09/01/25 02:26:16 DEMFK3cR
これは…wktk
続きが気になる。というか、自殺の原因が気になる。
>>558
退職ですか。妙なフラグ立てる前に新しい道が見つかるよう、応援してます。
570:グレゴリー
09/01/25 03:50:00 PpbOaUDO
>>558
人生万事塞翁が馬と申しますからな。私も今日、
3車線道路のど真ん中の車線でいきなり車のエンジンが止まって
立ち往生、隣を通りかかった警察はこちらを一瞥して
事故とかじゃないことを悟って助けてもくれずそのまま走り去り、
結局、親切なタクシーの運ちゃんに端っこまで押してもらって
運ちゃんに感動した散々な一日を過ごしました。
いや、警察よ。曲がりなりにも車線のど真ん中で駐車してる車なんて
違法なんだから、事情聴衆くらいしろってww
なにをあきらかにめんどくさがって去っていくんだと!
レッカー代も莫大な金額がかかり散々でした。
でも、いつの日か、私にもJ氏にもいいことがあることを願っております。
571:JEDI_tkms1984
09/01/25 22:07:11 g2KpJ7OB
皆様、おこんばんは。
昨夜の交渉がうまくいかないので疲れたか、なぜか節々が痛いです。
ちょっと熱も出てきました。
遅くなりましたが本日分を投下します。
572:閻しき貴女よ10
09/01/25 22:08:06 g2KpJ7OB
「え、なにが?」
かがみが虚を衝かれたように間抜けな声をあげた。
その疑問の先にはみゆきがいる。
「……はい?」
視線を投げられたみゆきもよく分からない顔をした。
「いや、さっき、”そうですよね?”って言わなかった?」
「あ…………」
かがみに言われ、みゆきは恥ずかしそうに顔を伏せた。
思っていたことを口にしていたと気づき、
「いえ、何でもありません」
彼女にしては珍しく拗ねたような顔をする。
(………………?)
普段見せない仕草にかがみは訝ったが、敢えて追及はしなかった。
妙な沈黙が流れ、3人はそれぞれに違う方向に視線をやったまま歩く。
誰も言葉が出ない。
すれ違う人々の笑顔がなぜか腹立たしく思える。
吹きつける風が妙に冷たく感じる。
「久しぶりだね。こうやってみんな揃うのって」
気を利かせてつかさがおずおずと切り出した。
何とか会話のキッカケを作りたかった彼女は、
「あっという間の4年だったね」
どちらへともなく声をかける。
大学生だったかがみとみゆきには4年間という感覚があるが、つかさにはない。
特に節目を感じなかった彼女だけが、なぜかこの時間の流れを早いと感じた。
おそらくずっと家族と過ごしていたからだろう。
家でも交わす会話の多かった彼女には、楽しいと思える時間が長かったに違いない。
対照的にかがみたちは地方で刻苦勉励を重ねてきた。
どちらかというと苦しい時間が長かった2人には、孤独も相まって気苦労が絶えなかった。
時間の流れを永く感じるのも当然だ。
「そうね……」
つかさの期待も虚しく、返ってきたのはかがみの素っ気ない一言。
”4年”
3人にとってこの言葉の持つ意味は大きい。
泉こなたが亡くなってから今までの時間を表す、最も端的な表現だからだ。
「泉さんは―」
遠くに目をやってみゆきが吐いた。
「もし生きていらしたら泉さんはどのようになっていたでしょうね……」
しても仕方のない”もしも”の話だ。
誰の頭の中にも、オタクだった頃のこなたしか記憶にない。
「声優になってたかもしれないね」
つかさが言った。
想像してみて一番に思いつくのはそれだった。
「そうね。さすがにイラストレータとかは無理だろうな」
今度はかがみも乗ってくる。
会話の取っ掛かりを見つける作戦は、みゆきの方が巧かったようだ。
あの甘ったるい声で美少女を演じる。
マイクに向かって真剣に発声するこなたを想像して、かがみは小さく笑った。
「案外クリエイターとして活躍されていたかもしれませんよ?」
その方面に疎いみゆきが何とか知っている言葉を駆使して話を繋げる。
創造する意味では声優も同じだ。
どうあれ3人の中では、オタク以外の分野にいるこなたを想像できないようである。
事務机に向かって書類を捌く様など到底思い描けない。
「………………」
しかし会話が弾むのもここまで。
泉こなたが話題の中心に来ると、どうしても陰鬱な気分になってしまう。
「こなちゃん……なんであんなこと……」
誰にも答えの分からない問いだった。
真実は4年前、泉こなたが誰の手も届かない世界に持ち去ってしまった。
「分かりません……」
つかさの呟きにみゆきが律儀に答えた。
573:閻しき貴女よ11
09/01/25 22:09:15 g2KpJ7OB
4年前。
受験を目前に控えたある日。
こなたは薬物自殺した。
どこから手に入れたのか、市販されていない劇薬を呷ったのが直接の死因だという。
何の兆候もない、突然の死だった。
遺書も遺しておらず、いつも一緒だったゆたかでさえ、彼女が自殺した理由は分からなかった。
いじめられてもいなければ、生活が困窮していたわけでもない。
ななこもこなたの死に疑問を持ち、たびたび生徒を呼び出しては情報を得ようとした。
だがクラスの誰もが心当たりがないという。
つかさもみゆきも、かがみも思い当たるところはない。
ネトゲを通じて会話をしていたななこは、チャットの履歴を遡ったりもした。
兆候があればどこかで自殺を匂わせる発言があるかもしれない。
しかしこれも無駄に終わった。
会話履歴を見ても自殺に繋がる発言はない。
まるで急に思いついたような突発的な行動―。
誰もがそう判断せざるを得なかった。
「私が突き放したりしたから―」
分からないというみゆきに、かがみは自分なりの推測を吐いた。
「もっとちゃんと話を聞いていればよかった! そしたら、こなたは……」
「違います! かがみさんの所為では……!」
「言い訳みたいになるけど、あの時は必死だったから……つい厳しいこと……」
「私も! 私もです。誰もが自分の事で手いっぱいだったと思います」
思いつめるかがみを慰めながら、その慰めが自分にとっても言い訳だと気づいたみゆきは吐き気がした。
誰のせいでもない。
そう言うのは簡単だ。
ではこなたが自殺したのは何故?
誰かの所為ではないのか?
誰かが死ぬように仕向けたのではないか?
そうでなければ、あのこなたが自ら死を選ぶとは思えない。
「もしかしたら、こなちゃん……進路のことで悩んでたのかも……」
時期的にもそう推理するのが妥当だ。
「それで誰にも相談できなくて……」
「私たちにも?」
「うん……たぶん……」
言ってからつかさは俯いた。
こなたが馴れ合いを必要以上に求めてきたのも、ちょうど受験の頃だ。
(私たち……こなちゃんの声…ちゃんと聞いてなかった……?)
