09/08/17 21:49:52
「でも、良かったね。折角の食事会を皆でやれて。」
「そうね。でも、何よ。その包み?」
「内緒。綾波の家に付いてからのお楽しみ。」
3号機の到着が一日遅れたお陰で、エコヒイキの食事会は中止されずに済んだ。
もっとも、アタシ的には内心面白くない。まぁ、アタシやミサト達を呼んで居る所を
見ると、抜け駆けする積りは無いみたいだから安心して良いかな?
ふと、見ると黒塗りの高級車がアタシ達の横を過ぎて行く。あれ、もしかして...。
ヤバい、ばれたらどうすんの?
「あ、痛たたたたたたた。」
そう言って、アタシはとっさにしゃがみ込んだ。
「どうしたのアスカ。」
「足をひねった見たい。足が痛いんでおんぶしてくれる?」
「何で、アスカをおんぶしないとダメなんだよ。」
「もう、ケチ。」
ん、車居なくなったわね。
「あ、大丈夫見たい。歩けるよ。ん、大丈夫。」
「何だよ。アスカ、変だよ。」
222:Another Way 食事会
09/08/17 21:51:18
「こんにちわ。綾波居る?」
「あ、碇君入って。...。二番目の人も有難う。」
「あ、うん。こっちこそ呼んでくれて...。」
「おーい、シンちゃん遅いぞ。早く入ってこーい。」
「そうよ。貴方達が最後よ早く入りなさい。」
ふふふ、ココからだとミサトと赤木博士しか見えないわ。中に入って驚け。
「お邪魔します....。って父さんなんでここに居るの?」
「ごめんなさい。黙っていた方が喜んでくれると思ったけど、驚かしてしまった見たい。」
「何、言ってんのよ。驚かすのが目的だったんでしょ。アタシが、司令の車に気付かれないように
するのにどんだけ、苦労したか。解ってる?」
「じゃー、さっきの足が痛いとか言ったのは...。知らないのは僕だけなのか。ずるいよ。」
「食事ってもしかして...。味噌汁だけ?」
「ええ、ごめんなさい。これしか出来なくて。」
「まぁ、良いんじゃ無い?たまにはね。」
ん!これ味おかしくない?何だろう...、出汁がないんじゃ無いの?皆平気なの?
あ、微妙な顔しているな。
「碇君、美味しい?」
「え、あ、うん個性的な味だね。」
シンジその言い方はまずくないか?
「碇司令はどうですか。」
「うん、悪くない。」
本当か?
「美味いじゃない。うん、これなら直ぐに嫁に行けるわね。」
ミサトの美味い程当てに成らないものは無い。
223:Another Way 食事会
09/08/17 21:52:43
「シンジ、その紙袋、何よ。そろそろ教えても良いでしょ。」
「ああ、これ、僕が焼いたクッキーなんだよ。口に合えば良いけど...。」
やっと、真っ当な物が食べられそうだ。ラッキー。
「相変わらず、シンジの料理は美味いわね。」
「あれ。父さん如何かしたの?」
「いいや、ユイの味を思い出した。」
え!シンジの料理って彼のママ仕込みって事?
「そうなの?母さんの味か。無意識に出して居たのかな?」
「出来たらまた作ってくれないか?」
「え!うん、良いよ。喜んで。」
おお、良い雰囲気だ。このまま、仲良し親子に成れるんじゃないか?
「そう言えば、ミサトって車替えたよね。」
「アンタね。言っとくけど、私のアルピーヌぶっ壊したの誰なのよ。」
「えーと、そう言う、細かい話は置いといて、今の車、二人乗りでしょ。帰りどうすんの?」
「あ、考えて無かったわ。」
「はぁ。ミサトって本当に作戦部長なのこんなんで良く務まるわね。」
「るさいわね。で、アスカは何が言いたいのよ。」
「だからー、司令、お願いがあるんですけど...。シンジを乗せて行ってくれません?」
「ああ、それ良い考えね。シンちゃんそうしなさい。」
「ええ、でも悪いよ。」
「あんた、ばかぁ?アタシにシンジの膝の上に乗れって言うの?」
「でも、父さん迷惑じゃないの?」
「私は構わんぞ。」
「ほら、司令もそう仰ってる事だしお言葉に甘えなさい。」
「あ、うん。じゃぁ、お願いします。」
224:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/17 21:53:22
期待しとります
225:Another Way 食事会
09/08/17 21:54:10
翌日、アタシはシンジに味噌汁を作ってやった。やはり、エコヒイキには負けたくないと言う
思いが強かったからだ。
「ねぇ、シンジ如何かな?」
「あ、うん。初めてにしては良いんじゃ無い?」
「それって、褒めてるの?ねぇ、エコヒイキのとアタシのではどっちが美味しい?」
「え、いや。それは...。それより、そろそろ、起動試験が始まる時間じゃない?」
糞、上手く誤魔化しやがった。
「そうね。まぁ、心配無いでしょ。何せ、最新式よ。今での問題点を修正されてるんだからね。
制式機より試作機の方が性能が良いなんて、日本のマンガだけだよ。」
「まぁ、アスカがそう言うなら安心かな。僕よりも詳しいもの。」
「あんた、ばかぁ?アンタが何も考えて無いだけでしょ。」
「それより、アスカ、その...。昨日はありがとう。お陰で父さんと色々、話せて良かったよ。」
「はぁ?勘違いしないで、あの司令と同じ車に乗るなんて息がつまると思っただけよ。」
シンジの携帯が鳴ったのはその時だった。
続く...。
226:Another Way 食事会
09/08/17 21:56:01
と言う訳で、次回は「命の選択を」です。
出来る限り、今週中にうぷ出来れば良いかな?と思って居ます。
いかんせん。盆休みが終わって忙しく成る頃なので
如何なるか解りませんけど...。
227:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/17 21:58:45
乙!
続き待ってる!
228:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/17 21:59:08
>>226
すいません変なところで、期待を書き込んでしまいましたw
GJです!続き待ってます
229:入れ代わり
09/08/17 21:59:35
GJです。
シンジとゲンドウの和解に期待ですね。
あ、もちろんシンジとアスカの関係にも期待してます。
230:軒亜
09/08/17 22:51:05
新参者ですが短編を投稿させてもらいます。
背景設定は新劇の破です
231:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/17 22:52:42
コテ外せよ
232:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/17 22:52:54
―ある日の出来事―
(ミサトのマンション)
「アスカ,ご飯できたよ」
シンジは台所から部屋にいるアスカを呼んだ。
「・・まだいらな~い」
数秒の間があった後アスカの声が聞こえた。
「でも…ご飯冷めちゃうよ?」シンジはアスカの機嫌が悪いのかと思ったが,「今イイとこなんだから!」とアスカの声がすぐに聞こえると,(またゲームか…)と少し呆れた。
ミサトさんは今日も遅くなるそうだ。
シンジは1人でご飯を食べながら「またか…」と呟いていた。今日が初めてではなくアスカがゲームに熱中しだすとやはりこうなるのだった。
自分と話すよりもゲームをしてるほうが楽しいのかな,そう思った。
どうにかして,アスカの気を引きたい。そんな思いさえ抱いていた。
233:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/17 22:53:41
シンジがご飯を食べ終わり、テレビを眺めながらSDATを聴いているとようやくアスカが台所に向かう。
「ごちそうさま。ねぇシンジ!」
ご飯を食べ終えたアスカがそのまま椅子に座りながらシンジに話しかける。しかし反応は無い。シンジのいる世界へはアスカの声は届いていないようだ。
「シンジったら!」
2度目の声には気付いたシンジが耳のイヤホンを片方外してアスカを見る。
「えっ…な,なに?」シンジが戸惑った様子を見せると,アスカはもういいわよ!と機嫌悪そうに部屋へ行ってしまった。
…怒らせてしまったようだ…シンジは少し溜め息をついた後,なんだか申し訳ない気持ちになった。アスカは何を言おうとしたんだろうと気になったがそんな事は聞く勇気も無い。
234:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/17 22:54:50
翌日、4時頃に学校から帰ってきたシンジはリビングの机に置いてある物に気付いた。
アスカのゲーム機だ。いつもなら学校にだって持って行ってるのに、忘れたのかな?そんな些細な疑問を振り払うかのようにシンジは冷蔵庫へと手を掛けた。だが冷蔵庫は開かれる事なく、気が付くとシンジは例のゲーム機を手に取っていた。
…アスカはゲーム機が急に無くなるとどうなるんだろう?パニックに陥って怒り狂うかもしれない。
でも…少しは僕に構ってくれるかも…
妙な希望や不安で胸が苦しくなる。たかがゲーム機に嫉妬するなんて。
それでもシンジは自分でもコントロールできない程の淡い感情をアスカに抱いていた。
迷いを断ち切るように自分の部屋へ入ると、ゲーム機の隠し場所に困った。
(そうだ、引き出しの中で、SDATと一緒に隠しておこう…)
235:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/17 22:55:54
引き出しを開けた時、一瞬唖然とした。口はぽかんと開けたまましばらく言葉は出なかった。
「あれ…?」
ようやく出た言葉には驚きを隠せない。
いつも此処にあるはずなのに…
もはやゲーム機なんてどうでも良くなった。SDATがどれだけ大切な物かシンジは心得ている。たった一つしかない、父を感じる事ができる物。
エヴァとは違う。
…何処に?
家の中。
そう。家の中しかない。
学校に忘れる訳が無い、見つかったら没収もあり得る話だ。
部屋をでてリビングを探し回っていた。その左手にはアスカのゲーム機を握ったまま。
ふと、玄関から人が入る音がした。
アスカだった。
その右手にはシンジのSDATが握られていた。
2人の目が合い、同時に言葉がでた。
「あ…,」
終わり
236:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/17 22:58:26
すみません
勘違いで本文の方のコテ外してしまいました。
申し訳ないです..
237:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/17 23:07:46
GJです。
続きが気になります。
急にスレが活気付いてうれしいです。
238:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/17 23:18:11
イイヨイイヨー!
新参さんが増えていいね!破効果に感謝感謝
239:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/17 23:18:35
>>226
前から気になってたんだが「。」は用法としちゃ間違ってる
ラノベでも小説でもカギカッコの中に句点つけてるの誰もおらんぞ
他の人が投下したSS見てみ
240:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/17 23:23:45
>>230
>>231は230宛てじゃなく入れ代わり作者宛てだと思うんだが
投下中にコテ付けるのはむしろ推奨される行為
投下中以外、もしくは他作品への感想などにコテを付けるのが非推奨行為
241:240
09/08/17 23:25:48
ごめん、>>236見てなかったorz
スルーして
242:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/17 23:32:02
夏だなぁ
243:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/17 23:32:25
>>239
見苦しい表現すみませんでしたm(_ _)m
>>240,>>241
ホント勘違いしてしまい申し訳ないですf^_^;
244:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/18 10:37:02
>>230
GJでした!
キンモクセイまだかなぁ~?
245:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/18 19:58:02
>>225
の続きです。
今回は少し痛めかな?とも思います。
良かったら、読んでください。
246:Another Way 命の選択を
09/08/18 19:59:10
「アスカ、何処に来ているんだよ。ここは、部外者立ち入り禁止だ。」
「仕方がないでしょ。待機だって言われたんだから...。それに、アタシは
当事者よ。」
「まぁ、邪魔するなよ。」
昔の戦艦の艦橋を思わせる第一発令所に入ってきたアタシを日向さんがとがめたが、
それどころじゃないと言う事だろうか。次の瞬間には皆、アタシを無視して黙々と
作業を続ける。
「まもなく、使徒を映像で確認できます。」
って、これが使徒...。これって、3号機じゃない。
「やはりな。」
「強制停止信号と、プラグ射出信号を送れ。」
「ダメです。信号受け付けません。」
「現時刻をもって、3号機を破棄。第9使徒と認定する。」
って、司令、何言ってるの?シンジにアレを倒せるわけ無いでしょ。
「あのぉ司令、意見を具申して宜しいですか?」
「今は、作戦中だ手短に済ませ。」
「ありがとうござます。アタクシを2号機で出撃させて下さい。」
「2号機は現在凍結中だ。そもそも解除コードはユーロが握っているのは知って居るだろ。」
「いいえ。司令の事です、その解除コード位つかんで居ると思います。それよりも、シンジは
エコヒイキ...、一人目が居ると解れば絶対に攻撃しません。」
「君なら出来ると言うのかね。」
「アタクシに一つ作戦が有ります。一人では無理ですが二人ががりなら何とかなると思います。」
「解った、任せよう。現時刻を持って、2号機の凍結を解除。パイロットは出撃準備にかかれ。」
「有難うございます。」
そう言うが早いか、アタシはロッカールームへ駆けだした。
247:Another Way 命の選択を
09/08/18 20:00:23
現場に付くと、既に初号機が首を絞められていた。
「エコヒイキ、ごめん。」
と言うが早いか、3号機の肩から生えている手を日本刀を思わせるブレードで切った。
「アスカ、あの中には...。」
「解ってる。一度しか言わないからよく聞きなさい。アタシが奴を押さえるから、その間に
プラグを引っこ抜くの。出来るわね。」
「でも、どうやって押さえるの?」
「言ったでしょ。制式機より試作機が優れてるなんて日本のロボットマンガだけ。見せてあげるわ
制式機の本当の力を。」
「え?どういう事。」
「The beast!」
裏コードの起動コマンドを受けると、エヴァの制御棒が次々と抜かれて、ビーストモードへと変化して行く。
それはもう人とは呼べない野獣と言って良い存在だった。そうこれこそが、真のエヴァンゲリオンだ。
野獣と言うにふさわしい咆哮をあげて、3号機へ飛びかかると一瞬に抑えつける。
「今よ。シンジ、早くプラグを抜きなさい。早く...。アタシが人で居られるうちに!」
「解った。」
シンジは、プログレッシブナイフを使い、粘菌を切り刻むとプラグをえぐり出した。
それを確認したアタシは、3号機を持ち上げると、胴体を思いっきりねじ切った。頭から真っ赤な血の様な
液体をかぶる。
「Gute Nacht! Engel!」
248:Another Way 命の選択を
09/08/18 20:01:28
「アスカ、やったよ。有難う。本当に有難う。」
その刹那、アタシは初号機からプラグを奪い取った。
「ちょ、アスカ、何をするんだ。」
そのまま、プラグにプログレッシブナイフ付きたてる。プラグが無残に割れて、その感覚がアタシの手に
も伝わった。アタシは放心状態のままプラグを落とす。
「アスカ!貴様...。何をしたか解ってるのか?」
そう言うと、初号機は2号機をつかみ上げて来た。アタシはされるままに持ち上げられる。
「何黙ってるんだ。何とか言え。何を考えているんだ。」
「ごめん、シンジ。プラグにコアが有って...。それをそれだけを突き刺す自信は有った...。
そいつが、初号機に浸食を始めて居たので...。とっさに...。でも、ビーストモードを忘れて居て
力が入り過ぎた...。ごめん...。本当にごめん...。」
初号機が力を抜き、2号機が地面へ崩れ落ちた。
249:Another Way 命の選択を
09/08/18 20:02:48
シャワールームには、何時もの倍の時間入っていた。血の匂いが何時までも取れない気がしたからだ。
手には、プラグを砕いた感覚は未だに手の残っている。
こう言う事態になる事はある程度覚悟はして居た。しかし、いざなって見るとやはり辛い、特に殺したのが
全く知らない人間ではなく、大嫌いとは言えよく知っている人間だ。ましてや、エヴァでの戦闘は、感覚
的には自分で殺したのと同じ感覚がある。銃で撃ち殺したり、戦闘機を撃ち落とすのとは訳が違う。
人を殺すとはこう言う感覚なのか...。本当に辛い、辛すぎる。
でも、司令は何を考えて居たんだろう?シンジにこんな苦しみを味あわせたかったんだろうか?違う、それは違う
あの人は厳しいかもしれないが、決してシンジを憎んでは居なかった。
....ダミーシステムか、あれならシンジは傷付かずに済む、でもシンジに心の底から恨まれるだろう。
だとすれば、アタシが彼に恨まれる事は、彼の父親との関係にとっては良かったかも知れない。司令、あんな怖い顔
して居る癖に本当はとても優しい人なんだ。自分一人が傷付けばシンジを守れるって思って居たんだろう。あの人に辛い
思いをさせずに済んだ事は本当に良かった。
そう思うと心が少し楽になる反面、アタシはシンジに恨まれる必要が有るとも思った。そう、アタシは、もうシンジ
の笑顔を見る資格は無い、一生、彼に恨まれなくては行けないんだ。
ようやく、着替えを済ませて外に出るとシンジが居た。
「アスカ、ごめん。僕が気付いて処置していればアスカに迷惑をかけ無かったのに。僕の為に嫌な思いを
させて、本当にごめん...。」
そういうと、シンジがアタシの肩に手を伸ばして来た。
「さわらないで、アタシは人殺しの穢れた女なの。貴方に抱いてもらう資格なんてもう無いの。」
そう言うと、早足に歩き出す。
「待ってよ。アスカ。」
「付いて来ないで、一人にさせて。お願い。」
250:Another Way 命の選択を
09/08/18 20:03:59
外に出ると、雨が降っていた。傘は無いが、その中をあても無く歩きだす。
何処を、どう歩いたのか全く記憶に無かった。気付いたらヒカリの家の前に居た。暫く、立って居たが、
入る訳には行かないと思い立ち去る事にする。何処へ、行けば良いんだろう?
