08/09/24 00:06:59
13’.
学校まであとニ、三分というところだった。今日はテストの日で、私たちの話題もそのことについてだった。
いったん会話が途切れたあと、シンジが遠慮がちに、「その、前からちょっと気になってたんだけどさ」と切り出した。
「ん。なによ」
「え、と……。アスカって、左目をつむる癖、あるよね」
「はぁ? そんなクセなんて、ないわよ」
いったい何を言い出すのかと、シンジを睨みつける。
「いや、あるよ。自分では気付いてないだけさ」
シンジは頑固に主張した。こいつは、たまに何かを思い出したように頑固になるのよね。
私はぱちぱちと瞬きした。
「そんなこと言われたの、はじめてなんだけど」
「そう? おかしいなぁ。結構目立つクセなんだけど」
私は反論しようとして口を開きかけた。
そのとき、ふいに―。
左目の視界がぼやけた。まるで目薬を差したときのように、世界が曖昧になった。
私は左目を押さえて立ち止まった。あえて言えば少し熱をもっているような感じだったけど、痛みはない。
「ど、どうしたの、アスカ?」
シンジが動揺して私の顔を覗き込んだ。
「……どうもしないわよ」
私は目を押さえていた手をすぐに離し、その手でシンジのお腹にパンチを打つフリをした。
実際、左目の視界はすぐに回復したのだ。本当にぼやけたのかどうか怪しく思えてきたほど一瞬の出来事だった。
「やめてよ、心配したじゃないか」
シンジがほっとした顔で言った。
「あんたがヘンなこと言うからでしょ!」
シンジはヘンなことじゃ……と途中まで言って口を濁した。後悔している様子だった。
「昔怪我したとかじゃないよね……?」
「ないわよ。何でそんなに気にするのよ」
「いや、何となく……」
シンジは口ごもっている。私は肩をすくめた。ヘンなやつ、と私は思った。
765:名無しが氏んでも代わりはいるもの
08/09/24 00:08:48
シンジにはどうもしないと言ったけど、私の心には不安が渦巻いていた。漠然とした不安。
左目をつむるクセがある? ママにもパパにも言われたことがない。しかし、シンジはやけに確信があるような口調だった。
一瞬だけど、視界がぼやけた。あれは何だったんだろう? 私の目は実は悪いのだろうか?
私は思い切って、ヒカリに訊いてみることにした。
「ね、ヒカリ。ヘンなこと訊くようだけど、私って左目をつむるクセとかある?」
「え―!?」
ヒカリの驚く様子に、逆にこっちが驚いた。
「何でそんなこと訊くの?」
「いや、シンジに言われたから」
「碇君に―」
ヒカリは呟くと、うつむいた。
「ヒカリ―?」
「そんなクセ、ないよ。碇君の、見間違いじゃないかな」
ヒカリは顔を上げると、笑顔でそう言った。その笑顔が、なぜ強張って見えるのだろう?
「そう? ならいいんだけど」
私はほっとしたけど、どこかに不安な気持ちもあった。
その不安は、昼休みに的中した。
766:名無しが氏んでも代わりはいるもの
08/09/24 00:10:13
お弁当を食べ終わるとヒカリはすぐに教科書を広げはじめた。まったく、真面目なコね。
私は試験勉強なんか今さらする気になれない。
とはいえヒカリの邪魔をするわけにもいかず、この雰囲気に耐えらなくなった私は、外に出てぶらぶらすることにした。
「どこ行くの、アスカ?」
「んー、ちょっとお手洗い」
ヒカリは何か言いたそうな顔で私を見たけど、結局何も言わなかった。
廊下にはほとんど誰もいなかった。きっとみんな教科書でも見ているのだろう。
凡人はタイヘンよね、と呟こうとした、そのときだった。
目の前の景色が、まるで映画の特殊効果のように、激しく歪みはじめた。
「なっ、なによこれ……」
私はよろめきながらトイレに駆け込んだ。幸い、誰もいない。洗面台に手をついて激しく呻く。
