「泉こなたを自殺させる方法」を考える28at ANICHARA2
「泉こなたを自殺させる方法」を考える28 - 暇つぶし2ch350:名無しさん@お腹いっぱい。
08/12/27 14:45:40 /h9Kgz04
期待

351:名無しさん@お腹いっぱい。
08/12/27 16:22:33 8oHaMkDs
URLリンク(sukima.vip2ch.com)
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352:名無しさん@お腹いっぱい。
08/12/27 16:59:03 rAk2fTiO
>>351
凄く上手いんだがこれじゃ殺人だ

353:名無しさん@お腹いっぱい。
08/12/27 21:44:17 /e/UPxN8
昨日の続き投下します。
>>328-339の続きです。

354:審判
08/12/27 21:45:10 /e/UPxN8

*

 つかさは着信音でメール受信に気付き、携帯電話を開いた。
(こなちゃん?)
 急いで内容を確認した。そこに書かれていた文面を読んだ途端、
発作的に今すぐこなたに電話したい衝動に駆られた。
本当は大して気にしていないという事、こなたに伝えたかった。
こなたは今まで通りでいいという事、伝えたかった。
 けれども、その手は止まる。
(許されるのかな、そんな事)
 事の発端は、つかさがかがみにこなたへの不満を漏らした事だった。
こなたの事は友人だと思っていたが、所構わずアニメ等の話をするのは止めてもらいたかった。
人目も気になったが、それ以上にひよりやパトリシアと居る時には決まって疎外感を味わう為、
寂しかったのだ。尤も、寂しいという話をするのは恥ずかしかったので、
かがみには人目が気になるとだけ話した。
 その事を話した時、かがみは猛然と怒り出した。
許せない、と。また、前々からこなたがつかさの事を悪し様に言うのも気になっていたらしかった。
つかさも少々癇に障る事があったので、自分もそれは気になっていたとかがみに伝えた。
この時のつかさは、友人への不満を姉に漏らすというただそれだけの軽い気持ちでしかなかった。
 ただ、かがみは軽くは受け止めなかった。
『つかさが傷つくのは許せない』そう怒り出し、次の日にはこなたに食ってかかっていった。
 つかさはこなたに虐められたとは思っていない上に、
こなたの態度をそこまで気にしているわけでもなかった。
しかし、かがみとこなたの仲違いの原因は自分にあるのだ。
なのに、こうも易々とこなたと仲直りしてしまっていいのだろうか。
かがみやみゆき、そしてクラスの優しい面々は梯子を降ろされた格好になるのではないだろうか。
(クラスの人たち、優しかったからな)
 思い出すだけで、胸が熱くなった。
つかさを守るように励ますように話しかけてきてくれたクラスメイトの顔が、
心の中に浮かんでいく。色々な人に想ってもらえるという事、
その暖かさがつかさを包んでくれた。
 だからこそ、裏切れない。
クラスメイトはつかさを守りつつも、こなたに対する敵愾心を剥きだしにしていた。
この状況下で勝手に仲直りなどしては、彼女達に対する裏切りになるのではないだろうか。
クラスメイトは優しい。だからこそ、つかさを苦しめる。
本心は虐められてなどいない、こなたと仲直りしたい。
でも、クラスメイトの優しさを無碍にもできない。
そのダブルバインドにも似た心理状態が、こなたに対する電話や返信を躊躇わせていた。
 一日休んでいた内に、状況は思いも寄らなかった方向へと変化していた。
つかさ一人の判断で事を進めるのが躊躇われる程に、
かがみとこなたの諍いは大きな問題へと発展していた。

355:審判
08/12/27 21:46:10 /e/UPxN8
 もし、関わっているのがかがみ一人であるならば、何とか言いくるめる事もできたかもしれない。
自分から火種を蒔いておきながら勝手な話かもしれないが、
そこは腐っても血の繋がった姉妹だ。
何とかなったかもしれない。
 しかし、クラス全体が関わっているとなると話は変わってくる。
つかさ一人の判断で、あれだけの人数を振り回すわけにもいかない。
ましてや、自分を慮ってくれている優しい人達なのだ。
(もうちょっと、様子を見てからのほうがいいよね。
こんなすぐに仲直りしたら…って喧嘩してるわけじゃないんだけど、
仲を回復したら、クラスの人達はいい迷惑だよね)
 つかさはもう少し時間が経ってから、こちらからこなたに謝る事に決めた。
つかさは携帯電話を名残惜しそうに閉じた。
結局、電話も返信もしなかった。

 もし、つかさがクラスメイトの優しさに触れる前、或いはつかさが問題の大きさを認識する前に、
例えば朝の段階でこなたがメールを送信していれば、つかさは返信していたかもしれない。
それも、相当の蓋然性を持って。
それで、こなたはクラスでの地位を回復していただろう。
 だが、こなたは朝の段階では何もしなかった。夜にメールしようと決めてしまった。
その僅か十数時間の内に、事態は悲劇的な方向へと突き進んでしまったのだ。

*

 眠っている時に見る夢には、幾つかのパターンがある。
理想の自分になりきっている夢や、現在の不満や楽しみを反映した夢。
或いは、未来の不安や希望が表現された夢。
そして、過去の記憶を再現する夢がある。
黒井が毎晩のようにうなされる悪夢は、そのうち、過去の記憶が見せるものだった。

「この丸付けてある化粧品、パクって来てよ」
 身なりこそ真面目だが気の強そうな少女が、気弱そうな少女にチラシを差し出しながら言った。
そのチラシの中の化粧品に、赤いペンで丸印が付けられている。
「え…?」
「え?じゃないよ。聞こえなかった?あの店って、ガード固いらしいじゃん?
そのガード破って、ななこのかっこいいトコ見せてよ?」
 ななこ、と呼ばれた少女は卑屈な笑いを浮かべた。
「高道さん、冗談キツイよ」
「冗談じゃないって」
「私、捕まる方に2000かけるわ」
「じゃ、私親やるわ。下は1000から上は5000までトトカルチョ。
高道は幾らいくらかける?」
「私も捕まるに2000。てゆーか、5000かけれんなら化粧品パクらせたりしねーよ」
「金欠なら化粧品パクってもらうより、漫画持ってきてもらう方がよくね?
古本屋持ってって金に換えようよ」
「小島頭いいー。でも別に金欲しいわけじゃないしー。
ななこのかっこいいトコ見たいだけなんだよねー」
「あ、あの」
 自分を抜きに話が進む中、ななこはおっかなびっくりといった風に口を挟んだ。
「きょ、今日は下見だけで勘弁してもらえないかな?
ほら、この格好だと仮に逃げ切れても学校に連絡いっちゃうし。
防犯カメラはついてるんだし」

356:審判
08/12/27 21:47:09 /e/UPxN8
 自らの制服を指し示しながら、ななこは言った。
彼女達の通う高校は、その店からさほど遠くない所にある。
「それに明日は祝日だし。ほら、祝日の方が混むだろうから、
他の客がカモフラージュになるし」
「ふーん、じゃ、明日はちゃんとやってくれるんだー」
「分かってると思うけど、人数分、3つ持って来んだよ?」
「ななこも欲しけりゃ、4つになるけどね」
 3人の少女はけたたましく笑った。
ななこは恐怖に凍りついた笑みを返すと、店の中へと足を踏み入れた。
目当ての商品はすぐに見つかった。
(4980円もするんだ、コレ。てゆーか、こんな目立つ所においてある商品、盗れるわけないよ)
 ななこはその後軽く店内を見回った後、3人の下へと引き返した。
「もういいの?まぁ、明日よろしくねー」
「明日は昼の13時にここ集合ね」
「どうせ明日うちら暇だしね」
「うん、頑張るよ…」
 力なく3人を見送ると、力の抜けた足取りでななこは家路についた。