立ち去ろうとしたとき、ヒカリが家から出て来た。
「アスカ、何やってんのよ。びしょ濡れじゃない。取りあえず。家のお風呂に入って温まらないと、風邪引くよ。
下手すりゃ死んじゃうよ。」
「良いの、死んでも...。アタシなんかもうどうでも良いの。」
「馬鹿なこと言わないで、良い?さっきから何度も碇君から電話が入っているの、アスカの事思いっきり心配して
居るんだよ。理由は話してくれなかったけど、自分のミスでアスカを傷付けたって、責任を感じて今でも雨の中探し
て居るんだよ。だから...ね。家に来て碇君を安心させよ。」
「アタシは、そんな資格は無いの。シンジに心配して貰う資格なんか無い。」
「碇君を舐めるんじゃ無いわよ!彼はそんな薄情な人間じゃないわよ。決して、他人を見捨てない優し人、その人を
何時までも心配させないで、...解った?」
アタシは小さくうなずいた。
「良かった。じゃあ家に来てお風呂入るわね。碇君には連絡してあげる。会いたく無ければ、今日泊まっても良いからね。」
「ありがとう。」
そう言うとアタシは泣き崩れた。
お風呂に入ると少し落ち着いては来た。しかし、どの面下げてシンジに会えば良いのか解らない。そこへ、ヒカリが
駆けこんでくる。
「アスカ、聞いて。今、碇君から電話が有って。綾波さんが生きてるって。怪我はして居るけど、軽症で大したことは
無いんだって。だから、安心してって...。」
良かった...。これで、またシンジに会える。シンジに愛して貰える。本当に良かった...。
続く...。
251:Another Way 命の選択を
09/08/18 20:05:31
と言う訳で、次回は「男の戦い」です。
252:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/18 20:09:11
乙!
続き楽しみ!
253:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/18 20:24:18
ホントに楽しみか?
書けないなら戦闘シーンなんか書かないで貰いたかった。
いや、そんだけじゃないけど。
254:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/18 21:31:14
2番目のレイか
255:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/18 21:43:24
乙です!ただちょっとセリフに覇気が無いね
!とか!?付けるだけでも、だいぶ違うと思うけど…
>>235
良かったです!機械に嫉妬するなんて可愛いですね
256:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/18 22:13:39
まだ、夏かw
257:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/18 23:24:53
まだ、2週間あるからなw
258:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/18 23:45:22
↑自演乙w
259:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/18 23:49:35
夏だし、仕方ないな...
260:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/19 00:54:50
スレの雰囲気悪くなるからいちいち夏だとか言わなくていいよ
気に入らないなら作品名でNGにしてな
261:543
09/08/19 01:53:27
皆様こんばんは。
昨日新劇5回目見に行っておりました。
式波アスカはホント協調性のない子だなあと思いつつみてました。
勿論ニヤニヤしながらw
それでは一作纏まりましたので投下いたします。
読みたくないので天岩戸に放り込みたい方は、NGワード
夜の帳に
で、どうぞ
262:夜の帳に
09/08/19 01:54:40
優しい夜風が前髪を揺らす。階下から微かに聞こえる草叢の虫の音。道路をゆくデリ
バリーピザのスクーター。背中からは、洗いものをしているシンジの動く音。
見上げた空は雲ひとつなく晴れ渡り、星を消し去る光を湛えて満月が浮かんでいた。
「よし、洗い物終了っと」
バカシンジが独り言を呟く。
手伝わないのは訳がある。一度気を利かせて洗い物を片付けたことがあった。しかし次
の日の弁当準備で、道具や食器がどこに何があるのかわからなかったバカシンジに愚痴を
言われた。
以来台所には立たないようにしている。あの時腹が立ったので逆切れしちゃったし……。
バカシンジはそんじょそこらの主婦よりも台所の縄張り意識が強いと思う。
「アスカ」
「あによ」
「ベランダでお茶でも、どう?」
振り返ってみると、お盆にティーポットと菓子受けを載せて、シンジがぽつねんと窓の
傍に立っていた。
「なにアンタ、それナンパ?」
「ち、違うよ。ホントにお茶飲もうってだけだから」
「ハァ?なんでまたそれを外でするの?」
「うん、お月見」
『なんだそりゃ?』
言葉の意味を理解しかねて首をかしげる私の顔には、たぶんそう書いてあったと思う。
263:夜の帳に
09/08/19 01:55:22
*
今がその時期ではないらしいけれど、シンジが言うのには九月か十月の満月の時に月を
見て、お団子を食べる風習があるのだという。
別に風習なんてどうでもいいけど、お茶とお菓子があるんなら付き合ってやらなくもない。
「今日は何作ってたの?」
ベランダにあるテーブルセットにクロスをかけながら、ティーセットと共に並べられる
美味しそうなお菓子の山についつい目が行ってしまう。
「うん、スコーン焼いてみたんだ」
「あのあまーい匂いの正体って、これ?」
椅子に座るとスコーンに鼻を寄せて匂いを嗅いでみる。まだ少しぬくもりが残っていて、
仄かに甘い匂いが鼻孔をくすぐる。
「電気消しちゃうよ?」
「どーぞー」
スコーンに気を取られて何言ってるのかまともに聞いていなかったので、突然真っ暗に
なってびっくりした。
「ちょっと、何も見えないじゃない!」
「そんな事言ったって……だから電気消すって言ったじゃないかぁ」
そのままシンジに襲われるような妄想を一瞬抱いたけれど、そんな事は万に一つもないと
確信している。ついでに少しつまんないとも思っている。
「それに暗いって言っても満月だし、目が慣れると明るいと思うよ」
「まあ、そうなんだろうけどさ」
「リツコさんに貰った茶葉でアイスティー作ってみたんだ。たぶん、ちゃんと冷えてると
思うけど」
そう言いながらシンジが向かいの椅子に腰を下ろす。
「ガラスのコップ持ってきてたからなんでかと思ったら……」
それをティーポットに入れてくるあたり、シンジは洒落ている。たぶんポットにかかって
いるティーコジーは温くなるのを遅くするためなんだろう。何気なく触ってみると、冷水に
浸していたらしく、心地よい冷気をもっていた。
その気遣いと優しさが、私の心を溶かしてしまう。
264:夜の帳に
09/08/19 01:57:12
淹れてもらった紅茶を一口飲み、スコーンをちぎって放り込む。
目が慣れてくると、ベランダの手摺の向こうに月が眩しいくらいに光り輝いていた。
少し目を細めてその姿に魅入る。日本の風習は別として、明るい月夜を眺めるのは好きだ。
ひとときお菓子もお茶も忘れてしまって月に心奪われていた。その虜から引き戻されたの
は、目の前にいる朴念仁の視線だった。
「なによ?」
「う、うん……なんていうかその…」
何となく照れくさそうにしていたので、私の言って欲しそうな台詞を思い浮かべている
期待はあったけれど、そんな器用なヤツではないとも知っていた。
「なんかアスカ、知らない人に見える……」
「暗くてよく見えないって事?」
わざと意地悪な質問をしてみた。
「いや、そうじゃなくて、すごく大人っぽいなって」
「アラ、それって誉め言葉?」
「あはは、うん、そうかも……」
相変わらず失礼な奴だ。シンジはもう少し、誉められて嬉しくない人間はいないって事を
解るべきだと思う。
「『かも』ってのは何よ、相変わらずはっきりしないわねぇ」
いつものように「ごめん」の一言を挟んで、照れ隠しが露骨に解るようにシンジは話題
反らしにかかった。
「つ、月明かりって、なんか好きなんだ。少し現実離れしてて、特別な何かに見える気がする。
でも、日本では良く言わない人が多い気がするから、あまり言わないようにしてる」
『まあ追及しないでおいてやるか』
「なんで?」
「ほら、月って太陽の光を反射して光ってるでしょ?だから、太陽が無いと輝かない、日陰
者の星なんだって言う人もいるから。自分では何も出来ないってので、嫌がるんだと思う」
「あんたバカァ?そんなの受け取る側の思いでどうとでも解釈できるわよ。好きなら好きで
別にいいじゃない」
怪訝に思いながらそう言うと、シンジは「うん、そうなんだけどさ……」と言いながら、
昔の思い出と前置きして、照れくさそうに話し始めた。
265:夜の帳に
09/08/19 01:58:06
「まだ先生の所にいる時、夏祭りの帰りに一人で家まで歩いて帰ったんだ。そのとき道は
真っ暗なはずなのに、道に自分の影があったんだ。おかしいなって思って空を見たら、
満月が出てた」
「月影ってやつ?」
「うん。僕、それまで月で影ができるなんて思ってもいなくて、びっくりしたんだ。それに、
満月があんなに眩しいものだとも思わなかった。不思議だったんだ。影ができる景色って、
暑いってイメージしかなかったから。なんだかその景色が優しい世界だなって思って……」
――同じような思い出があった。演習が二週間以上休み無く続き、疲れすぎて寝付けなく
なった時、兵舎を抜け出し裸足のまま滑走路の端まで歩いていった時の事だ。
時折吹き抜ける強い風と、風に合わせてざわめく草地。思い出したように鳴く虫の声。
遠い飛行機の爆音を追いかけて見上げた空に、大きな月が光り輝いていた。
路面に自分の影が映っているのを気付いたとき、私は不思議な高揚を感じていた。
いのち短し 恋せよ乙女
紅き唇 あせぬ間に
熱き血潮の 冷えぬ間に
明日の月日は ないものを
セカンドインパクトで妻を亡くしたというドイツ人将校が、私が日本名を持っている
というだけで真摯に教えてくれた歌だった。歌詞の意味も解らずにその歌を呟き、白く
浮かび上がるコンクリートを滑るように廻った。
その時見た景色は、朝靄の中で白く明けていく空を寝転がって眺めていた情景と共に、
鮮烈に覚えている――。
266:夜の帳に
09/08/19 01:59:17
「月夜が優しいだなんて幻想よ」
「そうかもしれない。でも、何となく好きなんだ。夜は自分が一人だって嫌でも思い知ら
される。でも、月でできた影を見たとき、なんだか僕が一人じゃないって言ってくれてる
気がしたんだ」
『あぁ、わかるな、その気持ち……』
シンジは私の辿った軌跡をなぞるような生き方をしている気がした。
大人たちの良かれと思ってした事が何の慰めにもならず、頼るものの無い一人きりの
世界で空を眺めている。
あの滑走路で見た月……もしかしたら、同じ月を眺めていたんじゃないかなと想像して
しまった。
けれど、共感を口にする前に、出てきた言葉はどこか皮肉めいた切り返しだった。
「月ってのは狂気の対象かもしれないのよ。ルナティックなんて嫌な言い方されてるし」
「そうかも。昔どこかで聞いたんだけど、『月と烏はいいやつか悪い奴か解らない』ん
だってさ」
「ハァ?烏なんてただの害鳥じゃない」
なんというか、実にどうでもいい話だ。
スコーンを口に放り込みながら、仏頂面で相槌打つ私はさぞかし可愛げがないだろう。
私の回想を返せとか言いたくなったけど、最近こういうのも悪くないなと思い始めて
いる。
他愛も無い、子供っぽい、下らない……。他人に見せたくは無いけど、私たちのやり
取りを興味ない人が見ていたら、多分そういう言い方をするだろう。
『ま、私がいいと思えれば、それでいい訳だし……』
267:夜の帳に
09/08/19 02:00:13
*
ポットのお茶を全部飲んでしまって、シンジがおかわりを入れてくれた頃、我らが飼い主
がご帰還あそばされて扉が開く音がした。
「ただいまーー……って、何で電気ついてないの?」
「おかえりなさーい」
ベランダから玄関を上がってきたミサトに二人で元気よく返事した。
「あれ?二人とも起きてたの?ちゅうか、電気消して何二人でヨロシクやってんのよぉ」
楽しそうな雰囲気を感じてか不満げにミサトが言い、廊下を歩く足音に不機嫌さが
滲み出ていた。
「ベランダでお月見してます」
「夕涼みのティーパーティーよ」
「はぁぁ、な、なによ二人とも、私をのけ者にしてなに楽しくやってんのよぉ」
『うわ…いい大人が旋毛曲げてる……』
少しべそかいて言っているところを見ると、どうも本心らしい。
ミサトは余程頭にきていたのか、着替えもせずに冷蔵庫からエビスを四本ばかり出して
きて、ダイニングの椅子を一脚引き摺ってきて輪に加わる。
「で?どんな話してたのよ?」
エビスのタブを空けながら、のけ者扱いを心底不満に思っているその態度は、シンジと
