落ち着いてLRS小説を投下するスレ7at EVA
落ち着いてLRS小説を投下するスレ7 - 暇つぶし2ch50:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/17 21:21:58
弱冠14歳のシンジには、それほど難しいことは判らないのだが。
(綾波って……今まで、どんなことをして過ごしてきたのかな)

しかし、大ざっぱには知っている。
父ゲンドウの元で特殊な組織の間で育ち、パイロットとして教育されてきた綾波レイ。
普通であるはずがない、ということぐらいはシンジにも判る。

学校はどの程度まで通ってたんだろうか。
友達は一人もいなかったのかな。普段は誰と話をしたりしてたのだろう。やっぱり、父さんかな?
そして……。

「うわっぷ」

ドシンと、シンジは誰かに肩をぶつけてしまった。
あるいは、ぶつけられたのかも知れない。

「いってぇな! おいチビ、どこに目ぇつけてやがる!」
「なんだ、中坊か? 駄目だよ、こんな夜遅くに出歩いてちゃ」
「ガラの悪そうなお兄さんに絡まれちゃいますよ、てか?」
「ハハ、おいあそこに自販機があるなぁ、この際だからジュースでいいや」

「え、あ、あの……」
可哀想に、シンジはうろたえ、まともな返事も出来ない有様。
思わず後ずさりするが、既に取り囲まれている。
逃げることすら、叶わない。

「小銭ぐらいあんだろ? とっとと出せよ。それで勘弁してやるから」
「おい、こういう時はな、ぴょんぴょんジャンプさせりゃいいのさ。ほら、跳ねてみ……って、え!?」

51:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/17 21:23:16
バキッ……!

「ぐあッ!」
シンジに絡んでいた連中の一人が、鼻っ柱に強烈な一撃を受けて反り返る。
その一撃、それは何者かが駆け寄り、飛び膝蹴りを喰らわせたのだ。
まるで暴走する初号機の有様をここに再現したかのよう。
果たして、その者とは?

「あ、綾波!?」

シュタッと、見事な着地を決めて、シンジを守るようにレイは身構える。
その赤い目は怒りを湛え、しかもこの連中に打ち勝てる自信に満ちている。

考えてみれば、レイが格闘訓練を受けていたとしても不思議ではない。
エヴァの戦闘はシンクロしてから初めて始まるのだ。
立って歩くだけじゃ使徒相手に勝てる筈など無いのだから。

「碇君は動かないで」
「あ、綾波、でも!」

連中もすぐに体勢を立て直す。
「なんだ、このアマ?」
「犯すぞ、てめぇ!」

そんな連中の恫喝にレイはビクともしない。
いざ、連中と取っ組み合いを―と思いきや。
レイの作戦は実にシンプルである。

―どんっ!


52:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/17 21:25:05
当たりに響き渡る銃声。
それはレイが手にする短銃から放たれたものであった。

「ちゃ、チャカだと……」
「な、何者だ、お前!」

レイは顔色一つ変えずに、連中に言い放つ。
「今のは威嚇。次は脚を狙う」
「ちょ、ちょっと待て! お前は……」
「こうしている間に、銃声を聞いた警察が駆けつける―逃げたら?」
「……くそっ!」

で、連中は退場。
シンジは場の収束を見てがっくりと肩を落とした。

「あ、あの、綾波……それって」
「イザと言うときのために、貰ったの」
「も、貰ったって」

やがて数台の車が現れた。
それは警察にあらず、シンジとレイに付いているNERV諜報部のガード達だった。

車を降りた彼らはレイに向かって口々に言う。
「困ります。あの程度の連中、財布ごと金を渡してやり過ごせば良いものを」
「あるいは我々が到着するまで」

そんな彼らにレイは自分の短銃を手渡しつつ、謝罪する。
「ごめんなさい。今日は送って下さい」
「了解です。さ、乗って下さい」


53:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/17 21:26:48
シンジは思う。
やはり、綾波は特務機関NERVの子。
普通じゃない。普通に生きていける訳がない。
これも、エヴァのパイロットとして生まれてしまった宿命、とでも言えばいいのか。

まあ、そんな物思いは後回し。
シンジはレイとは別の車の方へと向かい―。

「君」
「え、はい?」

その時、諜報部の一人が声を掛けてきた。

「彼女と、同じ車に乗りなさい」
「でも、方向が」
「いいから」
「……はあ」

この気遣いは何なのだろう。
お友達同士で一緒に帰りなさい……かな?
少し頭を捻りながら、シンジはレイの隣の後部座席へ。

「……?」
シンジは更に首を傾げる。
見れば、レイがなんだかぐったりとうなだれているではないか。

「あの、綾波? 大丈夫」
と、シンジが尋ねるが、返事をしたのは諜報部。


54:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/17 21:28:41
「いえ、じきに発熱するはずです。先程、無茶な格闘をした後だから。その子はもともと体が脆弱なんです」
「……え?」
「一夜で回復するとは思いますが……葛城三佐には連絡をしておきます。側にいてあげて下さい」
「は、はあ……」

それって、レイの部屋に泊まれってこと?
彼らの信じがたい言葉に、ますます戸惑い続けるシンジ。
何が何だか、さっぱり訳がわからないのだが。

(みんなとの、絆)

レイのそんな言葉を思い出す。
綾波レイが過ごしてきた、鋼鉄のように厳格な組織の中で、
もしかしたら、ひそやかな「家族」めいた空気が育まれていたのかもしれない、と―。

「……綾波?」
「……」

返事はない。
もう意識がもうろうとしている様子で、完全にシンジの肩に身を預けきっている。

(意外と、綾波は孤独というほどでもなかったのかな)
そんなことを考えながら、シンジはレイの手を取った。

「もう、あんな無茶は止めてね。僕も気をつけて歩くから」
「……」

なんとなくだけど、自分のその「家族」の一人になれたような。
そんな気がしたシンジなのでした。

(終わり) なんか無茶苦茶ですんません。

55:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/17 21:29:38
乙乙乙乙

56:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/17 23:21:27
よい

57:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/18 02:16:18
見るばかりで創作活動にはなかなか移らないと言われたLRSにこうも投稿が続くとは…
GJ!
これも破の効果か…

58:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/18 08:56:55


59:10
09/07/19 07:34:36
 学校帰りの図書館で、珍しい人影を観た。僕と同じ、彼女も制服姿だ。

「綾波?」
「……碇くん……」

 綾波はほんの少しだけ驚いたような表情をして、僕の方と担いできたチェロの方とを交互に
観ている。『驚き』は、僕の思い過ごしかも知れない。現に、もう今の表情から、その感情は
読み取れない。

 やっぱり彼女の事はよく分からない。

「珍しいね、こんなところで会うなんて」
「私は、よくここに来るけど」

 至極あっさりと、そう返された。最後にここの図書館に来たのは、たしか二ヶ月前だった。
イレギュラーなのは綾波じゃなくて僕の方だ。少し軽率な言い方だったかも知れない。

60:10
09/07/19 07:36:30
 彼女は、そんな事は気にすることじゃない、とでもいう風に、受付に向かった。鞄から大き
な本と文庫本をそれぞれ一冊ずつ出して、座っている眼鏡の人に渡していた。

 その人は、前に「持ち込みによるぅ自習はー禁止っ!」と言って、文字通り僕を叩き出した
司書の人。お下げで眼鏡の、何だか性格かきつそうだけど無口っぽい人。図書館で働いている
人の中では、かなり若いように見える。どこかの高校の制服を着ていたって、違和感はないん
じゃないか。

 そんな事を思っていると、綾波が受付からこちらに向かってきた。ほんの少しだけこちらの
方を見て、導かれるように、近代的なガラスで出来た本の山へ向かっていった。古くさい本と、
明るく巨大なガラスのコントラスト。その本棚が、素晴らしく高い天井一杯に、どこまでも続
いている。観ているだけでも圧倒されるこの本棚は、この街にある設備全ての中で、一番豪華
で綺麗な気がする。もっとも、この街の施設は全部が全部新しくて綺麗だから、本当かどうか
は分からないけど。

61:10
09/07/19 07:38:18
 僕もその本の山に向かっていっても良かったのだが、生憎と僕が読むような、さして難しく
もマイナーでもないような本は、あの山とは別の、地味な本棚にある事が多い。案の定、今回
も数メートル歩く前にお目当ての本を見つけた。

 三冊のストックの内の一冊を持って座席に向かう。休日の午後なだけに、少々混んでいるが
座れる席はまだまだ多い。少し眺めてみるが、綾波の姿は無い。その代わりに、窓際の奥の方、
外にある樹の木陰になっている席が空いているのを見つけた。もう一度だけ綾波を探して、や
っぱり見つけられないまま、その席に向かった。

 椅子に座って、チェロを邪魔にならない場所に置いて、鞄を置いて一息吐いてから、ようや
く読書を開始する。借りた本は、古いSF。思いの外、最初から面白い。さっさと物語に入って
いけそうな気がした。

 しかし、そんな事は許されなかった。


62:10
09/07/19 07:40:25
カタン……

 綾波が、僕のすぐ後ろに立っていた。一瞬、音で振り向いた僕と目が合う。

 彼女は、僕の真後ろの椅子に鞄を置いて、その隣の椅子に座った。

 つまり、僕のすぐ斜め後ろに、綾波が居る。

 ただでさえ静かな空間から、頁をめくる音さえ、するりと抜け落ちた。まばたき三回分の時
間を開けて、音が帰ってきたが、今度は張り切りすぎてうるさい。特に、耳の奥で心臓がじん
じんと鳴る音を拾いすぎている。顔も、ここだけ陽が当たったように熱い。

 ひょとしたら、綾波は僕が荷物を置いたりしなければ、隣の席に来てくれたんじゃないか。
流石にそれは都合の良い妄想かな。側に来てくれただけで十二分に有り難い事だ。


63:10
09/07/19 07:43:49
 そもそも、何でわざわざ僕の側に来てくれたんだろう。この窓際の席は、あの本の山とは正
反対に位置している。この図書館は冗談みたいに広いんだから座る席は他にも大量にある。わ
ざわざ来てくれた、という風にプラスにとるくらいなら別に良いだろう、きっと。
 彼女の方をちらりと盗み見る。見た事も聞いた事もない絵本を、教室でよく見かける姿その
ままの冷静なテンションで熟読している。机には、新書と、文庫サイズの分厚い小説らしき本
がそれぞれ一冊ずつ置いてある。

 やっぱり綾波の事はよく分からない。
 
 彼女を初めて見たのは、一年前。まだ出来て間もない第3新東京市の、一つしかない中学の
一つしかないクラス。普通はクラスメートの顔と名前なんて一週間くらい一致しないものだが、
彼女だけは一回で憶えられた。
 綾波は、自分から何か言葉を発するという事をまるでしない。休み時間は外を眺めるか、特
に誰とも群れる事無く読書するかの二択。それでいて、運動神経はかなり良くて、頭脳明晰。
おまけに一人暮らし、なんていう噂まである。僕も似たようなものだけど。

64:10
09/07/19 07:46:56
 そんな一歩間違えれば疎まれそうな存在だが、何か尋ねられれば案外あっさり答えるらしく、
クールそうな外見も合わさって女子には隠れた人気がある、とケンスケが言っていた。実際に、
前に一度綾波の事を「暗い」と批判した男子が、女子全員から総攻撃を食らっているのを見た
事がある。

 そんな風に、なんだかんだで、結構前から、綾波の事はかなり意識していた。

 それが度を超えて意識するようになったきっかけは、何でもないような偶然だった。

 テストが終わった初日、久々に弦楽部の部活動があった。しかし、ジャンケンで負けて空い
た教室を探している時だった。弦楽部は少人数とはいえ、楽器の種類はそれなりに豊富なため、
楽器ごとに一つ教室を割り当てると、人数の割に練習場所の確保が大変になってくる。実際に
僕なんかは、チェロが僕だけだから一人で一つの教室を借りる事になる。教室への移動は毎度
の事だったが、チェロぐらいのサイズからそろそろ移動が怠い。楽器を弾くのはだいたい十日
ぶりくらいなんだから、できることなら音楽室で演奏したかったが、僕が引いたのはハズレく
じだった。

65:10
09/07/19 07:49:35
 わざわざ遠くに行くのが面倒なので、比較的近い自分の教室に向かった。そこにいるのは、
どういう訳か綾波一人だった。

「あ……」

 チェロを持ったまま、教室に入って間抜けな声を出した。まさかテストが終わったこの日に
用もなく教室に残っている人がいるとは思っていなかった。

「どうか、したの?」

 彼女は本を持ったまま、少しだけ首を傾げて、生い茂る葉がさらさらと鳴る様な声で、ゆっ
くりとささやいた。

「いや、教室が空いてるなら使おうと思ってたんだけど、綾波が居るなら……」
「……いい。すぐに出るから」


66:10
09/07/19 07:51:20
 そう言うと彼女は、読んでいた本を鞄にしまい始めた。なんて事のない動作なのに、どこか
優雅に見えたのは何故だろう。

「なんか……追い出したみたいで、ごめん」
「いいの」

 こちらの方も見ずに、彼女は言った。これ以上かける言葉が見つからず、僕もさっさと椅子
だけ拝借して、教室の後ろの空いたスペースにチェロを構えた。チューニングだけは音楽室で
済ませてある。弾く曲は、今までで一番練習してきた「あの曲」。目を瞑っていても大丈夫だ。

 首をひねって、少しだけ綾波の方を見た。まだ椅子に座ったままの背中が見えた。あまり、
僕が待っていると思われて、彼女を焦らせたりしたら悪い。けれど、いきなり弾き始めた方が
余計に焦らせたりしないかな……まぁ、いいや。後五分も十分もいる訳じゃないだろうから、
とっとと弾き始めよう。

