09/12/01 15:49:44 zYq2LGji
さて、ここまでは部長の思惑通りだった――のだが、彼女は一つだけミスをした。
咲の方向音痴度を計算に入れていなかったことである。
咲と京太郎がようやく邂逅を果たしたのは、彼女がトイレに行くといってから小半時もたった後であり、さすがに京太郎も待ちくたびれていた。
――が、建物の屋上で待つ彼が迫る高い足音とともに後ろを振り返ってみれば、月明かりに照らされた彼女の顔が白い笑いをこめながらこちらを見ている。
それを見るなり彼もはにかんだ笑顔に変わった。
「京ちゃん!」
「咲」
満面の星の下にて再びの抱擁を交わす二人、大会は終わり帰路につくものが多い中、好んでここに残るもの、そしてわざわざ人の居ないところを探しそこで逢引をするものなどいない
――考えたのは京太郎か部長か、ともかくその論理を肯定するかのように、周りに人どころか動くものは二人以外に何も無かった。
つまり誰にも邪魔されずにゆっくりと語り合える。京太郎は、部長がそれとなく理由をつけて部員に帰るように言付けている事を聞いている。
部長の事だから、部員全員と共に帰り、自分をここに残して頃合を見計らった後携帯で虚言だった事を言って自らを困らせるかと思ったが、咲の存在でそれが杞憂であった事を知る。
「京ちゃん……私、やったよ!」
「ああ、見ていたさ。ありがとうな!」
京太郎が大の字で寝そべると、咲もそれに習って京太郎の隣に横になる。
咲の頭に京太郎の左腕がクッション代わりにあてがわれるが、逆に咲の右腕になんら役目が与えられる事は無くむなしく空を切って地に落ちた。
一度視線を合わせた二人は、空を見た。先ほどまではあんなに禍々しかった月が、いまや象牙色のまなざしを、やさしくこちらに向けている。
その周りにはこの世界の輝くもの全てを散らしたような星々が月の周りを踊っており、なぜだかそれを見ると、天江の笑顔が蘇ってくる。
「――咲、今何考えている?」
「え? な、何って、何?」
「勝利の美酒に酔いしれるのもいいけど、俺の事も考えてくれよ」
あたらずとも、遠からず。
勝利に酔ってはいないが、考えているのは対戦相手のあの子だ。
そして俺のことを考えろという台詞も、気障ではあるが他の事を考えているという的はいている。
彼女の顔が、赤みを帯びる。
「……なあ、見ろよ。とてもきれいな空だろ?」
「うん……でも、もったいないな。あと少しすれば七夕で、京ちゃんと一緒に天の川が見られたのに……」
「天の川に邪魔されて会いにいけない織姫と彦星と比べりゃ、それに祝福される俺たちはむしろ奴らより幸せ者だよ。
……そうだな、デートは七夕にするか。近くの夜店でいろんな物買って、お前は浴衣で俺は……」
空を見ながら、そんな夢想を二人でする。
「ねえ、もし私があの星たちの一つに紛れ込んでも、京ちゃんは見つけてくれる?」
不意に、こんな質問が口をついて出た。
自分でも何を言っているのか分からなかったが、彼の答えもわけの分からない物であった。
「何言っているんだお前は、あの星のひとつに紛れ込むって。
俺たちはこの星でもう出会っているんだぞ? お前は俺をおいてどこかに行く気か?」
「もしどこかに行っても、探してくれる?」
「――いや、どうだろうな」
その答えに咲はしゅんとなる、だが――。
「そのかわりお前が帰ってくれば、必ずお帰りっていってやるよ」
すぐに満面の笑顔を取り戻す。
自分も、彼のそばから離れるなんて事はないだろう。だが、今は幸せすぎて不安なのだ。
いつか何かふっとした事でこの関係にひびが入ったりしたらどうしようかという不安が、彼女の心を覆っていた。
しかし、その言葉でそれは吹き飛ぶ。彼は、たとえば自分がいなくなっても自分だけを想い、いつまでも待ってくれると言う――そんな含みを持った事を躊躇いも無く言った。
流れ星が一つ、彼らの前を通り過ぎていく。
「じゃあ、今……言って?」
笑顔と共に、彼の朗々とした声が空に響く。
「お帰り、咲――」
「ただいま――」
仲間たちの労いよりも、何よりも貴方のその一言がうれしくて。
私の顔は自然とほころんでしまうのだ――。