私を笑わせるのには充分だった。
堪えきれず笑い出す私たちを、ミサトは駄々っ子みたいに詰った。
「なによもう!二人だけで盛り上がって!あーあーそうですか。どーせ私は仕事一筋の
寂しい独身女よ!悪かったわねぇ、二人のあっまーい時間邪魔しちゃってさ」
本格的に拗ねてしまったミサトを私とシンジの二人で宥める。これではどっちが保護者
か全く解らないなと苦笑した。
同じように困った笑顔を浮かべながら、シンジは冷蔵庫に入れていたミサトの夕食を
暖めにかかる。その間ミサトの相手をして口にスコーンを押し込むのは私の役目だ。
あまりビールの当てに向いていないと思うけれど、スコーンを食べているうちに段々
ミサトの機嫌が直ってゆく。
全く、シンジのごはんは人の心を溶かしてしまう猛毒だ。
268:夜の帳に
09/08/19 02:01:07
トレーにミサトの夕飯を載せてシンジがやって来た頃には、ミサトは既に三本目の蓋
を開けて上機嫌だった。
そこまでで終わってくれれば良かったのだが、今日のミサトはしつこかった。
お風呂に入ると言っても、宿題あるからと言っても許してくれず、文句を言うと上官
命令を持ち出してくる。
「ホラアスカぁ!歌うたいなさいよ歌!」
「ミサト……酔ってるからっていくらなんでもそれは無しよ」
追加でシンジが持って来た四本ももう無くなっていた。時計の針は一二時にほど近い。
「そうらねぇ、お題は『月』!これれ一曲歌いなさいよぉ、それが嫌ならシンちゃんに
チューしなさいチュー」
「な・ん・で、歌とバカシンジへキスすんのが一緒くたにされてんのよ!そもそもこれ
何の罰ゲーム?」
「あ?そうそう罰ゲームらろよ!私のけものにしたバツ・ゲームー。あと上官めーれー」
『うわ、薮蛇だった』
正直この酔っ払いが鬱陶しい。
「シンちゃんの罰はぁ、明日のお弁当にわらしの好きなもの一つ入れるころぉ」
「あ、いいですよそれくらい」
「ちょ……何その扱いの差!」
ムカつく位素直にシンジはそれでホッとしている。
『自分がよければ私はいいんかい!』
人の気も知らずにシンジが涼しい顔でミサトの提案に乗り始めた。
「そういやアスカの歌って聞いたことないや」
「バカシンジまで……この裏切り者!」
嫌がらせでも何でもなく、単純に興味があるからそう言っているのは分かる。でも
それだけに性質が悪い。おかげで私が悪者扱いされることもしばしばだ。
269:夜の帳に
09/08/19 02:02:29
「あ、そうだ。僕の知ってる曲だったら、多分伴奏できるかも」
「あいっかわらず『多分』とか『かも』とか曖昧すぎるのよバカシンジ!」
「ご、ごめん…」
「…………で、伴奏って何弾くの?タンバリンとかカスタネットでもやるっての?」
どうせただミサトに合わせて私をからかってるだけだろうと思っていた。
「うん、チェロでよかったら」
「ハァ?何言ってんのよアン……て、今なんてったの?」
「だから、チェロ……」
酩酊しているミサトと思わず顔を見合わせ、二人でシンジをまじまじ見詰め、
「おぉー・・・・・」
と嘆声を上げた。言ったはいいが照れて下を向いてしまったシンジが妙に可愛かった。
270:夜の帳に
09/08/19 02:03:35
*
じゃあ何歌おうかと考えてみた。とはいえ人前で歌ったことは今までなかった。
その緊張とかもあったが、絶対的にレパートリーが、ない。
おまけにチェロの伴奏をしろと言ってしまったはいいが、シンジの知っている曲じゃ
ないと結局一人で歌うしかない訳で………
『あれ?もしかして私自分でハードル上げちゃった?』
そう思い至ってますます焦った。そしていそいそと演奏準備をし、チューニングを
始めたシンジを裏切れない思いが更に焦りを倍化させる。
「アスカ、歌決めた?」
久々に弾くからだろう、シンジはいつになくノリノリだった。
「それが……私歌とかあんまり良く知らないし……やっと思いついてアンタ知ってそう
なのって、『ゴンドラの唄』しか、思い浮かばなくて……」
シンジは一瞬キョトンとして、何の曲かいつの曲か思い出そうとしていたが、無理
だったみたいだ。
「ごめん、わかんないよ」
「はぁ……、だと思ったんだぁ。教えてくれた人も古い歌って言ってたし…」
本気でしょぼくれていると、シンジが思いついたように提案してきた。
「そうだアスカ、先週洗い物手伝ってくれたとき、鼻歌歌ってたでしょ、あれは?」
「先週……あらいもの…あぁ!あの歌ならたぶん大丈夫」
「じゃあそれでいこうよ。さっきのゴンドラ何とかって歌は練習しとくよ」
「ばーか、歌うかどうかはわかんないわよ?」
「いいよ、それならそれで。アスカ、入りのキーはこれでいい?」
そう言うとシンジは一音弾いてみせる。自分の中でで出しをシュミレートしてみて、
その音なら高音まで出そうな気がした。
「えーと、たぶんだいじょぶ」
緊張して若干舌っ足らずになっていた。エヴァに乗る時は、こういう類の緊張をした
事がないので少々戸惑った。
なんか罰ゲームなんてどうでも良くなっていた。シンジによると、イントロ入れると
逆に歌いにくいだろうと言うので、素直にその言葉に従った。
目で合図して一息吸い込み、気持ちだけで歌い出した……
271:夜の帳に
09/08/19 02:05:33
Fly me to the moon
Let me sing among those stars
Let me see what spring is like
On jupiter and mars
In other words, hold my hand
In other words, baby kiss me……
声が消えるとチェロがつなぎ、歌いだしにはぎゅっと音を絞って入りやすくして
くれる。
歌いながら何度も視線が絡み合った。見上げれば銀の月、傍らでは時々弦が鋭く光を
反射しながら音を奏でる。
化学反応みたいに、二人の音が踊る。
お互いが作用しながら昇華してゆく……
歌い終わって椅子にすとんと納まり、少し温くなった紅茶を一気に煽った。
「ぷはぁー!歌って、結構楽しいのねえ」
「僕、いつも一人で演奏してたから、今なんか不思議な感じ」
「ああそれ私も」
余韻と共に何か溜まっていたものを解放した感じがとても心地よかった。
ちなみに命令を下した上官殿は、椅子の背にもたれて高鼾だ。
「ねえアスカ、もう一曲やってみない?」
「あんたバカァ?もう歌える曲なんてありゃしないわよ。さっきの曲も最後歌詞怪し
かったし」
「ちぇ、そうなんだあ……」
シンジは心底残念そうだった。
今までチェロをしているなんて一言も言わなかったくせに、不自然なくらい弾き
たがる。まあ、私も歌なんて人生に不必要程度にしか考えていなかったから、おあいこ
かもしれない。
272:夜の帳に
09/08/19 02:08:44
「ねえシンジ、他になんか弾けないの?」
「うーん、覚えてるのは二曲くらいかな……」
「ちょっと弾いてみてよ」
「アスカはどうするの?」
「聞いてあげるから感謝しなさい」
「……」
その言葉に不満はあったようだけど、少し曲を思い出すように逡巡した後、シンジは
チェロを構えて一気に自分の世界に入っていく。
夜空に吸い込まれてゆくチェロの音に、いつしか私も目を閉じた。
曲はどこかで聴いたことがあるものだった。
『ああそうそう、バッハの無伴奏チェロの1番だ、この曲』
軍の教官にもチェロ好きがいて、よく休みにリクエストされて弾いていたので、この曲
だけは覚えている。
随分リラックスしていたせいか、曲が終わったのもまるで気が付かなかった。
「アスカ……寝ちゃっ…たの?」
「ん?起きてるわよ。そこの保護者みたいに言いっぱなしで寝こけたりなんかしないわよ
バカ」
「あはは、ミサトさんは退屈して寝ちゃったのかな?」
「違うんじゃない?きっと聞き惚れたのよ」
「まさかぁ。そんな事ないよ」
「バカシンジ!自分の演奏にもっと自信持ちなさいよ。……その、いい演奏だったんだ
から…」
「あ、ありがと」
そのあといつもみたいに『ごめん』とか言おうものなら捲くし立てるつもりだったのに、
シンジは赤くなってそう言ったきりだった。釣られてこっちまで照れてしまって何も言え
なくなった。
273:夜の帳に
09/08/19 02:09:54
その沈黙に耐え切れなくなったのは私の方だった。
残りの紅茶も飲み終わり、気合を入れて立ち上がる。
「そろそろ片付けよっか。まだ宿題もしてないし……」
「あ、そうだった」
現実に引き戻されたシンジも、途方に暮れるのと同時に欠伸をしている。
「もう二人でちゃっちゃとやっちゃおうよ。少しくらい答えがかぶっててもいいじゃない」
「うん、もう今日はどうでもいいや」
シンジがチェロを片付けている間に台所に洗いものを放り込み、ゴミを全部一緒にペール
に放り込んだ。
一番の大荷物は部屋まで運ぶのに苦労した。
二人で両肩を支えて連れて行ったのだけれど、寝惚けて暴れるから性質が悪い。布団に
寝かせるときにシンジは顎下に蹴りを食らって、暫くふらふらしていた。
皺になるといけないと思って上のジャケットだけは脱がしたけど、他はもう世話を放棄
した。こんなのは自己責任の範疇だ。私は知らない。
大股広げて寝ている姿に釘付けになっているバカシンジをひっぱたいて部屋を出ると、
乱暴に襖を閉じた。
『ふんっ!いやらしい!』
シンジを睨みつけるとばつが悪そうに頬を撫でていた。
洗いものは明日やることにして、手分けして宿題を片付けた。
さっきの事もあるので私は終始無言。バカシンジがご機嫌取りしようとすると無言で威圧
して黙らせた。
私は自分の分担の数学と物理の演習問題をさっさと済ませ、お風呂に向かった。
バカシンジも古文訳と漢字の書き取りと、歴史のプリントと家庭科の裁縫が終われば、今の
地獄から解放されるに違いない。私は適材適所って言葉が大好きなので、敢えて手伝わない。
274:夜の帳に
09/08/19 02:11:41
お風呂から上がるとシンジお手製のシークァーサージュースでリフレッシュする。
美味しかったとべた褒めしたら、冷蔵庫に常備してくれるようになった。おかげでコレなし
の生活が考えられないくらいだ。
『頑張るなー、あとは裁縫と歴史か』
横目で必死なシンジを眺め、流しにコップを放り込み、シンジの肩を叩いて挨拶した。
「そんじゃおやすみ」
余裕綽々で見下ろすと、シンジは恨めしそうな目でこっちを見てすぐにぷいと横を向いた。
態度を崩さず部屋に入り、引き戸を閉じるとそのままベッドにダイブした。
枕をかき抱いてベッドを転がる。
『なに?なにあの可愛い態度?』
もうダメだ。きゅんきゅんしてしまう。
ベランダの月影帯びた憂いのある顔、チェロを弾いているときの気持ちよさそうな顔、
そしてさっきの拗ねまくりな不満そうな顔。
面白みのかけらもない仏頂面の碇指令からなんでこんなのが生まれるのか本当に不思議だ。
興奮して眠れずにいると、シンジは深く溜息をついて椅子から立ち上がり、アコーディオン
を開けてお風呂へ行った。
余程疲れていたのか、シンジは数分でお風呂から出てくると、すぐにシンジの部屋の戸が
開閉され、どすんと布団に撃沈された様が目に浮かんだ。
私は起き上がってシンジとの部屋の間の壁に額をつけ、聞こえないように呟いた。
「お休みシンジ。ありがとね……」
カーテンの隙間からシンジの部屋に向かって走る銀の光を眺めながら、私の瞼も段々重く
なっていった。
Ende
275:543
09/08/19 02:18:39
以上です。
甘いフェイスで家事全般そつなくこなし、料理の腕は一級品。おまけに
セロ弾きとか…
どこの才色兼備なお嬢様かと思いきや男なんですよねえw
新劇ではチェロのエピソードは削られちゃうんだろうなとか思ってて
考えついたネタです。二人のセッションは結構ウマが合いそうですよねえ。
最後になりましたが、前作感想頂いた皆様に感謝を。
ではまた機会がありましたらお邪魔します。
276:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/19 03:52:45
GJ
>漢字の書き取り
これは押し付けられんだろw
277:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/19 04:01:50
歌詞が適当なのはわざとか
278:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/19 13:00:33
ヤバいヤバいヤバい!可愛すぎる!
出るキャラが全員可愛いから、もう作品自体が可愛くなってるわw
でも文章もしっかりしてるし、本当に上手いわ
超GJです!
279:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/19 13:29:27
>>275
乙乙
二人が初々しくて可愛くて良かったっス
280:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/19 20:24:00
乙。月見がしたくなってきた。
281:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/19 20:25:20
良かったー!!
