落ち着いてLRS小説を投下するスレ7at EVA
落ち着いてLRS小説を投下するスレ7 - 暇つぶし2ch450:君のとなり
09/08/28 00:37:52
そんななんともいえない空間を破ったのは彼女だった。

「……離して」

そう綾波が言った一言で我に返る。
そして綾波を見ると、どことなく不機嫌そうだった。

その顔を見てまた僕は愕然とする。
やっぱり二人は付き合ってるんだ……。
なんか二人の仲を見せ付けられた気がした。

僕のテンションはがた落ち。
これ以上下がるんだろうか……下がるんだったら最悪だ……。
はぁ……また溜息をつく。

「妬きもちとは君らしくないね」

「……も、問題ないわ」

そう言って顔を赤らめる。

うん、あっさり下がりました。はいはい、ワロスワロス。
そんな二人のやり取りの一方、僕の顔はカヲル君への憎悪と嫉妬と敗北感で多分この世の終わりって顔をしていたと思う。
(どうして僕はここにいるんだろう……)
そしてまたひとつ溜息、絶対見る人が見たら負のオーラが体中からほとばしるのが見えるに違いない。



451:君のとなり
09/08/28 00:41:58
とりあえず以上です
つなぎになればと毎日(できれば)こまめに投下する予定ですが
まとめて投下汁という人がいたらそうします

とりあえず嫉妬シンジ……ハァハァ(*´Д`)

452:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/28 02:01:03


453:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/28 02:08:51
>>451
GJ
かあああ!気になるところで終わるねw
もちろん自分はまとめて投下お願い派ですよ

454:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/28 03:07:30
>>442は言い方は悪いけど、>>442に賛成です

455:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/28 03:27:48
黒波さんはもうアスカの弱味を握ってんだろうか。後半の展開にわくわくする

456:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/28 03:36:43
乙です。
こんなイイもん見れるなんて

457:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/28 05:33:02
>>454
他の職人もタイトル入れてほしいな。過疎ってた頃ならともかく、
こう投下が続くと混乱するからね。

458:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/28 11:11:11 ceRZAx3c
あげとくよ

459:君のとなり
09/08/29 00:34:07
>>453
ではできあがり次第まとめて投下させてもらいます
予想以上に話が膨れ上がってしまったので、推敲して余分な部分を削ってから投下したいと思います


460:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/29 00:37:49
頑張

461:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/29 07:57:09
10氏の続きも読みたいぜ

462:10
09/08/29 14:41:16
>>461 イヤッッホォォォオオォオウ!

うん、ごめんね。もうちょっと待ってね。

>>63の最後の文を「まぁ、一人暮らしという点だけは僕も似たようなものだけど」に直して読み直して下さい。


463:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/29 18:15:17
>>462
待ってるよ

464:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/30 22:31:29
>>441
黒波さん、アスカと本編以上にすさまじいシンジの取り合いをすることが想像に難くないです。
欲望に正直で物欲旺盛だから。
面白いSSって、本編でも実際に「ありえそう」な所がある。
1stレイの口の悪さというか性格の悪さは誰譲りなんだろ。まさかユイのダークサイド?

465:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/30 22:32:01
>>462
相変わらず気長に待ってるよ
10氏もなんか作品タイトルつけて欲しいね

466:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/31 08:46:36 LYvt4mLI
職人降臨期待あげ

467:451
09/08/31 19:09:51
期待に応えて投下
っていうか後半のテキスト削除してしまった
やけくそで書きためてる分投下



468:451
09/08/31 19:11:30



(はぁ……気まずい)

あのあとも僕に気を使ってなのか、積極的に僕に話しかけようとするカヲル君。
僕もいろいろと聞きたいことがあったので応じようとは思うんだけど……

ギロッ

カヲル君が口を開こうとするたびに綾波の絶対零度の視線が突き刺さる。
怖いよ……男の僕に嫉妬する必要ないじゃないか……はぁ。

そんな綾波の態度から僕には二人の絆の強さが感じられる。

(はぁ……)

沈黙が場を支配していた。




気まずい空気に耐えられず、下を向いて僕は思考の渦に引き込もっていた。

(……以外に嫉妬深いなぁ綾波。そんな一面があるなんて知らなかった。)

でもそんな思いが湧く対象は僕ではなく、綾波の隣に座っている彼。
そんな彼が憎らしかった。



469:君のとなり
09/08/31 19:12:37
(こんなに人を好きになれるなんて思ってもみなかった。)

そんなことを気づかせてくれた綾波が僕の隣にいないことがただ悲しかった。


(失恋で自暴自棄になるなんてありえないと思ってたんだけどなぁ。)

今なら自暴自棄になる人の気持ちが痛いほどわかる。
苦しかった。
心が痛かった。
沈黙が、彼女の、彼の見つめる視線が痛かった。

ザーザーザー

外ではいよいよ雨が本降りになっていた。
まるで今の僕の心境を代弁して表しているかのようだった。


(もうこれ以上ここには居たくない………)

こんな惨めな気持ちで人と会いたくない。
こんな惨めな気持ちにさせるカヲル君と同じ場所にいたくない。
そんな彼を選んだ綾波と同じ場所にいたくない。

………こんな最低なことしか考えられない僕が綾波と同じ場所にいていいわけがない。

ザーザーザー

雨が小気味よい音をたてている。


470:君のとなり
09/08/31 19:14:09
(帰ろう)

なぜか雨に打たれながら帰りたかった。
気持ち良さそうだった。

雨が僕の気持ちを洗い流してくれるかもしれない。
こんな苦い思い出といっしょに。


僕が席を立とうと顔をあげた瞬間だった。
綾波と視線が交わった。
深紅が僕を貫いていた。


ガタン

(え、綾波?)

席を立ったのは綾波の方だった。
僕の目の前でみるみる赤くなったかと思うと突然立ち上がったのだった。

そしてそのまま

「え、あっ、綾波!」

突如暴走した綾波は一目散にトイレに駆け込んでいってしまった。
突然の事態に頭が追いつかない僕。
馬鹿みたいにいつの間にか口をパクパクしていた。


471:君のとなり
09/08/31 19:15:16
「ねぇ」

そんな僕を現実に引き戻させたのはカヲル君だった。
彼はトイレを見つめながらずっとほほ笑んでいた。
………出会ってからずっとほほ笑んでたまんまだったね、うん。

そんなことじゃなくて

「あっあの、綾波は!」

そうだよ、あの綾波の行動はすこし変だったよ。
まさかまた僕、変なことを……

「ふふっ、君も鈍いねぇ」

えっ!?

「レディに不要な探索は失礼だよ」

そこまで言われて僕はやっと気づいた。
顔が思わず赤くなってしまう。

「あっ、そうか、そうだよね」

トイレに行く理由は一つしか考えられない。
うぅ……なんて恥ずかしいことを聞いてしまったんだ。

テーブルには冷めたコーヒー、そして向かい合っている男たち。
片方は真っ赤になって恥ずかしそうに俯いて、片方はそれを見つめながら始終ニコニコしている。

472:君のとなり
09/08/31 19:16:06
……周りから見たらかなり異様だったかもしれない。



先に沈黙を破ったのはまたしてもカヲル君だった。

「………何か僕に聞きたいことがあるんだろう?」

「えっ……」

さっきまで帰ろうとしていた僕にそんなものがあるはずがない。
最初聞きたかったことも二人の態度を見せつけられたら自ずと答えがでてしまった。

でも、おだやかに語りかけるようなカヲル君の言葉を聞いて、事実の再確認もいいかもしれないなと最初聞きたかった質問をしてみた。

「あの………綾波とはどういう間柄で……」

「彼氏」

即答する彼。
死にたくなる僕。


(もう嫌だ……何もしたくない……死にたい)

(やっぱり聞かなきゃよかった)

(裏切ったな!僕を裏切ったな!優しげな言葉で僕の初恋を踏みにじったんだ!)

そんなセリフが一瞬にして僕の脳を駆け巡る。

473:君のとなり
09/08/31 19:17:32
(だよなぁ……あれだけ匂わせておいて彼氏じゃないなんて虫がいいよなぁ)

ズーン

そんなエフェクトがばっちり似合う今の僕。



「くくっ、あっははははは」

カヲル君が突然笑い出した。
どんよりとした目でそれを見る僕。
カヲル君はそんな僕を見てまた笑いだす。

でもその時僕には彼がなんで笑ってるか考えなかった、できなかった。
だって……

『綾波!まって行かないで!』

『だめカヲルが呼んでる』

僕の脳内ではそんな寸劇が繰り広げられていたから。
そう現実逃避ってやつだね。
無様だ……僕って。





474:君のとなり
09/08/31 19:19:32
「――ふぅ……本当におもしろいな君は」

ひとしきり笑い終えると彼はそういった。
でも僕はそれでも無反応。
そんな僕を今度は呆れたような顔で見つめると、ふぅと溜息をつく。

「………さっきの話本当に信じたのかい?」

そういって僕の顔を見つめる彼。
まだ呆れたような顔をしている。

…………………………

…………………

……………

………



「ほぇ?」

まぬけな声が喉から出た。
彼の言葉を理解するまで約二分。
僕の開口一番がそれだった。

そんな僕の顔を見てまた彼は吹き出すように笑う。

「―僕はレイの彼氏なんかじゃないよ」


475:君のとなり
09/08/31 20:26:07
僕の心に希望という名の光が差し込んできた。

(ありがとう神様!)

「候補かな」

持ち上げてから落とす。
これが一番堪えることを身をもって知りました、はい。

さっきまでの満ち溢れた目から一転、死んだ魚のように濁った目となる僕。

「ふふ、嘘だよ」

カヲル君はそんな僕の顔を見ると、そう言って笑う。

僕は一瞬、茫然とした顔を見せると、突然怒りが湧いてきた。
僕の純情をもて遊んだな、とふつふつと込み上げる怒り。


今思うとなんか恥ずかしいことを思っていた気がしたがその時はほんとにそう思っていた。
みるみる赤くなっていく僕。
臨界点突破寸前。

(前歯全部折ってやる……)

かなり物騒なことを考える僕。けっこう危ない子だ。
怒鳴り返そう(前歯折ろう)と腰を上げたその時だった。



「……シンジ君、レイのこと好きだろう?」

476:君のとなり
09/08/31 20:28:09
生き残ってるのはここまでです
なんで削除しちまったんだよorz

かなり中途半端ですがすいません

477:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/31 21:19:33
GJGJGJ

478:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/31 22:01:29
シンジに視点を置いてるな
乙です

479:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/08/31 22:52:58
GJ
がんばれ

480:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/01 00:55:12
>>476
乙です!嫉妬したシンジものはあんまり見ないから続きが楽しみ
シンジ…頑張れよ…( つД`)

481:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/01 03:29:15
前歯で吹き出してしまったw
GJ!

482:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/01 11:04:50
絶妙のタイミングで前歯折ネタw
いいねぇ面白いっす

483:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/01 16:20:03
続き楽しみだw

484:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/02 02:35:40 nK7toA0S
この良スレから目が離せません

485:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/03 03:21:35
>288です

>298氏
おおー
黒レイ投下キテたー!
アスカとのからみっぷり超期待してます

>300
むーんです
問答無用で即時殲滅で見敵必殺です
サイコーですw

旧作での綾波の不遇をFFで10数年補完して
新劇・破でぽかぽかどころか沸騰、目から汗が…
けれども。
与えられる、流されるだけよりも
?ぎ取る、剥ぎ取る黒レイ(綾波様wを応援しています


486:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/03 03:23:52
?ぎ取るってw
もぎ取るです

487:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/03 20:34:40
>>288もがんば!

488:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/03 21:42:11
>>440
黒レイまだかなあ

489:10=何が一番大事?
09/09/05 01:33:13
「行きましょ」

 綾波は僕に向けてそう言うと、少しだけゆっくりと歩き始めた。僕もそれに倣う。
 あの日から途絶えたままだった帰り道が、やっと繋がった。
 でも、公園から僕と綾波の帰り道が別れる場所までの距離は、あまり長くない。このまま、
話せないまま、今日を終えて良いのだろうか。
 いや、まだ、残ってる。言いたい事が、言わなきゃいけない事が。多分、そんなに変な事
じゃないと思うけど、言おう。そう思って少し息を吸った。

「その、今日は、ありがとう」
「……何が?」

 ある意味綾波らしい、どことなく素っ気ない言い方だった。

「綾波の想ってる事が聞けて、嬉しかった」
「…………そう」

 少し独特の間を空けてから、綾波はそう答えた。そのまましばらくお互い黙ったまま数メー
トル歩く。僕たちの会話には、こういった沈黙がよく挟まる。

「変、かな?」

 僕は少しだけ笑いかけるように言った。

「そうね、そうかもしれない」

 綾波も少しだけ笑いながら答えた。

490:10=何が一番大事?
09/09/05 01:35:06
「想っている事が聞けたら、嬉しいの?」
「……僕は、そうだけど?」

 少しだけゆっくりめに歩いている気がする綾波の横顔は、何だか少し含んだような笑みを浮
かべている気がする。どこか肉食的で、ワルい事を企んでいるような、そんな笑顔。綾波より
アスカとかによく似合うタイプの笑顔だと思った。

 ……どこか何か変な事を言ったかな? 

