため、ホルストはかなり無理な軌道をとらねばならなかった。
サイド6の哨戒機が監視している宙域での加速も、その無理のひとつとして、危険を承知で行ったものだった。
552: ◆u2zajGCu6k
08/11/01 21:08:39
「このままでは、非常命令第8項を実施せざるを得なくなるぞ!」
政治将校が噛み付くように言った。
乗員達は艦長と政治将校の対立に聞き耳を立てている。
「非常命令第8項?」
ホルストは白々しい態度で尋ね返した。乗員に無用の恐怖を与えるわけにはいかない。
弾道弾搭載艦艇は、その任務の性格上、他の艦艇とは異なる行動規定が定められている。
そして、それらは全て「非常命令」と大きく書かれた命令書の形で、出撃のたびに艦長と政治将校に渡される。
その内容は、できることならば絶対に陥りたくない事態、それが発生した場合に取るべき行動規定であった。
第1項、艦長はいかなる場合においても非常命令を尊守すべし。第3項、非友好国領域内で航行不能に陥りたる場合、
当該非友好国に対する攻撃命令の有無を確認せよ。攻撃命令なき場合、艦長は政治将校と協力し、
艦に搭載された兵器を自爆装置として使用し、艦を自沈せしめること。この措置は脱出より優先するものとす。
第6項、非友好国領域内で攻撃を受けたと判断される場合、自衛戦闘を実施すべし。
そして、第8項、攻撃命令を受領したる非友好国領域内で発見・攻撃を受けた場合、
直ちに命令書に記載された攻撃目標へ最大規模の攻撃を実施すべし。
ホルストは何の解答を示してくれない航路図を睨みつけた。彼の隣では政治将校がうるさく尋ね続けている。
観測員が、ポッド放出に加えて、複数の艦艇が行動しているとの報告をよこした。
ホルストは、現状が非常命令第6項に該当するものと捉えていた。
だが、政治将校は第8項の方を相変わらず重視している。
「非常命令第8項の実行を考慮すべきだ、同志艦長」
政治将校が視野狭窄を起こしているような目つきで言った。
「いや、現状では早計だ」
ホルストは首を振った。遅すぎる、彼はそう思った。非常命令第8項には根本的な矛盾があった。
弾道弾の発射は、命令あり次第直ちに行えるものではない。
普段は危険を避けるために空にされているタンクに燃料を充填させ(化学兵器弾頭の場合はG3の注入も行う)、
はじめて発射が可能となる。アクシズでは弾道弾発射に関わるその種の作業を15分で行うように訓練を施していた。
15分、あまりに長い時間だ。ホルストはそう思っていた。敵艦に探知された後の15分。永遠に等しいではないか。
発射作業を行っている間、回避運動は行えない。危険な物質を流し込む時に、衝撃を与えるのは愚か者のすることだ。
おそらく発射作業を行っている段階で、爆沈してしまうだろう。
そういった意味で、非常命令第8項は実行不可能な命令だった。
暗礁宙域周辺で、あらたな観測ポッドの放出が確認された。ホルストの選択肢は秒単位で狭まり続けている。
553: ◆u2zajGCu6k
08/11/01 21:12:44
投下終了です。
両艦長の人選に苦労しました。フォン・ヘルシングはともかく、
ホルスト・ハーネスが原作の何処に登場したか、すぐに分かる人はいるのでしょうか?
次からは軌道爆雷等を使用する航空宇宙軍史的な戦闘が始まります。
554:通常の名無しさんの3倍
08/11/01 23:02:04
>ホルスト
逆シャアだっけ?
555:通常の名無しさんの3倍
08/11/02 11:48:22
ホルスト・ハーネスを検索したら、1p目にこのスレの上級大将が出てきて藁束
556:通常の名無しさんの3倍
08/11/02 17:02:00
マシュマーw
557:通常の名無しさんの3倍
08/11/02 17:16:38
確かにマシュマーやキャラはある意味教条主義者とも言えるかな
558: ◆u2zajGCu6k
08/11/08 00:35:08
4.栄光の落日
最初に放出した観測ポッドの周辺に十二機のポッドを次々に射出したパブリクは観測をそのまま継続し、
新たな物体を投射し始めた。スターシェル。古典的ではあるが、
それが発生させる閃光で敵を浮かび上がらせ、概略位置をつかもうとしている。
概略位置が確認された後は、さらにその周辺に多数のポッドが投射され、
正確な位置をつかむ作業が継続されることになる。
そして、目標が探知され許されるならば、機動爆雷あるいはメガ粒子砲による攻撃が開始される。
<カリスト>はゆっくりと前進を始めた。
どうすべきなのだ?
ヘルシングは、帰還する際の推進剤を全く考えずに、急激な機動を繰り返すパブリクを見つめながら思った。
ここまではいい。いつもの通りだ。いや、発見するまではいつもの通り、そう表現すべきか。
で、発見した後はどうする?
退去勧告を行う。それも可能だ。いや、問題はこちらの行動ではない。
不明目標―ええい、アクシズの艦艇が逃げ出さない場合、こちらは何をすべきなのだ?
例えば、爆雷で威嚇攻撃し、どこかの宙域へと追い詰め、行動の自由を奪って強制接舷して―拿捕すべきなのか?
ヘルシングは取るべき行動について地方隊総監部へと問い合わせていた。
通常ならば、怪しげな艦艇を領域外へ追い出し、その後も追尾を続けて完全に追い払ってしまえばよい。
だが、現状で―反応兵器戦が始まりかけている現状で、そこまでやってよいものか?
それは、新たな(大抵は最後とも表現される)戦争の第一弾となってしまうのではないか?
