ギレン死せず2at X3
ギレン死せず2 - 暇つぶし2ch400: ◆u2zajGCu6k
08/05/20 22:01:19
サイド6自衛軍リボー駐屯地を出発した数機のリーア35ドラケン(ミドルMS)は、
大型のエレカを護衛しながら目的地を目指していた。

目的地では彼等が到着してから一時間後に起動試験が行われることになっていた。

「考えようによっては随分物騒な演習じゃないですかね。少尉殿」

大型エレカの後を追うトラックに便乗したジャーナリスト風の男が尋ねた。

「一部じゃあ、対地球連邦用の軍備増強じゃないか、なんて話も出ていますが。
実験を扱う部門が技術研究所第8部大型汎用機械班と分かり難い名前をつけるから余計に。
結局はMSを作ろうということでしょう?」

「あくまでも、防衛技術としてだよ」

隣に座っている金髪碧眼の作業服(サイド6以外では軍服と呼ぶ)を着た男がこたえた。

「まぁ、わざわざベルファストから見学に来てくれた学生さんを粗略に扱えませんよ」

「それはありがたいことで」


401: ◆u2zajGCu6k
08/05/20 22:03:15
「それから、少尉と呼ぶのは間違いじゃないかね?」

「分かっていますよ。ジョブ・ジョン三尉殿。しかしねぇ、いくら戦争嫌いのサイド6とはいえ、
階級名まで変えてしまうとは。名前をどう変えても軍隊は軍隊だ」

「我がサイド6は民主的な政府なのでね。それと私達は実験に向かうのです。演習ではありません」

「分かっていますよ。ただね、あんたと似た人と、
今じゃア・バオア・クーの一部になっている船で一緒に戦っていた気がしたもので」

「何たる偶然。私もそれには同意します。
あの白い戦艦にはずいぶんとひねくれた男がいたと思うんですよね。カイ・シデンさん」

「いやぁ。我々は気が合いますね。なにせ二人とも一年戦争後に連邦軍を退役したのですから」

「いやいや、あなたには敵いませんよ。僕は元来…ん、あれは?」

ジョブ・ジョンは道路脇を注視した。
自転車を押した少年が疲れた足取りで進んでいた。

「パンクでもしたかな?」

ジョブ・ジョンはア・バオア・クーからグラナダへ生還した際に贈られた、
月面都市製の腕時計を眺めた。それはレビル将軍がホワイトベースクルーに贈ろうとしたものだった。

「時間にはいささかの余裕がある。あの少年の横で停めてくれないか?」

402: ◆u2zajGCu6k
08/05/20 22:04:36
背後からやってきた自衛軍のトラックはアルの傍らに停止した。

「そこの君、どうかしたのか? 学校に行く途中かな?」

トラックの助手席からいきなり声をかけられ、アルは混乱してしまった。

「あ、あの。実験場に。MSの試験があるって。遠くてもいいらから見学したくて」

「学校は?」

「それは…あの…」

「ああ、夏休みか」

彼のあやふやな返事を聞いて男は全てを察したようだった。
後部座席乗っていた私服の男が笑い出していた。

「トラックにはまだ余裕があるな。よし、少年。目的地まで乗せていってやる」

男は部下らしい仲間に指示を出すと、あっという間に自転車をトラックに乗せてしまった。

「演習所に着いた後で、パンクは修理してあげるよ。ところで、変わっているね。君は。
 こんな朝早くから見学をしに来るなんて。MSが好きなのかい?」

この問いばかりはアルも迷いを見せず即答した。

「はい、好きです!」

男は大きな声で笑い、そうか、まぁ一般にも公開している実験だからね、
そうだ。後ろにいる大学生のお兄さんと一緒に見学するといい、と言った。

403: ◆u2zajGCu6k
08/05/20 22:12:34
投下終了。

オープニングが終わり、少し過去に戻りました。
なるべく最初の目次に沿うように進めたいと思います。

あとMSの開発状況は史実と同じです。サイド6が独自開発するかもしれませんが。

404:通常の名無しさんの3倍
08/05/23 23:55:09
保守

405:通常の名無しさんの3倍
08/05/24 00:27:11
遅ればせながら投下乙です。
☆だと倉田艇長が好きなので、誰がやることになるのかワクテカしてお待ちします。

406: ◆u2zajGCu6k
08/05/25 21:53:41
「嫌味のつもりじゃありませんが。これぞリーアの民主主義の成果といったところですか?」

演習所に到着すると、相変わらずジョンと行動を共にしているカイが話しかけた。

「さっきの少年のことかい?」

「まぁね。軍人が民間人を助けてやるとは。連邦とは大違いだ」

カイは人の悪い笑みを浮かべていた。

「そうそう、聞いていますよ。あんた、来年には宇宙軍…じゃなかった。航宙自衛軍に移るんでしょ?
昨年のクリスマスにできたリーア自衛軍は優秀な人材を求めているから。
特に元連邦・ジオンの兵士なら大歓迎でしょう」

「MSを連邦から恵んでもらった技術でようやく手に入れた宇宙軍だ。
少なくとも去年のクリスマスまでは練習機しかなかった。
まぁ、僕より実際に操縦していたあなたの方が適任でしょうが」

二人は屈託の無い笑い声を上げた。

407: ◆u2zajGCu6k
08/05/25 21:54:33
「あの人が実験の指揮官ですか?」

カイは無秩序に観測機器が並べられた天幕の下で指示を出している若い男を指した。

「自衛軍の人間じゃないがね。彼も責任者の一人だよ」

「娑婆の人間ですか。どっかの大学の教授様ですか?」

「いや、企業の人だ。アナハイムだと思う」

「へぇ、月面都市の人間ねぇ」

「あそこは上を目指しているからね。裾野を広げようとしているんだよ」

「そうですか。おっと、そろそろ時間だ。特等席で見物させてもらいますよ」

408: ◆u2zajGCu6k
08/05/25 21:57:16
車に乗せてくれた自衛軍の男は、実験場に到着すると、
手近にいた暇そうな隊員をつかまえ、アルの世話を頼んだ。命令を受けた隊員は、
自転車はどこだい坊や、と尋ねるとそれをトラックから降ろしパンクを修理してくれた。

彼はその後でアルをMSの見える場所まで連れて行った。

「妙なものが好きなんだな、坊や。ほら、あれだ。我が自衛軍初のMS
タンゴ・マイク・シエラ・ゼロ、TMS-0だよ。」

どうにか左右に動かせるモノアイ。おそらく専用のものではない手榴弾。
無理やり備え付けられたプロペラントタンク。
さらにあちこちが継ぎ接ぎだらけのボディは、空想上の怪物を連想させた。

アルがそれを見て涙を流してしまったのは仕方の無いことであった。
その姿は半年以上前にアルと青年が作り上げたMSにそっくりであったからだ。

「おいおい、泣くほど嬉しいのかい?」

アルは涙を拭くと、真剣な表情でMSを見つめた。

「そういえば、ジオンのザクにもあんな武器がありました」

「クラッカーねぇ」

案内してくれた隊員は呆れたように言った。

「よく知ってるなぁ。隊員でも知らん奴の方が多いのに」

「いや、雑誌で見たことがあるだけです。でも、あのMSはザクに似ているのに、
なんでマシンガンとかヒートホークは装備していないんだろう?」

「こりゃ、釈迦に何とかだったかな」

隊員は笑い出した。

「坊や、おまえさん、俺よりよほど詳しいみたいだな」

「装備したくてもできないからだ」

突然、二人の会話に男が入り込んできた。襟元の黒く汚れた白シャツ、
あちこちに泥がついたズボン、そして靴はサンダルだった。如何にも怪しい人物である。

409: ◆u2zajGCu6k
08/05/25 21:58:39
「少年、なぜマシンガンなどを装備できないと思う?」

「…分かりません」

アルは困ったような顔をした。

「小学校の理科でも教えているはずだぞ。簡単に言えば、作用と反作用だ。
つまり反動だな。マシンガンの弾と手で投げる爆弾。どちらが反動があると思う?」

「…マシンガン?」

「そうだ。今のあいつがマシンガンなど撃ったら反動で腕が壊れてしまう。
どのパーツも寄せ集めだからな。まぁ、サイド6に大口径砲を生産する能力が無いのも理由だがな」

「へぇ」

アルは感心したように頷いた。

「少年、君はMSに興味があるのかね?」

「あります」

この質問ばかりはアルも即答することができた。

「数学や物理は好きかね?」

「それは…その」

「ふん、駄目か。ならば精一杯働いて税金を人よりも多くふんだくられる大人になれ」

「どうしてですか?」

410: ◆u2zajGCu6k
08/05/25 21:59:28
「税金が増えれば、自衛軍の予算も増える。簡単な理屈だ。
そうすればMSも開発しやすくなる。俺が立派なMSをつくってやるよ」

「誰でも乗れるような奴を?」

「科学に夢を求めるのは好きじゃない」

その言葉とは裏腹に彼の両目は薬物中毒者のような光があった。

「しかし、作れないはずは無い。作ってやるさ。俺が君にも乗れるMSを作ってやる。
だから君も頑張ってくれ。いや妙な反対をしないだけでもいい。俺は君が度肝を抜かすような奴を作ってやる」

「本当に?」

「俺は法螺は吹くが嘘はつかん。考えても見ろ、人間は何のために生まれたんだ?
このたかだか直径数キロの鉄の棺桶の中で死ぬためだけにか? 違う。絶対に違う。
人間はこの宇宙を自由に歩くために生まれてきたんだ!」

アルはその男を呆れたように見つめた。

411: ◆u2zajGCu6k
08/05/25 22:01:22
「いやはや」

アル達の会話を背後で聞いていたカイが溜息をもらした。

「大変な人ですな。ありゃ、夢だのイデオロギーなど超越していらっしゃる」

「フランクリン・ビダン。あれでまだ三十代だよ。
だが、さっきのアナハイムから来た人より立場はよっぽど上だ。一年戦争中は連邦軍の嘱託だった」

「地球連邦軍ですか?」

「ああ。その頃からMS一本だ。あいつの父親さんとも一緒に仕事をしていたらしい。
そして、戦後のどさくさに紛れてブッホの開発部門の責任者に居座った」

「ブッホ? まさかブッホ・コンツェルンですか?」

「分かるだろ。あそこの社長は能力主義者だ。使える奴なら連邦だろうとジオンだろうと関係ないのさ」

「オレはあの社長が追放されなかったことの方が不思議ですよ。
国際派の仮面をかぶったとんでもない貴族主義者という話ですから」

412: ◆u2zajGCu6k
08/05/25 22:02:28
ここでジョンが話題を切り替えた。

「あなたはうちのMSそのものにはあまり興味が無いようですね?」

「仕方ないでしょ。あれを見たら。オレが乗ってた赤い奴と比べると。まるで」

「まるで?」

「まるで玩具のようだ」

「玩具ね。確かにそうとも言える。でも知っているかい?
ジオンのザクを初めて見た連邦軍もあなたと同じことを言ったことを」

彼はTMS-0を見つめた。そのMSはコンテナをまるで積み木のように積んでいた。
リーア自衛軍ではTMS-0を汎用作業用大型機械として導入しようとしていたからだ。
それはかつて世界の半分を焼き尽くしたMSとは正反対の姿であった。

やはり玩具なのかなぁ、とジョンは思った。
自分が整備していたキャタピラ付きと比べてすらそうだ。

いや、悪く考えるだけでは駄目だ。何事も順番だ。
幼児が階段をとばして二階に上がることはできない。
まずは歩き方を覚えなければ。それとも這い方からか?

「どうしたんですか?」

ジョンの沈黙が複雑なものであることに気づいたカイが尋ねた。

「大したことではないですよ。ただ、MSを研究できる我々はまだ幸せだなと。
この世界には夢を見ることすらできない人達の方が多いことを思い出したのですよ」

それから数日の間に、この実験場では合計9回の実験が行われた。
実験そのものは成功でMSの自主開発にも目処がついたが、研究は継続されなかった。
その理由は地球連邦軍から「非公式」にサイド6政府へ懸念が伝えられたからであった。

413: ◆u2zajGCu6k
08/05/25 22:26:57
投下終了です。

これで第一章の第一節が終わりました。
次は第二節「遊星より愛を込めて」の予定です。

倉田艇長が登場するのはまだ先になりそうです。
もう配役は決めてありますので楽しみにして下さい。

414:通常の名無しさんの3倍
08/05/25 23:44:13
そういや、キャノンも赤色だったな

415:通常の名無しさんの3倍
08/05/26 04:39:01
保守

416:通常の名無しさんの3倍
08/05/27 14:39:15 fjAQ7Ozz
上ゲ保守

417: ◆u2zajGCu6k
08/06/01 21:40:55
2.遊星より愛を込めて

「それは血を吐きながら続ける、悲しいマラソンですよ」
―ジオン公国地球方面軍司令部直轄U警備隊、M・D・シモンズ中尉

宇宙世紀0081年のある日、火星と木星との間にあるアステロイドベルトに存在する、
小惑星基地アクシズに建てられた家のドアが叩かれた。

朝食の用意を整えていたその家の母親は、
扉を叩く音を聞いて無意識のうちに背筋をふるわせた。条件反射というべきであろう。

いまだに少女に近い年齢の頃、そして夫と出会った後にもう一度、
彼女はザビ家にによる大粛清を経験していた。
ある日突然、親衛隊が家を訪れ、その家の全ての人間を連れ去ってしまう。

彼等は二度と家には戻ってこない。

隣人達は彼等が存在していたことすら忘れようとする。
そうしなければ、次に連れて行かれるのは自分だから。

もちろんそれは、いまや記憶の中にだけ残された悪夢であった。
マハラジャ・カーンが実質的な権力を握り、アクシズの支配者の座に就こうとしている現在、
よほどのことが無い限り、粛清はありえなかった。

母親は軽く胸に手を当てて考え直した。私達に後ろめたいことは何も無い。
それどころか、私の夫は祖国の奪還計画を担っている人物なのだ。
そうでなければ、未だ多くの人々が不自由な艦船暮らしをしている中で、モウサに自室を持てるはずが無い。