「3つで15000円か」
 ななこは呆けたように呟いた。盗める訳がないのに、停学を覚悟してまで万引きするつもりはなかった。
また、万引きという行為そのものに罪悪感を覚えてもいた。
だから、直接商品を買ってそれを渡そうと彼女は考えた。
そうすれば、彼女達は満足するかもしれない。
 しかし、その15000円が捻出できない。
(どうしよう…)
 約束の時間は、刻一刻と近づいている。
(もし、約束をすっぽかしたりしたら…)
 考えただけでも恐ろしい。隣のクラスのとある女子が、
誰からも口を聞いてくれなくなって既に1年が経つ。
きっかけは、クラス内で強い影響力を持った女子に嫌われた事にあるらしい。
何故嫌われたのかまではななこの知るところではないが、
嫌われた方の女子が孤立してしまうのは早かった。
まずはクラスの主流派に属する女子達から無視され、
比較的地味な女子や真面目な女子まで次第に彼女を無視するようになった。
彼女と仲が良さそうに振舞っていた人々でさえ、彼女を遠ざけるようになった。
また、男子もその空気を敏感に感じ取ったのか、彼女に声をかける事は一切無くなった。
 体育の授業は隣のクラスと合同で行われていたが、
『組を作れ』という体育教師の指示がある度に孤立している彼女を見ているのは辛かった。
誰からも組んでもらえず、途方に暮れたように周囲を見回していた少女。
その姿が脳裏に蘇り、自分と重なった。
高道達はななこのクラスでは、強い影響力を持っている。
もし、高道達から嫌われれば、ななこもまた隣のクラスの無視されている女子と
同じ道を歩みかねない。
今までも散々からかわれたり、道化を演じることを強要されてきたが、
それでもクラス全体から無視される事態は避けたい。
(と、なると…)
 ななこは耳を済ませた。浴室の方から、母の鼻歌が聞こえた。
浴槽の掃除をしている時、鼻歌を歌うのが母の癖だった。
ななこは足音を殺して、母のバッグに近づいた。
心臓が破裂しそうな程の勢いで、高鳴り出す。
(ごめんね、お母さん)

357:審判
08/12/27 21:48:12 /e/UPxN8
 バッグに向けて指し伸ばされた手は、バッグの口直前で止まった。
(本当に、私はやるの?)
 母の財布から金を抜き取るという事、その行為の重さが、ななこの手を止めていた。
(でも、でも、やらないと私は…)
 商品を買って高道達に引き渡さねば、
万引きという罪を犯さずに彼女達を満足させる事はできないだろう。
そして手持ちの金が足りない以上、母の財布からお金を抜き取る以外に買う術はない。
(いや、私が持ってる漫画とかCDとか売れば…。駄目だ、二束三文だ…)
 必要な金の額は、万単位だ。とてもではないが、私物を売って手に入れられる額ではない。
(大丈夫、大人になったら出世払いで返す…)
 自分を無理矢理鼓舞して、震える手でバッグの口を広げた。
茶色い柄の、シンプルな母の財布が目に入った。
お守りが一つチャックに結わえ付けられただけの、シンプルな安物の財布。
ななこの動きは、そのお守りを見つめてまた止まる。
(本当に、やるの?お母さんを裏切るの?)
 そのお守りは、小学校の修学旅行でななこが買ってきたものだった。
もうあれからかなり経つのに、未だに財布に付けられている。
クリアケースに入れて、大切に大事そうに取り付けられている。
(お母さん…)
 涙が溢れてきそうだった。
 その時、浴室の方から水しぶきの音が響いてきた。
浴槽についた洗剤を、シャワーで洗い流しているのだろう。
もう、時間的な猶予はほとんどない。
(やるしかないよ。万引きして捕まれば、どうせお母さんを悲しませるんだし)
 高道達の前で堂々と断れよ。心の底から響いてくるその声は、
彼女達に対する恐怖によって掻き消された。
 ななこは、母の財布から1万円札を1枚と5000円札を1枚抜き取った。
盗むという行為を終えても、まだ心臓の高鳴りは止まらなかった。
むしろその脈動は勢いを増し、ななこを責めるように太鼓の如く胸を内部から叩いた。
 ななこは汗の浮き出た額を拭うと、ゆっくりと立ち上がった。
荒々しい呼吸を沈めるように数度深呼吸すると、玄関に向かう。
 靴を履いて玄関の扉を開けたとき、母に呼び止められた。
どうやら、風呂掃除が終わったらしい。
「ななこ、何処か行くの?」
「うん、ちょっと友達と遊んでくる」
 母の方を見ずに、ななこは答えた。
母の顔なんて、見れやしない。
母の顔を見たが最後、何もかも吐き出してしまいそうだった。
「そう。あ、そうだ。ついでに買い物頼もうかしら」
 母がバッグの置いてあるキッチンに向かおうとしたのを見て、
ななこは慌てて声をかける。

358:審判
08/12/27 21:49:03 /e/UPxN8
「無理無理。友達と一緒に居るのに、買い物なんてやったら友達に迷惑だよ」
「遊び終わって別れてからでいいのに」
 今、財布を取り出されたら全てが終わる。
握り締めた拳に汗が滲んだ。
「それが何時になるか分からないから。悪いけど無理」
「そう?残念」
 ななこは胸を撫で下ろした。
(本当は…何もかも露見した方が良かったのかも)
「じゃ、今度こそ行ってくるね」
「あ、そうだ、ななこ」
「なに?」
「気をつけてね。最近、物騒な事件多いから」
 優しく気遣うような母の言葉が、ななこの胸を撃ちぬいた。
(何で…優しくするかな。私、お母さんのお金盗ったんだよ?)
 母の優しさが痛い。
涙が零れそうになる涙腺を堪えながら、全てを話してしまいそうになる衝動を抑えながら、
胸を締め付ける良心の痛みに耐えながら、
ななこは言葉を放った。
「分かってるよ」
 扉を潜った後、ななこは泣いた。
高道達にからかわれたり、尊厳を傷つけられたりした時も泣かなかった。
けれど、この時ななこは泣いた。


 指定された集合場所には、既に高道達3人が待っていた。
まだ、指定された時間の30分前だというのに、だ。
「随分早く着たんだね」
「そりゃ」
 小島が笑いながら答えた。
「楽しみだもん。逸る気持ち抑えきれずに、早く来ちゃったよ」
(楽しみ、かよ。私を苦しめるのがそんなに楽しいのかよ)
 胸に芽生えた殺意を隠すように、ななこは媚びるような苦笑いを浮かべて返答する。
「期待されちゃってるよ、私」
「そーそ。期待してんの。ちょっと早いけど、早速持ってきてもらいましょーか」
「持ってくる商品、憶えてるよね?」
「うん、憶えてるよ。ちょっとここで待っててね」
 ななこは毅然とした態度で、店に向かった。
店に入ると、脇目も振らずにお目当ての商品を手に取り、レジに持っていく。
会計が済んだ後、店員が袋に入れようとしたがそれをななこは慌てて制した。
「あ、いや、そのままで」
「恐れ入ります。では、シールをお貼りしてもよろしいでしょうか?」
「いや、シールもちょっと…。レシートだけもらえれば、いいです」
 盗んできたように装うという、ななこなりの考えだった。
購入した化粧品をバッグの中に納めると、ななこは店を出て3人の下へと向かった。
「はい、持って来たよ」