いまのところ、総監部は返信をよこしていなかった。航宙自衛軍幕僚監部へ問い合わせているのだろう。
現状は地方部隊、ましてや駆逐艇艇長の判断で行動できる状況ではなかった。
559: ◆u2zajGCu6k
08/11/08 00:36:14
ホルストはあがき続けていた。
彼は<ペーター・シュトラッサー>を比較的大きなデブリの裏側へ潜り込ませ、
なんとかリーア人の追跡をかわそうとした。しかし、うまくゆかない。
ある程度の加速をするたびにポッドが何処からか湧いてくる。
現状は第6項に該当する。いや、それ以外に当てはまるものはない、彼はそう判断し、準備を命じた。
「砲雷戦用意、一番発射管は事前調停。二番発射管は熱源ホーミング」
「ヤー」
「攻撃をかけるのか?」
顔面をさらに引き攣らせて政治将校が尋ねた。
第8項などという最も恐るべき命令について口にしながら、
実際に戦闘の危険が近づくと怖くなってきたらしい。
「すぐに、ではない」
ホルストは脂汗の浮かんだ顔面に侮蔑の笑みを浮かべて答えた。
「非常命令の実行は、限界まで控える」
560: ◆u2zajGCu6k
08/11/08 00:38:04
「威嚇のみ許可、だと?」
総監部から伝えられた命令を受け取ったヘルシングは、呆れたように呟いた。
誰もが困惑し、怖がっているのだ。みな、反応兵器戦争の引き金を引くことを恐れている。
不明目標は明らかにサイド6領域内に入り込んでいるから、威嚇すること、
それ事態はかまわないのだが―恐怖が―その決定すら、これほど遅延させた。
それにしても、威嚇のみ許可とは。アクシズの連中がその威嚇に従わなかった場合、どうするのだ。
パブリクが探知した敵艦の行動パターンは、明らかに通常のそれとは違っていた。
おそらくそれは弾道弾を搭載した巡洋艦であるに違いない。
そうでなければ、これほどしつこくこの宙域に固執するはずがない。
巡洋艦の持っている発射データがこの辺りのものしかないことがその理由だろう。
他の宙域では、弾道弾にどんなデータを入力してよいのか分からないのだ。
アクシズの弾道弾搭載艦艇では、その種のデータを艦長の判断で修正することは厳禁されているらしい。
もちろん、正確な軌道計算が面倒という理由もあるのだろうが。
この巡洋艦は、サイド6を狙うべく行動していたものに違いあるまい。
それも―命中精度の低い艦艇搭載型弾道弾の特性から考えて、コロニー攻撃任務だ。
許し難い。ヘルシングは決断した。彼自身の軍人に対する意識が、その決断を指示した。
だが、取り敢えずは威嚇だ。もし、敵艦がそれを無視するようであれば―。
561: ◆u2zajGCu6k
08/11/08 00:39:17
パブリクから通信が入った。
「ウルフ01、パパ・ヴィクター25は、赤外線観測を実施、不明目標の位置を特定する」
「了解、威嚇攻撃の許可は既に発令。ウルフは位置特定後、それを実行する」
「了解、ウルフ01。幸運を祈ります。パパ・ヴィクター25、以上」
数十秒後、赤外線センサが不明目標を確認した。
「センサ探知。赤外線パターンが変化中、エンジンをふかした反応があります」
「加速でもしているのか?」
「加速には違いないですが…進路と直行方向に加速しているようです」
ヘルシングは真方位を確認した。奴はここを離れて―何てことだ。
サイド6領域へさらに入り込んでいるじゃないか。
「対艦戦闘、爆雷の威嚇だぞ」
ヘルシングは命じた。
「対艦指揮室、操艦用意」
「了解、爆雷投射準備。三発。初期加速のみの慣性飛翔に調定」
爆雷長から応答があった。艦を最適位置へ持っていくため、艦長ではなく彼が操艦を行う命令であった。
ヘルシングは、短距離通信で<エリヌス>に呼びかけた。
「ウルフ01より02。これより威嚇爆雷攻撃を実施する。貴艦は当方をバックアップせよ」
「了解、幸運を祈ります」
<カリスト>は爆雷長の指示に従い、軸先を左にふった。
562: ◆u2zajGCu6k
08/11/08 00:41:35
観測員が叫ぶように報告した。
「赤外線反応発生。こちらに向かってくる!」
ホルストは彼の方へ冷たい視線を向けた。
「ああ、申し訳ありません、同志艦長」
ホルストは航路図を睨みつけた。決断する。第6項だな。
ミサイルの調定は既に完了しているから、いつでも攻撃できる。
「面舵一杯。二八五で定針」
「ヤー、面舵一杯」
「一番、二番発射管発射準備」
パブリクからの報告が響いた。
「巡洋艦は回頭中。本艦に反航しつつある―発射管開放確認!」
「やる気か」
ヘルシングは低く呻いた。それならそれでよい。彼の口元には奇妙な笑みが浮かんでいた。
先に発射してくれないだろうか、それならば完全に自衛戦闘の名目が立つ。
「総監部へ報告。不明目標は発射管を開放。攻撃を受けた場合、ウルフ01は自衛戦闘を実施する、以上」
563: ◆u2zajGCu6k
08/11/08 00:43:40
「定針」
ホルストはちらりと政治将校を見つめた。彼は両眼を閉じ、何かを呟いていた。
「ハマーン様、どうかこの私をお守り下さい」
ホルストの口元に皮肉な笑みが浮かんだ。なんとまぁ、この男は自らの女神への祈りを唱えているではないか。
理想的なジオニストとはこうあるべきなのか。
ホルストは命じた。この行動がどのような事態を招くにせよ、もう、後戻りはできない。
「発射管前扉開放」
「ヤー」
射撃統制装置に張り付いていた砲雷長が応じた。
「前扉、開放しました」
「敵艦、本鑑の前方一二〇〇〇」
この報告は観測員だ。
「よし、一番発射」
「一番、発射します」
前方から圧搾空気の轟音が響いた。
564: ◆u2zajGCu6k
08/11/08 00:45:24
パブリクが報告した。
「不明目標はミサイル発射! 左舷前方より本艦に向かう」
「取舵一杯、M粒子散布!」
爆雷長に与えた指揮権を無視してヘルシングは命じた。
<カリスト>は傾斜した。間髪を入れずにM粒子が散布される。
しかし、ミサイルの弾着前に有効濃度へ達することはないだろう。
彼は短距離通信で<エリヌス>に伝えた。
「ウルフ01は不明目標の攻撃を受けた。これより自衛戦闘を開始する。全兵装使用自由」
「了解、貴艦に続く」
「総監部にいまの状況を伝えろ!」
ヘルシングは怒鳴った。
始まっちまった。もし、しくじったら―。
敵艦は大きくコースを変えた。ホルストの予想通りの行動だった。
これで、しばらくは攻撃ができなくなるはずだ。加えて、こちらに晒している面積も増大している。
「二番発射」
ホルストは命じた。
「二番、発射します」
二番発射管から放たれたミサイルは、145Cミサイルの熱源ホーミング型だった。
ホルストが最初に無誘導でミサイルを発射した理由は、大して命中の期待できないそれによって、
敵艦に回避行動を強い、熱源探知を容易にさせるためだった。
565:通常の名無しさんの3倍
08/11/08 01:45:01
規制か?