扉の向こうには背の高い褐色の肌をした将校が立っていた。
彼は彼女に向けて丁寧に敬礼し、同時に朗らかな笑みを浮かべていた。

418: ◆u2zajGCu6k
08/06/01 21:42:30
彼の態度は、かつて悪夢のような存在だった親衛隊の男達を思い出させた。
どういうつもりなのかは分からないが、親衛隊の男達は態度が慇懃であった。

「おはようございます奥様。同志主任設計官は、お目覚めでしょうか?」

その将校は微笑みながら話しかけた。彼は自分が迎えにきた要人の妻が、
何故不自然な態度を取っているか理解できなかった。
もしかしたら、出迎えに不満を持っているのかもしれない。これからはもっと盛大に迎えに行かないと。
だが、妙だな。主任設計官殿はそのような特別扱いを嫌う方と聞いていたが。

「すぐに参りますぞ」

寝室の方から声が聞こえてきた。
声の調子から、彼が目覚めてからかなりの時間が経っているものと感じられた。

将校は、主任設計官殿は眠れなかったのかもしれないと思った。
無理もないことかもしれない。彼は祖国解放の一端を担っているのだから。

419: ◆u2zajGCu6k
08/06/01 21:44:48
宇宙世紀0079年12月の終わり、ジオン公国最後の日々において、最も重要な私的決断が下された。

ジオン公国の小惑星基地ペズンに置かれていた、最も先進的なMS開発機関を実質的に支配していた、
ガルマン・I・ガミラス博士が、多数の同僚とともに、戦後地球連邦軍へ身を寄せることを決定したのであった。

彼等は戦場となったア・バオア・クー宙域を横断し、宇宙世紀0080年1月2日早朝、
グラナダ市を占領中であった地球連邦宇宙軍に保護をもとめた。

月面制圧を目的とした艦隊の司令官ダグラス・ベーダー中将は、
当初この奇妙な集団の取り扱いに迷いを見せたが、すぐに上級司令部から丁重に扱うように命じられた。
この妙に態度の大きいジオン民間人の重要性が認識されたからであった。

彼等は宇宙世紀0079年12月以降猛威を振るうようになった、MS-14の開発チームであった。
ジオン公国がゲルググと呼んだ兵器について、地球連邦軍は過大ともいえる評価を行っていた。

ゲルググの実態は高性能であるが、生産と運用に酷く手間のかかるMSにすぎなかった。
事実、一年戦争中に生産されたゲルググは700機程度でしかない。
敗色濃厚であったジオンにとっては、同時期に生産されていたリックドムへ資源と人材を投入していた方がマシであっただろう。

しかし、地球連邦軍、特に宇宙軍はこの兵器がさらに発展した場合の恐怖を思い描き、それを開発した人々を恐れていた。
(ただし、彼等の恐怖は、当時の技術では切り札であるRX系列のMSを多数配備できないという現実の影響を受けている)


420: ◆u2zajGCu6k
08/06/01 21:48:32
その後、連邦宇宙軍と契約を結んだガミラス博士と100名を越える専門家達は、
アナハイム・エレクトロニクス社の工廠に送り込まれ、新たなるMS研究を開始した。
同時に様々な鹵獲兵器も持ち込まれ、起動実験が行われることになった。

ただし、新天地での扱いは、ガミラス博士にとって屈辱的なものであった。
当初、連邦宇宙軍は彼等を殆ど捕虜のように扱い、その信頼性に多大の疑問を示し続けた。
研究にしたところで、捕獲されたMSを連邦の技術者に説明するといったものだった。
唯一の例外はガンダム開発計画への参加だったが、その四号機もいつの間にか開発中止になってしまった。

このような待遇になった理由は幾つかある。

連邦宇宙軍が、ジオンから奪取したこの頭脳集団に何を行わせるか明確な方針を持っていなかったこと。
彼等の存在が連邦技術者達から快く思われていなかったこと。
そして、最大の理由は、ガミラス博士の研究しようとした兵器システムが異常であったからだ。

ガミラス博士はジオン公国ですら却下された計画を持ち込んできた。
その内容は非常に先進的でまさに天才的な発想であった。

コバルト爆弾の純粋な進化系である、スーパー・オキシジェン・ストラティジカルボム(超酸素戦略爆弾、通称SOS弾)。
月面からのマイクロウェーブを使用した反射衛星砲。アステロイドベルトの小惑星を改造した遊星爆弾。

だが、常識的に考えるとこれらのアイディアは狂人の誇大妄想でしかない。
このような兵器が連邦軍で採用されることはありえなかった。

結局のところ、連邦へ鞍替えした彼等は、宇宙世紀0087年までの七年間、
ほとんど飼い殺しの状態に置かれたのであった。鹵獲兵器のデータ収集も進んでいたが、
連邦宇宙軍にとってそれもあまり意味をなさなかった。

たとえ技術が優れていようとも、明確なヴィジョンが無ければ、まともな成果があがるはずも無いからだ。

421: ◆u2zajGCu6k
08/06/01 21:56:35
とりあえず、ここまで投下です。
しばらく技術者中心で話が続きます。

422:通常の名無しさんの3倍
08/06/01 22:20:09


ちょ、ガミラス博士w
それは最低でも惑星間戦争レベルの兵器じゃないか

423: ◆u2zajGCu6k
08/06/07 11:45:14
一方、一年戦争後に各地へ潜伏したジオン残党勢力の対応は、地球連邦とまったく対照的なものであった。

ギレン・ザビという独裁者に支配されたムンゾ人達は、
ジオンが科学技術の先進性という点で、連邦を遥かに凌いでいることを実感していた。
その技術は、敗戦によって奪われた全てを取り戻すために使われなければならなかった。

彼等は反地球連邦的信条ゆえにガルマンに従わなかった、
統合整備計画の主要技術者ガトランティス博士を中心に研究を再開させた。

ムンゾ人は、連邦宇宙軍のように完成状態のMSをほとんど入手することはできなかったが、
彼等の手元には敗戦時にジオン公国全領域からかき集められた、数百機分のMSパーツと無数の設計図があった。

当初、ガトランティスをはじめとする技術者集団の仕事は、ガラミスが連邦で行ったそれと大差なかった。
やがてアクシズでの研究体制が整ってくると同時に、地球圏から拉致同然の方法で、
各種技術者をアクシズまで強制連行させた。
その中には、後に主任設計官という名で知られるようになった、エリオット・レム中佐もいた。

424: ◆u2zajGCu6k
08/06/07 11:46:28
宇宙世紀0030年代末、サイド3の密閉型コロニーに生まれたレムは、
物理への才能を早くから示していた。彼が宇宙、そしてMSへ傾斜したのは、
大学在学中にトレノフ・Y・ミノフスキーに出会ったことが原因だった。

ミノフスキーは、その後のMAWS(ミノフスキー理論応用兵器体系)の基礎を、
ほとんど独力で築き上げた偉大な科学者兼啓蒙家であった。
当時、ミノフスキーは異端の物理学者であったが、
レムは彼の示したアイディアに魅せられ、それを急速に吸収していった。

ジオンでも一、二を争うミノフスキー物理学(熱核反応炉開発)の専門家になっていた彼は、
その後ジオニック社にスカウトされ技術者としての道を歩みだした。
ジオンが科学技術を重視する国柄であり、国防軍がM粒子の軍事的利用を考案したことも彼に幸いした。

しかし、順風満杯に思われた彼の人生は、宇宙世紀0069年に発生した粛清によって危機を迎える。

425: ◆u2zajGCu6k
08/06/07 11:49:04
サスロ・ザビ暗殺事件を直接のきっかけとするこの粛清は、
まずデギン・ソド・ザビ等によるジオン・ズム・ダイクン暗殺疑惑から始まった。

ダイクンの死をザビ家による陰謀と考えた一部の勢力が、
その報復としてジオン・ズム・ダイクンの葬儀の際、
テロによりザビ家次男サスロ・ザビの乗車を爆破したのだ。

この事件を絶好の機会として、ギレン・ザビと後の親衛隊保安諜報部長官ラインハルト・ハイドリヒが結託し、
ダイクン派の徹底的な排除を行うことになった。
しかしながら、彼等がダイクン派を相手に仕掛けた粛清はあまりに苛烈なものであった。

粛清は宇宙世紀0069年6月11日、ムンゾ通信がダイクン派の追放を内外へ伝えたことで表面化した。
ひとたび理由をつけてしまえば、後は簡単であった。
それから二ヶ月をかけて、ザビ家は35000人以上のダイクン派を片付けた。

これはおそらくギレンの予想を上回る数だったが、彼には殺戮を中止する意思は無かった。
一度に面倒の種が消えるならば、それはそれでよいか、と思ったからだ。

M理論応用兵器を通じて、軍部ともつながりのあったレムに災いが及んだのは、
宇宙世紀0069年の夏のことであった。その数日前、彼と親交のあった将校がダイクン派として粛清されていた。
その日、リムジンに乗った男達が彼の家を訪れ、簡単な尋問の後、彼を強制収容所へと放り込んだ。

彼はそれから3年間をそこで過ごし、宇宙世紀0072年に(おそらくミノフスキー博士の亡命事件の影響で)釈放された。
その後のレムは、自らの潔白を証明し続けるために、MS用核融合エンジン開発の道を突き進んでいった。

そして、地球連邦との戦争が始まると、彼の研究は急速に進展することになる。
敗戦後もレムの研究にはほとんど影響が無かった。地球連邦との戦争は実質的に継続していたからだ。

アクシズで研究を続けることになったレムは、ある日マハラジャ・カーンからある開発計画を依頼された。
それは超大型核パルスエンジン開発計画であった。

426: ◆u2zajGCu6k
08/06/07 11:50:37
出迎えに来たリムジンに乗り込んだ、エリオット・レム主任設計官は、
助手席の将校にほとんど抑揚の無い声で尋ねた。

「同志大尉、何か問題はありましたかな?」

「自分の知る限り重大なものはありませんでした。同志主任設計官」

「融合用ペレット発射ノズルにいささかの劣化が発見されたようですが、
二時間ほどで不安定な部品は交換されました。あなたの部下達は、みな仕事熱心な―」

「どこにだろうか?」

将校の言葉を途中でさえぎって、レムが尋ねた。

「はい?」

「ノズルのどの部分で問題が起きたのか、ということです」

レムの声にある切迫した調子に将校は驚きをおぼえた。

「ああ、本体に影響はありません。ノズルに電力を供給するコネクターがどうとか」

「修理されたのですね?」

「はい、同志。その点は間違いありません。ああ、思い出しました。
接触が悪いので、主回路のコネクターをジオニックからアナハイムへ変えたそうです」

「そうですか」

将校には、レムの声に安堵感が満ちたのが分かった。仕方の無いことかもしれない。
主任設計官は完全に汚名を返上したわけではない。おそらく、現在推進されている計画が成功しなければ、
楽しい余生を送ることはできないだろう。まぁ、その点については私も同じであるが。

将校の想像はほぼ正解であった。しかし、レムの内心を説明しきれたわけではない。
確かにレムの内心に計画失敗に伴う失脚の恐怖もあったが、
最も恐れていたのは失敗によってエンジン・MSを永久に失うことであった。

レムのいまだに不安定な地位を狙っているものは多い。
彼の地位を奪えたならば、自分で好きなようにエンジンを開発し、それで自分の好きなMSを開発できるからだ。

いや、この点について私も人のことは言えないな。レムは内心で自嘲した。
私は自分好みのMSを作るために、偉大なトミノフ・Y・ミノフスキーから伝授された知識を使っている。

いっそ、ウォトカでも飲めたらな。レムは車窓から見える非現実的な情景を眺めていた。
整理された町並みと荒れた岩壁。人類の辺境に出現した最先端科学技術の要塞。

レムはかすかな笑い声をもらした。再びウォトカでも飲めたらなと思った。
自分を含めたこの情景こそが、我がジオン公国を象徴しているような気がしていた。

427: ◆u2zajGCu6k
08/06/07 11:54:58
投下終了です。

今回で第二節が終わりました。
第三節はサイド6の視点から見たデラーズ紛争の予定です。

428: ◆u2zajGCu6k
08/06/14 19:08:28
3.ザルク・アイゼン

「こいつはやりがいがありそうだぜ!」
              ―地球連邦軍憲兵少佐A・タカカズ

ブッホ・コンツェルン中央研究所大型汎用機械部長のフランクリン・ビダンは、社長室へ突然の呼び出しを受けた。
彼は20名ばかりの部下をおい使いつつ、一日を過ごしている研究所を出て、パルダ・ベイ近郊の本社に向かった。

「ジオン残党勢力が、地球連邦への大規模なゲリラ活動を開始した。今月のはじめの事らしい」

いたって簡素な内装の施された社長室で、オーナー社長のマイッツァー・ロナが言った。
貴族主義の主張とは裏腹に、カッターシャツの上に作業着を着ていた。
社長室の応接セットにふんぞり返り、煙草を吸っているフランクリンの方が、社長のように思えてしまう。

「デラーズですか?」

フランクリンは煙を大きく吹き上げながら尋ねた。

「おそらくは。彼等は、最近、暗礁宙域で基地を建設している」

「戦力については何か分かっていますか?」

「正確なものではないがね。グワジン級戦艦を旗艦として、一個艦隊で30隻程度。
搭載MSは一年戦争後期に生産されたものを中心としている。機体数は不明だが、
50機をくだることはまずあるまい。彼等は自らの基地に茨の園と名付けたそうだ」

「負けですね。地球連邦の」

「いったい何に負けると?」

「コロニー落としですよ。うかがった戦力が正しければ、
彼等の戦力ならコロニーを奪取して地球に落とすことが可能です。
地球連邦軍の方は、確かガンダム開発計画が御破算になったはずですから」

