シンジとアスカの同棲生活2at EVA
シンジとアスカの同棲生活2 - 暇つぶし2ch2:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/11 00:44:20
乙!

3:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/11 00:44:25
乙です

4:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/11 00:46:31
乙です

5:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/11 01:01:53
おいらもシンジとアスカと一緒に暮らしたいでヤンス

6:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/11 01:04:49
前スレ落ちたのか
乙です

7:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/11 01:21:18
関連・姉妹スレ
【親愛の】シンジとアスカの夫婦生活7日目【LAS】
スレリンク(eva板)

それでは引き続き、投下待ちつつ保守よろしくお願いします。

8:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/11 01:26:10
1乙
これは乙じゃなくてポニーテイルうんたらかんたら

9:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/11 23:40:59
おおお乙

10:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/15 08:59:58
ほしゅあげ

11:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/15 19:43:41
このスレは神田川的な同棲生活もありなんだろうか?

12:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/16 10:53:59
>>11
ありあり
つか俺書こうとして絶賛挫折中のネタだ

13:kou
09/08/17 01:32:31
>>11です。書き溜めてるとこですが、取り合えず投下させてもらいます。
シリアスなのかほのぼのなのかよくわからん展開になりそうですが、温かい目でお願いしますm(__)m

14:kou
09/08/17 01:38:23
『LOVERS ON BACKSTREET』

最初にここに越してきた時は、かろうじて藺草の青々しい香りが残っているほど綺麗なアパートだった。襖や窓は少し汚れていたけれど、それも風情かと、軽く流せた。
今となっては流れるように綺麗だった畳の表面もささくれ立ち、主に彼女が投げた鈍器のような物の餌食になった襖や窓にはガムテープがしっかりと貼られている始末。
かといって、冷蔵庫の中は腐りもので溢れかえってるとか、洗い物が山のように残ってるとか、そんな状況ではない。
ここは改めて僕の家事スキルの高さと、それを手伝ってくれる彼女の変貌ぶりに驚嘆する。

ここに住み始めてから三年が経つ。
初めて大家さんと話した時は14、5やそこらの男女がアザだらけ(主に僕だけど)で、しかも泣きながら「部屋ありますか?」なんて聞かれたものだから、ひどく驚いて目を丸くしていた。
幸運にも部屋は空いていて、まだ誰も入ったことがなかったそうだ。それでも、築何十年たったアパートだったので「古風な作りで御免ね」と大家さんが笑いながら言った時も、何故か二人とも泣いてしまった。

それより少し前、その時の世間は海から帰ってきた人達が点々と集落を作りはじめて、やがて拡大して『社会』と呼べるシステムが出来上がって来た頃だった。
幸か不幸か文明のほとんどは現存していたので、動物を捕まえて丸焼きにして食べる、みたいなはじめ人間的生活は免れたけど、それでも電気水道ガスみたいな生活エネルギー施設は動いていなかったから不便といえば不便だった。

15:kou
09/08/17 01:41:01
そこから一年間、僕たち二人は怯えるように生活した。
どこの場所でも「あれは何だったんだ?」とか「あのネルフの生き残りはいるのか?」とか犯人探し、みたいな会話が聞こえた。
そんな中、人気の無い郊外にあったアパートを見つけたのは幸いだったと思う。
二年も過ぎると、人の眼は後ろよりも前を見据え始めていた。水道を新しく引く人や、施設の修理を始める人。商売とか取引を始める人。
おかげでこんな短期間に、以前と遜色無いほどの文明が蘇った。
僕らも、そんな先導してくれる人達の中に混じって仕事をした。

「つっかれたぁ。シンジ、今日のご飯なに?」
「ん?カレー」
「えぇ。また具無しの、あれ?」
「我が儘言わないの」
「まだ何も言ってないわよ」
こういう他愛ない会話をするのにも、紆余曲折あった。
最初は彼女が僕を罵るだけ。その内僕も反論し始めて、罵りあい。殴ってくる蹴ってくる。僕は泣きながら罵声を浴びせる。そしてバカらしくなる。
そんな日々が続いた。

アパートを見つけてから、少し柔らかくなった。
たまに料理をしてくれる彼女。料理を教える僕。
これまで何となくとっていた距離感が少し近づく。
そんな久しぶりの空気に安堵したものだから、僕はあんな事を言ってしまったんだと思う。
「アスカ。僕はどうすればいいのかな…」
すると、彼女は殆ど間を置かずに言ったと思う。
「自分と他人を好きになる努力をしなさい」
自分もだろ?と言いかけたけど、その時見た瞳が潤んでいたので何も言えなかった。
「じゃあ、私はどうすればいいと思う?」
彼女がその言葉を発するときにはすっかり鼻声になっていた。
「…少しでいいから、僕を好きになって」
「あんたバカ?…もうとっくに実行してるわよ」

16:kou
09/08/17 01:43:27
その時僕らは16歳だった。まだ子供だし、もう大人。
どっちつかずのシーソーの上で、僕らは抱き合った。



「ちょっと!痛いってば!」
「我慢しなよ。ちゃんとしないと跡が残るよ」
「悪かったわね、傷物で」
「もう、悪かったって言ってるじゃないかそれは」
「ジョーダンよ。ごめん、シンジ」

そして現在。
買い出しの途中で盛大にずっこけた彼女の膝の表面には、我が家の畳を上回るほどのかすり傷が乗っかっていた。ただ今消毒中…。
「なんで急に走り出したのさ?」
「早く家に帰りたいな、なんて」
「荷物持ちの僕を置いて?」
「うっ」
「先に着いても鍵持ってるの僕だし」
「はぁ」
「揚句、こけるし」
「でぇもぉ」
「デモもストも無いよ。心配する身にもなってよ」
時たま上げる「いっ」とか「ひぃ」みたいな声が堪らなく面白いので、余分にポンポンと液を染み込ませた綿を当てた。
彼女の顔が赤くなっているのでそろそろ止しておこう。この間みたいにやかんの口が額に刺さるのは嫌だし。
「はい終わり。あんまり傷口触らないように」
「はいはい」
そして言った傍から傷口をグチグチし始めた。子供だ。

17:kou
09/08/17 01:45:42
突然だけどこのアパートに風呂はない。
この地区には、必要最低限の水道しか引かれていないため生活に必要な分しか使ってはならないという決まりがある。
それを知った時、お風呂好きな彼女はさぞ怒るだろうと思ったけど案外素直に納得した。
「あれ、嫌じゃないの?」
「はぁ?仕方ないじゃん、決まりなんだし」
「お風呂好きだと思ってたんだけど」
「そりゃアレよアレ。どっかのバカの気を引くための口実よ。ま、鈍感朴念仁のおかげで玉のような肌を保てたわ」
「そ、そうだったの?」
「だぁ~れが好きでも無いやつの目の前にタオル一丁で『あッつーい』なんかするか」
「ご、ごめん」
と貴重な御言葉を頂けたりもしたんだけど、理由はもう一つある。二十分ほど歩けば公共浴場、いわゆる風呂屋があるからさほどその点は気にならなかったようだ。
でも毎日通うほどの贅沢は出来ないので、三日に一回、もしくは【warning!!】の後に行くだけだ。普段は濡らしたタオルで体を拭いて済ませることになっている。
その時も「こっちみんな!」とか「スケベ!」etc言ってくる。今更なんだよと言うと 「乙女の恥じらいを知れ!」、とスリータイムスチャンピオンも真っ青のハイキックが飛んできたこともある。よく生きてるな僕。

で、今日はその日。風呂屋に行く日だ。
彼女はいつもの真っ赤なタオルと桶を持って玄関先で待っている。
「まだぁ?」
「ちょっと待って。えーと、ガス閉めた。窓閉めた。服畳んだ」
「はーやーくー」
「はいはい」
と、最後に鍵を閉めてジーパンのポッケに突っ込む。
さて行こうかと彼女を見ると、既に数歩先をすたすたと歩き始めていた。


18:kou
09/08/17 01:49:22
ここから風呂屋まではちょっとした散歩になる。川があったり野道があったり公園があったり。
風のある日なんかは夕暮れどきもあいまって、地熱の残りと吹く風が気持ちいい。

「ねえシンジ。チェロって難しい?」
「どうかなぁ?小さい頃に習ってた分すんなり出来たけど」
「的を射ない回答ねぇ」
「でも、どうして?」
「ん。なんか、私も楽器の一つや二つしたいなと思って」
「いいじゃない。そしたら僕も改めて練習して、アンサンブルしようかな」
「良いわね。」
「あ、でも音がうるさいから近所迷惑になるかな」
「バァーカ。今更遅いわよ。とっくに近所迷惑になっとるわ」
「いや、あれはアスカが…」
「ひっどー。私のせいにするの?あれだけ泣かせておいて…」
演技ったらしく大袈裟に顔を手に当ててイヤイヤする。夕暮れ時の野道にはまだ人もポツポツいるわけで。

こんな下らなくも大切な時間はあっという間に過ぎ、風呂屋は目と鼻の先にまで来た。
大きな瓦屋根のこれもまた古風な建物の前には、温泉マークの横に『いらっしゃいませ』と書かれた看板が置いてある。これを境に男湯、女湯と分かれている。
「じゃ、あとでねアスカ」
「うん。…あ」
「何?」
「一緒に出ましょ。湯冷めするから」
「うん、分かった」
失念、ここまで来る間ずっと手を繋いでいたのを忘れてた。いつもここでこうやって足踏みをしてしまう。当たり前に繋がれた手を離すときほど、侘しい気分になるものはない。感じていた温もりが消えるのだから。
「バカね。ほら」
彼女がパッと手を離す。思わず顔をしかめてしまったんだろうか。優しい笑顔でこう言う。
「さっさと行きなさい、バカシンジ」
本当に好きになってよかったと、こんなときに思う。

19:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/17 01:54:43
きゅんとする!きゅんとするよぅ!

20:kou
09/08/17 02:10:01
神田川的とかいいながら結局赤いタオル(手ぬぐい)しか出せなかったorz
明日の内に最後まで投下したいと思います。
オチ、も有るような無いような感じになりそうなんでどうかそこはm(__)m

21:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/08/17 03:28:46
買い物自体は楽しい。
やっぱり久々だったのもあるけれど、今迄誰かと一緒にという事が少なかったからかも知れない。
「うーん……シンジにはやっぱりこっちの色かな?」
「どっちでもいいよ。アスカに任せるから」
「じゃあ、こっち! アンタも偶には明るい色の服着た方が良いと思うし」
僕は余り服装に気を使う方じゃないから、全部アスカに選んで貰った。
買ったのは洗い替えの分を含めてTシャツが三枚、パジャマ代わりのスウェットとジーンズが二枚と下着と靴下を少々。
少し肌寒くなってきたので、薄めの生地だが長袖の物を選んだ。
僕の分はアスカが手早く選んだので時間が掛かる様な事は無かった。
アスカも前は一日掛けて買い物に出掛けたりしていたけど、今日はあっさりと決めたみたいだ。
僕の分や雑貨も買う事になっていたから、後がつかえているというのもあるけれど。
Tシャツが二枚、ブラウスが一枚、ジーンズとスカートを一枚ずつ、後は下着と靴下とパジャマというのは僕と同じ位の枚数。
下着を買う時は流石に後ろには付いて行かなかったけど、服を買う時はカート持ちで後ろを付いて行った。
アスカはまだ、気にしているのかな?
Tシャツもブラウスもスカートも、何故か丈が若干長いサイズが大き目の物が多かった気がする。
上手く力が入らない時があると言っていたから、腕に傷がある気がしていて見せたくないのだろうか。
確かに極偶にアスカが怪我をしている風に感じる時がある。
スプーンやフォークは持てるけど、箸は少し使い辛いと病院でも零していた。
「アスカ、持つよ」
「ん、有難う」
レジで支払いを終えて、店員から袋を僕が受け取った。
「っと……この階はこれで全部かい?」
「はい。お待たせして済みません」
「よし、じゃあ上の階に行こうか」
売り場の隅にある休憩用の椅子の所で待っていてくれた青葉さんと合流して、三人で三階に向かう。
今度はエレベーターよりも売り場に近かったので、エスカレーターで上の階に上がった。
……あれ?
今度は何か引っ張られる感じだ。

22:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/08/17 03:29:47
「やっぱり、第三から離れている所はそれ程混乱は無かったのね……全然普通だもの」
「そうだね。ニュースでも行方不明の人の話って、余り聞かないし」
「場所柄、ネルフ職員や戦自が殆どだからね。偶に居る事は居るよ……民間人の中にもね。でも、割合は少ないんだ。
 国連の報告に拠ると、一千万に一人か二人といった位らしい。それでも後でひょっこり帰って来た報告があったよ」
「そう……なんですか……?」
「……じゃあサードインパクトって、集団催眠で時計だけが進んでたっていうミステリーでおしまいって事になりそうね」
アスカが周囲の買い物客の多さを見て、溜息を吐きながら結論付けた。
「その辺は正式発表が国連からされると思うよ。ただ、調べてみたらそれだけじゃないっぽいって事は解ったみたいだね」
「結局、時間が掛かるって事ですか?」
「そうなるね」
青葉さんが父さんの所に入って来た情報を教えてくれた。
別に隠す事でもないんだろう。
僕達に教えてくれるって事は、多分職員全員が知ってるって事だ。
「でも……もう、アタシ達には関係無いのよね?」
アスカが少し沈んだ声で青葉さんに問い掛けた。
「今迄に発見された量産機は、既に塩の塊と化していたからね……。もう乗る事は無いと思うよ。後は大人の仕事さ」
青葉さんがアスカの頭を軽く撫でる。
「これから君達がすべき事は、体を休める事だよ。職員みんなが、早く良くなれば良いなって言ってるんだからね」
幾ら退院出来たからって、完全に体の具合が良くなったと言える訳ではない。
あくまで、検査をしても今の所は異常が見付からなかっただけって事だ。
青葉さんも、他の職員の人も、それを知っているって事だよね。
だから、僕達の事を心配してくれているんだ……。
「……はい」
嬉しかったけど、言葉にならなくて、僕はその一言しか言えなかった。
僕もアスカも、誰にも見てなんて貰えないと思ってたから。
でもそうじゃなかった……それが、本当に嬉しかった。

23:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/08/17 03:30:47
タオルは普通のサイズの物を五枚で一組になった物があったので、それを二つ買う事にした。
バスタオルは僕とアスカで二枚ずつの合計四枚。
それだけあれば、暫くは持つだろう。
ただアスカは赤い色のタオルが無かった事が残念だった様だ。
黄色やピンクはあるのに赤が無いのはおかしい、とぼやいていた。
大量生産の物だから仕方ないよと宥めたら、じゃあ仕方ないか、とピンクのタオルを手に取る。
僕は普通に白を。
贅沢を言えば切がないから、無難な色で良いと思ったからだ。
青葉さんは僕達がタオルを選んでいる間に、部屋に置けて持ち運びが簡単そうなチェストを見繕ってくれていた。
どうせ、地上に官舎が出来ればそっちに移る事になるからだそうだ。
本部内の居住区画は仮の住まいって事。
住むには少し手狭な部屋が多いから、今は仮眠スペースとして利用しているらしい。
僕とアスカが入る部屋もその内の一つ。
だから、持ち運びがし易い物が良いって事みたいだ。
「あ、軽い」
「二段あるから、着替えもタオルも入るね」
「安物だけど、軽い方が引っ越すには楽だからな」
ポリエチレンの一抱えあるかどうかの小さなケースだけど、大して荷物のない僕達には充分な大きさ。
「透明じゃないのが良いわ。この手の奴って中が透けて見える物が多いもの」
「引っ越してからキチンとした奴、探しても間に合うね」
「そうね」
「じゃあ、これで良いかい?」
チェスト選びはあっさりと終わったので支払いを済ませる。
カートに乗せる前に、僕が持っている服やタオルの袋をチェストの中に入れた。
これでかなり身軽に動ける様になる。
後は日用品だけだ。
今度はエレベーター……何だ、また粘ついた気配がする。
気になるが気にしない事にして、一階の日用品売り場に向かった。

24: ◆Yqu9Ucevto
09/08/17 03:39:14
新スレ乙です
落とそうと書いてたら落ちててどうしようかとorz
新しく建てて下さった方に感謝!
「迎え火」が終わったので暫くはこっちに集中していきたいと思っとります。
話はちまちままったりペースの同棲準備中ですがよろしゅうに。

>>20
GJ!
職人さんが増えて嬉しいです

25:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/17 09:39:23

続きが気になる

26:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/18 00:54:17
何か神2人もキテタ!
GJGJです!

27:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/18 04:46:14 6iuunJ+W
kou氏
待ってるよ

28:kou
09/08/18 05:33:52
遅くなりました。>>18続きです。

風呂屋の中に入るとそこそこに長い棚に申し訳なさそうにざる籠がいくつか置いてあって、その横に小さなタオルが備え付けてある。
昔の癖で、誰もいないのに一番端の籠に衣服を投げ込んでいく。自分以外使うことのなかったネルフの男子更衣室を思い出す。血の通っていない、印刷された文字で『碇シンジ』と貼られたロッカー。何十個もある中で使われているのは僕のだけ。
少し早い時間に来てしまって誰もいないせいか、そんな事を思い出してしまう。こういう風に内側に入り込んでしまう癖も、その頃についたように感じる。

「おぉシンジくん。今日は早いのぉ」
「こんばんわ、ケンタさん」
いわゆる番頭さんで、ここの経営者。
50歳手前だというのに浅黒くて、がっちりした体格の男の人だ。いつも笑っていて、この風呂屋がいつも繁盛してるのは立地条件が良いだけじゃないんだなと思う。
「一番風呂だぞ。…あ、いや厳密にはさっきアスカちゃんがはしゃいで入っていたけど」
「はぁ、すいません騒がしくて」
「いやいや元気があるのはいいことだぞ。最初の頃みたいに、一緒に入るーなんて事はなくなったけどな。ははは!」
「すいません、ほんと…」
そんな訳でこの人には頭が上がらない。おおらかで、何事も笑い飛ばしてしまいそうな人。今までこんな人に出会ったことがなかった。

浴場の中はがらりとしていて、零れ出るお湯の水音が心地よく響いている。隣の方からカポーンとお決まりの音が聞こえるのは彼女が体を洗っているのだろう。僕も軽く流して、早速一番風呂に肖った。
そうして十分も湯舟に浸かっていると、ちらほらと馴染みの人達が入ってきた。電気屋さんのお父さんとその子供達とか、同い年くらいの坊主頭の少年。
久しく顔を合わせていなかった人達とも会って、近況を話したり技術屋的な会話を横で聞いたり、ぽかぽかと体を暖めながらそんな時間を過ごした。

29:kou
09/08/18 05:36:50
そうしていると隣の浴場から黄色い声がガヤガヤと聞こえている事に気付いた。彼女も向こうで会話が弾んでいるようだ。と、蚊帳の外だと安心していたのだけど。
「碇さーん?」
誰だろう?聞いたことのない声なので、きっと彼女の友達だろう。
「アスカさんとはどこまでススんでるんですかぁ?」
「はぁ!?」
思わず大きな声で叫んでしまった。何を言ってるんだ。たちまち、こっちもあっちもケラケラと笑い声が起こる。よく聞けば彼女の声も混じっているじゃないか。
きっと彼女の差し金で僕を困らせようと画策したしたんだろう。
「お、それは興味があるなシンジくん」
電気屋のお父さんがニヤリと近づいてくる。
「おい、マジでどうなんだ」
坊主頭の彼まで。
いけないことなんだと分かってるけど、今の僕には湯舟に頭まで浸かることしか出来なかった。

散々の冷やかし攻撃をなんとかくぐり抜けながらしっかり身体を洗って、火照った顔周りをぬるいシャワーで冷ます。先程までの喧騒もなんとか落ち着いて、やっと一息つけた頃。
「シンジー。そろそろ上がるわ」
「あ、うん。わかったー」
ヒューとか、チキショーとかの声には苦笑いでしか対応出来ずに、タオルで体の水を拭き取りながらガラスで出来たチープな扉を開けるとケンタさんが神妙な面持ちでこちらを一瞥する。
「若いっていいなぁ」
なんてしみじみ言うものだから、浴場から出ても僕は萎縮してしまった。

すっかり布の山になった脱衣所で代えの服に着替えて、ふぅと一息つく。そういえば今日は「あの日」も兼ねていた。
彼女は牛乳がとても好きなのだけれど、昨今の事情からとても高級品になってしまった。にも関わらず、これがないと風呂屋の意味が無い、と無理してケンタさんに取って貰っている始末だ。そして今日は月いちのその日。


30:kou
09/08/18 05:39:03
「あの」
「わかってるよ。というかもうアスカちゃんが持ってったよ」
「え、お代のほうは?」
「シンジよろしくね、だってさ」
そりゃそうだ。財布持ってるの僕だもの。
にしても、同じタイミングで出たというのにこの状況。彼女はいつも着替えるのが早い。昔はダラダラとあんな恰好でうろついていたのに…。あ、そういうことか。

お代を払いどうも、と会釈してのれんをくぐると、看板に寄り掛かった彼女がいた。
髪止めを解いて肩下まで伸びた髪。汗で張り付いたうなじの産毛。Tシャツから滲むソープの香り。
あぁこんなに綺麗だったんだと、濡れタオルでは気付かない感情。
「おそーい。一緒に出るっていったのに」
「ごめん。でもアスカが早いのもあるよ」
「っさいわね。おっちゃんに長いこと私の裸体を見られてもいいってぇの?」
そうか。初めてわかったこの感情。これが『独占欲』というものだろうか。
「…よくないね」
「ん、分かればよし。ホレ」
ひんやりとした瓶に詰められた純白の牛乳。
「先に飲んでいいの?」
「日頃の労をねぎらう意味でよ」
一本で回し飲みしようと最初に提案(経済的理由)したのは僕のはずなのに、今は僕のほうが恥ずかしい。
こう、腰に手をあてて
「おぉ、良い飲みっぷりじゃない」
この動作も彼女に教えてもらった。礼儀作法なのだそうだ。
「ふぅ、ご馳走様。はい」
「ありがと」
例のフォームで残り半分を一気に煽る。僕はまだまだそこに追いつけそうにないな。
「おっちゃーん。ここに置いとくぅ」
外に備え付けられた籠に瓶を落として、番台の方を覗き込んで言う。僕も男湯の方からお礼をしようと覗き込むと、ケンタさんが奇妙なジェスチャーを送ってきた。口の周りを指差しているようだ。
よくわからないまま、帰路につこうと彼女の方を見るとそのメッセージの意味がわかった。

31:kou
09/08/18 05:42:01
「アスカ」
「ん?」
「白いひげ」
くっきりと白い輪が口に鎮座している。少し考え込む様子で前を歩きだした彼女に着いていくと、二十メートルほど行ったところでふと立ち止まってこっちを向いた。
「理由なんかないわよ」
と言うと、可笑しいくらい僕の顔に唇を尖らせて僕を抱き寄せた。
「さっさとしろバカシンジ」
恥ずかしいのは僕だけじゃないみたいだ。


遠目にそれを見られていた後のヤイノヤイノの騒動から数分経って、小さな公園を過ぎる。今日の夜は特に風が強い。タオルで拭いただけの濡れた髪がなびいて気持ちいい。
行きの道で語らった、野道の草々も一心不乱に頭を振り乱している。
「ね、今日の放送なにかな?」
放送、というのはラジオ放送の事だ。有志で集まった人達が慈善的に電波を飛ばしている…らしい。主にどこ地区の修繕状況とか、テレビで言うところのバラエティ番組みたいなのもある。
その中で目下の僕らのお気に入りは、様々なDJによる音楽放送だった。DJによってかなり趣味の偏向があって、この前なんかおどろおどろしい民族音楽をノンストップで流してたこともあった。
「確か今日は、『DJ南ヨウスイのオールナイト』がメインだったよ」
「やた!今日はミュージックの日なのね」
足取り軽く、すっかり暗くなった空の下を行く。
もう少しで我が家につく。気付けばすっかり髪は乾いていた。

32:kou
09/08/18 05:46:43
「ただぁいま」
「はい、おかえり」
鍵を回し、扉を開くと手が届く裸電球から垂れた紐を引けば、出る前と変わらない部屋の風景。
そそくさと彼女はラジオの電源を入れに行き、僕は布団を出そうと手垢で汚れた押し入れを開ける。
すっかり綿の寄った敷布団は妙に重くて、毎度ながら出し入れに苦労する。そんな事を知ってか知らずか「ジャイアントストロングエントリー」と奇声を発しながら彼女が布団にダイブする。
(正確にはストロングじゃなくストレートらしいんだけど、彼女の名誉のために黙っておこう)
「もう。そんな事するから綿が寄っちゃうんだよ」
「いやいや、この程度で寄らないわよ」
「だって現にこんなに…」
「あぁ~、昨日のシンジ様は激しかったわね~」
「…すいません」
「解ればいいの。ほら、さっさと来なさいよ。冷えちゃうわよ」
ほんと、敵わないな。
彼女にめくり上げて頂いている掛け布団の隙間に入る前に、我が家の太陽のスイッチを切った。

月明かりだけが頼りの部屋で、隣り合っていつもの会話をする。今日はどんなだったとか、実は内緒で服を買ったとか、風呂屋での悪巧みの後に墓穴を掘って根掘り葉掘り聞かれたとか、明日朝ごはん何がいい?とか。
『さて、今夜お聞き頂くのは南ヨウスイのオールナイト70s!』
お目当ての番組が始まったみたいだ。ルンルンと目を輝かせるのが暗闇でも分かる。
『邦洋問わず、いつも通り独断と偏見で素敵なひとときをお贈りします』
70年代の曲なんて殆ど知らないだろうと思っていたら意外とそうでもなく、いくつか知っているものもあった。ビートルズなんかはもちろん、プレスリーとか吉田拓郎とか。
彼女がジミヘンとかヤードバーズではしゃいだ時はびっくりしたけど(ちなみにツェッペリンが好きなんだとか。理由は教えてくれなかったけど)。

33:kou
09/08/18 05:52:43
「なかなか良いわね、今日のラインナップ」
「すごいね、アスカ。こんなに昔の曲知ってるなんて」
「パパがね、良く聞いてたのよ。今にも壊れそうなアナログプレイヤーで」
「そうなんだ」
「その時はうるさい音楽だなぐらいしか思ってなかったんだけど、パイロット訓練が始まるくらいから聞き出したのよ」
「なんで?」
「さぁ?……ごめん、うそ。本当は、そうやってうるさい音楽で耳を塞いでいればいろんな重圧から逃げれると思ってたのかな」
僕と同じだ。
「嫌な事とか、周りの目とか、エヴァの事とか。…ママの事とか」
「同じだね。僕たち」
ふと、思った。こうやって居心地の良い空間の中で、居心地の良い相手と心地良い時間を過ごすことも『逃げ』なんだろうか?罪な事なんだろうか。あの時には全てが摩耗し切っていて、こんな風に思うことすら出来なかったけど、本当は逃げてもよかったんじゃないだろうか。
父さんも僕と同じ、見えない重圧のせいで心に壁を作ってしまったんだろうか。逃げ道まで塞いで。
「そっか」
「シンジ?」
「わかった気がする。今まで僕がしてきた事」
「うん?」
「アスカも僕も、そして父さん。もしかするとアスカの両親も。きっと必死に生きようとしていたんだ。でも余りにも一生懸命過ぎて、力の抜き処みたいなものが分からなくなったんだ。だから…」
君を汚してしまった。僕を傷つけた。母を失った。娘を見失った。他人を好きになれなかった。
その内二人とも黙ってしまう。静かな歌声だけが鳴る部屋。寝てしまったのかと思ったけど、小刻みに震える指先が僕のシャツを掴んで離さなかった。
「シャツが伸びちゃうよ。アスカ」
「あっそ」
強がって素っ気ない。
「アスカのおかげだよ。今までモヤモヤしてたものが、全部落ちたみたい」
「…明日、ちゃんとこのシャツ洗濯しなさいよ」
「うん」
僕の背中に回された腕が小さく戦慄くと、シャツの胸の辺りが少し湿っぽくなった。

ずっとこんな時間が続いてほしい。この世界が続くかぎり、ずっと僕を好きでいてほしい。この世界が終わっても、君を好きでいられるから。

『夜も更けてまいりました。最後の曲になります。また明日も幸多い日であるように。フォーク・クルセダーズから、あの素晴らしい愛をもう一度』

終劇

34:kou
09/08/18 06:01:20
出来たー!
改行が多すぎwエラーwwうっせえw表現の自由だバカヤロウww
みなさん、ありがとうございました。初めての長編投下だったので至らぬ箇所もあったと思いますが、山無し谷無しな作品のご支援どうもです。

>>24さんからこんなお言葉頂けるとは…!ありがたき幸せであります!
僕も続き楽しみにしております。

では寝ます(-_-)

35:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/18 08:15:10
GJ!
良かったよ!

36:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/18 12:06:45
GJです!
切ないけどあたたかい><

37:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/18 20:02:05
乙 ぽかぽかした。
二人に幸あれ”

38:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/19 04:53:35 17m4Q9kI
ほっしゅっしゅ

39:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/19 13:49:43
とても心が暖まりました。風情や感情の機微が、文面によく出ていて素敵です!

40:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/08/19 22:00:05
私は、長い沈黙を震える声で破った。
「……それで、私は何を?」
「簡単な事さ。書類一枚で済んじまう、ね」
書類一枚で済む……?
「冗談は止して。そんな簡単な話で済む訳無いじゃないの」
「冗談なんかじゃないさ。サードの坊主にとっちゃ、かなり重要な事だよ……赤木、お前が鍵になる。
 無論、セカンドのお嬢にとっても重要だろうね。それは司令も同じ事なんだけどさ」
溜息を吐いて彼女はカルテを手に取った。
「ま、その前に司令と一戦交えないとダメかも知れないけど」
一戦交える……?
何を言っているのか解らない。
しかもシンジ君にとっても、アスカにとっても重要な事になるなんて。
私に何をさせる気なんだろう……頭の中がグチャグチャだ。
「貴女、とんでもない事を考えているんじゃないでしょうね?」
私の考えに及ばない事をしようとしているのは確かだ。
「うん、そうかも知れない」
「いい加減はぐらかすのは止めて頂戴!」
怖い。
彼女の、医療部の指針の、最終的な結論を聞く事が。
「……はぐらかしてなんかいないさ。まず、書類が本当に必要なんだよ。それがスタートの合図になる。
 でないとあの二人、特にサードは取り返しの付かない事になるよ」
「何ですって……?!」
眼鏡の奥の彼女の瞳に蔭りが射した。
「……サードも、セカンドも、良い子だよね。それでいて、とても聡い。だから解り難い。でもそれが危険なんだよね」
目を伏せ、彼女は一筋の涙を流した。
「貴女……何か知っているの……?」
「偶然……ね。でも、知ったら後戻り出来ないよ。それでも良いなら、アタシの独断で赤木には先に話す。どうする?」
口の中が渇いて上手く言葉が出そうにないので、私は頷く事で彼女に返事を返した。

41:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/08/19 22:01:07
「解った……じゃあ、話す」
静かな声で彼女が話した内容は、想像を遥かに超えていた。
まさか、まさか、そこ迄私達は子供達に苦痛を与えていたなんて―!
「あれは……診察で聞き忘れた事があって、セカンドの病室に戻った時だったかな」
そう前置きして彼女は話してくれた。
アスカの病室から啜り泣く声が聞こえてきたと言うのだ。
彼女は慌てて病室に飛び込んだらしい。
すると、アスカは膝を抱えてベッドの中で蹲り泣いていた様だった。
何かあったのかと聞くと、ただ一言、怖いと零したとか。
「まだ面会謝絶中だったからね。慌てて彼女を寝かせて話を聞いたんだ。するとね、涙を流してこう言うんだ。
 一人で居るのは怖い、サードに会いたい、一人だと約束を守れないってね。一人にしない、とサードと約束したんだと。
 どうしてそんな事を言うのか聞いてみた。そしたら、サードは他人が怖くなってサードインパクトを起こしたって言うんだ。
 これは一応司令には報告してある。問題はこの先さ」
アスカが言うには、シンジ君がアスカを他人だと認識し始めたのは、保護される少し前の頃からだったそうだ。
だが今は離れている、約束を守れないから自分の事をもう認識してくれないんじゃないかと思うと怖くて仕方がない、と。
「それで、司令に上申してカウンセリング要員を増やす許可を貰ったんだよね。私一人じゃ、手に負えない気がしてさ。
 アンタは司令の補佐だけじゃなくて、全体を実質的に統括する立場になっちまっただろ? 頼めないじゃないか」
「そうね……司令が折衝中は私がどうしても出ないと動かなかったものね。そう……アスカが……」
私は、シンジ君が話したのだとばかり思っていた。
少しずつ、カウンセリングで聞き出したのだと思っていた。
でもアスカが話し始めたのだとは知らなかった。
「で、カウンセリングは先に安静が解けたサードから始めたんだけどさ。これがもう喋らないのなんのって。
 結局セカンドの話を裏付けた形になっちまってね。ぽつぽつと話し始めたのはセカンドの面会謝絶が解けてからさ」
「じゃあ、二人にとって問題になるというのはどういう事になるの? 今の話が関係してくるの?」
「大有りさ」
彼女は大きな溜息を吐いて、頭を抱え込んでしまった。

42:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/08/19 22:02:08
「人間にとって、最初の他人は誰だい?」
最初の他人……?
「最初……母親、よね……?」
「正解。でも、アンタだって知っての通り……あの子達には精神的には母親のファクターが薄いだろう?」
「ええ、そうね。シンジ君は母親の記憶を失くしていたし、アスカは結果的に女性というファクターを嫌悪していたわね」
シンジ君はユイさんの事故の騒ぎに拠って司令と離れて暮らした事から、父親のファクターですら薄い。
アスカもまた、幼い身で体験した母親の死と父親の再婚で、子供という立場を捨てようとしていた。
尤も、アスカの場合は護衛に就いていた加持君のお陰で、若干父親のファクターを認識していた様だけれど。
でも……それは当初から解っていた事だ。
「今更の話じゃなくて? コアとのシンクロには近親者を求める心が必要不可欠だったのよ。資料は貴女も見たでしょ?」
「そういう事じゃなかったんだ。自分とそれ以外の人間という意味で、サードはセカンドに全てを依存しているに過ぎない。
 物分りの良い子だから、卒の無い対応を取る。それで見ただけでは判り難かったんだよ。
 セカンドはまだマシだが……サード以外の人間の認識を拒否しようとしてもおかしくない位、サードに依存している。
 これがどういう意味だか、解るだろう?」
「まさか……再構成……?」
「二人共、他人を認識しようと足掻いてはいるけどね……どうしても、互い以外の存在を認識し辛い様でさ……」
それが事実だとしたら……いけない、それだけは何としても防がなくては……!
話してくれた彼女の顔も青褪めている。
「カウンセリングだけでは……治療は出来ない、という事なのね?」
確かに、聞いてしまえば戻れない。
彼女の言う通り、これは大きな賭けだ。
しかし、私に出来るだろうか……?
「でも、贖罪で何とかしたいなんて気持ちは捨てないとダメ」
「贖罪……」
「そう。そんな気持ち抜きで、あの子達を愛せる?」
自分には最も懸け離れた感情だと思っていた……けれど。
胸の奥に燻り始めたこの感情は―確かに、私の中にもあるという事だ。
もう、私は、自らの心を今迄の様に誤魔化す為の否定など出来なかった。

43: ◆Yqu9Ucevto
09/08/19 22:03:35
インターミッション、其の弐。
続きは今週中にでも。

44:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/20 00:06:58
いつもいつも良作ありがとう!

45:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/20 00:20:21
ゴッドジョブ!

46:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/08/21 22:25:55
一階での買い物は簡単だった。
歯ブラシセットとコップに洗剤、シャンプーにリンスにボディーソープにボディタオルにヘアブラシ。
アスカはボディブラシやスポンジに整髪料も買っていたけれど。
僕は余り癖の無い髪だから必要無い。
カートの籠にポイと入れて、レジを済ませた。
「これで全部かい?」
「はい。当座の物はこれで充分だと思います」
「じゃあ駐車場から車回して来るから、二人共ここで待っていてくれるかい?」
「解ったわ、ここで待ってれば良いのね?」
一階の出入り口前で、青葉さんを待つ事になった。
待っている間気になったのは、人が多過ぎて何だか息が詰まったって事。
勿論、空気が粘つく感覚は残ってる。
それに加えてだから、少し苦しい。
ふと、アスカが気になり顔を覗き込むと、案の定少し顔が赤くなっていた。
「アスカ……大丈夫?」
「ん、平気。久々に人気の多い所に出たからよ、きっと。アンタこそ、大丈夫なの?」
今迄買い物を済ませて来た階よりは、食料品売り場が併設されている為か格段に人の数が多い。
これは仕方ない事だ。
「多分、ね。確かにこう人が多いと、人の多さで酔い易いけど……大丈夫だよ、うん」
アスカには、心配はさせたくない。
僕は自分に言い聞かせる様に、違和感を振り払い返事を返した。
「でも……疲れてるんじゃない? 少し顔色悪いわよ?」
アスカが少し眉を顰めて僕の顔を覗き込む。
「久々の買い物だったから、ちょっとびっくりしただけだよ。大丈夫だって」
「ホントに?」
―そんな目で見ないで、アスカ。
「うん。大丈夫だから、心配しなくてもいいよ」
僕はアスカの不安を取り除ける様彼女の手を取り、ひんやりとした手を温めた。

47:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/08/21 22:26:55
青葉さんを待つ間、車が見えないか周囲を見渡してみる。
空の色が以前と違う気がした。
携帯の時計を確認すると、時刻は夕方に差し掛かっている。
地軸が元に戻っている影響だろうか、以前に比べると赤味が増す時間が早い。
その分やっぱり、緩やかに吹く風も幾分か冷たかった。
「……綺麗ね、夕焼け」
「うん、こんなにじっくり見るのも久し振りだ」
入院中は昼間に屋上へ行く位。
太陽と空をまともに見るのはその時だけ。
中庭は建物に囲まれていて息が詰まりそうだ、と一度行ったきり。
今居る場所から建物が赤く染まっていく建物の群れが見えた事で、そんな事を思い出した。
夕方に近づくに連れ、車の量も客の人の流れも増えていく……。
「色んな物が少しずつ、動いてるのね……」
「これからはこれが普通になるんだよ、きっと」
そう、世界は常に回っていて、前に進んでる。
あの赤い海の中で僕が選んだ事だ。
みんなに会いたい、僕は僕で居たい、と。
その結果が目で見える形、それが空の色なのかも知れない。
「僕達、二人なら大丈夫だよね?」
さっきまでひんやりとしていたアスカの手に、僕の手から体温が移る。
「勿論よ。アタシ達二人一緒なら」
アスカが手に力を込めたので、僕も彼女の手を握り返す。
手を繋ぐって、温かいんだなと思った。
風は冷たくなってきたけれど、それだけで僕の心は温かかった。
だって彼女の手は、何も出来ない事で全て諦めていた僕を、前に進む為に引き上げてくれた手。
身勝手に他人を拒否したのに、再び身勝手に他人を望んでしまった僕の我侭を赦してくれた手だから

48:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/08/21 22:27:55
「寒く、ない?」
繋ぐ手は温かいけれど、体は冷えて来そうな位風が冷たくなってきた。
夏の生温い風とは違い、地軸が元に戻った影響で気温が少しずつ元の季節に近付いてる為だ。
「平気よ。アンタこそ寒くない?」
「僕も平気だよ」
痩せ我慢している訳じゃない。
久々の外出で緊張気味なのもあるけど、アスカと手を繋いでいると体も何だか温かいんだ。
その時、クラクションを鳴らしながら目の前に車が止まった。
ガチャリとドアのロックが外れる音が聞こえる。
「悪い悪い、時間が時間だから混んでてさ。待たせて済まなかったね」
青葉さんが後部のトランクのロックを外して、エンジンを掛けたまま車から降りてきた。
「そんな事無いですよ。有難うございます」
慌てて手を解いて足元の荷物を持ち上げる。
「あ、アタシも手伝う」
「いいよ、アスカは先に車に乗ってて」
「そうそう、力仕事は男の仕事みたいなもんだ」
僕と青葉さんで買った物をトランクスペースに積み込む。
軽自動車だからチェスト二個でスペースは一杯だ。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか。余り遅くなると寒くなるからね」
青葉さんがトランクの鍵を掛けた。
先に乗り込んでいたアスカの隣に座り、シートベルトを掛ける。
「よし、出すよ」
ゆっくりと車が走り出し、来た道を戻って街中を抜け高速に乗る。
カタン、とトランクの中のチェストが、道の段差の衝撃で跳ねた音がした。
その音に気を取られ、後ろを振り向いた。
既に町が遠い。
けれど、ガラス窓の向こうに見えたキラキラと輝くネオンと電灯の灯りで輝く町の距離は、何だかとても近く感じた。
これも、世界が動き始めたって事の証拠なんだろうな。

49: ◆Yqu9Ucevto
09/08/21 22:29:10
買い物篇終了。
これからネルフへ帰ります。
続きは週明け迄に。

50:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/21 23:33:48
お疲れ様です
続きを待ってます

51:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/22 00:58:03
情景を描くのが相変わらず上手いですね…見習いたいです本当にw

52:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/23 16:03:05 dweKsNbi
保守上げ

53:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/08/23 22:42:13
高速に沿って点いている電灯の灯りが、流れ星の様に流れていく。
比較的空いていた為か、車の量の割りには流れはスムーズ。
でも第三方面へのI.C.迄来ると、一気に車が減った。
殆どが新小田原方面で下りる車ばかり。
「やけにトラックが多くない?」
「昼間はこんなに通ってたっけ?」
I.C.ですれ違う第三から新小田原方面へと向かう車に、何故かトラックが多い事に気付いた。
土砂を載せた物や、空っぽの荷台の物にパイプや鉄骨を載せた物に他にも色々。
「ああ、市街地の再開発工事を請け負ってる業者だよ。第二から来るのもあるけど、新小田原が一番近いからね。
 今の時間帯はちょっとしたラッシュになってるんだ。昼間の工事を終えて戻る車と、夜間工事に向かう車でね」
「……地上、吹き飛んでしまったからですか?」
「戦自が派手にN2落としてくれやがったからなぁ……」
僕達が最初にジオフロントに辿り着いた時、真上の市街地は跡形も無く吹き飛んでいた。
ぽっかりと地面に開いた大きな穴が残されていただけ。
勿論、その時の爆風が凄まじかったんだろう。
市街地から少し離れている筈のコンフォートも、吹き飛ばされて瓦礫の山に。
何となくそんな予感はしていたけれど、実際に見てしまった時のショックはやはり大きかった。
そして周囲に散らばっていたのは、戦自のヘリや戦闘機に戦車の残骸……。
市街地と言えば、僕達の記憶はその時の記憶の方がまだ強い。
「工事……進んでるの?」
追い越していくトラックを目で追っていたアスカが、ポツリと呟く。
「中心部以外は新しい建物も立ち始めてるよ。と言っても、急拵えだから殆どプレカットで組み立て式の仮住居だけどね」
「そうなの?」
「住居は早急に確保しないとダメだからな。何時までも仮眠用の部屋を使っていられないし、避難民も戻って来る」
言われて見ればそうだ、と僕とアスカは顔を見合わせた。
確かに何時までも地下で暮らすのは不健康だよね。
太陽って凄く重要だよ、健康にも精神的にも。
「MAGIが無事だったから、再開発計画は今の所順調だよ。でなきゃ、何処に何を建てるかで今頃揉めに揉めてる筈だしな!

54:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/08/23 22:43:14
先日発表された暫定版のサードインパクトの公式発表のお陰か、世界中から救援の手が差し伸べられたらしい。
物資は勿論、再開発の為の技術者の提供もあった為、再開発は順調だと言える。
MAGIによる再開発計画は、全てが終わった事が判った日から十日もしない内に開始された。
MAGIの中に遷都計画書の図面が残されていたから出来た芸当だ。
でも僕達はそういう事があったという事しか知らされていない。
多分、内容はネルフに戻ってから知らされるんだろう。
「ま、一般に発表された内容と内部資料の内容は別物だ。そこら辺は大人の事情って奴だよ」
「僕達には……教えて貰えるんですか?」
「司令の判断次第だと思うよ……俺はある程度は知ってるけど、俺から話す訳にもいかないしね」
「そりゃそうよね。まぁ……運が良ければ教えて貰えるんでしょうけど、普通に考えればアタシ達が成人してからかしら?」
「やっぱりそうか……」
僕が入院中に話したのは、起こした時に思った事と、起こった時に感じた事、戻って来てからの事を少しだけ。
どうしてサードインパクトが起きたかとか、それがどういう事を表していたのかは判らないし、そもそも知らない。
「結局、全てはネルフに戻ってから……なのかな」
夜間工事の為の電灯で明るくなった旧市街地を車が走り抜ける。
重機が動く大きな音が聞こえた。
工事を指示する人の声に混ざり、金属がぶつかる音が幾重にも響いている。
トラックの荷台には、廃材が積まれていく……。
新しく作られる物に取り壊される物。
それと同じで、この町の様にネルフも変わっていくという事なんだろう。
「今更気にしても仕方ないわ。まず、受け入れろ……って事よね」
市街地の廃材を運んでいくトラックの列を横目に、アスカが呟いた。
「そうだね……」
更地になった市街地に、また再び人が戻ってくる。
それは間違いのない事だから、こうして新しい町を作ろうとしている。
その流れに取り残されない様に、流れを見失わない様に、目に焼き付けた。

55:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/08/23 22:44:15
カートレインの市街地にあった入り口はやっぱり吹き飛んでた。
僕達は旧市街から市街地には入らず、旧市街の外れの入り口からジオフロントに入った。
懐かしい。
確か、僕が一番最初にジオフロントに来た時、ミサトさんの車で使った所だ。
戦自の侵攻の際に山の陰になっていた為、爆風から逸れて無事に残っていたという事らしい。
「この景色も久々だわ……何だかんだ言って、懐かしいわね」
「うん。歩いて下りるのとまた違うからね……」
二人で辿り付いた時は、市街地の外れに残っていたゲートから入ったからだ。
何時かの使徒の侵攻の時も、非常口から入った事を思い出す。
でも、車で下りていくのはやはり一番最初の事を思い出して、何だか感慨深い。
「地上が落ち着く迄は、この中で過ごして貰う事になるよ。工事中の現場は危ないからね」
「解りました」
ジオフロント内も復旧工事が進んでいた。
下を見ると、何台かのトラックが更地のエリアと本部の駐車場を行き来している。
荷台にはキラキラと光る赤味を帯びたガラスの様な物が積み込まれていた。
「あれ……何なの? 一杯積み上げてるけれど……」
アスカが不思議そうに青葉さんに尋ねた。
「あぁ、本部内に流したベークライトの欠片だよ。閉鎖したブロックを一つ一つ開放するのに邪魔だからね。
 削って出た廃棄物を一時的に積み上げてるんだ」
「そうなんだ……」
灯りに照らされてキラキラと光るそれは、復旧作業には不釣合いな程綺麗だった。
積み上げられたベークライトの山の横を通って、駐車場への出入り口から本部内に入る。
「あぁ、そっちのルートは封鎖中だから、遠回りのこっちしか通れないよ」
普段使っていたルートはベークライトで封鎖されているみたいだ。
作業をしている人が手押し車に欠片を乗せて出入りしていた。
「あ、はい」
警備員の詰め所でカートを借りて、車へと戻り荷物を載せる。
「じゃあ、行こうか」

56: ◆Yqu9Ucevto
09/08/23 22:45:57
ネルフ到着。
町もネルフ本部も復旧作業が進んでおります。
続きはまた近い内に。

57:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/24 01:03:10
おっつ
来てた~

58:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/24 21:53:43
GJです!書くの早いですねw

59:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/08/27 02:43:08
歩を進める度、ドクドクと血液が血管を流れる音が聞こえてくる気がする。
胸が少し痛い。
父さんと久々に会うから、緊張しているんだとは思う。
でも、何を話せば良いんだろう……病室で顔を合わせた時だって、碌に会話も無かったと言うのに。
―逃げちゃダメだ。
いつもの様に自分に言い聞かせてみる。
するとアスカが、手を取ってくれた。
顔を見ると、大丈夫とでも言う様に笑みを浮かべていた。
その様子に気付いた青葉さんも、ポンと頭に触れる。
青葉さんも、笑みを浮かべてくれた。
エレベーターの階数はどんどん上がっていく、司令室に近付いていく。
鈴の様な音が、目的の階に着いた事を告げた。
「…………やっぱり、緊張するな」
「そんなに硬くならなくても大丈夫だよ」
「リラックスしろとは言わないけど、もう少し何とかしなさいよ。別に死刑宣告聞く訳じゃないのよ?」
部屋の前に着いたのは良いけれど、インターホンを押す気にはならなかった。
何度も押そうと手を伸ばすが、どうしても躊躇ってしまう。
そんな事をしている内に僕は相当変な顔になっていたんだろう。
アスカが僕の頬に触れ、その肉を引っ張った。
「痛っ!」
「そんな事言ったって、そんな強張った顔で司令に会う気なの? 取って喰われる訳じゃないのに、緊張し過ぎよ?」
「痛いよ、アスカ……止めてよ……ねぇ……」
アスカは僕の頬を何度も縦横に引っ張った。
そして気の済むまで一頻り頬を引っ張ると、最後に軽く頬を叩く。
「はい、これで終わり。ちょっとはマシになったわよ」
「うぅ……酷いよ、もう……」
「でも、さっきより強張りが取れたぞ。うん、今の方が良いな」
青葉さんはそう言ってくれたけど、アスカの方法がちょっと乱暴過ぎると思うのは僕の気の所為?

60:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/08/27 02:44:08
「どうする、シンジ君? 自分で押し難いなら、それはそれで構わないよ?」
何度も躊躇する僕を見兼ねて、青葉さんが助け舟を出してくれた。
どうしよう……押したくない訳じゃない。
もう一度手をボタンに近づけたが、指が震えて上手くボタンに触れる事が出来ない。
「ふぅ……無理そうね?」
アスカが呆れた声で僕に問う。
「うん……何か緊張する……。やっぱり父さんは苦手みたいだ、僕」
「そんなに急に平気になる事なんて無いわよ。少しずつで良いのよ、きっと」
意外だった。
アスカがそんな事を言うなんて。
以前なら、僕の事を馬鹿呼ばわりしてもおかしくなかったのに。
「……何よ。アタシ、何か変な事言った?」
「……いや、何でもないよ」
どうやら意外な事を口にしたアスカに驚いて、彼女の顔を凝視してしまったみたいだ。
僕の中のイメージのアスカと余りにも違ったからだろう。
確かにサードインパクトの前後で、僕の中のアスカの印象はガラリと変わった。
でも、どちらもアスカだ。
という事は、父さんにしても少しは変わった印象を持つかも知れない事に気付いた。
補完中に少しだけ視えた父さんの記憶、心。
蟠りが無いとは言えない。
けれど、僕達親子が乗り越えなければならない壁があるのは確かだ。
深呼吸をして、もう一度自分に言い聞かせる。
―逃げちゃ、ダメだ。
「……自分で、押します。有難うございます、青葉さん。アスカもありがと」
「そうか……解った」
アスカの口元に笑みが浮かぶのを確認した僕は、インターホンのボタンに手を掛けた。

61:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/08/27 02:45:08
カチリ、とスピーカーが切り替わる音がする。
ザーザーと無音の時に入るマイクの雑音だけが暫く流れた後に、父さんの声が流れてきた。
『……誰だ?』
意を決してと言うのは大袈裟だけど、緊張して震える声のまま、僕は自分の名を告げた。
「あの……シンジです。さっき……青葉さんのお迎えで戻りました。アスカも一緒です」
またカチリとスピーカーが切り替わり、雑音が流れた後、父さんの声が聞こえて来た。
『入れ……開いている』
ドアの前に歩を進めるとドアが開いたので、僕達はそのまま部屋に入った。
「青葉二尉、只今戻りました」
「うむ、ご苦労だった」
青葉さんが父さんに敬礼をしている。
そう言えば、今は父さんの直属だって言ってたな……忘れてた。
「じゃあ二人共、俺は外で待ってるから」
「あ……はい」
青葉さんは僕達にそう言い残すと、部屋から出て行ってしまった。
その後、何も話せなくて部屋の中は、父さんが手にしていた書類を捲る音しかしなかった。
「あ、あの……」
沈黙に耐え切れなくなった僕が、見舞いに来た時の事を訊ねようとしたその時、父さんが僕の声に被る様に口を開いた。
「二人共……報告は、聞いている。あれが……全てか?」
「ぁ……はい、そうです……けど……」
アスカが僕に目配せをしたので、僕が答えた。
その後また、部屋の中は書類を捲る音だけになった。
「ふむ……解った。下がっていい」
「え?」
別に何か特別声を掛けて欲しかった訳じゃないが、下がっていいと言われたら下がるしかない。
僕とアスカが大人しく部屋から出て行こうとした時、後ろから掛けられた声に一瞬耳を疑った。
「今日は……ゆっくり休め」
それだけの事だけど、嬉しいと思った僕は多分……単純に違いない。

62: ◆Yqu9Ucevto
09/08/27 02:46:26
ゲンドウと対面。
逃げちゃダメだ逃げちゃ(ry
続きはまた週明け迄位に。

63:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/27 03:51:24
乙!
続き楽しみにしてます。

64:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/28 00:29:24
イイですね~!GJ!

65:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/08/31 00:32:32
私の中に燻るこの感情は……贖罪の気持ちが無いとは言い切れない。
この仕事をしている限り、縁が無いと思っていた節もある。
けれど、子供達を何とかしなければという思いもまた、事実である。
「それで……私は何を、すれば良いの……?」
「本当に、良いんだね……?」
彼女の眼鏡の奥の瞳の光が増した。
「良いも何も、後戻り出来ないと言ったのは貴女よ。贖罪の気持ちが無いとは言えない。
 でも、私の中にそうじゃない気持ちがあるのも確かなの。ダメね……こんなあやふやな気持ちじゃ……」
「それが、人間だよ。ったく、耄碌爺共も馬鹿な事を考えたもんだ。迷い悩みながら前に進むのが人の特権だってのに。
 それを全部無くしちまえば完全になれるなんて、何処の誰が決めたってのさ。傍迷惑極まれりとはこの事だよ」
彼女は私の気持ちを肯定すると、補完計画のレポートをその一言で片付けた。
「ゼーレも貴女に言わせれば形無しね」
「それが事実ってもんさね。じゃ、善は急げだ。立った立った!」
私の手を取り、力任せに引き上げて、彼女は私を立たせた。
そして机の上の試案の束を手にすると、足早に診察室を出て行こうとする。
「ちょっと、貴女何処に行くつもりなの?」
私が慌てて訊ねると、さも当たり前の様に彼女は言った。
「何処って……髭親父の所に決まってるじゃないか。他に何処があるんだい?」
気付いたら、私は彼女の言葉に乗せられるままに、本部へと続くカートレインの上に居た。
助手席には勿論彼女が居る。
「あーあ、相変わらずヘビーだねぇ……」
ジャケットのポケットからキャンディを取り出し口に放り込むと、包み紙を吸殻で一杯になり掛けた吸殻入れに突っ込んだ。
「貴女こそ、甘党は変わらないのね」
「脳にエネルギーを補給しておかないとね。動く物も動かなくなっちまう」
包み紙を捨てた手で、彼女はラジオのスイッチを入れた。
放送は全てが終わった当初こそ混乱していた様だが、二、三日もするとまた元通りに放送が始まっていた。
尤も、気が付けば目の前に現れていた、沈んだ筈の土地に関しての放送が多かったけれど。
今はそれも落ち着いたのか、ラジオから流れてくる放送は音楽番組だった。

66:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/08/31 00:33:34
「……結局、何だったのかしらね」
「さぁ? ただ言える事は、犠牲は大きかったけど補完は無駄じゃなかったって事かな」
「どういう事?」
「失われた季節も土地も戻って来る、何処と無く漂ってた閉塞感も消えた。それにみんな、前向きになってると思わないか?」
ラジオのチャンネルボタンを弄りながら、彼女は私に笑い掛けた。
あれからの職員の言動を思い返してみる……。
戦自の侵攻でのショックを受けて、カウンセリングが必要な職員も少なくなかった。
しかし、自主的に施設の復旧に動き始めた職員もかなりの数だった。
「そうね……そう言われてみれば。少しずつ、みんな変化しているわね」
私の口元にも自然と笑みが浮かんだ。
「でも……それが子供達の犠牲の上に成り立っていたとしたら、とてもじゃないけど遣り切れないわ」
その代償があの子達の今の状態だとしたら……胸が痛む。
「その気持ちがあるのなら大丈夫さ。きっとね」
彼女は私を励ます様に、もう一つポケットからキャンディを取り出すと私へと差し出した。
カタン、カタンとベルトコンベアを鳴らしながら、カートレインがジオフロントに近付いていく。
何時の間にかラジオからは天気予報が流れていた。
私は彼女の手からキャンディを受け取り、口の中に放り込んだ。
「キャンディなんて、久し振りに口にしたわ」
「偶には良いだろ。頭に栄養与えなきゃ、良い考えも浮かばないさ」
「そうかしら?」
「そうだよ。お前さんは何でも抱え込み過ぎてる。もっと周囲を頼る事も必要だって、さっきも言ったじゃないか」
彼女の前向きな考えとキャンディの甘さが優しくて、胸が一杯になった。
私は、何も出来ない事に無力感すら覚えていたというのに。
そんな私に、彼女も彼女の同僚も、私にはまだ出来る事があると言ってくれる。
私に手を差し伸べてくれる。
「……そうだったわね。弱気になっちゃ、ダメって事よね」

67:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/08/31 00:34:36
ラジオの番組は再び音楽番組に戻っていた。
カートレインも止まった。
「さてと……そろそろ着くわよ」
「了解。覚悟は良い?」
「……吹っ切ってみるわ」
アクセルをゆっくりと踏み、再び車は走り出す。
ベークライトの山の合間を抜け、駐車場に車を止める。
……らしくない。
滅多な事では緊張する事なんて無かったのに、今の私は緊張している。
奇妙な高揚感と、締め付ける様な胃の痛みがそれを証明している。
「変な気分ね。緊張しているのに、何故かそれが嫌じゃないの」
「良い傾向じゃないか」
ゲート前で警備員のチェックを済ませて、エレベーターのボタンを押す。
クルクルと回る階の表示が、時間が迫っている事を示し、私を更に緊張させる。
私がこれからしなければならない事は、医療部が出した試案を司令に了承させる事。
出来るかどうかは判らないが、しなければいけない。
もし司令の許可が得られなかったら……その時は一人で何とかしなければならない。
―本当に、人間ってロジックじゃないわね。
耳通りが良い音を発ててエレベーターが止まる。
緊張し過ぎたのか、軽い眩暈を覚えた。
司令室の前迄来ると、彼女は私にこう言った。
「試案に関しては全て了承している、という事にしてくれないかな?」
「良いけれど……どうしてまた?」
「その方が司令にインパクトを与えやすいし、後々話も早くなるんだ。良い?」
私は頷く事で返事を返した。
どちらにしろ、既に賽は投げられたのだ。
彼女はインターホンに手を掛ける。
「医療部E計画担当、芳沢アヤメです。チルドレンの診断書について報告に参りました。入室許可をお願いします」

68: ◆Yqu9Ucevto
09/08/31 00:38:48
インターミッション、其の参。
リっちゃん、出陣。
続きはまた数日中に。


69:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/31 01:41:06
GJ!
続きが気になる…描写がうまい!

70:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/01 05:24:21
捕手

71:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/03 11:49:27
シンジとアスカって結婚するより
もたもたと同棲やってそうだな。


72:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/03 11:59:59
シンジは自発的にはプロポーズできないだろうからな。
アスカが痺れを切らすのを待つしかなかろう。

73:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/03 23:00:56
むしろ、出来ちゃった婚で10代で結婚しそうでもある

74:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/04 03:15:48
出来ちゃったというか当初の計画通りっぽい

75:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/04 06:38:40
全てはゼーレのシナリオ通り

76:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/04 06:45:54
>>74
二人とも避妊とかちゃんとしそうだし、
本当にできちゃったとすれば、事故ではなさそうだなぁ。

77:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/09/04 21:53:45
「……ふぅ。緊張したなぁ」
司令室から出て来た僕の第一声。
「アンタねぇ……緊張し過ぎて声、震えてたわよ?」
「仕方ないじゃないか。顔、一月は合わせてないんだから。それでなくても元々数える程しか会ってないんだよ?」
アスカに笑われた。
「でも……良かったわね。声、掛けてくれて」
「うん……そう、かな?」
「そうよ」
「そう……だね……」
アスカが僕の手を握る。
逃げないで良かったと、初めて思った。
今迄の僕は、逃げちゃダメだと思いながらも、心の何処かでは逃げていた気がする。
でも、今日は逃げないで自分で一歩踏み出した、そんな実感があった。
「今日の予定はこれで全部終わったな」
「あ、そう言えばそうね。買い物も済んだし、司令にも退院の報告も済んだし」
「じゃあ、二人の部屋に案内しなきゃな。狭い所で悪いとしか言えないんだけど」
「そんな、用意して貰えるだけで有難いです。青葉さんだって忙しいのに」
「いやいや、これが仕事さ。いつもは再開発の資料と睨めっこだから、良い気分転換になったよ」
「ホントに?」
「ああ。他の職員だって、君達の退院を待ってたからね。これでやっと、ミーティングで良い知らせを報告出来る」
僕達を……待ってた……?
他の職員の人達が?
「本当に、待っててくれたんですか?」
俄かには信じられなかった。
だって、本部が戦自に攻められた時って……僕がぐずぐずして……何もしなかったからなのに……。
「僕……あの時、何もしなかったのに。あの時、僕が動いていたら職員の人達も……アスカも……ミサトさんも……」
青葉さんが僕とアスカの肩を掴み、目を僕達の高さに合わせて言った。
「シンジ君、それは違うよ」

78:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/09/04 21:54:45
青葉さんの目は真剣だった。
「初号機は、ベークライトで凍結処分されてた。君が何もしなかった訳じゃないのは周知の事だよ。
 あの時は全員、自分の手で出来る事をやったんだ。みんな、それを解っているからね。今だってそうさ。
 自分の手で出来る事から始めて、前に進もうとしているんだ。その力を奮い立たせてくれたのは、君達だよ」
「そんな、僕はただ……」
―逃げてただけなのに。
「まだ今は解らないかも知れないけど、な。だから、そんなに自分を卑下する様な事は言っちゃいけない」
アスカが握る手に力を入れた。
アスカの顔を見ると、唇を噛み締めて涙ぐんでた。
「っ……でも、アタシ……っ……一杯人を……っ……」
泣きそうになっているアスカの頭を、青葉さんは撫でて、こう言った。
「……確かに人を殺すって事は悪い事だけど、子供の君達を矢面に立たせてしまった大人が一番悪いんだよ。
 それは司令や俺を含めて、職員全員の責任だ。アスカちゃんは、命令に従っただけさ。悪い事はしていない」
僕も、握る手に力を入れた。
アスカの手が震えてたから。
でも、視線は青葉さんに合わせる事が出来なかった。
後ろめたさの方が、明らかに比重が大きかったから。
でも青葉さんはそんな僕達に、こうも言ってくれたんだ。
「だから、後ろを振り返るだけじゃなくて……前を向いて欲しい。俺達職員だけじゃない、司令だってそう思ってる筈だよ」
「父さん……が……?」
瞬時には青葉さんの言葉が理解出来なかった。
無口で、僕の事なんて興味が無さそうに見える父さんが、僕達に責任を感じているなんて。
「ああ。司令はね、文字通り寝食を削って迄国連と政府と戦自との折衝に当たっているんだよ。それも戻って来てから直ぐね」
知らなかった。
ニュースでの報道を見る限り、何らかの形で動いているとは思っていたけれど、寝食を削ってるだなんて信じられなかった。
使徒戦での指揮を見ている限り、そんな事をする人だったとは思えなかったから。

79:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/09/04 21:55:45
「……入院中、必要最低限の人払いを命じたのも司令だよ。検査に時間を掛けて、休息させる事を優先にしろ、ってね。
 大丈夫、司令はシンジ君の事をずっと気に掛けてくれてる。アスカちゃんの事だって同じ様に気に掛けてくれてるよ。
 だから心配は要らない。今は甘えておけば良いんだ、判るね?」
そんな事を聞かされても、僕には戸惑いの方が大きかった。
―甘えるって、何? どうすればいいの?
アスカも言葉を失っている……ただ、手を握る力だけが強くなる。
「そんなに身構えなくてもいいよ。とにかく、何か言われる迄は自由にしてれば良いって事。体を休める事を第一に、ね。
 じゃあ部屋、案内するから。行こうか」
「……は、はい。行こう、アスカ」
「ぅ、うん……」
エレベーターで下層の居住ブロック迄下り、案内された部屋は隣同士の一人部屋だった。
形だけのシンクにユニットバス……部屋の広さは多分六畳位。
「仮設住宅が地上に出来る迄の辛抱だ。長く居ても一月は掛からないと思うよ」
「もう、殆ど出来ているんですか?」
「一人暮らし用は完成してるよ。今建設中なのは、家族用の広めの奴になるんだ。二人共一人暮らしって訳にいかないだろ?
 出来れば一緒に行動して貰うと、こちらとしても安心だしね。それに多分、二人共保護者が付く事になると思うよ」
「保護者……ですか」
誰が付くんだろう……ミサトさんはまだ戻って来てないし……他に保護者になりそうな心当たりのある人は居ないし。
「誰だって良いわ。シンジと離れる事は無いんでしょう?」
ユニットバスを確認しながらアスカが質問する。
「まぁね。でも、一応二人共身元引受人は司令になってるんだよ」
「そうなんですか? 初耳ですよ、そんな事」
「あれ……おかしいな? 以前から司令の筈なんだけど。葛城さんはあくまで代理って事じゃなかったかな」
それも初耳だった。
色々と初めて聞く事があり過ぎて、僕もアスカも呆然とするしかなかった。
「後、食事は食堂が二十四時間開いてるから。他に何か解らない事はあるかい? 無ければ俺はシフトに戻るけど」
「いえ……無いです。有難うございました、青葉さん」
それだけ返すのがやっとだった。

80: ◆Yqu9Ucevto
09/09/04 21:57:49
ゲンドウとの面会終了。
準備期間はもうちょっと続きます。
続きは週明け位に。

81:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/04 23:20:02
ごくろさまです。
青葉さんたくさんしゃべったね

82:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/07 17:13:48
いつもGJです!
ちょっと上げますね

83:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/07 17:29:30
イイヨイイヨー

84:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/07 17:34:32
いいね~いいよ~

85:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/09/07 23:02:31
仕事に戻る青葉さんを見送り、荷物を取り敢えず部屋に置く。
溜息が自然と溢れてくる……溜息を付く度に幸せが一つずつ逃げるとは言うけれど、出る物は仕方が無い。
さてどうしようかと考えた時、お腹の音が鳴った。
そう言えばお昼を食べてから随分と経っている。
アスカもそろそろ部屋に荷物を置いて落ち着いている頃だろう。
一緒に食堂に向かうのも良いし、食堂で簡単な物を包んで貰って、二人で部屋で食べても良いなと思った。
そうと決まればじっとしている理由は無い、アスカを呼びに行く事にした。
隣の部屋のインターホンを押す。
……返事が無い。
「アスカ? 居るんだろ、アスカ?」
呼び掛けて一呼吸の後、雑音が入る事無くドアが開いた。
「シンジ……」
「どうしたの?」
目が赤い。
「アタシ、どうしていいか判んない……」
涙を滲ませた目、泳ぐ視線……何かを訴えたいって事だよね。
「中、入って」
アスカを部屋に戻らせて、ベッドの上に座らせた。
僕も隣に腰を下ろし、肩を抱き落ち着かせる事に専念する。
「何が、判らないの?」
「……さっき、青葉さんが甘えてれば良いって言ったでしょ? でも、甘えるって言っても何をどうすれば良いのか……」
ああ、あの事か。
「僕も……余り判らないや」
「シンジも?」
「うん。だって、あの父さんにだよ? 判る筈ないじゃない。碌に会話した事すら無いのに」
しかしアスカは首を横に振った。
「そうじゃないの……そういう事じゃないのよ……」

86:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/09/07 23:03:31
「アタシ、ママが亡くなってからはずっと一人で生きるんだって思い込んでたから、誰かに甘えた事なんて無いの……」
「誰にも、無いの?」
「うん……無いわ……」
僕の肩に頭を乗せ、凭れたままポツポツと言葉を漏らす。
服に滲んでいた涙が滲み込み、僕の肩を濡らした。
「アタシね、Childrenに選ばれてから暫くしてからはもう、ずっとネルフの寮に入ってたの。訓練訓練で、毎日が終わってた。
 教官は……厳しかった。厳しいだけじゃなかったのも確かよ。でもアタシは、素直にその手を取れなかった……」
「うん……それで?」
多分、話を聞いて欲しいんだろうと思って、僕はただアスカの話を聞く事に専念した。
もう、生半可な受け答えで後悔するのは嫌だったから。
「アタシは、子供で居る事を捨てちゃったの。早く大人になりたくて仕方なくて、何でも一人で出来なければって思ったの。
 大学だって、子ども扱いされるのが嫌だったから、半分意地だわ。そうすれば、必要とされる人間になれるって思ってた。
 誰かに頼るなんて、シンジが初めてだったの、アタシ。だから……何も判らない……」
「そっか……」
肩を抱き直した。
そして、言葉を選びながら、彼女に問う。
「その事は、後悔してる?」
「……後悔……は、してない。うん、後悔はしていないわ。だって、今のアタシを構成してる物だもの」
「だったら、それで……そのままで良いんじゃないかな? 僕だって判らないのは同じだから」
「ホント?」
アスカは顔を上げて、目を丸くしていた。
「うん……少しだけ、話したっけね。僕がこの町に呼び出される前の事……」
いつかの砂浜で、途方に暮れながら。
そして、初めてお互いが手を取り合える事を知ったホテルの一室で。
生きる為に、と互いの知りうる事を話した時の事を思い出す。
「……覚えてるわ。アタシ達、正反対だけど……よく似てた」
少しだけ、アスカに笑みが戻った。

87:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/09/07 23:04:31
「そうなの?」
初めて聞いた……僕とアスカは似てるなんて。
「うん……ママは、亡くなる前は人形をアタシだと思い込んでたでしょ。アタシ、ママにまたアタシの事見て欲しかったの。
 だから良い子にならなきゃ、って必死になって勉強したわ。訓練や大学の事って、その延長だと思ってる……」
「あぁ……僕がパイロットとして町に残った理由と一緒なのか……」
父さんに必要とされてると思い込んで、思い込みたくて……パイロットを続けた。
でも結局僕を含めたパイロットは、母さんを取り戻す為の道具だった……。
今はどうなのか判らない……特に、父さんにとっての僕という存在は。
だから、僕は今足元がぐら付いてる。
アスカは甘える事を排除してきたから、甘えて良いと言われて、僕と同じ様に足元がぐら付いてるのか。
「なのかな? だから……似てるでしょ?」
「そうだね……うん、僕達は似てる。それに僕の母さんも、アスカのお母さんも、実験が原因だったもんね」
「ママが居た時は、アタシも普通に甘えてたと思うのよ。でも、そんな事すら忘れちゃった……」
そう言ったアスカの笑みは、とても淋しそうだった。
「大丈夫、また思い出せるよ」
僕はアスカを抱き締めた。
そうする事で、少しでもアスカが泣かずに居てくれたら、と思ったから。
「僕も覚えてないけど、きっとアスカと同じ様にそういう事はあったと思う。だから、二人で少しずつ思い出していけばいいよ」
「思い出せるかしら……?」
「きっと、ね。僕達を大事に思ってたから、母さん達はエヴァの実験をしたんだと思うし。アスカは嘘だと思う?
 コアの中から僕達を守ってくれたのは、事実だよ」
「そう、ね……ママはコアの中からアタシを守ってくれてたものね。昔の様にずっと……」
「そうだよ。二人でなら―」
ぐぅ。
「……お腹の音?」
そうだ……元々食事に行かないか誘いに来たのを忘れてた。
「あははははは! お腹が空いてたのならお腹空いたって先に言えばいいのに。良いわ、一緒に行きましょ」
何も……こんな所で鳴らなくても良いじゃないか。

88: ◆Yqu9Ucevto
09/09/07 23:06:10
一日の予定も終わりホッと一息。
二人共ちょっとだけ前進。
続きはまた週の半ば位に。

89:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/07 23:49:14
>>88
GJ!いつも楽しみにしてます

90:なんてことない日常の一コマ 「水道料金」
09/09/08 10:31:06
「・・・アスカ」
「なに?シンジ?」
「今月の水道料金、2万円超えてるんだけど・・・」
「だから、なに?」
「アスカ、お風呂で水使いすぎなんじゃないの?」
「アタシのせい?!」
アスカの導火線に火がついたようだ。
「シンジ!アタシがお風呂に入るのが気にいらないっていうの?!」
やばい、やばい、やばい、起爆までカウントダウンが始まった。
ボクの思考回路がアスカ爆弾の解除のためにフル回転する。
「アンタがアタシの隅々まで愛してくれるように、念入りにキレイにしてるのがわからないの!」
ピキーン!ボクは閃いた。
「じゃあさ、アスカ。ボクと一緒にお風呂は入ろうよ」
「へっ!」
「ボクがアスカの体を隅々まで洗ってあげるよ」
な、なにを言ってるんだオレ?!
アスカの顔が赤くなるとデレーととろけ始める。
「ほんとに!」
「・・・うん」たぶんボクの顔は引きつった笑顔になっていたに違いない。
「水、使っちゃいけなんいんだよね」
いや、そんなこと言ってないし。
「石鹸も使えないないのに、シンジったらどんな洗い方してくれるのかしら・・・」
アスカの妄想が暴走している。
「早速、入りましょう!!」
ボクは浴室に引きづられていった。

おしまい


91:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/08 18:59:46
おしまいにするのか!
ならん

92:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/09/10 19:02:43
時間的には少し遅めの時間だった所為か、食堂はかなり空いていた。
遅番の職員と日勤の職員の交代時間を過ぎていたからだと思う。
「何にする?」
「そうねぇ……お昼は割りとこってりだったから、あっさりで良いかな? でも一人前はキツイわね」
「なら僕が定食頼むから、一緒に付いて来るミニサイズのうどんでも食べる? あれなら半分だから」
「そうね、それなら大丈夫かも」
「じゃあ、僕はこれにしよう」
少し腹持ちの良い奴が食べたかったので、親子丼定食の食券を買った。
定食にすると、うどんか蕎麦の半玉が付いて来る。
「すいません、これお願いします」
「はい、親子丼定食のうどんねー……って、二人でこれ?」
受付の女性職員に訝しがられた。
「まだ、アタシ一人前は食べられないから。だからシンジのミニうどんを貰うのよ」
「それで持つの?」
アスカに女性職員が問うけれど、アスカはこくりと頷いた。
「何かね、直ぐお腹一杯になっちゃうの」
やっぱり、アスカは食が細くなっている……もう少し、何とかならないかなと思う。
部屋で炊事が出来ると良いなと考えてはいたけれど、形ばかりのシンクじゃ無理っぽい。
だって、小さな薬缶を沸かせるかどうか位の大きさのI.H.しか付いてない。
あの大きさじゃあ炊事は無理だ。
「うーん……ま、それじゃ仕方ないか。早く良くなって頂戴ね」
「有難う」
「じゃ、これ番号札」
番号を確認すると、五番だった。
若い番号札という事はラッシュが過ぎているから、ゆっくりと食べられそうだ。
受け渡しカウンターに近い席に座り、積み上げられたコップを二つ取って、冷たい水をポットから入れる。
アスカに手渡すと、彼女は舐める様に一口飲み込んだ。
水分も随分と時間が空いて取っていなかった所為か、一気に飲むと喉に滲みて生き返った心地がした。

93:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/09/10 19:03:43
「どうしたの?」
きょろきょろと辺りを見回していたので、アスカが顔を覗き込んで来た。
「ん……ホントに前と変わらないんだなって」
確かに幾つかのブロックはベークライトで封鎖されてたし、今も復旧工事中だ。
でも封鎖されていないブロックでは、侵攻前と変わらない生活が戻ってる……。
「そうね……でも、廊下は弾痕が残ってたわ」
「やっぱり、人だけが一度融けて……また戻って来たって事なんだろうね」
僕達二人が最初にジオフロントに辿り着いた時、建物の中は戦闘の爪痕が残されていたままだった。
L.C.L.の液溜まりがあちらこちらにあって、衣服と銃器が散らばっていた。
でも、MAGIは通常通り動いていた。
ターミナルドグマから戻って来た時、人の気配がしている事に驚いた位だ。
僕達がターミナルドグマに居た間に、何かが起きたという事だろう。
「こう、普段と変わらないのを見たら、やっと納得出来た感じだよ。ホントに集団催眠みたいだ」
「……エヴァが無いだけ、なのよね」
「これで、良かったんだよ……多分。エヴァが残ってたら、また戦いが起きても不思議じゃないもの」
窓の外を覗くと、ライトに照らされたベークライトの破片の山が見える。
復旧作業は昼夜休み無く続いているって事なんだろう。
もし、エヴァが残っていたら……復旧も儘ならなかったかも知れない。
「でも、それってとても大きな変化だわ。何も変わってないけれど、よく考えてみれば変わってる」
「そうだね。そういうのが、今日は多すぎたかも」
僕達が当たり前だと思ってた事が、本当は当たり前じゃなかったって事だろうな。
だって、地軸がサードインパクトでセカンドインパクト前の位置に戻ってるだなんて、誰も思いもしなかったもの。
本当に、全てが逆戻りになってた事を目にすると、如何に今迄が異常だったのかが解ったし。
「でもきっと、それが当たり前になっていくんだ」
「……そっか。じゃあ、早く慣れなくちゃいけないかしらね?」
「慌てなくても大丈夫だよ。少しずつ、慣れていけば良いと思うよ」

94:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/09/10 19:04:43
ポーン、と電光掲示板の表示が変わった音が鳴った。
「差し当たって僕達がしなきゃいけない事は、ご飯を食べる事じゃないかな」
番号札を持ってカウンターにトレイを引き換えに行く。
電光掲示板には丁度八番迄の注文が出来上がった表示が出ていた。
カウンターでトレイを引き取り、アスカの座る席迄戻る。
「はい」
「ありがと。温かぁい……」
「冷めない内に食べちゃおうよ」
「うん」
トレイからうどんの入った丼だけを手渡す。
アスカは無造作に筒に突っ込まれた箸の束から箸を二本抜き出すと、一本を僕に手渡してくれた。
―アスカって……こんなに気が付いたっけ?
余り、記憶が無い。
使徒と戦っていた頃の最後の方は、特にはっきりとしていない。
覚えていないんじゃなくて、整理仕切れなくて頭の中が混乱している感じ。
それでも少しずつ整理して、話せる事は全てカウンセリングで話した筈だ。
「……どうしたの? 食べないの?」
「あ、うん、食べるよ」
慌てて口にご飯粒を入れた。
味は……判らないのかな、多分。
美味しくない訳じゃないんだけど、味よりもアスカが気になって仕方が無い。
一緒に暮らしてた筈なのに、僕は本当にアスカの事を見ていなかった事に愕然とした。
その事には気付いてたけど、改めて自覚すると……僕って酷い奴だ。
アスカが何も言わないから解らないんじゃない、何も聞かないから知らないんじゃない。
僕が何も言わなかったし、何も聞かなかったし、何も見ていなかったんだ。
知りたいと思うなら、解りたいと思うなら、自分から動かないとダメだったのに。
だから、これはきっと第一歩。
「アスカ、美味しい?」

95: ◆Yqu9Ucevto
09/09/10 19:06:35
ホッと一息。
誰かと一緒の食事は良いものです。
続きはまた週明け迄に。

96:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/11 01:16:48
>>90
閃いた側のシンジが最終的に引きづられちゃうのがイイですねw
強いアスカだなぁ。

>>95
そしてこちらは今にも折れちゃいそうなアスカで、これもまたイイ!
またシンジとの優しいやり取りが素敵です…。

97:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/13 00:11:41
両者GJです!

98:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/13 02:05:51
なんてことない日常の一コマ 「水道料金」
の続きをエロパロ板にうpしました。

アスカさん取り扱いマニュアル 上手な洗い方

興味がある方覗いてみてください。

では。

99:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/14 00:58:56
>>95
おつっした
てか、最近サイトの方がおとなしいですけど、大丈夫ですか?

100:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/14 01:41:43
>>98
読んできました。あなたはイイ馬鹿だw
>>99
一応溜まってから更新するんじゃないですかね?
ここに定期的に投下してくれてるから大丈夫ですよ多分。

101:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/09/15 00:05:48
薄明かりに絞られた部屋の灯りに溜息が絡み付く。
「診断書の……これは事実か?」
「あくまで推測ですが、可能性は高いと思われます。カウンセリングでの二人の態度を見ましても、まず間違いは無いかと」
彼女がすらすらと澱みの無い調子で、診断書に付いて報告していく。
だが私には、司令がすんなりと報告を受け入れるとは思えなかった。
「セカンドとサードの面会が可能になる迄、サードへのこちらからのアプローチは余り意味を成しませんでした。
 食事にしても看護婦が辞してから随分経った後、数口だけ口にする程度でしたので、当初は殆ど点滴に頼りましたから。
 話しかけても、返答が戻って来る迄随分と時間が掛かりました。まともな受け答えが可能になったのは、やはり……」
「ふむ……共依存という訳か」
「普通ならば、そう言えるのですが。サードの場合は病的な物ではなく、人間なら誰もが一度辿る道だというのが問題かと」
「……赤木博士、君の見解はどうなのだ?」
「はい……サードインパクトでの負荷が予想以上であったとすれば、可能性は無きにしも非ず、でしょうか。
 カウンセリングの報告に拠れば、他人への恐怖と拒絶がサードインパクトの直接的な原因です。
 今回の場合、セカンドが一緒に行動していた事に拠って、完全な白紙状態を免れたと言っても過言では無いと思います」
……私達は、どう思われているのだろう?
人間にとっての最初の他人は母親……とは言え、シンジ君にとって母親と言える人は居ないに等しい。
今、シンジ君にとって母親、隣人、友人、兄妹、恋人……全ての他人の要素を持つ人間はアスカだけだ。
今現在はアスカとの距離を基準にして、他の人との距離を身に付け直していると言える。
このままでは、アスカ以外の人間を受け入れる事は難しくなる……。
アスカにしても、今はシンジ君に依存し切っている部分が多い。
シンジ君に頼られている事を存在意義としてしまっているのだろう。
しかし今後を考えると、二人共社会での生活が困難になってしまう可能性が高い。
要するに私達大人は、子供達から未来の可能性を奪ってしまったのかも知れない。
それが、医療部の医師全員が出した結論。
司令は意見書から目を外す事は無かった。
一枚一枚を穴が開く様に見つめ、大きな溜息を付いた。

102:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/09/15 00:06:48
「芳沢一尉、医療部の見解は解った。治療としては今後予定している事はあるのかね?」
司令が意見書を受け入れた事が判ると、私は大きく、そして静かに息を吐き出した。
私と彼女は一瞬だけ視線を合わせる。
「入念なカウンセリング以外、する事が無いと言った方が正確でしょう。保護監督する人間が別に必要にはなりますが」
「……治療方針は?」
「人間関係の再構築、これに尽きます」
「どの様に進めるつもりだ?」
「はっきり言っても宜しいのでしょうか?」
司令が意見書から目を外し、椅子から身を乗り出した。
「それは、どういう意味かね?」
彼女は一息呼吸を置き、引鉄を引いた。
「人様の家庭に首を突っ込む事になりますので」
「何が言いたい?」
部屋の温度が明らかに急激に下がった。
しかし、彼女は一歩も引かなかった。
「文字通り、人間関係の再構築をしなければならない、という事です。司令、貴方にはその責任がある」
「責任?」
「手っ取り早く言えば、この際親父らしい事をしたらどうかという事です」
内心、言い過ぎだと思う私の手は、強く握り締められ爪が掌に食い込んでいた。
そして横槍を出し場を納めようと思っても、私にはその言葉が無かった。
私を取り残して司令と彼女の間で話が進んでいく。
「ここに居る赤木博士と再婚して下さい。それが、一番全て丸く収まる方法です」
「正気かね、芳沢一尉?」
「勿論です。擬似的な家庭でも良いんです、とにかく父親、母親といった役目を負う人間が必要なんですよ」
―やられた!
「都合良く別居中の父親が居ますからね。これを利用しない手はありません。貴方の主義である合理的、って奴です。
 そして、チルドレンの事を一番理解している赤木博士は保護責任者として適任です。偽装結婚の相手としては申し分無い

103:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/09/15 00:07:48
「貴女、言い過ぎよ! それに、私はそんな事了承した覚えは無いわ! 私が了承したのは―」
「赤木、アンタは黙ってて。 どうです、司令? これ以上合理的なプランはありませんが?」
火花が散った。
二枚の硝子板の間に、冷たく、それでいて激しい火花が。
「……合理的、か。ふむ……言い得て妙、だな」
「最低限でも赤木博士を保護責任者として認めて頂きたい。でなければ何も出来ないですから」
沈黙を通り越し、無音と言ってもいい程静かな時間。
それを破ったのは司令の溜息だった。
「…………方法は、それ以外無いのだな?」
「合理的且つ手っ取り早い方法を申し上げた迄です。こちらとしても、一番方針が立て易い」
よりにもよって何を言い出すかと思えば、こんな事を考えていたなんて!
私の想像を遥かに超えていた上に、下手をすれば不敬罪で処分を下されても文句は言えない。
「追って……沙汰は入れよう」
「有難うございます」
目の前で進む話に、私は何も出来なかった。
私は、そんな事、望んではいない……望んではいないのに、何故……?
「では、私はここで失礼します」
呆然としている私に向かい、振り向き様に口元を少し緩めた彼女は足早に司令室を後にした。
再び、司令室に静かな時間が戻る。
司令が大きな溜息を付き、片時も外さなかったサングラスを外したのが見えた。
そして椅子に深く腰掛け、天井を見上げたまま呟いたのが聞こえた。
「……済まないが、何か淹れて貰えないか?」
「あ……はい、只今」
部屋の隅に置かれた戸棚からティーセットを取り出し、ポットへと湯を注ぐ。
「どうぞ。お口に合えば宜しいのですが」
ソーサーの上のスプーンに角砂糖を載せ、カップに紅茶を注がずにポットのまま机の上に置いた。
しかし、司令は目の前の机の上に置いたにも関わらず、カップには見向きもしなかった。
ただ、疲労の色が濃い声で、私に問い掛けた。
「君は……まだ、私があれに出来る事があると思うかね?」

104: ◆Yqu9Ucevto
09/09/15 00:14:48
インターミッション、其の肆。
ゲンドウとガチバトル。
リッちゃん、試練です。
続きはまた週の半ば位に。

>>99
ブログで触れているのですが、只今治験の副作用でややダウン気味orz
ご心配お掛けいたしますた(*- -)(*_ _)ペコリ

>>100
上記の理由で取り敢えず投下だけに集中しておりますた。
近々html化しますので時間のある時にでも覗いてやってくださいまし。


105:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/15 01:20:01
ごくろさまです。
しかしなんか…すごいことになりましたな。

106:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/15 11:31:38
このお二人なら平凡に収まらないだろうなあ
まして同棲したりしてたら

107:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/15 18:17:30
GJです!
わくわくしてまってますー
ああ…俺もこういうの書きてぇ…

108:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/16 09:48:36
GJ!

109:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/09/17 20:17:42
「何よ、急に……まぁまぁよ? それがどうかした?」
きょとんとした表情でアスカが僕を見つめ返す。
「ぁ、うん……何となく。ほら、随分と食べる量が少ないから、美味しくないのかなって」
「そんな事無いわ。ただ、入らないだけよ」
「なら良いんだけど。もう少し、食べられる様になれれば良いね」
「……変なシンジ。大丈夫よ、その内食べる量も増えるわ」
不思議そうな顔をしていたけど、再びうどんに箸を付け始めた。
少しずつ、少しずつ、ゆっくりと口に運んでいる。
「……温かいのは良いけど、ちょっと熱いわね」
汁の熱さにやられたのか、舌先を僅かに出した表情が何とも言えなくて。
「猫舌なのに慌てて食べるからだよ」
誤魔化す様にご飯粒を口の中に頬張った。
途中、一気に頬張り過ぎた所為か喉に詰まらせ掛ける事もあったが、それ以外は何事も無く食べ終えた。
ただ、アスカは猫舌が枷になって僕よりも食べ終わるのが遅かった。
半玉の丼は正解だった様で、昼とは違い残す事は無かったのは幸いか。
少しでも栄養を取って、やつれた姿が元に戻ると良いなと思う。
笑ってくれるのは嬉しいけど、何処と無く力が無いのはやっぱり心配だ。
「やっぱりお腹に物を入れると落ち着くわね」
―食べる事を拒否している訳じゃないのか……。
食べ終えてニコニコとしている姿。
そんな所を見て、僕は少しずつアスカの笑顔が増えれば良いな、と思った。
もう、苦しそうな泣き顔は見たくない。
理由は判らないけど、何故かそう思う。
泣き顔よりも笑顔が増えれば、僕も嬉しいかも。
いつも一緒に居るのなら、悲しい事よりも嬉しい事や楽しい事が多い方が良い。
「うん、そうだね」
だから僕も自然に笑顔になれた。
やっぱり、アスカは凄いや。

110:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/09/17 20:18:42
食べ終えたトレイをカウンターに戻す。
「ご馳走様でした」
「美味しかったわ」
カウンターの向こうに居る職員の人に一声掛けた。
作業をしていて返事は無かったけど、後ろを向いたままで手を上げてくれた。
「部屋に戻る?」
「まだ早くない? アタシ、そんなに眠くないわ」
「うーん……じゃあ、どうする?」
そんな他愛も無い事を話しながら通り掛ったのは休憩室の前。
置かれているTVからはニュースが流れていた。
シフトの関係で休憩に入っている職員が数人、TVをジッと見ていた。
ニュースの内容は、国連のサードインパクトの公式発表についての特集。
幾人ものパネラーが討論しあっていた。
ゼーレという組織は架空の組織ではないのかだとか、本当に戦闘はあったのかだとかだけが取り沙汰されている。
疑問視するパネラーと、事実だと主張するパネラーが入り乱れていた。
しかし提出された資料には、MAGIに残されていた各支部のMAGIクローンのクラッキング記録が混じっていたのは確か。
僕達チルドレンの記録は削られていたけれど、エヴァの映像もあった。
勿論、戦自がネルフ本部へと侵攻した記録もあった筈なのに。
それを見ていた職員の一人が呟いていた。
「このままだと、あの侵攻の国連関与はうやむやだな。ユーロに首謀者の大半が居たのもユーロにとっちゃ災難だろうし」
どういう事だろう?
父さんが、ゼーレに関与していたのは間違いないのに……。
アスカに聞いてみた。
呆れて物が言えないといった口振りだった。
「ゼーレ=アメリカ・中国・ユーロの一部=反ネルフ本部=反日本主義って事にしておきたいのよ。
 そうすれば、ゼーレ=国連という事は隠せるから。MAGIクローンのクラッキング記録からでっち上げたんだわ」

111:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/09/17 20:21:33
どうして……隠さないといけないんだろう……?
「隠して何か良い事でもあるの?」
「セカンドインパクト以降、世界の経済や政治は日本のテクノロジーを中心としたアジアが殆ど動かしてきた。
 ユーロ衰退は、地軸の移動の所為で殆どが北極圏に近くなってしまった事が原因だけれど。前後の勢力図としては真逆ね。
 その事実を利用して、情報戦で反日本主義の勢力がネルフ本部を国内から潰そうとした、って事にしておきたいのよ。
 そうすれば、ゼーレが起こしたセカンドインパクトも、国連の関与は無いって事で収まるもの」
「そうか……セカンドインパクトは国連が起こしたって事になりかねないから……」
「極めて高度な政治的取引、ね。多分、アタシの国際裁判への召喚も無くなるわ……」
「国際裁判? どうして? どうしてアスカが裁判に出なきゃいけないの?」
「あの時の戦闘で、アタシは戦自の兵士を一人で大量に殺したからよ……」
「でも、あの時は僕達……」
戦自の兵士に殺されかけた、それが事実だ。
「確かに、殺されかけたわよ。でもアタシの中に、殺される前に殺してやるって殺意が無かったとは言えないもの」
「そんな……それを言ったら僕はどうなるのさ……」
サードインパクトを起こして、世界中の人をL.C.L.に変えてしまったのは僕なのに。
しかもまだ全員戻ってきては居ない……。
「アタシの場合は戦闘記録が残ってしまっているもの。その戦闘で死亡した筈の人が生きて戻って来ていても、ね。
 戦闘で人を大量に殺した事実は変わらないわ。この事に目を瞑る代わりに、侵攻は無かった事にしろ、って事なのよ。
 被害は全て使徒の攻撃だ、ってね。司令も、かなり悩んだ末の判断だと思う……。シンジのパパには感謝しなきゃ」
明るく努めた声でアスカはそう言ったけれど……その声は僅かに震えていた。
―ずっと、悩んでたんだ。馬鹿だな、僕。
ただ、甘える事が判らないだけじゃなくて、きっとこの事がアスカの頭にはあったんだろうと思った。
ずっと頭にあったから、喉に食事が通らなかったのかも知れない。
僕がアスカの傍に居て出来る事って何だろうって思ってたけど、何だか少し、解った気がした。
出来るかな……いや、してあげたいんだ、きっと。
誰かの力に、手助けになりたいだなんて、考えた事も無かったな……。

112: ◆Yqu9Ucevto
09/09/17 20:25:15
サードインパクト、公表記録と提出資料と事実との差。
二人共悩んでます。
ゲンドウが二人に打ち明けるのは何時でしょう?

続きはまた週明け位に。


113:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/18 10:48:54
GJ!


114:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/20 21:45:55
GJですー!
無理なさらずにゆっくりマイペースでどうぞー。
…と言いつつ続き、楽しみに待っています。

115:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/09/21 20:23:48
アスカの手は握り締められて、血の気が少し引いていた。
僕は、その手を取った。
「御免ね。僕、何も気付いてあげられなかった」
「そんな、アタシが何も言わなかったんだもの。シンジが気付かなかったからって、謝る事なんて無いのよ?」
「でも、何か悩んでるって事位は、ね。だから、御免。僕、アスカの事見てる様で、本当に何も見てなかったから……」
静かに休憩室を出た後、手を繋いで、歩いた。
そのまま部屋に戻るのは躊躇われたから、レクリエーションブロックの中庭へと続く通路に向かった。
案の定、辿り着いてみるとそこは、戦闘で滅茶苦茶になっていた。
それでも構わずに歩を進めて、水が涸れたまま放置されている噴水の残骸の上に、僕らは腰を下ろした。
「約束したでしょ? ホテルを出る少し前」
「約束……そうね」
もっと肩の力を抜いて、二人で力を合わせて、いつかのユニゾンの様に手を取り合っていこう、と。
そんな、小さいけど強く、二人で誓った約束。
「だから、何か悩みがあるなら、相談して欲しいんだ。一緒に考える事位なら、僕にも出来るでしょ?」
大学卒業しているアスカには敵わないけど、僕程度の頭でも、一緒に悩む事位は出来る。
「シンジ……」
「僕が傍に居て君にしてあげられる事って、何があるのかって考えたら、これ位しか無いと思うんだ」
「……アタシ、シンジの傍に居られるだけで、充分過ぎる位なのに」
「それは……僕だって同じだよ。それにあの時約束してくれた様に、アスカが傍に居てくれるだけで僕、嬉しいもの」
何があっても、傍に居るって、アスカは約束してくれた。
それは、誰も居なくなっていった恐怖から、僕が僕を自覚出来なくなっていく恐怖から、僕を救ってくれた。
「だから、僕もアスカの力になりたいって思うんだ。いけないかな?」
アスカの目が泳ぐ。
そして、俯いたその目から繋いだ手に、ポタリ、と涙が零れ落ちた。
「どうしたの? 僕、何かいけない事でも言った?」
何故肩を震わせて涙を零すのか、僕には理由が解らなかった。
ただ、何か拙い事を言ったのではないかという、恐怖の方が大きい。
また、アスカを泣かせたという罪悪感で、僕の心は一杯だった。

116:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/09/21 20:24:48
「……そんな事ないわ。ただ、嬉しくて……びっくりさせて御免なさい、もう大丈夫」
アスカは涙を拭いながら顔を上げた。
頬を赤らめて、口元には笑みが浮かんでいる。
「ホント……?」
僕がおどおどと確認をすると、何度もアスカは頷いてくれた。
「嬉しい時にも涙が出るって、本当ね……。アタシ、もう出来ないって思ってた」
「えっ?」
嬉しくても涙が出る……いつかの月の夜の事を思い出した。
第五使徒の攻撃を身を挺して庇ってくれた綾波が助かった時、僕が嬉しくて泣いた事を綾波は不思議がっていたっけ。
アスカは、出来ないって思ってたんだ……。
「どうして、そんな事言うの?」
「アタシ、よく考えてみたら今迄、嬉しい事ってそんなに無かった気がするの」
そう言ったアスカの顔は、何だか寂しそうに見えた。
昔の事を思い出して懐かしんでいるけれど、それが寂しい感じ。
「アタシ、ママが亡くなってからはずっと、一人で生きるって思い込んでた。だから寂しくても平気にならなきゃ、って思ってた。
 アタシにとって嬉しい事って、Childrenに選ばれた事が全てだったから」
「本当に、何も無かったの……? 嬉しい事って……」
「うん、無かったと思う。本当に心から笑う事も、日本に来る迄忘れてたかもね」
そんなの……悲しすぎるよ……。
嬉しい事も無い、笑う事も無い毎日って……淋しいよ。
僕がそうだったから、それがどんなにおかしい事か、今ならよく解る。
「やだ、今はそんな事無いのよ? アンタがそんな、顔を顰める様な事じゃないわよ」
「でもさ……僕も、先生の所に居た時は同じ感じだったから……それがおかしい事だっていう事位は解るよ」
繋いだ手の上に、もう片方の手を重ねた。
アスカの手を包む様に、労わる様に、暖める様に、手を重ねた。
アスカの手は僕が思っていたより、いつかのマグマの中から引き上げた時の記憶よりも細く、小さい。

117:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/09/21 20:25:50
「……馬鹿ね。もう、今は平気よ」
「ホントに?」
アスカは繋いでいない方の手を、僕の顔に向けて伸ばしてきた。
そして僕の眉間に触れると、人差し指で軽く突いた。
「ホントにもう……そんな怖い顔しなくてもいいの」
そう言って見せた笑顔は、憑き物が落ちた様な、安心した感じの柔らかい笑み。
「アタシが傍に居て嬉しいって言ってくれた事、凄く嬉しいんだから……」
「そんな……僕はホントの事言っただけだよ……。だって、僕の我侭みたいなものだし」
そう、嬉しい。
今迄誰かが隣に居るなんて事、本当に無かったもの。
僕は本当に、一人になる事も、捨てられる事も、怖くて仕方が無い。
―あ……これって、自分勝手な理由だ……。
馬鹿だなぁ。
一人になるのが、淋しくなるのが嫌だから、アスカが傍に居てくれるのが嬉しいって事に気付いた。
「それでも良いの。アタシを必要としてくれる、それが嬉しいのよ。多分、今迄で一番嬉しい事だわ」
「そうなの?」
僕がアスカを必要としている事、アスカはそれが嬉しいって……どうして?
「でも僕は……一人になりたくないから、一緒に居たいって思ってるだけなのかも知れないよ」
「誰でも良いって訳じゃないんでしょ?」
「ぁ……」
確かに、アスカ以外の人って言われると、ピンと来ない。
僕の中で隣に居るのは誰かと言えば、いつもアスカだ。
「だから嬉しいのよ。誰でも良いんじゃなくて、アタシをちゃんと必要としてくれているから。それだけじゃないわ。
 シンジがアタシと一緒に居たいって言ってくれたから、アタシはアタシを認める事が出来たの」
アスカが僕の手に、もう片方の手を重ねてくれた。
「二人で力を合わせてやっていこう、って言ってくれた事で、アタシは一人じゃないって思える様になったの。
 やっと、自分の弱い部分を認められる様になったのよ」
重ねた手は、とても温かかった。

118: ◆Yqu9Ucevto
09/09/21 20:32:23
どんな事も二人で。
そうする事で自分も認める事が出来る。
それはきっと良い事の筈。

続きは連休明けにでも。


119:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/21 21:07:19
乙です!

120:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/22 23:46:57
乙ですー!
読ませて頂いているうちに涙が出てきてしまうのは何故なのでしょう。
このシンジとアスカのように、決して依存しきっている訳ではないけれど、
互いになくてはならない存在としてそれを糧に自分達が更なるステップアップをしていく様を見ていると、
はるか昔に自分も同じような恋愛を経験した記憶がある身には、ある種の気恥ずかしさとか当時の情景が思い浮かんできて良い意味で居たたまれなくなってしまうと言いますか…
うまく表現できませんが、この二人には絶対に幸せになって欲しいという感情移入が激しすぎるのかもしれないです…
感想というより独り言、申し訳ありません。
…つまりは、GJ!ってことです!

121:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/23 23:33:41
GJ!
もう連休が明ける……wktk

122:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/09/24 01:16:59
「二人……で……うん、そうだね」
僕は、逃げないって決めたんだ。
どんな事があっても、逃げずに頑張ろうって、アスカと二人で頑張るんだって決めたんだ。
「もう、忘れちゃ嫌よ。あの事があったから、リハビリだって頑張れたんだから。だから、何もしてないなんて事無いのよ?」
「御免。そういう事って、余りよく判らないんだ……。それにこれからだって、何していいかサッパリだしね」
地上の仮設住宅へ引っ越すのはまだまだ先だ。
一応僕達も職員だろうけど、僕達に手伝える様な事なんて今は無さそうだし。
「うふふ……シンジらしいわ、判らないだなんて。でも、これから何をすればいいのか判らないのには同感ね。
 明日にでも出来る事が何か無いか、リツコにでも聞いてみる? 司令に聞く訳にはいかないでしょ?」
父さんに聞く……?
アスカが父さんに教えて貰う所なんて……ダメだ、想像が付かないよ。
「それ以前に父さんが答えてくれるとは思えないよ。父さんって、無愛想だし人見知りが激しいもの」
父さんが誰かに愛想良く答えるなんて事自体、ありえない気がする。
「やだ、そうだったの? てっきり組織の責任者だからお堅い人なんだと思ってたわ」
「息子の僕にさえ人見知りしてるんだよ?」
アスカの表情が、何故か一層柔らかくなった。
そして、口にした言葉は思いも拠らない事だった。
「良かったじゃないの……。嫌われてるって、ずっと思ってたんじゃない?」
「そっか……そうだね。嫌ってたから僕を捨てた訳じゃなかったんだよね……。
 あの時僕、父さんの記憶と心が視えたんだったっけ。父さんは、僕を傷付けるのが怖かったんだよね」
忘れてた。
「少しずつ、話が出来ると良いわね」
「うん。……まだ、僕にとって父さんは解らない人だけど、あの時視えた事が嘘じゃないのなら、少しでも解り合える筈だしね」
母さんが全てで、母さんに好かれていた事でさえ半信半疑だった人だもの。
僕が父さんの事を好きだった事が信じられなかったから、僕を第二の駅に置き去りにしたんだろうな……。
その時に僕と父さんの縁は一度、殆ど切れてしまったけれど、縁は繋ぎ直そうとしたら繋ぎ直せる筈。
だから僕はもう一度、父さんと正面から向き合わないとダメなんだ。

123:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/09/24 01:17:59
「ねえ、アスカ?」
「なぁに、シンジ?」
僕を見つめるアスカの瞳は、何処までも優しい。
あんなに一杯傷付けたのに、アスカは優しい。
僕はアスカの様に、優しくなれるんだろうか?
……父さんに、優しく出来るんだろうか?
「僕、出来るかな?」
「ばぁか。出来ないって決め付けたりしなけなきゃ、何だって出来るわよ」
「そう?」
「そうよ。やってもいない内にあれこれ言ったって、何も始まらないわ。アタシも、シンジもこれからなのよ」
そうか……僕、まだ何もしてないんだ。
だからまだ、スタートラインに立った所なのか。
「解った。僕、やってみる。父さんと、話してみるよ」
「うん。頑張って、シンジ」
「でも……アスカも何かあったら、さっき言った様に僕に話して欲しい。僕も、アスカには何でも話せる様になりたいから」
自分でも、今迄の僕とは随分と懸け離れた事を言ったと思う。
だって、決めたんだから。
アスカの事をもっと知りたいから、もっと解りたいから、アスカと沢山話をするんだ。
そしたらきっと、何時かは僕の気持ちが判る気がするから。
それだけアスカは、僕にとって特別なんだと思う。
どういう特別なのかはまだ判らないけど、それも何時かは判るかな?
そう上手くはいかないか……。
それに、他の人には話せなくてもアスカになら話せる事も、見付けたいと思う。
アスカには出来るだけ隠し事はしたくないから。
だから、直ぐ後に彼女が言った言葉は凄く嬉しかった。
「アタシ、シンジに何でも話せる様に、頑張る。前みたいに、隠したりしない様にするわ。有難う……」
頬を赤らめて笑顔でそう言ったアスカは、凄く可愛いと思った。

124:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/09/24 01:18:59
完全に季節が戻っていない分、幾らかまだ多少は暖かいとは言え、コンクリートの上だと夜は冷える。
「そろそろ部屋……戻ろうか。体、冷えちゃうし」
「……風邪、引いちゃうものね」
僕は先に立ち上がって、アスカの手を引いた。
そしてそのまま、手を繋いで居住ブロックへと歩き出した。
夜間のシフトの所為か、途中で職員の人と会う事は無かった。
ただ、別のフロアでのベークライトの削り出している音が、壁と天井に響いて聞こえて来る。
それは、居住ブロックに着く迄聞こえて来た。
部屋の前に着いたら、アスカと別れる……つもりだった。
夜も遅いのもあるけれど、一応二人共病み上がりだし、今日は買い物もしたので疲れている筈だから休まなくちゃいけない。
けれど部屋が近づくにつれて、アスカの歩む速度が遅くなる。
少しだけれど、繋ぐ手にアスカは力を入れた。
「どうしたの?」
「やっぱり、まだ眠くないわ……」
「でも、休まないと。そんな事じゃ体が持たないよ?」
僕がそう言った途端、アスカは眉を顰める。
「……馬鹿。馬鹿シンジ」
「何? いきなり」
「折角……夜も一緒に居られるのに……」
口を尖らせて目を逸らし、部屋の手前で足を止めた。
「直ぐ隣じゃないか。別に離れ離れになる訳じゃないんだからさ……」
少しだけ俯き、繋いでいない方の手で僕のシャツの裾を掴む。
そしてジッと睨むんだ、上目遣いで少しだけ頬を膨らませて。
その癖、僕が目を合わせると目を逸らす。
多分数分だと思うけど、何度かそんな事を繰り返した。
「……判ったよ」
仕方ないなと思いながらも、僕は彼女に手を差し出す。
「部屋においで、アスカ」

125: ◆Yqu9Ucevto
09/09/24 01:40:39
理解したいなら、理解しようとする努力が必要。
自らのこれからと、家族とのこれから。
まずは始めようとする事が大切。

続きは週明け位に。

>>120
基本的に投下物は続き物なので、保管庫の年表辿ると良い事があるかも。
PとSSSの区分以外の話を参照下さい。
依存の境目でいちゃいちゃらぶらぶしてる話が好きなのです(・∀・)
基本的に幸せになる為に色々するお話しか書けない人なので、生暖かい目で見守って頂けると幸い。
感想有難う、すげー嬉しい(*´Д`)

126:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/25 09:44:50
GJ!

127:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/09/28 23:50:53
一瞬、何を言われたのか解らなかった。
だが言われた事を頭の中で反芻し、自分なりに整理をした上で返答した。
「……勿論、ある、と私は思います。そう簡単には上手くは行かないでしょうけど、時間が全てを解決すると思いますわ。
 それより、もっとご自分のお体を労わって下さいませんと。戻って来てからは満足にお食事も取っていないではないですか」
司令の顔は、明らかに疲労の色が濃く滲み出ている。
「しかし……ユイの言葉が離れん。これから歩み寄れば良い、間に合わないという事は無い……とな。
 だが、何をすれば良いのか判らぬよ。一度突き放した者に、歩み寄る事があるとは思えんだろう……」
一言で言えば、不器用な人なのだ。
本当は、自分でも気付かぬ内に、一番気に掛けていたのに。
息子であるシンジ君も、そんな父親の血を濃く受け継いでいるのだろう。
報告書通りならば、自分の気持ちが余り上手く自覚出来ないと言っているが、アスカの事を何よりも気に掛けている。
アスカが隣に居なければ、言葉を失ってしまう程に。
「きっと、大丈夫ですわ。何もお嫌いで遠ざけられた訳ではないのですから」
私の言葉は、所詮気休めに過ぎない。
それでも、私は声を掛けずには居られなかった。
「ふん……たとえ私がそうでも、あれがどう思っているかは判らん。だが、出来る事はしてやらねば、ユイに顔向け出来ん。
 それが贖罪という自己満足に過ぎぬとしても、だ」
深く腰を下ろしていた椅子から司令は体を起こし、再びサングラスを掛けると書類を手にしていた。
これから医療部の要望を検討するのだろう。
それにしても、彼女はとんでもない爆弾を落として行ってくれた。
―私に、どうしろと言うのだろう……。でも、彼女のプランは……私が嘗て望んでいた事……。
司令が一枚の書類に目を留めた。
既に机の上の紅茶は、ポットからカップに注がれる事無く、冷たくなってしまっている。
熟考している頭を落ち着かせる為、私はポットを下げ、もう一度紅茶を淹れ直した。
「少し、休んで下さい。浮かぶ考えも浮かばなくなってしまいます」
そして、カップに琥珀色の液体を注ぐ。
書類に目を注ぐ司令の表情は、完全に父親のそれだった。

128:ビニールのない傘 ◆Yqu9Ucevto
09/09/28 23:53:08
「……済まん。気だけが走ってしまった様だ」
「解っております。でも、私にはお気遣い等不要ですわ……。今は貴方をサポートするのが私の務めです。
 ですから、先にお食事だけでも」
「…………判った。手配してくれ」
やっと、司令は書類から手を離して紅茶に口を付けた。
それを確認すると、内線で青葉君に食堂へ消化の良い物と何か甘い物を手配する様に連絡した。
疲れの溜まっている今、普通の食事よりも胃腸に負担の掛からない物の方が良いだろう。
甘い物は脳へのエネルギーを早く吸収させる為だ。
彼女が車の中で言っていた冗談だが、今の司令には必要だろうと思う。
交渉、折衝、機密性の高い書類の処理……どれもこれも脳を酷使せざるを得ないからだ。
MAGIの支援を得ていても、最終的な判断は司令の匙加減一つで全て結果が変わる。
チルドレンの情報は、何としても漏らす訳にいかない。
それだけではなく、今でも毎日ポツリポツリと戻って来る職員や戦自隊員への情報規制もある。
ネルフと言う組織が今後も維持出来るかどうかは、司令の肩に掛かっていると言っても過言では無いだろう。
副司令が未だに戻って来ない現状では、物事を把握している度合いが高い私が、司令の補佐をするしかない。
とは言え……私は、形ばかりの補佐しか出来ないのが歯痒い。
今、司令を駆り立てているのは、補完の最中でのユイさんとの遣り取りだからだ。
シンジ君を何よりも気に掛けている事からも、それは行動の端々に伺える。
―それでも、良いのかしら、ね? 母さん……。子供達を何とかしてやりたいと思うのは、私も一緒だから……。
マスコミへの情報規制の報告を、司令室に運ばせた簡易端末でMAGIから受け取った。
今の所、規制の効果は上々だろうと思う。
TVでの報道を見ても、ゼーレの実在について内容は終始している事の方が多い。
使徒との戦闘記録が幾らか公開されているとは言え、そちらの方は局地的な戦闘という事で扱いは小さい。
それよりも世界的に影響を及ぼしたセカンドインパクトに関する事の方が遥かに重要と見える。
その扱いの差が、ネルフ関係者の心理的な負担を軽くしてくれたのは確かだと思う。
だが、どれもこれも結局の所司令の言う通り、贖罪と言う自己満足が齎した結果に過ぎない。


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