先ほどのかがみの一言が木霊する。
こなたは何か訴えたかったのだ。
それがタイミングが悪かったばかりに、怠けていると捉えてしまい邪険に扱った―。
その報いが―。
「―やめましょう」
つかさの瞳が潤んでいるのに気づき、みゆきが凛とした口調で言った。
「憶測で話をしても悪い方向に進むだけです」
かがみが驚いたようにみゆきを見た。
彼女らしくない強い口調だ。
みゆきもまたこなたの死に疑問を抱くひとりだが、妄想の上塗りが絶望を呼び寄せることを知っている彼女は、
2人の先行した思考を現在に引き戻す。
悪循環を断ち切るようにみゆきが顔をあげた時、懐かしい風景が視界に飛び込んできた。
「雰囲気変わったわね」
こなたの家まで数百メートルにまで迫った時、かがみが呟いた。
「ここってカフェがあったよね?」
きょろきょろしながらつかさが問う。
574:閻しき貴女よ12
09/01/25 22:11:45 g2KpJ7OB
高校生当時、こなたの家に遊びに行く際に通ったこの道にはカフェやファンシーショップが並んでいた。
近くに学校が多かったために、下校する生徒をターゲットに商店を開いていたようである。
が、その様も4年でがらりと変わった。
スーパーなどに押され、小さいが趣のある店はほとんどが閉めてしまっている。
代わりにマンションが建てられ、殷賑だが温かみのない通りが出来上がってしまっている。
「なんだか寂しいね」
つかさが正直な感想を口にする。
そうですね、とみゆきが相槌を打った。
こうして知っているものがどんどん失われていく。
常なるものはないと分かっているが、理解はしていても納得できるものではない。
(………………)
すっかり変わってしまった町並みを見て、みゆきは目を伏せた。
(いつまでも同じ……というわけにはいきませんものね…………)
それを強く感じたのはこなたが死んだ時だけではない。
(………………)
みなみの飼っていたチェリーが去年の冬に亡くなった。
そのことをゆかりから電話で聞いたみゆきには、チェリーの死はすぐには受け容れられなかった。
最後に見たチェリーはみなみと楽しそうに庭を走り回っていた。
人懐っこくて気分屋で、相手によっては甘えたり威嚇したり。
ころころと変わる仕草は見ていて楽しかった。
たまたま予定が空き、帰郷したみゆきの前に現れたのは憔悴しきったみなみだった。
もともと無口な彼女が、言葉を忘れてしまったように表情を翳らせていた。
獣医の話では肺水腫が原因だという。
家族のひとりとして愛されていたチェリー。
みゆきは人間と同じように供養されたその御魂に手を合わせた。
その瞬間の―。
取り乱したみなみの様子を彼女は忘れられない。
合掌したみゆきの横で、一度は踏ん切りをつけた悲しみが再び湧き上がってきたのか。
突然、大声をあげて泣き出したのだ。
”岩崎みなみ”という人物からはとうてい想像もつかないような取り乱しぶりに、みゆきも声をかけられなかった。
悲しいのだ。
寂しいのだ。
こなたが死んで自分が悲しかったように、彼女も愛するチェリーを喪って悲しみに暮れているのだ。
その気持ちが痛いほど分かるみゆきでさえ、その場を収めることはできなかった。
こなたの家の前まで来て、誰がインターフォンを押すかで少し揉めた。
「お忙しいところすみません。柊です。あの……こなたさんの……」
逡巡している2人に代わってかがみが押すことになった。
こういう役は苦手だと思いながら、インターフォン越しの会話をあれこれ考える。
そうじろうが出てきたら何と言おうか。
事前の連絡もせず、突然やって来たことを不快に思わないだろうか。
手土産のひとつでも用意するべきではなかったか。
『はい? ……かがみちゃんかい?』
寝起きのような声が返ってきた。
「は、はい、そうです! あの、突然お邪魔してすみません……あのっ……!」
言葉を用意していなかったかがみがしどろもどろに繕う。
その横からさっとみゆきが割って入るように、
「事前にご連絡もせずに申し訳ございません。実は―」
4年越しだが改めてこなたに追悼の意を捧げたい、という旨を伝える。
数秒の沈黙の後、
『いま開けるから』
抑揚のない返事とともに通話が切れた。
「怒ってる……ってことはないよね?」
ぶっきらぼうなそうじろうの声を聞き、今になってつかさがそんな言葉を吐く。
「大丈夫だと思いますよ」
みゆきがにこりと笑った時、玄関のドアが開いた。
575:閻しき貴女よ13
09/01/25 22:14:36 g2KpJ7OB
三様に向きなおって深く頭を下げる。
そうじろうもそれに倣い、
「わざわざすまないね」
照れたような笑いを浮かべて、家に入るよう促した。
「お邪魔します」
妙な違和感を覚えた3人がしずしずと玄関の門をくぐる。
(………………)
失礼にならないようにかがみが見回した。
この家にはつかさと一緒によく遊びに来た。
記憶をたどってもテレビゲームをした憶えしかないが、楽しい時間を過ごしていたのは事実だ。
(ここは変わってないのね)
玄関からリビングに続く廊下まで、あの時と同じだ。
「適当に座ってくれ。お茶を淹れてくるから」
「あ、いえ、お気遣い―」
言いきる前にそうじろうの姿は廊下の向こうへ消えた。
「………………」
部屋の中央を占める炬燵に3人それぞれが入り込む。
電源を入れっぱなしだったのか、足先を通してじわりと熱が伝わってくる。
「懐かしいですね……」
沈黙に耐えかねたみゆきがぽつりと言った。
かがみたちほど頻繁には遊びに来なかったみゆきは、より強い懐古の情を催した。
”そうだね”と誰も相槌を打たない。
様相は同じなのに、そこにいるべき人物だけがいない。
5分ほどしてそうじろうが人数分のお茶を持って戻ってきた。
「寒かっただろう? こんな物しか用意できないけど」
照れ笑いを浮かべて出したのは”お徳用”と書かれたおかき。
来客用の湯飲みは一度も使っていないのか妙に艶っぽかった。
「すみません、わざわざ……」
かがみが恭しく頭を下げる。
(…………!)
ゆっくりと面を上げた彼女は思わず息を呑んだ。
目の前にいるそうじろうが幽霊のようにゆらりと体を揺らしながら腰をおろす。
(おじさん……こんなに細かったっけ…………?)
彼女が知るそうじろうは、横にいたこなたのせいもあってかかなりの長身に見えた。
すらっとした体躯で健康そうだった彼も、今は猫背気味で小さく見える。
「きみたちはもう大学を卒業したのかな? えっと、たしかつかさちゃんは専門学校だったと思うけど?」
明るい声で話題を提供してくれたことが3人にはありがたかった。
ここでそうじろうが何も言わなかったら、きっと気まずい空気が流れていただろう。
「あ、はい。資格の勉強を続けながら地元の事務所を探そうと思って……」
まずかがみが答える。
「私は必修課程は卒業したんですけど、もう1年延長して特別コースを受けるんです」
続いてつかさ。
「私はこの春から大学院生になります。個人的に探究したい分野がありましたので」
最後にみゆきが締める。
そうじろうが会話のキッカケを作ってくれたことは幸いだったが、3人にとってこの話題は好ましくない。
自分たちはそれぞれに4年を歩み、学び、成長してきた。
だがこなたは陵桜を卒業することさえなく夭逝したのだ。
それが自殺という形であっても、彼女だけが4年前から存在しない点に変わりはない。
(………………)
心苦しかった。
皆が皆、将来の夢に向けて順調に進んでいる。
かがみにしても、つかさにしても、みゆきにしても。
方向は全く異なるが未来に挑もうとする姿勢は同じだ。
料理のレパートリーが増えたこと、法曹界に近づいていること、医学の知識を深めたこと。
そのどれもが尊くて、誇るべき過程と成果である。
しかしそれはできない。
576:閻しき貴女よ14
09/01/25 22:18:29 g2KpJ7OB
彼女たちの成長を祝うのは彼女たちの親類縁者であって、そうじろうではない。
ここで意気揚々と4年間を語れば彼は表面では喜んでも、心に深い傷を残すことになる。
こなたと同い年―こなたと仲の良かった―のこの娘たちはこんなに成長しているのに。
今もこうして元気でいられるのに。
なぜ自分の娘だけが―。
きっとこう思ってしまうに違いない。
だから3人は彼の問いに簡潔に答えた。