566: ◆u2zajGCu6k
08/11/08 07:18:36
「巡洋艦は新たなミサイルを発射」
「畜生」
ヘルシングは短く毒づくと、瞬きする間だけ思考をめぐらせる贅沢を味わった。
慎重な手順を踏んだ攻撃などしてはいられない。
「爆雷長、これより暗礁宙域に全速で突っ込む。やれるか?」
「奴が本艦の右舷側、五〇〇〇付近にいるようにしてください」
「言ってくれるな、了解した」
ヘルシングは命じた。
「面舵一杯、真方位一七六で定針」
「面舵一杯」
操舵員の復唱があり、艦が動き出した。小さなフネだけあって、こういう場合の反応は極めて早い。
「一七六、定針しました」
「全速一杯」
ヘルシングは滅多に発せられることのない命令を発した。
機関に最大出力を短時間で発生させ、とにかく加速をえることを指示していた。
よほどの場合でない限り、発することを禁じられている。
当然、推進剤の残量など気にしていない。彼は戦闘後、サイド6からタンカーを呼ぶつもりだった。
足元から震動が伝わってきた。<カリスト>は強引に加速した。
当然、それまで得ていた敵艦のデータは無意味になっている。相対位置が急激に変化してしまったからだ。
<カリスト>だけなら、これから先は推測だけ(もしくは再探知して)で攻撃を行わなければならない。
しかし、彼等にはパブリクという味方がいた。哨戒艇は敵艦を見失っていないはずだった。
567: ◆u2zajGCu6k
08/11/08 07:19:45
「ウルフ01よりパパ・ヴィクター25、こっちはデータが取れない。誘導頼む」
「了解、敵艦は貴艦の左舷一〇度方向、距離八〇〇〇」
「貴官の協力に感謝する。爆雷長、聞いたか?」
「了解、そのまま前進してください」
「よし、爆雷長、爆雷攻撃始め」
<カリスト>は暗礁をかきわけるようにして疾走した。爆雷長から応答があった。
「〇一五度、定針」
「敵ミサイルは本艦を追尾せず」
「〇一三度、機動爆雷投射開始」
「ウルフ02、回避運動。追尾された模様」
前甲板の投射軌条が旋回した。航宙自衛軍の制式艦攻用爆雷は、どの型式のものでも原理は同じものだった。
弾頭は爆発力で敵艦の破壊を行うのではなく、爆散して四方に撒き散らされた破片が敵艦を破壊するのだ。
適切な相対速度を与えてやれば、たった一片の破片が衝突しても壊滅的な被害をもたらす。
ただし、正確な軌道を捉えていなければ、見当違いのところで爆発の網を広げることになってしまう。
爆散円が敵艦を包み込み、その破片が敵艦を直撃する可能性は低くない。
そして、それは巡洋艦に致命的な損害を加えられるはずだ。ヘルシングは半ば確信していた。
一年戦争後半、公国の艦艇を次々と撃沈したのは、この機動爆雷だったからだ。
報告があった。
「発射時期近づく!」
「ウルフ02、なおも回避運動中、捕捉された模様!」
「準備完了、打てぇ!」
前甲板から衝撃が発生した。機動爆雷は次々に虚空へ飛び出した。
568: ◆u2zajGCu6k
08/11/08 07:20:49
「敵艦から連続した熱源が発生!」
観測員が報告した。
「命中確認はまだか」
ホルストは尋ねた。内心に、あまりに攻撃的に行動しすぎたか、という後悔があった。
オレは、自分が弾道弾搭載艦艇を指揮していることを、しばらくの間忘れていたのかもしれない。
「追尾継続中」
仕方ない。ホルストは戦果確認を諦めた。各部署に命じる。
「推進剤直結、全速前進。総員、加速の衝撃に備えよ」
「貴様の責任だぞ!」
政治将校がわめいた。
「オレの言ったとおり、第8項に従うべきだったのだ!」
自制心を完全に失った男に冷たい視線を向けたホルストは、
右手で拳をつくると、その唾棄すべき生物を殴り倒した。
<ペーター・シュトラッサー>は、貴重な推進剤を盛大に使用し、加速を継続した。
彼女が最大速力に達するには、いくらかの時間が必要だった。
569: ◆u2zajGCu6k
08/11/08 07:31:58
投下終了です。連続で書き込んでいたら規制をくらいました。
ホルスト・ハーネスは、以前別の投下したやつで登場させていましたね。
完全に忘れていました。今後も史実キャラを登場させる時は気をつけないとです。
最後に前回から登場している艦艇の設定について軽く説明したいと思います。
まずサイド6のカリスト級駆逐艇ですが、このイメージはザンスカールの艦艇です。
上下対称・左右対称の形状をしているやつ。たしか同名の巡洋艦があったと思います。
次に<ペーター・シュトラッサー>ですが、現実のグラーフ・ツェッペリン級空母の二番艦です。
フォン・ヘルシングとの因縁を持たせるために、こんなマイナーな名前になりました。
570:通常の名無しさんの3倍
08/11/08 13:19:28
>>569
どうだろう、何十年も先の艦艇のイメージを使うというのは。
それが気になったぐらいなんで、次も期待する。
571:通常の名無しさんの3倍
08/11/10 12:32:39
さがってるからあげ
572:通常の名無しさんの3倍
08/11/14 17:47:16 gYP/ACIv
俺も挙げ
職人さん、ガンガレ!
573: ◆u2zajGCu6k
08/11/15 11:18:50
5.虚栄の掟
「取舵一杯!」
対艦指揮室から爆雷長が指示した。
ヘルシングは機動爆雷が投射された宙域付近を見つめた。命中するかな、と彼は思った。
一年戦争中の地球連邦軍の戦果を分析した結果、機動爆雷の命中率は10%に達している。
現在は、探知手段や投射速度がさらに向上しているから、それより高い値を示してもおかしくない。
いや、これは敵艦の性能向上を考えない場合のことか。
「じかーん!」
対艦指揮室から報告があった。予定通りであれば、命中が発生する時刻だ、
そういう意味のものだ。ヘルシングは宙域を注視した。何も起こらない。
駄目か。
その数秒後、宙域にさほど大きくない閃光が発生した。
ほぼ時を同じくして、<カリスト>の後方でも閃光と衝撃波が発生する。
<カリスト>の回避した熱源誘導ミサイルを回避しきれなかった<エリヌス>が被弾したのだった。
「くそったれめ」
ヘルシングは呻いた。ここからが本当の地獄というわけだな。
574: ◆u2zajGCu6k
08/11/15 11:20:08
<カリスト>から放たれた機動爆雷の破片のうち一発だけが<ペーター・シュトラッサー>を直撃した。
命中部分は、艦の後部―ちょうど、発令所の後ろに設けられた後部兵員区画の左舷中央部付近だった。
ホルストが新たな命令を伝達しようとしたその直後に衝撃が発生。
轟音が響き、衝撃が指揮所を揺さぶった。証明が何度か瞬き、消えた。
床に殴り倒されていた政治将校はその上を転がっていた。
ホルストは航路盤につかまって衝撃にたえた。
「被害確認! 非常灯をつけろ」
ホルストは命じた。後方から悲鳴と轟音―被弾による急激な気圧の減少が発生した。
彼は航路盤に備え付けられていた電池式の電灯をつけた。
「後部兵員室被弾!」
異常に眼球がせり出した兵曹長が報告した。彼の唇の赤いものは吐血のあとだろう。
「直ちに退避。各部隔壁閉鎖」
「ヤー」
ホルストの命令から数秒のうちに発令所にも何名かの兵員が飛び込んだ。それを確認した兵曹長が隔壁を閉じる。
機関長から報告があった。<ペーター・シュトラッサー>の融合炉から異常な値が検出されたとのことだった。
575: ◆u2zajGCu6k
08/11/15 11:21:32
「機関微速、右舷バーニア姿勢維持」
ホルストは小さな電灯の照明だけが照らし出す世界に向けて命じた。
「ヤー」
ホルストは尋ねた。
「現状は?」
「現在、ダメージコントロール中ながらも、徐々に気圧は低下」
このままでは駄目だ。彼は艦の現状をそう判断した。