359:審判
08/12/27 21:49:56 /e/UPxN8
 ななこはバッグから化粧品を取り出すと、高道に差し出した。
高道達は面白くなさそうにななこを見据えると、言った。
「はい、じゃねーよ」
「何やってんの、ななこ」
「うちら見てたんだけどさー、アンタ普通に買ってんじゃん」
 見られていたらしい。けれど、買おうが盗もうが彼女達にはお目当ての物が手に入るのだ。
だから、高道達も口では不満を言いつつも、満足するだろうとななこは思っていた。
「いや、警戒厳しくて」
 しかし、それは甘い見通しだった。
「言い訳してんじゃねーよ」
「化粧品が欲しいんじゃなくて、ななこがかっこよく脱走決めるトコ見たかったんだっての」
「そーそ。或いは、ななこが捕まって抵抗するトコでも良かったんだけど。
でも普通に買ったら意味無いじゃん」
 少女達は、口々にななこを責めた。
「でも…」
「でも、何?」
「化粧品は手に入ったでしょ?それ、高かったんだから、それで許してよ」
「は?たかが5000円で恩売った気になってんの?」
「たかが5000円って…。3つだから、15000円だよ」
「大して変わりねーよ」
(たかが、か。果たしてお母さんにとって15000円は、たかが、なんだろうか。
しかもその”たかが”のお金を盗る為に、私がどれだけ苦しんだか…)
「それ以前にななこって、私達はお金貰えれば満足するような即物的な人間だと思ってたんだ。
ふーん。そーなんだー。じゃ、私達もその認識通りに行動させてもらっちゃおうかな」
 3人のうちの一人、瀬尾が卑しい笑いを浮かべながら言った。
その笑みに、ななこは底知れぬ恐怖を覚えた。
「何すんの?」
 小島が瀬尾に向かって尋ねた。
(聞きたくない…)
 ななこは耳を塞ぎたくなった。瀬尾が何を企んでいるかは分からない。
何を企んでいるかは分からないのに、本能が警鐘を鳴らし始める。
「まぁ、こっち来なよ」
 瀬尾に導かれるままに、ななこ・高道・小島の3人は歩いた。
嬉々として歩く高道や小島と違い、ななこの足は重かった。
やがて4人は、繁華街へと辿り着いた。
「で、ここで何すんの?」
 今度は高道が尋ねた。
「こうすんの」
 瀬尾は意地悪く笑うと、近くを歩いていた男に声をかけた。
「ねーねー、この娘8万でどう?」
 ななこを指差しながら、瀬尾は軽い口ぶりで言葉を放った。
その男性は一瞬驚いたように瀬尾とななこを交互に見つめた後、急ぎ足で立ち去っていった。
 ななこは茫然とした。
(う、嘘でしょ?)
 茫然と瀬尾を見つめるななことは対照的に、高道と小島は下品な高笑いを炸裂させていた。
「8万はないべー。ななこなんて、精々1万5千円くらいの価値しかないって」
「でもいい考えだよねー。面白いよ、それ」
「こうやってさ」
 瀬尾は満足そうに二人を眺めながら、ななこにとっては身も凍る提案を口にした。
「少しづつ値段下げてって、幾らでななこが買われるか勝負しない?」
「最高だよ、それ」
「うちらの小遣い稼ぎにもなるしねー」
「ちょっ、冗談でしょ?」
 慌ててななこは割り込む。
「冗談なわけないじゃん。第一、これを望んだのってななこだよ?
ななこってさー、私達の事、お金さえ貰えればそれで満足しちゃうような
即物的な人間だと思ってるんでしょ?だからその認識通りに、
お金の為なら性も売る、っていうキャラ演じてあげてるんだよ?」
 至って真剣な表情で瀬尾は語ると、
悪戯っぽい笑みを浮かべて続けた。

360:審判
08/12/27 21:51:12 /e/UPxN8
「まぁ、性を売るのはななこなんだけどね」
「そんな、やだよ、私…」
 ななこの声など聞こえないかのように、高道は目の前を通った男に声をかけていた。
「あ、すいませーん。この娘、7万5千でどうですかー?
女子高生ですよー?どうですー?」
 その男性は、汚いものを見るような瞳でななこを一瞥すると、
怒ったように立ち去っていった。
(違うんです、私は売りたくなんてない、売りたくなんてないんです)
 ななこは酷く惨めな思いで、心中呟いた。
「あ、そこの人ー?どうです?この娘。7万でやらせてくれるそうですよー」
 小島が声をかけた男も、舌打ちをすると立ち去っていった。
「やっぱまだまだ高いよねー」
 笑いながら高道が言う。
「でもさ、このまま5千円単位で値段下げてけば、5万から3万くらいで客は付くんじゃん?」
「うんうん、付くよね、そのくらいの値段なら」
 彼女達の無邪気さが、ななこにとっては恐ろしかった。
「嫌だよ、私、売りたくないよ」
 ほとんど涙声になりながら、ななこは高道達に縋りついた。
「許してよ、別にお金さえあれば、なんて思ってあんな事言ったんじゃないよ」
「だってさ、どうする?」
 高道は小島と瀬尾に視線を送った。
「ねぇ、私達が本当はななこに面白いことやって貰いたかっただけだって事、理解してくれた?
お金が欲しかったんじゃないって事、分かってくれた?」
 瀬尾の言葉に、ななこは激しく頷いた。
「うん、分かる分かる。理解してるよ」
「分かってくれたみたいだし、援交ごっこはここらで止めにしておくかー。
その代わりななこには、私達を笑わせてもらおうかな?」
「笑わせるって、どうやって?」
 ななこは再び不安に顔を曇らせながら、瀬尾に問いかける。
「自分で考えなよ」
 瀬尾は冷たく答えた。
「え…?」
 いきなり「笑わせろ」と言われても、ななこにはどうすればいいのか分からなかった。
助けを求めるように、小島と高道にななこは視線を送る。
「何?考えつかないの?なんならウチらが考えてあげようか?」
 小島が底意地の悪そうな笑顔でななこに告げた。
(冗談じゃない。こいつらに任せたら、何をやらされるか分かったもんじゃない)
 恐怖に駆られたななこは、大して考えもしないままに言葉を放っていた。
「一人漫才っ。一人漫才やるよ」
 途端に、高道達は弾けたように嬌声を上げながら笑いだした。
「最高、それ。見てみたーい」
「でもこんな人通り多いところじゃ、可哀想だからねー。
裏通りの人通り少ない所行こうか。人目を大して気にしないで済むから、
思う様に自分を解き放ってね」
「言っとくけどウチら、笑いに関してはうるさいからね。
半端な漫才じゃキマれないしイケないんで、そこんトコよろしくぅ」
 ななこは引き攣った笑みを無理矢理頬に浮かべた。
「任せてよ」
 高道に導かれるように、裏路地へとななこは歩みを進めたが、その足取りは重く、そして鈍い。
これから尚もピエロを演じる気の重さだけが、ななこの歩みを遅らせているのではない。
漫才のネタを考える為の、時間稼ぎの意図もあった。
(笑わせる宣言をしてから人を笑わせるのって、本当に難しい…)
 牛歩戦術を取りながら、必死に漫才のネタを考える自分が酷く惨めに思えた。
(駄目だ、何も思いつかない…)
 思いつかないままに、高道の指示した場所へと到達してしまった。
ななこは恐怖を隠しながら、もったいぶった態度で高道達を見据える。
「ほら、早く始めてよ」
「うん」