無伴奏チェロソナタ 1番 prelude 演奏開始 

67:10
09/07/19 07:53:26
2分15秒後 演奏終了

 ちょっと気に入らないところもあったけど、一応合格点を与えられる程度の出来だ。少なく
とも、僕の中では。

「綺麗、初めて聞いた」

 後ろから、大きさの割にしっかりと耳に届く声が聞こえた。綾波が机の横に立ったまま、じ
っとこちらを見ている。僕は、驚いた割には声も出なかった。僕が綾波に話しかけた事は数回
あったけれど、彼女の方から話しかけてきたのはこれが初めてだ。

「え、あ……ありがとう」
「すごく暖かい音がする。上手なのね」
「うん……一番、得意な曲だから……そういう楽器だし」

68:10
09/07/19 07:55:50
 綾波が話しかけてきてくれた事。とても素直に、真っ直ぐに誉めてくれた事。その他諸々で、
僕の頭は見事に混乱し、返した言葉は随分と支離滅裂だった。

「……そう」

 綾波はそう呟いて、今度はさっさと教室を出て行った。僕は少しの間、呆けたように彼女が
扉を閉めるまでを眺めていた。そして扉が閉まって数秒の間はぼーっとしていた。

 綾波が、話しかけてきてくれた。

 あろうことか、僕のチェロを、びっくりするくらいストレートに褒めてくれた。そんな事、
もう大分長い間言われてなかった気がする。

 それからチェロを何となく立てかけて、何も考えずにしばらく呆けた。そしてようやく、言
わなければならない言葉をまだ言っていない事を思い出して、急いで教室の外に出た。

69:10
09/07/19 07:57:47
「綾波!」

 綾波は廊下をもう随分と歩いていたが、その場で、こちらからは顔半分が見える程度に振り
返った。顔の動きから、ほんの少し遅れて髪の毛が揺れて顔にかかる。とても自然な筈のその
動きが、切り取った絵画のように綺麗だった。

 少しだけ息を整えて、僕にしては大きめの声で、想った事を、しっかり伝えたい事が伝わる
ように、言葉を選んで、言った。

「ありがとう、凄く、嬉しかった」

 今思えば、彼女がはっきりと驚いた表情をしたのはこの時だけだった。そして、僕の知りう
る限り、はっきりとした笑顔を見られたのも、この時だけだった。

「そう、良かった」


70:10
09/07/19 07:59:15
 ……早い話が、僕はその時点で、綾波に、その笑顔に、完全に惚れてしまった。
 
 別に綾波の姿を見るだけで顔が赤くなったり、意識しすぎてケンスケやトウジにネタにされ
たりする訳じゃない。(案外ケンスケあたりは気付いてるかも知れない)ただ、もう一度あの
笑顔が見られるなら、僕は何でもやれそうな気がする。おまけに、最近の授業中、暇な時はそ
んな事ばかり考えている。ここまできたら、もう僕は彼女に『いかれてしまった』と自分でも
認めるしかない。

 その割に、何をどうすればいいのかも分からないし、何もしていないんだけど。


71:10
09/07/19 08:01:26
 そろそろ一時間くらい経った。この本も大分読み進める事が出来たが、もうそろそろ閉館時
間だ。続きは借りて読む事になってしまう。僕は読むのが早い訳じゃないから、当然の結果と
言えばそうなんだけど、思っていたより中途半端に残った。少し集中できなかったからかも知
れない。
 弱い溜息を付いてから、しおりを挟んで、ちら、と綾波の方を見た。

 綾波と、ばっちりと眼が合った。

「「あ……」」

 僕だけじゃなくて、綾波まで声を出した。綾波も偶然こっちを見たという事なんだろうか。 

「あ……そろそろ、帰る?」
「……そうね」

72:10
09/07/19 08:03:07
 そろそろ一時間くらい経った。この本も大分読み進める事が出来たが、もうそろそろ閉館時
間だ。続きは借りて読む事になってしまう。僕は読むのが早い訳じゃないから、当然の結果と
言えばそうなんだけど、思っていたより中途半端に残った。少し集中できなかったからかも知
れない。
 弱い溜息を付いてから、しおりを挟んで、ちら、と綾波の方を見た。

 綾波と、ばっちりと眼が合った。

「「あ……」」

 僕だけじゃなくて、綾波まで声を出した。綾波も偶然こっちを見たという事なんだろうか。 

「あ……そろそろ、帰る?」
「……そうね」

73:10
09/07/19 08:04:34
 綾波は柱にかかっているレトロな時計を眺めながらそう言った。案外この程度の言葉なら、
それほど緊張せずに出てくるのに、さっきは何であそこまで彼女の事を意識したんだろう。

「少し、待ってて」

 彼女はそう言うと、また導かれるように豪華な本棚に向かった。僕も一緒に向かおうとした
が、まだ荷物が整えられていない。更に、悲しい事に、僕と綾波の身長は、さして変わらない。
そのため、僕が行ってもさして役には立たないのは明白だった。何だか自分で勝手にやるせな
い気分になったが、よく考えればあの巨大な本棚を前にしたら、例え僕の身長が何センチであ
ろうと結局は脚立が必要な事に気付いて、少し気が楽になった。

 そして次の瞬間には、一気に僕の気分は最高潮まで飛んでいった。今、綾波が行った言葉の
意味。それは、つまり、『一緒に帰ろう』、と綾波が言ってくれたという事だ。

 結構前に治まっていた顔の火照りが復活し、鼓動がまた激しくなる。

74:10
09/07/19 08:06:26
 しっかり机に仕舞ってある椅子に無駄に鞄を引っかけながら通路を出る。本を借りる手続き
を済ませて、あの司書の人の側まで来た。ここなら、綾波が戻ってきた時にすぐに目に付く。

来れば探さなくても分かるのに、わざわざキョロキョロして綾波を探している時だった。
 
「ねぇ、少年」
「はい?」
 
 唐突に声をかけられたのでびっくりしながら振り向いてみると、あのお下げの司書の人がこ
ちらを片眼だけ開けて、のぞき込んできた。何故か、得物を狩るような好奇に満ちた眼をして
いる。今日は何も違反はしていないはずなんだけど。

「君、あの子の、何?」
「へ? あの子って……綾波の?」


75:10
09/07/19 08:08:08
 無言で、しっかりと大きく、何だか動物らしい仕草で彼女は肯いた。何で、綾波の事を知っ
てるんだ?

「いや、ただのクラスメートですけど……」
「ふーん……君がそうなのかな……?」

 じろじろと遠慮無く、文字通り僕の爪先から頭の上まで目線を走らせた。おまけに匂いまで
嗅いでいる。頭おかしいのか、単に失礼なのか。

「君があれでしょ? 『いかりくん』でしょ?」
「何で、知ってるんですか?」
「彼女に聞いたから。チェロ持ってたから一発で分かったよ」

 綾波に何聞いてるんだコイツ。っていうか、何者?

「君、愛されてるねぇ」

76:10
09/07/19 08:10:01
「ばっ……いや……い、いきなり何言うんですか!」

 かなり小声で反論した。この人は無口で、僕の事なんか興味が無いんだろうと思っていた。
それがどういう訳か綾波の知り合いか何からしく、おまけに僕の事を聞いているという。

っつーか何言ってるんだ? コイツ。

「だってあの席を譲って貰ったんでしょ? だったらそうじゃん」
「あの席? 僕が座ってた席の事ですか」
「そうそう……」

 と、彼女はひとしきり肯いた後「ん、ん、ん? ん! んぅ?」とリズミカルに声色を変え
ながら、どこからか取り出したペンで頭をこつこつと叩き始めた。僕は僕で、彼女の言った言
葉の意味を考えていた。


77:10
09/07/19 08:11:29
 あの席を譲って貰った? 僕は席について特に何も聞いていない。僕が勝手に選んだだけで、
その時だって、さして何も考えていない。それに「愛されてる」ってどういう意味だ。良い意
味だろうか。良い意味だよな?

「ちょい待ったちょーい待った……君、なーんも聞いてないの?」
「はい、特に……」

 今度は思いっきり目と口を開いて笑顔を作って、一拍おいた後に、風呂上がりにビールでも
一気飲みしたみたいな言い方で「っっくぅぁ~~!」と言いながらこっちの方を見た。こちら
が呆気にとられていると、彼女はそんな事はお構いなしと言った風に、顔を伏せて声を殺して
くっくっと笑い始めた。

 ……綾波よりこの人の方がよっぽど変だ……。

「んーふっふぅ……なるほど……そいつぁ、運命だね」


78:10
09/07/19 08:13:21
 笑いが一通り治まった様子でそう言うと、今度は『ビシッ』っという効果音が付きそうな鋭
い動きで、どこから取り出したのか分からない、さっきとは違うペンを僕に突き付けた。

「君がぐーぜん座ったあの席は彼女の指定席。あの子、綺麗な顔して頑固だから、あの席に人
 が座ってると本だけ借りてとっとと帰っちゃうんだよ」

 その言葉の意味を理解した途端、さっきまでの自分を殴り倒したくなった。つまり、綾波が
近くに来てくれたのはわざわざ来てくれたという事なんかじゃなくって、単に指定席に座られ
ていたから近くに座ったと言うだけの話だったのだ。
 でも、綾波はこの人の話とは違って帰らなかった。ということはその分くらいはプラスにと
っても良いのかな。いや、どうだろう。ひょっとしたら、綾波からしてみれば――、

「…………迷惑だったかな」

と、つい、思った事を口に出して呟いた。

79:10
09/07/19 08:15:10

すぱーん

 軽く鋭い音が静かな図書館に響き渡った。わざわざ顔を上げてこちらを見る人はほとんど
いない程度の音の大きさだった。少し間を開けてから、軽さの割に痛い衝撃が頭の天辺から
広がる。

「何ですか。何するんですか?」
「ボケたから突っ込んだ」

 司書の人は、手に持っている丸めた図書館のパンフレットをしっかりと振り抜いた姿勢の
まま答えた。

「君さぁ、私が言いたい事が何かしっかり捕らえてる? 些細な言葉の綾に囚われてない?
 私が言ってんのはさぁ、彼女の好意を無駄にすんなって事だよ? 分かってる?」

80:10
09/07/19 08:16:44
「別に思いつかなかった訳じゃないですよ」
「行動に移さない思想は無意味だよ。おら、とっとと行った!」

 彼女は僕の後ろの方を指さしながらそう言った。指の先には、不思議な物を見たような表情
の綾波が居た。いや、確かに不思議な物を見たんだろうけど、僕にもよく分からない。本当に
この司書は誰で、何で、一体綾波とどんな関係があるんだろう?

「…………」
「……行こっか」

 取り合えずそう言って、図書館を出た。もうすっかり空はオレンジ色に変わっていた。 


81:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/19 08:20:08
長かったろ……前半なんだぜ、これ……

一応これ単体でも成立するようにしたつもり。焦ったから推古出来てないけど。
後半は二週間以内に投下するつもり。でも無理だったらごめん。

82:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/19 08:30:39
期待して待ってるよ

83:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/19 08:39:05
GJGJGJ
いい!とてもいい。続編書かなかったら一生恨む。

84:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/19 12:25:01
パラレルものの投下とはいつ以来だろう…
期待してるぜ!

85:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/19 20:04:27
「綾波って、料理は向いてないのかもしれないなぁ」

 彼の些細なひとことが私を怒らせた。

「どうして?」
「だってさ、お味噌汁を作ってるんだろ? それなのにそんなに怪我してさ」

 私の指に巻きつけられている絆創膏は日々増えてゆく。
 それは事実だし、お味噌汁一つまともに作れないのも事実だ。血まみれのお豆腐でお味
噌汁を作るわけにはいかない。寸胴鍋一杯にお味噌汁を作っても、飲みきるのに何日かか
るかすら言われるまで気づかなかった。
 でも、物には言い方があると思う。私が碇くんに美味しいお味噌汁を飲んでもらいたい
一心で料理の練習に励んでいる事に、彼は気づかないのだろうか。

「碇くんの言う通り。私は料理には向いてない」

 私はそう言ってぷいと横を向いた。

「あ、い、いや、そういう意味じゃなくってさ」

 今さら慌ててももう遅い。私の作ったお味噌汁を飲んで心から美味しいって言うまで、
もう口をきいてあげない。

86:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/19 20:05:29
「今度の日曜、綾波の部屋に行くよ。作り方、ちゃんと教えてあげるからさ」
「いい。お料理向いてないから」
「そんなことないって」
「さっき碇くん自身がそう言ったわ。向いてないって」
「ごめん。謝るよ」
「謝ることなんてない。事実だから」
「ほんとにごめん。許してよ」
「許すも許さないもない。事実だから」
「ごめん! この通り!」
「さよなら」

 土下座せんばかりに頭を下げる碇くんを一瞥して、私は席を立った。


 帰り道に赤木博士の所によって、傷の消毒と絆創膏の交換をして貰う。指に絆創膏を巻
くのはどんなに器用な人でも難しいから気にしなくていいと言ってくれる。そう言われる
と私も安心する。

「それにしても」と赤木博士が笑顔で言う。「ちょっと怪我しすぎよね」
「そう思います。自分でも」

 赤木博士の前だと素直になれる。それが不思議だった。

「当面の目標はお豆腐のお味噌汁よね?」
「はい」
「ちょっとお豆腐切る真似してみて」
「……はい」

 私は頭の中でお豆腐とまな板と包丁を思い浮かべ、仮想の包丁を持って想像のお豆腐を
切った。

87:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/19 20:07:28
「まず」赤木博士は少し呆れ気味に言った。「包丁はプログレッジブ・ナイフとは違うか
ら、突き刺すんじゃなくて切ればいいのよ。こんな風にね」