話せば話すほど、今を生きている自分たちと4年前に死んだこなたとの差が広がってしまう気がした。
「そうか…………」
そうじろうは腕を組み、目を閉じた。
彼は自分を呪った。
幸せそうな彼女たちを素直に祝福できない自分が悔しかった。
この娘たちは今もこうしてこなたを悼んで来てくれたというのに。
険しい顔で迎えるべきではなく、彼女たちの心の温かさに感謝するべきなのに。
(………………)
それができない自分が憎い。
「こなたに……手を合わせてやってくれないか……?」
こう言うことでかろうじて意識を保つ。
彼の中でも、彼女たちの中でもまだこなたは生きている。
それを確かめ、互いにそれを意識し合うために、
「―はい」
元よりそのつもりだった3人がゆっくりと立ち上がった。
仏間に通されたかがみたちは、空気が変わったのを感じた。
軽はずみな気持ちで敷居を跨ぐことはできない。
3人は敬虔な気持ちでそうじろうの後に続いた。
仏壇にかなたとこなたの遺影が置かれている。
傍目には双子かと思えるくらいそっくりな2人の写真。
「泣いてるみたいだろ? 写真を撮るとなぜかいつもこんな顔になるんだ」
そうじろうの声は暗く沈んでいる。
彼の言うように、遺影のこなたは微笑んでいるように見えるが、目元には何かを諦めたような寂しさが漂っている。
(ほんと、泣いてるみたい…………)
つかさが手を合わせた。
かがみ、みゆきもそれに倣う。
「こなた……かがみちゃんたち、来てくれたぞ……」
遺影に向かって呟くそうじろうの目には涙が溜まっていた。
それを気付かれないようにそっと拭う。
(ごめんね、こなちゃん……)
つかさは内心で懺悔した。
彼女との最後はほとんどケンカ別れ同然だった。
学ぶ楽しさに気付いたつかさは、前にも増してべったりとしてくるこなたを冷たく遇(あしら)った。
『いつまでも遊んでいられるわけじゃないの』
『こなちゃんもちょっとは勉強したら?』
こういう類の言葉を投げつけて遠ざけたのだ。
あの時は自分のことで精一杯だったから―。
そんな安っぽい言い訳をするつもりは彼女にはない。
ただ、生きていく上でケジメをつける必要があることは、小学生の頃から教えられてきた。
それが高校生の―しかも受験を間近に控えているこなたがまだ心得ていないことに苛立ちを覚えたのは確かだ。
つかさにしては珍しく強い口調で突き放したのも、その苛立ちとこなたへの想いがあったからだ。
苦しいのは今だけ。
それが過ぎればまた4人で遊べばいい。
時間はいくらでもある。
つかさはそう思っていた。
(こなちゃんには伝わらなかった……のかな…………)
顔を上げた時、彼女は自分が涙していることに気付いた。
577:閻しき貴女よ15
09/01/25 22:20:45 g2KpJ7OB
・
・
・
・
・
再び客室に戻ってきた4人は湯気の昇らなくなったお茶で渇いた喉を潤す。
淹れなおそうとそうじろうが立ちかけたところを、みゆきがやんわりと断る。
「おじ様……本当に申し訳ありませんでした」
育ちの良いみゆきは頭ひとつ下げるだけでも、その動作に気品が溢れている。
逆にこれまで人を避けるように生きてきたそうじろうは、久しぶりに柔らかな声を聞き、
「え、いや? どうしてきみが謝るんだ……?」
年甲斐もなく動揺してしまう。
「本来ならば泉さ……こなたさんの命日にこうして毎年お手を合わせに伺うべきなのですが…………。
こちらの勝手な都合とはいえ、ご挨拶が遅くなりまして申し訳ございません」
しばらく見ないうちに、みゆきは大人としての振る舞いを身につけていたようだ。
つかさは気後れした。
過ごした時間は同じなのになぜこうも差が開いてしまうのだろう。
(私にはとてもできないよ……)
こんな挨拶ひとつできない自分が情けなかった。
同じ時間を過ごしたといえば、つかさとかがみほどこの言葉が当てはまる関係はない。
少なくとも陵桜を出るまでの18年は一緒だった。
その姉とさえ自分は大きく違う。
朝が苦手な自分はよくかがみに起こしてもらっていたし、勉強も教えてもらうばかりだった。
このままではいけないと唯一誇れる料理の腕を磨くことにしたが、それでもかがみとの差は埋まらなかった。
彼女は法学部に進み、しかも独り暮らしを始めた。
料理が苦手なハズなのに、自炊もそこそこにやっていたとメールや電話のやりとりで知った。
比して自分は実家からの専門学校通いだ。
家族がいるから衣食住は困らないし、皆がいたから寂しさもなかった。
それに末っ子ということもあってか何かと守られていた気もする。
(………………)
久しぶりに会ったかがみとみゆきは大人だった。
自分だけが温かい場所にいて、2人との差が一気に広がってしまったのだと感じた。
料理に関しては誰にも負けない自信があるが、それだけだ。
「とんでもない。きみたちにはきみたちの生活がある。その中でこうしてわざわざ来てくれたんだ。
謝るのは俺のほうだよ……本当にすまなかった…………」
慇懃なみゆきにあてられ、そうじろうも卑屈なくらい頭を垂れた。
「お頭をあげてください―」
お辞儀をしたことでさらに小さく見えるそうじろうが、みゆきには痛々しかった。
同時に今の言葉に疑問が湧く。
(どうしておじ様が謝るのでしょう……?)
どこかおかしい。
この場合、彼が口にするのは謝罪ではなく感謝ではないだろうか。
(お礼を言われるのなら分かりますが…………!)
みゆきは慌ててその思考を振り払った。
これでは自分はお礼を言われて当然だ、と考えているみたいだ。
彼女の思考がそうじろうに伝わっているハズがないが、それがたとえ思いであっても傲慢で失礼な女にはなりたくない。
(お礼、だなんて……恥ずかしいことを考えてしまいました……)
そうじろうがおもむろに顔を上げた。
深く息を吸ってかがみたちを順番に見つめた後、
「4年も経ったのに、こうして来てくれる……こなたは……幸せだな……」
目尻に溜まった涙を拭う。
「あいつの周りにはこんなに良い友だちがいたんだな……」
かがみは無意識に顔をそむけた。
そうじろうの呟きが痛い。
自分は……決して良い友だちなんかじゃなかった。
受験勉強が忙しいから、つかさに示しがつかないから、と勝手な理由でこなたを遠ざけてきたのだ。
甘えたがりのこなたを、たとえどんな状況であっても受け止めるのが友だちではないだろうか……。
578:閻しき貴女よ16
09/01/25 22:24:16 g2KpJ7OB
(そうよ……私はこなたの友だちなんかじゃ……ない……)
かがみが拳を握り締めた。
(ここにいる資格さえないんだ!)
自棄になったワケではない。
どう考えてもこの結論に達してしまうのだ。
「こなたには黙っていてくれと頼まれていたが……もう話してもいいかもしれないな…………」
そうじろうが天井を見上げた。
「どういうことですか?」
秘密めいた口調につかさが身を乗り出した。
みゆきもかがみも無言のままそうじろうの次の言葉も待つ。
先ほどの彼の発言もあって、かがみは体を固くした。
「うん―」
つかさの促しにそうじろうは一瞬だけ躊躇った。
だが彼が視線を前に戻した時、固唾を呑む3人の真剣な眼差しが自分を捉えているのに気づき、
「あんな最期になってしまったけど、どのみちこなたの命は永くはなかったんだ」
声を震わせながら打ち明ける決意をした。
「そ、それはどういう…………?」
「こなたはな―病気だったんだよ」
「…………ッ!!」
そのたった一言が、3人を震撼させた。
語り口から重度の病であったことはすぐに分かる。
「かなた……妻と同じ病気さ。あいつはこなたを産んだ時の負担がたたって亡くなったが…………。
こなたの場合はそこまで持たなかったんだな……」
そうじろうが遠い目をして言った。
告白している、というより口をついて言葉が自然に出てきているような感じだ。
「でもあんなに元気に……スポーツだって得意だったのに」
記憶をたどってかがみが反発するように言った。
「無理にそうやって振る舞ってたんだろうな、それは。あいつは……こなたは…………。
何もしなくても20歳の誕生日すら迎えられなかっただろうから―」
「そんな…………ッ!!」
みゆきは生まれて初めて大声をあげた。
突飛なそうじろうの独白に性質の悪い冗談を感じた。
こなたが病気?
