09/12/01 15:37:27 gFyOZvHU
「ちょっ……痛いよ、京ちゃん!」
「…………」
「――京ちゃん?」
「逃がさない」
「え?」
「離したら、またあそこへ行っちまうだろ。もういいんだ、お前はよくやった」
「京……ちゃん」
今度は咲に涙が溜まる番だった、咲もまた彼の背中に腕を回して抱きとめる。彼に体を預けてふと眼を閉じると、彼の心臓が早鐘を打っているのがよくわかる。
京太郎には見えなかったが、彼自身の温もりが肌を伝わって咲の元へと伝わると、少しの笑顔とともに彼女の頬は紅葉を散らしたように赤くなった。
相変わらず、彼の抱擁は強い力にて続いているが、実際に痛みを感じたのはほんの一瞬以下だ――むしろ感じなかったといっても差し支えはない。
それでも痛いといったのは、周りにいる人に見られるのが恥ずかしかったからと、彼女自身困惑していたからに相違ない。
すぐに離してほしかった先ほどとは逆に、咲はこの時間が永遠に続けばよいとさえ思った。少し時間を置いてから、とても安らかになった彼女から澄んだ声がつむがれた。
「――京ちゃんのおかげで、私自分に自信が持てた。京ちゃんのおかげで、麻雀が楽しいものになった。京ちゃんのおかげで……」
「咲……」
「聞いて、私京ちゃんからいろんなものをもらったわ。それはとてもとてもすばらしい物だったけれど、どうしてももう一つだけほしいものがあるの」
「……」
「京ちゃん、私――貴方が好き。この世界で、誰よりも好き」
すぐに少なからず後悔した、言った、言ってしまったのだと。そう理解した刹那に、京太郎の鼓動が消え代わりに自身の鼓動が爆発をするかのように大きく高鳴るのに気がついた。
先ほど彼の鼓動が聞こえていたのだから、今は自分の鼓動が相手に伝わっていると咲はすぐに思い当たる。
咲の手に、さらに力が入る。――今、彼の顔を見られる余裕は無い。逃げたいが、返事を聞きたい、でも絶望はしたくない、それでもこの手を離したくないといろいろな感情がせめぎ合い、しばし時を忘れた。
「――咲」
彼が、神妙な面持ちで口を開く。
「俺で、俺なんかで、本当にいいのか」
望んでいた言葉のはずだった、しかしその煮え切らない態度にかっ、と咲は言い放つ。
「俺なんかで……って何よ? 私は貴方がいいって言っているじゃない! そうよ、ずっと京ちゃんが好きだった。
ほかの娘の事なんて聞きたくなかった、私だけを見ていてほしかった! でも……でもいえなくて……やっといえたのに……」
私はこんなにも醜い、と咲はその後に続ける。今まで積もり積もった、募って貫き続けた思いの丈が一気に噴き出したのだ。
咲がこんなに感情を表に出す事があっただろうか? 京太郎は自らの記憶をたどりにたどったが、ついに出てこなかった。
ポタリ、と咲が流した涙が京太郎の制服にしみを作る。
この涙を醜いというのならば、今この瞬間の咲が醜いというのならば、自分はこの世の何者にも劣ると考えた京太郎は、すぐに自らの愚かさに気がついた。
咲の鼓動は、彼女の気持ちが真実であることを何よりも雄弁に語っているというのに。