次作も楽しみにしています
282:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/19 21:42:47
>>250
の続きです。まだ、忙しく成らないので何とか毎日書けて居ます。
まだ、痛い話なので、読みたく無ければスルーで。
283:Another Way 男の戦い
09/08/19 21:43:51
翌日、アタシはシンジと待ち合わせをして、エコヒイキのお見舞いに行く事にした。
病院は、シンジやエコヒイキが怪我をするとかつぎ込まれるいつもの所だ。
病室に付くと、包帯をしてベットに横たわっているのは、正にエコヒイキだ。
全身から力が抜けるのが解る。
「あの、ごめん。アタシのせいでこんな怪我をさせて、本当にごめん。」
「違う、アスカのせいじゃない僕が悪いんだ。。」
「.....。」
「やっぱり、怒ってるよね。当たり前だよね。うん、当然だよ。」
流石のアタシも今日はしおらしくしている。
「違うわ。良く覚えてないの。それに、貴方達のせいじゃない、使徒のせいでしょ?」
「ん、まぁそうだけど、アタシが上手くやれば怪我させなかったんだよ。」
「その気持ちだけで十分。今日は、帰ってくれる?休みたいの。」
「ごめん。じゃぁ。僕らは帰るよ。でも無事で本当に良かったよ。お大事にね。」
「ねぇ、シンジ...。やっぱり、怒っていたね。態度冷たかった...。」
「...仕方がないよ、あんな目にあった後じゃ...。」
アタシはあえて思って居る事を言わなかった。シンジも同じみたいだ。そう、あのエコヒイキは
別人みたいだって事を。無論、どこが違うと言われると全く言えない、でも、話していると、
明らかに違うんだ。一体、どういう事だろう?第一、アタシはプラグを砕いている。あんだけ、派手に
壊して何で、軽症で済むんだろうか?もう、解らないことだらけだ。
284:Another Way 男の戦い
09/08/19 21:44:31
次の使徒は意外と早くやってきた。あいつ等は人の都合を一切考えない嫌な奴らだ。絶対に女の子に
嫌われるタイプだろう。
進行速度がやたら早くて、上部都市での迎撃が間に合わずにジオフロントで迎え撃つ事になる。
どんでも無く、ヤバいヤツだ。
「アスカ、聞いてくれる?シンジ君はバックアップに回すわ。」
「え、良いけど何で?」
「実は、初号機の電源装置が不良で蓄電出来ないのよ。アンビリカルケーブルが切られたらそれで
終わりになるの、だから悪いけど、お願いね。それから、レイも出すからそれまで頑張って。」
「零号機も?だって、あれは...。」
「大丈夫、100%は無理だけど、ある程度の能力は出せる。総力戦よ。」
「でも、エコヒイキはあんなこと有ったばっかりっだよ。休ませなくて、良いの?」
「ごめんね。貴女達には苦労ばかりかけて、でも仕方がないの、生き残るためには。」
「解った。エコヒイキの準備が整う前に片付けたげる。」
こっちの都合も考えずにやってくるお陰で整備が全く間に合って居ない。でも、やるしか無いんだよね。
285:Another Way 男の戦い
09/08/19 21:45:20
ジオフロントにやってきた使徒は、包帯の化け物って感じ、見た目はあんまり強そうじゃないけど、
全ての装甲を一撃でやぶるトンでも無いヤツ。早く片付けないと、
「相当に、ヤバいわね。」
パレットライフルは全く効果がない。シンジは更に後方から、ポジトロンライフルを撃つがこれも効果なし。
「シンジ、ライフル止めて。」
「何する気?」
「分厚いATフィールドがあるなら、接近戦で削ってやる。そこへ、撃ちこんでね。アタシに当てないでよ。」
そう言うと、装備をボウガンに変え、連射しながら突っ込んで行く。
アタシは使徒の目と鼻の先まで突っ込んでやる。
「この距離ならば、ATフィールドも張れないでしょ。シンジ今よ。」
アタシは、横っ跳びに避ける。そこへシンジが、ライフルを打ち込む。衝撃波でアタシの2号機は吹っ飛ぶ。
対して、ヤツは全くの無傷だ。あの距離で、フィールドを張ったて言うの?
アタシはかなりの高さまで吹っ飛ばされており、流石にこの状態では完全な的だ。
「アスカぁぁぁぁぁ」
アタシの様子を見てシンジが使徒に突っ込んで行く。
「バカ!近づいたらやられるよ。」
しかし、時既に遅く、シンジは包帯の様な装甲で右腕とアンビリカルケーブルを切られてしまう。
内部電源が全く無い、初号機はもう動けない。
それに気づいた使徒は、いたぶる様に初号機をもてあそぶ。
286:Another Way 男の戦い
09/08/19 21:46:07
「卑怯よ。もう、シンジは動けないのに。クソ...。こうなったら、また使うしかないか。」
「アスカ止めなさい。制御棒の解除は危険よ。」
「そんな事言ってらんない。シンジを助けなきゃ。行くよ、2号機。The beast!」
野獣の咆哮と共に、獣と化した2号機が使徒へ突進する。
アタシの突進を見た。使徒は、初号機を投げ捨てると、アタシの方へ強力なATフィールドを展開する。
もう、格好なんか構ってられない、口を使ってATフィールドを食い破っていく。
しかし、ヤツの攻撃は半端じゃない、包帯をハンマーの様にしてアタシを殴ろうとする、そのハンマーを紙一重
で避けながら突進していく、肉体的にはもう限界近い、活動限界まであとわずかだ、でもやるしかない。
「まだ、まだぁぁぁぁぁぁぁ!」
相手に食らいつくと、コアに肩を押し付けつる様にして、ペンシルロックをぶち込むと、素早くヤツの下へ逃れて
爆風を避ける。
そのまま、下を潜り抜けると飛び上がり前に出て効果を確認するが、
「何で、効かないのよぉ!」
その時、真後ろから零号機がN2ミサイルを持って飛び込んできた。
「ちょっと、エコヒイキ、バカなもの持ち出さないでよ!」
零号機はアタシの2号機を後ろに放り投げながら、
「2号機、後は任せて。」
と言うと、コアにミサイルを押し付け自爆する。
大爆発が起こる。アタシの2号機は投げ飛ばされた時に活動限界を迎えており、もう動けない。
これで、片が付かないと、成す術は無い。しかし、ヤツは全くダメージを受けた様子が無かった。そして、
零号機は瀕死の状態だ。
「エコヒイキーィィィィ!」
ヤツは何を考えたのか、零号機を食ってしまった。頭は消化されないのか、吐き出す。
すると、下半身が女の様な格好に変形して行く、エコヒイキを取り込んだって事?
何を考えているの?
287:Another Way 男の戦い
09/08/19 21:48:14
「アスカ、聞こえる?」
「何?ミサト。」
「実はね、ヤツはレイを取り込んで認識パターンを零号機にしてしまったの。もう、ジオフロントの
自爆も出来ないわ。アスカ、何とか止められない?」
「ごめん、ミサト...。こっちは活動限界。仮に電源が有ってもアタシは、ボロボロもう動けないわ。
悔しいなー。もう終わりなんて、何で頑張って来たのか解んないよ。」
「ゆるさん、絶対にゆるさん。」
誰?シンジ?シンジの声なの?
「綾波を返せー!」
え?何なの?
大地を揺るがすような咆哮が響き渡ると、初号機が動き出す。
何で、動けるのよ。しかも、右手をが再生までしている...。
何でよ。何で、動けるのよ。アタシの時はやらなかったくせに、エコヒイキを助けるためには
そんな事をするのね。シンジ、そんなにあの女が好きなの?
ブチ切れたシンジは強かった。圧倒的な戦闘力であれほど苦労した使徒をいとも簡単にたおしてしまう。
でも、何か変だ。あの頭の輪は何?
「ミサト、如何なってるの?」
「私にもよく解らない。でも、リツコによると、レイを取り戻したいと言う思いに呼応して、エヴァが人の域を
越えてるんだって。」
「何でよ。何で、シンジはあの女の為にはそこまで真剣にやるの?アタシの時はそこまでしない癖に、何で、
あの女には...、ずるいよ。何でよ。アタシが戦っている時にやってよ。」
288:Another Way 男の戦い
09/08/19 21:48:37
初号機の形が変わって行く。エコヒイキと融合しているみたいだ。ダメ、シンジ、それ以上は止めて。嫌よ。
あの女にそこまで入れ込まないで。何で、アタシじゃないの?
「アスカ、聞いて。サードインパクトが始まるわ。」
「どういう事よ。世界を引き換えにしてまで助ける女なの?シンジは何を考えているのよ。悔しいよ。アタシには
そんな事してくれないくせに、あの女は、そこまでして助けるの...。酷いよ、酷すぎるよ。」
その次の瞬間、大爆発と共に上部の都市毎、ジオフロント上面が吹っ飛ばされる。巨大な竜巻の様な輪が大きく
広がって行く。もう、終わりなのね。なんでこうなってしまったの?
何かが、上空から飛来した。そう、巨大な槍みたいなものだ、それがが初号機に突き刺さる。その刹那、
辺りは何事も無かった様に静かに成った。後には、大地に突き刺さった槍に貫かれた初号機だけが有った。
そして、上空にはエヴァの様な人型の巨人が居る、あれは何なの?取りあえず、助かったって事?
助かったと思ったら、余計に悔しさと嫉妬の炎がアタシを焦がし、気が付くと泣き出して居た。
「ひっく、悔しいよ。悔しいよ。何で、アタシよりあの女を取るの?愛して居るんだよ。なのに...、なのに...
許さない、絶対に許さない。シンジはアタシのもの、誰にもあげない...、絶対に、絶対に...、取り返して
やるわ。」
続く...。
289:Another Way 男の戦い
09/08/19 21:50:05
と言う訳で、次回は「Quickening」です。
290:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/19 23:16:54
まだ夏か
291:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/19 23:45:04
>>290
もう暫くの辛抱だ
292:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/20 00:02:52
乙です。式波さんヤンデレてきましたねw続き待ってます
ただやっぱりセリフに覇気がないかなぁ
力入るシーンなら、そういうセリフに見せた方がいいと思います
293:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/20 00:40:42
レイをエコヒイキって呼称するのって、LASではムチャ違和感あるなw
294:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/20 01:31:28
>>293
アスカの一人称なら「あの女」とかの方がしっくりくるかもな。
エコヒイキとかバカシンジは会話以外で使うと違和感がある。
他人に聞かせるための言葉だからな。
295:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/20 03:24:52 JWpJyBcG
なんだかなあ
296:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/20 09:48:58
セリフに感情が無い
297:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/20 10:04:10
>>275
今頃気付いて読んだ輩ですが‥ww
感動物です!