「碇くんが前に言った言葉も、想っている事になるけれど、私は別に嬉しくなかった」

 綾波は怪しい笑顔のままそう言ってのけた。背中の方で変な汗が出る感じがして、顔が引き
つった笑顔を作っていく。

「それは……そうだろうけど」

 良い言葉が続かず、そこでまた、会話が途切れる。綾波は相変わらず悪いベクトルのままの
笑顔でこちらを見ている。どうにも遊ばれているなぁ。いや、慣れてはいるんだけど、綾波に
までそう言う事をされるといい加減落ち込む。

 綾波はそんな僕を見かねた訳ではないだろうけど、少し咳払いをしてから、顔を少し真面目
な感じに、ちょっとだけ引き締めて、言った。

「でも、碇くんが言う気持ちも、分かる気がする」

 その顔は、相変わらず笑顔だけど、毒気がさらりと抜けた、しっかりと前を見た綺麗な笑顔
だった。

491:10=何が一番大事?
09/09/05 01:37:06
「この前、マリさんに会ったの。碇くんの事、少しだけ話した」

 綾波はこちらを見直して、言う。普段教室で見るのとは、明らかに質の違う、少しだけ笑っ
たような表情。僕にだけ見せる表情だったらいいな……なんて言うのは都合の良い妄想だ。

 って、あの人に相談したのか。本当に相談だと良いんだけど、無理に聞き出されたりしてな
いだろうな。でも、綾波が話したくないって思ったなら、多分、綾波は意地でも話さないと思
うから、無理矢理って事は無いと思う。自信はないけど。

「酷い言われようだったんじゃないかな……きっと」
「……そうでもなかった」

 少しだけ空いた間が気になったけど、綾波の話し方は元々そんな感じだから、多分言葉通り
に受け取って良いはずだ。

「そんな言われ方をしたのは、運が悪いかも知れないけれど、碇くんは嘘をついた訳じゃない
 から、許してあげたら良い……そう、言ってたわ」
「そう、なんだ」

 綾波の顔は、いつの間にかいつもの凛とした表情に戻っている。別にいつもと変わらない表
情なのに、少し険しく見える。何か思うところがあるのだろうか。いや、思い過ごしかな?

「別に私は、怒ってないのに、ね」
「へ?」

 素っ頓狂な声を出した僕を、綾波は少し眼を閉じ気味にして睨みつけた。実際に睨んでいる
訳ではないのだろうけど、そんな気がした。

492:10=何が一番大事?
09/09/05 01:39:09
「碇くんも、そう思っていたの?」
「……うん」

 綾波はこっちを見ながら、じっとりとした表情を一切変えずに、一回だけしっかりとまばた
きをした。

「どうして?」
「……怒られても仕方がない事を言ったし……」

 綾波の眼が更に細くなり、視線が鋭さを増す。少し、否、たっぷり盛大に、コワい。

「いや、それに……」

 言葉を続けるのを少しためらった。それを隠すために、チェロのケースを肩にかけ直した。

「あの後、教室とかで綾波と目が合ったら、綾波の顔が、暗い顔になった気がしたから……
 怒ってるんじゃないかな、って思ってた」 

 綾波はしばらく口を閉じたまま、数歩歩いた後「そう」とだけ、何だか気が抜けた様子で
呟いた。
 僕から何か言い出すべきかと思ったが、やめた。もう少し待てば、綾波が何か言う気がし
たから。

 綾波が何を想っているか、聴ける気がしたから。

「でも、それは、碇くんも同じ」

 少し粘った結果、期待通り口を開いたのは綾波だったけど、その内容は意外だった。

493:10=何が一番大事?
09/09/05 01:40:35
 「本当にそうだった?」と言いかけて、そのまま言葉を飲み込んだ。自覚はなかったけど、
十二分にあり得る事だし、実際綾波の言う通りだったんだろう。きっと。

「……そっ、か」
「ええ」

 綾波の声は随分と力強かった。綾波もずっと、そう思って僕の事を見ていたのかも知れない。

 そこで、唐突に一つ、綾波に聞きたい事が生まれた。普段なら上手く尋ねられないかも知れ
ないけど、今の雰囲気なら、言葉がいつものように詰まったりする事無く出てくる気がした。

「じゃ、その……綾波は、僕が怒ってると思ってた?」

 綾波は真剣な顔で、応える。

「……傷つけてしまったのかも知れない、と思ってた」

 ……なんだ。それって、やっぱり

「……それって、さ」

 こんな場面になれている訳でもないし、元々女の子相手に話をする事自体、結構神経を使う
ような僕だけど、この時だけは上手く笑顔を向けられている気がした。

「僕と、一緒だね」

 綾波の髪が少し揺れて、やがて顔全体をとびきり優しくて綺麗な笑顔が包んでいった。 

「……そう、ね」

494:10=何が一番大事?
09/09/05 01:42:30
 分かれ道が、もうすぐそこまで来ていた。綾波は真っ直ぐ。僕は左。いつもは遠いくせに、
今日だけはやけに近い、意地悪なT字路。もう横断歩道を渡ればすぐそこだ。それでも腕時計
を見れは、普段よりはよっぽど時間をかけて通学路を歩いてきたらしい。

「少し、遅くなっちゃったね」

 綾波も腕時計を見る。少し驚いているのかどうかは、表情からはちょっと分からなかった。

「いつも、図書館に行った時はこれくらいだから、平気」
「あ、そうなんだ。僕も、部活が終わったらいつもこれくらい………」

「今日は早めに終わったんだけどね」という言葉は続かなかった。頭の中が「これから毎日一
緒に帰れるんじゃないか」という想いで一気に埋まってしまったせいだ。

「あの、さ……」

 よく考える前にまず口が動いた。だけど、問題なんてある訳なかった。

「また、一緒に帰っても、良いかな? 図書館とかで待ち合わせて、さ……綾波が、迷惑じゃ
 なかったら、だけど」

 こちらを見ていた綾波の眼が少し揺れた気がした。ほんの少しだけ、沈黙が間に挟まる。車
両用の信号が赤に変わって、目の前の歩行者用の信号が青になるまでの、ほんの少しの間。僕
たちの会話にはいくらでもやってくる、その数秒が、今だけは長い。

 否定的な返事が綾波が返ってくるんじゃないかと身構え、冷や汗がさっと出かけたその瞬間
に、綾波の声が柔らかく響いた。

「……ええ、構わない、わ」


495:10=何が一番大事?
09/09/05 01:44:25
 余韻に浸る間もなく、普段はなかなか変わらない歩行者用信号が青に変わり、綾波は道路を
渡ってしまう。

「じゃ、また明日……」

 少しだけ綾波が名残惜しそうにしているように見えたのは、気のせいだろう。きっと。

「また、明日」

 そう言って、綾波が道路を渡りきったのを見届けてから、目を離した。途端に、大きな溜息
が出そうになった。ここ数分ずっと心拍数が二三割り増しだった気がする。



「碇くん」



 大きいはずのないその声が、遠くからしっかりと聞こえた。



「今日は、嬉しかった」



 綾波はそう言って、また一度微笑んだ。そして、驚いたまま固まっている僕を置き去りにし
て、心をがっちりと盗んだまま、今度こそすたすたと歩いて行ってしまった。 (終)

496:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/05 01:46:23
今度はもっと短くする。

497:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/05 05:18:48


498:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/05 05:56:25
>>496
乙です!まだ続きますよね?

499:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/05 10:32:48
これはいい!GJ

500:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/05 18:59:22
>>498 もう、ゴールしても良いよね?

501:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/05 23:22:23
まずはGJ
つかず離れずを繰り返しながらも少しずつ近づいてゆく、そんな関係に
自分のコアが熱くなるのを感じますた

502:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/06 18:00:52
二人のとつとつとした会話よかったよ
ジュブナイルしてた

惜しむらくは間が空きすぎてストーリーちとうろ覚えになってしまった(自分が)

503:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/06 19:22:24
間があきすぎはちょっとストーリー忘れるもんなw
携帯からだとみずらいしw


んでも>>10氏gjです! シンジとレイのなんとも言えない距離感が良い
また投下待ってます

504:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/06 20:21:40
書ける才能が羨ましい
自分にもっと力があれば

505:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/06 21:18:46
>>504
ここで練習すればヨロシ

506:ポカ波さん劇場
09/09/07 01:51:10
>>10氏GJ 甘酸っぱくて悶々としました

さて、>>333です。
私も妄想のタイトルを決めました。
「新劇大団円(仮)後妄想劇場」略して「ポカ波さん劇場」(略されてねえ)
新劇がハッピーエンドを迎えた世界で、その後のLRSを思いつくままに妄想します。
投下済みの
>>333-353(散髪レイ)
>>381-407(でこちゅーレイ)
を始めとして、今後も基本的に同じ世界観の話です。一話完結で時系列はバラバラになるはず。
もし矛盾点があったら、パラレルなんだとお考え下さい。ビバご都合主義。
いつまで続くかはネタ次第。単なる自己満足とは言え、モチベーション維持の為に気に入った方は一言下さると嬉しいです。

それでは、次回予告。
大人になった二人のとある夜を、綾波さんの一人称で描きます。多分、ギリギリ18禁ではないはず。
テーマはゲロ甘。出だしのみ思い浮かんで書き殴ったので構成も展開もゲロ甘w
ついさっき書き終わったので、明日の夜もう一度推敲してから投稿します。
多分連投規制に引っ掛かるし、区切りを気にしてないので変なところで切れる可能性大。
最後にFin.と入れますので、宜しければそこまでお付き合い下さい。

507:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/07 02:14:24
>>506
wktkして眠れなくなっちゃったよ…
楽しみにしてる!

508:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/07 09:11:51
>>506
月曜の朝から素晴らしい予告をありがとう!
ポカ波氏の着眼点はなんとも痒い所に手が届く感じだわw

509:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/07 14:56:33
>>506
他人のSSは勉強にもなるし楽しみに待ってまつ!

510:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/07 18:53:38
投下楽しみだ

511:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/07 21:08:46
>>509
君も投下してね!

512:ポカ波さん劇場(第3回)
09/09/07 21:53:18
「碇君の、ばか」

そう呟いて、乱れたシーツの中、そっと裸の彼の胸に頬を寄せる。
とくん、とくん、と私の中に伝わってくる彼の鼓動。命の証。
その落ち着いたリズムがなんだか少し面白くない。

私は未だこんなにどきどきしているのに。

そっと上目使いに彼の顔を伺うと、少し眠そうなぼんやりとした表情。

けれど、優しく細められた眼差し。
柔らかく笑みを湛えた口元。

視線で「どうしたの?」と問いかけてくる。

……やっぱり面白くない。

ほとんど衝動のままに、彼の胸に歯を立ててがぶりと噛み付いた。

「って、いたたたた、痛い、痛いってば、綾波」

彼の左手が私の後頭部に添えられて、あやすように髪を撫で付ける。
華奢だけど大きな手。
私が良く知る優しい掌。

私が口を離したのは、決して彼の手が心地好かったからではない、はず。

「もう……どうしたのさ、いきなり。
 昔は肉は食べなかったのに、今じゃ僕の肉まで食べようとするんだもんな」
「……いきなりなのは、碇君の方。
 灯りはつけないでって言ったのに……」

513:ポカ波さん劇場(第3回)
09/09/07 21:55:53
恨めしげに彼を睨みつけてから、ヘッドボードの上で柔らかく光る小さなスタンドに視線を移す。
確かに、最初に消してくれた筈なのに。
今は、一番弱くだけれどスイッチが入っている。

薄暗がりの中、仄かに感じる事が出来た彼の優しい視線は、
いつの間にかぼんやりと表情まで認識できるようになっていて。

心も、身体も、嵐の海に浮かんだ小船のように翻弄されていた最中の私には、
事後になるまでその意味は理解出来なかったのだけれど。

「え、でも、訊いたよ?
 灯りつけてもいい?って。
 そしたら綾波がうんって言ったんだよ?」

面白そうに、悪戯っ子のような顔をする彼。
出逢った頃の、まだ少年だった頃の碇君の面差しが重なる。

彼が時たま見せるそんな表情が嫌いではないけれど、
それとこれとは話が別。

「そんなの知らない。言ってない」
「言ったよ、綾波。憶えてないの?」

わかってるくせに――。

のほほんととぼけた顔で嘯く彼の胸を、きゅっと抓る。

「いたた、だから痛いってば」
「心神喪失状態での証言は証拠としては認められないわ」
「心神喪失状態って……大げさだなあ。それじゃあなんだか僕が綾波に悪い事してたみたいじゃないか」
「……してたもの、悪い事」

514:ポカ波さん劇場(第3回)
09/09/07 21:57:47
呟いた私の言葉は、自分でも驚くほど、拗ねたような、甘えたような、そんな響きを帯びていて。

二回瞬きをすると、悪戯っ子の笑みを消して、苦笑を浮かべる彼。
私のうなじのあたりにそっと手をしのばせて、
中指で耳の裏側を柔らかく撫でる。
まるで仔猫の喉をくすぐってあやすように。

その優しい感触に、私は少しだけ頬が熱くなるのを感じた。

「……碇君は……」
「……僕は……?」

ますます拗ねたような私の声。
自覚できるほどに口先が尖ってくるのを、抑える事が出来ない。

「……誰にでも優しいのに……たまに……私には意地悪……」
「……そっかな?……そんな事ないと思うけど……」
「そんな事、ある」
「そうかなあ……?」
「さっきだって、明るいと恥ずかしいから嫌って言ったのに、灯りつけるし……。
 それに……」
「それに?」
「もう駄目ってお願いしてるのに……許してくれないし……」
「よくわからないなあ……それって具体的にはどういう事?」