左目に痛みが走っている。激痛だった。
呻きながら鏡を見ると、私が物凄い表情で私を睨んでいた。
「畜生」と、私は言った。
「あいつら……」
"あいつら"が誰とも分からずに口をついて出た。
「殺してやる」
「殺してやる」
「殺してやる」
「ちくしょう」
「ちくしょう」
「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!」
767:名無しが氏んでも代わりはいるもの
08/09/24 00:11:15
髪の毛の先端から足のつま先まで、混じりけの無い、ある純粋な感情に私は満たされた。
純粋な感情―吐き気を催すような憎しみに。私はいわば憎悪の結晶と化したのだった。
私はちくしょうと叫んで、鏡を思い切り殴りつけた。鈍い音を立てて鏡が割れた。鏡の破片の中には、目を押さえて
鬼のような形相をした私が私を睨みつけていた。
右手から血が流れ出し、鋭い痛みが走る。いや、痛いなんてもんじゃない。痛さを通り越して、炎にあぶられているように熱い。
私はよろめきながらトイレを出た。
廊下に出ると、私の姿を見た生徒の口から驚きの声が上がる。
「ちょっとあなた、手、怪我してるわよ!?」
「黙れ」
私はその生徒を突き飛ばし、廊下をふらふらと歩いていく。
目が痛い。とてつもない痛みだった。
手が熱い。信じられない熱さだった。
この痛みを、熱さを、どうにかしなければ。
そのとき、私は気がついた。痛いとか熱いとかじゃない。これは、憎悪。左目と右手に憎悪が固まって、それを痛いとか熱いとか感じてる。
いや、どっちでもいい。そんなことは。
どうにかしなければ。
どうにかしなければ、私は。
誰か。
誰か―。
「あ……?」
誰かがいる。馴染みのある姿。あれは、
「シンジ……」
私は廊下の向こうにシンジを認め、思い切り叫んだ。
「シンジ!」
768:名無しが氏んでも代わりはいるもの
08/09/24 00:12:03
「あ……アスカ!?」
シンジは一瞬立ちすくみ、それからこちらに駆け寄ってきた。
「ちょっと、いったいどうしたの? 手から血が……」
驚き、慌てているシンジに向かって私は両手を伸ばし―
その細い喉を掴んで思い切り締め上げた。
「ア……アス……なに……」
シンジは驚愕の表情を浮かべて私の手首を掴んだ。
「目が、痛いの」と、私は言った。
「手が、痛いの」と、私は言った。
「この痛みは、誰のせいなの?」と、私は呟いた。
「あんたのせいよ」と、私は呟いた。
「肝心なときにあんたがいなかったせいよ」私は、言葉を吐き出した。
「シンジ。あんたがいなくなれば、この痛みもなくなるのよ!」私は、内臓を吐き出すように、言葉を吐き出した。
シンジの目が大きく見開かれた。それからふっと力を抜いて、何か私に言った。
何と言ったのか、私の耳には届かなかった。
何でもいい、そんなことは。
早く、シンジを―。
誰かが、悲鳴を上げている。甲高い、女の声。
誰よ? うるさいわね。
今、手が離せないんだから。
もうちょっと力を込めれば―。
だけど、女の悲鳴が邪魔になって、集中できない。
769:名無しが氏んでも代わりはいるもの
08/09/24 00:13:02
うるさい。
まるで耳元で聞かされているみたい。
うるさい、うるさい、うるさい!
何でそんな声を上げるのよ!? 力が入らないじゃない!
うるさいと怒鳴ろうとしたけど、何故か声が出ない。
もうちょっとなんだから。
あと少しで―。
―あと少しで、何?
そのとき、私は気がついた。
悲鳴を上げているのは、私だった。
何をしているの、私は!?
慌てて手を離そうとしたけれど、貼りついたように動かない。
「何で、何でよ!」
何で離れないのよ!
私は悲鳴を上げた。絶叫した。
誰か―。
誰か、私を止めて!