 赤木博士は手で包丁の形を作り、小指の方に向かって動かして見せた。
 目からウロコだった。

「普通は素材によって押すとか引くとかしながら切るんだけど、お豆腐はそんなことしな
くてもきれいに切れると思うわ。手のひらの上で切るっていう話もあるけど、最初のうち
はやめた方がいいわね。プロっぽくは見えるでしょうけど」
「手の上で?」

 私の驚いたような顔を見て、赤木博士はまた笑った。

「それから、左手はこんな風にして」そう言いながら左手の指を曲げ、中指の関節部分を
指差した。「ここをこんな風に包丁にあてがって切ると、怪我しないで上手に切れるわよ。
やってみて」

 私は言われた通りに真似をしてみた。そうそう上手、と誉めてくれた。嬉しかった。

「あとは、本屋さんで家庭料理の本でも買って、分からないことはシンジ君に―」そこ
まで言って、赤木博士は言葉を切った。「あなた、今日これから何か予定は?」
「いえ、特にありません」
「あたしの家で一緒に料理して、食事しない?」

 断る理由はなかった。

「はい」
「じゃあ少し待ってて。仕事を終わらせるから」

88:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/19 20:09:03
 赤木博士と一緒にスーパーに行って、買い物をする。

「お味噌汁に入れるお豆腐って、絹ごしでも木綿でも好みでいいんだけど、シンジ君はど
っちかしら?」

 これは最初にお豆腐を買った時に迷いに迷ったから良く憶えている。

「絹ごしです」
「そう」

 赤木博士は満足そうに頷いた。他に、ワカメと野菜と、私には何か良く分からない魚を
買った。


「ちょっとそこで見てて」

 部屋着に着替えてエプロンをつけた赤木博士は、私に向かってそう言った。
 干した魚を煮るところから始めて、あっという間にお味噌汁が出来上がった。あまりの
手際のよさに私は目を見張った。

「飲んでみて」

 お味噌汁は、自分が作るものを除いては、碇くん、葛城さん、アスカさんが作ったもの
を飲んだことがある。
 私は思った通りのことを口にした。

89:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/19 20:10:06
「全く同じ味ではないけれど、碇くんの作るお味噌汁と、どこか深いところで繋がってい
るような、そんな味がします。少なくとも、葛城さんやアスカさんが作るものとは違う味
です」
「やっぱりね」赤木博士は大きく息をついた。「これね、碇家の味なのよ」
「碇家の……味?」
「そう。碇家の味」

 そして、赤木博士はこんなことを話してくれた。
 赤木博士のお母さんは仕事がとても忙しく、赤木博士に料理を教えることはなかった。
もちろんお母さんの手料理を食べて育ってきたのだし、長じてからは自分の食事は自分で
作ることも多く、その味は必然的に赤木家の味だったはずだ。
 ネルフに入り、赤木博士のお母さんが亡くなったあと、碇司令と親しくなった。碇司令
は意外に料理が上手で、自己流でしかなかった赤木博士に碇家の味を教えた。この豆腐の
味噌汁も碇司令に教わった。

「だしに煮干と干し椎茸を使うことと、お酒を大さじ一杯入れてひと煮立ちさせるのがポ
イントみたいね」

 私はもう一口お味噌汁を飲んだ。

「これが碇家の……味……」
「シンジ君がどこでお料理を覚えたのかは知らないわ。もちろんユイさんの手料理は食べ
ていたはずだけど、ユイさんや、まさか碇司令がお料理を教えたとも思えないし。幼い頃
の記憶か……あるいはそれが“血”というものなのかもしれないわね」

90:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/19 20:10:51
 食事を済ませたあと、包丁の使い方の特訓を受けた。それからお味噌汁の詳細な作り方
をメモしてもらい、何回失敗してもいいくらいたくさんの食材を抱え、帰途に着いた。

 部屋に戻ると、ポストにお味噌汁の作り方のレシピを書いた紙が入っていた。他には手
紙も何もなかったけれど、字は碇くんのものだった。その内容は、赤木博士に書いてもら
ったものとほぼ同じだった。ただ、例えばだしはパックを使うという風に、なるべく簡単
に作れるように書いてあった。何故だか分からないけれど自然と笑顔になって、そして涙
がこぼれた。


 結局、一睡もすることなく朝になった。
 赤い目で―私の目はいつも赤いけれど、いつもよりもっと赤かったはずだ―学校に
行くと、もう碇くんは来ていた。

「お、おはよう」

 碇くんが声をかけてくる。私は聞こえない振り。

「あ、綾波。あのさ……」
「なに?」

 私は頑張ってそっけなく答える。

「昨日、綾波の部屋に行ったんだけど、その、いなかったみたいで……だからその、レシ
ピを書いて―」

91:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/19 20:11:51
 私は碇くんを遮るように言った。

「それが、どうかしたの?」
「……いや、なんでもないよ。ごめん、変なこと聞いて」

 碇くんの落ち込みように、私も少しかわいそうになった。もうそろそろいいだろう。

「今日の夜」私は怒った顔を作って、碇くんを真っ直ぐに見て言った。「お豆腐のお味噌
汁に合うおかずの用意をして、私の部屋に来て。お味噌汁とご飯は用意しておく」
「……え?」
「聞こえなかったの?」

 私は同じセリフを繰り返した。

「あ、う、うん。わかった……」

 碇くんは、私の怒った顔と要求とのギャップの大きさに、意図を計りかねているようだ
った。私はそっぽを向き、碇くんに見えないように堪えていた笑顔を弾けさせた。肩が震
えていたかもしれない。

92:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/19 20:12:50
「そこに座って」
「……はい」
「キッチンに来てはダメ。わかった?」
「わかりました」

 私は部屋に来た碇くんに指示を出し、ベッドに座ってもらった。
 今からお味噌汁を作る。赤木博士のように手際良くは行かないかもしれないが、徹夜ま
でしたのだ。それなりの自信はある。包丁を見つめる私の瞳は、たぶん光っていたと思う。


「私、お料理に向いてないから」私はお味噌汁をよそいだお椀を差し出した。「美味しく
ないと思うけど、飲んでみて」

 彼は黙って受け取り、一口飲んで目を閉じた。
 自信はあった。味見もした。それでも不安だった。

「……美味しいよ。僕が作るのなんかより、ずっと」

 なるべく不機嫌な顔をしていようと思っていたけれど、やっぱり嬉しかった。笑顔にな
ってしまった。

「僕が書いたレシピで作っても、こうはならないと思うんだ。もし良かったら、誰に教わ
ったのか教えてくれないかな?」
「赤木博士に」
「リツコさん?」

93:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/19 20:13:51
 赤木博士に聞いた話を、そのまま碇くんに伝えた。

「そうなんだ。父さんがリツコさんに……」
「うん」
「……それにしても」碇くんは気を取り直すようにして言った。「綾波は料理の天才だよ」
「天才?」

 向いてないのと天才では方向がまるで逆だ。

「お味噌汁って、これで結構難しいんだ。レシピ通りに作っても、同じ味にはならないん
だよね。美味しかったり、美味しくなかったり。一回教わっただけでこんなに美味しく出
来るんなら、やっぱり天才だと思うよ」

 すねている私のご機嫌をとるためにお世辞を言っているのかと、彼の顔色をうかがう。
お世辞や冗談とは思えなかった。

94:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/19 20:36:43
終わり?
怒るレイって好きなんだ、GJ!!

95:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/19 21:00:30
「……もう一度」
「すごく美味しいよ、このお味噌汁」
「もう一度」
「綾波は料理の天才だよ」
「もう一度」
「僕のために、毎日でも作って欲しい」
「もう一度」
「綾波のこと、好きだ」
「―もう、一度」

 彼はお椀を置き、私を抱き締めて言った。

「綾波が世界で一番だ。綾波のこと、幸せにするよ」
「……ごめんなさい、すねたりして」
「いいんだ。僕の方こそ、ごめん。悪かったのは僕の方だから。……今度、前に開けなか
った食事会をやろうよ。僕も手伝うから。父さんもきっと喜んでくれる」

 私は何も言うことができなかった。何か言えば泣いてしまいそうで。だから黙ってうな
ずき、目を閉じた。

 初めてのキスは、お味噌汁の味だった。

end

喧嘩の言い合いってのを書こうと思ってたんだが、書いてるうちにこんな話にw
バイバイさるさんに引っ掛かってたorz

96:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/19 21:01:22
職人さんたち乙!
これからも頑張ってくだされ

97:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/19 21:27:47
途中挟んで申し訳ない
乙でした!

98:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/19 22:02:59
せ、青春だなあ…

99:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/19 22:38:35
世界がどうなってもいい
僕がどうなっても構わない
せめて乙だけはさせてもらう

100:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/20 00:37:39
>>85-95

GJ!! すばらしい。

俺も怒ってる綾波さんって好きなんだ。
あとレイにやさしくするリツコさんも大好物。
その辺もすばらしい。

101:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/21 13:21:52
保守

102:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/21 23:16:21
誰か投下こないかなぁ

103:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/22 18:19:34
>>94
怒ってるレイ、やってみます。
--

君は怒るとき、伏し目がちに目をそらす。

「碇君、私は別に怒ってない」

いや綾波、君は怒ってるよ。
自分を表に出さない君の、わずかなわずかな怒りのサイン。
僕だから判る、という訳じゃ無いけれど。
そして、無言で歩き出す。
本気で怒ってるなら、呼び止めても無駄だろうけど。

「……」

でも足を止め、少しだけ振り返って僕を見る。
「早く来れば?」ってところかな。
まだ、機嫌が直らないの?
でも、側にいても良いってことだよね?

君のことはだいぶ判ってきた、と思うんだ。
でも、知らないことは沢山ある。
でも、怒ってる君は判るけど、楽しそうな君の素顔を、僕はまだ知らない。

僕達は言葉を交わさないまま、いつもの道を歩いて行く。
ここを右。ここはまっすぐ。
行き先? 知らないよ。
そこを左なら、いつもの本屋。駅に向かうなら、帰るだけ。

ん、今日はそっち?

104:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/22 18:21:29
そして、何故か綾波は足を止める。
ああ……綾波? さっきのことだよね。

「……」

そして、振り返って僕の側に戻って来た。
伏し目がちだけど、怒ってるときとはまた違う、僕から視線をそらさない。

ここは、綾波が何か言うのを待ってみる。
結局なにも言わないことも多いけど。

いや、えーと、理屈っぽく綾波のことを分析してるように見えるけど。
綾波の言葉って……そうだね。雰囲気というか、空気というか。

(こつん)

あ、こんなの初めて。
僕におでこをぶつけてきた―どうしよう。どうすればいいのかな。
よし……。

……。

「碇君、人目があるから……」

アハハ、やっぱり違ったかな。
でも、いいや。
これからは、今のが僕らのキスの合図ということで。

(終わり) 毎度、おそまつさまでした。甘々ですんません。



105:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/22 22:18:06
GJ!!
おでこぶつけに萌えw

おでこぶつけは出さないけど、ちょっとパクって投下してもいい?

106:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/22 23:02:25
>>103じゃないけど反対する理由はない、存分にやりたまえ

107:104
09/07/22 23:03:30
>>105
ありがとです...パクるですか。どぞどぞ。

108:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/22 23:22:55
 綾波が怒ってる。それも、かなり。

「そう? いつもと同じだと思うけど?」

 アスカには分からない。ミサトさんにもリツコさんにも分からないだろう。
 でも、僕には分かる。僕にしか分からない。
 綾波が怒ってる。
 原因は僕だろうか。僕が何かしたのだろうか。分からない。

「綾波、待ってよ。一緒に帰ろう」

 僕は何も気づかない振りで、そう声をかける。彼女は僕を無視してすたすたと歩き出す。

「ねえ綾波、ご機嫌ななめ?」

 玄関で追いつき、少しおどけた感じで言ってみる。彼女が振り向き、僕を睨みつけた。

「ええ、とても」

 彼女がはじめて見せてくれた反応。それはあまりに冷たく、僕をたじろがせた。

「ど、どうして?」
「知らない」

 彼女は再びそっぽを向き、靴を履き替え始めた。取り付く島もないとはこのことだ。

「僕に悪いところがあったなら直すよ。だから教えて」

 綾波が再び僕を睨む。

109:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/22 23:24:23
「わからないの?」
「ごめん。わからないんだ」
「本当に?」
「ごめん」
「碇くん、洞木さんと仲が良すぎるの」
「……へ?」

 僕が委員長と仲がいい? 寝耳に水とはこのことだ。

「洞木さんとお付き合いするといいわ。さよなら」
「ち、ちょっと待ってよ」僕は慌てて言った。「身に覚えがないんだ」
「昼休み、私のことはほったらかしで、洞木さんと仲良く話をしてたわ」
「あ……」

 彼女はまた僕を睨んだ。僕は思わず笑いそうになってしまった。

「あれはさ、くせのないお肉料理を教えてもらってたんだ。ほら、綾波ってお肉食べない
だろ? でも、挑戦だけはして欲しいなって思って」
「……」
「鳥のささみがいいんじゃないかって。カレー粉とにんにくで焼き揚げたらいいんじゃな
いかってアイディアを出してくれたんだ。作り方を教えてもらってたら話が長くなって」
「……本当?」

 少し上目遣いに、疑い深そうに言う。

「ほんとだよ。委員長に聞いてみてもいいよ」
「本当なら、許してあげてもいいわ」
「ほんとだってば」
「じゃあ―」

110:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/22 23:25:23
 綾波は眼を閉じ、軽く上を向いた。彼女がキスをねだる時のポーズ。

「こ、ここで?」
「……」
「みんな見てるよ?」
「……」

 綾波は答えない。私には関係ない、心の中でそう言っているのだろう。
 僕は覚悟を決めた。
 両手で綾波の頬を軽くはさむようにして、口づけた。唇を触れ合わせるだけで、でも少
し長めに、十秒。綾波が僕の肩に手を回してきた。もう十秒。そこで離れて、見詰め合う。

「おおおおお~」

 クラスのみんなのどよめきが聞こえる。でも、もう僕には関係ない。
 綾波は逆に頬を赤くしてる。それがやたらと可愛かった。

「行きましょう」

 彼女が僕の腕を取り、半ば引っ張るようにして言う。今になって恥ずかしくなったのだ
ろうか。

「どこに行くの?」
「スーパー。鳥のささみ、買うんでしょう?」

end

怒る綾波と、103-104氏からアイディアをいただきました。
感謝。

111:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/23 00:20:10
どっちもいいねぇ、甘いねぇ、Gj!!

112:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/23 00:30:15
GJ!バカップルですね

113:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/23 00:32:44
破のあとだとすんごい場違いだけど、せっかく書いたんでもったいないというスケベ根性でやってみます

114:104
09/07/23 00:33:01
>>110 おお、GJ。本編にはレイとのキスなんて無いから、欲しいシーンですよね。
では、私もお料理ネタを踏まえさせて頂いて……。
--

「うーん」
「何、むずかしい顔してんのよ、バカシンジ」

シンジはお弁当箱を片付けながら、思案顔でアスカに答える。
「いや、綾波がさ。お昼を食べてる途中から、急に不機嫌になっちゃって」
「なんで?」
「わかんないんだよ。『それ、ハムサンド?』 『そうだけど?』 『……そう』 って感じ」

それを聞いたアスカは呆れ顔。
「アンタ、あの子の肉嫌いを一番良く知ってるんじゃないの?」
「いや、綾波のはハム入れてなかったんだよ。えーと、ポテトサラダとか、そんなんばっかり」
「それじゃなんで怒ってるのよ……ああ」

そこでアスカはピンときた。
(ははあ、どーせファーストのことだから、碇君と同じ物が食べたかったのにぃ、とか?
 あー、嫌だ嫌だ。二人だけ幸せそうな喧嘩しちゃってさ。ったく……)

「でもファースト、遠目からは怒ってるように見えなかったけど?」
「いや、僕には判るんだ。『そう』の返事が2秒ほど遅いとき……え?」

ばきっ!!

アスカの蹴りがシンジにクリーンヒット!
「あ、アスカ、なにすん……」
「なんかムカツクのよアンタら! あーもう、ごちそうさま!」

(終わり) おそまつさまでした。LAS色は……出てない筈w

115:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/23 00:34:11
0.

「あんたなんか……あんたなんかね……」
少女の視界が赤く染まり、キーンという不快な金属音が頭の中に鳴り響いた。
―白衣の女が少女の首を絞めている。
白衣の女の顔は醜く歪み、殺意と憎悪が熱風となって全身から吹き出しているかのようだった。
少女は手を振りほどこうと女の手に爪を立てるが、所詮は幼児の力。抗するすべもなく、視界が赤から完全な暗黒へと塗りつぶされようとした、そのとき―
「やめて、母さん! 何やってるのよ!?」
首から手が払いのけられ、決壊した堤防から水が流れ込むように、肺に空気がどっと送り込まれてきた。
「大丈夫?」
少女の命を救ったのは、若い女だった。
けっ、けっ、と、猫が毛玉を吐くような音を立てて咳き込んでいる少女の背中をさする。
少女の首を絞めていた女は、後ずさると、顔を両手で覆い、絞り出すような声を上げて泣きはじめた。
「母さん……一体、どうしてこんなことを……」
若い女は困惑の表情を少女と白衣の女―母親に向ける。
「私……私……」
涙に濡れた目が自分の娘と少女の姿を捉えた。
「違うのよ……こんなことするつもりじゃなかった……」
「しょちょう、が、しったら」
女の台詞を無視して、少女が苦しそうに咳をしながら口を開いた。
「しょちょうが、しったら、あなたは、ほんとうに、ようずみね」
女の涙と手の震えが止まった。少女を見る。今耳にしたことが信じられないといった様子だった。
首を絞めていたときの、火が出るような憎しみはその目から消え失せ、代わりに支配しているのは恐怖だった。
若い女が少女の背中から手を放して、数歩後ずさる。
得体の知れない、しかし危険であることは本能的に分かる生き物にばったりと出くわしてしまったように。
「このことを、ひみつにしたいなら、わたしのいうことを、きくのよ」
身を起こし、たどたどしく言い終えると、少女は唇の両端を吊り上げて微笑を浮かべた。
もし蛇が笑えるならこういう笑みを浮かべるに違いない―見るものに、そう思わせる微笑だった。

116:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/23 00:37:07
1.

少年はふと視線を感じ、後ろを振り返った。
視線の先には―
―女の子?
学生服を着た少女の姿が、陽炎のように揺れている。
もっとよく見ようと目を細めたが、その瞬間、電線にとまっていたカラスの群れが一斉に飛び立ち、その不吉な音に気を取られた。視線を戻した時には少女の姿は消えていた。
―何だったんだろう。僕の気のせい?
少年は額の汗を拭ってため息をついた。
―やっぱり緊張しているのかな。
父親に呼び出されてここまで来たものの、電話も通じない上に妙な幻覚を見るなど、お世辞にも幸先のいい出だしとは言えなかった。
―困ったな。どうしよう……。シェルターに行くしかないか。
困惑する少年に「幸先のいい出だしとは言えない」どころではない災難が降りかかるのは、それから数分後のことだった。

「あれが碇シンジ……」
少女は小首を傾げて呟くと、かたわらに待たせておいた黒塗りの大型車に乗り込んだ。携帯を取り出してかける。繋がると一言だけ呟いた。
「作戦開始」
少女の言葉につられたように運転席の黒服の男がミラーに目をやる。
後部座席に座る少女と視線があった。
少女の赤い目は無機質で、人間味というものが全く感じられず、男はそこからどういう感情も読み取ることはできなかった。
仕事柄、感情を表さない人間は腐るほど見てきているが、少女の目は今まで会ったどんな人間のそれとも違っていた。
男はその違いを上手く表現出来ない。人間味がない? いや、人間ではない―。
男の思考がそこまで行き着いた、そのときだった。
背後から凄まじい破壊音が鳴り響いてきた。ミラーで背後を見ると、巨大な怪物の一部が目に入る。

117:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/23 00:42:24
男は押し殺した唸り声を上げた。
ついに使徒が、この街、第3新東京市に来襲したのだった。
全身を緊張で漲らせ、男は少女に問いかける。
「どうしますか? 引き返しますか?」
少女はやはり無機質な目つきを変えず、無造作に言い放った。
「いい。死んだらそれまで」
男はうなずいた。いずれにせよ、今から戻ったところで何も出来ない。ピックアップは別のものが行っているはずだ。運がよければ助かるだろう。
ミラーに映る少女は、無表情のままだった。同僚―予定では―の生死など、地面を這いつくばるアリほどにも気にしていないように見える。
車内は冷房がほどよく効いているにもかかわらず、男は額に汗が滲み出るのを感じた。
―まったく薄気味の悪い娘だ。
そう思わざるを得ない。一般人には想像もできないような激烈な鍛錬と陰惨な経験を積んだ自分が、なぜこの小柄な少女を恐れるのか、見当がつかなかった。
その気なら少女の首を一ひねりして殺すことなど造作もない。片手でも出来る。
しかし、もし実際にその行動を起こしたらどうなるのか。少女に手をかける前に自分は死ぬだろう、と何の根拠もなく男は確信していた。オカルトか冗談のような話だが、男は本当にそう思っている。
「そうね」と、ふいに少女が呟いた。「その通りだわ」
そして、唇の端をほんの少し持ち上げた。人間で言えば、それは微笑みにあたる感情表現だった。
男の全身からどっと汗が出た。思わず声が出そうになる。
自分の思考を読んだのか。まさか。そんなことがあるわけがない。少女の独り言の内容が、たまたま自分の思考に関係あるようなものだっただけだ。つまり、ただの偶然だ。
……いや、この娘なら―。
男はそれから何も考えず、運転することだけに集中した。

118:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/23 00:44:47
 □

―そんな……。
碇シンジは息を呑み、自分の腕の中で苦しげに呻く包帯姿の少女を見つめた。ほっそりとした、いまにも壊れてしまいそうな少女だった。
こんな酷い怪我をしてる女の子を戦わせようと言うのだろうか? 
―戦わせる……僕が乗らなければ、この女の子が……。
シンジの呼吸が浅くなる。
掌にぬめりとした感触。見ると、血だった。
―まさか。嘘だ。
僕を騙すつもりに違いない、とシンジは思った。思わざるを得なかった。こんな現実は信じられない。嘘だ、嘘だ、嘘に違いない……。
シンジは父親にすがるような視線を送る。「冗談だ、シンジ」「ここは危険だ、あとは私たちに任せて安全な場所に避難しろ」「落ち着いたらゆっくり話をしよう」―父親が、そう言う事を期待して。
しかし、父親の冷たい目を見て、本気だということが分かった。
「やります」シンジは唇を噛みしめて言った。「僕が乗ります!」

「はい、カット」
シンジが去ったのを確認すると、綾波レイは身体を起こして軽く伸びをした。
「上手くいったわ。ミサトとリツコもご苦労さま。たまには役に立つのね」
そう言うと身体に巻きついた包帯をほどき、担架から降りて司令室に向かって歩きはじめる。
レイは上機嫌だった。即席に近い三文芝居だったが、シンジをまんまと騙して初号機に乗せることが出来たからだ。
彼女にとって、他人が自分の意図した通りに動くことほど気分のいいことはなかった。
それにしても、迫真の演技だったのではないか。包帯に血糊までつけたのはやり過ぎと思わないでもなかったが。
レイは、思わずくっくっと喉の奥で笑う。
まったく、単純な男だ。訓練もしていない素人―それも十四歳の中学生を、いきなり実戦に放り込むわけがない。そんなことも判断できずにその場の雰囲気に呑まれて承諾してしまうとは。かなりの馬鹿かよほどのお人よしなのだろう。
馬鹿とお人よしは徹底的に利用されるのがこの世の常だった。
―せいぜい私に利用されなさい、碇シンジ君……。

119:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/23 00:48:42
しかし―。
レイの思考はそこで変わる。
―司令とミサトの言い方はないわ。
レイはそこが不満だった。担架の上で苦しそうな演技をしながら、内心ひやひやしたのだ。
普通に考えて、土下座してでも初号機に乗って貰わねばならない状況なのに、どうしてああいう言い方をするのだろうか。
本当にシンジが帰ったら司令はどうするつもりだったのか。どうせ私がいるから構わないと?
そうだとしたらレイを舐めているとしか言い様がない。
ミサトもミサトだ。お父さんから逃げちゃダメ? 死ぬかも知れないという状況で父親から逃げるも何もないだろう。
私のために戦ってとでも言って拝み倒すほうがまだマシだ。
どちらも人間の機微というものを分かってなさ過ぎる。
―事態が落ち着いたらおバカさんたちに説教ね。
考えているうちにレイの機嫌は悪くなってしまった。他人が自分の意図した通りに動かないことほどレイの機嫌を損ねることはないのだ。
「あのー、レイ……?」
隣を歩きながら、ミサトが腫れ物に触るような態度で話しかけてきた。
「素直にあんたが出ればいいんじゃないかしら? あの子、訓練も何もしていない素人なのよ」
「牝牛は黙ってて。私に考えがあるんだから。だから司令も許可したの」
「め、めうし……」
あまりの言い草に、ミサトは軽くのけぞって絶句した。
レイはふと立ち止まると、ミサトの左胸をわしづかみにして、レモンでも絞るように思い切り握りしめた。
ミサトは飛び上がって叫んだ。
「ぎゃーっ! いたたた! 痛い痛い! ちょ、ちょ、ちょっと何するのよレイ!?」
「搾乳」
「はぁ!?」
「胸が大きすぎて脳まで酸素がいってないみたいだから」
怒りのあまり酸欠の金魚のように口をパクパクさせるミサトを横目で見ながら、リツコはそっと溜め息をついた。
―ブザマね。

120:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/23 00:50:20
 □

「碇。本当にいいんだな?」
冬月は前を見ながらゲンドウに問いかける。
ゲンドウは答えなかった。
―何を考えている、碇。
冬月は懸念を覚えざるを得ない。この無謀極まりない作戦―それを作戦と呼べるのならば―を了承したのは司令の碇なのだ。
冬月に言わせるなら、人員の無駄であり、時間の無駄であり、金の無駄だ。ゲンドウの真意を量りかねた。
冬月は、ふと、ある可能性に思い至り、顔色が変わる。
―碇、まさか、お前も……。
その可能性は十分にあった。何しろ彼女の行動力と執念は生半可なものではない。彼女の魔手はネルフのありとあらゆる人員に伸びていると考えるべきだった。
もし自分の考えが正しいなら―と、冬月は暗然とした面持ちで考える―ネルフの将来は暗いと言わざるを得なかった。