このまま頑張っていたら、ヴァルハラへ向けて突撃することになってしまう。
「暗礁宙域を離脱する」
彼は命じた。
「推進剤投入」
「ヤー」
両舷の推進剤タンクから融合炉に重水素とヘリウム3が注ぎ込まれる。
轟音が響いた。まるで、魔女の歌声のようだな、とホルストは思う。
「先任」
ホルストは、彼が政治将校と言い合っている間、賢明にも沈黙を守っていた先任仕官に尋ねた。
「暗礁宙域を離脱後、本艦はどれほど浮いていられると思う?」
「せいぜい10分、というところでしょう」
ホルストは電灯の放つ光線をほんの数秒見つめた。決断する。
暗礁宙域離脱までと合わせれば、20分はあることになる。
最初は反応弾を投棄し、艦を軽くすることも考えた。しかし、いざとなれば義務感の方が先にたった。
576: ◆u2zajGCu6k
08/11/15 11:22:42
「非常命令第8項にしたがう。弾道弾発射準備」
「ヤー」
弾道弾発射仕官の役目も与えられている先任仕官は頷き、何名かを連れて司令塔につながるラッタルを登っていった。
弾道弾関連の設備はそこに集中しているのだった。
ようやくのことで赤色非常灯が点灯した。ホルストは赤く照らされた世界を見回した。
「こちらは艦長だ」
彼は航路盤の脇に備え付けられていたマイクをつかみ、全艦へ―少なくとも、気密が確保されている部分へ通達した。
「本艦は知ってのとおりの状況となった。諸君は士官の指示に従い、脱出準備にそなえよ。
艦長は非常命令第8項実施のため、最後まで艦にとどまる。これまでの諸君の任務精進に感謝する。以上」
マイクをフックにかけた彼は、政治将校の傍らに歩み寄り、優しいといってもよい声で話しかけた。
「さぁ、同志。我々は任務を遂行せねばならない」
政治将校は判断力を失った表情で大きく何度も頷き、ホルストに助けられて立ち上がった。
わずかな異臭がホルストの鼻孔を刺激した。失禁したらしい。
「頼むから、これ以上本艦の貴重な空気を汚染しないでくれたまえ」
ホルストは微笑みながら言った。
577: ◆u2zajGCu6k
08/11/15 11:24:48
彼と政治将校は弾道弾用の射撃指揮装置に近づき、自分の首に細い鎖でかけられていた鍵を取り出した。
射撃式装置の上に取り付けられた二つの金庫に、それぞれ自分の鍵を差し込む。
金庫が開き、中から二つの封筒が出てきた。一方はかなり小さい。ホルストはまず小さい方の封筒を破った。
中身を確認する。そこに入っていたのは、射撃式装置用の新たな鍵であった。
艦長と政治将校は、自分に与えられた発射用の鍵を、それぞれの鍵穴へ差し込むことになっていた。
鍵穴は二メートル以上離れた場所に設けられている。一人では発射できないようにするための措置だった。
ホルストは新たな鍵の鎖を手首に巻きつけると、もうひとつの封筒を開封した。
そこにはしき装置を起動させる暗号が記されていた。
これもまた打ち込むためのキーボードが離れた場所に二つ設けられており、一人では入力できない。
入力が終われば射撃指揮装置は起動し、弾道弾へ軌道要素データを流し込む。反応兵器の信管も作動可能な状態となる。
ホルストと政治将校は暗号数字を読み合わせながら、打ち込んでいった。
指揮装置の始動には5分もかからなかった。最終ページに目標が記されてあった。
第一目標は、リボーの地球連邦宇宙軍第五艦隊司令部、そこに向けて反応(化学)兵器を放り込むことになっていた。
同じ頃、弾道弾の発射塔に入った先任仕官は、兵士達にせわしなく指示を出していた。
思ったより時間がかかるな、先任仕官は作業を見つめつつ焦った。
少なくとも反応兵器だけは発射しなければならない。それにしても、
艦が沈むまであまり時間がないというのに、なぜこの工員あがりの兵士どもは機敏に動くことができないのだ。
先任仕官は統計を見た。艦はあと数分で暗礁宙域を抜けてしまうはずだった。
578: ◆u2zajGCu6k
08/11/15 11:33:35
「急げ」
彼は部下に気合を入れた。
「艦と一緒に、暗礁宙域の一部になりたくなければ」
兵士達の動きは慌しくなった。
図体は大きいが、知性の感じられない顔つきをした兵士がG3ガス注入用ホースに手を伸ばした。
彼は、先任仕官の急げという命令を、自分が担当している作業を全力で行えという意味に受け取っていた。
先任仕官が、その作業の異常性に気づいたのは、兵士が注入用バルブを緩め、
G3ガスを弾頭に注入を開始した後のことだった。先任仕官は唖然とした声で言った。
「貴様、何をしている?」
「急いでおります」
兵士はもっそりした声でこたえた。
「馬鹿者! 第一射は反応兵器が優先だ! 化学弾頭は後にしろ。はずせ」
「ヤー」
兵士は先任仕官の言葉に従った。彼は命令どおり、バルブを閉じるより先にホースを注入口からはずした。
G3ガスが弾庫に噴き出した。それを避けるため、先任仕官は後ろへ飛びのいた。
飛沫が彼の皮膚に付着した。青酸ガスの数百倍の致死量を誇るそれは、彼を冥界へ誘う事に成功した。
G3ガスは空調を経由し、隔壁により閉鎖された艦内へと広がっていった。
数分後、無人となった艦内に、融合炉の危険を警告するサイレンだけが不気味に鳴り響いていた。
579: ◆u2zajGCu6k
08/11/15 11:35:51
<エリヌス>は致命的な損害を受けていた。既に艇体は原型をとどめていない。艇長は総員退艦を命じていた。
<エリヌス>の被弾によって彼の「自衛行動」は完全に正当性を確保していたが、
そのことによる安堵を感じることはできなかった。ヘルシングは<エリヌス>の救援に向かわねばならなかった。
既に地方総監部には事の次第について報告を送っていた。
彼等は今回の行動を了解し、救援用のスペース・ランチを派遣すると約束した。
先程まで行動していた宙域から閃光が発生したのは、
<エリヌス>乗員全て(行方不明者を除く)を救出した後だった。
「後方宙域に閃光! 敵艦の爆発らしい」
パブリクから報告が入った。
「パパ・ヴィクター25よりウルフ01。敵巡洋艦の撃沈を確認、
機動爆雷による破壊―というより、自爆したようだ」
「反応兵器か?」
ヘルシングはおもわず尋ね返した。
口に出した後、自分が莫迦なことを言っていることに気がつく。
「いや、そんなわけはないな。こんなものですむはずがない。
おそらく、推進機関にでもトラブルが起きたのだろう」
「そうかと思われます、ウルフ01」
パブリクが殊更落ち着いた声で応じた。
「ありがとう、パパ・ヴィクター25。君達のおかげで助かったよ。
我々は<エリヌス>の浮遊物を回収した後に帰還する。
母港に遊びにきてくれたら、いつでも歓迎するよ。ウルフ01、以上」
「ウルフ01、あなたと知り合えて光栄でした。
確認撃沈戦果、おめでとうございます。さようなら。パパ・ヴィクター25、以上」
580: ◆u2zajGCu6k
08/11/15 11:38:39
投下終了です。
ようやく戦闘が終わりました。第一部もあと少しで終わりになります。
残りの部分は短いので、できたらこの週末に投下したいと思います。
581: ◆u2zajGCu6k
08/11/16 21:14:52
6.黙示の宇宙
<カリスト>による<ペーター・シュトラッサー>撃沈は、リーア人達が恐れていたほどの問題とならなかった。
アクシズ艦隊は短距離専用回線で行われたリーア側の通信を傍受できなかったし、
<ペーター・シュトラッサー>は、弾道弾搭載艦艇に共通する沈黙の掟にしたがい、
自分が陥っている状況についての報告を送っていなかった。
航宙自衛軍、国防省、そして報告を受けたサイド6政府は、
恐怖とともにアクシズ側の行動を見つめたが、何の反応も示さなかった。
それに、彼等が抱いていた恐怖は、グリニッジ標準時午前7時、全く意味のないものになってしまった。