「ああ、あのMk-82型酸化融合弾頭を搭載するとかいうやつかな?」

「そうです。とはいっても、コーウェンがだんまりで開発しているサイサリスではなくて、
アナハイムがガーベラを改造して、名前をつけなおしたやつですが」

「茨の園について教えてくれた僕の友人によれば、現在Mk-82は倉庫にしまい込まれているらしい。
地球連邦の良心的な科学者が、南極条約に違反する弾頭をMSに搭載するのは道義的に問題があると主張したそうだ」

「はン」

それまで、彼に可能な限り礼儀正しい態度を取っていた、フランクリンが鼻をならした。

「品位より、結果ですよ。使えるものは何でも使うべきなんだ。だから育ちのよい金持ちは困る。
現実よりも理想を優先させてしまう。私は正直言ってジオンが好きじゃありませんが、
一緒に酒を飲むなら連中の方がまだマシだ。一生懸命ですよ彼等は」

「随分と偏見に満ちているね」

429: ◆u2zajGCu6k
08/06/14 19:11:05
マイッツァーとフランクリンが出会ったのは、地球上にまだジオン公国軍が存在していたころだった。
月で行っていたかなり怪しげな商売で成功したブッホが、精密機械関連事業を始めてから13年目のことである。

ブッホは巨大軍需メーカーとのつながりを深め、それらと部品の納入契約を結ぶようになっていた。
地球全土がジオンに占領されると思われていた3月の末、マイッツァーはジャブローの技術本部へと呼び出された。

「これから話す内容は、軍機だということを心得ていただきたい」

応接室でマイッツァーを出迎えた少佐は、かたい声で言った。
そこでは少佐の他にも何人か集まっていた。民間人もまじっている。

「承知しました」

マイッツァーは如才なくうなずいた。軍機などもはや聞きなれた言葉であった。

「我々は、新たな攻撃兵器の開発に取り組んでいる。
あなたの会社に園兵器に必要とされる部品の試作をしてもらいたいのだ」

マイッツァーは間髪をいれずにうなずいた。
戦況をいくらかでもよい方向へ転換しうる兵器の開発に参加できる興奮と、
間違いなく儲け話になるという目論見が内心に浮かび上がった。

「それで、開発すべき新兵器については、その、何か…」

「ああ、そうだな」

少佐はわずかに口ごもった。

「話せることは全て話してしまいましょう」

それが、マイッツァーが初めて聞いたフランクリンの言葉であった。
視線を向けた先には、スーツを着た少し神経質そうな男の姿が遭った。

「いずれ話さなければならないことです。それならば、最初から知っていても問題はないはずです」

「そうかもしれないな」

少佐は同意した。彼はフランクリンが口をはさんでくれることを望んでいたようだ。

「我々が来月から本格的な開発を考えているのは、これまで存在したことのない新時代の攻撃兵器だ。
形態はMAになる。いや、正直に話してしまおう。宇宙用作業ポッドの戦闘型だ」

少佐はそこで息を飲み込むと、続けて一気に言った。

「我々は、その兵器に低反動砲を搭載しようと考えている。
この兵器は、今後量産される連邦製MSを補完するためのものだ。
大量生産を前提とするので、君達の働きに期待している」

430:通常の名無しさんの3倍
08/06/14 19:12:59
マイッツァーが出るのは年代的に早すぎない?
まあ、この時代のロナ家の人の名前は知らないけど。

431: ◆u2zajGCu6k
08/06/14 19:13:37
「まさに軍機ですな」

マイッツァーは溜息をつくように応じた。
その後は技術者ではないマイッツァーには理解しかねる話の奔流になった。

まず、第一段階では2連装180mmキャノンとワイヤーランチャーを搭載した機体を試作する。
大量生産のため、ジェネレーターは熱核反応炉を使用しない。推進動力は燃料電池とする。云々。

帰路、連邦軍から支給される化石燃料で動く車に乗ったマイッツァーは、
その年の11月に破壊される予定の対空陣地を見つめながら考えていた。

大量生産される安価な戦闘用ポッド。もし実用化されたならば、確実に問題が発生する。
例えば、その兵器に搭乗するパイロットをどうするかだ。
ただでさえパイロットの数は少ない。MSのパイロットも用意する必要もある。

彼は連邦軍がいつの間にか理性を失ってしまったことを感じ取った。ジオンのMSに対して新兵器の有効性はほとんどない。
戦果をあげるにはそれなりの対価が必要だ。おそらくこの新兵器は活躍する戦場では、夥しい血が流れることだろう。

「あの軍人ではない男、あれは誰だかな?」

マイッツァーは気を紛らわせるように、運転席の男に尋ねた。

「ああ、フランクリンさんですか」

運転席に座っていた男は笑いを含んだ声で応えた。

「戦争が始まる前に宇宙軍に雇われた人です。とにかくMSの研究一本槍です。
ひねくれた性格が災いして、こちらの計画に左遷されたとの噂ですが」

「私もそのような印象を持ったよ」

「それでも馬力はたいしたもんだと聞いています。一種の天才らしいですよ。
技術上の発想というより、研究を形にするという点で優れているらしいです」

432: ◆u2zajGCu6k
08/06/14 19:16:45
「それで、君はまだ諦めてないわけだね?」

数年前の情景を思い出していたマイッツァーは、態度の大きい男に尋ねた。

「たとえ連邦やジオンから大きく引き離されていても、投げ出したりはしないのだね。
宇宙世紀0079年の12月末になってもなお、MSの開発を諦めなかったように」

「諦めるものですか」

マイッツァーには、この男がかろうじて怒りを抑えていることが分かった。
フランクリンは、一年戦争中にMS関連の開発に携わることができていなかった。

「手と足さえ休めなければ、いつかは追いつき、追い抜くことが可能です」

「ならばいいのだよ。デラーズがらみで、君が予測していたより早く商売になりそうなのでね」

「反動が怖いですよ。デラーズを討伐した後で、確実に予算は削減されますから」

「そこでだ。将来、我々はどういう商売を行うべきだと思う?」

マイッツァーは探るような口調で言った。

「まぁ、顧客は一つしかありませんね。サイド6、自衛軍」

「連邦はアナハイム、他のサイドは復興中、ジオン残党には売れるわけがないからね」

「ええ、考えるまでもありませんな」

「実は、地球連邦の友人から、サイド6が採用する次期防衛兵器のライセンス生産メーカーについて、
いくらか話を聞かされたものでね。君の嫌いなMAらしいが」

「喰うためならば妥協しますよ」

あっさりとフランクリンは言った。

「それよりも、社長。あなたは良い友人を持っているんですな。
デラーズの話を聞きつけたり、その他にもあれこれと」

マイッツァーはかすかな笑みを浮かべた。

彼の「友人」とは、地球連邦と納入契約を交わしていた時に知り合った経済官僚であった。
現在は、連邦政府内でかなりの地位についている。ただし、その「友人」が情報を伝えてくる理由は、
純粋な善意からではない。彼がホモセクシュアルであるという事実を、マイッツァーが知ってしまったからだ。
(ホテルでマイッツァーに迫り、はねつけられていた)

地球連邦軍憲兵隊の綱紀粛正のための男色家狩りに代表されるように、
地球連邦内部において、性的に自由な傾向を持っているという事実は破滅を意味していた。
もっとも、男色狩りを行っていた憲兵も同性愛者が多かったが。

マイッツァーは腹中に満ちている皮肉の表出を抑えつつ話しかけた。

「持つべきものは友達だよ。フランクリン君」

433: ◆u2zajGCu6k
08/06/14 19:35:32
投下終了です。

ブッホの早すぎる成長とマイッツァーの登場には理由があります。
物語のもう少し先の方で説明することになると思います。

彼の詳細な年齢が分からなかったのですが、外見と18歳の孫がいることから判断しました。
宇宙世紀0123年で約70歳。この時点(0083年)では、30代前半の設定です。

434:通常の名無しさんの3倍
08/06/14 23:10:00
ボールは棺桶じゃないが、MSショックを直撃した連中と民間人からみればゴミだよな

あと、設計意図通り使わない連中と使わされる連中にとってもw

435:通常の名無しさんの3倍
08/06/15 00:10:42
ベトナム戦争当時の米軍じゃ、ヘリパイロットが不足してるが、パイロットは将校でなくちゃならんてんで、
高校卒業したての連中をOfficers Candidate School(幹部候補生学校 士官学校に非ず)で短期訓練施して准尉にしてヘリに載せたんだよな。
連邦のボールパイロットも似た様な手を使ったかも。ただ連邦は下士官パイロットおkだから伍長振り出しだろうが…

あと、ボールパイロットは宇宙作業ポッドパイロット上がり多そうだし、軍内部のスペースノイド差別も微妙に絡んだかもね。

436: ◆u2zajGCu6k
08/06/21 10:31:40
4.いつか宇宙に届いて

「Barnard's star」
―地球から三番目に近い恒星

ドロレス・ヘイズがアルフレッド・イズルハに抱いていた印象は、
かわっている、という一語に要約することができた。

誰も彼もが勉学に励み、努力する時期が彼女の通う中学校にも到来していた。
彼女も同級生の同族達と競い合って、勉学に励んでいた。
試験の点数が優れている者ほど、人としての価値があると信じているかのようだった。

彼女もそれに疑問を持たなかった。それは大いなる夢の実現をもたらすための最短の道であるはずだったからだ。
彼女くらいの年齢の子供達は、この世の出来事全てを自らの論理に合わせて解釈してしまうのだ。

アルフレッド・イズルハは、彼女のような同級生と比べると、完全に浮き上がっている男だった。
勉強したいという意欲を持っているようには見えなかった。
かといって、何の目的も持っていない人間にも感じられなかった。

身長158センチ、その他の値は平均値、多少気の強い点を除けば美少女、
というドロシーがアルの存在をクラスメイト以上に意識したのは、
図書館で期末テストの勉強をしていた時のことであった。

437: ◆u2zajGCu6k
08/06/21 10:34:21
周囲は真剣に勉強する人々であふれていた。

前夜、遅くまで復習をしていた後遺症で睡眠の不足していた彼女は、
欠伸を周囲から隠すため、うつむいて口を押さえた。

折り目の消えたズボンをはき、色のあせた木綿のシャツを着た細身の学生が視界に入ったのはそのときだった。

同時にそれまで存在すら気づいていなかった隣席の彼が、
自分の方へわずかに視線を走らせ、口元に笑みを一瞬だけ浮かべたのも分かった。

ある種の文化圏では、彼女の行った仕草を異性に目撃されることは、何事よりも恥ずべきことであるとされている。

いまだ少女であったドロシーは、彼の笑みに気がつくと、顔に流れる血液の量を著しく増加させた。
すぐにあさっての方向を向いた彼女であったが、しばらくすると再び少年へ視線を向けた。
そのとき、彼が彼女に視線を向けていたならば、怒りをおぼえたのかもしれない。

ドロレス・ヘイズの両親は成功している部類に属する大人であった。
彼女は何も不自由を感じずに育った。両親は、普段かまってやることのできない彼女に対して、
物質的な手段で解決を図ってきたからであった。彼女は侮蔑になれていない。

少年の視線は彼女に合わされていなかった。

ドロシーが最も衝撃を受けたのは、彼がこの勉学の場で示していた態度であった。
誰もが一生懸命勉強をする中で、彼は雑誌を読んでいた。

小学生までの彼女ならばすぐに怒り出したかもしれない。
しかし、この時の彼女は好奇心の方が勝っていた。

438: ◆u2zajGCu6k
08/06/21 10:35:52
何を読んでいるのだろう?

彼女は彼の読んでいる雑誌を覗き見た。そして、驚くよりも呆れた。
彼は子供が読むような原色の鮮やか過ぎる雑誌を熱心に読んでいた。

誰もが必死になっているこの場で、なんてくだらないものを読んでいるのだろう。
彼女は心の中で彼を蔑んだが、再度彼の読んでいるものを覗いてしまった。

彼の読んでいる雑誌は、地球やコロニー内の風景を描いたものではなかった。そこには彼女の慣れ親しんでいない(サイド3でよく使用されている)言葉が羅列していた。ドロシーは無意識のうちに尋ねていた。

「それ、面白いの?」

「どうかなぁ。半分もわからないからなぁ」

彼は曖昧な顔つきで答えた。

「じゃあ、どうして読んでいるのそんなもの?」
(これは彼女が実際に言った言葉ではない。本当はより辛辣な言葉を使っていた)

「面白いから」

その返答が、よきことの始まりだったのだ、数年後の彼女はそう回想するようになった。
数十年後の彼女は、その返答に面白みを感じたことが過ちの始まりだったと回想している。

後年の回想はとにかく、ドロレス・ヘイズがドロレス・イズルハとなる過程の第一段階はこのようなものであった。
そして、このドロシーとの会話を契機にして、アルは今まで消極的であった勉強にも精力的に取り組むようになった。
彼はドロシーが志望校としている山の手の学校を受験しようとしていたのだ。


宇宙世紀0084年、サイド6は平和を謳歌していた。

439: ◆u2zajGCu6k
08/06/21 11:10:15
第四節を投下しました。

デラーズ紛争を飛ばして0084年になってしまいました。
史実とは少しだけ違う流れになっているので少し解説します。

まずGP02が使用した弾頭がより強力なもの(ガミラス博士開発)になりました。
これにより連邦軍は大混乱となり、史実より簡単にコロニー落としが成功します。
まぁ、最終的には史実と同じく、連邦軍によってデラーズフリートは殲滅されますが。

