10/01/31 00:02:09
あの当時は学者や帝とかじゃない限り産まれて来る子は
女の子が望まれてたしな
212:愛蔵版名無しさん
10/01/31 00:03:18
逆にちい姫は政治の道具として引き取った感じだけどな
4歳位で引き取って11歳でとっとと入内させちゃうしね
213:愛蔵版名無しさん
10/01/31 00:05:32
>>208
葵亡き後、右大臣が朧月夜との結婚を仄めかしたけど
左大臣家に気を使って朧月夜との結婚を断ったんだよね
214:愛蔵版名無しさん
10/01/31 00:12:37
>>210
源氏の女の愛し方が人デナシな割には、子や孫などへの愛し方はいいと思うよ。
「夕霧は孫を見せてくれなくて残念だが玉鬘は孫を見せに来てくれた」と喜ぶ場面が
優しいじいさんみたいで好き。
>>213
左大臣に気を使ったのが理由ではなかったような。
でも源氏はけっこう腹黒い策士だから夕霧を利用して左大臣とのつながり
キープとか図りそうなのは分かる。
215:愛蔵版名無しさん
10/01/31 00:15:56
>>214
結局、その後夕霧もちゃんと見せにいって源氏を喜ばしているよ
特に花散里が面倒を見た2人の孫はすごく可愛がっている
216:愛蔵版名無しさん
10/01/31 00:20:07
>>214
紫を悲しませたくないというのと恩のある左大臣家に気を使ってが理由だった
217:愛蔵版名無しさん
10/01/31 00:27:08
>>211
はっきり言うとあの当時は、女の子は政治の道具に、
男の子は家督を継がせる為に両方必要だったんだよ。
218:愛蔵版名無しさん
10/01/31 00:27:20
花散里が引き取った三の君が結局二条東院を相続することになるのかな
六条院は落葉宮と六の君以外は明石中宮の子供らであふれているが
219:愛蔵版名無しさん
10/01/31 00:30:27
三の君の他にもう一人藤典侍腹の男の子を預けていたよね
220:愛蔵版名無しさん
10/01/31 00:42:50
その他の藤典侍腹の子、たとえば六の君とか落葉宮の養女になる前は
藤典侍が宮中で育てていたのかな?
221:愛蔵版名無しさん
10/01/31 00:50:33
>>220
まさか
実家で惟光夫妻が育ててたんじゃないの
222:愛蔵版名無しさん
10/01/31 09:28:15
>202
「男の子はお父様に引き取られるものでしょう」
それは自分が女だから父親に引き取られなかったと思い込んでいた若紫の勘違い
もしくは漫画作者が平安時代の常識を知らずに書いたかどっちか
後年自分が正妻と勘違いする悪い意味で世間知らずさをこの頃からの伏線としていたならすごいけど
最初に明石姫君が来た時だってお人形さんみたいにしか思っていなかった紫なんだから
この時点で子供を引き取っていたらどうなっていたことやら
223:愛蔵版名無しさん
10/01/31 09:36:24
雲居が実家に帰る時だって、乳幼児の男子は連れて帰ったぞ
224:愛蔵版名無しさん
10/01/31 09:53:52
赤子ではないが髭黒は息子だけつれて帰ることが出来たよね
ほんとは娘も引き取りたかったみたいだったけど
225:愛蔵版名無しさん
10/01/31 11:20:05
>>224
髭黒と先妻の子はそこそこ大きくなってただろ。
男子は12~15歳で元服して官位は父親に連動するから
父親がいなかったり死んでいたりすると人生の最初で大きく挫折し、
以降、能力があっても特別な引き立てがない限り出世は困難だ。
先妻は息子の将来の官位を思って髭黒に引き渡しただけ。
夕霧が元服の時期になると大宮が父親の源氏に
あんたが息子の官位を保障しなさい、と返したのと同様。
普通は大きくなってからも母方の家が息子のホームグラウンドだし、
母親が死んだ夕霧や両親が離婚した髭黒一家が特殊。
雲居雁を父親の頭中将が無理矢理引き取ったのは正妻腹の娘が一人しかいない
頭中将が将来の入内を見越しての行為だろう。
源氏が明石姫を引き取ったのも同様だね。
226:愛蔵版名無しさん
10/01/31 11:50:07
男が女の家に通う通い婚が常識なのに、男の子が生まれたら
その子だけ父親が引き取るってことを言いたいのかね、紫さんは。
227:愛蔵版名無しさん
10/01/31 11:53:31
夕霧は葵が生きていれば葵のもとで育って当然だけど、
葵が死んだ以上父親である源氏に引き取られてしかるべきだったね。
源氏は独り身であることを理由に夕霧の引き取りを正式に断っている。
