09/06/26 01:26:13 avU1sQ+D
「禍は河、伯は白、霊峰に満ちたる氣は八紘九野を渡るべし」
老人の手がカン山に伸びる。白の三枚落とし。それもツモ切りではない。北をカンした
彼の捨て牌は、それだけで異常と言うには十分だった。
「そんな・・・」
和の上ずった声。京太郎は歯軋りして様子をみまもる。
「─即ち理なり。因果の祖たる天帝の配下が一。其は捲簾大将也。而して白は北。五行
において西也―」
パチリ。皺だらけで節くれだった指が牌をめくる。ドラ表示牌は西。これで北ドラ3。
「そんなオカルト」
ありえない。その言葉をついに言えなかった和が、小さく震えているのがわかった。
(なんでこんなことに・・・)
日の光があまり届かない一室。どこからか漂う香のかおりのなかに京太郎たちはいた。
檜で作られたという特別こしらえの麻雀卓を囲むのは、和、咲、部長、そしてこの、枯れた
上に涸れたような老人だった。
異国風の衣装を身にまとったこの老人は先ほどからありえないツモを連発している。既に
最初の半莊で飛ばされたタコスの意識はなく、京太郎のとなりに横たえられていた。
「次でどなたかが居なくなれば、これは三人で打つことになりましょうか─」
老人の声はねばりつくように地を這う。
この勝負に賭けられているのは、点棒でも金銭でもなく、精気そのものだった。
「オカルトというのは、人知では計り知れない事柄のことでしょうか・・・。最近ではよく耳に
しますが─これはそういう類のものではありませんよお嬢さん。貴女の言う、統計そのもの
なのです。かつて砂漠の砂粒の数ほど時間を費やし、同じだけ命を賭して築き上げた歴史
の塊なんです。ですから、そういうものとは違いますな。月の障りは月の満ち欠けに関係が
ありましょう。それと同じこと。五行というのはそういうこと」
暗い。
裸電球では老人の顔が良く見えず、落ち窪んだ眼窩がやけに黒かった。
(なぜこんなことに)
京太郎は、今や過ぎ去った遠い昔のような日々を思い出していた。