これらは地球連邦軍が反応・融合兵器体系を導入するための布石になります。
アクシズ側も同じように反応兵器の導入を進めていきました。

これが物語冒頭の状況につながっていきます。

440:通常の名無しさんの3倍
08/06/22 12:24:09 3QLJZore
待ってたぞ。

挙げ保守

441:通常の名無しさんの3倍
08/06/27 06:14:35 k8OX1bXW
保守

442: ◆u2zajGCu6k
08/06/28 13:48:58
5.ペルソナ

「報道は我々の主要なイデオロギー兵器である」
                   ―ニキータ・フルシチョフ

スクリーンに映し出されている5人の男は、土壇場で脚本が手直しされたために、
主役を演じるようになった無名役者のようだった。

そして、彼等は強盗団ですらまだましかと思われるような連中に取り囲まれていた。

「感想を教えてください、モンシア大尉。
ギレン・キラーからデラーズ・キラーへ鞍替えした気分はいかがですか?」

「ウラキ中尉、エドワーズでの」

「私はナイメーヘン卒業だからトリントンですよ」

「失礼。トリントンでのテストパイロットとアルビオンのクルー、どちらがスリリングでしたか」

「ニナを口説いた時が一番だったね」

「GP01の追加装備に選択されたシールド・ブースターの開発不調が伝えられていますが」

「アナハイムは努力を重ねています。問題は必ずや解決されるでしょう」

「アデル中尉、御家族はあなたが英雄になったことについてどのように」

襲撃は延々と続けられていた。映写室でそれを見ていた三人の男は、
圧倒されるような思いでその映像を見つめていた。
画面に登場したパイロットの応対は、彼等が教えられていたそれとは似ても似つかないものであった。

三人の中で、ただ一人だけスーツを着ていた男が声を漏らした。

「これを見ていると、全ては地球至上主義者の陰謀のような気がしてきますね」

443: ◆u2zajGCu6k
08/06/28 13:50:47
「本当かもしれませんよ。同志主任設計官」

引き締まった顔つきと体つきを持った男が、微笑を浮かべて言った。

「デマゴギーは、公国の専売特許ではないでしょうから」

「ザビ家と地球連邦大統領を比較するのはどんなもんかね」

彼の隣に座っている、色黒のがっしりとした体格の男が、太い声でまぜっかえした。

「まぁ、奴等は地球至上主義が許容する限りにおいて本気なのではないかな」

「残念ながら、おそらくそうでしょう。ラカン・ダカラン」

同志主任設計官エリオット・レムはうなずいた。

「地球連邦の国力を背景とした科学技術は恐るべきものです」

「ジオン公国の遺産とあなたの才能と技術陣を持ってしても、危機を感じるほどにですか?」

がっしりとした体格の男が真剣な表情で尋ねた。

「危機とは言いませんよ。ただ、無視すべきではありませんな」

「卓見。まさにジオニズム的解釈に基づいた科学技術の現実への応用、と評すべき意見だ」

引き締まった顔つきの男が発言した。彼の声には誰をも魅了してしまいそうな響きがあった。

444: ◆u2zajGCu6k
08/06/28 13:53:03
「だが、あなたは連邦に先を越させるつもりはない」

「いうまでもない。これまでの二十年、私は全てをMSにそそぎ込んで生きてきました。
ミノフスキー先生の夢と理想を現実のものにするために。
たとえ、連邦が先生の直接的な後継者になったとしても、これだけは譲れない」

「ジーク・ジオン」

引き締まった顔の男が声をあげた。彼の言葉には強い皮肉がこもっていた。

「同志主任設計官、私は何度でもその言葉を唱えるでしょう。
あなたの開発するMSに乗れる喜びを表現するためならば」

「右に同じ。ジーク・ジオン!」

彼の皮肉には気がつかず、がっしりとした男が大きな声で続けた。

「ありがとう。あなた方が、そこへ行ってくれると志願したからこそ、
私は歩み続けることができるのです。共に歩み。そこにあるものを取り戻しましょう。
宇宙は、何かのためにあるのではなく。宇宙であるからこそ征しなければならないのです」

そこまで言ってから、レムは突然口ごもった。
自分が一番嫌っているザビ家長男と同じような演説口調になってしまったからだ。

「同志主任設計官」

引き締まった顔つきの男は立ち上がり宣言した。
その声量は、仮面をつけ英雄として一年戦争を戦った頃を思い起こさせるものであった。

「我が友人、ラカン・ダカラン大尉は、貴方の御期待に必ずやおこたえするでしょう」

レムは満足げにうなずき、その言葉に返答した。

「そして貴方もね。同志シャア・アズナブル大佐」

445: ◆u2zajGCu6k
08/06/28 14:01:48
投下終了です。

史実の流れが少しずつかわってきています。
次の第六節はまたサイド6の話に戻ります。

446:通常の名無しさんの3倍
08/06/28 19:37:03
投下乙です。
ミノフスキー先生の夢と理想を果たそうとする主任設計官に萌えました。

あと、ドイツ風に書かれる事が多いジオンが、ソ連風だとすごく新鮮に感じますね。

447:通常の名無しさんの3倍
08/06/29 18:57:05
名誉な戦死をされた閣下に申し上げるのは恐縮なのですが・・・
おめー殺されなくても負けたんじゃねーの?ジオン?


448:通常の名無しさんの3倍
08/06/29 22:16:47
ガトーも死んでんのかな?

449:通常の名無しさんの3倍
08/06/30 00:52:38
当然、デラーズは引かないから残る
ソロモンで無念の撤退をしてるからガトーも引き下がらない
投降はしないよな

450:通常の名無しさんの3倍
08/07/02 19:30:59
突然すまんが、以前ドラッツェの話はどうなったんだ?
ドラッツェ改の全容がわかるまえに終ったよな?

451:通常の名無しさんの3倍
08/07/02 22:59:34
>>450
更新は楽しみなんだが、話が飛び過ぎて俺もそれぞれの話を把握できていない。

452: ◆u2zajGCu6k
08/07/03 18:43:31
質問とご指摘を受けたのでお答えいたしますね。
今日は作品の投下はありませんが、土曜日には投下できるようにします。

まずは「遥かなる星」の物語内でガトーが死んでいるかどうかです。

これについては史実と同じす。
ガトーは戦死しており登場することはありません。

史実との変更点は、ソーラシステムではなく酸化融合弾に焼かれたくらいです。

453: ◆u2zajGCu6k
08/07/03 19:07:38
次に過去に投下した作品についてお答えします。

このスレッドで私が投下した作品は以下の三つです。
(これ以外に没ネタと称した短編も投下しています)

「星途」「Lucky Star」「遥かなる星」

最初の星途ですが、ドラッツェ改が突撃しだした場面で更新停止中です。
再開の予定はまだありません。申し訳ないです。

次に外伝といいながら本編より長くなったLucky Starです。
これも五月から更新停止中になっています。
あと一章で終了予定なので、近いうちに完結させたいと思います。

最後に現在投下中の遥かなる星についてです。
この物語は群像劇であり、さらに主人公すら全然登場しておりません。
分かり難い構成になってしまい、申し訳ありません。

大体こんな感じですかね。
今後も更新速度は遅いですが、定期的に作品を投下していきたいと思います。

454:通常の名無しさんの3倍
08/07/03 21:18:03
>最初の星途ですが、ドラッツェ改が突撃しだした場面で更新停止中です。


……三州公の悲劇がここにも……完結してるほうの題名パロなのに……。
応援してますんでがんばって完結させてください、お願いします。

455:通常の名無しさんの3倍
08/07/05 15:46:44 39Z7TUf5
質問の返事トンクス
職人ガンガレ!

456: ◆u2zajGCu6k
08/07/05 19:25:05
6.虚栄の掟

宇宙世紀0085年のその日、リボー基地におけるMS発進作業は中止されていた。
ジョブ・ジョン一尉は、濃いブルーの制服(ほとんど連邦軍と同一)のボタンをはずして、
椅子に座っていた。彼は自分が疲れていることを自覚していた。

もっとも、数日前にこの基地へ、TGM-79Cに便乗して訪れたときから元気であるとは言えなかった。

現在のジョンの職務は、航宙自衛軍戦略情報室の一職員であった。
とはいえ、この配置はあくまで話の良くするための方便に過ぎなかった。
ここ一週間ほど、基地の危機管理体制についての研究を行うためと称して滞在していた。

「暢気な連中は、臨時休暇ができたと喜んでいるが」

暇潰しにきていたMS部隊のベルガミノというパイロットがいった。階級はジョンと同じだった。

「新型で慣れないとはいえ、稼動率が半分を切っている。実戦を考えると頭が痛いよ」

「そうだろうね」

とりあえず、自衛軍の現実を知ってこいとジョンは技術研究所から転属させられたのだが、
いまだ組織として成熟していない自衛軍において、彼の経験は役に立っていなかった。
ありていにいって、地球連邦宇宙軍から流される情報の伝達役というところだった。

457: ◆u2zajGCu6k
08/07/05 19:27:30
ベルガミノは窓の外に目をやり、そこから見える格納庫を注視した。
扉は開いており、内部では機体の整備が必死に行われていた。
航宙自衛軍の主力MS、RGM-79Nジムカスタムだ。
連邦軍が生み出したまぎれもない傑作機で、デラーズ紛争での活躍は記憶に新しい。

「ジムカスタムはいい機体だ。特徴がないのが特徴、なんていうやつもいるが、
とにかく動かしやすい。あれほど気持ちのよい機体はない」

「そういう話だね」

ジョンはうなずいた。しかし、ベルガミノの真意を理解しているわけではなかった。

「だがね。多少の疑問はある」

ベルガミノはその機体に視線を向けたままいった。

「連邦軍は、なぜ我々にあんな機体を渡したんだ?
少なくとも、ここ数年の間に作られた最高の機体を」

「随分と政治的な話だね」

ジョンは笑った。

「少なくとも、地球連邦政府の政策に関連していることは確かだな。
そして、デラーズ紛争の後遺症というところか。
彼等はあの紛争に合わせて山のように装備を生産した。それが今になって余りだしている。
それを我が国へ貸し出し、地球圏の平和を確たるものにする。そんな考えなのだろう」

458: ◆u2zajGCu6k
08/07/05 19:31:39
「表面的にはその通り。何の疑問もない。何年か前にジムコマンドを気前よく振りまえたのも同じ理由だろう」

RGM-79Gのことだった。ジムを原型としながら、
新設計のバックパックなどを採用したことで、全く別の機体と呼べるMSになっている。
いかなる戦域(少し誇大表現であるが)でも作戦行動が可能な機体であった。

「たいへんな機体だそうだね、あれは」

「たいへん、たいへん。操縦以外にFCSも操作しなければならない。手が三本欲しいくらいだよ」

「君はそれが気に入らないのか?」

「まさか。ジムコマンドの良さは承知している」

ベルガミノはジョンに視線を合わせた。

「ただね、いくらハイザックの配備を急いでいるとはいえ、
いかにも気前がよすぎる。おかしな話だと思わないか?」

「我々が地球圏で最大の友好国だからかな」

ジョンは敢えて常識的な意見をいうことで、彼の真意を探ろうとした。

ベルガミノは憮然とした表情でいった。

「ジムクゥエルを我々が採用することを簡単に許したのも同じ理由か?
あれはこれまでの中古ではない。新型だ」

「アナハイム社を救うため。そのような一面があることは否定しないよ」

「それも理解はできる。だが、なぜなんだ?なぜ、連中は新型機を気前よくオレ達に渡すんだ?
そして、なぜ我々はそれを採用する事を当然だと思っている?
サイド6にもMSメーカーはある。東亜重工、北崎、月村工業、それからブッホ。
決して少ない数じゃない。これだけ関連メーカーがあるのに、
なぜ、連邦から輸入、あるいはライセンス生産せねばならない?」

そういうことか。ジョンは彼の真意を理解した。

459: ◆u2zajGCu6k
08/07/05 19:34:34
「彼等の方が優れているからだ。我々はいまだ連邦軍におんぶにだっこだよ」

「認めたくはない事実だがな。しかし、それでもオレは妙な気がしてならない。
結局、連邦軍は新型機を我々に供給する事で」

「そうだよ」

ジョンは頷いた。

「彼等は、それによってサイド6のMS独自開発能力の向上を阻止しようとしているのだ」

「なんだ、わかっているじゃないか」

ベルガミノは呆れたようにいった。

「わかっているよ。それぐらいのことはね。
それに我が国のMS関連メーカーに自主開発能力がないことも」

「東亜は何でも作る力は持っているが、エンジンが弱い。
北崎は、エンジンは良いが機体が駄目。月村はまだまだ。ブッホは、エンジンは強いが」

「機体と関連装備にも手を出している」

「しかし、まだどうなるかは分からない。それに強いといわれているエンジンだって、
アナハイムやジオニック並みというわけじゃない。
それに連中の本音は、MSというよりは外惑星航宙機の方に進みたいんだろう?」

「確かにな。あそこは戦後の混乱に乗じて、ジオンと連邦の双方から技術者を引き抜き、
捨扶持をあてがって好きに研究させているらしい。MS、航宙機、ロケット。
東亜の連中が、あそこはどうやってMS用核融合エンジンの技術を手に入れたのかと不思議がっていた」

「なんとも頼もしい話だが、うまくいくのだろうか?」

「さてね、私には分からないな」

「我等の新型機がいつ国産になるのか、その鍵は連中が握っているというわけだ」

「そんなところだろう。ただ、アナハイムは何としてでも主力メーカーの立場を守るつもりだから、大変だな」

460: ◆u2zajGCu6k
08/07/05 19:44:51
投下終了です。

皆様、応援ありがとうございます。

遅筆と中断はしたくないと思っていたのですがね。
御大の気持ちも多少分かってきました。

何とか続きが書けるよう努力していきますね。

461:通常の名無しさんの3倍
08/07/06 03:04:42
投下乙です。
マターリとお持ちしますので、マターリと続けていってくだしあ

462:通常の名無しさんの3倍
08/07/08 01:19:02

早く投下して欲しいけど身体に気を付けてな。

463: ◆u2zajGCu6k
08/07/12 20:28:23
7.蒼く輝く炎で

コロニー気候管理局の人為的ミスにより、リボー南西部を支配していた風雨はすでに去っていた。
見渡せる限りの空はまずまず快晴といってよかった。多少なりとも感傷的な視点を持つ者が見たら、
大気中からほとんど塵が洗い流された影響で、目に見えるもの全てが鮮やか過ぎると感じただろう。