愛情がないというかなんというか、紫の産んだ子であってもこんな待遇したのかどうか。
紫と結婚した後で葵が死亡していれば、独り身とは呼べず
いやがおうにも紫を養母として夕霧を引き取らざるを得なかった可能性はある。
紫のもとで夕霧も明石も引き取られて育っても世間的には当然なのに
源氏は葵以外の妻をもった後も夕霧のことはほっといたからな。
夕霧もどこか冷めた目で父親の源氏を見てるよね。
世間一般の家族関係とは違う感じ。
228:愛蔵版名無しさん
10/01/31 11:57:50
髭黒や雲居の場合だって、男の子は元々住んでいた家にそのまま残っただけなんだよね
わざわざ父親の家に連れて行かれた訳じゃないし
229:愛蔵版名無しさん
10/01/31 12:00:23
>>227
左大臣・大宮に大切にされるだろう夕霧と、そもそも実家自体のない
紫の産む子供を比べても…
230:愛蔵版名無しさん
10/01/31 12:08:51
紫は源氏に囲われて養われている身だから違うよな
それに夕霧元服後は妻の一人の花散里が養育していたぞ
どうしても愛情が無いといいたいのかね
当時の世間一般の父親と息子の距離感を書いたに過ぎないのに
読みが浅いというかなんというか・・・
それこそ紫亡き後の晩年の源氏と夕霧はべったりし過ぎなくらいだ
231:愛蔵版名無しさん
10/01/31 12:14:06
晩年の源氏なんて、息子の夕霧に頼ってたよね
紫の葬式もし切ってもらってたし
232:愛蔵版名無しさん
10/01/31 12:25:56
なんていうか、源氏は超絶マザコンなのに、夕霧はドライだな
お母様が離婚して~とか言って泣く雲居に「な~んだ、そんなことか」とか言えるくらい
夕霧は一瞬だって母親の顔を見ていない。源氏はその頃の記憶は無いにしろ母親と一緒にいたのに
233:愛蔵版名無しさん
10/01/31 12:32:08
>>232
源氏は祖母にも早く死なれたのが大きいのかも
もし祖母が長生きだったら、源氏だってそこまでマザコンにならなかった気がする
やっぱり夕霧にとって大宮の存在は大きいよ
234:愛蔵版名無しさん
10/01/31 13:24:11
大宮って結局夕霧が何歳の時まで生きていたんだっけ?
大学寮の時は月に3日という源氏との制約があったけどそれからは
宮中に出仕するたびにほぼ毎日大宮のところへ顔を出していたんだよね。
ところで大宮は、美人な上、裁縫を中心とした家政に精通していて
「よろづの物の上手」という程の楽の名手で
書も達筆というオールマイティな皇女なんだよな。
235:愛蔵版名無しさん
10/01/31 13:42:09
>>234
夕霧が16くらいまでは生きてた
雲居との結婚は18くらい
236:愛蔵版名無しさん
10/01/31 14:49:18
>>173
横レスだけど、源氏って何か不思議な出世の仕方だねえ。
あと冷泉帝の頃からの彼の仕事の内容って何なのか全然わかんない。
単なる名誉職ってことなのか。
それでいて最後は準太政天皇の処遇を受けてて
もしかしたら今上よりも権力絶大っていうのがさー。
冷泉帝の孝行で下駄を履かせてもらったということかね?
準太政天皇扱いが不自然でなく受け止められてたから、源氏の働きも
相当なものだったんだろうけど。
237:愛蔵版名無しさん
10/01/31 16:08:45
>>222 あさきでは源氏のセリフ自体に「男の子は父親が引き取るもの~・・・」っていうのがあったし。
あさきでの設定がそうなってるだけじゃない?作者の勉強不足かなにか知らんが、
他にも更衣をまるっきりの女官扱いしてるし。「いったいいづれの殿方が姫様をお見初めに」
なんてね。帝の正式な妃なんだからほかの男に贈り物を贈られたりしたらほんとはおおごとでしょ。
238:愛蔵版名無しさん
10/01/31 16:29:12
>>236
そもそも当時の天皇に権力なんてないよ
239:愛蔵版名無しさん
10/01/31 17:08:27
花散里に夕霧を養育させたのは源氏亡き後の
花散里の後見を夕霧に任せたい意味もあっただろうね
240:愛蔵版名無しさん
10/01/31 17:15:47
末摘花や空蝉の後見は誰がしたんだろ?
やっぱり夕霧か
花散里が二条東院に移った時もまだ2人はいたよね?
明石の面倒をみたのも夕霧だったような気がしたな
紫に対しても後見するつもりでいたもんな
241:愛蔵版名無しさん
10/01/31 17:24:37
>>240
明石の場合は、明石と夕霧が組んでちい姫の後見をしてたって感じじゃない?