誰が聞いても信じられない話だ。
(あの泉さんが……ですがおば様のことを考えると……)
呼吸を落ち着け、彼女は姿勢を正した。
「医者はこなたは成人する前に死んでしまうと言ってたんだ」
「ウソ…………」
「もちろん激しい運動をしたり不摂生をしたりすれば寿命はさらに縮まるとも言ってた」
「ウソですよ、そんなこと……」
明かされる辛辣な事実につかさが抗おうとした。
ウソだと言い切ることで、こなたの病をなかったことにしてしまいたかった。
”彼女が自殺をしようがしまいが、どのみち生きられなかった”
この残酷すぎる”もしも”を少しでも変えたかった。
「ウソじゃない! ウソじゃないんだ!」
そうじろうが声を荒らげた。
「あいつの病気は見た目には全然分からないんだ。一緒にいた俺も、こなた自身でさえ自覚できなかったんだ」
先ほど怒鳴った自分を恥じるように、今度は聞き取れないほど小さな声で、
「でも半年ごとの検査で心臓や肺がどんどん縮んでいくのが分かるんだよ。認めたくなかったけどね。
最後に見た時は半分くらいの大きさになってた。俺もこなたも覚悟したのはその時だったな」
告白を続けた。
「だから残りの人生、こなたの好きなようにやらせたんだ。ゲームもアニメも、欲しいものは何でも買った。
学校をサボるのも黙ってたし、バイトも許した。本当は親としてやっちゃいけないことなんだけどな」
彼は照れ笑いを浮かべるでもなく、ほとんど無表情に当時を振り返った。
「甘やかしてるって分かってたよ。でもだからって厳しくしてどうする? こなたは…………。
あいつは何も悪くないんだ。なのに成人式にも出られないんだぞ? どんなに頑張ったって…………。
どんなに頑張ったって数年しか生きられないんだ。だったら―!!」
そうじろうは血走った目でかがみを睥睨した。
「好きなことをさせたいじゃないか! 勉強したって何も残らないんだ!
せめて……好きな事を好きなだけさせてやりたい! 俺にはそれくらいしかしてやれなかったんだっ!」
579:閻しき貴女よ17
09/01/25 22:27:02 g2KpJ7OB
かがみは困ったように俯いた。
彼の言っていることは痛いほど理解できる。
仮につかさがこなたと同じ境遇に置かれていたら、彼女もそうじろうと同じ考えに至るだろう。
「……いや…怒鳴ったりしてすまなかった…………こなたのことになると、つい…な…………」
ばつ悪そうに顔を伏せるそうじろうを見て、みゆきは深い家族愛を感じた。
こなたはこんなにも父親に愛されていたのだ。
他人のことではあるが、彼女は心が温かくなるのを感じた。
今は亡きこなたがより尊く感じられる。
彼女と友だちであった自分を誇ることができる。
「情けないよ……俺は……妻も娘も助けられなかった…………ッ!!」
そうじろうの嗚咽を聞くたび、つかさは胸に痛みを覚えた。
(泉さんが……では、自ら死を選んだのは…………)
「耐えられなかったんだろうな。かなたと同じ病気で自分がいつ死んでしまうか分からない。
だからあいつは……こなたはそうなる前に自分から生きるのをやめたんだ……」
みゆきの疑念に答えるようにそうじろうが吐いた。
「俺はこなたの自由にさせてやりたかったが…………今にして思えば、あれもあいつのやりたかった事なんだな」
残された短い時間の中で、彼女が望んだのが命を捨てる選択だったとすれば。
これほど皮肉なことはない。
その短い時間すらこなたは放棄してしまったのだ。
「何のために…………ッ!」
そうじろうが拳を握り締めた。
「何のために産まれてきたんだよ……たった20年すら生きられないのに…………。
こなたは何のために産まれてきたっていうんだ。かなたはなんで死んだんだ…………?」
暗く、淀んだ声が客室を這うように流れた。
「神様は……かなただけじゃ足りなかったのか? だからこなたも連れていったのか…………?」
呪詛の混じったその言葉はかがみとつかさの心を深く抉剔した。
人間は困ったり悩んだりすると、信仰心に関係なく神や仏に縋ろうとする。
普段は意識もしない雲の上の存在に、時に憧憬の念を抱き、時に畏れ慎み、時に呪う。
”神”という言葉を出され、2人は互いに顔を見合わせた。
彼女たちは幼い頃から”死”を、”天に召された”という言い方で教えられてきた。
死生観をどう持とうと個人の自由だが、2人の家柄はそうは言えない環境にある。
現実的でクールなかがみでさえ、誰かが死ねば、”神様の元へと旅立った”と思う事がある。
ゆたかがこなたの受験の成功を祈願してお守りを買いに来た時、
『受験は自分の力で頑張るものだ』
と、どこか冷やかに健気な少女をかがみは見ていた。
それほど神の存在は儚く、脆い。
祈願などそれほど役に立たない、と。
かがみはどこか冷めたようにそう思っている。
しかしだからといって神の存在を否定しているわけでもなかった。
彼女も願ったのだ。
”次はつかさやみゆき、こなたと同じクラスになれますように”
その祈りはとうとう通じることはなかったが、都合のよい時だけ神を頼るのは彼女も濁世の人々と大差なかった。
だからかがみは神の存在について肯定も否定もしない。
人の死に対し、神の元へ逝けたと喜び送り出すべきか、生ある者との永遠の別れだと嘆くべきか。
柊家に生まれ落ち22年経った今でも答えは出せないでいる。
(………………)
3人はそれぞれに死の直前のこなたを想い起こす。
差し迫った状況にありながら、今を楽しもうとしていた彼女の行動が―。
4年越しのそうじろうの告白で全て説明がつく。
彼女は遊びたかったのだ。
残り僅かな時間を意味のない勉学にあてるより、友人と楽しく過ごしたかったのだ。
かがみにも、つかさにも、もちろんみゆきにだって未来はある。
未来があるからこそ、その未来をより輝かしく、実りあるものとするために勉強した。
しかし、こなたにはなかった。
時間を削ってまで懸ける未来がなかった。
誰もが等しく持っているハズのそれが、彼女の場合だけ短すぎたのだ。
580:閻しき貴女よ18
09/01/25 22:28:42 g2KpJ7OB
「こなたぁ…………ッッ!!」
―あの時。
つかさの意欲を妨げるとこなたを遠ざけた自分を、かがみは激しく憎悪した。
こなたの病を知らなかったと開き直りさえすれば、悔恨の念に囚われずにすむ話である。
「うっ……く…………」
だが彼女にはできない。
むしろ病羸(びょうるい)を隠し通してきた健気なこなたを想えば……。
それに全く気付けなかった自分が呪わしい。
「おじ様―もしよろしければ……」
みゆきだ。
そうじろうが視線だけを向ける。
「こなたさんのお部屋に上がらせていただいてもよろしいでしょうか?」
何を言い出すんだ、と言いたげに2人がみゆきを見た。
しかし何か考えがあるようで、彼女は凛とした表情でそうじろうの答えを待っている。
そうじろうはすぐには返事をしなかった。
みゆき同様、彼にも考えるべきところがいくつもあった。
(この娘たちはこなたを慕ってくれてるんだ。拒む理由なんかないよな……)
そうじろうは答える代わりにゆっくりと立ちあがった。
その背中に、”ついて来てくれ”と語らせ―客室を後にした。
「……なんでこなたの部屋に?」
数秒待ってからかがみがそっと耳打ちする。
「憶えておきたいんです、泉さんのこと。泉さんがいらした部屋に―」
自分も立ち入ることで、より強くこなたを記憶に残せる気がする、とみゆきは言った。
2人に比べてこなたと接していた時間が少なかった彼女は、今になってその存在を近くに感じたいと思ったようだ。
「もし形に残るものがあれば……どんな小さな物でもいいんです……譲り受けることができれば…………」