ブッホ・エアロダイナミック社サイド6技術試験場。
そこに設けられた宇宙港の入口に立ったフランクリンは、周囲の光景をつまらなそうな顔で眺めていた。

「いやぁ、なんたる壮観」

宇宙港の隣に設けられている管制施設の方から歩いてきた、
ノーマルスーツの男が茶化すような口ぶりで声をかけた。

「文句なしの日和ですな、今日は」

「おはよう」

フランクリンは、孤独を邪魔されたことを気にしていないような声で応えた。

「今日は頼みます」

彼にしては珍しいほどに丁寧な口調でノーマルスーツの男に言った。

「ええ、もちろん」

ノーマルスーツの男は、操縦桿を握っている人種に特有の絶対的な自信を示した。

「先生のところの若い連中がへまをしないかぎり、完璧に成功させて見せますがね」

「それならば、安心だ」

464: ◆u2zajGCu6k
08/07/12 20:30:23
「しかし、何ですな」

一年戦争前まで、ジオン公国軍の下士官搭乗員だったパイロットが軽く伸びをしながら尋ねた。

「いい給料をもらっている会社を疑うわけじゃないんですが、うちにはよっぽど妙なコネがあるんですかね?」

「ああ、そうだね。でも、様々な機体を操縦できていいじゃないか」

「そりゃ、まぁ。共和国軍に入った同期が羨ましがっています。
連中が動かせるのは、アナハイムのジムぐらいですからね。
今のジオンには、MA乗りを満足させる期待はまったくありゃせんのです」

「今日の機体はどうだね?」

「大したもんだと思いますよ。やっぱり、あんなものを作る国と戦争しちゃいけませんな。
クローがないのが気に入らないけれど」

彼等がさして意味のない会話をしている間に、管制塔や格納庫では、
早朝に予定されている実験の最終的な準備を始めていた。
作業服を着込んだ屈強な男達が、巨大な格納庫の扉から現れた。
宇宙港に隣接した格納庫は、そのまま外へと発進できる構造にもなっていた。
格納庫の中には巨大な機体が鎮座していた。

アナハイムRX-78GP03。MSの汎用性とMAの攻撃力を兼ね備えた機動兵器をコンセプトに、
クラブ・ワークスがほとんど意地だけで製作した試作戦略MSだ。

パイロットが尋ねた。

「あれ、いったいどうやって手に入れたんです? 何かやばい手を使ったんですか?」

「さあてね」

フランクリンは苦笑した。

「私は社長に母機用の大型MAがあればいいな、と言っただけだから」

「なるべくなら大型スラスター付きと?」

パイロットはGP03の6基の大型スラスターを指差した。
これによりGP03は小型艦艇並みの推力を発生することができた。

「いや、大型スラスターについては必須だった。ある程度高速が出せないと困る」


465: ◆u2zajGCu6k
08/07/12 20:32:29
「それにしても」

既にこの奇妙な機体を400時間以上操縦しているパイロットが呆れたように言った。

「最初にあれを動かせ、といわれた時には参りましたよ。
いくら連邦軍がお蔵入りにしたとはいえ、立派な戦略兵器ですからね」

「武装関連は月面ではずし、経済産業省経由で国防省に流したから、
MSではない。少なくとも、公式にはそうだ」

「まぁ、運動性は戦闘機並みの機体ですから、こちらの方は文句ないですが」

「いまさら聞くのもなんだが、エンジンの方は問題なかろうね?」

ブッホはこの機体をアナハイムからサイド6へ持ち込んだ後、自社製のBA210C試作核融合エンジンに換装していた。
サイズが異なっているため、機体の方を多少いじらねば無かったが(ウェポンコンテナの一部を撤去した)、
おかげでジェネレーター出力は4万kWを越えるものとなっていた。

「もし危険を感じているのならば…」

「そんなことはありませんよ、先生。ヤシマ工業と張り合って作っているエンジンなんだから、
素質はすごくいいです。AEやZ&Zと比べると、ちょっとというところがありますがね」

「ま、あんたが困っていなけりゃいいんだ」

466: ◆u2zajGCu6k
08/07/12 20:33:54
ブッホ・エアロダイナミック社がいとも簡単に、MS事業へと乗り出し、
数年で実用MSエンジンの開発に成功したことは、奇跡中の奇跡とよばれていた。
開発後の最大の問題は顧客だったが、ブッホはそれをかなりあくどい手法で切り抜けていた。

例えば、三年前にブッホが初めて量産したBA100Aは、これといって新鮮味のないエンジンであったが、
唯一つだけ特徴があった。それはAEのJ79とほとんど同じサイズで、出力・耐久は同等、そして小型であった。

ブッホは、このエンジンの増加試作品をJ79を使用している月面都市やコロニーなどに一基ずつ贈呈した。
J79はいまだに各地で大量に配備されていた、RGM-79GMのエンジンだった。

当初、ブッホ製ということでかなり疑われたものの、価格の低さと稼働率の良さが評価されたことと、
ブッホが一年戦争から培ってきた政界へのコネを使ったことで、大量の受注が可能となった。

BJ100Aの販売で儲けた資金を使って、ブッホは他のMS、戦闘機、駆逐艦のエンジンを開発し、それを売り続けた。
その結果、わずか数年で新型MSの試作エンジンの開発ができるようになったのだ。

一年戦争から6年、ブッホ・エアロダイナミック社は、アナハイムやジオニックには及ばないものの、
MIPやハービックとは十分に競争可能なメーカーになっていた。

467: ◆u2zajGCu6k
08/07/12 20:35:24
「社長はどうお考えなんですかね?」

パイロットは機体を見つめつつ呟いた。

「MSの独自開発に乗り出すおつもりでしょうか?」

「あの人の腹の中は私が見透かせるほど明るくはない。
しかし、いつ乗り出してもおかしくはないね。となると、アナハイムと戦争になりかねん」

「面倒ですな」

「そうだ。君はそれを私に何時間でも教えることができる。
ソロモンやア・バオア・クーで生き残った人間にはそういう権利と義務がある。いや、名誉かもしれない」

「名誉ね。最近はとんと聞けない言葉だ」

フランクリンと付き合いの長いパイロットはそう答えた。

「少なくとも、あなたが私の名誉に配慮してくれることは確かだと思います。
実はこの塗装、結構気に入っているのですよ」

「いい趣味だろう」

機体は、黒と濃緑色に塗り分けられていた。フランクリンは子供の頃、
軍艦や戦闘機ならば(後にはMSも)、一部分を見ただけで見分けることができるほどの軍事マニアだった。

「とにかく、塗料は同じものを使わせてある。シンボルマークまで描き込むわけにはいかないがね」

「いいんですよ。これで十分です」

格納庫からカタパルトへ牽引されたGP03の機体中心部には、いくらか改造が施されていた。
そこにはかなり大型のロケットが搭載されていた。それは、かつて装備していたメガ・ビーム砲よりも大きなものであった。

「妙な話だと思いましたよ、最初は。しかし、考えてみれば道理だ」

「んふふ。そうだな、何度か実験をやればうまく行くはずだ」

フランクリンは口元を悪魔のそれに近づけて笑った。

468: ◆u2zajGCu6k
08/07/12 20:39:13
投下終了です。

第六節で出たMSメーカーについて訂正です。
東亜重工→ヤシマ工業に変更いたします。

ちなみにヤシマ工業はミライ・ヤシマの実家ですね。

469:通常の名無しさんの3倍
08/07/15 09:52:12

いつもたのしみに読んでるよ

470:通常の名無しさんの3倍
08/07/16 19:31:50 9N9B+OBo

挙げ保守

471: ◆u2zajGCu6k
08/07/21 19:41:49
8.イン・マイ・ドリーム

ブッホが妙な実験を行っている。地球連邦宇宙軍にそのような情報がもたらされたのは、
フランクリンとパイロットが会話をしていた朝より二週間ほど前のことだった。

彼等はその情報をまず国防省(リーア自衛軍)から探ろうとした。
しかし、国防省はブッホが何を行っているのか全く情報を持っていなかった。

隠しているのではないか、地球連邦宇宙軍の情報部門の人々はそう考えた。
実際には、ブッホとMS部品以外での関係をほとんど持たない国防省は、
本当に何も知らなかったのだが、連邦軍人にとっては常識的に考えてそう思えたのだった。

ますます疑いを強めた彼等は次の手をうった。

連邦軍情報部は、ある程度荒っぽい手段で調査しようと考えたが、
表面上は平和な現在では、さすがにそこまではできなかった。
そのため、彼等は純粋な軍事偵察手段(写真偵察や無線傍受)を用いてブッホの動向を探った。

偵察写真は傍受記録がもたらした情報は、彼等を驚かせるのに十分な内容であった。
ブッホは、かつて彼等が放り出したMSを改造し、それに大型のロケットを搭載させていた。
今のところ、発射実験は行われてはいなかった。

しかし、連邦軍情報部は、その正体を瞬時に断定した。
ブッホはMS搭載型の反応兵器を開発している。彼等はそう決め込んだ。

連邦軍情報部がそう断定したことについては、それなりの理由があった。
彼等は他の誰よりもその種の兵器に詳しかったからだ。

なるべくサイド6政府を刺激したくなかった彼等は、
ルナツーからRFF-X7-Bst電子偵察機とRGM-79EW偵察機を出撃させ、ブッホの実験を監視することにした。

472: ◆u2zajGCu6k
08/07/21 19:43:24
機体下部に大きな流線型の物体を抱えたGP03が発進したのは、宇宙世紀0086年6月28日午前8時30分のことだった。
GP03はそれから20分ほどかけて、リーア宙域西方外縁部に設定されている、KS3民間訓練宙域へと進出した。
そこには既に先発隊が到着していた。観測装置を満載した観測船(とはいえ、古いパプア級を改造したもの)と
観測機(これも中古のジッコ突撃艇改造機)だった。観測機にはフランクリンが乗り込んでいた。

レーダーやテレメトリ・データ受信機装置で埋まっている胴体の中ほどで、
彼はレーダー・ディスプレイを操作員の肩越しに覗き込んだ。

「やっぱりこっちを覗いています」

ヘッドセットを装着した操作員が言った。

「どこの機体か分かるかね?」

「このあたりにはジオンもルナリアンも出張ってはきません」

「ましてや、自衛軍などではない」

操作員とフランクリンはあえて間接的な表現を使用していた。

「交信できるかな?」

「どんな方法でも可能でしょう。奴等、全部を傍受しているはずですから」

「コールサインは分かるか?」

「そうですね。メビウスでしょう。ルナツーにいる連邦の怪しげな部隊は大抵それです」

「分かった。交信を切り替えてくれ」

フランクリンは通信手に命じ、訓練宙域を取り巻くように巡航している機体へ呼びかけた。

「メビウス1、こちらはブッホ021、君達は我々の試験宙域に侵入している。
ことを荒立てたくないのならば、直ちに退去されたし」

返答は無かった。

473: ◆u2zajGCu6k
08/07/21 19:45:03
「間違いありません。奴等、連邦軍の電子偵察機です。
ビームライフルでも撃たれない限り、黙って偵察を続けますよ」

「だろうね、やっぱり」

フランクリンは唇を歪め、再び偵察機に呼びかけた。

「メビウス1、君達がこれ以上我々の実験を妨害するのならば、君達の観測データを報道機関に送付し、
実験を妨害されたことに対する損害賠償を地球連邦政府に請求する。それでは、通信終わり」

フランクリンは、再びディスプレイを覗き込んだ。
試験宙域を取り巻いていた輝点は徐々に少なくなっていた。
一部の輝点は違う方向に集結しだしていた。

「P宙域に向かっています」

レーダー手が素早く言った。

「自衛軍と奴等の訓練宙域です。そこなら文句が出ないと思っているんでしょう」

「まぁ、仕方ないか」

「覗かれてもいいんですか?」

「うん、将来の顧客になるかもしれないからね。それじゃ、そろそろ実験を始めようか」

彼の言葉によって実験は開始された。ディスプレイに映し出された、
GP03を表わす輝点の移動速度が速まりだした。


474: ◆u2zajGCu6k
08/07/21 19:47:14
少し遅れましたが、第8節の前半部分を投下しました。
今週中に残りの部分も投下できるようにしたいです。

475:通常の名無しさんの3倍
08/07/22 22:26:39
投下乙です。後半楽しみに待たせていただきます。

476:通常の名無しさんの3倍
08/07/22 22:27:42
また五島勉してください

477: ◆u2zajGCu6k
08/07/28 20:05:39
パイロットはスロットルをいっぱいに開き、既に十分な運動エネルギーを持った機体をさらに加速させた。
どんどん重くなってくる操縦桿を全身の力をこめて引き寄せる。

めまぐるしく右に回転していた速度計の針が、徐々にその回転をゆっくりとしたものになっていった。
いかにブッホの試作エンジンに換装したとはいえ、胴体下に余分な物体を抱えているのでは限界があった。
このまま加速を続ければ、エンジンが暴走してしまうだろう。

パイロットは操縦桿を片手だけで支え、座席の左下に取り付けられた装置を探った。
そこには二つのスイッチが取り付けられていた。その一つをパイロットははじいた。

機体に衝撃がはしり、全身が座席に押し付けられた。
ゆっくりと回転していた速度計の針が急激に回りだした。
機体後方に取り付けられていた緊急加速用ロケットが作動したのだった。

強引な加速によって機体が振動している。しかし、危険は感じない。
さすが、宇宙世紀0080年代のアナハイムが生み出した工業製品だった。

再び座席左下へと手を伸ばしたパイロットは、もう一つのスイッチをはじいた。
機体下部から衝撃が起こった。機体の振動がさらに激しくなった。

その衝撃から一拍遅れて、機体下部から新たな衝撃が起きた。
そして、前方に向けて何かが飛び出していった。

視界をさえぎるかのような煌きを残しつつ、その物体は遥かなる星を目指して飛んでいった。

478: ◆u2zajGCu6k
08/07/28 20:07:22
「発射しました」

レーダー手が報告した。

「発射はうまくいったようです。加速しつつ03から離れていきます」

フランクリンは、テレメトリ・データ受信機から吐き出される数値を眺めていた。
そこには発射された物体の慣性誘導装置から送られてくる、加速度・飛距離のデータが記されていた。