ゴップの命令に基づいて地球連邦軍が、サイド3を強襲したからだ。
それを察知したサイド3派遣アクシズ軍事顧問団は、ハマーン・カーンからの命令に従い、
既に発射準備を完了していた48基の短距離誘導弾を、地球連邦艦隊に向けて発射していた。
無論、その全てが反応弾頭をそなえており、そのうちの数基が酸化融合弾頭だった。
このうち、半数以上が地球連邦軍の迎撃と技術的不調により撃墜・爆発したが、
他の弾頭は地球連邦艦隊へ向けて飛翔を継続した。
582: ◆u2zajGCu6k
08/11/16 21:17:20
サイド3宙域のアクシズ派遣艦隊司令部は、地球連邦軍の攻撃開始と同時にその攻撃力を喪失した。
全くもって圧倒的な戦力差がもたらした必然だった。
だが、同じ頃、彼等の領土では空襲警報が鳴り響き、全ての公共放送は緊急放送へと切り替えられていた。
また、四十万キロ彼方の母なる大地では、危険な燃料重点作業に成功した18隻の弾道弾搭載ユーコン級潜水艦が、
地球の大都市に向けて次々とSLBMを発射していた。
宇宙でも同様の状況が発生していた。コロニーに存在する全ての軍事施設に向けてICBMが発射されていた。
加えて、アクシズ艦隊の展開する宙域から、一斉にMSが発進を開始したことが探知された。
サイド6も同様の事態にみまわれていた。アクシズ艦隊が全速でサイド6へ襲撃しようとする様子を探知していた。
<ペーター・シュトラッサー>撃沈で、コロニー内の地球連邦軍を上回る臨戦態勢に入っていた自衛軍は、
政府からの命令を受ける前に、この危機に対して自動的な反応を示した。
最新鋭機RGM-79Qジム・クゥエルを装備する第二航宙団に迎撃が命じられ、
これにRGM-79Gジム・コマンドを装備した航宙団が段階的に加入していった。
本土が混乱している地球連邦軍は、事前に受けていた命令の許す限りこれに協力したが、
防衛戦を主導することはできなかった。
新たな戦争において、自衛軍は地球連邦軍の指揮を受けるものと信じられてきた。
しかし、その現実は戦前の予想と異なっているようだった。
地球連邦は事態をコントロールする能力を失った。抑止力などという概念は、何処にも存在しなかった。
リーアの防衛関係者達が不思議に思ったのは、
アクシズによるサイド6を目標とした弾道弾の発射がいつまでたっても行われないことだった。
彼等は、コロニーの中枢を破壊する予定だった敵巡洋艦を、
先制攻撃で撃沈してしまったことに、この段階では気づいていなかった。
583: ◆u2zajGCu6k
08/11/16 21:20:45
日曜日のうちに投下することができました。
長かった第一部も次の第七節で終わりになります。
584:通常の名無しさんの3倍
08/11/17 13:35:47
◆u2zajGCu6k氏投下お疲れさまです。
七節待ってます
585: ◆u2zajGCu6k
08/11/23 20:24:41
7.夜中の夜明け
「旅立ち、旅立ち。地球連邦市民の皆さん、これは政府による緊急事態放送であります。
おって政府から指示があるまで、外出せず、どうかこのチャンネルに合わせたまま待機してください。
繰り返します。旅立ち、旅立ち。地球連邦市民の皆さん、これは政府による緊急放送で…」
「うるさいな、消してくれ」
誰かが叫んだ。地球連邦大統領だった。ここはダカール地下の戦略指揮センター。
ゴップとそのスタッフは、昨夜来、この地下施設にこもって状況の推移を見守っていた。
世界状況を示すリア・プロジェクション式のスクリーンと、
それを眺められるように映画館の座席のように配置されたコンソールや要人達の座席。
「オペラハウス」という通称が付けられているのも納得できる。
ただし、この劇場は、世界を滅ぼす力を握っている点が他のそれと異なっている。
「大統領閣下、五分以内に全てを決定してください」
ジーン・コリニー統合参謀本部議長がつめよった。
「そうしなければ、何もかも間に合わなくなります」
大統領は尋ねた。
「ICBM来襲には、数十分の予告時間があるのではなかったか?」
「それはあくまでもICBMの場合です」
コリニーはひきつった声で言った。
「まさかジオンがSLBMまで一斉に発射するとは思わなかった―あと四分です」
「彼等は我々との冷戦に付き合うのではなかったのかね?」
「現実は異なっています。そうです。我々が―私が間違っていたのです。南極条約が正解だった。
連中、何もかも一斉に発射したに違いない。あと3分13秒しかありません」
586: ◆u2zajGCu6k
08/11/23 20:25:37
「アクシズと交渉はできないのか?」
「いまさら何を? たとえ無条件降伏の交渉であっても、間に合いはしません。
直ちに報復攻撃の命令を出してください。少なくとも、ICBMは全弾発射してしまうべきです」
コリニーはゴップを追い詰めるかのように長広舌をふるった。
「戦略部隊には既に自分の権限で待機命令を出しました。
しかし、それでも、生き残る戦力は10%にも満たないでしょう。報復攻撃命令を!」
「しかし、地球のどこにもまだ―」
通信機のコンソールについていた下士官が報告した。
「オークリー空軍基地からの通信が途絶しました―ああ、何てことだ」
「正確に報告しろ!」
コリニーが叫んだ。
「キャルフォルニア・ベースからの報告です。エンゼル・スタジアムの方向に閃光を確認―」
「どうした?」
「キャルフォルニアからの通信も途絶しました」
「大統領閣下!」
587: ◆u2zajGCu6k
08/11/23 20:27:17
ゴップは大きく首を振り、手を震わせつつ、自分の机の上に置かれた受話器に手を伸ばした。
傍らに控えていた軍人が自分の腕と鎖でつながれているアタッシュケースを持って近づき、
ロックを解除した。中から何の変哲もない茶封筒を取り出し、ゴップの前に置く。
「中佐、君が開けてくれ」
受話器を握ったゴップは言った。
「いいえ、閣下が自ら開け、確認する規則になっております」
「あと58秒です」
コリニーが殺意すらこもった声で伝えた。
ゴップは震えがさらに大きくなった手で、封筒を開けた。
不必要に力のこもった動きでそれを振る。中から一枚のカードが出てきた。
「25秒! 早く!」
コリニーが殺意のこもった声で呻くように言った。
ゴップは受話器を顔にあてた。それは、かつて悪戯をこころみたことのある回線につながっていた。
彼はカードに記された内容を読み上げた。
「こちらは地球連邦大統領だ。命令を伝える。地球連邦戦略指令。
タンゴ・タンゴ・チャーリー・8-4-9-2グラーバク。以上だ」
「復唱。地球連邦戦略指令。タンゴ・タンゴ・チャーリー・8-4-9-2グラーバク。以上」
回線はかつての復讐をするかのように、冷酷な響きとともに切れた。
588: ◆u2zajGCu6k
08/11/23 20:30:24
「これで満足か、コリニー?」
ゴップは乾いた笑みと共に尋ねた。
「いえ」
「なんだと?」
「5秒遅かった」
コリニーは、劇場でいえばスクリーンの位置に置かれた巨大なディスプレイを示した。
「ご覧なさい」
海底から発生した幾つもの矢印が、大都市へと向かいつつあった。
矢印の大半は途中で消滅していたが、少なからぬ数が地球連邦市民が生活を送る大都市へと突き進んでいた。
さらに宇宙から、新たな矢印が続々と出現した。
「大統領の指令からICBMの発射まで、少なくとも二分は必要とします。全弾発射にはさらに五分。
戦略部隊についてはもうご説明しましたな? 発射されたICBM全てが完全に機能したとしても、
我々はアクシズを完全に叩ききることはできません。まぁ、あなたの手元に残される4隻のアイリッシュ級と、