人間の記憶は曖昧だ。
どんなに鮮烈な印象をもって刻み込まれた記憶も、時間が経てば霧の向こうに隠れてしまう。
忘れまい、忘れまいと想い続けても、磁気テープに記録されたデータのようにどこかに綻びを生じる。
人間は忘れる生き物だ。
無理に記憶を繋ごうとすると、彼女たちの中のこなたは現実とかけ離れてしまう。
少しずつ、少しずつ美化されて……自分にとって都合のよいこなたに成り果てるのだ。
「ゆきちゃん…………」
「泉さんは泉さんです。なのに…私たちの中でまるで違う人になってしまうみたいで……」
みゆきが声を詰まらせた。
3人の中に生きるこなたが別人であってはならない。
彼女はそう言った。
「そう、ね……そうよね……」
意図を理解したかがみがしきりに頷く。
互いに顔を見合わせ意識を共有させると、3人はそうじろうの後を追った。
581:名無しさん@お腹いっぱい。
09/01/25 22:29:45 zng7gGKF
支援
582:名無しさん@お腹いっぱい。
09/01/25 23:00:08 zng7gGKF
も一つ支援
583:JEDI_tkms1984
09/01/25 23:12:06 g2KpJ7OB
本日は以上です。
いつもいつもこの最後の書き込みで規制にかかるのです。
明日は(出社できたら)もう直接社長に言おうと思います。
憤懣で爆発寸前ですが利害を説いて受理してもらいます。
SSですが明日は月曜のためお休みし、火曜夜に投下させていただきます。
(ありがちな自殺理由で申し訳ないです)
ではおやすみなさい。
支援くださった方、ありがとうございます。
残念ですが今日はここまでです。
>>569
まさか自ら死のうなどとは思いませんがこの景気。
次が見つかるかが心配ですね。
>>570
警察はあまりアテになりません。
数年前、自宅に小指のない男(ちょっとだけ勤めていた会社々長)が怒鳴り込んで来たので警察を呼びましたが、
民事不介入だとか言って静観しているだけでした。
刺されでもしたら動いてくれるのでしょうが、なんとも頼りない話です。
584:名無しさん@お腹いっぱい。
09/01/26 01:15:32 cKRCea+j
乙です。
そういえばまだ、不治の病により…っていうのはありませんでしたね。
日本における自殺原因1位が健康上の理由(不治の病等)なのに。
続き期待してます。
585:名無しさん@お腹いっぱい。
09/01/26 15:30:47 wahrjPgg
気付けば容量的に次スレの時期か
586:名無しさん@お腹いっぱい。
09/01/26 18:06:27 wLAwUtCF
>>583
規制空けて乙です
587:名無しさん@お腹いっぱい。
09/01/26 22:20:09 72aCH3zx
こなた「あ~早く帰って寝よ。」
こなたが帰路に向かう途中、数人の男たちが立っていた。
伊達邦彦「諸君 私は泉こなたが嫌いだ 諸君 私は泉こなたが嫌いだ 諸君 私は泉こなたが大嫌いだ
おたくが嫌いだ 口が嫌いだ 体格が嫌いだ 平野綾が嫌いだ コスプレが嫌いだ
アキバが嫌いだ アホ毛が嫌いだ 萌えが嫌いだ オタトークが嫌いだ
公園で 市役所で コンビニで スーパーで ツタヤで 宮脇書店で 公衆トイレで
吉野家で 学校で 幼稚園で
この地上に存在する ありとあらゆる泉こなたが大嫌いだ
M16ライフルの一斉発射が 轟音と共に泉こなたを吹き飛ばすのが好きだ。
空中高く放り上げられた泉こなたが ダムダム弾でばらばらになった時など心がおどる
俺の操るトヨタコロナが泉こなたをひき逃げするのが好きだ。悲鳴を上げて 這いずり出てきた
泉こなたをナイフで刺し殺した時など胸がすくような気持ちだった。
AK47を持った俺達が泉こなたを撃ち殺すのが好きだ
恐慌状態のハルヒが 既に息絶えた泉こなたを 何度も何度も刺突している様など感動すら覚える
秋葉原のオタク共を街灯上に吊るし上げていく様などはもうたまらない
泣き叫ぶ泉こなたが俺の降り下ろした手の平とともに金切り声を上げるシュマイザーに
ばたばたと薙ぎ倒されるのも最高だ
哀れな泉こなたがトカレフで健気にも立ち上がってきたのをウージーが 泉こなたに粉砕した時など
絶頂すら覚える
レイプ魔に滅茶苦茶にされるのが好きだ
諸君 私はこなた虐殺を 地獄の様なこなた虐殺を望んでいる。
諸君 私に付き従う大藪小説の主人公諸君
君達は一体 何を望んでいる?
更なるこなた虐殺を望むか?情け容赦のない 糞の様なこなた虐殺を望むか?」
朝倉哲也、西城秀夫、石川克也、北野晶夫、高見沢優「こなた虐殺!!こなた虐殺!!こなた虐殺!!」
伊達邦彦「よろしい、ならばこなた虐殺だ。我々は満身の力をこめて今まさに振り下ろさんとする握り拳だ
だがこの10年もの間 マイナー扱いされた我々に ただの虐殺では もはや足りない!!」
朝倉哲也、西城秀夫、石川克也、北野晶夫、高見沢優「こなた大虐殺を!! 一心不乱のこなた大虐殺を!!」
伊達邦彦「征くぞ 諸君」
6人の男たちが一斉にこなたに襲い掛かった。
こなた「ぎゃああああああああああああ!」
次の日、ドブ川にこなたのバラバラ死体が見つかったという・・・
588:名無しさん@お腹いっぱい。
09/01/27 01:33:12 fojKp2cW
↑お前が死ねよ、人間の屑
こなたを虐めるな
589:名無しさん@お腹いっぱい。
09/01/27 02:28:05 CKp2xJoU
>>587
他殺はスレチだ
(・∀・)カエレ!!
590:JEDI_tkms1984
09/01/27 20:52:39 QUIgm6F0
皆さん、こんばんは。
一日越しです。
交渉決裂……というか保留みたいな扱いになりました。
僕は3月で辞めたかったのですが、決算業務にどうしても抜けられては困るから8月までいてほしいと。
その間で気が変わってくれればいいと言われました。
もちろんそんな事はあり得ませんが、とりあえずではその期間までと承諾はしました。
『己の性慾に忠実で、頭ではなく下半身でモノを考えるような陋劣嗜虐な猴なんかと仕事できるか』
という意味の言葉を遠回しに言いすぎて伝わらなかったのかもしれません。
8月まで……はこちらの大幅な譲歩なのでその時が来たら如何なる引き止めがあっても辞めます。
この考えに至るまでにはジョックが引き起こしたいくつかの事象があるのですが、スレの趣旨に反するのでブログにでも書き散らします。
それでは悲憤慷慨で始まりましたが、本日分を投下いたします。
591:閻しき貴女よ19
09/01/27 20:54:23 QUIgm6F0
散らかっているけど、と恥ずかしそうに前置きしてそうじろうがドアを開けた。
足を踏み入れた瞬間、かがみは4年前に戻ったような錯覚に陥った。
あちこちに貼られたアニメのポスター。
棚に飾られているフィギュア。
ほこりを被っているパソコン。
今となっては時代遅れだが、ここにこなたがいた証としてどれもが輝いて見える。
「あの日からほとんど手入れしてないんだ。このまま……残しておきたくてな」
そう言う彼自身もこの部屋にはあまり入っていないのだろう。
懐かしそうに室内を見渡した。
「特にこれが好きだって言ってたな」
ポスターの1枚を見ながらそうじろうがため息まじりに言った。
宇宙を背景に2人の巫女が玉串を掲げている絵だ。
突如現れたエイリアンに対抗するため、日本政府が対エイリアン戦力として抜擢した巫女。
エイリアンとの戦いを通して、家族愛や平和について考えさせるという昔流行ったアニメだ。
みゆきは呆然として棚のフィギュアを眺めた。
”ほらほら、ここがこうなっててね……けっこう細かいでしょ?”
