08/06/04 04:30:33
>>189続き
シンジの目に映ったのは一人の少女。ケーキとおぼしい物体を乗せたフォークをシンジの口元に差し出したまま、微動だにしようとしない。
呼吸に合わせて時折揺れる蒼い髪と、シンジが目を開けた瞬間にサッと逸れた視線だけが彼女が幻でない事を表していた。
頭に思い描いていた夢物語と、目の前に広がる現実が全く噛み合わず、つい素っ頓狂な声が洩れてしまう。
「……リ、リツコさん」
「ああ、今日が貴方の誕生日だって話を何気なくレイに話したら、この子にしては珍しく興味を示したのよ」
自分に向けられた不安そうな視線を苦笑いで誤魔化しながら、リツコは言葉を続ける。
「どんな小さな想いでも大事にしてあげたいと思うのが人情というものでしょう? それもレイみたいに自発的に何かを思う事の少ない子なら尚更で、少し協力してあげたわけなの」
「……ということは、ミサトさんが残業ってのも嘘ですか」
「それは本当よ。仕事そっちのけでこの作戦を立てたんだから、今は数日分の雑務処理に追われてるんじゃないかしらね」
リツコは書類の山に埋もれて泣き言を洩らしているであろう友人を思って小さく笑った。
何だか嬉しいような悲しいような複雑な気分になりながら、シンジは溜め息を吐く。が、吸い込もうとした空気の代わりに口に入り込もうとする甘い何か。
「……うっ」
自分だけ話の輪に入れなかった事が不満だったのか、目の前のシンジが全く自分を気にかける様子のない事が気に障ったのか。
相変わらず無表情な彼女の様子からは何も読み取れなかったが、気が付けばケーキを口に押し付けるようにしてシンジを見詰めるレイがいた。
「そうそう。そのケーキ、レイが作ったのよ。マヤに習ったんだけど、たった一夜の付け焼き刃じゃ形まで上手くいかなくてね。見られなければ大丈夫とは言ったんだけど、シンジ君が目を開けるから……ねぇ、レイ?」