10/06/05 19:57:34 0
>>29
てっきり、奇声なり何なりあげて、飛び掛ってくるかと思っていた氷室だったが、
少年の反応は意外にもというか、あまりに予想外のものであった。
少年は画用紙を広げて呑気にも絵を描き始めたである。
まるで、学校の美術の授業にでも迷い込んだかのような戦闘とは程遠い眼前の光景に、
氷室はしばし、毒気を抜かれたようにぽかんとせざるを得なかった。
しかし、現実では確かに戦闘の火蓋は切って落とされたのである。
氷室がそれに気付いたのは、画用紙に描かれた無数の鳥達が一斉に飛び出し、
それらが周囲を囲んでからだった。
それでも氷室は特に驚く様子もなく一羽一羽を睨め回す。
「なるほど……やっぱりさっきの鳥もあんたの能力。
要するに自分で描いた絵をオーラによって現実世界に具現化する……ってとこだろ?
……これだけの物体を一度に具現化できるということは、
ハズレにしては中々の力があるみたいだけど……」
鳥達に向けられていた視線がゆっくりと少年へと戻る。
この時、既にその目はまるで針のような鋭いものへと変わっていた。
「言ったはず。初めから全力でかかってきなってね」
その言葉と共に、氷室が纏っていた微量なオーラが一瞬の内に膨れ上がる。
まるで爆発が起こったように瞬時に膨張・拡大したそれは、
強烈な波動となって周囲に群がっていた鳥達を一斉に跳ね飛ばした。
オーラの膨張はその後急速に収束し、また再び微量なものへと変化していったが、
それでも、それだけでも、少年に力の差を思い知らせるのにはもはや充分であった。
「無力な凡人ども相手ならいざ知らず……
異能者相手に、ましてやこの私に、鳥などが通用すると思ったら大間違いさ。
覚えときな。異能者を倒そうと思ったら、せめて爆弾ぐらいは具現化しなきゃ話にならないってね」
悪魔のような微笑を見せながら、氷室は一歩、また一歩と少年との距離を詰める。
それはまるで蛇に睨まれた蛙が成す術なく蛇の接近を許す光景そのものであった。
後は蛇に飲み込まれるを待つが如く、ただ死を待つのみ……
しかし、そんな少年の窮地を救ったのは、皮肉にも彼女と同じカノッサの人間であった。
「確かここら辺で大きな反応があったが……」
「だが、ほんの一瞬だけだぜ?
この街の異能者どもにしてはやけに反応がデカかったし、故障かもしれんぞ」
「かといって確認怠ったのが上に知れたらそれこそ大目玉だ。とにかく確かめて……」
突然の声に、氷室は足を止めた。
見れば、少年の後ろの路地から、二人の黒服が姿を現したではないか。
彼らの顔に見覚えはないものの、その身なりからカノッサに所属する中級レベルの
戦闘員であるということは直ぐに判った。
「あ……あぁっ……! こ、これは……!」
彼らは氷室の顔を見ると、突然その顔色を変え背筋を伸ばして見せた。
任務を果たす為に現れただけの彼らに非はないのだが、
氷室にとってはその堅苦しい連中の登場によって正に水を差された格好である。
完全に毒気を抜かれた彼女は、急速に少年に対しての興味を失っていた。
「……私はもう行く。こいつの始末はお前らに任す」
「は、ははっ!」
氷室は彼らと少年に背を向けると、二度と振り返ることなくその場を去った。
彼女には、既に次の戦闘のことしか頭にないのだ。
【氷室 霞美:次のPCへと向かう。代わって中級戦闘員×2(NPC)が虹色 優の相手を務める】