09/12/01 15:13:19 gFyOZvHU
県予選、大将戦――。
「無聊を託つ……」
特徴的なヘアバンドをつけたどこからどう見ても小学生にしか思えない高校生が、ぽつりと言い放ったその言葉の意を知らずとも、雰囲気から何かに失望したことを読み取る三人。
異様な気の波の底で静かに、しかし確実にもう一人の魔物が動き始める――。
「……そろそろ、御戸開きといこうか」
敵意を持った視線が迷うことなく咲を射抜く、威圧と共に紡ぎ出された天江の言葉を始まりに、咲は自らの体が萎縮するのを感じた。
他の者は気付いているのかいないのか、少なくとも対面に座る池田は天江と少しのやり取りをしているが、既に彼女の耳には届かない。
――予選、自身が相手校の一つを飛ばし誇らしい気持ちで戻ってきたときの事をこの県予選決勝戦にて不意に咲は思い出した。
しかしながら、彼女はそれが走馬灯に似たものだとは気がついていない。
ともかく思い返してみれば、今自身がこの卓につき、自身と鎬を削るほどの強敵とこうして麻雀をうっていることは全てあの男に起因するものだ。
あの男――京太郎その人が自分を連れ出してくれたのだ。静かで平凡な日常から、例えるのならば海原を船で渡るような心躍る冒険へ……。
しかし今自らの小船はこの嵐で転覆寸前、この身にまとわりつく波の重圧も、空から刻一刻と近づいてくる月の強圧も恐ろしいものでしかありえない。
……そして、何よりも仲間内で打って心と腕を通わせていたあのときとは違い、今はひとりなのだ。
もしかしたら何よりも重いのは、――思い。控え室で待つ仲間の期待かもしれない。
もしもその荷物をいっそ海に捨て去ってしまえば、軽くなった船はこの波に耐えられるだろうか――?
そう考えて、しかし刹那に考えを捨て去る。
確かに、大きなうねりから生きて帰る事を第一にするのならば荷物は少ないほうがよい、しかしそこで捨てた荷物は当然のことながら二度と帰ってこないのだ。
来年部長は、もう居ない。そして彼女はまだ知らないが、もしも負けたら原村和は転校してしまう。
つまりはもう二度と、このメンバーでこの場所に来ることはできないのだ。
頭を振り、気息を整える。だが、不快感はぬぐえない。それは、ほかの二人も同じようだ。
――まるで、そう……――海の底に引き摺り込まれるかのような――……
加治木が最初にあげたこの考えは、しかしそこにいる天江以外の全ての考えであった。
いまや咲の心の中にもマージャンをやっている時に感じるあの踊るような爽快感どころか、自らにまとわりつく一種の閉塞感しか感じることができなかった。