にやり、とからかうような笑みを浮かべる彼。

「……わかってるくせに……」
「言ってくれないとわからないよ、“レイ”」

意地悪なのに優しく響く、低い男性の声。
囁くように紡がれたたった二文字の私の名前。

515:ポカ波さん劇場(第3回)
09/09/07 21:59:40
ほんの少し前の、途切れ途切れの記憶の中の彼がフラッシュバックする。
切ないような、何かを堪えるような、けれど慈しむような、
不思議な笑みを浮かべて私を見つめる男性の顔。

たまらなく恥ずかしくなった私は、彼の胸に額を押し付ける。
このまま彼の視線から顔を隠さないでいたら、きっと私の顔は熱で溶けてなくなってしまう。

「……やっぱり意地悪……」

碇君が、声を出さずに笑ったのが、気配で伝わってきた。
いったいいつの間に、碇君はこんなに“大人の男の人”になってしまったのだろう。

「ごめんね。綾波の顔、どうしてもちゃんと見たかったんだ。
 可愛かったよ、綾波」

かぁっと顔中どころか全身が熱くなった。
顔を隠していて良かった。
もし見つめられたままこんな事を言われたら、
きっと私は形象崩壊してLCLに還元されてしまっただろう。

ぽん、ぽん、と、あやすように私の背中をかるく叩く彼。
なんだか子ども扱いされている気がする。

「許してくれる、綾波?」

ほとんど反射的にこくこくと頷く私。
なんだか、毎回似たようなやり取りをしているのに、今夜も同じように私は丸め込まれてしまった。
これでは、いつも私が駄々を捏ねているだけみたいだ。

彼と出会ってから、同じだけの年月が私たちの中に降り積もっている筈なのに。
気付けば彼はどんどん成長して、大人びていって。
いつの間にか、私は小さな少女のように彼に甘える事が自然になって。

516:ポカ波さん劇場(第3回)
09/09/07 22:01:31
悔しいような、嬉しいような、複雑な心持ちで考えていると、
それにしても……と碇君が甘い声で囁いた。

「初めて僕が綾波の裸を見たときは、ちっとも恥ずかしがったりしなかったのに」

すっかり恥ずかしがり屋さんになっちゃったね、と優しく私の頭を撫でる。
彼も私と同じように過ぎ去った年月について考察していたのだろうか。

「……碇君だって、初めて私の裸を見たときは、あんなに慌てていたくせに。
 挙動不審だったし、どもってたし、何が言いたいのかさっぱりわからなかった」
「はは、そりゃそうだよ。
 女の子の裸を生で見たのなんか初めてだったし……。
 どきどきして、完全にパニックで、頭の中真っ白だったよ」

む……と、顔を上げて彼を見る。

「……生じゃなければ見たことあったの?
 ……女の子だったら誰の裸でもどきどきしたの?」
「うわぁ、そこに引っ掛かるのか……って、そんなに睨まないでよ、綾波」

碇君は一瞬だけ若干引きつったような笑みを浮かべた。
私は碇君を睨んだりしていないはず……多分。

少しだけ視線を彷徨わせた彼は、私の胸の横にそっと手を添えると、
ひょい、と優しく私の身体を抱き上げた。

「きゃ」

ひょいって。
ひょいって、ひょいって。
そんなのずるい。
いきなりそんなに軽々と抱き上げないで欲しい。

517:ポカ波さん劇場(第3回)
09/09/07 22:03:15
仰向けの碇君の身体の上にうつ伏せに重ねられる私の身体。
目の前で笑う、碇君の顔。
至近距離で私の瞳を覗き込む、優しい黒い瞳。

「綾波って、ほんと、たまに抱きしめたくなるくらい可愛いよね」

そう言って両腕を私の腰に回して優しく抱きしめてくる彼。

「……たまに、なの?」

嬉しいけれど、それ以上に恥ずかしくて、照れ隠しのようにそんな事を言ってしまう私。

「うん、たまに。平均して一日に八万六千四百回くらい」
「なに、それ?一日二十四時間だから……一秒に一回?」
「うわ、相変わらず計算速いな」
「碇君は一日中起きて、眠らないで私のこと考えてるの?
 この間、二日酔いで昼過ぎまでうなされていた時も?」
「いや、だからさ……」

苦笑を浮かべた彼が、左手は私の腰に回したまま、右手を私の頬に当てる。
薄いけれど、大きくて暖かい掌。

「本当に恥ずかしがり屋さんになっちゃったよね、綾波。
 わかってるんでしょ?
 寝ても覚めても、君の事を想ってるって事だよ」

真っ直ぐに私を見つめる黒い瞳。
今にも吸い込まれそうな錯覚を覚える。

「好きだよ、綾波」

518:ポカ波さん劇場(第3回)
09/09/07 22:05:13
ううん。
きっと、錯覚じゃない。
もう、彼の瞳に吸い込まれてしまっている。
ほら、優しく細められた碇君の黒い瞳の中。
恥ずかしくて仕方がない、困ったような表情を浮かべた私が映っている。

その瞬間、たまらなく私は不安になった。
まるで飛行機が突然エアポケットに落ちるように。

私は、優しく私を絡め取る視線から逃げ出そうと、彼の首筋に顔を埋めた。
大きく息を吸い込む。
胸いっぱいに広がる大好きな匂いに、やっぱり彼から逃げ出せない事を知る。

それが嬉しくて。
彼の事を大好きな自分が嬉しくて。
けれど、それ以上に不安でたまらなくてなって。

何も持っていなかったはずの私が、
いつの間にか手に入れていた、
抱えきれないほどたくさんの、たくさんの。
優しさ、想い、温もり、言葉、感情、好きという気持ち。
忘れられない絆。
優しい、暖かい、眼差し。
笑顔。

とても私が持ち切れるとは思えないような気がして――。
今にも私の両手の中から、全て零れ落ちてしまうような気がして――。

甘えるように、碇君の首筋に唇を当てて、啄む。
ふぅっと大きく息を吹きかける。

519:ポカ波さん劇場(第3回)
09/09/07 22:06:51
「うゎ、くすぐったいってば」

私の髪を梳きながら、彼が笑う。

「……ずるい……」
「……え?」

「……私は、怒ってたはずなのに。
 碇君はたまに意地悪なのに、やっぱり優しくて。
 私はもう怒れないくらい嬉しくて、恥ずかしくなって……」

 優しいのに、意地悪で。
 意地悪なのに、優しくて。
 悔しいくらい、余裕で。
 
「碇君だけ、どんどん大人の人になって……。
 私だけ……どんどん子供みたいになって……」

心の内を吐露する内に、自然と感情が昂ぶっていったのかも知れない。
私の声は、自分でも気付かない内に少しだけ涙声になっていた。

「……綾波……?」

戸惑ったような碇君の声が聞こえるけれど、私は言葉を止める事が出来ない。

「私は、ただ、碇君に甘えているだけで……。
 なんだか……このままじゃいつか碇君に置いていかれそうで……。
 私は、碇君と一緒に歩いて行きたいのに……」
「……綾波……」
「やっぱりこうやって、碇君に甘えていて……。
 ごめんなさい……碇君よりも私の方が……もっとずるい……」

520:ポカ波さん劇場(第3回)
09/09/07 22:07:49
碇君は黙って、静かに私の言葉を聞いてくれていた。
優しく、壊れ物を扱うように、私を抱きしめて。

泣いては駄目だ、と私は思った。
今泣くと、きっと私はもっともっとずるい女の子になってしまう。

昂ぶりそうになる感情の手綱をそっと握る。
大きく深呼吸をしながら、自分の心を見つめる。
大丈夫。
不安は今吐き出した。碇君が受け止めてくれた。
碇君がどんどん大きく、大人になっていくのなら、
私も自分を成長させていけばいい。

どれくらい、そうやって碇君と抱き合っていたのだろうか。
漸く私の心が落ち着いてきた頃、
碇君が少しだけ強く、きゅっ……と私を抱く力を強めた。

「……綾波……」

いつの頃の事だったろうか。
たくさん碇君に抱きしめられて来たけれど、
この抱きしめ方……知っている気がする。

「……僕は、全然大人になんかなっていないよ……。
 ……それに、ちっとも優しくなんかない……」

耳元で、碇君が囁く。
少し苦しげな、けれど熱を帯びた声。

「……碇君……?」

抱きしめる腕の強さが、もう少しだけ強くなった。

521:ポカ波さん劇場(第3回)
09/09/07 22:09:34
「ヤシマ作戦……覚えてる?」
「……ええ……?」

それは、今となってはとても昔の事のように思えるけれど、もちろんはっきりと覚えている。
何もなかったはずの私の為に、彼が涙を流してくれた事。
笑顔を教えてくれた事。

「初めてだったんだ。
 誰かが、僕の為に本気で何かをしてくれた事。
 僕は、臆病で、弱虫で、意気地なしで……守ってもらう価値なんか、これっぽっちもない子供で。
 それでも、綾波は、命懸けで僕を守ってくれた。
 そして、笑ってくれたんだ。
 奇麗に……本当に奇麗に……」
「碇君……それは……」
「いいんだ。
 綾波があの時、どういう気持ちだったか……それはわからないけど……。
 僕にわかるのは、僕が本当に嬉しかったっていうことだけだ。
 僕は、本当に嬉しかったんだよ」
「……碇君……」
「あれから、綾波は僕にとっては一番気になる女の子になった。
 多分、あの時、君の笑顔を見た瞬間から、君の事が好きだったんだと思う。
 その頃の僕は、今よりももっと子供で、そんな事全然気付かなかったけど……」

何かを堪えるように、碇君が言葉を続ける。

「それからの僕は、いつも君を気にしてた。
 いつだって綾波を目で追いかけていたし、学校を休めば気になって仕方なかったし。
 少しでも綾波と話がしたくて、そばにいたくて、君の為に何かをしたくて」

初めて碇君に貰ったお弁当を思い出す。
お肉が食べられなくて、でも、何故か手放せなくて。
鈴原君に取られた時は、無性に名残惜しくて目で追いかけてしまって。

522:ポカ波さん劇場(第3回)
09/09/07 22:11:54
初めて飲んだお味噌汁は、温かくて、美味しくて。

中学校で貰ったお肉が入っていないお弁当。
バランまで洗って返した時の、嬉しそうな碇君の笑顔。

「けれど、結局、僕は僕でしかなくて。
 自分のことしか考えられない子供で。
 父さんへの怒りで、何も見えなくなって。
 周りの人たちの事なんか、一番大切だと思っていた君の事でさえ、やっぱり考えていなくて。
 そうして、エヴァを降りた。
 君が、僕がもう二度とエヴァに乗らなくても良いようにするって、
 たった一人で使徒に立ち向かって行った時でさえも、膝を抱えてうずくまっていた」

碇君が、もう二度と、エヴァに乗らなくてもいいようにする……。
そう呟いた私。
でも……何も出来なかった、私。

「……でも、私は何も出来なかった……。
 ……あの時も、私を助けてくれたのは、碇君……」
「そんなんじゃないよ。
 僕は、ただ、君を失いたくなかっただけだ。
 土壇場になってようやく一番大切な人に気付くくらい子供で、自分勝手で。
 綾波の為に綾波を助けたんじゃない。
 僕は、僕には、綾波が必要だったから。
 誰の為でもない、自分の為に、僕は綾波を助けたんだ……」

瞬間、わかった。
忘れる筈がない。
今、私を抱きしめる碇君の腕の強さは、あの時私を使徒から引き上げた碇君の腕の強さ。

523:ポカ波さん劇場(第3回)
09/09/07 22:14:05
綾波は綾波しかいない!
だから今助ける!
来い!

永遠に続くはずだった暗闇から、私を引き上げて、抱きしめてくれた。

彼の腕の力の強さ。

「……碇君……」

ふう、と少しだけ息を吐いて、碇君は腕の強さを少しだけ弱めた。

「……さっき、綾波は自分がどんどん子供っぽくなってるって言ったけど……。
 僕はそうは思わない。
 綾波は、僕が好きになった綾波のままだよ。
 不器用だけど優しくて、
 まっすぐで、
 芯が強くて勇敢で、
 案外頑固な所もあるし、
 怒ると結構怖かったりもするけど、
 普段は穏やかな、落ち着いた雰囲気の可愛い女の子で……」
「……な、何を言うのよ……」

初めて聞いた彼の私への評価に、少しだけ動揺した。
好きだって言われる以上に、なんだかこそばゆい。

524:ポカ波さん劇場(第3回)
09/09/07 22:15:02
「だけど、昔の綾波は、無口でわかり辛かったから。
 僕は少し安心してたんだ。
 いや、自惚れてたんだろうな。
 きっと、綾波のことをわかって、本当に好きになるのは、僕しかいないって。
 けれど、全てが終わってから、綾波はどんどんどんどん、奇麗になって。
 いつの間にか、いつも優しい、温かい空気を身に纏うようになって。
 柔らかく微笑んでいるのが当たり前の、可愛い女の子になって……」
「そ、そんなことない……」
「そんなこと、あるさ。
 そして今も、一日一日……綾波は、奇麗に、可愛くなっていく。
 綾波が本当に綾波らしい部分はそのままだけれど、
 みんながそれに気付くようになっていく。
 ただ、それだけの事なんだよ。
 だから、綾波は、綾波のままで、いいんだ」
「……碇君……」

私は、自分がどんどん子供っぽくなっているように思える。
けれど、碇君はそうではないと言う。
どても、私にとっては恥ずかしい言葉を紡いで。

彼が言う通り、碇君が本当は大人になっていないのだとしても、
口が上手くなった事だけは間違いないと思う。
異論は認めない。

だって、碇君の言葉一つで、私の中の不安は簡単にどこかへ行ってしまった。
そして、不安の替わりに、私の胸の中に、なにか温かいものが生まれている。

真剣な口調で語っていた碇君は、少しだけおどけた調子に変わって続ける。

525:ポカ波さん劇場(第3回)
09/09/07 22:16:22
「今だから言うけれど、高校の頃、綾波って凄くもてたんだよ。
 だから、僕は凄い苦労したんだ。
 自分勝手な話だけど、綾波を誰にも取られたくなくて。
 自分じゃ中々告白する勇気も持てないくせに、
 いつも綾波の側にいて、周りには思わせぶりな態度を取って、牽制して。
 結局、綾波に告白した時だって、
 綾波に僕以外のだれかが告白するなんて我慢できなくて、
 アスカやトウジやみんなにハッパをかけられて、
 ようやくのようやく、土壇場の土壇場で、
 なけなしの勇気を振り絞って、
 今にも卒倒しそうになりながらのことだったんだ」

高校の頃、私がもてた?
にわかには信じられない。
確かに中学の頃よりは、色々な人と話をするようになったとは思うけれど。
それに、そんな事を言うのなら碇君のほうがよっぽどもてた。
というよりも、未だにもてる。
彼は自分自身の事には妙に鈍い所があるから、当時から気付いていないけれど。
私がどれだけやきもきしたか、今でもたまにやきもきしているかは、言わないでおこう。

情けないだろ?と少しだけ自嘲気味に笑う彼。
その声色に、私の胸の中の温かさが一回り大きくなる。

大きく一息ついてから、碇君はまた口調を改めた。

「正直に言えば……今でも、僕じゃ綾波に釣り合わないんじゃないかって、たまに思う」
「そんな事、ない!」

否定の言葉は、反射的に口から滑り落ちた。
顔を上げて、真っ直ぐに碇君をみつめる。

526:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/07 22:21:59
支援

527:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/07 22:34:27
投下キタ━━━(゚∀゚)━━━ !!!

528:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/07 22:35:28
続きwktk

529:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/07 22:43:40
ちょwいい所でww
終わりですか?

530:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/07 22:44:43
続きマダー?(・∀・)っ/凵⌒☆チンチン

531:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/07 22:48:10
アダルティーな大人シンジカコエエな
綾波もカワイス

続きが気になって仕方がない

532:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/07 22:51:17
しえんんんんんんんんんんんんんn

533:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/07 23:06:04
GJGJGJGJGJ
素晴らし過ぎる

534:ポカ波さん劇場(第3回)
09/09/07 23:18:43
碇君は、少し気弱そうに、穏やかに笑っていた。
すっかり大人の男の顔立ちになったけれど、少年の頃の、初めて私に笑顔をくれた時の碇君の笑顔が重なる。

とくん、と私の胸の中に育っていた温かさが、大きな音を立てて鼓動を始めた。

「うん、ありがとう。
 けれど、やっぱり今でも、僕は心のどこかでそう思ってるのが本当の所なんだ。
 僕なんかよりも、もっと綾波のことを幸せにしてくれる奴がいるんじゃないかって思ってしまうんだ。
 だけど、僕は自分勝手だから……どうしても、綾波を誰にも渡したくないんだ。
 だからせめて、少しでも君に相応しい男になろうって、僕は思った。
 もっと大人になって、強く頼りがいのある男になって、君を幸せにして一生守って行けるように……って。
 最近じゃ、少しは大人になったかな、板についてきたかな、なんて思ったりもしてたけど……」

とくん、とくん、私の胸の中で鼓動を重ねる温かさが、やがて一つの言葉を持つ。
その言葉は大きく大きく脹らんで、胸いっぱいに大きく育って、ついに私の中から溢れ出す。

碇君の頬の上に、水滴が跳ねる。

大きな掌がそっと、私の頬に添えられる。
細く長い親指が、優しく私の涙を拭う。

「……碇君……」
「さっき、君が、僕と一緒に歩いていきたい……って言った時。
 正直、殴られたような気がしたよ。
 そうだよね、綾波は、ただ守られているだけの弱い女の子じゃないのに。
 僕なんかより、ずっと強くて、優しくて。
 世界一素敵な女の子なのに。
 そんなことも忘れて、強がって、格好つけて、大人気取りで……。
 おまけに、スケベでさ。
 一番大切な君を、泣かせたくない君を、泣かせているんだから……。
 本当、参るよなあ……」

535:ポカ波さん劇場(第3回)
09/09/07 23:20:32
そうして、大きくため息をついた碇君が、一度目を閉じて。
少しだけ、何処となく困ったような、弱気な笑顔で。

「不安にさせちゃったみたいで、ごめんね、綾波」

瞬間、私の胸いっぱいに広がっていた、温かさが、鼓動が、言葉が。

大きな音を立てて、弾けた。

決壊したダムから溢れ出した水のように。
奔流となって。
私の心を巻き込んで。
一気に溢れ出す。

声に出来ず。
言葉に出来ず。

彼の顔に両手を添えて、唇を奪う。
そのまま目を閉じて、彼の頭を掻き抱く。
唇が伝える温もりと一緒に、溢れ返った想いの全てが彼に伝わるように祈りながら。

好き。
好き。好き。好き。

碇君の、強さも、弱さも、優しさも、エゴも、全部ひっくるめて。

536:ポカ波さん劇場(第3回)
09/09/07 23:22:16
照れ臭そうに笑う姿も。
人差し指で頬を掻く癖も。
料理が得意で世話好きな所も。
優しいくせに、自分じゃその優しさに気づかない所も。
華奢で大きな手も。
私を呼ぶ声も。
甘いキスをくれる唇も。
二日酔いの翌日、苦そうに薬を飲む姿も。
弱気な笑顔も。

全部、全部ひっくるめて。
碇君が、碇君だから。

この世界に、たった一人の碇君だから。

碇君が、大好き。

……駄目。
唇を重ねる程度じゃ全然足らない。

衝動のまま舌を差し込む。
それと同時に、強く、吸う。
想いの迸るままに舌を蠢かせて激しく口蓋をなぞる。

濡れた音とともに溢れた唾液が唇の端から零れる。
舌を絡めて、貪るように、彼の口を犯す。

いつもとは違う、私が主導権を握ったキス。
時折、碇君が主導権を奪おうとするけど、渡さない。

537:ポカ波さん劇場(第3回)
09/09/07 23:23:48
駄目。
私が、犯すの。
あなたの中に、私の想いを流し込むの。

碇君が、綾波が必要だって言ってくれたように。
私にも、碇君が必要だから。

碇君が、大好きだから。

碇君を、愛しているから。



******



「あの~、綾波……さん?」

激しく乱れたシーツの中、枕を抱きかかえた私は彼の裸の胸にしがみ付いている。
恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がない。

「今度は、その……別に僕が灯りを点けたわけじゃなくて……。
 最初から最後まで明るかったわけで……その……」

だって、私は気付かなかったんだもの。
終わって正気に戻るまで、気付かなかったんだもの。

私が覚えているのは一つだけ。

結局いつものように攻守交替されてしまった時、
一瞬だけ碇君がちらっとベッドボードのスタンドを見たこと。

538:ポカ波さん劇場(第3回)
09/09/07 23:24:40
私はもぞもぞとシーツの中から少しだけ這い出して、
目だけを出して上目づかいに碇君を睨みつける。

「碇君……絶対気付いていた筈だもの……」
「あ、う、いや、それは……その……」

しどろもどろになる碇君に、なんだか懐かしさを憶える。
それはともかく、やっぱり碇君は、顔の割に案外エッチだ。
薄々気付いてはいたけれど、再確認してしまった。

けれど、そんなところもひっくるめて、碇君のことが好き。
私にだけエッチになるなら、むしろ嬉しいかも知れない。
……当然、それ以上に恥ずかしいのだけれど。

私は口元がにやけそうになるのを抑えて問い掛ける。

「私……変な顔、してなかった?」
「ぜ、全然!凄く可愛かったよ!
 それに身体も凄く奇麗だった!」

なら、まあ、仕方がない。
最初から灯りは点いていたわけだし……。

539:ポカ波さん劇場(第3回)
09/09/07 23:25:26
……。
……。
……身体?

いくらなんでもそんなに明るいはずが……。

「……スタンドの灯りだけで、私の身体まで見えたの……?」
「え、あ、いや、その……」

妙に挙動不審な碇君に、私の脳裏に何かが閃く。
私はベッドボードの上のスタンドに視線を向けた。
一番弱かったはずの灯りが……一番強くなっている。

恥ずかしさのあまり、全身が沸騰したように熱くなった。

反射的に枕を碇君の顔に投げつけて、
轟沈する碇君を視界の隅に収めながらシーツの中に逃げ込んだ。

好きだけど。
好きだけど好きだけど。
ひっくるめて好きなんだけど……。

「碇君の、ばかっ!!」



Fin.

540:ポカ波さん劇場(第3回:蛇足編)
09/09/07 23:26:25
おまけ

後日、女性だけの飲み会でのこと。

「最近彼氏とはどうなのか?」

というありがちな話題になった時、
各々があーでもないこーでもないと語りあった際、
しこたま酔っ払った……酔っ払わされた綾波レイは、
とつとつと今回の一件に着いて語ったという。

レイが話し終えた時、
テーブルの上に突っ伏してやさぐれていた一同はやおら身を起こすと、こう叫んだ。

「「「酒ーー!! 誰か強い酒もってこーい!!」」」

そしてレイは、
自分達が所謂「バカップル」と呼ばれる存在である事を学んだ。

蛇足編 完

お付き合いいただきありがとうございました。
相変わらず連投規制に引っ掛かってスマンw
引っ掛かると一時間くらい投稿できないようです。
構成の甘さと展開の強引さには目をつぶって下さいな。
大げさにいちゃいちゃしている二人を書きたかっただけなんですw

541:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/07 23:28:47
股々キタ━━(゜∀゜)━━!!

542: ◆IE6Fz3VBJU
09/09/07 23:33:46
>>440

 □

話は三日前―アスカとレイが第七使徒に撃退された日に遡る。
加持から使徒撃退のアイディアを貰ったミサトは、シンジ、レイ、アスカの三人を作戦会議室に呼び出してこう告げた。
「第七使徒の弱点はひとつ! 分離中のコアに対する二点同時の荷重攻撃、これしかないわ。つまり、エヴァ二体のタイミングを
完璧に合わせた攻撃よ。そのためには二人の協調、完璧なユニゾンが必要なの」
ミサトは言葉を切って、にこりと笑った。
「そ・こ・で、あなたたちにこれから一緒に暮らしてもらうわ」
「誰と誰が?」アスカは訊いた。
「あなたとレイよ」ミサトは答えた。
「冗談じゃないわ」憤然とアスカは言った。
「冗談じゃないわ」無表情な顔でレイは言った。
「その通り。これは冗談なんかじゃないわ」
腰に手を当て、ミサトはきっぱりと言い切ったのだった。

「ちょっと待って下さい」一瞬の沈黙ののち、シンジが手を上げた。「どこで暮らすんですか?」
ミサトは笑顔を崩さない。「あら、決まってるじゃない。私の家よ。そのぐらいのスペースはあるから」
「ということは、僕も、一緒に……ですか?」
展開の早さについていけないシンジは、少し呆然としている。
「あったりまえじゃない。シンジ君を追い出すわけにはいかないでしょ」
「はぁぁ!? こいつも一緒に?」
シンジを指差して絶対ヤダ! と大声を上げるアスカに、ミサトは断固たる口調で「指揮官の私に従ってもらいます」と言ったあと、慌ててレイの後を追いかけた。
「あー、ちょっと待った! レイ! どこ行くの!」
「……帰る」
「そう。着替えとか、必要なものを持って私の家に来ること。なるべく早くね」
「行かない」
「ダメよ、レイ。こればっかりはあなたの我儘は通らないわよ」
レイの前に立ちふさがり、決然と告げるミサト。
レイの眉がピクリと動いた。自分の意のままにならないことがあると不機嫌になるのが常だ。

543: ◆IE6Fz3VBJU
09/09/07 23:34:57
「シンジ君、ちょっと」
ミサトは手招きしてシンジを外に連れ出した。レイが逃げ出さないように扉をしっかりおさえる。
「シンちゃん、アスカは私が何とかするから、レイを何とか説得して」
「ええっ……。僕がですか?」
「そうよ。使徒の再度侵攻まで時間がないの。何とかしてユニゾンを完璧にしないと、人類が滅んでしまうのよ!」
「分かり……ました」
何を言えばいいのか、と悩むシンジだが何とかするしかない。今回は戦闘の出番がなさそうだから、せめてこれくらいはという気持ちもある。
会議室に再び入室した二人は、扉の前で立っていたレイにぶつかりそうになった。
「碇君、どいて」
「あ、綾波……」
シンジは必死になってレイを引き止める口実を考える。
「何?」
シンジにはレイの不機嫌ぶりが手に取るように分かり、焦る。早く何か言わないと……。
「そ、その……一緒に暮らすって言ったって、一週間もないんだし、その間僕の手料理食べに来ると考えたらどうかな……」
ミサトは思わずひっくり返りそうになった。
アスカもぽかんと口を開け、目を見開いている。
(ちょっと、シンちゃん!? それでレイが説得されると思ってるの?)
(ご、ごめんなさい。でも何て言えば分からないんですよ……)
ひそひそと喋る二人をよそに、当のレイは黙って何か考えているようだった。
「だっ、ダメかな……。やっぱりダメだよね……」
後悔するシンジ。とっさに頭に浮かんだ台詞を言ったのだが、やはり失敗だったか。
不吉な緊張を孕んだ沈黙が暗雲のように立ち込めた。
シンジには永遠に思えた数秒ののち。
「……分かったわ」と、レイは頷いていた。
シンジはほっと胸を撫で下ろし、ミサトはやれやれと首を振って安堵のため息をついた。
普段から何を考えているのか分からないが、まぁ、さすがのレイもコトの重要性を認識しているのだろうとミサトは納得することにした。
「アスカ? あなたもいいわね?」
「うー」と、アスカは唸った。

