09/06/29 02:25:50 Ljv/3bZv
>>447
「どうしたんですか!」
部長の元に駆けつけた京太郎はそのままツルツルの廊下をすべって派手に転んだ。
「いててて・・・うわぁぁあ!」
ぶつけた頭をさすりながら見上げると、すぐそばにシワだらけの老婆の顔があった。あまりの出来事に
妖怪と呟きそうになる自分をなんとか抑える。
「ホイトノコが、ぎょうさんで何しに来た」
老婆の声はまるで地獄から這い出たような恐ろしさがある。普段落ち着いた部長も夜中にコレを見た
んじゃ大声もだそうというものだ、と京太郎は納得した。見た目で判断するならば100歳はとうに超えて
いそうな雰囲気を持っていた。
「何なんだよアンタ・・・」ひとこと言ってやろうと立ち上がる京太郎は「お婆さま」というマコの声にぎょ
っとして振り向いた。見ると、今にも泣きそうなマコの姿がそこにあった。それはもう普段の不敵な様子
とはまるで違っていて、京太郎は急速に熱が醒めていくのを感じた。
「ミツクチが。戻ってきても何もできりゃぁせんじゃろうが。はよう往んでしまえ」
そういい残して老婆は去っていった。
「婆ぁの啼く夜は恐ろしいじぇ・・・」
「失礼すぎんだろお前・・・。染谷先輩、ホイトってのは・・・」
「・・・乞食のことじゃ。ミツクチ言うんは畜生のことよ。わしが子供の頃はそう呼ばれとった」
「そんな・・・」
京太郎は次の言葉がでてこなかった。
「いいわ。マコ、今日は寝ましょう」
部長はそう言ってマコに寄り添うように歩き。その日は予定を切り上げてみな床につくことになった。
(コウジモト・・・本家はそう呼ばれている。ここは本家だ。染谷先輩の家も本家だと言っていた)
京太郎は誰もいない部屋のでひとり布団に入り思考をめぐらせていた。
コウジモト。
それはここの本家の屋号だという。
そして先ほど、無数にお札が貼ってあった部屋には『荒神元』とあった。
やはりあれはアラガミではなくコウジンモトと読むのだろうか。咲には黙っていたが、京太郎はそのことに
思い当たっていた。
荒ぶる神の元。
やけに不吉なイメージを想起させる名前だ。おそらくは長い年月のあいだで言葉になまりが生じて
コウジモトと呼ばれるようになったのだろう。
(それにしてもあの婆さんは一体・・・)
人のことを浮浪者のように言ったかと思えば、犬畜生のようにマコを罵った。
あまりの出来事で本人には言及できずにいたが、改めて考えてもとんでもない事のように思える。
(昔なにかあったんだろうか)
それはおいそれとは聞けないだろう。
(いや・・・だとしても何でここに来ようと思ったんだろ)
なにやら見えない糸で絡め取られているような、そんな予感がした。