「ザムス・ガルよりブッホ021」

少し離れた場所にいる観測船から通信が入った。

「こちら021、開発部長だ」

フランクリンは応答した。

「XMA-01は加速しつつ飛距離を伸ばしている」

「第三宇宙速度はこえたか?」

「とうの昔に。現在、なおも加速中」

「了解」

フランクリンは、笑み崩れるという表現を現実にした表情であった。
入ってくるデータは、GP03から放たれた物体がなおも加速中であることを伝えていた。

「どこまで行けるものか、見せてくれよ」

その後、発射された物体は地球圏と呼ばれる領域を脱出した。
そのデータを見たフランクリンは、観測船へ通信を入れていた。

「021よりザムス・ガル。本社に連絡頼む。
発、開発部長。宛、社長。第一次試験成功、到達速度秒速30km、以上」

479: ◆u2zajGCu6k
08/07/28 20:09:04
翌日、ブッホ・コンツェルン代表取締役社長マイッツァー・ロナは、
彼の部下達がMS搭載型深宇宙探査ロケットXMA-01の発射実験に成功したことを発表した。

到達速度は太陽系を脱出するのに十分な速度であった。
この数字は地球連邦や旧ジオン公国のものと比べると見劣りするものであったが、
一企業が開発した試作品としてはきわめて満足のいくものであった。

それなのにも関わらず、サイド6での反応ははかばかしくなかった。
深宇宙探査など地球連邦が無数に行っていたからだ。
いまさら私企業が何を考えて性能の低いものを発射したのか、そう質問した新聞記者すらあった。

ただし、国家予算で行われている宇宙開発の現状を知っている者と、
軍服を着ているサイド6の人々は異常なほど興味を示していた。

XMA-01は核融合ロケット・ブースターを使用していた。
そして、その費用は地球連邦の探査ロケットを大きく下回っていた。

核融合エンジンと費用、それらはいずれも、サイド6のMS開発のネックとされた技術ばかりだった。

480: ◆u2zajGCu6k
08/07/28 20:20:47
遅れましたが、第八節の残りを投下しました。
今回でようやく第一章が終わりました。次回から第二章「日常」が始まります。

今回の話の中に第三宇宙速度やら秒速30kmやらを出してみましたが、
宇宙世紀の宇宙船の速度ってどのくらいなのですかね?

アステロイドベルトは、グワジンでア・バオア・クーから88日の距離にあるらしいです。
そこまでの距離を約3億㎞とすると、秒速約40kmになります。
ちょうど宇宙探査機ボイジャー1号と同じくらいの速度ですね。

この辺のことは、次章以降に重要となるので少し考えておきたいと思います。

481:通常の名無しさんの3倍
08/07/29 00:22:12
投下乙です。
衛星じゃないだろうし、なにを積んでいるのだろうか?と思ってましたが、深宇宙探査ロケットでしたか…なるほど。
というか、最初から読んでたんだから予測できたはずな自分…ある意味失礼しました(汗

482:通常の名無しさんの3倍
08/07/29 20:46:03
宇宙世紀の宇宙船の速度に関し、少しは参考になるかも

h_URLリンク(f1.aaa.livedoor.jp)


ところで、秒速30kmじゃ木星の第一宇宙速度(42km/s)に達しないから
木星船団あたりの宇宙船より遅そうに思える


483: ◆u2zajGCu6k
08/08/05 11:19:47
なんとか夏休みになったので、今から第二章を書き始めます。
なるべく今日中に続きを投下したいと思います。

>>482さん
ご紹介ありがとうございました。とても勉強になりました。
宇宙船の速度については再度考え直してみます。

484: ◆u2zajGCu6k
08/08/05 19:19:44
第二章 日常(宇宙世紀0086年3月~11月)

「本当の問題は、軍隊ではなく、軍隊を必要とするこの世界にあるのだ」

1.Better Days are Coming

元旦、年賀の挨拶をかわした後は、子供達にとって最も楽しい一日の始まりを意味していた。
たとえ一日中遊んでいても、誰に怒られることもない。

大きな炬燵の上には、常に御馳走が並んでおり、好きなものを好きなだけ食べられるのだ。
そして、宇宙世紀になっても続いている「オトシダマ」という奇妙な風習が、子供達をさらに喜ばしてくれる。

これほど楽しい要素が揃っているのでは、たとえ前日どれほど夜更かししていても、
彼等が寝ていることなどありえない。しかも、この数日は従兄弟という貴重な遊び相手がいるのだ。

ジョブ・ジョンの一人息子も、その例外ではなかった。

彼はジョンの両親宅の一室で、従兄弟達と人生を極端に簡略化したボードゲームに興じていた。
そのゲームの中では、彼も父親と同じ軍人となり、一男一女をもうけていた。

そのゲームが終わると、他の従兄弟達はかなり気温の低い屋外で、
日系コロニーに古くから伝わる遊びを始めていた。ジョンの息子だけがどこかに消えてしまった。

「わしの書斎にいる」

酒によって顔面の血管に負担をかけているジョンの父親は言った。

「爺ちゃんの絵本を見てもいいかしら、だとさ」

それだけを言って老人は楽しそうに笑った。
初孫が自分の趣味を理解してくれたことが、よほど気に入っている様子だった。

485: ◆u2zajGCu6k
08/08/05 19:21:10
「気をつけた方がいいよ」

ジョンは父親に微笑を浮かべて言った。

「彼は貴方のそろえている特殊な作品をお土産として要求するつもりだ。
幼稚園や家でも似たような本ばかり読んでいる。いったい誰に似たのやら」

「コレクターにとって最大の幸運だな。後継者を見つけ出すこと、それが血族であること。
これに勝る喜びはない。この間、ようやく戦時中の欠番がうまったばかりだ」

「僕は警告したよ」

「お前はいまだに父親の趣味を蔑んでいるようだな」

「まさか」

ジョンは大きく首を振った。

「ただ、最近の一般的な作風が気に入らなくなっているだけだよ。
購買層拡大も結構だが、適当なところでおさえなければ。まずは純粋な喜びを伝えた後に。
そうでなければ、クラウゼヴィッツだけを読んで戦争を理解したつもりの連中と同じになってしまう」

「その点については、地上に降りるまでの私も大して変わりないが」

老人は左腕、というか、本来そう呼ばれる部分をわずかに動かした。
彼はその半分に東南アジアの密林で別れを告げていた。

「しかし、少なくともレビル派などという輩ではなかった。
MSと艦隊をそろえて喜んでいた蛮人どもの仲間でもなかった」

ジョンは父親に抑えた声で言った。彼の父親は連邦軍大学校を次席で出たほどの男でありながら、
一週間戦争後の連邦軍を支配した政治的な将校と対立し、大佐で退役したのだった。

486: ◆u2zajGCu6k
08/08/05 19:23:32
「兄さん、そういえば昇進なさったんですってね」

台所で母親を手伝っていた妹が戻ってきていった。質問というより尋問に近い口調だった。

「ああ、責任は増えて自由が減った」

「航宙軍一尉、昔でいうと何になるの?」

「大尉だね。昔のサイド6には自衛軍などなかったが」

「大尉? とても偉くなったのね」

ジョンより二歳下の妹は困惑を含んだ賞賛を口にした。あるいは、あまりにも早くこの世に別れを告げた、
自分の恋人に与えられるべきだった未来の階級について考えているのかもしれなかった。
彼女の恋人は、ルビコン川を渡りサイド6に襲撃をかけた者と戦い、終末の日に備えてヴァルハラに運ばれていた。

ジョンは妹の表情を探るような目つきで見つめた。

「別に偉くはないさ。僕は指揮官ですらない。昔の言葉で言えば、参謀のような仕事をしているだけだよ」

「自衛軍が、戦争になった時、連邦軍の命令を受けるというのは本当なの?」

妹は兄の言葉を全く聞いていなかったようだ。

「唐突な質問だね」

「本当なの?」

「我々が資本主義体制の下で生きているという現実を無視してはいけない。しかし、だからといってそれが奴隷としての日々を送っていることを意味しているわけでもない」


487: ◆u2zajGCu6k
08/08/05 19:24:06
「お正月だというのに。ずいぶん物騒な話をしているのね」

台所からジョンの母親が餅と何かが入った御椀を運んできた。

「兄貴に色々と教わっているだけよ」

「お前もまた手伝ってくれないかね」

妹の声に含まれている感情が尋常でないことに気づいた母親が口を挟んだ。

「義姉さんだけに手伝わせちゃ悪いでしょ」

「あら、義姉様なら大丈夫よ。何といっても、宇宙軍大尉夫人なんですもの」

「やめないか」

普段は彼女にひどく甘い父親がたしなめた。

「表現は性格にすべきだな」

精神の平衡を保つため、微笑を浮かべたままジョンは言った。

「航宙軍一尉婦人だ。それに、この種の表現はすべきではない。彼女は」

「ジョン、いいかげんにせんか!」

「それで、さっきの続きはどうしたの? お兄様は植民地兵なの?」

「確かにサイド6は地球連邦の手助けで作られた。
コロニーの語源が植民地であることは否定できない事実だ。
しかし、それは過去のことだ。今では立派な独立国家だよ」

488: ◆u2zajGCu6k
08/08/05 19:26:31
「なぜ独立国の軍隊が、他国の命令を受けるの?」

「国民生活に過大な負担をかけずに国土を防衛するためだね」

「そのために町を焼き払う練習をしているの?」

「僕がやっているのはMSだよ」

「どこかを侵略するために」

「いや、サイド6を襲撃しにきた連中と戦うためのMSだ。
技術的なことはさして詳しいわけではないが、そういうことを扱っている」

彼は努力して刺激的な表現を避けていた。

「いつも、そう」

一瞬、言葉に詰まった妹は兄を睨みつけていた。

「答えを用意しているのね。どんなことがあってもその理由をつかんでいる。
お兄ちゃんはいつもそうだった。グラナダから帰ってきた時もそうだった。
あたしが、みんな大変だったらと言ったら、怪我しなかっただけ幸せだと思えって。
食べ物を手に入れるため、母さんがどれだけ苦労したか」

「その苦労を否定するわけではないよ。しかし、サイド7やニューヤークはもっと酷かった。
オデッサもそうだなベルファストも。苦労は食料についてだけではなかった。
東南アジアの密林で父親にいったい何が起こったのかを思ってもよい。
少なくとも、お前が暮らしてきたこのサイド6よりは大変であったはずだ」

妹は憤然とした様子で立ち上がり、台所へと歩いていった。

489: ◆u2zajGCu6k
08/08/05 19:30:07
「いまさら性格を直せとはいえんが」

父親が諦めた口ぶりで言った。

「お前、その調子じゃ将軍にはなれんぞ」

「まったく貴方のおっしゃるとおりです。親の顔が見てみたいものですね、父さん」

「MSか」

父親は長男の顔を見つめて呟いた。

「歩兵将校がMSとはね」

「自分でも思ってもみなかった」

「いささか自責の念をおぼえるな」

父親は左腕の残された部分、その先の空間を見つめていた。
失われた左手ならば、その疑問に答えられるといわんばかりの顔つきだった。

「未来の参謀総長に、ハインラインなど読ませるべきではなかった」

「トミノやサトウよりはマシだと思う。それに、今では統合幕僚会議というんだ」

490: ◆u2zajGCu6k
08/08/05 19:33:40
投下終了です。

この世界のジョブ・ジョンは似て非なるものです。
また、妹の兄の呼び方が毎回変わっているのは仕様です。

第二節からは少し回想が始まります。

491: ◆u2zajGCu6k
08/08/11 22:31:46
2.Gun Tank

サイド6保安隊ジョブ・ジョン三等保安士が、地球連邦との連絡業務のために、
サイド7へと赴いたのは宇宙世紀0079年3月末のことだった。

既に北米はジオンの占領下にあり、ヨーロッパとアジアでは死闘が繰り広げられていた。
この時期、宇宙での戦闘は膠着状態にあったため、比較的安全にサイド7へと赴任することができたのだった。

「何ともいい加減な任務だな」

駐在武官事務所でジョンに与えられた任務を知った三等保安正が羨ましそうに言った。
彼はサイド7で航宙戦闘機の情報収集に当たっている男で、一応ジョンの上司となっていた。

「いや、すまない。自由裁量の度合いが広い、そう表現すべきだな」

「正直申し上げて、私にも何をすべきだか分かっておりません。よろしく御指導ください」

「まぁ、帰国命令が来るまでゆっくりしていくがいい。
当分の間はジオンがここを襲撃することはないだろうからな」

「心得ました」

机の電話が鳴った。戦時中の駐在武官事務所に事務員など人手不足で存在しない。
そのため、三等保安正が直接電話を取ることになった。

「はい、駐在武官事務所。ええ、確かに到着しましたが。はぁ、え?」

彼は不思議そうな目つきでジョンの方を見た。

「お前さん、いったい何者なんだ? 連邦宇宙軍の中将閣下からのご指名だ」

492: ◆u2zajGCu6k
08/08/11 22:33:05
「ほう、貴公があの方の長男か」

「はい」

ジョンは控えめな表情でこたえた。

父と連邦軍大学校で同期であった上官達が示す独特な反応に、彼はもう慣れ切っていた。

「父上は御健勝か?」

「最後に会ったのは、地上軍への異動を受け、地球に降下する前のことでした」

「まぁ、こちらにいる間、大いに勉強することだ。地球連邦軍は間違いなく一流だからな」

「はい、心掛けます」

「可能な限りの便宜は講じてあげよう。それが貴公の任務であるし、父上に対する恩返しでもある」

ジョンは中将の言葉をありがたく受け取るつもりでいた。

ジョンの父親と同世代の地球連邦軍将校達の中には、
彼によって自分の経歴が救われたと信じている者が少なくないことを知っていたからだ。

そして、彼は他者からの好意を無意味な自尊心で無駄にするほど若くは無かった。
一月から始まった戦争によって、そのような感情はどこかに消えていた。

当初、一ヶ月ほどですむはずだったサイド7駐在は長引いた。
彼が滞在している間に、ジオン公国軍は二つの宇宙要塞を完成させ、
サイド6への帰還を困難なものとしてしまったからだ。
そのため、彼は一年戦争の残りの期間をサイド7で過ごすことになってしまった。