544: ◆IE6Fz3VBJU
09/09/07 23:35:47

「……というわけで」ミサトはビールをあおった。「シンちゃんの役割は二人のバックアップと」
「……喧嘩の仲裁ですね」と、暗い顔でシンジはミサトの言葉を先回りする。
アスカの引越しという一騒動が終わったあとのミサト家。心配していたレイも無事に来て、晩御飯も食べ終わり、アスカとレイはミサトの指示のもと、居間でさっそく練習している。
「ま、そういうこと。協力お願いね」
「カンベンして下さいよミサトさん! だいたい綾波と惣流が一緒に住むこと自体無理があるのに……」
ミサトはビールの缶を威勢良くテーブルに叩きつけた。「無理が通れば道理は引っ込むのよ!」
何だかやけに調子がいい。もう酔いはじめているらしい。
「……全然解決方法にならないのに、もっともらしいことを言わないで下さいよ……」
シンジはため息をついた。これからどれだけため息をつくんだろうとシンジは憂鬱な面持ちで考える。まさに前途多難、艱難辛苦の六日間だ。
「大丈夫! 神様だって六日で世界をつくったんだから。何とか間に合うわよ」
「ミサトさんは、楽天的でいいですね」
シンジはふたたびため息をついて居間を見た。あと六日でユニゾンを完成させなければならないのだ。それなのに……。
さっそく練習を開始した二人だが、案の定ユニゾンどころの話ではなかった。
「あんたが私に合わせなさいよ!」
「何で人間が猿に合わせなきゃいけないのかしら? あなたが人間様に合わせるのよ」
「はぁぁぁ!? あんた人間やめてみる? やめてみるかぁ!?」
初日からこんなことで間に合うのだろうか。それとも初日だからまだ余裕をもっていればいいのだろうか。
―この二人を六日で協調させるのと、世界を六日でつくるのはどちらが難しいか、神様に会ったら訊いてみよう。
シンジはそう思いながら、二人の間に入るために立ち上がった。

545: ◆IE6Fz3VBJU
09/09/07 23:36:55

……そして三日後。
「そうならそうと、はよ言うてくれたらよかったのに」と、トウジが笑いながら言った。
「しかし、ま、惣流と綾波と同じ屋根の下で暮らすなんて、まさに前門の虎、後門の狼ってところだな、碇」
ケンスケがジュースを手に、半分面白そう、半分気の毒そうに言った。
「何ならわしらが葛城さんと暮らすから、お前は惣流、綾波と同棲するか? 追い込まれて案外上手くいくかも分からへんぞ」
「……ちょっと鈴原?」ヒカリがトウジに耳を引っ張った。「ヘンなこと言うと承知しないよ?」
いててて、よせ、イインチョ、とトウジが悲鳴を上げる。
「で、ユニゾンはうまくいってるんですか?」ヒカリはレイとアスカの練習に目をやる。「いってないみたいですね……」
ユニゾンのユの字も見当たらない状況なのは誰にでもすぐに分かることだった。
二人はツイスターゲームと呼ばれるパーティゲームで練習をしていた。
こんなゲームで練習になるのかとシンジは疑問に思わないでもないが、逆にこんなゲームですら合わないのにエヴァで合うわけがないとも言える。
何しろ二人とも自分中心の性格で、相手に合わせようとしないのだ。上手くいくわけがなかった。
「あんたが私に合わせなさいよ」
「あなたが私に合わせて」
レイとアスカは睨み合った。
「シンジ!?」
「碇君?」
二人は声を揃えて、「正しいのはどっち?」と叫んだ。
「え……ええ、と……」
シンジは何故こういう時だけ歩調が合うのだろうか、と思いながら曖昧な笑みを浮かべて返答する。
「二人ともお互いに譲り合えば、いいんじゃないかな、と、思ったり……」
シンジはレイとアスカの冷たい目に「降参」のポーズをとった。
「やっぱりそういう訳にはいかないよね、はは……」
「はは、じゃないのよ! この優柔不断!」
アスカが地団太を踏む。
レイは何も言わずにシンジをじとっと湿った目で見つめている。
「いやっ……その……」
シンジは真剣に逃げ出そうかと考え出していた。もっとも部屋を出る前に襟首を掴まれて引き戻されそうだったが。
哀れな子羊に助け舟を出したのはミサトだった。

546: ◆IE6Fz3VBJU
09/09/07 23:37:58
「シンジ君。試しにアスカとやってみて」
「私についてこられるの?」
馬鹿にしたような顔でアスカが言う。
「まーまー。取り合えずやってみて。シンジ君?」
「はぁ……」
ずっと見学させられていたシンジはアスカのクセを把握していた。確かにアスカは動きが速いが、タイミングは取りやすい。
実際にやってみると、完璧とは言えないが、少なくともレイとの組み合わせよりはよほどいいコンビネーションだった。
アスカがへぇ、という顔をする。「初めてにしてはなかなかやるじゃん」
「じゃ、今度はレイとやってみて」
「あ、はい。……よろしく、綾波」
レイは無言で準備をする。
「じゃ、はじめるわよ!」
―結果は無残なものだった。チグハグもいいところで、全く合わない。シンジはしまいに手足がこんがらがって倒れこむ始末だ。
「……ごめん、綾波」
シンジが申し訳無さそうに謝った。
「……どうして?」
レイの表情はいつもと変わらないが、シンジにはレイが少しばかりショックを受けているのが分かった。
「何ていうか……綾波の動きって読めないんだよね。アスカは分かりやすいんだけど」
「……何かソレ、私のことバカにしてる感じがするんだけど?」
アスカがむっとした顔でシンジを問い詰める。
「ち、違うよ!」
「零号機のコアを書き換えて、シンジ君とやるほうがいいかもね」と、煽るような口調でミサトが言った。
「ちょっとミサトさん……」
そんな火に油を注ぐようなことを、とシンジは気が気ではない。
レイの表情は一ミリたりとも変わらなかった。「……好きにすれば」
その場の全員を睨みつけ、そう言い捨てると部屋を出て行った。
「あ……綾波! ……すいません、ちょっと見てきます」
「おねがいねー、シンちゃん!」のんびりした口調のミサトの台詞が、シンジの背中を追いかけた。

547: ◆IE6Fz3VBJU
09/09/07 23:39:16

「綾波! ちょっと待って!」
シンジが声をかけたとき、レイはすでにマンションの敷地を出て、道路を横断し終わったところだった。
先にエレベーターに乗られて遅れてしまったのだ。おまけにレイは、傍目からはそうは見えないがかなりの早足で、シンジは追いつくのに走らねばならなかった。
急いで前に回りこんで息をつきながら、「ちょ、ちょっと……待って……」
「何?」
レイは表情こそ変わらないが、シンジが今まで見たことのないほどの不機嫌さだった。さわれば感電しそうなくらいだ。
「碇君、弐号機パイロットと練習しなくていいの? あなた、彼女と気が合うみたいだし」
「そんなこと、言わないでよ」
シンジは気弱そうな笑みを浮かべる。
「綾波は、この間……エヴァに乗ってる理由を訊いたとき、確か大人に言うことを聞かせるためって言ったよね?」
「……ええ」
「でも、ここで逃げたら綾波のパイロットとしての価値が減るんじゃないかな」
レイの表情が微妙に変化した。
「これからは惣流がいるって思われたら綾波にはすごく損だと思うけど……」
レイは黙ったままシンジの言うことに耳を傾けている。
「それに、さ……猿の言うことなんかまともに聞く必要はないと思うよ」
シンジは「ごめんよ、惣流」と心の中で謝罪する。
それから数瞬、シンジにとって胃が痛くなるような沈黙が流れ―レイはかすかに頷いた。
レイの頭がかすかに下に動くを見たシンジは、餓死寸前のところで救助隊の姿を見た遭難者と同じくらい安堵した。
「じゃあ、戻ろうか」
まだレイが本当に戻るのか不安でしょうがないシンジ。踵を返してやっぱりやめたと帰るのではないかと、レイの一挙手一投足を真剣に見守る。
マンションの敷地に入ろうとする二人の前を、ちょうど痩せたよぼよぼの犬が通りかかった。どこかの住民が引っ越すさいに置き去りにしたものだろう。
犬は何かをせびるように二人の顔を見上げ、同時に後ろ足の間に垂れた尻尾を半分ほど上げてクーンと鳴いた。

548:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/07 23:39:55
>>540
凄い乙すぎてなんもうまいこと言えませんが・・・



とにかくありがとう感謝の言葉です
すっげえ楽しめましたw読んでてポカポカっす

549: ◆IE6Fz3VBJU
09/09/07 23:40:56
次の瞬間、シンジが仰天することが起きた。
レイが犬の腹を思い切り蹴っ飛ばしたのだ。犬はキャインと鳴くと、力ない足取りで逃げていった。
「あ……綾波!? 何するの?」
シンジは絶句した。中学生の女の子が、何の躊躇もなく犬を蹴ったのだ。それも思い切り。ショッキングな光景だった。
「犬を蹴った」
「いや、それは分かるけど、どうして!?」
「邪魔だったから」と、不気味なほど表情を崩さずにレイは言い放つ。
「邪魔だったって……だからって蹴っ飛ばしちゃダメだよ!」
「何で?」
「何でって……可哀想じゃないか。別に噛み付こうとしてたわけじゃないんだし」
シンジはめまいを感じた。犬を蹴っては駄目だなんて、いちいち説明することではない。
「碇君」レイは冷たい声で言った。
「え?」
「私にいちいち指図しないでくれる?」
呆然と立ちすくむシンジを背に、レイは何事もなかったかのように歩き去っていった。

その日の夜はさすがにレイとアスカもいがみあうことに疲れたのか、居間で大人しくテレビを見ていた。
食後から数時間経ち、何とはなしに気怠く、物憂げな時間が三人の間に流れている。
ミサトはいったん本部に戻ってまだ帰ってこない。まだ書類の整理が終わってないらしく、遅くなるとの電話があった。
レイはミサトのパジャマを着て、ぺたんと座り込んでいた。当然レイにはぶかぶかで、たとえば腕は指先まで隠れているありさまだ。
そんなレイの姿に、露出気味のアスカのものとは違う奇妙な色気を感じてしまうシンジだった。
アスカに悟られないように横目でその姿を見ていると、初日の騒動のことを思い出した―。

550:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/07 23:44:01
またまた投下きたwジャマしてすまん

551: ◆IE6Fz3VBJU
09/09/07 23:44:01
「うわぁっ!」
シンジが慌てて後ろを向いた。
「ちょっ、ちょっとファースト! あんた何してんのよ! シンジ、見ちゃダメよ!」
アスカは慌てて腰を浮かせ、シンジに指示をする。
「みっ、見ないよ!」
風呂上りのレイがバスタオルを首にかけ、下着姿のまま居間に入ってきたのだった。
「何してるって……何?」
不思議そうな顔でレイが言う。
「いくらこいつが軟弱で根性ナシだからって、そんな扇情的なカッコでうろつかれたらどうなるか分からないわよ?」と、呆れたようにアスカは言った。
「扇情的?……それって碇君が私に性欲を感じる……ってこと?」
アスカはあやうく飲みかけのアイスティーを吐き出しそうになった。シンジは真っ赤になって下を向いている。
「あんた、ちょっと、言い方ってもんがあるでしょうがっ」
「碇君は、大丈夫よ」
レイは意味ありげな様子でシンジを見た。
「何でそんなことが言えるのよ」
「だって」と、レイは口を開いた。「碇君が私の部屋に来たとき……」
「うわあああっ!」シンジは手を振ってレイの言葉を遮った。「綾波、ストップ!」
「な、何なのあんたたち……。デキてんの?」アスカはひるんだ。
「デキてなんかないよ! 何言ってるんだよ、惣流。変なこと言うなよ。綾波に迷惑だよ。……そうだ、お風呂入ってくる」
シンジは立ち上がるとよろけるようにバスルームへ去っていった。
「なーんか怪しいの」
アスカがレイのほうを見ると、レイはくすくすと笑っていた。
「あんた、あいつのコトからかったんでしょ」アスカは呆れたように言った。「タチ悪いのね」

―あれには参ったな。
一緒に住んでみると、レイには人の目を気にしない側面があるとシンジにも分かってきた。いや、人の目というより人を人とも思わないと言ったほうがいいのか……。
「ね。ファースト」
アスカの言葉にシンジは現実に戻った。
「……何?」と、レイは前を向いたまま答える。
「あんた、家族とかは?」

