09/07/04 01:10:56 df9RZabKO
>>840
当時の独ソ双方の資料、ルーデルの部下、僚友達の証言からすると
戦車を519輛破壊というのは明らかな過小申告。戦果が上がらない
部下や僚友に自分のスコアを申告させて休暇を取らせたり、
自身は休暇が『欲しくない』為にわざと過小申告したり、
病院抜け出して無理矢理出撃したり、ヒトラーから正式な
飛行禁止令が下った際も無視して出撃し、自分があげた戦果は
隊全体の戦果として報告したり・・・本当にやりたい放題なので。
以下引用
個人の戦車破壊数は、常にその日の日報に記帳して、
毎晩連隊や空軍司令のもとに射手の名を付して発送しなければ
ならなかった。私に地上勤務を命ずるという今度の命令が
発せられてからは、私の破壊戦車数をそれと記入せず、
隊員一同の成果として記入された。(中略)
『最近急に、射手名のはっきりしないものがふえてきたが、どういう
わけか』と、上級期間からしばしば質問を受けた。最初は
『全機一斉に突っ込んだためです』などと言いのがれをしていたが、
私が出撃して留守になっていたある日、空軍省の一将校が派出されて、
事実調査をやりに来て、いろいろ問いただした。みんな言葉を
濁していたが、やはり、およそのところは感づかれてしまった。
(引用ここまで、ハンス・U・ルデル著 高木真太朗訳
学研M文庫『急降下爆撃』P232‐233より)
>『最近急に、射手名のはっきりしないものがふえてきたが、どういう
わけか』
>一将校が派出されて、事実調査をやりに来て、
から解るように、この時期のルーデルのスコアは相当なもので、
この時期(飛行禁止令が出てから終戦まで)のルーデルのスコアは
最低でも30輛はあると考えられるが、公式に記録されているのは
たったの3輛だったりする。
という訳で、519輛は大嘘。本当はもっと多い。