 □

オペレーターの状況報告が飛び交う緊迫した空気の中、レイは超然とモニターを見つめていた。
画面には初号機が歩いているところが映っている。
歓声が沸いた。
初搭乗でエヴァを動かしているのだ。奇跡といってよかった。
「歩いた……!」
「やるじゃない」
とレイが呟いたとたん、初号機は前のめりに倒れこんだ。歓声はたちまち失望の溜め息に変わる。
「やっぱり無理よ。レイ、出て」と、ミサトがレイを振り返って言う。
「もう少し待って」
「もう少しって……」
ミサトは気が気ではないという様子でモニターとレイを交互に見た。使徒が初号機に迫っている。
「相手の力も知らずに戦うのは得策じゃないわ」
「敵を知り己を知らば……ってわけ? そのためにシンジ君を犠牲にするの?」
「まだ死んだわけじゃない」

121:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/23 00:52:57
「そうだけど、これじゃ時間の問題だわ。出撃しなさい。これは命令よ、レイ」
「まだ」
レイは食い入るように画面を見つめている。まるでミサトなど存在しないようだ。
そうしているうちに、初号機の左腕が接近した使徒に掴まれた。ぎりぎりと引っ張られる。
「レイ! いい加減に……!」
ミサトは唇を噛みしめる。
「レイの言うとおりだわ」
「リツコ!」
いったい何を言い出すのかと、ミサトがキッと友人を見据えた。
リツコはその視線を気にする風もなく、平然と見返して言った。
「シンジ君が倒されてもレイがいる。戦闘訓練をきちんと受けたレイがね。だけど、レイが倒されたらあとは素人同然のシンジ君だけなのよ。使徒を倒せる可能性が高いのはどっち?」
ミサトは一瞬、言葉に詰まった。リツコの言い分にも一理なくはなかった。
しかし、だからといってこのままシンジを見殺していい訳がない。
「レイ! お願いだから……」
ミサトは今度はレイとゲンドウの顔を交互に見ながら悲鳴に近い懇願をした。
―司令は何考えてるのかしら。自分の子供なのよ!?
オペレーターたちも息を詰めてレイの様子を窺っている。
鈍い音と共に初号機の左腕が握り潰された。シンジの悲鳴が司令室にこだまする。
ミサトは即座にオペレーターたちに神経切断の指示を飛ばす。
「レイ。出撃だ」
ミサトは深々と安堵のため息をついた。
ようやくゲンドウが重い腰を上げたのだった。
レイの唇の両端が吊り上がって、笑いの形を作った。
瞳が猫のようにきらきらと輝く。
「仕方ないわね」軽く握った拳を掌に打ち付けて呟いた。「ボコボコにしてやるわ」

 □

使徒は、ボコボコにされた。

(続く)

122:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/23 22:45:09
ダークなレイも悪くない

123:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/23 23:33:19
ここからヤンデレイと化すのを期待していいのか?


124:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/24 11:31:28
いい感じに投下きてるな。
ヤンデレイ様の続きwktk

125:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/24 16:19:57
>>114
ちょっと埋もれたけどGJ!!
「そう」の返事が2秒遅いレイ萌えw
なんかムカツクアスカもいい。

パラレル物とヤンデレイ(なのか?)は続き待ち。

126:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/24 21:42:43
>>125
ありがと。でも当分はスレ保守に協力できなさそう。
こうも規制されちゃ2ch使い物になんないよw


127:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/24 21:45:43
じゃあ、僭越ながら、保守代わりにパパッと衝動的に書いた妄想を投下させて頂きます。
短いですが読んでやってくれたらありがたいです。
------------------------------------------------------------------
授業終了のチャイムが鳴り、次の時間までの小休止が訪れると同時に、シンジはレイに呼ばれた。

「どうしたの?」
「ちょっと、ついてきて」

唐突に連れ出されたことに疑問を感じながらも、どこか有無を言わさぬ雰囲気を持つレイに従うシンジ。
そうしてついて行った先は人気のない屋上への扉の前だった。

「綾波、こんなところに呼び出してどうし…ってええ!?」

シンジが言い終わるのを待たず、レイはシンジの首に腕をまわし、抱きしめてきた。

「あ、あの…綾波…?こ、これは…」

あまりに唐突な流れに戸惑うシンジ。
自分の首に顔をうずめるように抱きつくレイ。
(綾波の髪からはシャンプーの良い匂いがするな…やっぱり綾波も女の子だし、気を遣う所には遣ってるのかな…)
などと混乱した頭でボーっと感想を頭の中に述べていた。
しかし、腕から伝わるレイの体温が、押し当てられる胸のふくらみが、鼻孔をくすぐるレイの香りが、
シンジに残ったわずかな思考力を根こそぎ奪っていった。

128:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/24 21:47:32
「碇君が、言ったから…」

頭が空白状態の最中、いきなり声をかけられたことで我に返るシンジ。
とはいえ、相変わらず抱きしめられてる状態故にシンジの精神状態はまだ落ち着かなかったせいか、
シンジはレイの言葉に思い当たる節を見つけることができないでいた。

「な、なにを?」
「人前で、こういうのはダメだって…」

(そういえば、以前綾波に教室で抱きしめられたことがあったっけ…
 あの時は確か、綾波にポロッとカワイイって口走っちゃったからだったかな…よっぽど嬉しかったんだろうなぁ)
などと、その時の自分の迂闊さと、その時の教室の反応を思い出して顔から火が出るようにシンジは赤くなった。
と同時に、人前で抱きつくような真似は今後自粛するようにとレイに釘をさしていたことも思い出す。
その時の しゅん と反省したレイが可愛くてシンジはまた声に出しそうになったのは別の話。

「あぁ、だからここに来たの?その…こうする…ために?」

首筋にくすぐったさを感じることで、レイがコクンと首を頷かせたことがわかった。

「ごめんなさい…私の、我が儘。迷惑……だった?」
「そんな事ないよ!」

その言葉と同時に、ずっと宙に浮かせていた腕をギュッとレイの背中に回すことでその意志を示すシンジ。

「その…前はあんな事言ったけど、僕も綾波とこうしてるの…す、好き…だし」

129:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/24 21:48:24
自分のものとは思えないようなセリフを口走り、真っ赤に顔が染まるシンジ。
しかしレイはそんなシンジのセリフに無言だった。
代わりに、首に回された手がギュウッと強く締められる。
チラリと横目にレイの方に視線を向けると、レイの耳が真っ赤に染まってるのが見えた。

(喜んでくれてる…のかな…)

危うく自分のセリフを後悔しそうになったが、そんなレイの反応を見てやはり言ってよかったと安堵した。
そんな二人の甘い一時を邪魔するかのように、次の授業への予鈴が鳴り響く。

「綾波、そろそろ行かないと…」
「……まだ、もう少しだけ」

続いて、二人を急かすように授業開始のチャイムまで鳴り響いた。
流石にこれ以上はマズイかと、二人は名残惜しそうにその身を離す。

「……じゃあ、行こうか」
「……ええ」

授業が既に始まる時間にも関わらず、二人の歩みはゆっくりだった。
そしてその手は、教室までの短い道のりの間、しっかりと握られていた。

130:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/24 22:26:21
GJ!思わずニヤニヤしちまった

131:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/24 22:37:30
破の公開前は、ここまで甘いSSはボールゾーンだったのに
観てからは普通にストライクゾーン入ってるんだもんな……

132:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/24 22:50:27
甘い関係も似合うようになったね!GJ

133:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/24 22:50:43
バッカプルスレができる位だからな
しかもなかなか良スレだし

134:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/25 00:55:33
>>121

2.

「!」
シンジは目を覚ました。瞬間、自分がどこにいるのか分からない。
溺れている時のような恐慌に陥るが、ぼやけた視点が急速に回復し、自分がどうやら病室にいるようだと分かると、落ち着きを取り戻して深いため息をつく。
―何でこんなところに……。
シンジは記憶を探る。
そうだ。エヴァンゲリオンとやらに乗せられ、巨大な化け物に一方的にやられて……そこからは記憶になかった。
とにかく、酷い目にあったことは間違いない。そうでなかったら病院にはいない。
「知らない、天井だ……って、何だ?」
何か白いものが天井に貼られている。あれは……紙? 紙には字が書いてある。
目を凝らすと、

役立たず

と書かれてあった。
「なっ……何だよ、これ」
シンジは呆然とした。
「何でこんな目にあって……わけが分からないよ」
横を向いて頭を抱える。
「何だよこれ……ひどいよ……」

135:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/25 00:58:59
 □

レイはシンジの様子を想像して、くっくっと喉の奥で鳩のように笑った。さぞ驚いて、不安になったことだろう。
天井に貼った(貼らせた)紙きれは、レイの仕業だった。
特に深い意味はない。単なる悪戯だった。他人を不安の谷底に陥れるのは、もはやレイの本能といえるほどまで身に着いている。その本能に従ったまでだった。
とはいえ、この種の悪戯はほどほどに留めておかなくてはならない。何しろシンジは他のネルフの職員たちと違って、重要な存在―エヴァのパイロットなのだから。
レイは手に持った手帳をぱらぱらとめくった。最新のページには碇シンジの名前と、これまでの生い立ち等、基本的なデータが書いてある。
ああいうタイプは難しい―とレイは思う。碇シンジという少年には、あまり手酷く扱うとぽきりと折れそうな印象がある。
もっとも、そこが面白いところでもあった。
簡単すぎるゲームはつまらないものだ。
弱みを握って脅せば言いなりになる人間ばかりではない。むしろそういう人間のほうが少ないだろう。
鞭だけではダメ。飴も与えなければ。
飴と鞭―人間を操る基本中の基本。
シンジの記録を見ると、母親はエヴァの実験中に死亡。幼くして他人の家に預けられたとある。ほとんど捨てられたようなものだ。
シンジの人格形成に大きな影響を与えたことは間違いないだろう。ゲンドウとの会話もそれを証明している。
レイはボールペンを手にとって、シンジのページに「父親との関係」と書いた。これは使える。直感だった。レイの直感はほとんど外れた試しがない。とりわけ、他人の弱みに関する点では。
それから初号機に乗り込んだ際のシンジの行動を書きはじめた。誰のどういう言葉にどういう反応を示したのか。どんな表情だったのか。可能な限り、詳細に書き連ねていく。
ここまでするのはゲンドウ以来、久しぶりだった。
人の気配を感じ、顔を上げると、蝶ネクタイに黒ベストのウェイターが腰を屈めて注文を聞く姿勢をとっていた。
「失礼します。ご注文はいつもので構いませんか?」
レイは黙ってうなずいた。かしこまりました、と言ってウェイターが下がる。
手帳に目を戻す。
ふと、今ごろシンジは誰と食事を摂っているのだろうと思った。
もちろん、ミサトとに決まっていた。レイがそうさせたのだから。

136:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/25 01:05:40
 □

シンジと同居したらどうかとレイはミサトに提案したのだった。
もっとも、形としては提案だが、実際は強制のようなものだ。
当初はシンジは一人で暮らすという話だった。
しかし、世界を救おうという中学生を一人暮らしさせるなど、言語道断である。
体調や精神面の管理はどうするのか。誰かが一緒に住まなければならないのは明らかだった。
本当はゲンドウと同居のほうがレイは対応しやすいのだが、シンジが拒否をしたという。
何年ぶりかの対面にもかかわらず、ああいう会話を交わすのを見ると、それも当然という気がする。
上手くいってないのだろう。
それならミサトがベターだとレイは判断したのだった。
しかしミサトは気が進まない様子だった。
「でもね~。いくら中学生でも赤の他人の男の子と同居するってのは……」
ミサトは渋る。
「大丈夫、あなたみたいなオバサンには興味ないと思う」
「オバサン……」
もはやレイに何を言っても無駄だと観念してるものの、額に青筋が立ってしまうのはやむを得ない。
「あっ、あのねー。これでも三十前なんですけど。それにあんたと違ってナイスバディだし」
中学生と張り合うなど馬鹿げていると思いながらも、つい口にしてしまうミサトであった。
「ま、もしそういう関係になってもそれはそれでいいんじゃないかしら。いえ、むしろ好都合かも」
「……は?」
―この子は一体何を言ってるのだろう。
ミサトはぽかんと口を開けてレイの目を覗き込んだ。
「身体で言うことを聞くなら安いものでしょ?」と、レイはすまし顔で答えた。
「あ、あ、あ、あんたね。自分が何言ってるか分かってるの!?」
ミサトは仰天した。
いつの時代でも子供は大人が思うよりも成熟してるものだが、レイのような、いかにも儚げな美少女の口から出るとやはり効果が段違いである。
「世界の命運がかかってるのよ。身体を張るのは私たちだけなの?」
「そ、そういう問題じゃないでしょ! っていうか身体を張るってのはそういう意味じゃ……」
「あなたこそコトの重要性を分かってるの、葛城さん。最優先は何? 使徒の撃滅。使徒の撃滅に一番大切なものは? 私たちパイロットとエヴァ。あなたは私と碇君を最優先にしなければならないのよ」
「まぁ……それはそうだけど……だからって身体を張るとか……」

137:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/25 01:14:12
「司令と碇君の会話、聞いてどう思った?」
レイはミサトの困惑に構わずに会話を進める。
「ん……まぁ、普通の親子の会話じゃあないわね」
「あの二人が一緒に住んでうまくやっていけると思う?」
「それは……やってみないと……分からないんじゃないかしら」
空気が抜けた風船のように声が小さくなっていくのが自分でも分かる。
「やってみて、碇君が帰るとなったらどうするの?」
「どう……しましょ?」
「どうしましょで済まないのは分かるわよね。一番都合がいいのはあなたなのよ、葛城さん」
「うーん。やっぱりそうかしら、ね……」
ミサトは考え込んだ。実を言うと、ミサトもシンジと暮らすことを考えないでもなかったのだ。
しかし自分から同居を申し込むとなると、さすがのミサトでも他人の目が気になった。いくら中学生とはいえ、男の子なのだ。
あと一押しと判断したレイはとっておきを使うことにした。
「テープ」
「う”っ」
ミサトの顔色が変わる。具体的に言えば、顔から血の気が引いて青ざめたのである。
「いいの? まかり間違ってあのテープが流出したらそれはそれはもう大変なことに」
「わーっ、わーっ!」と、ミサトは叫び声を上げつつ、周囲を見回して誰もいないことを確認した。「卑怯よ、レイ! 脅迫する気!?」
「卑怯とか脅迫とか言う前に、理屈が通っているのはどっち? 私、それともあなた?」
ミサトはぐっと喉を鳴らすと、がっくりと肩を落とした。
「……分かったわ」
長く深いため息を白旗代わりに、ミサトは降参した。
満足げに頷くレイ。本当はメガネのオペレーターにコピーを渡してあるのだが(受け取ったことでメガネは弱みを握られたのである)、もちろんそれは秘密だ。
この手は多用できないし、本当に相手が嫌がっている時には基本的に使えない。
ミサトが受け入れたということは、ミサト自身、思うところがあったのだろう。レイは背中を押しただけのことだった。―かなり乱暴に、ではあるが。
「さすが、責任感あるわね」
レイは心にもないお世辞を言った。
「あんた、本心で言ってるの?」
「言ってない。言うと思う?」
「……もういいわ」
ミサトは天を仰ぎながらその場を立ち去っていった。

138:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/25 01:18:24
 □

レイはミサトとの会話を思い出して、くすくすと笑う。
―場所は市内の高級ステーキ専門店。
レイは一番奥のテーブルに一人で座り、食事を摂るところだった。
ゲンドウに一緒に食事をしようと誘われていたのだが、断った。そもそも食事は一人でしたい上に、あんな陰気な男とテーブルを共にするのは真っ平だった。
ゲンドウの、断られたときの俯き加減の顔を思い浮かべ、レイは唇の両端を吊り上げる。
他人が自分の行動のせいで悲しい想いをすると、いつも楽しい気分になるのだ。
とはいえ、少しは機嫌をとってやらねばならない。あの男が自分に何を見ているのか知らないが、利用できるものは最大限に利用するのがレイの信条だった。
ウェイターの姿を視界の隅に認めると、手帳をぱたんと閉じてカバンにしまう。
ウェイターが恭しい仕草でテーブルに皿を置く。
レイは、旨そうな音を立てている肉を、慣れた手つきで切りはじめた。
最高級の米沢牛のシャトーブリアンを、血の滴るようなブルー・レアで食べるのがレイの好みだった。
ブルー・レアとはレアよりも生に近い焼き方で、店員に教えてもらって以来、レイの好みになっている。
まさに自分のためにあるような焼き方だと思う。味付けは荒塩とレモンのみ。これが一番肉の旨みを引き出すのだ。
常連はレイの姿に慣れたもので、ことさら見つめたりはしないのだが、新規、あるいは新規に近い客は不審げにちらちらレイの様子を窺っている。
それはそうだろう。このような高級店に制服姿の中学生が一人で食事をするなど、気にならないほうがおかしい。
もっともレイは他人の目など一切気にせずに食事を続けている。他人の目など生まれてこのかた気にしたことがなかった。
レイにとって、ヒトとは、今現在自分の言うなりになっているか、将来自分の言うなりになるかの二種類しかいない。
わざわざこちらから気にかけるような存在ではないのだった。

139:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/25 01:22:58

ステーキを食べ終わると、半分固形物のようなとびきり濃いブラック・コーヒーを、ゆっくりと時間をかけて飲み干した。
それから支払い金額に制限がないカードで清算し、店員のありがとうございましたを背に店を出る。
むっとする熱気がレイを包んだ。今日は夜になっても湿度が高く、蒸し暑さが残ったままだった。もっともレイは暑さをほ感じない。ほとんど汗もかかないのだ。
異常なことだが、レイは不思議に思ったことはなかった。それで不都合はなく、不都合がないことにこだわる性格ではない。
雲のせいで星が見えなかった。レイには星を見て物思いに耽るような感傷癖はないので、星が見えようが見えまいがどうでもいいことだったが。
自宅に向かって歩き出す。いつもは車を待たせておくのだが、今日はそういう気分ではなかった。
自分の足で、歩いて帰りたい。
どうやら高揚しているらしい。使徒との戦いのせいだ。
使徒を虐殺したときの快感を思い出して、レイはぞくっと身を震わせた。

140:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/25 01:26:59

……レイは使徒の腕を掴んで、思い切り引きちぎった。腕から血のような液体が迸り出る。
それからはやりたい放題だった。もう片方の腕を握りつぶし、両足をナイフで切断してやった。
レイには、使徒の胴体にある、赤い球体を破壊すればいいのだと何故か分かっていた。
分かっていたから、敢えて狙わなかった。
馬乗りになり、ナイフで使徒の身体を突きまくる。
レイは、笑っていた。戦闘がはじまってから、ずっと笑っていたのだ。
何と楽しいことなのか。
こんな楽しい思いをするのは、生まれて初めてだった。
他人の弱みを握って脅迫するなど、これに比べたら塵芥に等しい。
―死なないでね。まだ楽しみたいから。
しかし、戦闘の最中にケーブルが切れていて、内部電源に余裕がなくなったので、仕方なくコアを破壊した。本当ならもっと遊びたかったところだ。
使徒は最期にレイを道連れにと自爆したが、まったくの無駄に終わった。レイの強烈なATフィールドに阻まれて、かすり傷さえつけることが出来なかった。
発令所に帰還すると、押し殺したどよめきに包まれた。
レイがゆっくりと見回すと、目が合った職員は青ざめた表情で目を伏せていく。
人類の未来を決する戦闘に勝った英雄を見る目ではなかった。
女性のオペレーターが、レイが前を通るときに「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。
凍りついた雰囲気の中、ミサトが「ご苦労様。ゆっくり休んでちょうだい」とねぎらいの言葉をかけた。
レイはそれに返事をすることなく歩き去った……。

141:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/25 01:29:58


夜道を歩きながら、レイは思う。
あの化物に感情はあるのだろうか。怯えたのだろうか。恐怖を感じたのだろうか。
―あればいいのに。感情や痛みが。
レイは心からそう思った。
―あれば、いいのに。
何も感じない化物を嬲り殺しても面白みなど何もない。それでは仕事と同じだ。
レイは、使徒に、激烈な痛みを感じて欲しかった。
狂ったような憤怒をぶつけて欲しかった。
どうしても敵わぬ相手を目の前にして、尽きることの無い絶望を感じて欲しかった。
―どっちでもいいか。楽しいから。
そう。使徒を倒すのはとても楽しかった。
これで終わりではない。これからも機会はある。そのたびに、あのぞくぞくするような快感が味わえるのだ。
小物をいびり倒して退屈を紛らわす日常とは、これでおさらばだった。
―楽しい……。
レイは身体を震わせた。
「あはっ」
容器いっぱいに満たされた水が、なお注がれて縁から零れ落ちるように、ふいに、笑いが漏れる。
「あはは」
笑いながら両手を広げ、その場でくるくる回る。
「あははははは!」
髪を振り乱し、白い喉をのけぞらせて、レイは狂った花のように笑った。
夜の熱をじっとりとふくんだ闇は、レイの哄笑に彩られ、さらにその色を濃くしていくように思われた。

(続く)

142:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/25 02:16:13
まさかこの調子で延々とやるのか?

143:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/25 13:14:06
解除されてたー
--

(あはは……)
(うふふふ……)
(あはははは……)

シンジは今日も訪れる。
「レイ達」が乱舞する水槽へ。

彼女達を「処分」しようとした赤木リツコを辛くも食い止め―いや、食い止めてよかったのだろうか。
「2人目」を失ったシンジは今日も訪れる。共に過ごした「綾波」の面影を求めて。

「ねえ、僕が判る? 覚えている?」

(あははは……)
(うふふふふ……)

「碇―碇シンジだよ。ねえ、判る?」

その名に、レイは意外にも反応する。

(イカリ……)
(イカリクン……?)

「う……うう……」

さわさわと「レイ達」はシンジの元に群がり始める。
にこやかに、楽しげに、彼の名を呼びながら。


144:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/25 13:15:25
(イカリクン、イカリクン、イカリクン)
(イカリ、イカリ、イカリ、イカリ、イカリ、イカリ……)

「うう……う……うわあああああああっ!!」

シンジは水槽の元から、逃げるように駆けだした。
そのグロテスクとも言える狂気じみた光景に、耐えかねて。

やっとの思いで、明るい廊下に出てきたシンジは、がっくりと脱力してその場にしゃがみ込む。
まだ、「レイ達」の呼びかける声が耳について離れない。
思わず嘔吐きそうになり、口元を手で押さえるシンジ―ふと、誰かが側にいることに気が付いた。

「あ、綾波」

そう、「3人目」の。

そのシンジの有様を見て、レイは小首を傾げる。

―何か、出来ることはある?

しかし、シンジは再び顔を伏せる。

―構わないでくれ、君は違う、と。

「3人目」は事情を知っていた。
彼が「2人目」に親しんでたという事を。
そして、自分が「2人目」の代わりだと言うことも。

だから、とでも言うのだろうか。
そっと「3人目」はシンジの側により、彼を自分の胸に抱き寄せた。


145:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/25 13:17:04
シンジは思わず目を閉じて、その抱擁に溶けていく。
しかし、心の中で何かが反発する。

(違う。違うんだ。こんなの、綾波じゃない。綾波なら、こんなことしない)

シンジの知る綾波レイ。
親しくなった別れ際ですら、人を寄せ付けぬ寡黙さと冷淡な振る舞いは、出逢った頃と変わらない。
親しくなって別れ際ですら、共に歩くときですら数歩の距離を置いていた。
笑顔を見たのは一度だけ。そう、あの時だけ。

しかし、シンジは「3人目」の抱擁に抗えない。
その胸の柔らかさと、自分に回された腕の優しい感触に、ただただ身も心も委ねるばかり。
これは自分の知らない「綾波」であるというのに―やはり、男は情けない生き物だ。
目の前の据え膳から素通りできないでいる自分が、ここにいる。

「レイ」

その時、背後から呼びかける低い、そして暗い声。
シンジの父、ゲンドウである。
総司令の命は絶対である。レイはその呼びかけに応じて、あっさりとシンジの元から離れていく。
シンジは思わず顔を上げて、「3人目」を追い求める。
しかし、レイはゲンドウに導かれて、振り返ることなく姿を消した。

(私は死んでも代わりはいるから)

「違う、違うんだ。君は一人だけだ。代わりなど居るわけがないじゃないか……」
シンジは何かに抵抗するかのように、そんなことを呟いた。
自分が本当に求めていたものは何なのか。
それを見失いかねない自分が、あまりにも情けない、と―。

(終わり) おそまつさまでした。わびしくてすんまそん。

146:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/25 13:18:18
あ、しまった

>>145 6行目
親しくなって => 親しくなった

すんまそん。

147:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/25 22:37:39
シリアスも悪くない

148:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/25 23:07:35
いい匂い…
シリアスな匂いのするSSも悪くない…

149:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/26 02:41:03
GJ!イイヨイイヨー

150:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/26 04:47:13
黒レイの続きwktk

151:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/26 04:53:38
つづきwktk

ところでリナレイもののLASって単体でも需要あるかなあ
三姉妹スレに現在進行で投稿してるんだけど、需要あるならここでも別のを書いてみたい。

152:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/26 06:17:31
需要あるわけないだろ
LASはLASスレに投下しろ

153:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/26 07:47:59
>>151
無属性のスレは無かったかな。小説でサーチしてみ。

154:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/26 08:05:03
>>151
荒れるからやめてくれ

155:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/26 10:06:21
>>152
ああすまん、LRS風の何かの間違いだ。
>>153
thx


156:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/26 11:29:45 xRskhkWv
ほしゅあげ

157:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/26 21:18:01
毎度です。
--
なんだか、柔らかいものがまとわり付いている。
そうと気が付いて、レイは足下を見おろした。

「にゃあ」
「……」

猫である。それが足にすりすりしている。
自分のおでこをレイのすねにズンと押し当て、時に相手の気を引こうと甘噛みし、
身をくねらせて体をすり寄せ、最後には足の甲にポテンと体まるごと預けてしまう。
そして、見おろしているレイの顔をつぶらな瞳で覗き込み、みゃあと鳴く。
その微笑むように開く口元がなんとも愛らしい。

さしものレイにとっても可愛いらしく、思わずしゃがみ込んで頭を撫でようとした。
しかし、彼女はためらい、結局そうはしなかった。
「ごめんなさい。私はあなたを飼えないの」
と、彼女は冷たくあしらう他はない。

レイとて猫についての知識ぐらいちゃんとある。
なんだか絵的に似合いそうなのだが、実はレイほど猫と相性の合わない生き物はない。
相手は典型的な肉食動物なのだ。
エサとなる猫缶なるものの中身はグロテスクそのもので、
空けた瞬間こんなものを食わせるのかと思うほど、実にぞっとする代物である。

レイが飼えないと言ったのは、単にそういう問題だろうか。
あるいは、レイの肉嫌いについての根本的な理由が?
例えば、肉食獣に対する意識的な嫌悪感でも―。

「キャットフードを飼ってきて食べさせればいいよ。日持ちするし」
と、レイの代わりにしゃがみ込んで猫の頭を撫でる者が一人。


158:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/26 21:19:52
「碇君……」
そう、シンジであった。
レイの心中を知ってか知らずか、妙に的を得たアドバイスをしたものである。