こなたの声が聞こえてくるようだった。
まるで子供みたいに趣味に彩られた内装。
学生であったことを微塵も感じさせない物品の数々が―。
泉こなたの存在をよりハッキリ意識させるようで―。
みゆきは落涙した。
もし、そうじろうの許しが出るなら、どんな物でもいいから手元に置いておきたかった。
鉛筆の1本だってかまわない。
こなたを身近に感じたかった。
(ワガママですよね…………)
そう思う一方で、彼女はその考え方が自分勝手だとも感じていた。
今になって虫の良すぎる頼みごとだ。
それにそうじろうにはこの部屋をこのまま残しておきたいという気持ちがある。
みゆきの願いは彼の意思に反することだ。
(………………)
一度は拭った涙が再び溢れてきた。
こなたに対してそれだけの想いを寄せるのであれば―。
なぜ彼女が生きている時にそうしなかったのか。
なぜ今なのか―。
同じように想いを馳せる2人を見て、みゆきは自分が憎くなった。
こなたを忘れないように彼女の遺品を譲り受けたい。
みゆきはそう考えた。
592:閻しき貴女よ20
09/01/27 20:55:09 QUIgm6F0
だが、それは…………。
死者を弔う気持ちをアピールしただけの、単なるエゴなのではないか。
そうじろうやかがみたちの手前、慈悲深く優しい自分を映したかっただけではないのか。
そもそも遺品を受け取って、それをどうしようというのか。
ただそれだけでは何の贖いにもならない。
(泉さん…………)
―自分を憎む。
形ある物がなければこなたを忘れてしまう自分に、こなたの遺品を預かる資格があるのだろうか。
そうすることでしか記憶を保てない自分には、もはやこなたを偲ぶことすら傲慢なのではないか。
遅すぎた。
何もかもが遅すぎたのだ。
後悔するのが人間の悪い癖だが、もっと悪い癖は何度後悔を重ねてもその経験を次に活かせないことだ。
「ん…………?」
閉め切った部屋の中、空気の流れを肌に感じたそうじろうが不意に天井を見上げた。
反射的にかがみたちもそれに倣う。
「あっ……!」
3人がほとんど同時に声をあげた。
何の前触れもなく空間から白い物体が現れた。
ぽとり、と小さな音を立ててそれがこなたの机の上に落ちる。
「な、なんだ?」
そうじろうがおそるおそるそれを摘みあげた。
瞬間、彼の顔つきが変わった。
「あの…それは……?」
みゆきがおずおずと訊ねる。
しかしそうじろうはその問いを無視し、震える手つきでそれを愛撫した。
「手紙だ―」
「…………えっ?」
「手紙だ……これは…これは……こなたからの手紙だ!」
熱くなった手で封を開ける。
出てきた便箋には見紛うことなき丸みのある文字が並んでいた。
彼女と親しかった者には分かる。
この乱雑な字体は―。
593:閻しき貴女よ21
09/01/27 20:56:20 QUIgm6F0
『久しぶりって言ったらいいのかな。気の利いた出だしが思いつかないよ。
かがみ、つかさ、みゆきさん、来てくれてありがとね。それからお父さん。
内緒にしててって言ったのに、なんで喋っちゃうのさ? まあいいや。もう時効みたいなもんだしね』
手紙の始まりを声に出して読みながら、そうじろうはすでに落涙していた。
内容にではなく、真っ白な便箋に書き並べられた愛しい娘の文字に。
誰にも真似のできないこなたの字にそうじろうは涙した。
彼は目頭を押さえると、濡れた便箋をかがみに差し出した。
「…………?」
怪訝な顔をしてそれを受け取る。
『かがみん、卒業おめでとう。
毎日勉強がんばってたもんね。
かがみんは努力家だからきっといい就職先が見つかるよ。
やっぱり将来は弁護士か。でも普通の弁護士じゃつまらないから、”ツンデレ弁護士”なんてどう?
最初はつれないけど、裁判に勝ったらデレになって依頼人と付き合うとか。
まあそれは冗談だけどさ。
そういえば一緒に勉強してた佐伯さん、元気なかったでしょ?
なにか悩みがあるみたい。よかったら相談に乗ってあげて欲しいな。
私が言うのもおかしいけど、かがみは面倒見がいいからさ。
きっと佐伯さんを助けてあげられると思う。
ごめんね、せっかく来てくれたのに勝手なお願いしちゃって。
でも見ててつらかったんだ。
かがみ、佐伯さんと仲良かったから。
余計なお節介かもしれないけど、あの人が私の代わりにかがみの傍にいてくれたから』
2度、3度―。
繰り返し読んだ彼女はいつの間にか、そうじろうと同じように涙を流していた。
(バカ……何が”私の代わり”よ…………)
ぼやけた視界の中に、”佐伯”という文字が浮かんだ。
大学生活の中で昵懇の間柄だった少女の名前だ。
一緒に講義を受け、学び、時に持論を戦わせたある意味では親友でライバルのような存在。
互いの寮に泊まりに行ったこともあるほど親しい仲だった。
その存在をこの手紙の主は知っている。
気味が悪い、とは思わなかった。
自分を”かがみん”と呼ぶのは後にも先にもこなただけだ。
(あんたは…………)
かがみは涙を拭った。
(あんたは…こんな私をずっと見てくれてたのね……こなた…………)
もう一度読み返す。
やはり間違いない。
こなたはずっと傍にいてくれたのだ。
佐伯の機微にも気付けるほど、こなたはすぐ傍にいたのだ。
「こなた……こなたぁ…………!!」
彼女は自分を見ていてくれたのに。
その存在も気配も感じることができなかった。
(バカは私よ……! 自分のことしか考えないで……!)
悔恨の念に囚われたかがみは、打ち震えながら4年前を思い返す。
受験で忙しかったから、つかさの為にならないから、と悉くこなたを蔑ろにしてきた自分がいた。
今さら後悔しても遅すぎるが、彼女にはもう後悔しかできなかった。
「…………?」
虚ろな瞳で文面をたどっていたかがみは、2枚目の便箋があるのに気づいた。
その冒頭の部分を読みかけ、
「つかさ…………」
力の抜け切った右手でそれを差し出した。
594:閻しき貴女よ22
09/01/27 20:57:50 QUIgm6F0
『つかさはすごいね。
あんな難しいメニューなのに誰よりも上手に作ってたね。
洋食より和食の方が得意なのかな。
私も料理にはちょっと自信があったけど、あっという間に追い越されたよ。
将来はいいダンナさんと巡り合って毎日おいしいご飯を作ってあげるのかな?