552: ◆IE6Fz3VBJU
09/09/07 23:47:25
シンジはドキリとした。シンジには訊きたくても訊けない話だった。
幼いころ父―つまりゲンドウ―に引き取られ、去年から一人暮らしをしていると聞いてはいたが、
それについての詮索はシンジにはできなかった。どんな事情があるか分からないからだ。ミサトもリツコも詳しいところは知らないようだった。
「いないわ。私は小さいころに司令に引き取られた。それ以前の記憶はないの」
「……悪いこと訊いたわね」
「別に。興味、ないもの」
アスカが眉をひそめた。
「興味ないって、どういう意味?」
「文字通りの意味。私の家族は死んだのかも知れないし、どこかで生きてるのかも知れない。どっちか知らないけど、私はどうでもいいってこと」
シンジとアスカの目が合った。さすがのアスカも呆気にとられた顔をしていた。
シンジはぞっとしていた。レイは強がりでそう言っているのではない。本気だった。だからこそ背筋が寒くなったのだ。
「自分がどういう経緯で預けられたのか、司令に訊いたこともないの?」
「ない」
「気にならないの? 本当に?」
「全然、ならない」
レイの無表情は変わらなかった。何かを隠している顔ではない。本当の意味での無表情だった。
何故かシンジは見ていられなくなって、俯いてしまう。
テレビからどっと笑い声が流れて 微妙に重い空気に白々しさを付け加えた。


553: ◆IE6Fz3VBJU
09/09/07 23:48:17
レイが歯を磨きに洗面所に行った隙に、アスカがシンジに押し殺した声で話しかけてきた。
「あいつ、ちょっとおかしくない?」
「……いや、別に、おかしくない……と思うけど」
きっぱりと言ったつもりだったが、濁したような口調になった。
「何もしてないときってあるじゃない? 見てると、何てーのかしら、ぼーっとしてるんじゃなくて、魂が抜けてるような気がするのよね」
アスカは腕組みして考え込むような表情になる。それはシンジも感じるところだった。レイが何もせず、真正面を向いて座っている様子を見ると、全身の産毛がそそけ立つ気分になることがある。
「さっきもさ、本当に家族のこと興味ないっていう感じだったじゃん。そんなのってある?」
「うーん……」
父とのことがあるだけにシンジには答えられない。本音を言えばありえないと言いたいところだ。
「何か、あいつ……。ちょっと可哀想、かな」
シンジははっとした。アスカの顔に、今までの彼女のイメージでは想像できないような翳が差した気がしたからだ。
しかしそれは一瞬のことだった。
「ま、いいけどさ。私には関係ないことだし。……私、もう寝る」アスカは立ち上がるとシンジを睨みつけた。「今、あんた私の寝姿想像したでしょ。絶対にのぞかないでよ!」
「想像してないし、のぞかないよ」シンジはため息をついて言った。

 □

そして、一日千秋の思いで待ちわびていた最終日。
まさにこの六日間はシンジにとってまさに地獄と言うべきものだった。
アスカはことあるごとにレイにつっかかるし、片やレイはことあるごとにアスカに嫌味、皮肉、当てこすりを言うのである。
その度にシンジが間に割って入り、その場を丸くおさめるのに最大限の努力を払うのだった。
心労のあまり日に日にシンジは食が細り、頬は痩せこけ、目は落ち窪み、あばら骨は浮き出て―というのは言い過ぎにしても、
これがあと一ヶ月続けば確実にその状態になっていただろう。
そんな地獄の日々も、今日で最後だ。

554: ◆IE6Fz3VBJU
09/09/07 23:49:07
幸いにもユニゾンの練習は二人とも口喧嘩を適度に―つまりシンジがくたくたに疲れる程度に―はさみつつも真面目にこなしていた。
最後はミサトさんも太鼓判を押していたから大丈夫だろう。いや、大丈夫に違いない、大丈夫であってくれ―シンジは心からそう願った。
万が一、失敗してもう一度N2爆雷投下で使徒の侵攻を阻止、その間にまた練習を―などという事態になったら、家出を真剣に考慮する羽目になる。
―これ以上は僕には無理だ。
横になり、音楽を聴きながらシンジはそう結論づける。
曲が変わった。
ふと、この前の家族の話を思い出した。
あのときシンジはレイの赤い目の奥に闇を見た気がした。
あるいは、どこまで続いているのか想像もできないし、底があるのかも分からない、暗くて深い海。
人間嫌いとか、孤独を好む性格とかでは言い表せない、とても異質なものがそこにはあった。
それはまるで人間とは―。
シンジは首を振った。これ以上はレイを侮辱することになる。
―綾波……。
シンジの胸がちくりと痛んだ。
それはないよな、とシンジは思う。
平気で犬を蹴ったり、家族がいなくてもさびしくない―というよりも、さびしいという感情が備わってないような物言い。
エヴァに乗るのは大人に自分の言うことを聞かせるため。
監獄よりも寒々とした、異様な部屋。
何より彼女はこの環境を嫌がっていない。自ら進んで受け入れている。
本当はイヤなんだけど仕方なくエヴァに乗っている、というほうがまだ救われる。
いや、それは自分のことか―とシンジは苦笑する。
―綾波が現状でいいのなら僕がとやかく言うことじゃないのかも知れない。
実際、レイが何か悩みを抱えているようには、とてもではないが見えない。
しかし、シンジは釈然としない。どこか痛ましいものをレイに感じてしまっている。
―綾波って、何を考えているんだろう。
考えるうちに、よく分からなくなってくる。

555: ◆IE6Fz3VBJU
09/09/07 23:51:18
と。
突然ふすまが開いた。
シンジは自分でも惚れ惚れするほどのスピードで音楽を止めて、眠っているフリをした。
柔らかい足音がして、次にどさりという身体が倒れこむ湿った音。
慎重に目を開いたシンジはその人物の正体を見た。
―アスカ!?
アスカが寝ぼけてシンジの寝床に入ってきてしまったのだ。
混乱するシンジ。アスカの寝顔がまともに視界に入ってくる。
黙っていれば貶すところのない美貌を見ていると、心臓が突然思いついたように自己主張をはじめた。
―どっ……どうしよう。起こしたほうがいいのかな。
やっぱり起こそう。
決心した途端にふすまが再び開き、シンジの身体が硬直した。
ミサトは残業でいないから、今度はレイしかいない。
―いったい何をしに? って、ちょっと待てよ、これは誤解されるシチュエーションではないだろうか。
弁解するべきか、それともいっそ眠ったフリをしたほうがいいのだろうか?
シンジの心は千々に乱れるが、とりあえず眠ったフリをすることにする。
しかし事態はシンジの思いも寄らない方向に向かっていった。
同じように足音がして、同じように身体が倒れこむ音がする。
―え?

556: ◆IE6Fz3VBJU
09/09/07 23:52:21
後ろを見ると、すやすやと眠るレイの白い顔が。
―い、いったい何だこの状況は!? 
シンジはふとあることを思いついた。
―まさか、これは……シンクロの成果!?
アスカとレイの身体から漂ってくる甘い香りで頭がくらくらした。
どちらに目を向けても柔らかそうな身体が目に飛び込んでくる。さすがのシンジもこれはたまったものではない。
―居間で寝よう。
そう決めたシンジは、ゆっくりと立ち上がって寝場所を移そうとした。
しかし―。
―!?
上半身を起こそうとしたとき、まるで狙ったようにアスカの足がシンジの足に乗っかってきて、シンジの動きを封じてしまった。
シンジが激しく動揺した次の瞬間、今度はレイの手がシンジの胸の上にどさりと乗ってきた。
―何でこんなことに……!?
シンジはケンスケの言葉を思い出した。前門の虎、後門の狼とはまさにこのことだ。
シンジは諦めて、仰向けになって必死に眠ろうとした。
しかし睡眠というのはこちらが手を伸ばすほど遠ざかってしまうものであり、結局シンジは朝までほとんど眠ることが出来なかった……。

557: ◆IE6Fz3VBJU
09/09/07 23:54:48

 □

作戦当日。
シンジは赤くなった頬をさすりながらミサトやリツコと発令所に詰め掛けていた。徹夜に近かったので、かなり眠い。
目ざとい加持はすぐに気がついた。
「おや、シンジ君。その頬は誰にぶたれたんだ?」
「……惣流ですよ」
起き抜けにアスカに平手打ちを食らったのだ。シンジは自分は悪くないと抗議したものの、弁解を許さないアスカに結局は謝罪することになった。
レイのほうは何も言わず、何もなかったかのように振舞っていた。実際特に何も感じていないのだろうとシンジは考えている。
それはそれで少しさびしいような気がしないでもない。
「君は女の子を怒らせるタイプなのかな? そうは見えないんだがなぁ」
「僕が悪いんじゃないんですよ!」
「……女の子を怒らせるタイプは加持君、あなたでしょ」と、ミサトが冷たく口を挟む。
「俺は君を怒らせるようなことをした覚えはないんだがな。むしろ喜んでもらえるような」
「あーはいはい、黙った黙った! もう、今日は作戦決行の日なんだから! ふざけていると出てってもらうわよ!」
加持はシンジと目を合わせると、大仰に肩をすくめてみせた。

……零号機と弐号機の蹴りが使徒のコアに同時に突き刺さり、破壊した。
「やった!」ミサトはガッツポーズを取り、振り返った。「シンジ君も大変だったでしょ」
ミサトはシンジを見て、くすりと笑った。リツコと加持も微笑を浮かべている。
緊張の糸が切れたのか、シンジは座り込み、壁に背をもたせかけて穏やかな寝息を立てていた。
「お疲れ様、シンジ君」

(続く)

558:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/07 23:55:35
楽しみにしてた黒レイきた、乙です

559:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/07 23:56:44
>>557
GJ乙なんだぜ

560: ◆IE6Fz3VBJU
09/09/07 23:57:30
題名もペンネームも思いつかないのでトリップにしました。

>>550
いえいえ、連続投稿規制というのがあって、エヴァ板の場合、最新の15レスのうち10レスが同じIPだと規制の対象になるらしいので(?)、
途中で書き込みしてくれるとありがたいです。

561:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/08 00:17:13
黒レイ氏も乙
今日はLRS投下まつりだな

とりあえず>>540氏のぽか波さん劇場に禿萌
そのシンジサイドのストーリーも見てみたいw
また続きまってます

562:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/08 00:18:38
面白いんだが、ちょっと動物虐待はいきすぎだと思った

563:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/08 01:23:39
>>562
漫画で猫絞め殺してるのに比べたらこれくらいは良いんでね?

黒レイ氏もぽか波氏も乙。

564:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/08 01:25:45
>>540GJ
危うくパシャるとこだったぜ

>>557GJ
シンジ君マジお疲れ様です

565:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/08 02:25:12
犬蹴るのはやり過ぎだ

566:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/08 08:28:51
ポカ波劇場良かった~!
幸せいっぱいトキメいて読んだ(*゚∀゚)=3


567:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/08 20:50:36
ぽか波さん、ほんとにぽかぽかした!
なんとなく彼氏に会いたくなりましたw
無理しない程度にまた書いてほしいです!

568:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/09 00:52:42
中学編でも見てみたいね

569:君のとなり
09/09/09 02:51:14
「……シンジ君、レイのこと好きだろう?」

僕の思考はフリーズ。

「え……あ、その」

しどろもどろになってしまう僕。
カヲル君はそんな僕に構わず続ける。

「どうしてなんだい?」

「なな、なんで?」

わかったの、と続ける僕を制してカヲル君は質問する。



「だからどうしてレイなんだい?」

「いや、だって……綺麗だし、一目惚れっていうか」

うんだって本当に綺麗だし、あの瞳も宝石みたいで吸い込まれs……

(って、はっ、僕はなんてことを)

流されるままに答えてしまった。
ああ、とうずくまりたくなる。



570:君のとなり
09/09/09 02:52:12
「君の態度を見てたら誰でもわかるよ」

カヲル君は追撃の天才だ。

さらに、本当に分かりやすかったからねとワンツーパンチのコンボ。
あまりの衝撃に僕は頭を抱えた。

(僕ってそんなに分かりやすいかなぁ……うぅ)


――というかあれだけ赤くなったり青くなったりしていたら誰でもわかるだろう。

そこまでの考えは僕の頭にはなくただなんで?とハテナマークでいっぱいだった。
恥ずかしくて顔から火が出そうだ。



「――おっとそうだ、僕とレイの関係だったっけ?」

そんな僕をひとしきり見つめたあと、突然思い出したかのように彼は言った。

「そうだね……何から始めたらいいか………」

そう言うと、少し首をかしげ考えこむ。
その仕草もかなり優雅というのか様になってる。
僕も見習いたいものだ………無理か。

そんなくだらないことを考えているうちに考えがまとまったようで彼はまた口を開いた。

「そうだね……僕たちは両親がいないんだ。いわゆる孤児ってやつかな」


571:君のとなり
09/09/09 02:53:16
「えっ……」

衝撃の告白で僕は何か聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がする。
カヲル君はそんな僕の様子を見て笑いながら、気にすることないよと言った。

「いやでも……ごめんね。そんなこと聞いちゃって」

「君は知らなかったんだ、しかたないさ」

そう言って笑うカヲル君。

見とれる僕。

店内を流れるおかしな空気―たぶんピンク色。

………いや僕にその気はないよ


「――それで僕らは京都の児童養護施設に住んでいたんだ」

それからカヲル君はどんどん話を続ける。

そこで綾波と一緒にみんなで生活していたこと。
子供たちの親と呼べる人―冬月さんは優しく生活は充実していたらしい。

「まぁなかなか楽しく暮らしてたんだけどね」

みんなとここで大人になるまで一緒に過ごす、そんな生活が続くと思っていた。

変化があったのは去年の冬だったそうだ。


572:君のとなり
09/09/09 02:54:32
突然の知らせ。
聞くとその人は綾波の遠い親戚らしい。
綾波の存在を風の噂か聞いたらしく、引き取りたいと申し出たそうだ。