361:審判
08/12/27 21:55:30 /e/UPxN8
 ななこは、3人を笑わせようと必死になって冗談を飛ばし、身体をくねらせた。
3人は、そんなななこの態度を何処か冷めた面持ちで見やっていた。
ななこは鼻を持ち上げたり、唇の両端に指を入れて引き伸ばしたりと、
見栄も外聞もかなぐり捨てて躍起になるが、それらの行為全てが徒労に終わった。
「つまんなくね?」
「私達に期待もたせたんだからさ、責任とって笑わせてよ」
 いよいよ野次が飛んできたが、
ななこは焦るばかりで、思いつく行動や言動の一つ一つが空回りしてゆく。
「つーかマジつまんないんですけど。何なら、もう一回援交ごっこに戻ろうか?」
 小島の言葉は、ななこを心胆寒からしめた。
(冗談じゃない、どうしたら、どうすれば…)
 ななこは、殆ど思いつくままに言葉を放っていた。
特段、計算しての言動ではない。
だが、放たれた言葉は意外な効果を持って3人に笑いを提供する事になる。
「ウチ、人笑わせる自信あってんのに、笑ってくれへんのはショックやわー」
 途端、3人は弾かれたように笑い始めた。
「ちょっ。そこで関西弁すか、ななこさん。ベタ過ぎて逆にツボったわ」
「やっぱりななこは面白いね。才能あるよ、笑いの。
嘲笑誘う技量なら、世界目指せんじゃん?」
「関西弁って、ウケルー」
 息も絶え絶えに笑う3人を見たななこは、一筋の光明を見た気がした。
「自分ら笑いどこ間違えてまっせ。言葉やのーて、顔や。
ウチのブサイクな顔見て笑ったってや」
 3人の笑い声は一層高まった。
愉快そうに笑う高道達の姿に、一瞬でも満足感を得てしまった自分をななこは心底軽蔑した。
「ななこー、それマジ面白いからさー、明日からそのキャラでいきなよ」
「素晴らしい提案だね、高道。ななこ、明日から関西弁以外使用禁止ね」
「さんせー」
 ななこは屈辱を覚えながらも、それを顔に出す事無く朗らかに答えた。
「承知しとりまんがな」
 この日から、ななこの関西弁は始まる事になる。
「あ、そうだー。いい事思いついた」
 高道はバッグからヘアスプレーを取り出すと、小島に尋ねた。
「確か小島って、煙草吸う人だったよね。ライターある?」
「えー、高道マジー?」
 苦笑しながらも、小島は高道にライターを手渡した。
 ななこは凍りつく思いに囚われた。
 3人の中では最も思慮深い瀬尾がとりなす様に口にした。
(瀬尾さん…)
 ななこは期待に満ちた眼差しで、瀬尾を見つめた。
この3人に対しては、悪魔のように思ってきたななこだったが、
瀬尾はまだまともな倫理意識を持ち合わせているらしい。
(今まで死ぬほど嫌いだったけど、少しだけ見直したよ)
 瀬尾の言動に、優しさの欠片をななこは見たような気がした。
そして、矯正の可能性も。
 しかし、ななこのその評価は残酷にも裏切られることになる。
「外傷残るような事しちゃうと、後々不味いよ?」
(結局、自己保身の為か…。外傷残らなければいいとでも思ってるのか…。
心になら幾らでも傷を付けてもいいと思っているのか…)
 ななこはがっくりと視線を落とした。
この女に優しさを期待した自分が馬鹿だった。
少しでも目の前の女を見直した自分を、罵倒してやりたい衝動に駆られる。
「大丈夫。パーマかけるだけだから、外傷は残んないよ。
多分ね」
 高道は笑いながらななこの後ろに回ると、告げた。
「やっぱりお笑い芸人にインパクトは基本だよねー。
髪にパーマかけてあげるよ。あ、顔に火傷負いたくなかったら、動かないでね」
(嘘だ。冗談で言っているんだ、本当に、やるわけがない)
 心ではそう思うものの、身体は恐怖に竦む。

362:名無しさん@お腹いっぱい。
08/12/27 22:04:48 /e/UPxN8
>>354-361
キリはよくないけど、連投規制入りそうなんで撤退します。
また。

363:名無しさん@お腹いっぱい。
08/12/28 00:41:18 Te4K16MJ
>>347
乙gj
初オリジナルか?

364:名無しさん@お腹いっぱい。
08/12/28 20:16:20 PehOT5XF
こんばんは、投下します。
>>354-361の続きです。

365:審判
08/12/28 20:17:02 PehOT5XF
「ファイヤー」
 その掛け声とともに、ライターを鳴らす音が聞こえた。
直後、スプレーの噴射音。
(狂ってるっ)
 ななこは咄嗟に炎から逃れようと、前方に向かって跳躍した。
(加減を…知らないの?)
 たんぱく質を焦がしたような嫌な匂いが、ななこの鼻腔を刺激した。
逃れきれずに、髪を少々焼かれてしまったらしい。
 憎悪の面持ちで振り返ったななこが見たのは、笑い転げる高道と小島の姿だった。
「あーあー。本当に怖いね、高道は。面白いけどさ、こういう目立つのは止めなよ」
 瀬尾は幾分呆れた顔で高道を見やると、ななこの髪の毛を観察し始めた。
「あー、焦げちゃいるけど、髪の先端の方か。切ればそんなに目立たないね。
ななこー、悪いんだけど、髪、ショートにしてくれる?」
(なんであんた達の為にそんな事しなくちゃいけないの?)
 ななこは3人を殴りつけたい衝動に駆られたが、ぐっと堪える。
(いや、焦げた髪を見せたら、お母さんもお父さんも心配しちゃうし、
切ってから帰った方がいいかもしんない。百均で手鏡と鋏でも買おう。
床屋は恥ずかしいし、美容院行くお金ないし予約してないし)
 トイレの個室に篭って髪を切る自分の姿を想像すると、涙が溢れそうになった。
「おー、流石に瀬尾は気が利くねー」
「ウチらも見習うべきだねー。なんなら、私が切ってあげようか?」
「小島なんかに任せたら、本当に芸人街道一直線な髪型になっちゃうじゃんよ」
「なんか、て、ひどっ」
 惨めな思いに心囚われたななことは対照的に、
高道達は無邪気に笑いあっていた。
(こいつらみたいな連中でも、そんな人間らしい笑い方するんだ…)
 蹲ったななこは、笑い続ける3人に対する殺意をどうにか押さえ込んでいた。


 家に着いたななこを迎えたのは、母の悲しそうな顔だった。
「ななこ…ちょっとお話があるんだけど。って、どうしたの、その髪」
「ウザったくなってきたから切った。話って、何?」
 白々しい、と我ながら思った。
ななこが盗んだ金の話に決まっている。
「ちょっとこっちに来て」
 導かれるままにキッチンに向かい、母と向かい合うように食卓の椅子に腰を下ろす。
母の顔をまともに見れず、ななこは自然俯き加減になった。
「ねぇ、正直に話して欲しいんだけど…」
 母はそこで言葉を切ると、告げる言葉を捜すように押し黙った。
どう切り出せばいいのか、迷っている様子だった。
「私のお財布から1万5千円無くなっているんだけど、ななこ知らない?」
 母の震えた声と曖昧な表現に、自分を必死に信じようとしている心の葛藤を感じ取り、
ななこは思わず泣きそうになる。
「知ってる」
 嘘なんてつくつもりはなかった。
正直に盗った事を話すつもりだった。ただ、盗んだ理由まで告げるつもりはない。
万引きを強要されたことまで話せば、母を余計に心配させる事になる。
「知ってるって、どういう事?」
 母の声は、いっそう震えをました。泣きたいのを堪えているのは自分だけではないという事を、
ななこは今更ながら自覚する。
「私が、盗ったから」
「っ」
 ななこの母は絶句すると、押し黙った。
予想していた答えだろうが、改めて告げられるとやはり衝撃は大きいらしい。