キャラのセリフ回しと仕草が目に浮かぶようで可愛かったです。2人で奏でる「fry me tothe moon」も良かった~。
298:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/20 10:51:25
初めてですが、書いてみました。
これは、さだまさしの『恋愛症候群』という曲を題材にしてるので
聴きながら、もしくは聴いてから読んでいただけると幸いです。
読みたくない方は、NGワード
恋愛症候群
でお願いします。
299:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/20 10:53:48
サードインパクトから三年後、ゼーレや碇ゲンドウなどの一部を除いた人々は
、貴重な臨死体験を終え帰還し、地球レベルでの復興も驚くべき早さで進んだ。
これには、ネルフの科学技術の開示が起因していた。
こうして、今ではセカンドインパクト直前ほどの状態に戻り、日本もサードイン
パクト時の衝撃による、地軸のずれの解消により、四季を取り戻していた。
その間にアスカとシンジの和解、ネルフと残ったチルドレン二人との和解、国連
とネルフの和解、などたくさんの和解があり、その上に今の平和が成り立ってい
る。この和解の連鎖は、人の心を覗き合い、他人を思いやるという事を以前より
覚え、少しだけ優しくなった人類の、サードインパクトによる副弐的産物であっ
た。
そんな、太陽が照り付ける茹だる様に暑い夏のとある日曜日の午後、保護者兼
元上司の葛城ミサト、同居人兼恋人の碇シンジの不在を良い事に、居候の身であ
りながら惣流・アスカ・ラングレーは、クーラーの温度設定を低めにし、自室の
壁にもたれ掛かって音楽をかけながら座ってスイカバーを食べていた。
「ホント、外は暑そうねぇ。シンジ、大丈夫かしら…」
そう、独り、言ちる。
聴いている曲は、年齢に似合わずさだまさしである。
何故こんな古い曲を聴いているのかというと、それは先日、地球復興に甚大な功
績を挙げたことにより、今では国連の特別研究所になっているネルフに、アスカ
とシンジが健康診断を受けに行った際、青葉シゲルに会った時の事だった。
300:恋愛症候群
09/08/20 10:54:29
サードインパクトから三年後、ゼーレや碇ゲンドウなどの一部を除いた人々は
、貴重な臨死体験を終え帰還し、地球レベルでの復興も驚くべき早さで進んだ。
これには、ネルフの科学技術の開示が起因していた。
こうして、今ではセカンドインパクト直前ほどの状態に戻り、日本もサードイン
パクト時の衝撃による、地軸のずれの解消により、四季を取り戻していた。
その間にアスカとシンジの和解、ネルフと残ったチルドレン二人との和解、国連
とネルフの和解、などたくさんの和解があり、その上に今の平和が成り立ってい
る。この和解の連鎖は、人の心を覗き合い、他人を思いやるという事を以前より
覚え、少しだけ優しくなった人類の、サードインパクトによる副弐的産物であっ
た。
そんな、太陽が照り付ける茹だる様に暑い夏のとある日曜日の午後、保護者兼
元上司の葛城ミサト、同居人兼恋人の碇シンジの不在を良い事に、居候の身であ
りながら惣流・アスカ・ラングレーは、クーラーの温度設定を低めにし、自室の
壁にもたれ掛かって音楽をかけながら座ってスイカバーを食べていた。
「ホント、外は暑そうねぇ。シンジ、大丈夫かしら…」
そう、独り、言ちる。聴いている曲は、年齢に似合わずさだまさしである。
何故こんな古い曲を聴いているのかというと、それは先日、地球復興に甚大な功
績を挙げたことにより、今では国連の特別研究所になっているネルフに、アスカ
とシンジが健康診断を受けに行った際、青葉シゲルに会った時の事だった。
301:恋愛症候群
09/08/20 10:55:28
健康診断を終えたシンジが、自動販売機のベンチに座ってアスカを待っている
と、いつになくハイテンションな青葉シゲルがやって来た。
「おぉシンジくんじゃないか!どうしたんだいこんなところで?」
シンジは、何時になくハイテンションなシゲルを訝りながらも答えた。
「えっただ早く健康診断終わったんで、アスカを待ってるだけですけど…」
「そうかいそうかい!」
シゲルはひたすら陽気だった。馴々しく肩を組んで来た。
「ところでシンジくん、いっつも何の曲を聴いてるかしらんが、今の時代はロッ
クだぞ!ロック!このフォースインパクトを引き起こすロックンローラーと言わ
れた所で全く憚らない男!青葉シゲルが、良い曲紹介してやるよ!」
「いやいいですよ、だってシゲルさん影薄いですし、何より名前初めて聞きまし
たよ」
「えっ…」
「あっ…」
そんな気まずい空気を打破するかの様に、シンジの姿を見つけたアスカが駆けて
来た。
「シンジぃ!なにしてんの?」
「あっアスカ!」
シンジは(≧∇≦)ъ ナイス!とばかりに心踊らせた。
「シゲルさんが何か良い曲紹介してくれるって」
復活したシゲルが喋り出す。
「おぉ~いい所に来たな、アスカ!いっつも何の曲を聴いてるかしらんが、今の
じ」
「へぇ~存在感薄いからって必死ね」
シゲルは泣いた。シンジが、自分の事を棚に挙げ「ダメだよ気にしてるんだから
」などとアスカを非難していると、そこへ今では総指令の冬月がいつもの困った
顔でやって来た。
302:恋愛症候群
09/08/20 10:58:05
「おやおや?なっ青葉くん!何かあったのかね?」
「シンジくんとアスカちゃんがぼく、かげうすいっていじめた!」シゲルは幼児の様な声で喚いた。
「あぁ残念だが、それは否定出来かねるな」
「ぐぅ~」シゲルはうずくまった。
「ところで何の話をしておったんだ?」
「はい、シゲルさんがロックな良い曲を紹介してやるって」とシンジが答えると、日頃から不満を抱いていたのであろう冬月が激昂した。
「何?ロックだと!?だから今の若者はなっとらんのだ!あんな軽薄な雑音で構成された騒音なぞを聞いておるから」
「ろっくばかにすんな!」
冬月はシゲルの顎を思いっ切り蹴り上げる。
「良い機会だからアスカくん、日本文化の勉強のためにも昭和のアーティストでも聞いてみたらどうかね?」
冬月は何もなかったかの様に、アスカへ薦める。
「えぇ~あんまり私っぽくありませんよ!」
「良いじゃない。この前アスカ、日本の文化も悪くないわね。とか言ってたじゃ
ないか」
シンジも、あまり音楽を聴いていない様子のアスカが取っ掛かりが何にせよ音楽
に興味を持てば一緒に楽しめるのではないかと思い、それに同調する。
「うっさいわねぇ!それはアンタがアタシに作った肉じゃがが美味しかったから
、日本の食文化も悪くないわねって言ったんじゃない!別に日本の文化を褒めた
わけじゃなくて、その、あ、アンタを褒めたのよ」
「…アスカ」シンジは呟き、照れたアスカを愛しく思い頬を緩めた。
そして、冬月がこの良い雰囲気に飲まれたら負けだと危機感を感じ執り成す。
「まぁとりあえず一度聞いてみるといい。さだまさしという人が私は好きなのだ
が、笑える曲から泣ける曲までたくさんあってな。良い曲が多くある。取り敢え
ず部屋に来なさい。ライブベストを貸してあげよう。本当にサードインパクトの
後、音源が残っていたのも奇跡と言える。」
冬月は喋りながら歩き出し、シンジとアスカも手を繋ぎながら続いた。
その場にはシゲル一人が意識を失い、四肢をだらんとさせたまま仰向けに倒れ、
よだれを垂らして気絶していた。
しかし、持ち前の影の薄さによって誰一人気がつく者はいなかった。
303:恋愛症候群
09/08/20 11:01:31
そして今日、アスカは冬月に返す日をあさってに設定したことを思い出し、早く聞かなければと急いで部屋に埋もれていたCDを引っ張り出して、あまり使わ
ないコンポで聞いているのだった。
「ふぅ~ん、まぁまぁね」
そして開始約15分後、ディスク1枚目の4曲目「恋愛症候群-その発病及び傾向と対策に関するー考察-」が始まった。
(前奏で皆笑ってる…そんなに面白いのかしら?)
『恋と呼ばれる一過性の発情症候群に於ける その発病及び傾向と対策について考える 年齢 性別 職業 ツベルクリン反応 郵便番号の如何を問わず 凡そ次のとおり
開き直らねば何も出来ず ただ暗く爪をかみ 目が点になってため息ばかりの A型』
(違うわよ!あっ、でもバカシンジは完全にそうね。)
『他人のことなど考えられずに 大切な花畑 平気で踏み荒らしてヒンシュクをかう B型
今日と明日では自分同士で意見が分かれて 熱し易く冷め易い AB型
その内なんとかなるんじゃないかと思っている内に 自分だけ忘れ去られている O型』
(血液型占いなんて、前時代的。でもまぁ古い歌だもの、しょうがないわね)
『その他 いきなり優しくなったり急に詩人になるケース 夜中にいなりずしをどうしても喰べたくなる場合 海に向かってばかやろーと叫ぶなどはよくある事で更に若いのに髪が薄くなる方もある
なにしろ これらがある特定の人にだけ反応するって事は恋は一種のアレルギーと考えてよい』
(あら、上手いじゃない!)
304:恋愛症候群
09/08/20 11:05:18
『恋におちたら一部の例外を削除すれば およそ 男は男らしく 女は女っぽくなるものらしい手想 星座 サイコロ タロット 四柱推
命 その他茶柱まで相性占いなど気になったら もう恋 相手には自分の良い所ばかり見せたくなるものであるし 相手の欠点には気づいても気づかずにいられるし』
(私達の場合真逆ね…)
『食べ物 着るもの 見るもの 聴くもの すべて好みが合うと思うし 毎日が二人の記念日になる
処が一年二年とたつうち見えてくるんですよ 恋とは誤解と錯覚との闘い
そのうちなんだかお互い知らない人に思えてきて 次第に疲れて 会っても無口になる』
(そんなもんなのかしら…まぁ私達の場合はサードインパクトでさらけ出しちゃったし関係ないわね)
『初めは めまい 立ちくらみ 食欲不振で気づいた恋がいつか注意力散漫 動悸 肩こり 息ぎれに変わり やがて 頭痛 発熱 歯痛 生理痛 すり傷 切り傷 しもやけ あかぎれ 陰金 夜泣き かんむし 田虫 水虫 出痔 いぼ痔 切れ痔 走り痔 えーと えーと …えーとせとら』
(日本語の意味が分からない所が多々あったわねぇ…帰って来たらシンジに聞いてみよ)
『とにかくそんな風に笑っちまった方が傷つかずに済むって わかってるんだ 誰だってそうだろう』
(あら?突然シリアス調になったわね)
『恋は必ず消えてゆくと誰もが言うけれど ふた通りの消え方があると思う』
(うんうん)
『ひとつは心が枯れてゆくこと そしてもうひとつは 愛というものに形を変えること』
(変えられるかしら…大丈夫よね、シンジと一緒なら。)
『相手に求め続けてゆくものが恋 奪うのが恋』
(えっ…)
アスカの頭に、尊大に命令する自分と、いやいやながらも実行し続けるシンジの姿が幾つも甦った。
『与え続けてゆくものが愛 変わらぬ愛』
堪らずCDの再生を止め、冷房の駆動音が場を支配する。車のクラクションが聞こえた。
(あたしは、シンジに何も、与えられて、ない…)
溶けかかったスイカバーのつゆが、アスカの手の甲を、伝った。
305:恋愛症候群
09/08/20 11:06:45
「ただいま~ゴメンね、遅くなって」
家の玄関先で、何故か、碇シンジは暖かな衝撃を感じた。
「おっかえり~シンジ!」
アスカがシンジに駆け寄り、抱き付いたのだった。いつもはリビングから聞こえて来る「おかえり」の声がこんなに近く、また実体
を伴って来るとは思わずシンジは驚いた。
「どっどうしたの、突然!?」
「どうしたのって…恋人同士なんだから抱き付くくらい当たり前じゃない」アスカはシレっと答えた。
シンジの脳裏に「これには何か裏があるに違いない」という危機感がよぎる。
「いやでもさぁ…今日はいやに積極的じゃない?」
「そうかしら?別に普通よ」
これが普通ならいつものわがままな彼女は何だったんだろうと思いつつ、夕食を作る最中にゆっくり考えようと、靴を脱ぎながらシンジはアスカに告げる。
「まぁいいや。今日は餃子作るから楽しみにしててよ」
「あっじゃあアタシも手伝う!」
沈黙。のち
「えぇっ!?」
シンジは二の句を口に出すまで少々間が開いてしまうほど驚いた。
「あによ?何か文句あるわけ!?」右頬を膨ませシンジをにらむ。
「いや、ないよ。ないけど…ホント今日はどうしたんだよアスカ?」
「別に、何となくよ、何となく!さぁササッと夕飯作るわよ!」
306:恋愛症候群
09/08/20 11:10:26
夕食時、食卓にはパリッと焼けた餃子の良い香りが立ち込めていた。副菜として中華サラダが用意され、ワンタンスープと白米までついたバランスの取れた、かつ食欲をそそる料理が並んでいた。
しかし、主菜である餃子の形自体に目を向けると、些か不可解なことになっている。
具を押さえきれず包皮が決壊していたり、明らかに折り目の間隔がおかしかったり、完全に形象崩壊してしまっているものがあるかと思えば、折り目が等間隔に
並んでいる綺麗な餃子もある。だが、この謎は餃子を作った二人の性格、つまりアスカは唯我独尊でシンジは気
弱、しかし共通して優しいという事と、今の様子を見ればすぐに明らかとなる。
アスカが不機嫌そうに形の悪い餃子ばかりを食べるのに対して、シンジはビクビ
クしながら綺麗な餃子ばかりを食べている。時折シンジが形の悪いものに手を出そうとするも、アスカの射る様な目線に遭い
、おずおずと箸を方向転換し綺麗な餃子に向ける。
この状態から見るに、アスカが餃子作りを手伝ったは良いが失敗し「この失敗した奴は全部アタシが食べるわ!だから、アンタがもし私のに手を出
そうもんなら容赦しないわよ!」とシンジに言い渡し「えっでも、そしたらアスカが…」
とシンジが言い返そうと頑張るが、もちろんアスカに遮られ「うっさいわね!男のくせにグダグダ言ってんじゃないわよ!アタシが料理運ん
でやるから、早く席に着きなさいよ!」と玉砕され、「分かったよ…」などと呟きながら席に着くシンジが目に浮かぶ様であった。
そんな気まずい夕食を終えると、保護者である葛城ミサトから電話があり、今日は遅くなるので夕飯はいらないとのことであった。
リビングのソファに二人並んで腰掛け、テレビを見ながらうだうだと、それでいて幸せそうに喋っていると、お風呂が沸いた事を告げるメロディーがリビングに鳴り渡った。
いつもであれば、アスカが「じゃあ先入るわね」とシンジに告げてソファを立つ
筈なのだが、今日は何故かそうはせず、いつもとは全く逆なことを言い出した。
307:恋愛症候群
09/08/20 11:11:44
「アンタ、先入っていいわよ」
沈黙。のち
「えぇ!?」
本日二度目である。
「何で!?」
「何でって…いっつも私が先じゃ悪いでしょ?」
「いやでも…あっほら!僕、洗濯物畳んだり食器の片付けとかあるから」
「じゃあアタシがやったげるわよ!」
「うえぇえっ!ホントに!?」
「このアスカ様がウソ吐く訳ないじゃない!」
「えぇ~でもなぁ…」
「何よ、アタシに任せるのがそんなに不安だって言いたい訳!?」
「い、いや、そっそんなことないよ!じゃあ…分かった、今日はお願いするよ」
「全然OKよ!さぁ早く入っちゃいなさいよ!」
アスカはまず、食器洗いから始めた。食器自体は夕飯分、しかもたった二人分しかないので数自体はあまりなかったた
め早く終わるだろうと目算したためである。しかし、数は少ないはずなのだが、食器を手から滑らせシンクに落とし、ギリギ
リ割れてしまうのを免れるケースが多々あり、食器洗いは難航した。ようやくヒヤヒヤものの食器洗いを無事に終えたアスカは、洗濯物を畳み始めた
。
その後、しばらくしてシンジがタオルを首にかけ、ほこほことした湯気を立て
ながら、心に置けるアニマの占有率が高過ぎるのではないかと思わせる女性的な
フェロモンを放出しつつ、笑顔でリビングに入って来た。
「いや~やっぱり一番風呂は良かったよ。ありがとう、アス…アスカ!?」
そこには、正座の状態から両足を外に出して座る、いわゆる女座りをし、俯いているアスカの姿があった。
「アスカ、どうしたの!?」
シンジの心拍数が高揚する。
すぐさま駆け寄り膝を突き、アスカの顔を覗き込む。
アスカは、涙をこぼしていた。
308:恋愛症候群
09/08/20 11:15:28
「アタシは、ホントに、ダメな、女なのよ…」
声を震わせながら、ポツリ、ポツリと、答える。
シンジが横に目をやると、洗濯物の山とお世辞にも上手いとは言えない、洋服や下着を小さく折ったものがあった。そして小さな声で呻く様にアスカは喋り始めた。
「バカらしい話かも知れないんだけど、今日ね、冬月さんに貸して貰ったCDを聞いてたの、シンジも一緒に居たし分かるわよね?」
シンジは頷く。
「それでね。恋愛症候群って曲なんだけど、その中の歌詞に『相手に求め続けるのが恋、奪うのが恋。与え続けて行くものが愛、変わらぬ愛。』っていうのがあってね。
アタシ、今までは浅はかで自己中だから、シンジはアタシを愛してくれてるし、アタシもシンジを愛してるから、ずっと一緒にいてくれると思ってたの。
でもこれ聴いて気付いちゃったのよ。アタシのシンジへの想いは愛じゃなくて、恋なんだって。アタシは求めてるだけ、シンジから奪ってるだけってことに…シンジはアタシに優しくしてくれてるのに、アタシは、シンジに何もしてあげてないのよ!」
「そんなことないよ、アスカ!」シンジは悲痛なようすで叫んだ。
アスカも負けじと叫ぶ。
「何が、違うってえのよ!アタシは、アンタに何かしてあげようと思ってやってみても、何も出来ないただのダメ女じゃない!それなのに、アタシはいつもいつも高飛車に、尊大に、シンジに命令して、女王様気分で愛されてるって勘違いしてる、馬鹿女じゃないの!」
もうアスカの顔は涙でグシャグシャだった。
「だから…違うって言ってるだろ!」
冷房の駆動音が響く。
シンジは、恫喝するかの様な声を出した自分に驚き、アスカも、シンジの初めて聞く唸り声に沈黙し、場に寂然とした空気が流れる。
その均衡をシンジが静かに、やぶった。
309:恋愛症候群
09/08/20 11:17:48
「アスカさ、前に僕が、何で僕に何でもやらせるんだよって聞いた時、何て言ったか覚えてる?」
アスカは首をふる。
「その時アスカこう言ったんだよ。アンタが幸せそうな顔するからじゃないの!って。それで、そりゃそうだな…って思ったよ。」
不思議そうにアスカは見つめる。
シンジは言葉を選びながら噛み砕くように告げる。
「だってさ、好きな娘のわがままっていうのは、言わばその人の、計算や飾りのない、まごころな、訳でしょ?