私の手首を掴んでいたシンジの手が、支えを失ったようにだらりと垂れ下がった。
私は、もう一度、悲鳴を上げようとした。
と、突然、バチッという音と同時に全身に衝撃が走った。
身体から力が抜け、目の前が暗闇に包まれた。
私には聞こえなかったはずのシンジの言葉が、意識が無くなる直前の私の脳裏をかすめて、消えていった。
770:名無しが氏んでも代わりはいるもの
08/09/24 00:17:09
「これも計画のうちですか、副司令? それとも所長といったほうがいいのかしら」
「むろん計画外だ。修正がきくかどうか、頭の痛いところだよ。それから、ここでは校長で頼む」
「誰に聞かれても支障はないでしょうに」
「私にあるのだよ。あそこを思い出していかん」
「たまには思い出さないと、忘れてしまいますわよ。思い出は、人間が人間らしくあるための砦。最後のそれかどうかは知りませんけど。
―それにしてもシンジ君がああいうことを言ってしまうとは、ね。何とかなりませんでしたの?」
「彼以外は当然禁則事項にしていたのだがね。当の碇シンジでは手が出せんよ」
「ある意味、神様ですものね。ここではあなたが神様なのに」
意地の悪そうな笑い声が響いた。
シンジ? シンジの名前を聞いた途端、私の身体を恐怖が走り抜けた。これまで経験したことのないような種類の恐怖だった。
「笑いごとではないよ。君たちには喜劇であっても、我々にとっては未来がかかっているのだ」
私は必死に声を出そうとした。しかし、喉だけでなく、身体のどの部分も動かせそうにない。
頭もぼーっとしてうまく働かなかった。いったい何の話をしているの? それに、私は、何を―。
「で、どうなさいますの? もう―」
「まだ取り返しはつく。記憶を消すしかあるまい」
「科学とは便利なものですね。どこかのSF作家の台詞ではありませんが、ここまで発達すると魔法と見分けがつきませんわ」
「それでも、世界は救えんのだ。驚くことにね」
男の声に、苦いものが混じった。
771:名無しが氏んでも代わりはいるもの
08/09/24 00:18:22
「あら、そうでしたわね。皮肉のつもりはなかったんですが」
「ああ、分かっているよ」
私はどうにか目を開けて声のする方を見た。視界はぼやけていたけど、二人の男女が私を見つめているのは分かった。
「あら。目を覚ましましたわね。これも本来なら有り得ないことでは?」
「そうでもない。彼女もコントロールがきかない存在なのでね」
女のほうは何も答えず、私の枕元に歩み寄ると、まるで熱を測るように私の額に手を置いた。
「次に目を開けたときには、嫌な気分は消えているから安心しなさい」
手が下にずれて、私の目を塞いだ。
「眠るのは得意でしょう? 今までやってきたことですものね」
私は叫ぼうとした。
しかし、必死の努力もむなしく、私の意識は再び暗黒へと舞い戻っていった。
「おやすみなさい、アスカ」
これほど感情のこもっていない"おやすみなさい"を、私は聞いたことがない。
772:名無しが氏んでも代わりはいるもの
08/09/24 00:20:19
知らない場所だった。殺風景で白い部屋。カーテン。私はベッドに横になっている。
眠っていた? いや、そんなことはない。そもそも眠りに落ちた記憶がない。
「あ……」
私は呻いて、上半身を起こした。
「あら、お目覚め? 今起こそうと思ってたところなのよ」
にこやかに話しかけてきたのは、確か伊吹なんとかという保健室の先生だった。
「え、と……。私……?」
「どう? 眠気はとれた?」
先生は椅子から立ち上がると、私が寝ているベッドのところにやってきた。
「はい?」
私は目をぱちぱちとしばたたかせた。
「どうしても寝たいっていうから寝かしてあげたけど、今回だけですからね?」
伊吹先生は、いたずらした子供を軽く叱るような顔つきをした。
私……そんなこと言ったっけ? 全然記憶にない。
いや、違う……確かお昼休みになったら急に眠たくなって……。
そう、そうだ。それで先生に頼み込んで横になったんだった。思い出した。何でこんなことを忘れてしまうのだろう。
「あ、惣流さん。昼休みはあと10分しかないわよ! そろそろ教室に帰らないと」
時計を見て先生が言った。はーいと私は答えて保健室を出た。
773:名無しが氏んでも代わりはいるもの
08/09/24 00:20:47
まだ少し頭がぼやけている感じがする。
「あら、惣流さん。こんなところで油を売っている暇があるのかしら?」
保健室を出てすぐに、赤木先生とすれ違った。少しあきれた様な感じで言われてしまう。
「油なんか売ってません!」
私はそう言うと、教室向かって早足で歩き出した。ぺろりと舌を出す。
しょうがないじゃない、あんなに眠かったらどうしようもないっての。
ふと、右手を顔の前まで持ち上げて、まじまじと見つめた。いつもと同じ、傷一つない、キレイな手だった。
なぜ急に手を見たくなったのかは分からない。
教室に入る前に、私は後ろを振り返った。赤木先生が顔をそむけ、保健室に入っていくのが目に入る。
私が振り返るまで先生は私を見ていた。その目つきが私には気に入らなかった。
それはまるで―。
私は奇妙な考えを振り払うようにかぶりを振った。しかし、しつこい汚れのように頭に染み付いて離れない。
そう、それはまるで私を観察していたような目つきだった。
774:名無しが氏んでも代わりはいるもの
08/09/24 18:45:15
おー!