50機程度のMSで第二撃をかけることは可能ですが―それだけです。それも、我々が生き残っていれば、ですが」
コリニーの口調は投げやりだった。彼はディスプレイを見つめ、傍観者的な声で言った。
「ほぅ、ジオンは月面都市も攻撃していますな。うまい手だ。どのみち連中はルナリアンと仲違いしていた。
ならば、国の半分が吹き飛ばされる前に痛めつけておこうというのでしょう」
589: ◆u2zajGCu6k
08/11/23 20:31:31
「どれだけ損害がでるのだ?」
ゴップはコリニーに尋ねた。
「最大で全人口の半分は死亡します。直接的な被害は20億人程度におさまるかもしれません。
ただ、一年戦争とは異なり、連邦の統治機能も崩壊するでしょうし、被害はさらに拡大するでしょう。
我々は一週間戦争後のコロニー群やオーストラリアのような状況に陥るのです」
「神よ、許したまえ」
大統領は呻いた。
「いえ、無理でしょう」
コリニーが快活さすら感じさせる声で否定した。
「地獄に落ちると言うのか?」
「いいえ」
「ならば、どうだというのだ?」
「神はあなたとハマーンに、サタンの代わりに地獄をおまかせするに違いありません。
さしずめ自分などは、ベルゼバブといった役回りでしょうか」
ジーン・コリニー大将は大声で笑い出し始めた。
まさに蠅の王にふさわしい、嘆きの川から響いてくる冷たい声だった。
590: ◆u2zajGCu6k
08/11/23 20:35:31
投下終了です。
ようやく長かった第一部が終了しました。
反応兵器戦での連邦(アクシズ)の被害については、第二部の各所で解説します。
次の第四章では、この物語の主人公であるアルが再登場する予定です。
今後もできる限り週一ペースで投下していきたいと思います。
591:通常の名無しさんの3倍
08/11/23 20:40:07
どうなる地球!?
次も期待
592:通常の名無しさんの3倍
08/12/02 11:33:12
挙げ保守
待ってるぜ!
593: ◆u2zajGCu6k
08/12/03 21:16:41
第四章 汚れた宇宙(宇宙世紀0094年6月)
1.セイバー・マリオネット
いささか気恥ずかしくなる表現をあえて用いるならば、そこはこの世界に残された数少ない夢の国だった。
かつてこの世界には、キャルフォルニアやフォン・ブラウンといった夢の国が存在していた。
だが、今ではそうした地名はごく一部の人々の脳裏に残されたあやふやな思い出にすぎなかった。
屈強な巨人達を自らの手で操ることを願う人々が集まっていたそれらの聖地の現状は、
奇妙な窪地であり、焼け焦げ倒壊した建築物の残骸であり、ガラスのようになってしまった奇怪な大地だった。
航宙自衛軍がフロンティア・サイドに有するMS基地は、その貴重な例外、
失われたはずの何かが残された小さな別世界というわけだった。
「サイ・コミュニケーター・システム」
「セット」
「Iフィールド・ジェネレーター」
「セット」
操縦室内には、二人の男女が発する乾いた声のやり取りだけが響いていた。
重たげな耐Gスーツを着込んだその姿は異星人のようだった。
594: ◆u2zajGCu6k
08/12/03 21:19:06
「タクティカル・トランスフォーム・スイッチ」
「イルミネート」
「エンジン・インストルメント」
「チェック」
「イグニター・パージ・スイッチ」
「オフ」
彼等は果てしなく続くように思われるチェックリストを読み上げながら、
視界におさめられる全ての位置を埋め尽くしているように思われる
メーター、スイッチ、ランプのつらなりを一つ一つ確認していった。
彼等がようやくの事でエンジン始動の項目にたどりついた時には、
チェック開始から十分近くが経過していた。それほど時間を必要としたのは、
全てを規則どおりに行っていた事ばかりが理由ではなかった。
彼等が操ろうとしている期待が、実用機と呼ぶにはためらわれるものであったからだ。
595: ◆u2zajGCu6k
08/12/03 21:22:29
「リニアシート」
「チェック?」
「チェック……バイオ・センサー」
「チェック」
「トリプル・ディスプレイ・インディケーター」
「アルティテュード、エアスピード、ミノフスキー・デンシティー……ノーマル」
「FQIS」
左胸に「実験航宙団MS試験隊カミーユ・ビダン一尉」と記された認識票をつけた青年が質問を発した。
機体におさめられている推進剤の現在量を確認しろという指示だった。
後部座席に座った女性パイロットが指示に従って燃料計を確認した。全て問題なし。彼等の操るべき機体は、
一時期の異常な価格高騰の後に地の底まで下落したヘリウムの同位体を、その体内に飲み込んでいた。
二人のパイロットは、それからさらに機体各所の安全状況を確認し、ようやく機体に生命をふきこんだ。
「ファースト・エンジン・スタート」
「ドライヴ・イグニッション」
全てを切り裂くような大推力核融合エンジンの轟音が不意をつくようにして発生した。
その巨大な音響は、高音域での力を段階的に増大させつつ、フロンティア・サイド内へと拡散させていった。
ブッホ・コンツェルンの開発したBJ217Cミノフスキー・イヨネスコ核融合炉は約4万kWの出力を発揮する
優れたものだったが、そうであるが故に、環境に対する影響はほとんど考慮されていなかった。
596: ◆u2zajGCu6k
08/12/03 21:28:30
とりあえず、きりのよいところまで投下です。
一気に七年ほど経過してしまいましたが、
次の投下で反応兵器戦の結果を多少明らかにしたいと思います。
597:通常の名無しさんの3倍
08/12/04 05:12:31
乙
598: ◆u2zajGCu6k
08/12/07 16:01:13
アルフレッド・イズルハは、MS基地西側のフェンス近くに止めた車の上に登り、
双眼鏡を構え、格納庫から発進しつつある機体を見つめた。周囲には、彼と同様の目的でこの地を訪れた人々、
脚立に登り、あるいは車の上に三脚をすえて望遠レンズを装着したカメラを構えている男達がいた。
アンテナを立て、自作したものらしい受信機で、交信を傍受しているものも少なくなかった。
全面反応兵器戦争がアルフレッド・イズルハの人生に与えた影響は、
こと生活と言う面では周囲の人々となんら違いはなかった。
宇宙世紀0087年10月のあの日、いくつかの出来事が積み重なった結果として発生したグリプス大戦は、
地球連邦と呼ばれた統一政体を事実上、壊滅させた。それがもたらしたものは、言うまでもなく大混乱だった。
やはりいくつかの偶然(あるいは必然)から、サイド6は直接の被害を受けなかったが、
それまでこの世界を支配していた国家群が突如として最後進国に、
場合によっては国家としての存在をやめてしまった影響はとてつもなかった。
まず、誰もがさらなる反応兵器戦争の続行を予想、その余波はサイド6にも及ぶだろうと確信した。
様々な物資の買占めが始まり、つづいてコロニーからの脱出が始まった。
混乱の過程で、約7000名の死者(殉職・事故・自殺・犯罪等の合計)がサイド6で発生した。
これらはまごうことなき悲劇であったが、グリプス大戦でサイド6にもたらされた
直接的な損害はそれだけにとどまった。反応兵器の使用を含む世界各地での軍事行動が徐々に沈静化し、
地球連邦とアクシズがともに一方的停戦を宣言した頃には、混乱はほぼ終結していた。
599: ◆u2zajGCu6k
08/12/07 16:03:47
アルフレッド・イズルハがグリプス大戦に対して示した反応は、
彼の知識や性癖ではなく、日常の強い影響を受けたものだった。
その当時、親元を離れ、カミイグサにある全寮制の高校に進学していた彼は、
ドロレス・ヘイズ(彼女もアルと同じ高校に進学していた)と一緒にリボーへと帰ることになった。