私もつかさの作った料理を食べてみたかったな。
横で見ててヨダレが出てきそうなくらいだったもん。
きっとおいしいだろうな。
でもまさか本当に料理の道に進むなんて思わなかったよ。
どっちかっていうとお菓子職人とかをイメージしてたから。
ごめんね、勝手な想像だよね。
つかさは将来、どんな人と結婚するんだろうね。
優しい人かな。カッコイイ人かな。
つかさの事、ちゃんと支えてくれる人がいいな。
あ、でもちょっとだけその人にシットしちゃうかも……』
読み終え、つかさはしばらく虚無感を味わった。
これを本当にこなたが書いたのか。
内容を見てもすぐには信じられなかった。
つかさがその目で見てきたこなたの中に、この手紙を書く彼女を想像できない。
どちらかというと自分に似ている泉こなたの姿しかない。
面倒なことから逃げてゲームやアニメに興じ、成績も良くなく、かがみに比べて料理の腕はある少女。
そういう見方をすれば、つかさとこなたはほとんど同じ種類の人間だった。
だからこそ、この手紙を書いたのがこなただと即座に理解できない。
自分には―。
自分にはこんな文章は絶対に書けないからだ。
ここまで高尚な考え方はできない。
「これ……こなちゃんが…………?」
誰にも聞こえないくらい小さな呟きに、そうじろうがはっきりと頷いた。
そこでつかさはようやく気付いた。
こなたはいなくなったのではない。
目には見えないだけで彼女はずっと生きていたのだ。
死んだ、と思っていたのは自分たちだけだったのだ。
こなたは4年前から今日までをちゃんと生きている。
成長している。
(こなちゃん……こなちゃん…………)
つかさは心の中で何度もこなたの名を呼んだ。
真っ赤になった目でもう一度文面を追い―。
その下にあった便箋をみゆきに手渡した。
『みゆきさんは本当にすごいね。
何の勉強してるのかさえ分からないくらい。
博士って感じだよ。
でもすごく難しい勉強してるな、すごく頑張ってるなっていうのは分かるよ。
みゆきさんはまだ医師になるのか、調剤師になるのか迷ってるんだよね。
ここはひとつ苦手な歯医者になるのも面白いかも。
って将来の話を軽々しくするのは駄目だよね。
でもさ、今でも歯医者を怖がってる人っていっぱいいると思うんだ。
みゆきさんはそういう人の不安を和らげてあげられると思う。
ウソじゃないよ。
人の将来だから私が口出しできることじゃないけど、そういう考え方もアリかなって。
みゆきさんは何でもできるし、何にでもなれると思うから。
応援してるよ』
595:閻しき貴女よ23
09/01/27 21:07:01 QUIgm6F0
「泉さん…………」
クセのある字体をなぞりながら、みゆきはこなたの声を聞いた気がした。
4年前の記憶からこなたの容姿や声色を引っ張り出す。
やる気のなさを感じさせる甘ったるい声。
霞の向こうの記憶だが、今でもまだ思い出せる。
この特徴的な文字は―あの時から全く変わってはいない。
「こんなことが…………」
昂った感情が落ち着きを取り戻し始めた時、彼女は稀有な現象を目撃していることを自覚した。
そうじろうが最初に読み上げた内容からして、この手紙は自分たちがここに来てから書かれたものと分かる。
丁寧にも一人ずつに便箋を用意し、封筒に収めるという手順まで踏んで。
それをこなたがやったことは間違いない。
中空にこの手紙が現れた瞬間も目撃している。
(あなたはずっとここにいらっしゃったのですね……)
寒気がしそうな出来事なのに、胸のあたりが熱くなるのをみゆきは感じた。
彼女が自分たちを見守っていてくれたことが何より嬉しく、それと同じだけ申し訳なさも感じた。
生前、こなたに冷たく振る舞っていた自分を―。
今も応援していると言ってくれた。
恨んだり憎んだりするどころか、未来ある自分を祝福してくれる。
みゆきにはこなたが天使に見えた。
そうじろうは静かに息を吸い込んだ。
こなたの姿は見えないが、ここにいるのは間違いない。
だから彼は五感を研ぎ澄ませた。
目を瞠(みは)り、耳を欹(そばだ)て、一分の感覚も損ねないように努めた。
そうすれば視覚や嗅覚のどれかがこなたを感じてくれそうな気がした。
(こなた……お前はどこにいるんだ……なあ、こなた…………)
空気の流れが変わったことは感じているが、こなたの存在そのものまでは感じられない。
「おじ様、これを……」
みゆきがおずおずと便箋を差し出した。
「うん……あ、ああ……」
ワケが分からずしかし手は自然とそれを受け取っている。
導かれるように彼はそれを開いた。
『それとお父さん。皆には黙っててって言ったのに、なんでしゃべっちゃうかな。
恥ずかしいじゃん。まあいいけどさ。
あ、そうそう。私ね、お母さんに会えたよ。
写真で見るよりずっとキレイだったから最初は誰だか分からなかったけど。
私もお母さんも元気でやってるよ。
死んでるのに元気なんてヘンな感じだけどね。
お母さんね、ずっとお父さんのこと見てたんだよ。
ほら、ずっと前に写真撮った時に後ろに影が写ってたでしょ?
あれってやっぱりお母さんだったんだって。
ビックリだよね。
本当はさ、こうやって手紙書くこともお母さんには反対されてたんだ。
死んだ人が生きてる人にしちゃいけないことだって。
お母さんも本当は私たちに手紙出したかったんだって。
私たちみたいに死んだ人が生きてる人に言葉を伝える方法は手紙しかないらしいんだ。
アナログだよね~。メールとかできたらいいのに。
それでね、お母さんが反対した理由なんだけど。
お母さん、お父さんを悲しませたくなかったからなんだって。
いつまでも自分のことに捕らわれてほしくなかったみたいだよ。
忘れろっていう意味じゃないよ。
でもひんぱんにそうやってやりとりしてたらお父さん、いつまで経ってもお母さんのこと追い続けるだろうって。
だから見守ることにしたらしいんだ。
私はそれができなかっただけ。
でもこれで最後にするよ。
596:閻しき貴女よ24
09/01/27 21:08:31 QUIgm6F0
やっぱりルール違反みたいだから。
できるけど本当はしちゃいけないって。
天国も決まりごとが多くて嫌になっちゃうよ。
あ、でもルール破ったからって地獄行き……なんてことはないから安心してね。
ちょっと怒られるだけだから。
だからこうやって言葉を伝えることはもうしないけど。
私もお母さんもゆーちゃんも、ちゃんとお父さんのこと見てるからね。
もちろん3人のことも。
私たちはこんな風になっちゃったけど、みんなには幸せになってほしいな。約束だからね』
そうじろうは涙を拭うことも忘れて、その便箋を3人に見せた。
冒頭には自分のことが挙がっているが、これは3人に宛てた文面だ。
みゆきはこの読みにくい字を夢現で追っていた。
これを見ているとやはり死後の世界は存在しているのだと認めたくなる。
実際に天国や地獄という単語もここにあるから、それらの世界もやはりあるのだろう。
「きみたちのおかげだな……」
そうじろうが深く深く頭を下げた。
その行動の意味が分からず目を瞬かせる3人。
「きみたちが来てくれなかったら、俺はずっとかなたやこなたが見守っていてくれたことに気付かなかっただろう。
こうして手紙を受け取ることもなかった……本当に感謝してるよ」
感謝の意を表すように彼は垂れた頭を上げることをしなかった。
こなたからの手紙を受け取るキッカケを作ってくれたことだけではない。
4年経った今でも娘を忘れず、追悼に来てくれる3人の慈愛が沁みた。
「そんな、私たちはなにも……」
かがみが俯いた。
何もしていないどころか、身も心も窶れていたこなたに辛辣な言葉を浴びせてきたのだ。
そうじろうに頭を下げられる資格など微塵もない。
「いや、きみたちのおかげだ、本当にありがとう」
3人は困ったように顔を見合わせた。
それぞれに想うところはあるが、共通しているのは後悔だ。
(…………………)
複雑な想いを抱えたまま、4人はこなたの部屋を後にした。
597:JEDI_tkms1984
09/01/27 21:14:20 QUIgm6F0
本日はここまでです。
熱に加えて腹痛と痢まで起こしてしまいましたが、もう少し頑張ります。
明日には最後まで投下できそうですが、容量を超えてしまいそうです。
いかがいたしましょうか。
598:名無しさん@お腹いっぱい。
09/01/27 23:14:04 Xo0xG7lX
>>597
乙!
588じゃないが俺もこなたが虐められて自殺する話は余り読まない。
虐め(・A・)イクナイ!!
続きの3人の葛藤?を楽しみにしてます。
>容量を超えてしまいそうです。
次スレ立てて誘導すれば良いのでは?
他の人の意見求む。
599:名無しさん@お腹いっぱい。
09/01/27 23:37:29 CKp2xJoU
>>598
乙!
俺も虐め系は苦手だな
ありきたりだしな
そういった意味でこの作品は俺的にすごい評価できます。
600:名無しさん@お腹いっぱい。
09/01/28 01:33:24 7rYsEJZa
スレキャパパンク宣告出てんだから、新しいスレッド建ててくるわ。
>>598
乙!
