09/10/09 21:05:11 Sw0Py8GV0
昼休み。
「柊は冷たいよな~」
本気なのか冗談なのか、みさおが口を尖らせて言った。
「まあまあ……」
どっちつかずの相槌を打つのはあやのの役どころである。
彼女自身は穏健派で摩擦を好まない性格なのだが、みさおの陽気な性格からくる言動と、
それに比して現実的なかがみの冷静な突っ込みというやりとりに関してはまんざらでもないようである。
ひたすら仲裁役を買って出るあやのは両者の掛け合いを楽しんでいるようらしかった。
「でもみさちゃん、それならナンバーズとかミニのほうがまだ当たる確率は高いと思うけど」
「おいおい、あやのまで夢のないこと言うなよ。どうせなら2億狙ってみたいじゃん」
「それはそうだけど……」
「何とかの誤謬がどうとか言ってたけど、なんか説得力あったぜ」
ギャンブルにはさして興味のないあやのは、夢を買う宝籤ひとつとっても堅実な道を選びたがる。
話はみさおがロト6を買ったという発言から始まった。
ロト6とは1~43までの数字から6個を選び、当籤数字と一致した数字の個数で配当が決まる籤である。
みさおは小遣いに余裕があるとつい何口かを申し込むのだが予想は悉くはずれ、投下資本すら回収できない。
その話を聞いたみゆきは申し込む度に数字を変えるのではなく、これまでに出た回数が最も少ない順に
6個選び、継続して同じ数字で挑戦した方が長期的に見れば得だと助言した。
全ての数字が等しい確率で抽籤されるなら、そのバラつきもいずれは平均化するだろうという見方だ。
「だからさ、今回は”この売り場から当たりが出ました”って書いてないところで申し込んだんだぜ」
これもみゆきの言によっている。
「長い目で見たらそうかもしれないけど結局、一回一回の確率は同じでしょ?」
みゆきの弁とそれに同調するみさおに対し、水を差したのがこのかがみの一言である。
(みゆきだって確率論の根本くらい分かってるだろうに)
半分呆れ顔でずばりと指摘するかがみ。
「それに普通の籤と違って自分で番号選ぶんだから売り場はどこでも関係ないんじゃない?」
よせばいいのに、彼女はなおも現実的で辛辣な言葉をぶつけた。
さすがにここまでくると、
「なあ、あやの。柊って私のこと嫌いとかじゃないよな?」
みさおもこう泣きつきたくもなってくる。
「大丈夫よ」
あやのも宥めはするが、今のは身も蓋もないのではないかと思った。
かがみはしっかりしていて勉強もでき、常識的なものの考えをする点では頼りになる。
だが反面、四角四面で融通が利かず、歯に衣着せない口調は人によっては受け容れがたい。
みさおは物事を大雑把に捉える性格でうまく受け流すが、傍でそれを聞いているあやのは
取り繕うように仲裁こそするがその実、この口調の冷たさだけは苦手だと思っている。
(柊ちゃんもそこまで言うことないのに……)
と言いたいところを苦笑いで表現するが、あまりに婉曲すぎてかがみには到底伝わらない。
「まあでも買ってみたくなる気持ちも分からないでもないけどね」
やはり呆れた様子のかがみがこの話題を締めにかかる。
歳の割に現実的な彼女は籤の類を厭う。
望む成果や結果は己の努力でのみ掴み取るべきだという考えが根底にあるらしい。
実際、定期テストの点数も試験勉強の度合いに応じて上下している。
「さて、と……」
わざと聞こえるように息を吐き、かがみが立ち上がった。
「ちょっと出てくるわね」
「なんだよ~また隣のクラスか~?」
すかさずみさおが問う。
「まあ、ね―」
このやりとりも今では当たり前になっている。
授業が終わると同時にB組に向かうこともあれば、今のようにみさおたちと二、三言葉を交わしてからの場合もある。
共通しているのは休み時間の少なくとも半分はB組で過ごしているという事実だ。
「やっぱ柊冷たい……」
「まあまあ、みさちゃん」
去りゆくかがみの背中に聞こえよがしにみさおが呟く。
この瞬間こそがみさおに”背景”と言わしめたのである。
「………………」
幼馴染に倣ってかがみを見送るあやのは寂しいとは思わない。
(私は背景だなんて思ったことないよ、みさちゃん)
そもそも背景が存在するためには前景が必要である。