ドロシー(とアルの両親)がそれを強く望んだためだった。
アルは基地のあるリボーの方がかえって危ない、と諭したが効き目はなかった。
結局、彼は妥協を示し、開き直った両親によって正月を祝うような支度が整えられていた実家で、
グリプス大戦の大半を過ごすことになった。
その後、これだけ時間が経って攻撃されないならば大丈夫だよといって、一人で学校へ戻った。
驚くべきことに、バンチ間のスペース・ランチは時刻表どおりに運行されており、
彼と同じ目的の人々が宙港に長い隊列を形作っていた。
カミイグサにたどりつき、高校へ行ってみると、そこでは教員の半数近くが出勤しており、
アルも直ちに指示を受けることになった。疎開した学生(職員)を一日も早く呼び戻すべく、
出席簿に鉛筆で線を引きながら電話をかけろ、というものだった。
アルはまず両親とドロシーに無事を知らせた後(これは担任が指示した)、その指示に従った。
こんな状況を誰が予想していただろうか、と彼は思っていた。全面反応兵器が発生した場合、
社会体制は開戦と同時に崩壊するというのが常識だったと記憶していた。
たとえ、攻撃で蒸発しなくても、どうせ人類は絶滅してしまうのだから、
自暴自棄になった人々が体制を自壊させてしまうはずであった。
600: ◆u2zajGCu6k
08/12/07 16:06:33
ところが現実はどうだ、自分はサイド中に散らばってしまった同級生に電話
(これも機能しなくなるはずだったもの)で呼び出している。
はいはい、お休みはおしまい、お勉強の時間ですよ。
室内には奇妙な活気があった。特に普段は学生に睡眠を提供するためだけに、
講義をしているアルの担任―40過ぎの教員が張りのある声で周囲の者達を叱咤していた。
彼は担任が一年戦争でオデッサにいたことを知っていた。
そういうことなのかな、彼は思った。担任のように、ジオン軍の砲弾が降り注ぐような陣地で、
煙草を吸っていた経験を持つような男であれば、閃光がはしるまではどうということもなく、
それを知覚した後は諦めるしかない反応兵器に、無意味な抵抗は示さないのかもしれない。
そして、いまのところサイド6の主権が及んでいる領域にはいかなる被害も発生していない。
この国に存在する多くの人々は、内心に不安をいだきつつ、日常を継続すべきだと選択したのだ。
その時のアルはこう思っていた。一週間戦争やルウム戦役の翌日でさえ、ランチは動き、
新聞は発行され、テレビは放送を続けていた。現実に発生していない事態だけで、
全てが崩壊することはありえない。コロニーが落ちた翌日のオーストラリアはどうだったのかな?
かなりの希望的観測が含まれているとはいえ、
アルが内心でくみあげた理屈は、ことに現象面で現実とほぼ一致していた。
601: ◆u2zajGCu6k
08/12/07 16:10:23
結局のところ、グリプス大戦がアルフレッド・イズルハに与えた最大の影響は次のようなものだった。
グリプス大戦の数年後、彼は空前の売り手市場ということもあり、それなりの商事会社に入社した。
その会社はグリプス大戦後の復興特需を睨み、営業部門を強化していた。
考えてみれば、宇宙世紀0094年の今日、アルフレッド・イズルハが航宙自衛軍のMS基地を
―正確にいえばその基地で大推力エンジンを唸らせている巨人を眺めていられるのは、
サイド6が戦争からほとんど何の直接的被害も受けず、会社が彼を営業部に配属してくれたからだった。
何が幸いするか分からないよな、とアルは思った。サイド6が被害を受けていたならば、
ほとんど近代国家の体をなしていない地球連邦から様々な技術を(例えば不足している医療品との)
バーターで手に入れることはできなかっただろう。経営陣が営業部門の強化をしていなければ、
自分がフロンティア・サイドにある家電量販店に試供品を持ち込む仕事があること、
それが自分にとって重要に思われる出来事の日程と重なっていることを発見することもなかっただろう。
側面に社名がえがかれたエレカの上に―というか、その上に吸盤とボルトでしっかりと止められている
荷台の上に座り込んだ彼は、現在の自分にもたらされた幸福を手放しで受け入れていた。
彼のいる位置が絶好の撮影ポイントであることに気づいたMSマニアが何度か声をかけてきたが、
全て断っている。これまでの経験で、何かの趣味にはまり込んだ人種には、
いかなる意味でも社会常識に欠けている連中が大量に存在していることを彼は知り尽くしていた。
もっとも、自分が営業車でMS見物に来たことも同様だ、とはかけらも思っていなかったが。
602: ◆u2zajGCu6k
08/12/07 16:13:30
最初にどよめきをあげたのは、無線を傍受していた連中だった。
エンジンの轟音がさらに高まった。カメラを構えていた連中が一斉にシャッターをきりはじめた。
フェンスごしにその姿を見つめている誰もが、そこにある機体が何であるかを知っていた。
もちろん、図面や研究データがサイド6へ運び込まれた後、無数の改正が加えられたことも彼等は知っていた。
しかし、それでもなおかつ、発進しようとしている機体は彼らにとっておなじみの幻想のひとつだった。
地球連邦軍、兵器システム―110A、試作超大型可変MSムラサメ研究所MRX-009サイコガンダム。
誰も航宙自衛軍の正式名称、新型融合炉特性研究機・ブッホXT7とは呼ばない。
ましてや「ブラックドール」などという愛称を口にはしない。
轟音はさらにその激しさを増した。その場にいた準備のよい何人かが慌てて耳栓をはめ込む。
アルフレッド・イズルハは、自分の方に向けて猛然と突進してくる巨人を惚けたように見つめ続けた。
彼にとって、ジオン・ブロックの全土を焼き払うために原案が考え出されたその姿は、
現実であると同時に幻想でもあり、現在であると同時に未来でもあった。
彼は知っていた。地球連邦でさえ投げ出しかけていたサイコガンダムをリーア人が完成させていた理由は、
第一にいまだ国家体制を維持しているネオ・ジオンへの脅しであることを、
そして現実には、採算面で厳しいところのある新型融合炉のデータ収集用機であることを。
轟音が過ぎ去った。これでサイコガンダムも見納めだ、近くの男が呟いていた。
そうだな、生のサイコガンダムは見納めだな。アルは内心で同意した。
全長40.0m、本体重量214.1トンの機体は、これからブッホが所有する工業コロニー、
「インダストリアル7」の試験場へと向かい、そこで様々な試験プログラムをこなすことになっている。
アルの聴覚はいまだに回復しきっていなかった。未来を望むために作られた巨人機の名残を脳へと伝えていた。
周囲の人々が退散する中で、アルはサイコガンダムの消えていった空間を最後まで見つめていた。
603: ◆u2zajGCu6k
08/12/07 16:21:46
第一節の残りの部分を投下しました。
ネタと設定を両立させるのに時間がかかりました。
ちなみに「インダストリアル7」は、月面の本社が壊滅したアナハイムから、
ブッホが技術と共に買収したことになっております。
次の第二節はまた過去の話(一年戦争当時)になる予定です。
604:通常の名無しさんの3倍
08/12/07 21:11:18
サイコ…なるほどww
しかし、ルナ2はどうなったんだ?ネオジオンが叩き切るには厳しいような。
(カリフォルニア扱いかな。駐留艦隊はウラジオ特攻の7th同等として)
605:通常の名無しさんの3倍
08/12/07 21:31:35
乙
さすがにコロニーが落ちたオーストラリアは……
ちょ、サイコktkr
愛称がブラックドールとかテラ黒歴史www
606:通常の名無しさんの3倍
08/12/07 21:47:21
あんなことになって地球にはもう力が無いんじゃないかな?