すげえ転校生!!
期待期待!!
775:名無しが氏んでも代わりはいるもの
08/09/24 19:22:12
おっつ!続き期待
776:名無しが氏んでも代わりはいるもの
08/09/25 07:22:08
うおッ、こんな展開だったとは……
いままでよんでなかったけど、読み返してくるわ
GJ
777:名無しが氏んでも代わりはいるもの
08/09/30 16:24:22
続き町
778:名無しが氏んでも代わりはいるもの
08/10/04 03:10:03
転校生きてたのかGJ
779:名無しが氏んでも代わりはいるもの
08/10/07 17:07:33
いいねぇ…
780:名無しが氏んでも代わりはいるもの
08/10/07 23:56:45
>>773
14.
今日は期末テストの結果発表の日で、僕もケンスケもトウジもまぁまぁの成績だった。
トウジはかなりほっとした顔をしていた。何でも今度のテストの結果次第ではお小遣いが減らされる危機だったらしい。
「やっぱり委員長効果だな」
ケンスケが納得したようにうなずいた。
「だぁー! ちゃうわ!」
トウジが真っ赤になって否定する。
「お前は余計なこと言わんでええねん!」
へへっ、と笑うケンスケを、トウジが追い掛け回しはじめた。
僕はその様子を苦笑いして見つつも、アスカの結果が気になっていた。もしアスカが良い点を取れば、僕の即席家庭教師も終わるだろう。
もちろん、それでいいのだ。そのための家庭教師なんだし。
でも……。
「シンジ、駅前のゲーセンに行こうや」
"トムとジェリーごっこ"に飽きたらしく、トウジがケンスケにかけていたヘッドロックを解いて言った。うん、行こう、と僕は答えた。
781:名無しが氏んでも代わりはいるもの
08/10/07 23:58:08
寄り道したせいで、家に帰るころには時間は結構遅くなっていた。普段なら良い顔はされないけど、今日ぐらいは大目に見てくれるはずだ。
「あ、アスカ……」
偶然にも、ちょうと家に入ろうとするアスカとばったりと出くわした。何故かアスカと出くわすことが多いような気がするけど、気のせいだろうか?
アスカはよそ行きの服装をしていた。家族と一緒にどこかに出かけていたのかも知れない。
アスカは僕の姿を認めると、鼻に皺を寄せた。
「ったく、寝る前にあんたに会うなんて私もツイてないわね」
「そんなこと言わないでよ」僕は苦笑いした。「アスカ、どうだった? テスト」
アスカは下を向いて、「ダメだったわよ」と言った。腕を後ろで組み、脚を振り子のように振りながら、
「やっぱり日本語って難しいわね~」
「……そう」
僕は肩を落とした。アスカの頭脳のほうは問題ないはずだ。やはり僕の教え方に問題があるのだろうか。
アスカの性格からして、僕のことをかなり罵るのではないかと身構えたけど、彼女はそんなことは何一つ言わず、咳払いして人差し指を僕につきつけた。
「あんたにはきっちり責任とってもらうからね。私のテストの点が良くなるまで、教えなさいよ」
「え? う、うん。分かったよ」
僕はうなずいた。心のどこかで良かったと思う自分に、罪悪感を感じながら。
782:名無しが氏んでも代わりはいるもの
08/10/08 00:03:10
「よし!」
アスカは満足そうにうなずくと、じゃあねと手を振って家に入っていった。
僕も踵を返すと、アスカの母親の姿が目に入った。やっぱり家族で出かけていたんだ。
「あ。どうも……」
何となく僕は慌ててしまった。大人に挨拶するのはどうも苦手だ。綺麗な人というのもあるのかも知れない。
「あら、シンジ君。いつもアスカがお世話になって」
「いえ、こちらの方こそ。その、アス……惣流さんに教えてもらっちゃって」
「そんな、とんでもない。この間のテストもすごく良かったのよ。シンジ君のおかげね」
「え……?」
僕はきょとんとした。点数が良かった?
