09/05/08 08:35:40
韓国の教科書では恥ずかしげもなく逆を教え、それが韓国では「常識」として 信じられている。
たとえば韓国の歴史教科書では、江戸時代に朝鮮の使者が日本の首都に訪問すると、“江戸の野蛮な市民たちが”「文化を教えてくれ!」と哀願したとして
韓国の子供たちに誇らしく伝えられ、日本を見下す根拠の一つとなっているのである。
本当の江戸時代の日本は、金鉱を有し、交易をし、学問・教育・文化・芸術に恵まれ、「世界有数の繁栄」を極めていたということを韓国人は知らない。
当時の韓国には貴族階級以外の一般市民が残した日記や文学などは存在しない。
貧しい市民が芸術などに触れる余裕はなかったのだ。
一方日本では、町民までも生活を楽しむ余裕を持ち、芸術の分野では西欧絵画に影響を与えるほどの葛飾北斎、写楽などを輩出し、松尾芭蕉、小林一茶、
十返舎一九、井原西鶴、近松門左衛門、滝沢馬琴などによる浮世草子や俳諧、浄瑠璃など、“風雅な娯楽”が大衆に親しまれた。
しかも栄えていたのは江戸だけではない。当然、大坂や京都も大いに栄えた。
陸上交通の代表である五街道には飛脚が手紙を持って地方と江戸を繋ぎ、発達した水上交通では特産品や手形などを運輸した。
当時のソウル・ロンドン・パリが糞尿にまみれた不潔な衛生環境だったのに対し、日本は清潔に保たれた都市環境と犯罪の少ない統治をしていたことが後に
海外からも高く評価されるようになった。当時の江戸は世界的にも珍しい「上下水道を完備した先進都市」だったのである。
(※よく誤解されているが、時代劇でもよくみる「街にある井戸」は地下水ではなく、工事を行って地下に水を引いて貯めた「上水道」である)
1801年のロンドンの人口が約86万人、1802年のパリで約67万人だった時代に江戸は
1725年の時点で約102万~112万人が生活する大都市だったのである。
だが韓国の歴史教科書の中では「日本は貧しく文化も遅れた後進国であり、朝鮮がいろいろ教えてあげたことで成長した国」ということになっている。
そして本当の朝鮮が当時どんな有様だったかを、彼らは「全く」知らないのである。
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