366:審判
08/12/28 20:17:51 PehOT5XF
「どうして…そんな事…。ねぇ、お小遣い足りない?
あんなにいい子だったななこが1万5千円も盗…勝手に借りるなんて、
お母さん信じられないわ」
 盗む、という表現を避けたのは、まだ娘が金を盗んだ事が信じられないからだろうか。
娘を信じようという母の愛情故に、心が軋む。痛みに、軋む。
「別に…」
 ぶっきらぼうに、ななこは答えた。
「別に、じゃないでしょうっ。答えにもなってないっ」
 母の怒声に、ななこの身体はびくりと跳ねた。
「ねぇ、ななこ。貴方分かってるの?自分が何をしたのか。
貴方はね、お金を…盗んだのよ?」
 今度は、盗んだという表現を避けなかった。
その言葉を使うときに一瞬躊躇いを見せこそしたものの、避けはしなかった。
「もしこれが…私のお財布ではなくて、他人の財布からだったら…。
それは窃盗なのよ?いや、例え親の財布であっても勿論許される行為じゃないんだけど。
これがエスカレートしていったら、本当に赤の他人の物を盗る行為さえ罪悪を感じずに
行ってしまうかもしれない。私は…それが怖い」
 事実、母のななこを見る瞳には、恐怖の色がうっすらと浮かんでいた。
(でもね、お母さん。もし、私がお母さんの財布からお金を盗らなかったならば、
私は”本当の意味で”窃盗犯になっていたよ。それこそ、お母さんの恐れる。
だからといって、自分の行為を正当化するつもりまではないけど)
「それとね、ななこ。私は…」
 母はそう継げた後、暫く黙っていた。
その沈黙があまりに長く続いたので、ななこはそれまで伏せていた顔を上げた程である。
顔を上げたななこは、母の顔を真正面から見る事となった。
その時ななこの瞳に映った母は、泣いていた。
「悲しい。あんなに信じていたのに、裏切られて…」
 消え入るように口にすると、席を立った。
その手には、財布が握られていた。財布をバッグに放置せずに手で持ったのは、
もう信頼しないという証なのだろうか。
 そして、ななこは見た。その財布から、かつてななこがプレゼントしたお守りが外されていた事に。
(本当に、裏切ってしまったんだ…)
 ななこは部屋に戻ると、その事で酷く苦しめられた。
悲嘆に暮れながら、頭を抱え込んだ。
(ああ、でも、どうすれば良かったの?
あいつ等の言うとおり、万引きしてくれば良かったの?
いや、成功するわけない。見つかれば、母を苦しめる事になる。
仮に成功したとして、やっぱり気が引けるよ。
というか、何で私があいつ等の為に犯罪に手を染めなきゃいけないの。
…我慢して私がいじめられれば、良かったのかな。
クラス全体から無視される事を恐れずに、あいつ等に立ち向かえば良かったのかな。
それを実行できなかった、私がやっぱりいけないのかな)
 沸々と、その思考を否定する心の声が沸きあがってきた。
やがてその声は、ななこの抱いている感情を悲しみから怒りへと、急速にシフトさせた。
(違うっ。そうじゃない。私が悪いんじゃない。あいつ等が、あの3人が悪いに決まってる。
私に母を裏切らせたのも、私を苦しめてるのもあいつ等だ。
どうしてあんなのがのさばる?ああ、だからこの国には無神論が蔓延っているんだ。
あんな連中でさえ罰を受けないなら、神の存在を否定したくもなる)

367:審判
08/12/28 20:18:27 PehOT5XF
 怒りに任せて、拳を強く握りこんだ。
もし爪を短く切り揃えていなかったのならば、
皮膚を切り裂き鮮血を滴らせたであろう程に、強く強く握り締めた。
(あいつ等が、あいつ等が、あいつ等が全部悪い。あいつ等が悪い。
いじめた連中が悪いに決まってる)
酷く蒸し暑い。ねっとりとした汗が、背中を伝っていくのが分かった。
(あいつ等が悪い。許せない)


「そうや!あいつ等が悪いんや!許せへん!」
 黒井はそう叫びながら飛び起きた。
呼吸音は荒く、身体は酷く汗をかいていた。
「今、何時や?」
 日の出の時間にさえなっていないのか、部屋はまだ暗闇が支配していた。
「4時か。お陰さまで、目覚しいらずの身体になったもんや」
 二度寝する気を無くし、今日はこのまま出勤しようと決めた。
あの事はもう10年以上も前になるのに、唐突に夢に見ることが度々あった。
そして、決まってうなされて飛び起きる。
どれだけ時を経ても、風化しない怒りの炎と共に、彼女の安眠を奪ってきた。
 あの日以来、学校でななこは関西弁を使う事を強要された。
しかし、高校卒業後もななこは関西弁を使用し続けてここまで来た。
それは、あの日の屈辱や怒りを忘れない為である。
いや、夢に出てきたあの日に限った事ではない。
それまでの高校生活、そしてその後の高校生活で受け続けた苦痛と恥辱も忘れない為である。
勿論、それはあの日々にいつまでも付き纏われ続けるという事も意味していたが、
どうせ忘れる事はできないのだ。だからこそ、薪に寝て胆を舐めるような決意で以って、
関西弁を使用し続けてきた。臥薪嘗胆、である。
 大学で彼女が教職課程を取ったのも、全てはいじめへの怒りからだった。
いじめを絶対許さない、その情熱…いや恨みとも言える執念が、彼女を教職の道へと進ませた。
そのいじめを許さないという決意には、
自分と同じ思いをする人を減らしたいという意味が殆ど込められていない事に、
彼女は気付いていただろうか。実際には、過去のトラウマへの強烈な怒りが、
原動力となっていた事に、彼女は気付いていただろうか。
「さて、汗でべっとりしとるし、シャワーでも浴びるか」
 恐らく、気付いてはいないだろう。
もし、気付いていたのなら、彼女は教師にならずに早々とあの決断を下していたかもしれない。

*

 二人組みの女子が、下駄箱の中に手紙を投函するのを視認すると同時に、
こなたは足早に近づいていった。
 こなたの予想通り、手紙を使って嫌がらせしてきた生徒はかなり早い時間帯に登校してきた。
まだ、この二人の他に登校してくる生徒はほとんど居ないような時間帯である。
たまに通りかかるのは、朝練のある運動部くらいだろうか。
(こんなに朝早く、ご苦労かつ迷惑な事だね)
 この現場を押さえる為に、今日は普段では考えられないような早い時間に起きてきた。
そのくせ、昨夜はつかさからのメールが気になって中々寝付けなかったので、
こなたの睡眠不足は相当深刻なものへとなっていた。
実際、身を隠していた柱に寄りかかったまま、危うく眠りそうになった事も何度かある。
だが、その苦労がたった今報われた。

368:審判
08/12/28 20:19:45 PehOT5XF
「ねぇ、今何を入れたの?」
 その二人は、突如現れたこなたを驚愕の表情で迎えると、顔を見合わせた。
気まずそうに視線を交し合う二人を尻目に、こなたは自分の名前が書かれた下駄箱から
一通の便箋を取り出し、広げて見せた。
「昨日入れたのも、君達だよね?筆跡、同じだし」
 刺々しい口調で、こなたは二人を詰問した。
「そうだよ、悪い?」
 往生際がいいのか、開き直っただけなのか、二人組みの内一人がふてぶてしく応じた。
(確か、この女子は平井。もう一人が新見だっけか)
 今まで言葉さえほとんど交わした事のない生徒だ。
こなただけではなく、つかさともほとんど言葉を交わした事はないだろう。
「悪いに決まってるよ。私、不快だったんだから」
 不遜な態度に幾分腹を立てながら、こなたは吐き捨てた。
「へぇ。イジメやるような奴でも、不快なんて人間じみた感情抱けるんだ」
 新見が蔑むような眼差しでそう口にした。
「まるで反省してないね」
 こなたは怒りを通り越して呆れてきた。
「反省?反省するべきはアンタでしょ?」
 せせら笑いながら平井が言った。
「反省はしてるよっ。ただ、いじめたとは思ってない」
「そうやって開き直って認めないところが、反省してないって言ってんだよ」
 平井の口調には、明らかに怒気が含まれていた。
(怒りたいのは私の方だよ)
 怒鳴りつけたい衝動を抑えながら、努めて冷静を装ってこなたは返答する。
「確かに私は、気付かないうちにつかさを不快にさせてた。
それは、イジメだと表現されても仕方ないかもしれない。
でも、君達は何の関係もないじゃん。私とつかさの問題なんだから、放っといてよ」
 これは、かがみに対しても言いたい事だった。
「関係ない?クラス内でいじめが行われてるのに、気付かないふりはできないよ。
傍観することだって、ある意味、いじめに加担しているようなものだし。
クラス全体でいじめには立ち向かっていくべきだと思ってるし。
それとも、泉さんはいじめなんて個人間の問題でしかないと思っているの?
ああ、個人間の問題であった方が、都合がいいのか。
だって、いじめる側だもんね、泉さん」
 新見の発言は、仮に正論でなかったとしても、理想的とも言える論理だった。
『気付かないふりはできない』『傍観もいじめに加担しているようなもの』
『クラス全体でいじめに立ち向かっていくべき』
これらの言葉を、覆す事は難しい。
「そりゃ、実際いじめが起こったら、そういう風に対応していくのが一番いいんだろうけど…」
 手紙を投函した現場を押さえて、有利な立場に立っているはずなのに、
こなたの語勢はどんどん弱弱しいものへとなっていった。
「実際いじめが起こったんじゃん」
 平井が呆れたように口にした。
こなたが何を言おうとも、『お前はいじめを行った』という言葉でもって、
あっさりと反論も返答も無効化される。
 ならば、『こなたがいじめを行った』という前提を突き崩せばいい。
そうこなたは考えた。