JEDIさんといえば、虐めのパイオニアってイメージあったが、
こういうほんわかと来る話もいいですね。
あと何気に、SFチックなところもw
601:名無しさん@お腹いっぱい。
09/01/28 01:36:57 7rYsEJZa
立ててきた。
スレリンク(anichara2板)
こっちが埋まり次第、次スレへ投下どぞー
602:名無しさん@お腹いっぱい。
09/01/28 04:12:44 WbzzPf8O
>>601
スレ立ておつあり
603:名無しさん@お腹いっぱい。
09/01/28 16:44:00 3S/F5aTG
乙
604:JEDI_tkms1984
09/01/28 21:13:47 lOWelDwo
皆さん、こんばんは。
狙ってそうするわけではないのですが、僕が投稿する時はいつもスレを跨ぎます。
スレを立てて下さった方に感謝するとともに、続きを投下させていただきます。
いっぱいになったら次スレへ。
>>598
>>599
いじめが僕の十八番というかそれしか書けないもので、内心ハラハラです。
今年は毛色の違うSSにも挑戦します。
>>600
パイオニアなど身に余りますよ。
そんな大層な者ではありませんゆえ。
605:閻しき貴女よ25
09/01/28 21:14:47 lOWelDwo
客室に戻ってきたかがみたちは、そうじろうが淹れなおしたお茶で喉の渇きを癒した。
「すみません、わざわざ……」
「俺こそ申し訳ないよ。せっかく来てくれたのにこれくらいしかできないんだから」
そうじろうが照れ隠しに頭を掻いた。
そのちょっとした仕草を横目で見ながら、かがみは安堵した。
来た時とは違い、今の彼には明るさがある。
こなたの手紙を受け取ったことで、失っていた精気を取り戻したのかもしれない。
良い兆候だ、とかがみは思った。
しかしどうしても気になることがある彼女は、それを訊くべきかどうか逡巡した。
答えを得たところで自分にはどうにもできない。
ただの興味本位でそうじろうの傷を抉るくらいなら、訊かないままのほうがいいのではないか。
「おじ様―」
ぐるぐると定まらない思考を続けていた時、不意にみゆきがそうじろうに声をかけた。
「あの、これは決して興味本位ではありません……もしお気に障るようでしたらどうか聞き流してください」
前置きとしてはどうかと思うが、さすがの彼女にも適切な言葉が見つからなかったらしい。
まさか、とかがみは思った。
この逆立ちしても敵わない聡明なお嬢様は、自分と同じ疑問を持っているのだろうか。
淑やかな彼女が、自分が口にすることを躊躇った問いを投げかけるのだろうか。
かがみが見守っていると、
「あの……小早川さんは…………?」
消え入りそうな声でみゆきが訊ねた。
かがみは冷や汗をかきながら、内心ではホッとしていた。
これは自分も訊きたかったことだ。
そうじろうの心傷を汲めばそう簡単には口にできない問いかけだが、その役目をみゆきが担ってくれた。
彼は永いこと押し黙った後、
「亡くなったよ―」
誰にともなく言った。
(やっぱり、ゆたかちゃんも……)
かがみはうな垂れた。
そうじろうが最後に見せた便箋。
天国や地獄という言葉が記されたあの手紙に―。
”私もお母さんもゆーちゃんも、ちゃんとお父さんのこと見てるからね”
という一文があったのをかがみもみゆきも見逃さなかった。
まさかという想いが2人の頭をよぎったが、文面通りに解釈すればゆたかの死に考え至る。
かがみはちらっとみゆきを見やった。
質問した本人はそうじろう以上に塞ぎ込んでいるようだった。
(みゆきも知らなかったってことよね?)
小さな疑問が湧く。
ゆたかとみなみは親しかったし、みなみとみゆきも近しい間柄にあった。
ゆたかの死はみなみを通してみゆきには伝わらなかったのだろうか。
「あの娘も体が丈夫なほうではなかったからな。まさかとは思っていたが……」
重苦しい沈黙を破りたくてそうじろうが呟いたが、その内容は沈黙よりもさらに陰鬱だった。
「肺炎だったんだ。熱を出すのはよくある事だったし、いつもは薬を飲めばすぐに治まってたんだ。
でも、あの時だけはそうじゃなかった。熱は下がらないし、呼吸も荒かった…………」
情景を思い出したのか彼は声を詰まらせた。
「慌てて救急車を呼んだが……遅かったよ……。ゆーちゃんは……あの娘はな…………!」
そうじろうの震えは悲しみによるものというより、行き場のない憎悪を内包しているようだった。
「どこも診てくれなかったんだ。どこも満床だといって断られた…………。
1時間ほどしてようやく受け入れ先が見つかったが―その時にはもう…………」
一度は涸れた涙がまた滂沱として流れる。
残酷なゆたかの最期に、つかさは顔を手で覆った。
みゆきは問うた事を悔いた。
606:閻しき貴女よ26
09/01/28 21:15:47 lOWelDwo
かがみはその時の様子を思い浮かべて落涙した。
こなたと違い、ゆたかの死は彼女自身の意思ではない。
もっと生きたいと願っていたハズだ。
(ううん、こなただって…………)
こなたにしても同じだ。
結果的に自ら命を絶ってしまったが、それも重い病に罹っていたからだ。
誰もが生を求めているのに、誰にもどうにもできない病気の所為でそれが叶わない。
そこまで考えたかがみは、自分が今こうして生きていることにしてもし足りない感謝をした。
こなたやゆたかのお陰で生の尊さがやっと分かった気がした。
「どうしてみんな―」
そうじろうが中空に向かって呟いた。
放心したような彼を見て、つかさはこの場から逃げ出したくなった。
自分だけが親元でぬくぬくと育ってきたという負い目があった。
かがみやみゆきのようにたったひとり、遠地で勉学に励んだわけではない。
それにどちらかといえば体が丈夫な彼女は、これまでも大きな病に罹ったことはない。
結局、こなたやゆたかのつらさは自分には分からないのだ。
分かりたくても想像の域を出ず、分かろうとすればするほど却って2人に失礼ではないか。
(戻りたいよ…………!!)
4年前に戻りたいという、無駄な願いをつかさした。
神がいるならそうして欲しいと祈った。
祈りは通じなかった。
それどころか神は何の罪もない2人の少女の命を奪ったのだ。
「どうして……どうしてみんな…………」
つかさが声を上げずに慟哭する。
その姿が痛々しく、かがみはそっとつかさを抱いた。
「すまなかった。大したもてなしもできなくて」
そうじろうが余所を向いて言った。
「お気になさらないでください。私たちが勝手にお邪魔したものですから」
意外なことに、こう答えたのはかがみだった。
たった数十分のうちに彼女は自分でも驚くほど大人としての振る舞いを身につけていた。
「今日はありがとう。きみたちのおかげでこなたたちに逢えた。本当に感謝してるよ」
彼はもう聞き飽きるくらい同じことを繰り返し言った。
この言葉に偽りはない。
かがみたちがこなたやかなたと引き合わせてくれたのだ。
彼の中で止まっていた時間を再び動かしてくれたのだ。
「おじ様」
胸元に手を当ててみゆきが言う。
「来年……来年もまた3人でお邪魔してもよろしいでしょうか?」
毎年同じ日、同じ時間に手を合わせたいとみゆきは付け足した。
かがみやつかさの都合も確かめずに。
そうじろうは何も答えなかった。
(………………?)
訝しげにつかさが首を傾げる。
感極まって言葉が出ないのかと思ったが、どうもそうではないらしい。
何か考えるように彼は目を伏せていたが、やがてパッと顔を上げ、
「あ、ああ……きみたちさえ良ければ……お願いしてもいいかな」
妙に歯切れの悪い答え方をした。
「はい。必ず伺います」
ほぼ同時に頭を下げたみゆきとかがみは、そうじろうの不自然さには気付いていないようだ。
つかさも慌ててお辞儀をしたが、やはり彼の様子が気にかかり上目遣いに見やった。
そうじろうはバツ悪そうに視線を逸らしている。
何かを隠していそうな表情だ。
が、もちろんつかさにはそれが何かは分からない。