493: ◆u2zajGCu6k
08/08/11 22:34:44
「見ろ、これがMSと呼ばれる兵器だ!」

サイド7にやってきてから二ヶ月あまりが過ぎたある夏の日のこと、
グリーン・ノア郊外の地球連邦宇宙軍兵器試験場で、ジョンの上司が言った。
彼はジョンを伴って、連邦宇宙軍が友好国武官達に公開した新型MSを見学していた。

「RX-75ガンタンク。主砲120ミリ、装甲はどうかしらんが、我々のドラケンなど比べ物にならん」

戦車に人間の上半身を乗せたような形状と、円形の断面を持つ砲塔から太く長い砲身を突き出している
連邦軍のMSを見つめている上司は、まるで女子中学生が異性関係について語っている時のそれに似た表情を浮かべていた。

ジョンがその独特のフォルムを持つMSに感銘を受けなかったと言えば嘘になる。
分厚い装甲版で形成された砲塔。いかなるジオン軍MSも遠距離で撃破可能な主砲。
重ねあわされるようにして配された転輪。腕に装備された無数の噴進弾。

全てが男性的な象徴性を有していた。

男であればそれらが発する禍々しいオーラに抗うことはできないだろう。
それは純粋な暴力だけが持つ強烈な魅力を周囲に発散していた。

「しかし、どうでしょうか?」

MSから発せられる何かに魅入られることを避けるように、彼は上司に尋ねた。

「質問は明確な言葉で行え」

あれこれと連邦軍の技術将校に質問していた上司が煩そうに言った。

494: ◆u2zajGCu6k
08/08/11 22:37:22
「連邦軍は何のためにこのMSを作ったのだろうか、ということです」

「ジオンのMSに対抗するためだろうよ」

「はい、もちろんそうでしょう。自分がお尋ねしたいのは、
このMSが想定している戦術的な運用環境と言うべきものです」

「戦術的運用環境?」

「一見したところ、このガンタンクは機動性が高いようには感じられません。
というより、機動性以上に砲力と防御力を重視して作られたと表現すべきでしょうか」

「確かに、そうともいえるな。いや、その通りだ。お前さん、よく勉強しているな」

「であるならば、連邦軍が最初に何を考えてこのMSを開発したのであろうと」

ジョンは雄大な砲身に注目しつつ、自らの疑問に自力で回答を見つけ出した。

「運用される環境はただ一つということになります。防御戦です。
ジオンが地球で行った伝統的な電撃戦には、まったく向いていません。
あるいは、陣地突破戦闘に使用される場合もあるでしょうが、そのような機会は限られているでしょう」

「なぜだ?」

「このMSの重量はどれくらいだと思われますか?」

「まぁ、戦闘重量で80トンというところだろうな」

「それが答えです。80トンもの希少金属を必要とするMS、
つまり値段が高く生産性の低い兵器を消耗が激しい陣地突破戦闘に何回も使えるのでしょうか?
それにこのMSを宇宙で使うことはないでしょう。キャタピラを含む下半身はAMBACとしては機能せず、
単なるデッドウェイトになるでしょうから」

「お前さん、かなり物騒なことを口にしているな」

「かもしれません」

ジョンは苦笑しながらこたえた。

「地球連邦はかなり危険な状態だと考えられます。
そうでなければ、地球上での防御戦闘にしか使えないMSを開発するはずがありません」

「しかし、技術的には優れている。学ぶべきところも多い。
正直な話、我々にこれと同じMSを開発することはできんよ」

「はい。絶望的ですね、技術力の差というものは」

495: ◆u2zajGCu6k
08/08/11 22:44:16
なんとか完成したので投下しました。
ジョブ・ジョンの経歴が何だか怪しいものになっております。

サイド6保安隊→WBクルー(半ば強制的に連邦軍に志願)
→一年戦争後連邦軍を除隊→サイド6航宙自衛軍

496:通常の名無しさんの3倍
08/08/12 18:11:36
ガンタンクは確かに連邦の危機的状況を象徴しているなぁ

……って、開発はいつ頃からやってるんだよって話になるが。
一年戦争が一年で終わるのが悪いんだ!とキレる事にする。

ともあれ乙。


497:通常の名無しさんの3倍
08/08/19 12:33:06
続き楽しみにしてます


498:通常の名無しさんの3倍
08/08/22 23:24:17
連邦はなんでガンタンクを作ったんだろ?
MSに有用性があると知ってMSの開発に着手したのにタンクもどき…。

499:通常の名無しさんの3倍
08/08/22 23:39:48
足のノウハウがなかったからじゃね?
アシモが二本足で自重を支えられるようになるまでどれだけの苦労があったかを考えるとありえなくはないと思うんだが

500:通常の名無しさんの3倍
08/08/23 00:31:08
まずは地上からジオンを追い出すのが先決だ

地上ならキャタピラでもいいんじゃない?

みたいな感じじゃないの?
>>499の言うように二足だと開発に時間がかかるだろうけれど、
手はマニュピレーターではなく鉄砲&キャタピラならそれよりは短い期間で開発できるだろうしさ。


501:sage
08/08/23 23:21:23 tPNR2wYY
3.Tem Ray

一年戦争で地球連邦軍が攻勢を決定した時、ヨハン・イブラハム・レビルはこう尋ねた。

「これが終わりの始まりだろうか?」

地球連邦軍最高司令官の答えは、長く人々の記憶に残ることになった。
その後の歴史を考えれば、始まりの終わりに過ぎなかったのだが。

宇宙世紀0079年9月、サイド7グリーン・ノア。

地球から見て月とは正反対のL3点付近にある建設が開始されたばかりであった寂れたコロニーが、
MS開発者にとってイェルサレムにも似た重みを持つ場所へ変貌したのは、宇宙世紀0079年2月のことだった。

当時の宇宙軍中将、後に地球連邦の実権を握ることになるレビル将軍に、
宇宙軍兵器局ジョン・コーウェン技術大佐が本格的なMS実験場の必要性を説いたのだった。
閣下、あのテム・レイという天才に何かをなさしめるためには、それが必要であります。

レビルはコーウェンの進言を受け入れ、実験場の建設を許可した。
寂れたコロニーを秘密実験場兼研究開発センターとするには、貴重な物資と人命が消費されていた。

一時期、上層部の無理解から開発優先順位を下げられ、計画が停滞するという時期もあった。
だが、後にガンダムとして知られるようになるRX-78の研究進展、それを知ったレビルの大演説を受け、
施設の規模、人員は拡大の一途をたどった。最盛期といってよい現在では、13ヶ所の試験場が設置され、
約二万名の人員を抱えた宇宙最大のMSセンターとなっていた。特に人員の面では、
ジオンが70年代末に、ルナリアンが80年代初頭に、サイド6が90年代にようやく達成できた数だった。

ジョンがその実験場を訪れたのはそうした時期のことだった。

502: ◆u2zajGCu6k
08/08/23 23:25:02
「同地の見学が貴官らに許可された理由は、
レビル閣下のサイド6に対する好意と信頼ゆえであることを御了解いただきたい」

グリーン・ノアでジョンと、もう一人のリーア人(宙保側から派遣された技術将校)は、
そのような警告を受けた。秘密兵器をリーア人に見せることについて、
連邦宇宙軍兵器局が積極的でないことは、その口ぶりからも明らかだった。


それもそのはず、機密保持の下で進められてきたV作戦が彼等の視察を許した理由は、
その実権をレビルから奪おうとしている連邦地球軍が、政治的嫌がらせの一環として行ったものであった。
実験場を訪れる部外者は、ジャブローのモグラの手先も同様と受け止められていた。

「保安隊からは君一人かい?」

技術将校は尋ねた。

「はい」

「しかし、君は技術者ではないと思われるが」

「他の者は別の任務に携わっておりまして、動けるのは自分ひとりなのです」

「ふぅん」

技術将校は、組織人に特有のセクショナリズム的感情を伺わせる発音で唸った。

503: ◆u2zajGCu6k
08/08/23 23:26:02
「いずれ、今回の視察に関する御質問が、専門の者からあると思います」

「おいおい、我々に頭を下げるつもりかね?」

「ジオンの次の標的は我々かもしれません。
仲違いしている場合ではない、そういうことです」

「分かった。こちらが纏めた後なら、いくらでも教えてやろう」

技術将校は破顔してうなずいた。

「ありがたくあります」

ジョンは内心の緊張を緩めた。自分が同行することになった男が、
保安隊のことを嫌っているだけで、根は善人らしいと分かったからだ。

グリーン・ノア市街から実験場へは、連邦軍のエレカを用いていくことになった。
運転手は地球連邦宇宙軍のリュウという名の曹長だった。

実験場までは必ずしも順調な道のりではなかった。何度も憲兵に停止させられたからだ。

「今度は何が起きたんだね、曹長?」

四度目の停車を命じられた時、耐え切れなくなった技術将校が尋ねた。

「申し訳ないです。しばらくお待ち下さい」

曹長は嫌な顔ひとつせずに、停止を命じた憲兵に理由を聞くために外に出た。
その時、1kmほど後ろの宇宙港発着口から轟音が響いてきた。

504: ◆u2zajGCu6k
08/08/23 23:27:55
「ほぅ、なんだね、あれは?」

ジョンは前方から近づいてくるものを見つめた。MSであることは一目で分かった。
傾斜した装甲版で形成された機体の上に、砲塔をのせている。砲身は短い。240ミリだろう。

「RX-77-2ガン・キャノン」

ジョンはそのMSの名をいった。

「最新鋭のMSです。同じMSのガンタンクとは全くの別物ですね。
連邦軍はあれで撃破できないジオン軍MSはないと断言しています」

二足歩行のMSが彼等の乗るエレカの傍らを通り過ぎた。
100mほど間隔をあけて、同じ機体が近づいてくる。そのMSの目的地はジョンと同じらしかった。

「頼もしいねぇ」

技術将校は興味深げに、通り過ぎて行った三機のMSの姿を眺めていた。

「しかし、路上を自走させるのはどんなものかな?」

「よくはありませんね」

ジョンは技術将校の鋭さに、素直な感銘を受けつつ同意を示した。

「これだけ大きなMSともなると、あちこちに無理がかかっています。
まぁ、試験機でしょうから故障しても構わないのでしょうがね。
実戦であんなことをしていたら、半分も戦線に投入できないでしょう。
これは聞いた話ですが、ジオン地球攻撃軍の最大の敵は、重力と雷らしいですよ」

「うん、それに。あの砲塔、あまりよくないね」

技術将校は、砲塔を指差しながら続けた。

「見たまえ、砲塔が丸みを帯びているだろう。下方に対しても傾斜がついている。
あれでは砲塔に命中した敵弾を機体上部に誘い込むことになる」

「確かにそうです。よく気づかれましたね」

「何、たいしたことではないよ。戦艦で中世の頃から問題となっていることだ」

技術将校は相変わらず歩行していくMSを眺めていた。

505: ◆u2zajGCu6k
08/08/23 23:42:50
第三節の前半部分を投下しました。
後半もなるべく早く投下したいと思います。


506:通常の名無しさんの3倍
08/08/25 23:32:05
投下乙です。マターリお待ちしておりますので無理はなさらずに‥

507: ◆u2zajGCu6k
08/09/03 22:53:31
厳しい警備が目立たぬように行われている実験場に入ったのは、その日の午後になっていた。
既にほとんどの実験は終わっており、本格的な視察を行うのは翌日になった。

案内役に付けられたモスク・ハンという名の地球連邦軍大尉は、
包囲されたバイコヌールから軍命令でこのMSセンターへ転属した男だった。

学生時代、ミノフスキー電磁気学を専攻していたことがその幸運をもたらしたのだった。
もっとも、脱出しようとする兵士で溢れ返った発射基地で、
HLVに乗り込む以前に凍傷で足の指を何本か失ってしまったが。

彼はジョンと技術将校をエレカに乗せると、試験場を南側から順に案内していった。
二時間ほどあちこちを見学した後、大尉は北に向かうよう運転手に命じた。

エレカは十分ほど北に続く道を走った後に停車した。

「さて、ようこそサイド6将校諸君!」

大尉がおどけた口振りで言った。

「右手にありますのが、当施設最大規模の第7MS実験場になります。
いわゆるV作戦の最も見栄えのする実験が実施されている場所であります」

蒼、赤、白のトリコロールに塗り分けられたそれは、
ギリシャ神話の古代神のような巨体と神々しさを兼ね備えていた。
機体の周りでは、実験の指揮と支援に当たる人々が忙しく働いていた。

「お気持ちは分かりますが」

大尉はその機体に近づこうとしたジョン達に言った。

「あまり近づかぬ方が身のためですぞ。
働いている者達は実験続きで気が立っております。
それに、あの巨体に踏み潰された者もいますからね」

「ご冗談を」

「いえ、先月実際に発生した不幸な事故であります」

508: ◆u2zajGCu6k
08/09/03 22:56:19
彼等の会話を片側の耳だけで聞きつつ、ジョンはそれを見つめていいた。
魅入られてしまった、そういってよかった。そこに示されているものは、
単なる力の具象化ではなかった。それ以上の何かを象徴していた。

そして、もう一方の耳に、別の会話が流れ込んできた。

「残念ながら、レビル閣下はわかっておられない」

「すると、あくまでも?」

「そうです。疎開地を隠れ蓑にした秘密基地こそが安全だと考えておられる」

「それもひとつの正解だと思われます」

「確かに。ジオンがサイド7に疑いを抱かないのならば、
そして私達がこのコロニーを守りきれるのならば、ね。
だが、実際は奴等が実験施設を発見したが最後、数十機のMSを繰り出して叩き潰してしまうでしょう。
加えるに、現在の我々にはジオン軍のサイド7侵攻を阻止する戦力はない」