「あら、アスカは言ってないのかしら?」
僕はもごもごと、ええ、聞いてますとか何とか言うと、挨拶もそこそこに退散した。
アスカの基準だと良くなかった、ということなのだろうか?
……まぁいいや、と僕は思った。テストの結果をどうとるかはアスカの自由だ。彼女がまだ勉強する必要があると思うのだから、その意思を尊重するべきだろう。
783:名無しが氏んでも代わりはいるもの
08/10/08 00:04:03
母さんに遅くなったのを詫びて食卓に着く。母さんが台所からテストはどうだったのと訊いてきた。
「そこそこかな。そうだ、アスカに責任とってもらうって言われちゃったよ」
僕の言葉を聞くと、たちまち母さんが血相を変えた。
「ちょ、ちょっと、シンジ。責任って……ど、どういうことかしら?」
「テストの結果の責任。僕が引き続いてアスカの家庭教師をやるってことだよ」
「ああ、そうなの。そうよね。そうに決まってるわね。いやだわ、私ったら……」
母さんは明らかにほっとした顔をして額の汗を拭った。そして、口元を手で隠してほほほと笑いながら台所に戻っていった。
いったい何だろう? 僕は首をひねった。母さんの反応の意味が分からない。風邪でも引いているのだろうか。
「どうした、シンジ。母さんの様子がおかしいみたいだが」
居間に入ってきた父さんが、台所をちらりと見て僕に訊いてきた。
「"アスカに責任とってもらうって言われた"って言っただけだよ」
父さんは遠い目で咳払いをした。
「責任……責任か。まぁ、男はいずれそういう時期が来るものだ。もちろん、シンジには早いが。俺も義父さんに会いに行くときは……」
「何言ってるの? 父さんも訳分からないこと言わないでよ」
僕は呆れて言った。母さんも父さんもどうかしているよ。
784:名無しが氏んでも代わりはいるもの
08/10/08 00:06:05
□
「ね」
「何?」
僕は顔を上げずに答えた。ちょうど難しい数学の問題を解いている最中だったからだ。
「ドイツの食事って言ったらシンジは何を連想する?」
「何、いきなり。……まぁ、ソーセージとか。あと、ザワークラウトだっけ? キャベツの酢漬け」
「あんたにしてはよく知ってる方ね。じゃあ飲み物は?」
僕は顔を上げた。何のアンケートなんだ?
「飲み物……。ビールじゃないかな。というか、ビールしか知らないけど、ドイツの有名な飲み物って」
「正解! ねぇ、シンジはビール飲んだことある?」
「ビール? ないよ。未成年だもの」
「えーっ、ないのォ!? まったく、あんたは見た目通りのお子ちゃまなのね」
アスカは呆れたように言った。
「何だよそれ」僕はむっとした。「アスカはあるのかよ」
「ばっかねー。あるに決まってるじゃん」アスカは勝ち誇った顔で宣言した。「この間までドイツに住んでたのよ」
「それが、何なんだよ。ビール飲んだから偉いの? 下らない。それこそガキっぽいよ」
「そういう台詞は飲んでから言うものよ」
アスカはほくそ笑みながら言った。すっかりお馴染みの、何か企んでいる顔だ。
「ま、あんたはお子ちゃまだから飲めないんでしょうけどね」
「バカだな。飲もうと思えば飲めるよ。ウィスキーとか日本酒とか、ああいう本格的なお酒はちょっとアレだけど、
ビールなんてアルコール度数も大したことないんだし。父さんだって水みたいに飲んでるよ」
「ふーん。そ」
アスカは急に立ち上がるとドタバタと足音高く部屋を出て行った。
「ちょっと、アスカ? どこ行くの?」
アスカはしばらくすると戻ってきた。手にはビールの缶が二本。
「じゃーん。飲もうと思えば飲めるって言ったわよね」
僕は呆気に取られた。
「アスカ、それ……」
「あ」しまったという顔でアスカは言った。「ツマミ、忘れた」