それをぶつけてくれて、その好きな娘のためにそれに答えるっていうのは、本当に幸せなことなんだ。
だから、アスカも、傍目にはそうみえないかもしれないけど、僕に今まで与え続けて、愛し続けてくれてたんだよ。そんなイヤな役回りをし続けてくれた、アスカに、悪いくらいだよ。」
アスカは徐に否定する。
「そんなこと…ない」
シンジはゆっくりと続けた。
「うん、でもね。アスカのまごころに答えるのも、好きな人のために何かしてあげられてると思えて嬉しいけど、好きな人に何かしてもらうって言うのも、それと同じくらい嬉しいって事に今日、気付いたよ」
「シンジ…」
アスカは依然泣いていた、が、涙の意味が少しずつ変わっていた。
310:恋愛症候群
09/08/20 11:19:55
「でも、アタシ料理も上手くないし、食器洗いも、洗濯畳むのも何も出来ないのよ?」
悪い事をしてしまい、それを親に告げる少女の様に、不安そうにアスカは尋ねた。
シンジは、優しい母親のように答える。
「これから覚えれば良いじゃない。だって死ぬまで一緒に、いるんだからさ」
アスカの涙の意味が変わった。
「…シンジぃ!」
アスカが、シンジにギュッと抱き付く。
シンジも、それに呼応するかのように優しく抱きしめる。
「だから、今まではアスカが、僕にまごころをくれて、僕がそれに答えるっていう、立場の決まった関係だったけど、これからはさ。
何でも二人で一緒にやっていこうよ。ずっと、一緒にいるんだからさ。そうすればお互いが一生愛し合えることになるしね。」
「そうね。それって、素敵な事よね」
「うん、こんなに大事なことを気付かせてくれて、本当にありがとう、アスカ。」
「こちらこそ、ずっと私を愛してくれて、ありがと。そしてこれからもよろしく
ね、バカシンジ!」
アスカの笑顔が、ニヤッと、イタズラっ子の笑顔に変わる。
「なっ!?何でこんな良い雰囲気の時にバカシンジなんだよ!」
「だって、ホントの事じゃな~い!こんなわがままアタシを一生愛してくれるなんてさ…」
二人はまた強く互いを抱き寄せる。
「アスカは、今まで、他にも僕に与えてくれてたんだよ。」
「何よ、暴力とか下らないこと言ったら、怒るわよ」
「ちっ違うよ…例えば、さ。元気の出る満面の笑顔…とか、てっ照れてる可愛い顔…とか、
他人と一緒にいる初めての安心感…とか、けっ結婚したいって気持ち!とか、それと、あとは、ンッ」
待ちきれない、とばかりにアスカは自らの唇で、シンジの唇を塞いだ。
「長いのよ、バカシンジ。」
「ゴメン…でも、大事なことだからさ」
「うん、これからもよろしく頼むわね。シンジ」
「こちらこそよろしく、アスカ」
311:恋愛症候群
09/08/20 11:21:16
そして、アスカは満面の笑みを浮かべて立ち上がった。
「ねぇ記念に二人で恋愛症候群、聞きましょうよ!」
「良いけど、また落ち込んだりしない?」
「大丈夫よ、シンジと一緒なら。それに、さっき何でも二人でやるって決めたじゃないの!」
「そうだね。」シンジが微笑む。
二人でアスカの部屋に行き、壁にもたれ掛かりながら、二人で手を絡ませながら座る。
そしてCDを再生し、曲は後半へと差し掛かろうとしていた。
『頭痛 発熱 歯痛 生理痛 すり傷 切り傷 しもやけ あかぎれ 陰金 夜泣き かんむし 田虫 水虫 出痔 いぼ痔 切れ痔 走り痔 えーと えーと …えーとせとら
「ねぇ、ここらへんの日本語ってどんな意味なの?」
「えっあぁ~こっこ昆虫の名前だよ!そう、いるんだよ、こういう昆虫が!」
「ふぅ~ん、でもなんで皆笑って…あっここからよ!」
312:恋愛症候群
09/08/20 11:23:17
『とにかくそんな風に笑っちまった方が傷つかずに済むって わかってるんだ 誰だってそうだろう
恋は必ず消えてゆくと誰もが言うけれど ふた通りの消え方があると思う ひとつは心が枯れてゆくこと そしてもうひとつは愛というものに形を変えること』
「僕たちは変えられたから大丈夫だね。」
シンジが微笑みかけ、アスカは満面の笑みで返す。
『相手に求め続けてゆくものが恋 奪うのが恋 与え続けてゆくものが愛 変わらぬ愛』
(ここから止めちゃったから聞いてないわね)
『だから ありったけの思いをあなたに投げ続けられたら それだけでいい』
(シンジは、それだけでいいって…思って、くれてたんだ。)
アスカの頬に一筋の涙がこぼれ、それをシンジが優しく拭う。
『おそらく求め続けてゆくものが恋 奪うのが恋 与え続けてゆくものが愛 変わらぬ愛
だから ありったけの思いをあなたに投げ続けられたら それだけでいい』
『あなたに 出会えて 心から しあわせです』
曲が終わり、二人を甘美な静けさが覆う。
自然と二人は見つめ合い、目線を絡ませ、片方の手を絡ませたまま、そっと、抱き合い、二人の舌を、強く、絡めた。
二人の『恋愛症候群』は、永遠に治らなかったという
Fin
313:恋愛症候群
09/08/20 11:29:42
えぇ~多分始めの名前欄いれず投稿した以外にも、
何かしらのミスはあると思いますが、大目に見てやってください。
読んでいただいた方、ありがとうございました。
314:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/20 11:57:28
>>313
普段しなれないことを頑張るアスカ可愛かったです。
文体は初々しい感じがしました。
これからも頑張って素敵なLASをお願いします!GJ!
315:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/20 12:00:00
GJ!
前半ギャグかと思ったけど、少し切ない感じもあって良かったです!
青山と冬月のキャラぶっ飛んだなw
316:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/20 12:06:55
>>315
>青山と
影が薄すぐるw
317:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/20 12:08:12
さだまさしのノリは70年代だからなぁ
318:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/20 12:08:26
>>315
名前間違えるなよ、青菜さんだろ!
319:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/20 14:17:13
GJ!
和むなぁw
320:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/20 15:55:38
青葉ワロタwwwwwwwww
乙です
321:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/20 18:16:28
GJです!題材のせいか、妙にノスタルジックな気分…
しかしこんなに新参さんがイキイキするとは、破効果すげえw
322:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/20 19:00:27
>>288
の続きです。当初の目論見より、かなり長く成って来ました。
Quickeningは前後編に分けます。あと、3回ほどなので、
読みたくない人はもう少し我慢してください。
323:Another Way Quickeningze前篇
09/08/20 19:02:17
初号機が暴走をした後、直ぐにアタシ達は拘束され、芦ノ湖に曳航された、三隻のヘリ空母に監禁された。
特に、パイロットであるアタシの扱いは最悪。絶対に逃げないように、重営倉に入れられた上、
手錠をされて、壁に繋がれた、鎖を足に付けられている。
全てが、鋼鉄で出来た独房で、ベットはおろか、トイレも無い部屋で、代りにバケツが置いてある。
薄手の夏服一枚ではかなり堪える。渡された、薄手の毛布をお尻に敷いてはみたが、全く効果なしだ。
入口の扉が開くと、強い光が差し込む。薄暗い部屋に入れられているので、目がくらんで入って来たのは、
誰か解らない。
「あの神経質な大尉を入れるには、環境悪すぎませんか?」
ようやく目が慣れて、入ってきたのが誰か解った。何で、お前が居るんだよ。
「何しに来たの?マリ。」
「助けに来たに決まってるでしょ。それにしてもひどい扱いスね。大尉は、未成年になんだから、これは
児童虐待ですな。アグ○ス辺りが知ったら、怒鳴り込んで来ますよ。制服姿の女子中学生にこんな事して、
連中は変態じゃないですか?」
「下らない事、言って無くて良いから、手錠外してくれる?」
「監視カメラは、大丈夫なの?」
「システムにハッキングして居ますので、ダミーが流れて居ます。後、20分は大丈夫ス。」
「他に、捕まっている人は?」
「ええと、このエリアでは3人ですが。」
「じゃぁ、その人達も助けて。」
「一寸、待って下さい。救出用の小型艇は二人乗りです。助けられません。」
「良いから、助けなさい。この船には、飛行機も積んだ有るから、それを奪えば良いわ。」
「ヘイヘイ、解りました。こう成ったら、自棄ス。」
「あ、それから、アンタのMP5よこしなさい。」
「これは、自分のですが。」
「アンタは、見張りの兵から奪った銃を使えば良いでしょ。兎も角、よ・こ・す・の。」
「もう、大尉の我儘が始まったよ。解りましたっ、これで良いんでスね。」
「良いわ。じゃぁ、助けて来て。」
324:Another Way Quickening前篇
09/08/20 19:04:28
マリが持って来たのは、サイレンサーが付いた特殊部隊用のMP5に点射モードの付いたSD6だ。
「良い銃ね。」
人に向けて、撃てるかな?