「クラッカーみたいなものだから、綾波にだって扱えると思うよ」
「……いいえ、私達は」
「そうだね、そんな時間なんて無いよね」

その時、レイは何を思ったのか。
不意に、しゃがんで猫とじゃれているシンジの頭をなでなでした。

「あ、あの……綾波?」
「……」

思わずシンジは耳まで赤面し、猫を弄んでいたその手を止めた。
しかし、レイは僅かに寂しげな表情を浮かべている。

(そう、私はあなたと共には暮らせない―長く一緒には居られない)

(私と碇君、食べ物だけの問題じゃない。エヴァパイロットとして育った私では、碇君は幸せには―)

(そして、碇君の言うとおり時間がない―私の使命の日まで幾らも―)

やがて猫は去っていく。結局、エサも何もくれないシンジ達を見放して。
レイはじっとその姿を見送っていた。いまだシンジの頭に手を添えながら。

(そう―こうしていられるのは、今この時だけ。私もいずれは碇君から……)

(終わり) 毎度、おそまつさまです。


159:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/26 22:31:57
「あんたたち、いい加減そろそろ手を繋ぐ以上の事はしてるの?」

 ある日、惣流さんが私に向かって唐突に言った。

「どうして?」
「イライラすんのよ。あんたたちを見てると」

 私たちは別に惣流さんの心の平穏を目的に行動しているわけではない。そう思ったけれ
ど、口にはしなかった。無闇に波風を立てる必要はない。私も少しは大人になったのだ。
 それにしても、“手を繋ぐ以上の事”とは具体的にどんなことなのだろうか。

「それくらい自分で考えなさいよ! 言っとくけど、人目につかないところですんのよ!」

 彼女はそう言って少し頬を赤らめ、洞木さんのところに歩いていった。
 無責任にも程があると思う。

「綾波、帰ろうか……どうかしたの?」
「ううん、なんでもない」

 私は首を振り、笑顔を作って立ち上がった。

 帰り道、碇くんが何を話し掛けてきても私はうわの空だった。そして必死に考えていた。
 手を繋ぐ以上の事。人目につかないところで―。

 裏道に入り、人気が途絶えた。
 今だ、と私は思った。

160:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/26 22:33:01
「惣流さんに」
「アスカがどうかしたの?」
「手を繋ぐ以上の事はしたのかって、聞かれた」

 碇くんが驚いたように足を止めた。周囲を見回している。やはり人目を気にしているの
だろう。

「碇くんも、手を繋ぐ以上の事、したいと思うの?」
「そ、そりゃあ、僕も、お、男だし……。綾波はどうなの?」
「したい」

 私はそう言って繋いでいた手を解き、彼の腕を取った。私の右手と碇くんの左手を絡ま
せ、頬を肩に寄せてみた。さらに左手で碇くんの左手をつかみ、抱き寄せるようにしてみ
る。密着感が高まり、幸せな気持ちになった。
 腕を組む。手を繋ぐ以上の事―。
 自分の想像に間違いはないと、私は確信した。こんなにぴったりくっついている所は、
たぶん人に見られてはいけないのだろう。

 碇くんが天を仰いだ。彼も幸せな気持ちにひたっているに違いない。

end

161:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/26 23:18:20
これは良い

162:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/26 23:36:15
おもしろGJ

163:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/26 23:44:11
グッジョブでした。
ところでツンデレの元々の意味は人前ではツンツンしていてに二人きりの時だけデレデレしている状況のことらしいです。
シンジとレイが二人きりの時にしかデレデレしないのなら元々の意味のツンデレといえるでしょう。

164:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/27 11:00:07
>> 159-160

うまい、GJ!
そのスタイルの綾波さん、好きだわぁ。

165:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/27 15:21:47
>>163
いや違うよ。
本気でツンツン→内心デレだが素直になれなくてついツンツン→本気でデレデレ
っていう一連の変化のことを言ってたのが元々の意味

166:10
09/07/28 00:04:36

 帰り道。周りは全て夕焼けに染まりきって、元の色が分からないくらいになっている。

 チェロを担いでいると長く感じる上り坂の帰り道も、今日だけはやたらと短い。普通は、二
人の人間の間に沈黙が続けば、驚異的に長く感じるものなのだろうけど、綾波との沈黙にそん
な感じの気まずさは感じない。二人ともお喋りじゃないし、それが自然だからだろうか。

 それでも今日は、全く話さないという気にはなれない。なのに、声を出せないまま、綾波と
帰り道が分かれる場所まで、ゆっくり歩いて後五分くらいの場所にある公園の側まで来てしま
っていた。それからようやく、少しだけ勇気を出して僕の方から口を開いた。

「あの司書の人は、知り合いなの?」

 綾波は、こちらの方に少しだけ顔を向け、またすぐに戻してから答えた。


167:10
09/07/28 00:06:13

「マリさん…………とても、変わった人」
「うん、そうだね」

 あ、やっぱり綾波もそう感じてるんだ。

「司書の人に顔を覚えてもらってるんだから……綾波は、相当あの図書館に行ってるの?」
「あの図書館にはよく行くけど、声をかけられたのは一回目」
「……本当に、変わった人だな……」

 一体何で綾波に話しかけたんだろう……あんな感じの人だからどうせ『本の選び方が格好良
かった』とか『読んでる姿が様になってた』とか多少分かるような、やっぱりよく分からない
ような理由で話しかけたりするんだろう、きっと。

168:10
09/07/28 00:08:15
「でも、そんなに本を読めるなんて凄いね。僕なんか、文庫本一冊で結構疲れるのに」
「そう……」

綾波は少しだけ考えるように黙った後、聞いてきた。

「凄い事、なの?」
「うん、多分」
「そう……でも」

 綾波はこちらの方を向いて、そのまま太陽よりも濃い色の眼を僕から逸らさずに、言った。


「私は、碇くんの方が凄いと思う」




169:10
09/07/28 00:09:53
「……へ?」
「私がどうして、あの図書館に行くようになったか、知ってる?」

 まったくどうしてか分からないけど、綾波が、まるで両手を広げたままくるくると回って、
歌いながら微笑んで、僕の事をからかっているような口調で言っているように聞こえた。
 勿論、綾波はそんな事はせずに、鞄を持ったまま、静かに歩きながら言ったんだけど。

「私も、人を暖かくする何かを持ちたい。そう思ったの」

 そうしたら、今度もくるくると回ってないし、歌ってもいないけど、それでもこれだけは間
違いなくしっかりと微笑んで、彼女は言った。

「碇くんに負けないくらい」


170:10
09/07/28 00:11:34
 周りの音が一切消えて、目に映る情報は彼女だけに絞られた。今、自動車がクラクションを
鳴らしながら真っ正面から突っ込んできても絶対避けようともないと言うくらい、綾波以外の
存在が僕の周りから消え失せた。

「それで……図書館に? 綾波は……作家さんにでもなるの?」
「それはまだ分からないけど、そうなるかも知れない」

 数秒の沈黙の後、綾波は

「私は本が好きだから」

とだけ付け加えて、また前を見てすたすたと歩き始めた。

171:10
09/07/28 00:13:17
 後から思えばの話ではあるけど、その時の僕は当然冷静ではなかった。綾波が言った事が本
当に嬉しかった事もあるし、そもそも図書館からずっと興奮気味だった。多分、ずっと心拍数
が百を超えてたせいもあったんだ。あの何を置いても見たいはずの笑顔を見られたのに、普段
なら手を離して喜ぶ様な事を行ってくれていたのに。

 端的に言うと、今まで溜まっていたチェロに対するモヤモヤしたものと、綾波の予想外にポ
ジティブな行動に対する若干の嫉妬がトリガーになり、酷い自己嫌悪が始まって、あろう事か
その矛先が彼女に向いた。

「本当に凄いんだね……綾波は」

 自分でもびっくりするくらいの低い声が出る。いつのまにか、僕の足は止まっていた。綾波は、

二三歩進んで止まり、こちらの方をしっかりと向いた。


172:10
09/07/28 00:15:28
「僕なんかの演奏で、そんな風に思えるなんて」
「どうして?」

 綾波は、間髪入れずに聞き返してくる。若干強い調子で、まるで怒ったように。

「どうして、そんな事言うの?」
「…………いや……」

 綾波は僕から目を逸らさない。僕は、どうして良いか分からず、どうしようもなく視線を落と
した。

「……どうして?」

 あ、しまった。彼女の事をよく知ってる訳じゃないけど、これは多分、きっちりと理由を言わ
ないと引き下がらない気がする。

173:10
09/07/28 00:17:39
「長くなるよ?」

 この時の僕はやっぱりどうかしていた。だって、こんな誰にも言った事のない様な事を、綾
波に言おうとしてるんだから。

「構わないわ」

 綾波はそう言うと、視線を公園に移した。

 公園のベンチで、二人で並んで座る。冗談みたいに良い事がぽんぽん起こっているのに、空
気は重いし、僕の気分は沈みきっていた。

「ちょっと前に、僕の一つ上の人の演奏を聴いたんだ。その人は、色んな賞とか取ってて、プ
 ロを目指してるらしいんだけど……もう段違いに上手だったんだ」

ぽつりぽつりと、溜まっていたモノを吐き出していく。


174:10
09/07/28 00:19:22
「元々プロになる気なんて、そこまで無かった筈なんだけどね。僕だってそれなりに一生懸命
 やってるつもりだったんだけど……あ、一つ違いなのに、ここまで差があるんだって思った
 ら、何だか凄くショックで……」

 綾波は何も言わない。ただじっと、こちらを見ている。じっと、何かを考えているのかも知
れない。

「よく考えたら、当然の事なんだよね。毎日、放課後は誰か先生の所に行ってレッスンする訳
 でもないし、うちの学校が名門な訳もないし……清々しいくらいの放任主義だからさ、あの
 先生…………」

 一旦喉からせり上がってきた物は、自分の意志ではどうにも止まらなかった。

「わざわざチェロを買って貰うくらい好きなはずなのに、本気でプロになりたい人たちに比べ
 て、僕はどこまで一生懸命だったんだろうって考えたら……何でこんなに続けてるんだろう
 って考えたら、なんか……すっきりしなかったんだ。ここのところずっと」

175:10
09/07/28 00:21:18
 綾波は何も言わない。こちらの顔をのぞき込むような事も無ければ、立ち上がる事もない。

「僕の音なんて、さして一生懸命でもない奴が、ダラダラ続けてるだけの音なんじゃないか、
 って思ったら……なんか、白けちゃって……全然、価値なんか無い気がして……」

 その後、長い沈黙の後、やっと綾波が一言

「そう」

とだけ言った。

 再び長めの沈黙が訪れる。僕の方は、一人で言いたい事を言い切って、何だか疲れて何も言
えなかった。綾波の方も黙ったままだ。――当然だろ。いきなりこんな事を言われて。

 お前は馬鹿か? 碇シンジ。

176:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/28 00:39:52
支援しちゃうぞ

177:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/28 04:26:01
おー!
続き待ってまっせ!

178:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/28 09:47:42 r3krama5
ぐどじょ

179:10
09/07/28 10:14:37
 急激な自己嫌悪が、今頃始まる。今まで溜まっていた愚痴を、あろう事かチェロを褒めてく
れた彼女に対して思いっきりぶつけてしまった。何やってんだよ。お前。何で嫉妬するんだよ。
何でそれを彼女にぶつけちゃうんだよ。このシチュエーションの価値分かってる? 帰り道に
綾波と二人っきりで、公園のベンチに座って話すってお前が夢にも思ってなかったシチュエー
ションそのものだろ? なのに何でもっと笑顔になれる話をしないんだ。実際に綾波はそうい
う事を言ってくれてたじゃないか!

 そんな事を延々と頭の中でループさせてたら、隣で、何か静かな音がするのが聞こえた。綾
波が立ち上がって、じっと、前を見ている。

 また、その表情に見とれてしまった。そんな事してないで、早く謝らなければいけないのに、
何もできずに、何もする気になれずに、そのまま立ち去る彼女をずっと見ていた。


180:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/28 10:19:03
連投規制に引っかかったんだゴメンネ。
うん、「 こ こ ま で で 前 半 」なんだゴメンネ。
当初の予定の八倍に膨らんじゃったんだゴメンネ。
次の投下予定は未定なんだゴメンネ。
文章のここおかしいんじゃない? とかいう指摘あったら教えて下さい。


181:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/28 10:20:34
長くて読めない

182:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/28 10:30:50
>>180
GJGJGJ
完結させてくれなきゃヤダヤダヤダ

1レスの行数をもっと増やせばいいんじゃない?30行ぐらいに。

183:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/28 15:42:36
1レス31行が限度
連投は10までだったかな。
それを目安に話数を区切るしかないよ。

1行の文字数は書き手さんのデザイン趣味趣向があるからね。


184:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/28 17:55:15
>>180
構わん全力で続けろ

185:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/28 19:11:36
でも30行×10レスってかなりの短編だよ。1レスにある程度詰め込まないと
それなりの量の作品はうpできないよ。

186:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/28 22:30:33
>>185
一区切りをつける量にはならないかな。
で、続きは時間をおくか、また明日。
書き手さん次第だけどね。

1レスに詰め込む量もお好みだし。
詰め詰めにしちゃうと読みづらい。書いてる自分が。

187:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/28 23:49:00 BE:749808544-2BP(2244)
のんびり続けてくれれば構わないと思う

188:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/28 23:59:58
>>141

3.

