08/12/15 22:29:57 0
私の言葉に店主は静かに相づちを返すと、コーヒーカップを洗い始めた。
この男の過去に何が在ったかなど興味が無い。
だが、私や恋島と同じく心に深い傷を負った事は確かだ。
首を振ると、再びマンデリンの味を楽しむ為、私はコーヒーソーサーを持ち上げた。
唇まであと数センチと言う所で、ジャケットの内側に在るポケットが規則正しく振動をし始めた。
機連送を開いてみると、どうやらメールのようだ。
差出人は桜庭右近……。城栄の側近だ。
『~通達~
機関本部を抵抗分子が襲撃する模様
No.6は直ちに本部ビルへと戻られたし
これは全ての任務よりも優先される』
どうやら私宛に作られたメールらしい。
側近がメールをして来たという事は、このメールは城栄の言葉でもあるという事か。
私はテーブルの上に置かれた恋島の携帯電話を胸ポケットに容れ、
代わりに財布から恋島と自分の飲食料をテーブルの上に置いた。
「釣りは要らないよ。ご馳走さま。
コーヒー、とても美味しかった」
店主に別れの挨拶をしてから、アンティーク調のドアを開け夜の闇へと身を翻した。
恋島を探してみるが、それらしい異能者の気配は感じ取る事が出来ない。
よもや、倒されてしまったのか? 私が付いていながら何たる不覚。
しかし、例のシルクハットの男も姿が見えない。普通ならば恋島を倒した後に私を狙う筈だ。
恋島ともども気配が感じられないという事は、
別の場所に移動したか両者とも無事でお開きになったかだ。
三月の冷たい風が身を切り裂く。待ち惚けの末にフェードアウトされるとは多少ショックだ。
だが、今は恋島を捜索している猶予は無い。一刻も早く本部に戻って準備を整えなくては。
ファンダメンタルデリート
本部を強襲する抵抗分子……。十中八九、『殲滅結社』という連中だろう。
以前より機関の情報部が血眼になってその存在を調べていた筈だ。
―抵抗分子、か。
私は籐堂院神の作った組織と戦った時を思い出して、ふと笑みを浮かべた。
キーケースから車の鍵を取り出すと、やや大型のキーに取り付けられたボタンを押す。
すると、駐車場に停めてあった『ライラック』のフォグランプが二回チカチカと光った。
鍵を挿さなくてもロックが外れるというのは便利なものである。
颯爽と車に乗り込むとエンジンを始動させて、数回アクセルを踏み鳴らす。
けたたましい排気音が周辺に鳴り響いた後、
車はここへ来た時とは全く正反対の勢いで路地裏を後にした。
【レオーネ:現在地 道路】
【ナガツカインテリジェンス本社ビルを目指している】