「撃つしか無いんだよ、アスカ。シンジに会いたかったらね。」
そう、シンジに会えるんだったら、地獄に堕ちても構わない。
外に出ると、マリが助け出した人が既に居た。ミサトと加持さん、それに赤木博士だ。
「アスカ、酷い扱い受けたみたいね。大丈夫?」
他の人の独房は、ベットも有るし、トイレに仕切りが付いている。アタシとは雲泥の差だ。
「まぁ、知らない人にしたら、エヴァパイロットなんて、化け物なんでしょ。それより、司令や副司令は、
居ないの?」
「あの人達は、こう言う事態を予想して居たみたいで上手く逃げたよ。多分、巻き返しの工作中だと思う。」
「そうなんだ。やはり、凄い人達ね。じゃ、アタシ達も逃げようよ。20分以内に逃げれば大丈夫よ。」
甲板にでると、流石に人が多い。物陰に隠れて、奪えそうな飛行機を物色する。
「あの右から3番目のVTOLが良いんじゃ無い?」
「何で、ですか?」
「エンジンかかっている中で、一番マークがカッコいいから。」
「一寸、適当すぎるでしょ。まぁ、良いか。どれも大して変わらないし。」
どうやって、奪うか考えていた時、サイレンが鳴った。
「総員緊急配備、逃亡者が出た至急探索せよ。」
「マリ、どういう事よ?まだ、15分しかたってないわ。」
「知りませんよ。それより、如何します。」
「あ、居たぞ。あそこだ。」
見つかったか。
「こうなったら、強行突破よ!皆、走りなさい!」
そう言って、走り出したミサトの後追うように走りだす。
325:Another Way Quickening前篇
09/08/20 19:05:23
銃を乱射しながら立ちふさがる兵をなぎ倒して、目星を付けたVTOLにたどり着く。
「アスカッ、発進準備をして!」
「解った、ミサトも援護してね。」
「任せといて!」
エンジンがかかっていたので直ぐに発射準備が整う。
「ミサトォ!出れるわ。乗って!早く!」
飛び出しすと、追手を沈黙させるために、ミサイルで甲板をぶっ壊して飛行機を飛べなくする。
残りは二隻だが、一隻は同じように破壊できたが、ミサイルが尽きたので、残りの一隻は上がって来たのを片っぱし
から撃ち落としていく。それでも、撃ち漏らした最後の一機に背後を取られてしまった。
「大尉、ヤバいスよ。」
「黙って乗ってなさい!VTOLでのドッグファイトのやり方を見せてあげるわっ!」
そう言うと、エンジンを90度回転させ、VTOLを上昇させる。更に、前方へエンジンを傾ける。
急制動がかかり、速度が一気に落ちる。一応、斜め下にエンジンが向いているので落ちる事は無い。
物理的に無理な気もするが、同じタイプが大量に生産されているので、設計的な問題は無いんだろう。
このまま、エンジンをふかし続ければ後進も可能だが。速度が0近く成った所で、エンジンを絞る。
「ちょ、大尉。ここで、エンジンを絞ったら落ちますよ!」
「そうすれば、逃げられるわ。」
「落ちたら意味無いですよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ。」
落下しながエンジンを水平位置にしておき、水面近くで機首を起こして水平にすると、エンジンをフルスロットル
で吹かす。揚力を回復した、VTOLが水しぶきを上げて水面ギリギリを飛ぶ。
「飛行艇じゃないんだから、こんなとこ飛ばなくても良いでしょ。」
「でも、ベストポジションよ。」
アタシは、敵の下方を取る位置に付ける事が出来た。このまま機首を起こし、バルカンの射線上に入れる。
「ごめんね。恨みは無いの。でも、シンジと会いたいのだから、ごめんね。」
引き金を引くと、相手のVTOLが落ちて行く。
326:Another Way Quickening前篇
09/08/20 19:05:59
「皆、無事?」
「無事な訳、無いでしょ。私は吐きそうだし、リツコは泡を吹いて気絶して居るわ。」
「生きているだけ良いじゃん。」
「大尉、このまま洋上に出て、九州方面に飛んでください。坊ノ岬沖にユーロの潜水艦が来ています。」
「そんな地名言われても...。」
「北緯30度43分、東経128度04分ス。」
アタシは、航行用コンピュータに座標を入れて、場所を確認する。
「ここって、日本の領海内でしょ。こんな所に居て大丈夫なの?」
「何でも、昔の戦艦が沈んで居る所なので上手く、カモフラージュできるみたいで...、大尉?何処へ、
向かってるんスか?」
「ジオフロントよ。」
「だから、勝手なことしないで...。作戦が無茶苦茶じゃないスか。」
「シンジを助けないと、意味無いもの。」
「って、あの坊やは初号機に取り込まれています。助け出すのは無理しょ。」
「大丈夫、アタシに考えがあるから。」
第三新東京市と呼ばれた地域は今や廃墟となり、厳重封鎖地域に成っている。それが逆に幸いして、人は誰も居ない。
この分なら、上手く行きそうだ。
ジオフロント上面も吹っ飛んでおり、初号機へは簡単に辿りつける。ココにも人はいない。
アタシは、初号機を貫いている槍の直ぐそばにVTOLを降ろすと、槍の元へ駆けだす。
「全く、酷い目に有ったわ。アスカの操縦する飛行機には金輪際乗らないわ。」
目を覚ました。赤木博士がふら付きながら出てくる。他の人もアタシの後に付いてきた。
327:Another Way Quickening前篇
09/08/20 19:07:21
アタシは、槍に手をかけて、念じるように下を向く。
「で、大尉。これから、如何するんスか?」
アタシは、徐に上を向くと大声で叫ぶ。
「コラー!バカシンジ、今直ぐ出てこーい。何時までも、そんな女といちゃついてるんじゃ無いぞ!」
「あのーぉ、大尉、作戦てこれッスか?」
「黙ってなさいよ!エヴァは、人の意志でどうにでも成る訳の解んない乗り物よ。こうすれば、何とかなるわ。」
「アスカ、気持ちは解るけど、今コアに刺さっている槍は制御装置なの、何が有っても動かないわ。」
「そんなの解らないじゃない、ここ最近、あり得ない事ばかり起きてるんだから。」
赤木博士の言葉に、泣きたいのを必死に堪えて反論する。
「アタシはね。エコヒイキなんかより、何倍もアンタの事愛してるんだよぉ!だから、戻って来てよ。お願いだからぁ!」
アタシは腹立ちまぎれに槍を蹴りつけながら、続ける。
「良い?シンジ、アタシの作った味噌汁は、エコヒイキのと違って、出汁も取ったし、味噌もチャンと溶いたじゃん。
アンタのよりは、落ちるけどもっと、美味しいの食べさせて上げるから...。お願いだから...、出てきてよ。」
アタシは耐えきれすに、最後は半べそになりながら言った。
「はぁ、シャーナイ。あのね、坊や。この大尉は、性格は無茶苦茶で乱暴だけどさ。根は取っても良い娘だよ。
あんまり泣かせないでくれるかな?」
「シンちゃーん。ペンペンも入れてまた、4人で暮らしましょ。楽しかったの覚えているよね。」
「おーい、シンジ君、男なら女の子をあんまり泣かせるんじゃ無いぞ。男らしくスパッと出てきて、抱きしめてやれよ。」
「はぁー、仕方の無い人達ね。シンジ君、思われているうちが花よ。あんまり泣かせると、嫌われるわよ。」
皆...、赤木博士まで...。
その時、地面が爆発して砂煙が上がる。遠くの方に大勢の軍隊が見えた。
完全に包囲されたみたいだ。
続く...。
328:Another Way Quickening前篇
09/08/20 19:08:16
と言う訳で、次回は後編です
329:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/20 22:35:14
乙です。アスカパワフルでみんな優しいのぉ
~スよマリにちょっとワロタw
ちなみに「~。」かぎかっこの最後に。はいらんよ
330:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/20 22:39:00
>>239でも注意されてるのに無視してる時点で聞く耳持ってないんだろ
331:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/21 01:06:10
夏真っ盛り
332:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/21 04:20:02 y7+VzvYY
致命的なレベルではない
333:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/21 06:47:26
>>329
それは新聞小説の文字数削減の時に出来た文法だから間違いじゃないよ
「~。」が本来正しい文法だ
ただ見辛いのもあって新聞小説式の。を付けない方式が広まっただけ
自分は文字数制限クリアする為に。は付けない方で書いてるが
押し付けはいかんよ
334:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/21 07:22:05
>>275
すんげえ遅レスですが超GJです
マジ神すぎる
あなたの大ファンです
シンジって女の子だと向かうところ敵なしの大和撫子だよねw
そんなシンジ君が好きだわ
アスカのアスカらしさと、シンジのシンジらしさが素晴らしいです
本編でちょっとありそうなエピソードで大好き
335:674
09/08/21 09:08:00
ぐーてんもるげんです。どうも遅くなりました。
短編のつもりが無駄に長くなっていきます。すみません。自分でも予想外です。
・学園異性系イタモノ注意
・中途半端
・シンジが分からん
NGワード キンモクセイ
336:キンモクセイ
09/08/21 09:09:51
堤防の向こうに立ち並ぶ団地も。
建物の隙間から差し込む夕日の色も。
草の匂いに少し生臭い水の匂いも。
家路に急ぐ人の姿も。
子どもたちのはしゃぐ声も。
この河川敷の景色は変わらないね。あたし、みんな知ってる。
「ねぇねぇ、シンジ」
「なに?」
あたしのグローブに、シンジの投げたボールが吸い込まれていく。
手のひらに感じる小さな衝撃。
「あたし、今、すっごい魔球思いついた!投げてみるから受け取りなさいよ」
「またぁ?どうせロクなのじゃ」
「行っくよ!大回転魔球!!でやー!」
「……パクリじゃないか」
あたしの手を離れて、日暮れの空へと消えていく白いボール。
「どこ投げてんだよっ」
空へ向かったボールは予想外にシンジを越え、さらに大きく横に逸れながらそのまま草の茂みへと消えていった。
しまった。これじゃあ、こないだの消える魔球と変わらない。
「……アスカのへたくそ。ぽっぽこぴー」
337:キンモクセイ
09/08/21 09:11:29
「ったく!」
渋々とボールを取りに行くシンジの背中を笑って見送りながら、芝生の上へ腰をおろした。
グローブを左手から外して、横に置く。
汗ばんだ手のひらが外の空気に触れて、ひんやりとして気持ちいい。
「ばかシンジー!はーやーくー!」
「ちょっと待てよ!どこにあるか分からないんだってーっ」
少し遠くに響くシンジの声に、高架橋を走る電車の音が重なる。
高架橋の下で素振りをしていた少年の姿は、いつの間にか消えていた。
子どもの、妙に高い、けど不愉快ではないはしゃぐ声も聞こえてくる。
道を並んで歩く、手を繋いだ男の子と女の子。
空を見ながら、
おひさま落ちちゃったからはやく帰らなきゃ、
あ、カラス
カラスがないたらかえりましょー
そう呟く子どもたちの声に、あたしは微笑んだ。
そうか、子どもたちの時間はもう終わりなんだ。
空を見れば、沈みかけた夕日が、世界を茜色に染めていた。
綺麗だな…でも、赤い空は寂しくてあまり好きじゃない。
夏の終わった夕方は、肌寒かった。
「ねーアスカぁー!見つかんないよー!」
…なにしてんのよ、あいつ。
シンジが叫んで、早く来てくれと言った風にこちらに手招きする。
仕方なく立ち上がって、あたしは溜め息をついた。
「アスカってばー!」
「うるさい!今向かうわよっ」
あたしに手を振って、シンジがまた叫んだ。
338:キンモクセイ
09/08/21 09:12:52
そんなに急かさないでよ。
あたしはどこへも行かないのに。
「どこ見てんの、だいたいそこらへんに落ちたでしょ?」
かがみながら草むらをかき分けるシンジに、後ろから声をかける。
「だって、見つかんないんだ……」
立ち上がってシンジが、振り返る。
「なんてね。うっそだよ」
手の中にあるのは、あたしたちの白いボール。
こいつ、ボールなんてとっくに見つけてたんだ。
悪戯が成功したと言わんばかりに満足そうに、にやにやしていて。
「………」
「魔球のおかえ…いっだぁー!!」
その顔があまりにもウザかったので、思いっきりお尻に蹴りを入れてやった。
今のあたしの行動は間違ってないと思う。
「ばーか」
うずくまってお尻を抱えるシンジを置いて、さっさと踵を返す。
ザマアミロ、と笑って。シンジがあたしにイタズラしようなんて生意気なんだ。
グローブを置いたさっきの場所まで戻ったときに、
ふと、くすくすと笑い声が聞こえて、あたしは声のした方向に顔を向けた。
「仲良いのねぇ」
河川敷に沿って通るアスファルトの道路に立ちながら、おばさんがこっちを見て笑っていた。
手に握られたリードの先に繋がれた少しぽっちゃりした柴犬も、おばさんに似た笑いを浮かべている。
この時間に何度か見たことのある、よく犬と散歩してるおばさんだ。
「あ…お恥ずかしいです。バカみたいなとこ見られちゃって」
「いいわねぇ、若いって…あの男の子は彼氏さん?」
「違います!!」
おばさんの言葉に、あたしは大声をあげて否定していた。
「幼なじみの腐れ縁の、…ただの友だちです。それ以上でも以下でもないわ!!」
つい、声を荒げて。
あたしの強い言葉に、おばさんはキョトンとして。我に返って、恥ずかしくなる。
339:キンモクセイ
09/08/21 09:14:24
おばさんは不思議そうな顔をして、そうなの。ごめんなさいね、とだけ言って、立ち去って行った。
離れていくおばさんの後ろ姿と、犬のお尻がふりふりと揺れていた。
「やけに必死に否定するんだね」
後ろから声がした。
はっとして振り返ると、シンジがボールを持って立っている。
「ったく、手加減しろよな」
アスカの蹴りは殺人レベルなのに。
そう言いながら、笑ってお尻をさする。
「聞いて、たんだ」
「…最後だけ。アスカは彼氏がいるし、そりゃ必死に否定するか」
今までも結構間違われたりしたよね
小さい頃は姉弟に間違われたこともあったけ?
冗談を飛ばすように、朗らかに笑いながら。
自分にとっては気にかけるほどのことじゃない、ただの笑い話だと。
そう、シンジが言っているような気がした。
なぜか悲しくなって、でもそれをシンジに悟られたくなくて。
「…あんたなんかの彼女に間違われるなんて、まっぴらゴメンよ」
「ひどっ」
あたしの言葉に、傷ついたようでもなくシンジがまた笑った。
「…あんた、彼女は作らないの?」
なんだよ突然、とシンジが不思議そうな顔をする。
「最近、聞かないから」
「機会が無いんだよ」
機会?あんたにとって彼女なんて、機会でしかないの?
340:キンモクセイ
09/08/21 09:15:38
「あんたが優しく微笑んであげれば、女の子なんてみんなコロっと落ちちゃうんじゃないの?」
「僕を何だと思ってんだよ…そんな、漫画みたいな」
「霧島さんだって、山岸さんだって、一条さんだって、みんなそうやって手に入れたんでしょ?」
名前を上げた女の子たちの顔が浮かんでくる。
簡単にシンジを手に入れた女たち。
みんな可愛いくて、そしてみんな心底シンジに惚れていたようだった。
「手に入れたって…キッカケなんて色々だよ、そんなの」
色々、か。
あたしの場合はひとつしかない。
告白されて、都合が良かったら言われるがままに付き合うだけ。
都合が悪くなったらあたしから別れるだけ。
「シンジは好きだったから付き合ったの?」
「そりゃ…」
「だったらなんで別れたの?」
「そ、それも色々だよ…。どうしたの?アスカ。あまりこういう話好きじゃなかったよね?