369:審判
08/12/28 20:20:59 PehOT5XF
「いじめって言うけど、私はいじめてるつもりなんてなかったし。
そりゃ、不快な思いはさせたけど…」
「相手が嫌だと思えば、それはもう立派なイジメだよ。
ああ、イジメが立派って意味じゃないからね。
言い訳ができない、っていう意味」
─相手が嫌だと思えば、その行為はいじめ
 どうやらそれが世間で罷り通っているいじめの定義という事らしい。
「随分と乱暴な認識だね。相手の心が弱いかどうかで、
イジメかイジメじゃないかが別れるんだ。
幾らなんでも、イジメの範囲が広すぎるよ」
 こなたは食ってかかった。
その定義では、友達同士のじゃれ合いですらいじめとして認定されかねない。
そもそも、一切相手に不快な思いを抱かせずに生きていく事など不可能に違いないのだ。
「はは、出たよ。イジメッ子お得意の言い訳が。虐められるほうが悪い、って言いたいわけだ。
虐められる人の、心の弱さが問題だと言いたい訳だ。
本当に、クズなんだね」
 そう発言した新見の瞳には、怒りの炎が宿って見えた。
(だから、何で君が怒るの?怒りたいのは私だよ。
大体、今回の件では私が被害者じゃん。ふざけた手紙投函しときながらよくもそんな事…)
 その時、こなたは気付いた。もし、新見や平井の言うとおり、
『相手が嫌だと思えば、それはもう立派ないじめ』だとするのならば──
「ねぇ、っていうかさ、二人とも気付いてないの?」
 こなたは低い声で囁いた。
「何に?」
 平井が訝しげに訊き返してきた。
その怪訝な表情に向かって、こなたは言葉を突きつけた。
静かに、けれども力強く。
「二人とも、既にイジメを行っているって事にさ」
 平井と新見は顔を見合わせた。
大きく見開かれた二人の瞳は、こなたの言葉が想定外だった事を彷彿とさせていた。
「何、言ってんの?」
「言ったとおりだよ。二人は立派にイジメを行っている、って事さ。
それとも何?こんな手紙投函しておきながら、これはイジメじゃないって開き直るの?
私が不快に感じてるのに?」
 人に問い詰められた時の切り返しの一つに、鸚鵡返しというものがある。
『私を悪だと責めたけど、お前達だって似たような事やってるだろ』というものである。
時と場合によっては屁理屈にしかならないが、
この場面においては有効な切り返しだろうとこなたは確信していた。
気まずそうに口を噤む二人の表情を想像し、こなたは少しだけ愉快な気分になった。
 しかし、こなたの確信に満ちた表情は、そう長くは続かなかった。
「あのさ、注意や制裁と、イジメは違うものだと思うけど」
 こなたが想像していたような気まずさなど微塵も表情に浮かべずに、平井がそう言い放った。
むしろ何処か呆れたような色が、表情と声に表れている。
(制裁だって?)
 こなたは面食らった。
しかし、こなたの困惑など全く気にも留めずに、新見が平井の後を継いで発言した。
「例えば泉さんはさ、悪い事をして先生や親から注意されて嫌な気分になった時、
それをイジメだと認識するの?イジメとは全く違う種類のものだよね?
混同するのは、幼稚な屁理屈でしかないって」
(どっちが屁理屈を言ってんの)
 こなたは心の中で吐き捨てた。

370:審判
08/12/28 20:21:54 PehOT5XF
(確かに、注意とイジメは違う。でも、これの何処が注意なんだ?
こっそりと、文句を書き連ねた手紙を投函しておきながら、
嫌がらせではなく注意だと言い張るつもりなの?
そういうのこそ、屁理屈だって言うんだよ)
 心の中に浮かんだ言葉を、声にして伝えようとこなたは口を開きかけた。
しかし、新見を見た途端、こなたが声にしようとした言葉は喉に詰まってしまった。
こなたが見た新見は、至って真面目な表情をしていた。
屁理屈を言ったのではなく、自分はあくまでも正論を言ったのだという自信が、
その真面目な表情に漲っていた。
(この人、苦し紛れの屁理屈じゃなく、本気であれが注意だと思いこんでるんだ。
ああ、そういえば…)
 こなたは、手紙の文面に対して覚えた違和感を思い出していた。
そう、手紙にはこなたに対する非難の言葉こそ所狭しと並んでいたが、
単純な中傷文句は一つとして書かれていなかった。
(本当に、あれは、注意や批判、非難のつもりだったんだ。
嫌がらせという意図なんて、心底無かったんだ…)
 この二人に、悪意はない。
その事に思い至ったとき、こなたは背筋が凍りつきそうな程の恐怖に襲われた。
自分は今、悪の立場に立っているという事を、心底痛感させられてしまったのだ。
 そして、もう一つ。平井の放った制裁という言葉もまた、
こなたのその悲観的な思考に拍車をかけていた。
(私が糾弾される悪の側で、この二人は悪を糾弾する正義の側なんだ…。
悪だとか正義だとかいう言葉は大げさかもしれないけど、
少なくともこの二人は自分達の行為に、
非難の言葉を書き連ねた手紙を投函した行為に一切の罪悪を感じていないんだ。
それどころか、正当な行為であるとすら信じ込んでいるんだ…)
 こなたは、とあるテレビ番組を思い出していた。
殺人加害者の実家が映されたニュースだったが、塀には落書きがなされ、
また、時折投石を受け窓ガラスも割れるという事だった。
そのニュースはこなたに一つの衝撃を与えていた。
世の中には、悪というレッテルを貼られた者に対しては
何をしてもいいと思いこんでいる輩が居るという事。
それが、こなたには薄ら寒かった。けれども、その時は遠い世界の話のように思えてもいた。
 しかし、そういう思考をする輩は、案外と身近な所に居た。
それがこの二人、平井と新見だ。
「虐めっ子」というレッテルを貼られたこなたに対し、
正当性を確信した嫌がらせ─二人に言わせれば、注意或いは”制裁”─を行ってきた。
(あの時のニュースの、加害者家族の立場に、私は今立たされているんだ。
レッテルを貼られた者、という意味で)
 こなたはこれ以上ものを考えるのも億劫になったが、すぐに別の思考が頭をもたげた。
(いや、でも、この二人、本当に自分達の行為を正当なものだと思っているんだろうか。
もし、正当なものだと思っているのなら、隠れてこそこそと手紙投函なんて真似するだろうか。
もし、心底正しいと確信していたのなら、
こそこそせずに堂々と私に絡んでくれば良かったんだ)
 一条の光明を見たような希望と、一筋の蜘蛛の糸でしかない頼りなさの同居を感じながらも、
その思考にこなたは状況好転を委ねた。
「ねぇ、本当に、自分達の行った事は注意だと思っているの?
注意だと言うのなら、どうして匿名の手紙を投函するなんて陰険なやり方をしたの?
自分達が正しいと思っているのなら、正々堂々と正面切って言えなかったの?
後ろめたいところがあったから、嫌がらせ、つまりはイジメだという認識があったからこそ、
こんな陰険な事したんじゃないの?」

