10/03/01 00:38:00 cVr6mA/Q0
――京ちゃ~……ん。
去り際の彼女の眼がそういっている気がしたので、京太郎は彼女の左手を掴み――行くな、と目配せをした。
「ああ、犬は弱いから駄目だじょ」
「ぐっ……」
とはいえ彼の部室内での地位は低い、咲を止めようとしていた京太郎に、言葉の槍がつき刺さった。一瞬ひるんだ彼ではあったが、再び建て直し口を開こうとする。
「ごめんね須賀君、今は全国に向けての調整なの」
――が、機先を制される。彼にとって、これは非常に効いた言葉であった。
部長の持っている情報量、タイミング、笑顔、言動とどれをとっても抗える気がしなかった京太郎がついにフリーズしたのを見て、咲は仕方なく席に着いた。
「お願いします」
「負けないじぇ!」
「ふふふ……」
三者三様に咲に挨拶を述べる、咲は一つこくりと頷いた後に、サイコロを振った。
集中せねばならないと考えつつも、咲の頭の中は既にそんな事ができる状態ではない。
早く彼との会話に花を咲かせたい一心で、故に本気など出せるわけが無い。
配牌時の癖の違いからそれに気がつくもの、最初から知っている二人の関係を頼りになんとなく察しているもの、特に興味も無く何も考えていないもの。
しかしそれらの視線は一様に咲の残した結果にそそがれることとなった。
結論から言えば、咲の順位は三位。当然、それだけを見ればたいしたことではない。
しかしながら、彼女の点数は最初の持ち点に300を足したもの――±0だった。すぐに、原村が立ち上がって、咲に怒りを向ける。
「宮永さん!」
しかし、その後に続く言葉が出てこない。逆に、咲の弁護をするのはこれ以上なく簡単な事だとだれであろう検事の娘である原村は考えた。
――例えば、退部をしてくださいと言っても、全国戦が近づいている今になってそれが通るわけがない、人数の問題だ。
また、私との約束を破ったのですかといっても、今の咲はどこか意識が遠くに飛んでいるような印象を受ける、万が一彼女が何かの病気だったとしたら、それに追い討ちをかけた自らに対する評価が一気に下落するだろう。
知己を得る難しさを分かっている彼女に、今ここで踏み込む勇気は存在しない。
そんな腹のうちを見せることなく、原村は微笑を咲に返した。一瞬の間に対極の感情を揺らした原村を咲は見たが、よくも悪くも深くは考えずに視線をずらす他にする事はなかった。
逆にそんな咲を見て、それほどに重症なのだと、ずれた考えを原村はする。
「――今回は私の勝ちですね」
あえて原村はそう付け加えたが、よくよく咲を見ると先ほどまで自分を見ていた視線はあらぬ方向を向いている、それを追うようにつつ、と顔を動かすとなにやら赤いものが二つ目の端に映った。
それに呼応するかのように、ひょこりという擬音をつれて長い金髪をした女の子が姿を現した。
ランドセルを背負っていても特に違和感はない風貌をしているが、誰であろう全国区の魑魅魍魎の一人である、天江衣だ。
――どうやら、ほかの龍紋渕メンバーはいないらしく、ここに来たのは彼女の気まぐれらしい。
「ノノカはいるかー?」
「え? ええ……」
あまりの事に一瞬面を食らった彼女らではあったが、衣は気にせずに挨拶を続ける。
口調や声色は嬉々とした女性……女子のそれで、そこに魔物の影は見る影も無い。
だが……それは、紛れもなく魔物なのだと、そこに居る者はみな覚えていた。
「咲! 衣だぞ! 恙ないか?」
「う、うん。こんにちは……」
その衣も、ついに咲の点数を見る。同時に、首をかしげた。金の長い髪が衣の顔を罰の悪そうな態度で横切っていく。
だがそれには眼を向けることなく、衣は咲の顔をまじまじと見た。
「――どうかしたのか?」
「……なんでもないよ?」
なんでもないわけが無い、衣は何かの病であるのかと聞いたが、咲の返事は濁りに浸したものばかりで妙にすっきりしない。衣の記憶には、他人がこのような態度になった前例が無い。
よって何をどうすればよいのかもまったく分からないのだが、仮にも年上としてのプライドがある。
必死で、何か自身にできる事はないかと考え始めた。