09/02/15 23:21:00 qgx55rIT
ハタァーキの歌詞の意味不明さは意味論からの脱却を示唆している
換言すれば、ブルックナー的な文学性からの意図的な遊離を旨とする
例えば「もってけ」が、理解から遠く離れた地点への着地を意図しつつ、かつ、
『いわゆるふつーのおんにゃのこ』
『最後に笑っちゃうのはあたしのハズ』など、全くの放り出しではなく、それでいて
『月曜日なのに機嫌悪いのどうするよー?』のあとで
『夏服がいいのです←キャ!ワ?イイv』と、最終的に意味論者たちを突き放す
「この世の全ては記述可能」と考える者たちとってノイズはノイズでしかなく、
「ノイズそれ自体の意味不明さにこそ啓かれる」者たちにとっては酩酊の嵐
「詩」が「音楽」になっている稀有な例