ゴップも責任取って辞めてるだろうな。
後を継いだのはコリニーかジャミトフか・・・。
607:通常の名無しさんの3倍
08/12/12 22:07:54
投下おつ
あげときます
608:通常の名無しさんの3倍
08/12/14 17:04:24
挙げ保守
609: ◆u2zajGCu6k
08/12/14 20:05:30
2.スターオーシャン
昨夜この都市を焼き払った大火災はおさまったが、街区を漂う空気はいまだに焦げ臭かった。
深夜になっても人の足音や悲鳴の絶えない病院に彼の妻は入院していた。
彼女が昨夜うけた傷について、既に可能な限りの治療は行われていた。
医者は、正直なところ、これ以上は何もできない、と言った。
あとは苦しみをやわらげてあげられるだけです。ああ、モルヒネが手に入るのですか。
ならば、それを看護婦に渡しておいてください。申し訳ありません。
「わたくし、思っていましたのよ」
注射された薬品の効果で痛みのやわらいだ彼女は、安らかな表情でベッドに寝かされていた。
「いったいどんな怖いお方なのかしらって」
「私のことかね?」
夫は微笑みながらこたえた。
「ごめんなさいね」
妻は言った。
「でも、周りの方が、そのような噂ばかりしているのですもの」
「自業自得かな、悪いことばかりしていたからな」
夫は小さく笑った。燈火管制や電力不足のため、病室の照明はひどく弱々しかった。
「でも、わたくしには怖くなかった。実家で言われていたの。
我慢なさい。少なくとも、贅沢だけはできるのだから、って」
「図星じゃないか。でも、贅沢についてはまだまだだよ。これからもっとしなければ」
610: ◆u2zajGCu6k
08/12/14 20:07:03
「外が見られないのね、こんなに大きな窓があるのに」
「また軌道爆撃があるかもしれないからな」
「今日は晴れていた?」
「ああ、月がきれいだった。綺麗だったよ」
「じゃあ、いいわ」
「どうしてだね?」
「お月様はきらい。何もかもを照らし出して、星を隠すから」
「星の方がすきなのか?」
「ええ。ずっと以前からそうでした。子供の頃に、星座の形は全部覚えていた。
お父様に連れられてムンゾに行ったとき、地球では見られない星もながめてきたの」
「戦争が終わったら」
「終わったら?」
「見に行こう。連れて行ってやる。お前が見たい星を全て見せてやろう。どんなことをしてでも」
「ほんとうに?」
「わたしは悪人だが、嘘をつくほど卑怯な人間ではないよ」
「ごめんなさい」
「何を言う。好きなだけ贅沢をさせてやる。この戦争が終わったら。
いや、わたしが終わらせてやる。ジオンなどに負けるものか。もう少しの辛抱だよ」
「はい。あなたは絶対に負けない。どんなときでも、かならず」
「そうだ。必ず勝つ。敗北などしない。絶対に認めない。
わたしが認める敗北は、自分の寿命に限りがあること、それだけだ」
「あなたはそう、それでいい」
「だから君も負けてはならない。君と娘の敗北は、わたしの敗北でもあるのだ。いいね?」
611: ◆u2zajGCu6k
08/12/14 20:09:17
「眠くなってしまったわ」
「そうか、休みなさい。そばについていてやろう」
「いいえ。あなたにみられていたら、恥ずかしくて寝息もたてられないじゃないの」
「言ってくれるねぇ。わかったよ。おやすみ」
「ねぇ」
「なんだね」
「さっきのこと、約束よ」
「ああ、絶対に。君が望むなら、星々の全てを買い占めていやる」
「ううん、見せてくれるだけでいいの」
彼は病室を出た。彼の妻が死亡したのは翌日のことだった。
医師は彼の持ち込んだモルヒネのことについて何か言いたいことがあるようだった。
「かまわない、余った分はここで使ってください。わたしが関わったことを忘れてくれるのならば。
何も代償は求めない。昔やっていた商売の時に余ってしまったものなのだ」
夫はそういった。医師はとまどいながら感謝の言葉を言った。
「いいのだ、あれは他人が苦しむのを見ていられないたちの女だった」
戦場の荒廃にまきこまれ、完全に崩壊しつつある銃後に存在する病院の地下に立った夫は、
この情勢下で仕立てのよいスーツを着た痩身をわずかにうつむきかげんにしていった。
「それに、わたしは新しい商売を始めねばならなくなったものでね。違えるわけにはいかぬ約束なのだ、これは」
612: ◆u2zajGCu6k
08/12/14 20:17:13
投下終了です。
今回はある人物の過去の話になりました。
この出来事が史実との大きな差を生むことになったかもしれません。
613:通常の名無しさんの3倍
08/12/14 20:23:45
ほう、誰だろう?
614:通常の名無しさんの3倍
08/12/14 22:31:57
誰?エッシェンバッハ?
615:通常の名無しさんの3倍
08/12/14 22:52:08
こ、この人かw
このシーンは当然0079だから、元でこのポジの人通りなら…
(検索と計算中)
…0055…0068…なるほど。0079にこうなりゃ0087にはああなるわ。大幅どころじゃない路線変更だが。