09/07/01 00:51:35 NGipqzy/
>>460
「イザナギ流というのは、四国に今も残る陰陽道の一形態です。独自の進化をとげたのか、はたまた
伝わった年代が古いのか、それはわかりませんが、その源流はひょっとしたらこの小さな島ではなかった
だろうか。私はそう考えます」
「部長。そ、それは、そのなんとか流は、首を切るんですか・・・」
京太郎はやっとそれだけを言った。
「陰陽道は、さかのぼると中国大陸に行き着くわ。そこで開発されたある種の科学よ。自然の理を如何に
して人間に有益な方法で使役するか。そもそもはその程度のものだった。しかしやがて呪法が開発される
にしたがって、有益という言葉を取り違えた使用法も開発されてしまった」
それは。
京太郎は背筋が寒くなるのを感じた。
「蠱毒と言います。動物を一箇所に集めて飢え死に、ないしは殺しあわせて、その魂を利用して使用する
呪い。これは憎い相手に使役することによってとり殺すことができる」
「いや、部長、それと今度の話とどんな関係が─」
和がタコスを抱きしめながら言う。
彼女は震えるタコスをまるでかばうかのように毅然としていた。
「蠱毒というのは、いわば巨大な力を作る方法なのよ。それは使役することで人を殺すこともできるし、
家で飼うことで財を蓄えることもできる。しかし養うには人間を餌として与えなければならない」
「そんな・・・」
思わず息が漏れた。
「そうやってコウジモトの本家は財を蓄えていた・・・違いますか?」
「うちの家では、お稲荷さんと呼ばれています」
夫人が力なく言う。
「稲荷・・・狐か。それもあるでしょう」
「でもそんな、動物でことがすむなら誰も死ぬことなんてないじゃないですか」
咲が異論をとなえる。
「そうね。その前に陰陽道の話に戻りましょう。大陸で発生したこの体系は、日本に伝わり、やがて陰陽道
という学問に進化しました。その進化はこの瀬戸内の島でもうひとつの進化をとげます。いま伝わっている
いざなぎ流では、その蠱毒を利用したもう一つの呪法が完成した─」
そこで部長はぐるりとあたりを見回した。
「これは動物を使って一つの神とも呼べる強大な力を生み出す呪法です。今伝えられている呼称では、
これを『犬神』と呼ぶ」
犬神。
その言葉はこの場にいかにも相応しく、禍々しい香を発していた。
「その神を作り出していたのが、このコウジモトの本家ですね?」
「そんな・・・じゃあ染谷先輩は」
「咲、これはマコも関係している話よ。でも日本にはいくつもこんな話はあるわ。生きていくためにはソレが
必要だった時代もあるの。今だって悪いことはいくらでもあるわ。動物を殺したって、どうしたって自分の
赤ん坊を生かしたいと思うのは、人間なら誰だってそうでしょう?」
「それは・・・」
「ここの島の人たちはそれを納得していたのよ。だから騒がない。皆が生きるためにはすこしの犠牲は、
どうしても必要だった。コウジモトでは、動物や虫のかわりに、人間を使って蠱毒を行っていたんですね?」
「なんだって!」
京太郎は立ち上がる。それはどうしても許せないことだった。
「人間を、他人を殺して生きてきたのかよ! この─」
バケモノ、と罵ろうとした。
しかし、目の前で小さくうつむいている夫人の影を見て、京太郎は黙ってしまう。誰だってそうだろうか。
自分も生きるためにはそうするしかないならば、皆が納得しているならば、そうやってしまうだろうか。自ら
煩悶しながら言葉を捜した。
「犬神という呪法はね、飢えた犬を土中に埋めて首を切り落とすことで完成するのよ」