371:審判
08/12/28 20:22:43 PehOT5XF
 それに対し、新見は怯む事無く返答してきた。
こなたを睨みつけている平井の表情にも、一切の翳りは感じられない。
「怖かったんだ。泉さんってさ、格闘技やってるって話聞いたから。
だから、こそこそと隠れてやる必要があった」
 新見はそこで言葉を切ると、瞳と声に力を込めて続けた。
「でも、もう安全な場所から、なんていうのは終わり。恐れていたら、柊さんが救われないから。
泉さんの暴力なんて、もう恐れない。私は」
「私達、だろ」
 平井が口を挟んだ。その言葉に勇気付けられたのか、
なお一層新見の言葉に力が篭った。
「私達は、正々堂々と泉さんを糾弾する。
イジメを、B組から根絶させる。貴方なんかに、負けはしない」
 そう言い切った新見の表情も、また力添えをした平井の表情にも、
威風堂々としたある種の清々しさがあった。
また、二人の瞳には、同じ種類の炎が燃えていた。
自らの正当性を確信し、敵と認めたものに対する一切の配慮を無くさせるあの炎。
そう、こなたは二人の瞳に、揺らぐ事のない正義の炎を感じ取った。
(私は…そこまで悪いの?
そこまで私は、悪いことをしたの?
もしかして私は、到底許されないような事をしてしまったの?
現に、つかさからのメールは返ってこないし。実際に私は、
途方もない悪行を働いてしまったのかな。
許されるの事のない、イジメをしてしまったのかな…)
 こなたは呆けたように考えた。
止む事のない疑問が、こなたを苦しめていた。
 気が付けば、既に新見の姿も平井の姿も眼前にはなかった。
代わりに、昇降口は登校してくる生徒でごった返していた。
 こなたはあまりにも長い時間放心してしまった事に気付くと、
足早に教室へと向かった。
(早く授業始まってよ…)
 考えを紛らわす事のできるタスクを渇望しながら、こなたは階段を駆け上がった。

372:名無しさん@お腹いっぱい。
08/12/28 20:25:23 PehOT5XF
>>365-371
今日はこれで終わりです。
また。

373:名無しさん@お腹いっぱい。
08/12/28 20:56:49 xOA1j3J7
とんだ友情ごっこだ

374:グレゴリー
08/12/28 21:04:17 KE473srj
お前ら、なんで今まで友人やってたのかとw
こなたの怒りの暴走を期待!

375:名無しさん@お腹いっぱい。
08/12/28 22:25:26 tvkbdCAy
平井&新見ひでぇwww

376:名無しさん@お腹いっぱい。
08/12/28 23:54:46 QymI0sIG
GJ。楽しみにしてるよww

377:名無しさん@お腹いっぱい。
08/12/29 03:42:46 2lEUd6+f
       \  黙れ! カス共! 鼻ぴーでも付けてやる!  /

      \   ゝ‐<::./::./ .::.::.::.::\/  | .::.::.::.::.::.:: /::.::.:|::.::.::.::.::.::.::.:::
      \ 〃 / _  ヽ:/::.::.::.::.::.:/\  |::.::.::.::.::.:: /::.::.:: |::.::.::.::.::.ヽ::.::
      {{ / / __ ヽ ',.::/::./   `ー |::.::.::.::.:: / |::.::.:/|_::.::.::.::.:l::.::
.   ─  |  ! /●) } |イ斤テ左≡ォz /::.::.::.::/ 斗七 !::.::.::.::.::.::.|::.::
.         ∧ ヽヽ _/ /::! レヘ :::::::::/ /::.::. /    j /  | .::.::.::.::.:: |::.::
.     , -―ヘ  `ー   /.::.| rー'゚:::::::/ /::.:/   テ左≠=ヵ::.::.::.::.::. |::.::
____/   {     /.::.::.| ゞ辷zン //    う。::::::7 /イ .::. |::.::.::.|::.::
彡_/     ヽ    イ ::.::. |             /ヘ:::::::/  |.::.::.:|::.::.:∧::.
〃   V    ヽ    ヽ.::.: |              ヾ辷:ン /:l::.::./!::.:/
 l    {      ∨  }__.::.|\     <!         ・ /::.l::|::./│/
 ヽ   ヽ     {      ̄ ̄ ̄`ヽ _         イ::.: l::|:/ j/
、 \   \    }           ) / ̄ ̄ ̄l7::.:|::.::.j::l′ /

378:名無しさん@お腹いっぱい。
08/12/29 09:20:05 0v64Wcmc
後2日しかねーぞ!
早く自殺させるんだ!

379:名無しさん@お腹いっぱい。
08/12/29 11:08:35 BKBMGAzn
こなたが自殺した後つかさを含めた他の奴らに過ちに気づいて欲しいな

380:名無しさん@お腹いっぱい。
08/12/29 18:36:21 IRDaWaFL
>>379
どうかね
この人のSSには、
『自殺に追い込んだ側はクラッカーの歯クソたりとも反省しない』が共通してるから

381:名無しさん@お腹いっぱい。
08/12/29 18:48:23 +h73/40g
こんばんは。
>>365-371の続きを投下します。

382:審判
08/12/29 18:49:08 +h73/40g

*

 昼休みになると同時に、こなたは教室を出て食堂へと向かった。
ここまでの半日は、散々だった。
針の筵なのは相変わらずだが、昨日よりも確実に今日の方が辛い。
どんな最悪な環境でも、慣れてしまえばどうという事はないらしいが、
慣れる前に病んでしまうような気さえした。
また、慣れというものはその環境が持続するからこそ生ずるのであって、
日に日に環境が悪化していくのなら慣れる余地なく壊されるしかない。
 実際、あれ程苦痛を感じていた昨日に比べてさえ、
今日のこなたを取り巻く状況は悪化している。
こなたがそう感じた大きな要因は、二つある。
一つは勿論、朝の出来事である。新見や平井との間で交わされた口論は、
こなたの心に元からあった猜疑心をより一層大きなものへと育て上げていた。
即ち、『私は本当に許されない事をしたのかもしれない』という疑念である。
こなたは、授業中もその事について考えを巡らせていた。
いや、考えを巡らせていた、という表現は正確ではない。
実際、無自覚に発せられてくる心の声に抗っていただけなのだ。
心はこの問いを発し続けていた。
『私は本当に許されない事をしたのかもしれない』という、問いを。
それに対し、こなたは必死になって否定し続けた。
しかし、否定すれば否定するほど、別の声がこなたを刺したのも事実だった。
『反省していないね』という、かがみからも今朝の二人からも言われた、
その言葉が、彼女達の声で心に響き渡った。
朝のやり取りは、確実にこなたの心に包囲網を形成し、
徐々に、だが確実にこなたの精神を追い詰めていたのだ。
 そしてもう一つが、昨夜つかさに向けて送ったメールである。
そのメールに対する返信が未だないだけならまだしも、
当のつかさは、そのようなメールを受け取った覚えがないかのような風体で今日を過ごしている。
(何らかのリアクションがあってもいいはずなのに。
もしかして、虐めだと思っていないのは世界中で私ただ一人だけで、
当のつかさもイジメを受けたものだと思っているのかもしれない。
だから、私を許す気になれずにメールに対して何の反応も示してこないのかな)
 こなたは不安に駆られながら、重い足を引きずるようにして歩いた。
その二つの要因は、確実に昨日よりも今日を辛いものへと変貌させていた。
(でも、今日さえ乗り切れば明日は土曜日。休みを二日程度挟んだからといって、
クラスメイトの態度が軟化するとは思えないけど、学校から逃れてはいられる、か)
「おー、ちびっ子ー。暗い顔して歩いてんなー」
 明るい声で、こなたは我に返った。
「みさきち…」
 振り向けばそこには、場違いな程の明るい笑みを顔に浮かべたみさおの姿があった。
(いや、この場所では、学校ではそれが正しいんだろう。
場違いなのはむしろ、私のほうか)
 あやのもみさおの近くに居たが、
携帯電話を操作していて、話に加わってこようという態度は感じられなかった。
(どうせ、かがみから何か良からぬ事聞かされてるんだろうな。
私と話すのは嫌だから、携帯電話を操作するフリしてるだけなんだろうな)
 気まずい雰囲気の元では、よくある光景である。