「もちろん、僕たちは」

反対した。今まで一緒に育った家族と誰もが離れたくなかった。
家族と離れたくない、とその親戚にみんなで抗議もしたらしい。

「でも結局、駄目だったんだ」

―その人もそうとう頑固らしくてね、一歩も譲らなかったんだ。

「でも今はそれでよかったと思うよ、帰る家、ホームがあるという事実は幸せに繋がる。よい事だよ。」

でもそう言うカヲル君の目は少し寂しそうだった。

引き取られた後もちょくちょく電話で話したらしいが最近ちょっと様子がおかしいみたいだったから―

「様子がおかしい?」

「まぁね……まぁ原因も今日分かったから大丈夫さ」

それならいいけど、と僕はまた口を閉じる。

そしてカヲル君は話を続ける。

「そんなこともあって僕が代表として会いに来たんだ」

競争率は高かったけどね、と笑う。

573:君のとなり
09/09/09 02:55:55
そしていつのまにか頼んでいたコーヒーを啜った。

「これで僕の話は終わりさ」

そういうと、綾波もカヲル君も大変だったんだなぁなどと考えている僕をみてこう続ける。

「今度は君の話を聞かせてよ」

「えぇ!!」

「僕だけ話すなんてフェアじゃないだろう?」

うぅそうだけどさぁ。

「……何が聞きたいの」

なるべく簡単に答えられるやつで
僕はあきらめてそう言った。

「聞きたいことは一つだけさ……レイと君の関係さ」

どこまで進んでるのかなって、そう言ってまた笑う。
……誰かに似てると思ったら面白いことを見つけた時とミサト先生にそっくりだ。

「いっいやだよ」

一応抵抗はしてみる。
すると突然カヲル君は笑顔を引っ込め無表情になる。


574:君のとなり
09/09/09 02:56:38
「………………」

「………………」



重々しい沈黙



「………………一目惚れしてからはずっと後ろ姿を追ってみていました」


はい負けました。
降参です、勝てる気がしません。

(どうしてカヲル君にこんなこと話すんだろう…)

また心の中でさめざめと涙を流す。

するとカヲル君はまた笑顔になり、僕に洗いざらい聞いてきた。
でも結局見てただけということが分かるとつまらなそうだった。

「もっと積極的に行動すればいいのに」

いや無理です。
僕の心臓がもちません。

思ったことをそのまま口に出すと、

「いや、でも君が少しでも関わろうとしない限り、君の想いは伝わることはないよ」


575:君のとなり
09/09/09 02:57:20
「そうだけど……」

「君はレイのことが好きなんだろう?」

じゃあ行動するべきさ、とカヲル君は言う。

僕だって出来ることなら綾波と話をしたい。
僕のことを知ってもらいたいし、綾波のことを知りたい。
そしてできればこの距離を縮めたい。
君のとなりを歩きたい。

でも……

「僕には無理だよ……」

思わずつぶやく。
綾波に嫌われるのが、僕の気持ちが裏切られるのが怖いんだ。



「一時的接触を極端に避けるね、君は。」

突然話し始める彼。

「怖いのかい?想い人と触れ合うのが。」

そう、怖いんだ。綾波の想いを知るのが。

「他人の想いを知らなければ裏切られる事も、互いに傷つく事も無い。でも、寂しさを忘れる事もないよ。」

そうなのかな……

576:君のとなり
09/09/09 02:58:32
「人間は寂しさを永久になくす事はできない。ヒトは一人だからね。
 ただ忘れる事が出来るから、ヒトは生きていけるのさ。」

そこまで言うと真剣な表情でこう続けた。

「でも君の想い、気持ちは本物だろう?その想いを忘れてはいけない。
 もしその想いにきちんと向かい合うべきだよ。
 痛みは忘れることができるが、後悔はずっと残るからね。」

……そうだよね……僕だって後悔はしたくない。
僕の気持ちが裏切られるかもしれない。
でもそれでもいいんだよね。
だって今の僕の―綾波が好きって気持ちは本当だと思うから……

「ありがとう」

僕はいつのまにかそう言っていた。

「カヲル君と話せてよかった。」

本当にそう思う。

「僕もできるだけがんばってみるよ」

なんか少しだけ恥ずかしいな。
駄目もとだけどね、と照れ隠しにそう言って笑った。

「そう、常に人間は心に痛みを感じている。心が痛がりだから生きるのも辛いと感じる。ガラスのように繊細だね? 特に君の心は」


577:君のとなり
09/09/09 02:59:36
あれ?
カヲル君は僕の話を聞いてたのかな?
なにかよくわからないことをつぶやいている。

「好意に値するよ」

突然カヲル君の顔が近づいてきた。

「こ、好意?」

突然すぎてカヲル君の言葉がうまく理解できずにオウム返しをしてしまう僕。
 
それに答えようとカヲル君が口を開いた瞬間だった。

「……何をしているの?」

絶対零度の視線と声が僕たちに降りかかる。

「やぁおかえり」

気がつくといつの間にか手を握られていた。

「………取り込み中だった?」

さ、最悪だ……

そしてまた店内を重い空気が包み込んだ。

578:569
09/09/09 03:06:40
>>572 突然の知らせ。の前が抜けたぜヤッフゥー
「レイを引き取りたいという人が現れたんだ」
を各自脳内で書き込みしてください

>>540>>557の神職人さんGJすぎです
遅ればせながら参戦してみました
まぁ今回はぽかぽか要素0ですね
嫉妬シンジは次回に期待してください

579:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/09 03:18:11
乙なんだぜ!続き楽しみだ

580:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/09 04:38:07
いっぱい投下されている!
有り難いっス!

581:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/09 11:56:14
お題が有れば書くよ!(ただし学園系)


582:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/09 13:58:32
君とな氏の続き楽しみにしてました
何気にパなそうな綾波さんの描写が楽しみだw

冬月先生は京都で16人の孤児の面倒をみてたのかしらん



583:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/09 15:02:35
>>581
学校の帰り道に雨が降ってきて、レイがシンジを家に雨宿りさせる展開がみたい

584:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/10 03:29:48 8g6lUu1o


585:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/10 09:28:50
>>581
すれ違う両想い系でひとつ!
相手に恐怖を抱きつつお互いギクシャクして
自分の本当の気持ちに後から気付くシンジと綾波3人目で

586:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/10 20:06:24
二人称について質問させて。
綾波(三人目)は綾波(二人目)を何と呼ぶのが相応しいと思う?
「二人目の私」、「前の私」、「私」もしくは他?

三人目が死んだ二人目に嫉妬して悩むネタを考えているんだがスタートから躓いた。

587:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/10 20:55:17
「あの人」とか「彼女」とかの不特定名称を使いそうな気がする。

588:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/11 01:38:22
エヴァ2では零号機の中の人を「エヴァの中の私」って言ってたから
「二人目の私」、「前の私」とかじゃない?

まぁゲームだし当てにはならんかもしれんが参考程度に

589:10=581
09/09/11 10:54:54
>>583>>585

おk。このスレの内に完結させる。

590:586
09/09/11 16:54:56
ここはイタモノOKだっけ?
書いてたら倦怠期や嫉妬を通り越してというか無理心中しそうな綾波になってきたんだが。

591:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/11 16:58:56
>>590
ずいぶん前だが、ほんの少しだけ痛設定ありのを投下したら袋叩き ><

592:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/11 17:31:43
注意書きしていたもの駄目な人にスルー要請すればいいと思う

593:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/11 17:42:19
無駄。イタモノって表示したのに読んで火病を起こすアレな人だらけだから。

594:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/11 18:10:33
どう痛いのか説明プリーズ。
寝取られ系だけはノーサンキュー

595:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/11 18:50:18
やっぱ止めといた方が無難ですね。


内容的には昼メロにありがちなネタで、
平和になり周囲に祝福されてシンジと交際していた綾波(三人目)が、
シンジが本当に好きなのは二人目の方だと知ってヤンデレ化するような感じ。
鏡に二人目の日記帳を叩き付けて「私はあなたの代わりじゃない!」とか。

596:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/11 19:45:23
ノンジャンルに行け

597:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/11 19:46:02
俺としては全然有りなんだが。

598:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/11 19:57:24
ノンジャンルには一人LAS作者がいるからな
もしかしたら比較されるかも

599:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/11 23:21:29
っつーか、イタモノの定義って何さ?

600:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/12 13:30:54
イタモノの定義なんて人それぞれだしな
がっつり注意書きして苦手な人はスルーじゃ駄目なのか?

601:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/12 15:48:45
注意書きすればいいってもんじゃないと思うがね

602:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/12 17:42:46
注意書すればまったく問題無いだろ

603:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/12 17:44:11
いるからな。イタモノ苦手な人は読むなと書いてあるのに読んで、許せないとか
騒ぎ立てるクレーマーが。

604:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/09/12 23:09:14
そんなクレーマーなんぞスルーして職人にはどんどん投下して欲しいよ

605: ◆IE6Fz3VBJU
09/09/13 00:06:58
>>557

9.

マヤは誰もいない休憩室で、一人落ち着かない様子で待っていた。普段なら温かい紅茶かコーヒーを飲むところなのだが、
今はそんな気にはなれなかった。今は―待ち人が綾波レイであるときは。
ため息をつくと、壁掛け時計を見て、誰もいないと分かっているのにきょろきょろと部屋の中を見回す。
以前のことを思い出したのだ。椅子の下も確認したくなるが、さすがにそれは我慢した。
ここの休憩室は、十畳ぐらいのスペースで、長椅子と湯沸かし器、自動販売機がある程度の、小ぢんまりした空間だった。
他にもっと大規模の休憩所があり、たいていの職員はそちらで休んでいるから、こちらは空いていることが多い。
とはいえ、いつ誰が入ってくるか分からない。マヤに落ち着きのない原因の一つだった。
もう一つの理由―。すでに約束の時間を二十分ほどオーバーしている。
今回の用件を考えると、なるべく早く済ませて帰りたいのだが……。
マヤが腰を浮かせ、いったん外に出ようかと思ったとき、ドアがシュッという音を立てて開いた。
「レイちゃん」
マヤの声に安堵の色が混じる。
レイは遅れた詫びなど言う素振りも見せず、マヤのもとにつかつかと歩み寄ると、無造作に手を伸ばした。
マヤはその小ぶりな手にひるみつつも、脇に抱えたファイルの中からホッチキスで数枚綴じてある束を抜き出して、レイに差し出した。
「これが、アスカちゃんの個人データ。その……悪用は、絶対にしないでね?」
我ながら白々しい物言いだとマヤは思う。悪用しないわけがないのだ。そのためにマヤに頼んだのだから。
「何でこんなに時間がかかったの?」
「それは……プロテクトを解除するためのプログラムを一から作らなくちゃダメで……。プリントアウトしたのもコピー禁止までは解除できなかったの……」
レイの赤い目はすべてを見通すかのようにマヤには思われた。
「ほ……本当ですよ!」
「別に嘘とは言ってないけど」
レイは唇の両端をほんの少し持ち上げた。

606: ◆IE6Fz3VBJU
09/09/13 00:09:56
「う……」
「ま、信用するわ」レイは肩をすくめる。「それじゃ、伊吹さん。ごきげんよう」
「あ、あの。写真は……」
「大丈夫。厳重に保管しておくから。ごきげんよう、伊吹さん」
ううう、と泣きべそをかきながらマヤが退場すると、レイは長椅子に座ってアスカの個人データを読みにかかった。
すぐにレイの瞳が強い光を放ちはじめた。
―あらあら。ずいぶん面白いトラウマを持ってるのね。まるで人間みたいじゃない。
くすくすと笑い出した。
レイは、またしてもいいオモチャを手に入れたのだった。

家に帰り、電気を点けて自分の部屋を見回すと、微妙な違和感を覚えた。
最近―具体的に言うならミサトのマンションから戻ってからだが、どういうわけか、部屋が広く感じられることがたまにあるのだ。
これはおかしいことだった。ミサトの部屋はここよりも広かったのだから、前よりも狭く感じるのが理屈だろう。
なのになぜ広く感じるのか。
それに―。
静かだ。
観光客も訪れない、学者の調査も入らない、死者のみがひっそりと眠る古代の遺跡のように。
あるいは海の底のように、静かな場所。
いや、静かなのは前からだ。この静謐さを以前は認識していなかっただけだ。
静かに感じるのは、うるさいところから帰ってきたからだろう。これは分かる。理屈に合っている。
ただ、それだけのことだ。大した意味はない。
レイは首を振った。
そう。
私は、何も思わない。
何をどうとも、思ってはいない。

まどろみに落ちる前に、今日もリツコから渡された錠剤を飲むのを忘れていたことに気がついた。
別に意識して、ということではないのだが、最近飲まないことが多くなっている。
明日にしよう、とレイは眠りに落ちる寸前に思う。
明日に―。