レイは頬杖をついて、つまらなそうに外を見ていた。実際つまらないことこの上ない。
普段は学校になど気が向いた時―つまりクラスメイトをいびりたくなった時にしか来ないのだが、碇シンジの転入以来、毎日登校するようにしている。シンジを探るためだ。
包帯姿になってからのほうが登校する頻度が上がるというのもおかしな話だが、誰も気にする様子もない。
いや、本当は気になるのだが、気にしないフリをしていると言ったほうが正確だろう。
レイに余計な関わり合いを持とうとすると痛い目に遭うのが、今までの経験上、分かっているからだ。
……それにしても、シンジほど監視のしがいのない人物も珍しい。それがレイの退屈の原因だった。
誰と話すわけでもなく、休み時間になるとイヤホンをつけて音楽を聴いているだけ。
たまに視線を向けてはくるものの、レイにすら話しかけてこない。
少し当てが外れた感があった。どうやら想像以上に内に篭る性格らしい。やっかいなことになりそうだった。
……突然、教室がどっと沸いた。騒ぎの中心に視線を向けると、シンジの回りに人だかりが出来ていた。
会話を聞いてみると、シンジがエヴァのパイロットだと分かっての騒ぎのようだった。
―馬鹿?
レイは心持ち眉をひそめてシンジを見る。今、パイロットであることを明かして何の得があるのだろう?
どうやら後先を考えて行動するタイプではないようだった。もっとも後先を考えて行動するならここにはいないだろう。とっくの昔に逃げ出してるか、最初から来ていない。
「ちょっと!? みんな、最後くらいちゃんと……」
―こっちも馬鹿ね。
顔を真っ赤にして怒る洞木ヒカリを、レイは鼻で笑った。

189:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/29 00:02:26

長めのチャイムが昼休みを告げた。
「転校生。お前にちょっと話がある。顔貸せや」
関西弁を喋るジャージの男と、メガネをかけた小柄な男が(レイは同級生の名前など覚えない)、シンジを連れて教室の外に出て行く。
レイはひっそりと席を立つと、距離をおいて二人の後を尾けていった。
普段から妖しい雰囲気を醸し出しているレイが意識して気配を消すと、まるで本当の幽鬼のようだ。通りすがりの生徒がぎょっとした顔をする。
校舎の裏に来た二人とシンジを、見つからないように物陰から観察する。
と―トウジがなにやらシンジに声をかけた後、いきなりシンジを殴りつけたではないか。
メガネが倒れたシンジに何やら声をかけている。
レイは舌打ちすると駆け寄って、シンジとトウジの間に立ちふさがった。
「ちょっと待って」
トウジは驚いた顔を見せる。どう考えてもレイはこの騒ぎを止めそうにない人物だったからだ。むしろ殺人事件の最中でも無視して歩いていくタイプである。
「何やねん、綾波。お前には関係のないこっちゃ」
「何でこういうことするの」
「お前には……まぁええわ。お前もさっき知ったやろ? こいつがあのロボットのパイロットや言うやないか。
この間の戦いでワシの妹が大怪我をした。もっと慎重に戦っていれば妹は怪我をせずに済んだんや。だから、ワシはこいつを殴らなあかん」
それ見たことか、とレイは胸の中で毒づいた。調子に乗って余計なことを言うからこうなる。
「関係、あるわ。私もパイロットだもの」
仕方ない。気乗りはしないがバラすことにする。

190:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/29 00:04:32
「何やて!」
トウジは驚きのあまり呼吸が止まりそうになった。ケンスケも口をあんぐり開けてレイを見ている。
「な、何や、お前みたいな女まで乗ってるんか!」
「そうよ」
トウジは、女までパイロットとはどんだけ人材難やねん、と言いかけたが、レイとシンジを交互に見ると、納得したように頷いた。
シンジがパイロットというのは信じがたいが、レイは容易に信じられる。
レイのように冷静沈着かつ冷血な人間ならパイロットにもなろうというものだ。
「ということは、妹に怪我させたんはお前かも知れん、ちゅうことやな」
「そうかもね。私も殴る?」
レイは思わず笑いそうになった。「お前かも知れん」どころか、怪我をさせたのはまず間違いなく当のレイなのだ。
「……」
トウジは険しい表情を崩さずに、レイの痛々しい包帯姿を―これは嘘なのだが、トウジには知る由もない―見る。
「……止めとくわ。ワイは女は殴らんよってな」
ふん、と鼻息をもらすと踵を返して歩き出す。
ケンスケがちらちらと後ろを振り返りながらトウジの後を追った。
「今度はちゃんとまわりをよう見て戦えや!」
トウジの罵声は校舎の壁に跳ね返って、雲一つない青空に吸い込まれていった。

191:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/29 00:13:10

シンジは殴られた場所に手をあてて立ち上がり、制服についた砂をはらった。痛みはあまり感じなかった。それよりも、やる瀬無さで心が痛かった。
―何で殴られなきゃならないんだろう。自分が望んだことじゃないのに。
このまま消え入りたいくらいだったが、その前に言うべきことがあった。
「綾波」
「何?」
「……助けてくれてありがとう」
シンジはうつむきながら礼を言った。さすがに女の子に助けられるのは恥ずかしく、顔が赤く染まっている。
「いいの。私の責任でもあるから」
本当は責任などまったく感じていないが、これはシンジを懐柔するための「飴」だとも言えない。結果としてはプラスに転びそうな騒動だった。少なくとも教室でじっと座っていられるよりはいい。
「でも、嘘をついてまで……」
「え……?」
レイは一瞬、混乱した。
そうだ。シンジには、意識を失っている間に初号機が暴走して使徒を倒したいう説明がなされているはずだった。
いざとなれば初号機が暴走して倒してくれるかも知れないという希望があれば、エヴァに乗って戦う恐怖も少しは和らぐのではという理由からだ。
用意周到なレイは初号機暴走のニセの動画まで作らせたが、シンジが説明の真偽を問うことはなく、無駄な努力に―もっとも努力したのはネルフの職員だが―終わった。
もしシンジが嘘を暴いたとしても、それはそれで問題はなかった。
シンジの性格を考えると、嘘をつかれたことに対する怒りや不審よりも、大怪我で瀕死の状態だったレイをエヴァに乗せてしまったという自責の念のほうを感じるはずだ。
感じないようだったら、シンジに余計な負担をかけないために偽動画を作ったとでも言えばいい。どちらに転んでもレイに損はない話だった。
それにしても―と、自分で仕組んだことではあるが、レイは呆れてしまう。こんな都合のいい説明で素直に納得するとは、とんだお人よしというべきか。もっともお人よしでもなければエヴァには乗らないだろうが。
―いえ。お人よしというより、他人が決めたレールから外れるのが怖いのね。
この性格だと長生きはできないだろう。使徒と戦ううちに、いずれ死ぬ。
―それまでせいぜい利用させてもらうわ―。
レイは、ちらりと薄い笑みを浮かべる。

192:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/29 00:16:27
「必要な嘘だから」
シンジは何か言いたそうにもごもごと口を動かしたが、レイの笑みを何と誤解したのか、結局言わないことに決めたらしい。
レイはそんなシンジを冷酷な目で見つめている。シンジの取るそういった反応の一つ一つが、レイにとっては分析の対象になるのだった。
「失礼します」
二人が振り返ると、黒服を着た大柄の男が立っていた。
男からは、冷静に暴力を振るえる―それも躊躇無く―雰囲気が、冷凍庫から取り出したばかりの氷のようにひんやりと漂っている。
シンジは我知らず顔をしかめた。好きなタイプとは到底言えなかった。いや、好きどころか半径100m以内でも近寄りたくないタイプだ。
「綾波様。緊急招集がかかりました。お急ぎを」
シンジは耳を疑った。綾波様……? どこかのお嬢さんか何かなのだろうか? 自分にはこんな恭しい態度はとらないのに……。
レイは男を見ずに、さっさと歩き出した。
「私たちは歩いていくから。あなたは戻っていいわ」
「し、しかし……。緊急時のマニュアルでは……」
黒服の男はハンカチを取り出して、額にふきだしてくる汗を拭う。
「二度言わせるの?」
レイは振り返らず、前を見たままゆっくりと言った。
「い、いや、そ、それは」
黒服は絶句した。
「じゃ、いいわね」
レイは黒服を後に残して歩き出す。
シンジは驚きのあまり、そこに突っ立ったままだった。
中学生の女の子が、大の大人にまるで部下のように―いや、部下というより家来という言葉のほうが相応しい―接しているのだから驚くのも無理はなかった。
シンジのレイに対する印象は「謎めいた美少女」というものだったが、謎めいたどころでない。謎だらけだ。

193:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/29 00:20:59
「何してるの? 置いていくわよ」
レイは振り向いて、立ち止まったままのシンジに声をかける。
「あ、ごめん」
シンジは反射的に謝り、レイに追いつくために駆け出した。
二人はしばらく無言で歩いていた。その沈黙の重さに耐えかねたようにシンジが口を開く。
「ひとつ、聞いていい?」
「何?」
「綾波は何でそんな大怪我したのかな……って。ミサトさんに聞いても教えてくれなかったんだ」
「え?」
レイは虚を衝かれた。迂闊にも全く考えていなかったのだ。ミサトに答えられるわけがなかった。
レイの沈黙を、シンジは誤解したようだった。
「あ、ごめん……。嫌なこと聞いちゃって。そんなこと、思い出したくないよね。今のは無視して」
シンジは申し訳無さそうに言う。
「でも、何でそんな酷い怪我してまでエヴァに乗るのか、知りたかったから……」
「……起動実験の最中に、零号機が暴走したの」と、レイは言った。こんな程度でいいだろう。あとでミサトやリツコに言っておかねば。
それから、レイはふと思いついたことを口にした。「そのとき、司令が助けてくれた」
司令のくだりはシンジの父親への複雑な感情を刺激するために思いつきで付け加えたものだった。
案の定、シンジは微妙な表情を浮かべる。
「父さんが……?」
レイは心の中でほくそえむ。こうやって父親のことをちくちく刺激してやれば、操りやすくなるだろう。
一番扱いにくいのは、感情に揺れのない人間だ。シンジにそうなってもらっては困るのである。

194:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/29 00:29:22
 □

レイは内蔵のモニターでシンジと初号機を見ていた。零号機に乗り込んで、待機中である。
今度は最初から出撃したかったが、大怪我をしたという設定でシンジを騙したのが仇となった。
さすがにこんなに短時間で戦闘ができるまで回復した、というのは嘘が過ぎる。
いや、いざとなれば出るのは仕方ないとしても、本当にどうしようもない状況まで待たねばならない。
前回と同じくシンジがピンチになったら出撃するという条件を、ミサトは意外とあっさり呑んだ。
ロクにエヴァを動かせなかったサキエル戦とは違う。それなりに訓練を積んだシンジが一人でどう戦うか、様子を見てもいいというのがミサトの判断だった。
だったのだが……。
「やっぱりダメか」と、レイはパニックに陥っているシンジを見て呟く。
それにしても頼りない男だ。もっとも使徒など自分ひとりで撃退できるから、頼りにするわけではないのだが。
司令は何でこんなのを呼び出したのだろう? レイは不審に思う。息子というのが理由? だとしたらとてもではないが司令に相応しい器ではない。首をすげ替えることも頭に置いておく。
後任は冬月でいいだろう。自分の言うことを聞く人間ならだれでもいいのだが、未知の人物だと改めてその身辺を調査しなければならないのが面倒だった。
……画面には一般市民の姿が映し出されている。見覚えのある顔だった。
あれは―さきほどの二人組だ。シンジを殴ったジャージと子分のメガネ。
こんなところで何をしているのだろうか。逃げ遅れたのか、シェルターから出てきたのか。
シンジは二人を庇って戦おうとしない。
―私だったら踏み潰しているところだわ。
レイはだんだんと苛立ってくる。初号機の活動限界まであと3分。
二人組はミサトの判断により、初号機のエントリープラグに収納された。
「シンジ君? 命令を聞きなさい。退却よ」
当然尻尾を巻いて退却するものとレイは思った。その後は自分の出番だ。再び虐殺の快楽を味わえると思うと、身体が震えてくる。
しかし―シンジは反対の行動を取った。
プログレッシブナイフを手に取ると、凄まじい絶叫を放ちつつ使徒に向かって突進したのだ。

195:名無しが氏んでも代わりはいるもの
09/07/29 00:33:15
その瞬間―
レイは背骨に電流を流されたようにぴくんと背中を反らせて、かすかに「あ」と声を漏らした。
シンジの叫びと呼応するようにレイは「あ、あ、あ、あ」と立て続けに小さな叫び声を上げた。
眩暈がした。
うなじの産毛がチリチリと焦げ付いたように逆立っていた。
ミサトが自分に何か言ってるようだが、聞き取れない。そもそもミサトの言うことなどどうでもよかった。
今、この瞬間、レイの世界はシンジの絶叫で埋め尽くされていた。
そう―。
魂から無理矢理搾り出されるようなシンジの絶叫を聞いて、レイは―碇シンジを自分の手で壊したくなったのだった。
なんて素敵な悲鳴なのだろうとレイは思った。まるで天上の音楽のように心地良かった。
シンジの叫びに共鳴するように、レイの身体が震えていた。
喉がからからに渇いているときに、甘美な果物にかぶりついたようだ。シンジの叫びが身体のすみずみまで行き渡り、全身の細胞を活性化させていく感覚にとらわれる。
恍惚の表情を浮かべながら、レイは強く想う。
―碇君の叫びを、ずっと聞いていたい。
その欲求の強さは、ほとんど吐き気を催すほどだった。
ずっと。
いつまでも。
そう、いつまでも、いつまでも―。
操縦桿をきつく握り締めて、レイは誓った。
またこの絶叫を上げさせてあげる、と。
私だけのために―。

いずれ思いもよらぬ人物から今のシンジの絶叫と同種の叫びを聞くことになるのだが、今のレイにはむろん、知る由もなかった。

(続く)


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