「それだから、あなたの主張されている」

「そうです。現在の戦況では、MS開発は地球に建設するのが一番です。
ありとあらゆる人員機材を全て地下に配置する。ジャブローならばそれが可能です」

「大佐、教授!」

モスク・ハン大尉が二人の男に呼びかけた。それに気づいた彼等が近づいてくる。
ジョンと技術将校は大佐と呼ばれた男に敬礼した。

「視察に見えたサイド6の方々です」

モスク・ハン大尉が伝えた。

「ようこそ、我等が実験場へ。ジョン・コーウェンです」

技術将校の態度が変わった。

「するとあなたが、あのV作戦を主導なされている、コーウェン大佐ですか? 光栄です!」

「何、それほど難しい仕事ではありませんよ」

コーウェンは嬉しそうに微笑んだ。

「本当に困難な仕事をしているのは彼です。
諸君、RX-78開発を主導する人物を御紹介します。テム・レイ技術大尉です」

「はじめまして」

509: ◆u2zajGCu6k
08/09/03 22:58:06
「貴官は随分と熱心に私のMSを御覧になっておりますな」

ひとしきり儀礼的な会話が交わされた後で、テム・レイが神経質そうな表情をジョンに向けた。

「いえ、あれを見ているうちに、思い出したことがあったのです。大尉殿」

「聞かせていただけまいか?」

何か批判するつもりなのか、自分の能力に確信を抱いている者に、
特有の欠点を示す表情で、テム・レイは尋ねた。

「くだらないことです。この戦争が始まる前に読んだ小説を思い出しました。
あなたのMSをもう少し改造したならば、その小説に描写されていた情景を
現実のものにできるのではないかと。そんな空想を抱いてしまいました」

「もう少し明確に」

急に真剣な表情になったテム・レイはさらに尋ねた。

「つまり、あなたのMSは、外宇宙で人類を活動させうるものになるかと」

「ジョン君といったね。あなたは私の友人であるらしい」

三十分ほど後に行われたRX-78の起動実験は、
ジョンに決して薄れることのない衝撃と感動、そして未来と勝利への期待を抱かせた。

510: ◆u2zajGCu6k
08/09/03 23:02:41
数時間後、名残惜しそうにジョンへ別れを告げたテム・レイに敬礼をおくり、
技術将校とジョンは実験施設を後にした。

「君は意外と空想家なのだな」

車中で技術将校は呆れたようにいった。

「外宇宙に殖民とはね。まったく、大したものだ」

「あくまでも可能性の話ですよ」

ジョンは反発を抑えた表情でこたえた。

「可能性は人類を行動へと駆り立てます。考えてみてください。
100年前にコロニーなど存在しなかったのですから。いつかは絶対に可能になるはずです」

「その前に」

地球連邦が無くならなければね、そう言いかけた技術将校は、
エレカを運転しているのが地球連邦軍人ということを思い出していた。

「まぁ、何にしても、勉強にはなったな。いい土産話にはなる」

「土産話ですか?」

「ああ、悪い。言っていなかったね。私は来週、
サイド6との連絡業務の艦艇に便乗して帰国する予定なのだよ」

「無事に帰国できることをお祈りします」

「安心したまえ。あれに関する報告書は、約束どおり保安隊の方にも渡しておくから」

「ありがとうございます」

報告書は提出されなかった。保安隊だけでなく、技術将校が所属する組織にも提出されなかった。

一週間後、彼の便乗したサラミス級巡洋艦は、サイド7の宇宙港を出発したが、
シャア・アズナブル少佐率いるファルメル戦隊に発見され、撃沈されたのだった。

511: ◆u2zajGCu6k
08/09/03 23:04:03
前回の続きを投下しました。

これで過去の話は終わりです。
次からはまた時間軸が動き出します。

512:通常の名無しさんの3倍
08/09/05 20:58:26
投下乙


513:通常の名無しさんの3倍
08/09/16 20:18:31
乙ほす

514: ◆u2zajGCu6k
08/09/20 22:45:22
4.For us to Decide

MSというものについて、ほとんど技術的素養を持たぬジョンが、
一年戦争後、MSに関わって(特にその非技術的側面での支援で)きた理由は、
宇宙世紀0079年のあの一日、そしてホワイトベースでの三ヶ月で体験した現実が直接的原因となっていた。

間接的には、年少の頃から空想的な物語を読むことを趣味としていた父親の影響があった。
テム・レイは父親がコレクションしていた、旧世紀のサイエンス・フィクションという、
特殊な文学を部分的に再現していたのだ。ジョンも父親の蔵書を読む機械が何度もあったのだ。

現実のRX-78(V作戦で開発された機体全て)を目撃したことが、
彼が無意識のうちに自分へ施していたすり込みを表面化させた。そう考えるべきであったかもしれない。

「映像の宇宙世紀か」

新聞のTV欄を見ていた父親が驚いたように呟いた。

「もうTVで再放送ですか?」

「ああ、NHKだ。第四集のギレンの野望だぞ。見なければならんな」

父親の声には、いささか緊張した場面を逃れるきっかけをつかめた安堵が含まれていた。
宇宙世紀になっても日系コロニーで受信料を集め続けている組織に、彼は初めて感謝した。

そのような様子を見て、ジョンは父親も大抵の部分では並の老人であると思った。
いつまでも東南アジアの密林で凄惨な戦闘を指揮した歩兵指揮官ではいられないのだ。

台所から、ジョンの妻と妹が冗談を言い合う声が聞こえてきた。
彼は必要以上に新聞を熱心に読んでいる父親を横目で見た。

そして、果たして何時まで両親が健在だろうかと思った。
毎年このように帰省する故郷は、あと何年存在し続けるのだろうか。
両親がいなくなれば、墓参り以外では帰ってこないだろう。
ジョンはいつか訪れる光景を思い浮かべていた。


515: ◆u2zajGCu6k
08/09/20 22:47:43
父親がTVをつけた。NHKは律儀なことに元旦から報道番組を流していた。

「……と述べています。これに対しブッホ・コンツェルンは、
同社のMA搭載型宇宙ロケットは、第一に民需を念頭に開発されたものであり、
一部で言われている戦略反応兵器への転用を行う意図は無いと、
先日行われた取材に回答しました。同社研究所の開発部長フランクリン・ビダン氏は、
宇宙世紀0087年度中に最低8回の発射実験を行うと明言しました。
ブッホのこうした対応について、サイド6技術研究所の関係者は、
私企業による営利目的の深宇宙探査はその学術的純粋性を失わせるとの懸念を……」

「くだらないな」

ジョンは画面を見ないで言った。

「しかし、ブッホの運用方法自体は間違っていない」

「その点では、連中、地球連邦よりも現実を見ている」

画面にはロケットを抱えているGP-03が映し出されていた。

516: ◆u2zajGCu6k
08/09/20 22:48:26
「この話はお前達の方にも関わってくるんだろう?」

「うん、順当にブッホでしょうね。ルナリアンの協力は仰げないですし。
アナハイムがハイザックの量産で手間取っている間に話を決めてしまうようです。
あ、これはいうまでもなく防衛機密ですよ」

「お前は関わらないのかね?」

「まだ、今のところは」

画面にはインタビューを受けている男の顔が映っていた。
ジョンはその顔を何年か前に見たことがあった。

「何とかして参加して欲しいものだな」

父親は息子に言った。

「たとえ超光速移動が実現できなとも、
異星人を撃滅する秘密兵器を備えていなくても、
ロボットはロボットなのだ。素晴らしい仕事だぞ」

息子は父親に微笑を浮かべた。

「その点は否定しませんよ、父さん」

517: ◆u2zajGCu6k
08/09/20 22:50:55
久しぶりの投下です。
前節に比べて第四節は短くなりました。

次はアクシズの話になると思います。

518:通常の名無しさんの3倍
08/09/20 23:21:50
乙。
if小説だったら、原作よりもかっこいいテム・レイ先生も見たいんだぜ。

519: ◆u2zajGCu6k
08/09/30 22:19:06
5.Project Zeorymer

そこは戦艦の王の住処だった。

まるで公国を象徴じゃないか、グワダンを訪れるたび、エリオット・レムはそう感じた。
ザビ家の生き残りのために、贅をこらせて装飾した謁見の間は、
アクシズという辺境にあっても王侯貴族並みの贅沢を楽しむことができていた。

以前はマハラジャ・カーンに、現在はハマーン・カーンに呼び出されるたび、
レムはこの赤い戦艦を訪れた。彼の主導するアクシズの開発計画は、
地球連邦のそれに対する優位を維持し続けていた。

10月には地球圏にアクシズが帰還する予定であったから、
計画の順調な進行は上層部の安心材料となるはずだった。


摂政執務室に過剰な装飾は施されていなかった。

美貌とニュータイプの素質を有している部屋の主は、
その心根においていかにもジオン的な人物であった。

摂政ハマーン・カーンは、政治的ライヴァルを排除して権力の階段を上り詰めた後も、
その資質を失っていなかった。ある意味、ギレン・ザビ以上の指導者とも言えた。

彼女は公国が建国以来始めて手に入れることのできた、温情主義的な支配者でもあった。
程度問題であることは確かだが、命の意味について知っている女性であった。

生命をあまりにも粗末に扱いすぎたギレン時代への反動、
あるいは権力奪取の正当性の確保と言う面があることは間違いなかったけれども、
ハマーンは政敵に対して驚くほど寛容だった。旧政権を中枢から追い払った後も、
彼女は年金を与えたり、閑職につけたりするという補償を行ってやった。

何とも温情的な「粛清」と言えよう。
かつてのザビ家の長男ならば、家族ともども抹殺したに違いない。

そんな彼女のことをレムは好いていると言ってよかった。
警戒心を持たぬわけではないが、好意の方がより大きかった。
理由は述べるまでもない。彼女は、巨費を投じた計画の推進をレムに任せているからだ。
そして、彼女は重要人物をそう滅多やたらとキケロへ追い払いはしない。

520: ◆u2zajGCu6k
08/09/30 22:20:08
「よく来てくれた、同志主任設計官」

質素な執務室に置かれた大きめの執務机の向こう側で、
とても二十歳には見えない女性が腰を上げた。

「お招きにより参上いたしました。ハマーン様」

「楽にしろ。そこの椅子をこっちに持ってきて掛けてくれ」

「はい」

「煙草を吸え、気を楽にしろ」

ハマーンは命じた。

「今日は、貴様に正直になってもらわなければならない」

「何でしょうか」

レムはわずかに背筋を振るわせた。彼は強制収容所に送られたことを思い出していた。
権力者の発言に過剰反応を起こすのは仕方がなかった。
しかも、目の前にいる人物は人の心すら読めるといわれるニュータイプなのだ。

「気を楽にしろと言ったろう」

ハマーンは笑った。レムは危うくハマーンの虜になるところだった。
この笑顔を見られるならば、命も惜しくない。
そんな連中が多数存在する理由が分かった気がした。

521: ◆u2zajGCu6k
08/09/30 22:22:17
「君の得意分野の話だ。反応兵器をどれだけ増産できるものか、それについて意見を聞きたい」

「種類によります」

安堵を抱きつつレムはこたえた。

「例えば、Mk-82のような酸化融合弾の場合は非常に手間がかかります。
所謂通常の反応・融合弾ならば、アクシズでもある程度の量産が可能です。
何しろ、独立戦争以前からのノウハウがありますから」

レムはそこまで言って、一度言葉を切り、不思議そうに尋ねた。

「しかし、このようなことは工場の連中に尋ねれば分かることでは?」

「連中は真実を言わない」

ハマーンは吐き捨てるように言った。

「正直にこたえれば、自分への評価が下がると思っている。
いえ、ハマーン様、生産に困難はありません!
はい、ハマーン様、たとえ月産100基でも可能です!」

ハマーンは呆れるような表情で言った。

「問題は、連中が本当にそれを達成してしまうことなのだ!
とりあえず部品を揃え、とりあえず組み立て、とりあえず出荷し、とりあえず実戦部隊に配備する。
誰もそれが本当に使えるものなのかどうか調べようともしない。責任問題がどうなるか見当もつかないからな」

「軍は工場の連中が悪いと言い、工場は軍の管理が悪いと言う。
すると誰かが、元の設計に問題があると言い出す」

「まさにその通りだ。そして、設計者は自分以外の全てが悪いと言うのだろう。
そして、最も影響力の小さかった誰かが責任を取らされる。
あいかわらず、真実は闇の奥だ。闇といえば、まだ少女だった頃を思い出すよ。
私はフラナガン機関で様々な実験を受けさせられたのだ。
ノーマルスーツだけで漆黒の宇宙に放り出されるのは、何とも恐ろしい体験だった」

522: ◆u2zajGCu6k
08/09/30 22:24:13
「昔のことです」

レムはかすかに首をふった。

「恐怖は人間に染み付き、精神を歪めるぞ。貴様も体験したのではなかったか?」

「ハマーン様、あなたは私にMSを、ロケットを与えてくれました」

「私ではない、エリオット・レム。ミネバ様だ。あの方が貴様に与えたのだ」

「はい、もちろん」

「ならば、ミネバ様の信頼にこたえてくれ」

ハマーンは笑みを浮かべたまま尋ねた。

「我々には、どの程度の反応兵器の量産が可能なのか?
地球連邦を焼き尽くせるような反応兵器をだ」

「月産数基というところでしょう」

レムはこたえた。

「多くても五基はこえません。さらに、そのうち確実に作動するのはその半分程度でしょう。
今のところ、ギガトン級の威力を持つ酸化融合弾頭は、工業製品というよりは芸術品なのです」

「どれほどあれば実用化できるのだ?」

「おそらく、最短でも十年、悪い場合はその倍は必要になるでしょう」

「そうか」

「増産はひどく難しいものになるでしょう」

「従来の反応兵器はどうだ?」

「無理をするならば、量産は可能です。
ああ、反応弾頭をMSに搭載する場合、色々と面倒になりますが」

「例えば、半年以内に実戦部隊に配備することは可能か?」

「難しいでしょうね。本国とアクシズでは生産設備が違いすぎます。
それよりも、既に生産されている反応兵器を整備するほうが、短期的な戦力拡大につながると思います」



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