607: ◆IE6Fz3VBJU
09/09/13 00:11:59

 □

レイは思いきりよく飛び込んだ。水飛沫がほとんど飛ばない。人の身体が水の中に勢いをつけて入ったとは思えないようなスムーズさだった。
クロールも平泳ぎもせずに、ただひたすら潜水で水中を進む。
水の感触や、冷たさが心地いい。
それに、水の中だと自由になれる気がして気持ちよかった。もっとも、別に陸の上で不自由を感じているわけではなかったが。
―場所は室内プール。修学旅行に行けない三人のために、せめて気分だけでもとミサトが勧めたのだった。
壁際まで進むと、いったん浮上して大きく息を吸う。
ふと、いつもゲンドウと行っている実験のことを思い出す。実験とは言うが、レイはあれが何であるのかは分からない。仮に、実験と言っているだけだ。
LCLで満たされた容器の中でぷかぷかと浮いているだけ。
あれは一体何のためにやっているのだろう。小さいころからの、ほとんど習慣化された行為ゆえに、何の疑問も持たなかった。
そういうものだと思っていたのだ。
いくつの頃だったか、一度訊いたことがあるが、ゲンドウは「身体のためだ」と言ったきりだった。「お前は特別なのだ」とも言った気がする。
特別であることに異存はなく、それきりだった。別に害があるわけでもない。
自分がかなり自由に行動していることは自覚しているので、その代償と無意識のうちに考えているのかも知れない。
レイはふたたび潜水して、向こう側を目指す。
ひょっとするとゲンドウは自分に性的な欲望を抱いているのだろうかと疑問に思ったことがあった。
そうではないのはすぐに分かった。ゲンドウは違うものを見ている。それが何であるのかは分からないが、自分―綾波レイを見ているのではないことは確かだった。
ゲンドウと言えば、何かのときのために、密かに設置したビデオカメラで容器に浮かぶ自分を見つめる姿を隠し撮りしてある。
ロリコンの変態の汚名を着せられたのでは司令の座は保てないだろう。
保険は常にかけておくものだ。
レイはプールから上がると、タオルを手に身体を拭きながら、おかしなことだと思った。
普段はこんなことを考えたりしないのに。水の中に入ったせいだろうか。

608: ◆IE6Fz3VBJU
09/09/13 00:13:49
レイの思考は二人の―シンジとアスカの声に遮られた。目も自然と二人の方に向けられる。
アスカがシンジにのしかかるようにしてシンジのPCを覗き込んでいた。
会話の内容を聞くと、宿題のことらしい。
「熱膨張? 幼稚な事やってるのね。とどのつまり、ものってのはあたためれば……」
「そりゃそうだけど……」
「あたしの場合、胸だけあたためれば、少しはオッパイが大きくなるのかな?」
「そ、そんなこと聞かれたって、分かんないよ!」
シンジは顔を赤らめている。
―?
レイは眉をしかめ、胸を手でおさえた。胸の辺りが息苦しい感じがする。先ほどまでの快適な気分は消え去って、不愉快になっていた。
プールサイドに場所を移したアスカに、シンジはちらちらと視線を送っている。
「見て見てシンジ、バックロールエントリー!」
アスカが能天気なかけ声とともにプールに入り、派手な音と水飛沫が飛んだ。
レイは顔を背けると、レイの身体にはやや大きめのデッキチェアに身を横たえた。
天井を見上げる。何故だか分からないがむかむかする。何か―悪いものでも食べたのだろうか? 
人の気配を感じた。
「綾波」
シンジだった。いつもの気弱そうな微笑を浮かべている。拒否されたらどうしようかと考えているような、弱い笑み。
シンジはおずおずと向かいの椅子に腰をかけた。
「大丈夫? 気分悪くない?」
レイはシンジの観察眼に少し驚いた。ぼーっとしているようで、意外とよく見ている男だ。
「ええ、大丈夫。久しぶりに泳いだせいかも知れない」
「あまり無理しないほうがいいよ」
レイは黙っていた。無理をしたつもりはないし、指図されるのも嫌いだ。
二人はしばらく沈黙する。アスカのはしゃぐ声が室内に響いている。
―うるさい猿だ。
レイは心持ち苛立ちを覚える。
どこかに行けばいいのに。

609: ◆IE6Fz3VBJU
09/09/13 00:15:43
シンジはアスカに少し目をやり、それからレイに戻した。
「修学旅行、残念だったね」
「別に」
あんなものに行く気は毛頭なかった。ばかばかしいことこの上ない。
「綾波は、どこかに旅行に行きたいと思わない?」
「別に」と、レイは同じ言葉で答える。
シンジはつれないレイの返答にも意に介した様子を見せず、
「行き先は沖縄だって。海がすごく綺麗らしいよ。……いや、綾波、さっき気持ちよさそうに泳いでいたから。沖縄とか行って泳いでみたいんじゃないかって思って」
「……見てたの?」
自分が動揺していることに気がついて、レイは驚いた。さらに驚くことに、動揺は怒りには繋がらなかった。
「い、いや、その……」シンジは赤くなった。「別に見てたってわけじゃなくて……。ただ、綾波のああいう表情って見たことなかったから」
「……そう」
「あ、もうこんな時間だ」シンジは話題を逸らすように、「お昼にしない? お腹空いたよ」
「ええ、そうね」と、レイはうなずいた。
それから不思議そうに首をかしげ、小声で「あれ……?」と呟いていた。
いつの間にか、胸の痛みも、息苦しさも、不愉快な気分も消えていた。先ほどの快適な気分が戻っている。
いや、むしろ前よりも気分がいいくらいだった。
たぶん―。
レイは深くは考えなかった。
たぶん、気のせいだったのだろう。

 □

浅間山地震研究所。
使徒観測という想定外の目的を達成するために限界を超えて沈降させたため、観測機は圧壊した。
いきなり押しかけてきて、無理難題を言う部外者への反感から生じる冷たい空気は、むろんミサトには通じなかった。
「解析は?」
「ぎりぎりで間に合いましたね。パターン青です」
「間違いない。使徒だわ」
ミサトはうなずいた。観測機もこれで報われたというものだ。
研究所はネルフの管轄下に置かれたことを宣言し、ミサトは電話をかけるために部屋の外に出た。

610: ◆IE6Fz3VBJU
09/09/13 00:16:33

 □

「これが使徒?」
召集されたチルドレンの目には、巨大な卵の中に眠る、奇怪な胎児のような姿が映っている。
リツコはかすかにうなずいて言った。「そうよ。まだ完成体になっていない蛹の状態みたいなものね」
リツコの説明をBGM代わりにして、三人はじっとスクリーンを見ている。
「今回の作戦は使徒の捕獲を最優先とします。できうる限り原形をとどめ、生きたまま回収すること」
「できなかったときは?」
「即時殲滅。いいわね?」
「はい」
「作戦担当者は……」
アスカはぴょんぴょんと飛び跳ねながら元気よく手を挙げた。
「はいは~い、私が潜る!」
シンジが横目でアスカを見る。何かを諦めているような―同時に何かを期待しているような顔。
しかし、次のリツコの台詞を聞いて意外そうな表情になった。
「アスカ。弐号機で担当して」
「はーい! こんなの楽勝じゃん!」
レイには好都合な話だった。レイが好むのは肉弾戦による殲滅だった。水の中ならともかく、マグマの中になど潜りたくない。
アスカが潜りたいのなら好きなだけ潜ればいい。
もっとも零号機には特殊装備は規格外なので、もともとレイの可能性はなかったのだが。
「レイは……」
リツコとレイの視線が合う。
「……レイも一緒に来てもらいます。初号機と火口で待機してちょうだい。零号機にはD型装備は取り付けられないけど、万が一アスカが捕獲できなかったときの―」
リツコの言葉を耳にして、アスカが頬をぷっと膨らませた。
「私、失敗なんかしない! バカシンジじゃあるまいし! 縁起でもないこと言わないでよね!」
「失敗するなんて思ってないわ。でも、万が一に備えるのが大人なのよ、アスカ」
「ふん」と、アスカはそっぽを向いた。

611: ◆IE6Fz3VBJU
09/09/13 00:17:19
レイは相変わらずのアスカの子供っぽさに少し呆れる。
保険はつねにかけておくものだ。賭け金が多いときは、特に。
アスカはレイの視線に気がついたのか、レイの方を見て、「いっとくけど、あんたの出番なんかないからね」と宣言した。
「……だと、いいわね」
「なによ、その言い方」
「まぁまぁ、二人とも」と、シンジが即座に仲裁に入る。先ごろさんざん経験したので、パブロフの犬のように反射的に割って入ってしまうのだった。
……当初はレイは本部で待機のはずだった。それを読んだレイが、自分も出撃させるよう、リツコに掛け合ったのだ。
だいたい本部で待機など意味の無い行為だ。第3新東京市の迎撃システムはいまだ復帰の途中であるし、そもそもが大して役に立たない。
つまり、使徒をどこで迎え撃つか、場所は浅間山だろうが第3新東京市だろうが大して関係ないということだ。
それなら戦力を分散するより、初号機と一緒にいたほうがいい。
以上の理屈をもって、レイは「ある行為」と引き換えに同行を要求した。
D型装備を見たアスカの行動など簡単に予測できる。その対応を自分がやってやろうというのだった。
「……まぁ、分かったわ。もしアスカがそういう行動に出て、あなたが阻止できたら許可します」
リツコはやや訝しげだったが、とりあえずはそう答えておいた。

「いやぁぁぁ! なによ、これぇ!」
案の定―耐熱仕様のプラグスーツに格好悪いだのダサいだの大騒ぎしたあと、D型装備を身に着けた弐号機を見て、アスカは金切り声を上げた。
加持のさりげない誘導にもアスカの意志は変わらないようだった。
レイは笑いを堪えるのに苦労する。まったく、予想していた通りに動いてくれるのだから笑いも漏れるというものだ。
レイは、僕が……と言い出したシンジを抑えて手を挙げた。
「私が弐号機で出るわ」
またしても予想通りにアスカは行動した。レイが挙げた手を振り払って、鋭い声で言った。
「あなたには私の弐号機に触って欲しくないの、悪いけど」
それからリツコのほうを向いて、
「ファーストが出るくらいなら私が行くわ」
リツコを思わずレイを見た。レイの赤い目はこう言っていた。
ほら、私の言った通りでしょう?

612: ◆IE6Fz3VBJU
09/09/13 00:18:45

 □

限界深度まで潜っても使徒は見つからなかったが、レイにはどうでもいいことだった。
ミサトはさらなる沈降を命令したようだ。
どうせなら底まで潜ってしまえばいいのに―とレイは思う。そこで一生暮らしていればいい。
と―。
レイのモニターにもアスカの見ている映像が映っているが、何かがいた。
どうやら使徒を発見したようだ。しばらくののち、
「目標、捕獲しました」
全員の安堵のため声が聞こえてくるようだった。
「アスカ、大丈夫?」
シンジの無線がレイの耳にも届く。
レイはふと違和感を覚えた。違和感の正体はすぐに分かった。
アスカ?
いつの間にあの猿を下の名前で呼ぶようになったのだろう?
「あったり前よ、案ずるより生むが易し、てね。やっぱ楽勝じゃん? でもこれじゃあ……」
アスカは緊張が解けたのか、いっぺんに喋りだした。
「ちっ」
レイは舌打ちした。面白くない。こんなことならわざわざ出向くことはなかった。ばかばかしい。
天井を見上げて顔をしかめたレイだったが、突然鳴り出した警戒音に反射的にモニターに目をやる。
使徒が羽化をはじめたのだった。
―面白くなってきたわね。
レイは目を細めて事の成り行きを見守ることにした。

613: ◆IE6Fz3VBJU
09/09/13 00:20:27

……しかし、レイの期待通りには展開しなかった。
―なんだ、詰まらない。
アスカが機転をきかせて使徒を撃破した。してしまったのだ。
アスカの得意顔など見せられてはたまらない。レイがモニターを切ろうとしたとき、そのモニターに、アスカが見ているのと同じ光景が映し出された。
弐号機と地上を結んでいるケーブルが、次々と切れていく光景が。
ただの偶然か、それとも最期のあがきか、弐号機に食いついていた使徒が死に際にちぎっていったのだ。
思わず手を叩きそうになる。
―さ・よ・な・ら。弐号機パイロット。口ほどにもなかったわね。最期にあなたがあげる悲鳴を心ゆくまで味わってあげるわ。
レイは、唇の両端を吊り上げた。やはり来てよかった。最高の瞬間が見られるのだから。
しかし、次の瞬間―。
「!?」
レイは目を見開いていた。
滅多にないことだが、レイは心の底から驚愕していたのだった。
モニターには初号機の姿が映っていた。
アスカを助け出すために、マグマの中に飛び込んだ、初号機の姿が。
「何……やってるの……」
レイは呆然と呟いた。
「何やってるの、碇君!?」

614: ◆IE6Fz3VBJU
09/09/13 00:22:05
脳裏にシンジの笑顔が浮かんだ。
……綾波が無事で、良かったよ。
―何が無事で良かったよ、だ。
―誰でもいいのか。
誰でも助けるのか。
レイは操縦桿を力いっぱい握り締めた。怒りのあまり、目の前が白くなる。
いや。違う。目の前で同僚がピンチになったいるのだから、助けるのは当然だと言える。
シンジはレイではない。レイは助けたりはしないが、レイ以外は誰だってそうするのだ。
だから。
だから、これは別に怒るようなことではない。
しかし、気分が悪いのは事実だ。怒っているのは事実だ。
どうして私は怒っているのだろう? その理由を考えるのは大事なことのような気がした。
レイは珍しく、自分の心を探る。マグマのように煮えたぎっている、自分の心の中を。
―。
そうか。
私は、別に、碇君が猿を助けたことに怒っているのではない。
猿が助かったことに気分を害しているだけだ。
それだけのことだった。それだけのことだったのだ。
考えてみると、あっけないほど簡単なことだった。急速に怒りもおさまってくる。
―?
レイは胸をおさえた。また胸が痛くなったのだ。刺すような痛みだった。
さっきは気のせいだと思ったのに。
一時的にしろ、激怒したせいだろうか?
あまりこういうことが続くようだと、医者に診てもらう必要があるかも知れない―レイはぼんやりとそう考えていた。


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