242:愛蔵版名無しさん
10/01/31 17:28:57
末摘花は女三宮が降嫁した時点で床に伏せがち
確か朧月夜のところに行くときに末摘花のもとに
お見舞いに行くとあったが行くのは嘘でも本当に悪くなってたらしい
だから源氏より先に亡くなってる可能性もありそう
243:愛蔵版名無しさん
10/01/31 17:56:12
>>240
空蝉は源氏より年上だし。
宇治十帖へ行くまでの間に10年程度の時間の空白があって、
宇治十帖に登場していない人は基本的には亡くなってるんじゃないかな。
冒頭で、源氏没後の源氏の女たちの処遇についての丁寧な説明があって、
明石上や花散里は生きていたことが確認できるけど、
処遇が描かれていない空蝉や末摘花は没していた可能性が高いと思う。
ちなみに明石上の面倒を見たのは夕霧ではなく実娘の明石中宮だよ。
明石上は明石中宮と一緒に宮中に住んでいて、
大勢の孫たちの世話をしている。
244:愛蔵版名無しさん
10/01/31 18:01:49
>>243
どっちにしろ六条院の管理は夕霧の仕事だし、ちい姫の後見をしているのも夕霧
つーか、明石は面倒みてもらうどころか、まだばりばり働いてそう
245:愛蔵版名無しさん
10/01/31 18:24:59
>>244
夕霧が全部の面倒みてたというのもな。
六条院の秋の町は初めから秋好中宮の管轄で夕霧の管轄ではないし
(秋好が母の六条から相続した土地)
六条院春の町が紫から紫が養育した女一宮に相続され、
冬の町は明石上の管轄でこれも夕霧の管轄になったことはない。
結局、夕霧が六条院で自由にできるのは
養母花散里を二条院東院に移して花散里から相続した六条院夏の町だけだよ。
そもそも明石中宮と夕霧は相互補完だしさ。
夕霧は明石中宮の後見人として中宮の行啓にお供したり里第への帰宅を臣下の身内として助ける、
一方で、明石中宮は東宮母として兄夕霧の出世を保障し、
夕霧の娘が自分の産んだ皇子の後宮に入ることを手助けしている。
明石中宮の入内~出産までを庇護したのは父の源氏だし、
子が東宮に立っている今、
どちらかといえば明石中宮が兄の夕霧をはるかに助けている。
246:愛蔵版名無しさん
10/01/31 18:47:13
位も左大臣と中宮では中宮が上ではあるな
明石中宮は心の中では夕霧を兄上呼びなのが良かった
247:愛蔵版名無しさん
10/01/31 18:49:45
>>238
そうなんだ。
どっちかっていうと源氏の権力と仕事内容の方がメインの疑問なんだけど
わかります?
248:愛蔵版名無しさん
10/01/31 19:30:50
明石中宮も後見が弱ければ中宮になっても
その子どもが帝位につけるわけではないし
明石中宮と夕霧の関係はギブ&テイク
249:愛蔵版名無しさん
10/01/31 19:44:43
>>246
宮中では官職呼びで、身内の集まりでは「父上」「兄上」呼びだよね
250:愛蔵版名無しさん
10/01/31 20:05:16
夕霧は源氏の次代の当主だから六条院の管理はやっていたんだけどね
ちなみに夕霧が相続したのは、六条院夏の町、宇治の広大な別荘、
ちい姫が相続したのは、六条院春の町と匂宮が継いだ二条院、
薫は多分、秋好から六条院秋の町を相続することになるだろう
残る六条院冬の町はちい姫から子供たちへ継がれ、
二条東院は花散里から夕霧の藤典侍腹の娘へ継がれるんだと思う
当時は家督は嫡男が継いで、家は娘が継ぐのが普通だった
251:愛蔵版名無しさん
10/01/31 21:03:05
六条院夏の町は夕霧が落葉に与えている。
落葉から六の君に相続されるはずで、最終的には
娘婿である匂宮の管轄に入る。
六条院は秋好、明石と二代の后の里第だから
基本的には源氏の養女&実娘である秋好と明石中宮の
邸だよね。
252:愛蔵版名無しさん
10/01/31 21:05:12
>>244
しかし、成人している明石姫君をずっと幼名のちい姫で呼んでる人がいるね。
玉蔓を頭中将がつけた瑠璃姫と呼ぶようなもので特殊だな。
明石女御・中宮をちい姫と解説する解説書でも出てるんだろうか。
結構マイナーな呼び方なのに、このスレ覗くといるんだよな。
253:愛蔵版名無しさん
10/01/31 21:09:49
>>252
母親の方の明石とまぎらわしいからじゃね?
254:愛蔵版名無しさん
10/01/31 21:25:11
あさきスレは別にちい姫で問題ないだろ
255:愛蔵版名無しさん
10/01/31 21:27:46
落葉宮所有の邸は六の君が相続するんだね
256:愛蔵版名無しさん
10/01/31 21:33:15
朱雀院から女三宮へ渡った三条宮は薫が女二宮と結婚した際
三宮が二宮に寝殿か三条宮自体を譲ったんだっけ