先輩となにかあった?」
「別に…」
シンジの言う通りだった。
今までシンジとこういう話は極力しないように避けてきたのに。
キンモクセイにあてられてから、最近のあたしはどうも自分を見失いがちだ。
「アスカが心配しなくても、好きな子が出来れば付き合えるよう頑張るよ」
それ、見当違いよ。シンジ。
心配なんかじゃ、ない…。
「最近は、そんな気にあまりなれないんだけどね。アスカといる方が楽しいし」
あたしも、シンジといると楽しい。
変わらないままで。
それはあたしたちの共通の願いなんだろう。
けれどシンジの言葉には、あたしとの間に残酷なほどの違いがきっとある。
それでもあたしは良かったから、今までもこれからもずっと一緒にいる…。
「…もう暗くなったし、帰ろっか」
嬉しさと悲しみを同時に感じながら、あたしは話を逸らした。
341:キンモクセイ
09/08/21 09:16:35
シンジの後ろの空の夕日は、もう完全に沈んでいる。
茜色の世界のほとんどが闇色に飲まれていて、空には星の瞬きすら生まれていた。
「ほんとだね…。最近、日が落ちるの早いや。…げっ、まだ五時半だ」
ポケットから取り出したケータイの画面を見て、シンジが驚いている。
「カラスが鳴いたらかーえろってね」
「なんだよそれ、小学生?」
「そ…」
芝生の上に置いたままになっていたグローブを拾い上げる。
堤防の上にとめられた自転車に向かってあたしは歩き出した。
シンジもあたしの後ろをついてくる。
「さっきね、あたしの周りで遊んでた子どもが言ってたの。まだまだガキのあんたは早くおうちに帰らなきゃね」
「自分だってガキのくせに」
否定はしない。
シンジを見て、あたしは静かに微笑んだ。
シンジの目が、大きく見開かれる。
「それに明日、英文訳の課題の提出日でしょ?あんたどうせやってないだろうから、早く家に帰らなきゃまずいんじゃない?」
「………忘れてた」
「あんたね…」
止められた自転車の荷台に跨る。
シンジが前に座って、足で地面を蹴り上げた。がしゃん、と音を立ててスタンドが外れて自転車が前に進む。
「課題、忘れちゃだめよ。あたし手伝わないから」
「分かってるよっ」
セーラー服を着た女子中学生に、ランニングしてるおじさん。
買い物袋を自転車のカゴに乗せたおばさん、色んな人とすれ違っていく。
景色は同じでも、すれ違う人の姿は少しずつ昔と変わっていく。
シンジの腰をぎゅっと掴む。手のひらに触れるセーターの感触はむず痒くも、暖かかった。
342:キンモクセイ
09/08/21 09:18:15
つまらないバラエティ番組が延々とたれ流されてるだけのテレビの画面。
冗談を交わし合うタレントたちの声を横に流しながら、あたしはソファの上に寝そべってファッション雑誌を広げていた。
今秋のトレンドは黒だとか、チェックを上手く使った着こなしの仕方だとか、
秋らしい特集をしているけれどその中身はモデルの着ている服すらも、先月号とほとんど変わらない。
力が入っているつまらない恋愛大特集に興味はないし、今月号は失敗だったかもしれない。
暇つぶしにもならない雑誌を放り投げて、あたしは仰向けになった。
あーつまんない。
シンジのやつ、課題ちゃんとやってるかなぁ。
見慣れた天井を見上げて、ぼんやりとまたシンジのことを考えていた。
「ただいま、アスカちゃん帰ってるのー?」
ママの声だ。
帰ってきたんだ。
「はぁい!」
上半身を起こして、テレビを消す。
最近、残業の多いママにしては早い時間だ。
「おかえりなさい、ママ。今日は早いのね」
「ん…ただいま。今日はね、一段落ついたから」
リビングに顔を覗かせたママに、ソファに座ったままで声をかける。
少し疲れたような顔をしたママが、スーツを脱ぎながら言った。
「来週からなのよ。忙しくなるのは」
「また実験?」
「ええ。ユイたちもママもしばらくは家に帰れなくなるけど…ごめんなさいね」
「気にしないで、ママ。あたしはママの体の方が心配だわ。…ご飯はどうする?」
「いただくわ」
343:キンモクセイ
09/08/21 09:19:36
ママが部屋で着替えている間に、昨日の残りのカレーが入った鍋に火をつける。
棚から取り出したお皿をテーブルの上に置いて、冷蔵庫から冷えたオレンジジュースを取り出した。
安っぽいオレンジが書かれたその瓶の中身はもう半分もない。
今度買っておかなきゃと、頭の中で呟く。
「あら、カレー?」
ラフな格好に着替えたママがやってくる。
「ごめん、昨日の残りなの」
「ママ、アスカちゃんのカレー大好物」
そう言ってママが微笑んだ。
ママの研究が忙しい時期は、こうやってあたしが食事を準備する日も、ひとりだけで食事をとる日も珍しくない。
とは言っても、作るのには慣れても不得手だと自覚してるから簡単なものしか作らないけれど。
シンジとお互いの両親が不在の時は、ふたりで食事をする日も多い。
シンジもシンジで料理なんてろくに作らないので、そういう時はふたりで四苦八苦しながら一緒に作る。
「そういえば」
テーブルについたママが思い出したように、切り出した。
「なに?」
「進路希望のプリントのことだけど…」
ああ、とお皿にごはんを盛りながら、返す。
3年生になるまであと半年に近づいてきたので、学校側が2年生の進路希望調査を始めていた。
近郊では有名な進学校で、進路については特にうるさい学校だ。
先週、ママにその話をしていたことを思い出す。白いごはんの上にカレーをかけて、ママの前へ置いた。
「ありがとう」
「提出はまだよ。先生は来週でいいって」
「もう決めたの?」
「ううん…」
はっきり言ってあたしは成績優秀だし努力も怠らない。狙おうと思えばどの大学だって狙える、と自負する。
ママと同じ研究者としての道へ進みたいという気持ちもある。
けれど、あまりまだ進学のことは考えたくなくて、あたしは白紙のままにプリントを放置していた。
「アスカちゃんがやりたいことをやればいいしと思う、強制はしないわ。これはママからのひとつの提案だと考えてくれたらいいんだけど…」
あたしが首をかしげると、ママはそのまま続けた。
344:キンモクセイ
09/08/21 09:21:40
「ドイツのね、大学に進むのはどう?って。ママの実家もあるし…おばあちゃんもね、いつでもいらっしゃいって。
ママもね、向こうの研究所から帰ってこないかって誘われてるの」
「ベルリンの?」
「そう。選択肢のひとつとして、捉えてくれればいいのよ?あなたには好きに生きてほしいから」
ドイツ…、かあ。
悪くない話だとは思う。日本のようにごちゃごちゃとしていないベルリンの整然とした、美しい街並みも好きだ。
久しぶりにグランマにも会いたい。
けれど…。
「それに、あんまり期待はしてないの」
ママの言葉に驚いて、あたしは二度まばたきした。
「えっ…、どうして」
「だって、シンジ君と離れ離れになるの、嫌でしょ?いつも一緒だものあなたたち」
そう言って、軽くウインクして笑う。
「もう、ママ!あたしだってシンジと四六時中一緒にいるわけじゃ…」
…ないことない。
そんな自分を思い出してあたしはそこで止まってしまった。
「ほらね?」
「むー」
受験なんてまだ一年以上先の話で、ママの話を聞いても実感はわいてこなかった。
あまり考えたくなかっただけかも知れない。
ただ、ドイツに行けばシンジと離れなきゃいけない…それだけは分かる。
シンジがそばにいないなんて、そんなこと想像できない。
なんとなく、シンジと同じ大学に行けたらいいな、なんてぼんやりと考えた。
一緒にいたいから、それだけが理由だった。
…これじゃママの言う通りだと気づいて。
浅はかでまるでガキっぽい考えに、あたしは自嘲した。
別にいいじゃない。あたしはあたしの好きなように生きたって。そう、自分に言い聞かせながら。
シンジ…、シンジはどうするんだろう。
345:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/21 09:23:39
支援
346:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/21 09:28:19
僕はね
ずっと待ってた
ずっと待ってたんだよ、君の投下を!!!!
まだ書き終わってないのかな?
書き終わってるんなら気にせず投下しまくってくれると嬉しいぞ俺は!!
347:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/21 09:32:55
キンモクセイキター(゚∀゚)ー!!
続きwktk
348:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/21 09:34:34
うぉー悶々とするぅ!続きワクテカ!!
349:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/21 09:37:11
幸せになれ~幸せになれ~フヒヒww
次の投下はいつくらいになりそう?
350:キンモクセイ
09/08/21 09:38:27
最後の授業が終わって、教室の中はいっそうに騒がしくなる。
部活の準備をする子や、集まってどこへ行こうかとはしゃぐ子。
さっさと帰っていく子、そのまま教室に残ってダベる子。
これからどうしようかな、なんてことを考えながらかばんの中に教科書をつめる。
その時、ポケットの中で振動するケータイに気づいた。
「メールかな」
サブディスプレイに示されているのは彼氏の名前。
なんだろう。今日は予備校だと言っていたはずだ。
嫌だな…。この間あいつの家に行ってから3日も経ってない。
「アスカぁーーっっ」
「!!」
教室中に響く、あたしの名前を叫ぶ間抜けな声にびっくりしてあたしは思わず顔をあげた。
声のした方を見れば、シンジが情けない顔を貼り付けながらあたしに駆け寄ってくる。
「な、なによ…そんな大きな声出して呼ばないでよっ」
教室に残っているクラスメイトからくすくすと忍び笑いが聞こえて、あたしは恥ずかしさに小さくなった。
「お願いします手伝ってくださいアスカ様」
懇願するように、あたしの前で膝をついて手を合わせる半分涙目のシンジ。
身長がある分見た目には決まっていて、それが逆におかしかった。
「なにをよ」
どうせろくなことじゃないだろうけど、一応聞いてやる。
「英文訳」
「あんたねえ!あれほど、ちゃんとやりなさいって言ってあげたじゃない!!なにやって…」
「あ、アスカ!声、声!」
351:キンモクセイ
09/08/21 09:41:25
シンジが慌てたようにあたしの口を塞ごうとする。
しまった。
呆れて思わず、さっきのシンジ以上の大きな声で叫んでいた。
慌てて周りの様子を見れば、教室中の視線があたしたちに注がれていた。
さらに小さくなって、こそこそとさっきの続きを言う。
「…だいたい、提出期限過ぎてるじゃない」
「…先生の温情で17時まで引き延ばしてもらったんだよ。お願い!手伝って!」
「嫌!自分の力で頑張りなさいよ」
「あーすーかぁー」
「嫌なもんは嫌。あたし関係ないもん。さーて、帰ろ帰ろ」
「パフェでどうだ」
「のった」
ロイホのホットファジーサンデーでよろしく。
了解。交渉成立だね。
ぐっとふたりで腕を組み交わす。
あたしはシンジとフェアな関係にいたいだけで、パフェに釣られたわけじゃない。
断じて。
そう、誰に聞かせるでもなく心の中で呟いて、シンジとふたりで図書室に向かう。
さっきのメールのことは、頭の隅に追いやられてしまっていた。
352:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/21 09:41:30
きたあああああああああああああああああああああああ!!!!!
353:キンモクセイ
09/08/21 09:47:58
窓から吹き込む風は緩い。日の陽気に照らされて優しさを含んでいる。
その気持ちよさにあたしは目を細めた。
「アスカ、ここは?」
「…って、さっきからほとんどあたしが訳してるじゃない」
「大丈夫。バレないように、時々わざと間違えて書いてるから」
「…小賢しいわね」
「トウジに教わった生きるための知恵です」
ノートに向き合ったままで、シンジが笑いながら答えた。
あたしはわざとらしく、大きくため息をつく。
違う高校に通うシンジの悪友は相変わらず、ろくな事しか教えないみたい。
放課後だと言うのに図書室の中の人影はまばらで、それをいいことに一部の生徒たちが暇つぶしにお喋りしている。
外からは部活動に励む生徒たちの声が響いていた。
決して静かで良い環境とは言えないけど、それが妙に心地いい。
そもそも勉強したい人は図書室ではなく冷暖房の完備された自習室へ行くのが、この学校では当たり前みたいになっているから問題はなかった。
シンジのペンを走らせる音さえも、ざわめきの中ではかき消えていく。
「ねぇ、ここは?」
「えっと…」
次々とノートに綴られていく文字たちは綺麗で女性的で。
シンジらしくて、あたしは嫌いじゃない。
顔は反して、必死の形相に彩られていたけれど。そのギャップにあたしはくすりと笑った。
シンジの垂れた前髪がさらりと揺れる。
「…なに笑ってんの?」
「あんたの顔を見て」
なんだよそれ、とシンジが顔をあげる。
354:キンモクセイ
09/08/21 09:51:30
「わるかったなあ。平々凡々な顔で」
「あら、ユイおばさんに似て綺麗で可愛い顔してるって評判じゃない」
親戚に会うたびに相変わらず可愛いわねぇ、と言われる話を何度も愚痴のように聞いたことがある。
「17の男がそんな風に言われて嬉しいとでも?」
眉をひそめてむくれる。
そういう子どもっぽい仕草が余計に幼く見せるってシンジは気づいてるのかな。
「だったら、おじさんに似れば良かったの?」
「それは勘弁…」
仏頂面で強面で目つきが悪くて高圧的な髭面。
もっぱらユイおばさんの尻にひかれているけど、見た目だけならまるでマフィアのボスみたいなおじさん。
小学校の授業参観にたまたまおじさんが来たばっかりに、クラス中が大騒ぎになったのを思い出した。
シンジのやつ、しばらくボスの息子として畏れられてクラスメイトから敬遠されてたっけ。
父さんのばかぁー!どうしてくれるんだよ!、とシンジがおじさんに泣きついておじさんが困ったように謝っていた光景が、今でも鮮明に思い浮かぶ。
「なにニヤニヤしてんだよ」
「ん?髪質と…あと目元は少し似てるかなって。中年になればおじさんに似てくるんじゃない?」
「げっ!?それ本当!?僕、将来ああなるのか…」
両手で顔を抑えて青ざめるシンジがおかしくて、あたしはお腹を抱えた。
そんなに嫌なんだ。
「ちぇ…そんなに笑うなよ」
拗ねたように口をすぼめながら、シンジが呟く。
「あははっ…でも、渋くていいじゃない?あんたも昔と比べたらちょっとは男らしくなったもんね」
笑いすぎて滲んだ涙をぬぐう。
むー、とシンジがまたむくれた。
ふと、シンジの顔が真顔に戻る。
「アスカはさ」
「ん?」
左手に持つペンがくるくると回る。
頬杖をついて、あたしを見つめて。
355:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/21 09:53:38
何?何?どきどきする!!
356:キンモクセイ
09/08/21 09:56:27
「アスカは……。アスカは、どんどん綺麗になっていくね…」
はにかみながら、そう言われた。
「へ?」
「日を追うごとに綺麗になって…僕、それが眩しくて…アスカは本当にアスカなんだろうかって、時々真っ直ぐにアスカを見れなくなる」
あたしは一瞬なにを言われたのか分からなくて、呆然として。
それから燃えるように頬が熱くなったのを感じた。
「ば、ば、ばっかじゃないの!?あ、ああ、あんた何言ってんの!?」
机に突っ伏して両手で顔を隠して、あたしは叫んでいた。
なんで、なんで。
急に何を言い出すのよこいつは。
シンジの言葉にこんなに顔を赤くしてる自分が恥ずかしくて、馬鹿みたいで。
言われ慣れた言葉でも、こいつに綺麗だなんてと言われたのは初めてだったから。
嬉しさと複雑さに頭がぐちゃぐちゃになる。
大きく鼓動する心臓の音があたしの中で響き渡った。
「なーんちゃって」
「………………へ?」
なんちゃって?
その言葉にゆっくり顔をあげる。
その先で、頬杖をついてニヤニヤしたシンジが待っていた。
してやったりと言った表情で、にししっと笑う。「アスカったら耳まで真っ赤にしちゃって…ははっ、そんな可愛いアスカ見たのはじめブベラっ!!」
まるで10tトラックが壁に激突したような音が図書室中に響いた。
そばにあった英語の分厚いテキストで、シンジの顔を思いっきりぶん殴ってやった音だ。
「こんの、ばかシンジ!!!!」
そう言って、両手でシンジの胸ぐらを掴む。
「あ…あうあ…す、すみません…そんなに反応するとは思わなくて…」
殴られた左頬を抑えながら、ブルブルと震えて。「…今度やったらコロスわよ」