383:審判
08/12/29 18:49:56 +h73/40g
「なー、ちびっ子ー。柊と喧嘩したんだって?」
 無遠慮に、みさおは尋ねてきた。
「関係、ないじゃん」
 こなたは吐き捨てるように言った。
「関係ないって言えば関係ないけどな。
でもなー、どうせお前が悪いんだろうから、早いトコ謝っとけよ」
 こなたは無言でみさおの顔を睨みつけた。
みさおはこなたの剣幕に驚いたのか、二、三歩後ずさった。
「いや、柊から聞いたところだと、お前に原因があるみたいな言い方だったからな。
まぁ双方共に言い分はあるだろうさ。
でもさ、柊ってプライド高いじゃん?自分から謝るなんて事、しないと思うんだよ。
だからまぁ、ここはお前が折れといた方がいいと思うぜ」
「かがみからは…何を聞いてるの?」
 探るように、こなたは尋ねた。
みさおは困惑気味に視線を逸らして沈黙した。
「ねぇ、何を聞いてるの?本当にかがみは、私と喧嘩してるなんて言ってたの?」
 こなたは重ねて問いかけた。
観念したように、みさおは重々しく口を開いた。
「いや、柊が言っていた事、丸々信じてるって訳じゃねーんだけど、
柊は、お前が柊の妹を虐めてるって言ってたな。
それが原因で、交戦状態にあるみたいな事も、言ってたな」
「そう」
 こなたは言葉短く呟くと、背中を向けた。
「どうせみさきちも、私が悪いと思ってるんでしょ。
って、さっき言ってたね。どうせお前が悪い、って。
はいはい、どうせ私は虐めっ子だよ。
好きなだけ後ろ指刺してればいい」
 こなたは自棄気味に吐き捨てると、そのまま歩いていこうとした。
しかし、みさおがその肩を強く掴んでこなたを引き止めた。
「ちょっと待てって。さっきのは軽い冗談だよ。
私は、別にちびっ子だけが悪いとは思ってないって。
ほら、柊って妹溺愛してんじゃん?
だからさ、少なからず妹を贔屓目に見ちゃってると思うんだよ。
それで、上手く言えないけど、お前だけが悪いわけじゃないと思うというか…。
柊や妹の方にも、反省すべき点があるんじゃないかというか」
(軽い冗談か。それで済めば、私は何も苦しまなかったよ。
軽い冗談のノリでつかさに向けて発言していた事が、
イジメっ子として糾弾される原因の一つになったんだから)
「軽い冗談?そうは聞こえなかったけど」
 苛立ちを隠そうともせず、こなたは怒気を露にして言い返した。
みさおの言った事を軽い冗談と受け止めて水に流せば、
水に流してもらえなかったこなたとの間に不公平が生じる、そうこなたは考えた。
自分が言った時は許されなかったのに、自分が言われたら許すのか、と。
(そんなに聖人君子じゃないよ、私は)
「いや、謝るって。な。だからさ、ちびっ子も柊に謝れよ。
また皆で仲良くやろうぜ。こんな刺々しい空気に巻き込まれてんの、ごめんなんだよ。
私が仲介役買って出るか」
「うるさいっ」
 こなたは振り向き様にみさおを突き飛ばした。
不意を衝かれたみさおは勢い余って、廊下に尻餅を着く格好になった。

384:審判
08/12/29 18:51:20 +h73/40g
(仲介だって?余計話がこじれるだけだ。
かがみはどうあっても、私を許す気はないよ)
 みさおを見下ろしながら、こなたはかがみの激怒した表情を思い出していた。
 その時だった、あやのが割り込んできたのは。
あやのの顔にもまた、怒りが漲っていた。
その表情が、かがみの激怒した表情と被ってこなたの瞳に映った。
「ちょっと、次はみさちゃん虐めるつもりなの?」
 みさおの前に立ちはだかりながら、あやのは強い口調で詰問してきた。
(次は、か。本音が出たよ。みさきちはともかく、峰岸さんはかがみの言った事信じてるんだね。
私がつかさを虐めた、そう思ってるんだろうね)
 何の反応も示さないこなたに構う事無く、あやのは続けた。
「みさちゃんまで虐めようとするなら、私絶対に泉ちゃんの事許さないから」
 そこに居るあやのは、普段の淑やかな彼女ではなかった。
みさおを守るように立ちはだかり、こなたに立ち向かうその姿は、
雛鳥を守る親鳥の姿を─
否、”つかさを守るかがみの姿を”連想させた。
「勿論、イジメだってそれだけでもう許せないよ。
だって、虐めた方はすぐ忘れるというけど、虐められた方は一生涯忘れないって言うし」
(誰かの受け売り、か。よく聞く言葉だね)
「一生とは、大袈裟だね」
 こなたは揶揄するように、頬に歪んだ笑みを浮かべて言葉を放ったが、
そのふてぶてしい態度とは裏腹に心は震えていた。
みさおを守るように立ちはだかるあやのの姿が、
あまりにもかがみに似ていた為に、
かがみと対立した時の記憶が唐突にフラッシュバックしたのだ。
「大袈裟なんかじゃない。きっと、大袈裟なんかじゃない。
生涯消える事のない傷を負わせる、最悪の大罪なんだ」
(最悪の大罪は、果たしてイジメだろうか。例えば殺人よりも、罪なんだろうか)
「それを、しかも、みさちゃんに矛先を向けようだなんて、私は絶対に許さない」
「ねぇ、訊きたいんだけどさ」
 本当は、かがみにもう一度尋ねたい事なのかもしれない。
ただ、この際あやのでも良かった。かがみを彷彿とさせる今のあやのならば、
かがみの代役は充分務まるようにこなたには思えた。
「私がやった事って、果たして虐めなのかな?」
「決まってるじゃないっ」
 あやのは即答した。
「みさちゃん突き飛ばしておいて、虐めじゃないなんて言うつもりなの?」
(ああ、そっちか)
 本当は、つかさに対するこなたの行動は虐めとなるのかどうか、それを訊きたかった。
しかし、あやのが答えたのは、こなたのみさおに対する行動を指してのものだった。
 幾分こなたは拍子抜けしたが、あやのの次の言葉は充分にこなたの興味を引いた。
「それだけじゃない、みさちゃんを今まで散々馬鹿にしてきたじゃない。
あれも、虐めじゃないとでも言うの?」
(ああ、これは、かがみに言われた事だ。
冗談のつもりだった、と言ったらかがみは激怒したっけ。
虐められた方が苦痛を感じたのなら、加害者に故意はなくとも虐めは成立するって、
激怒したんだっけ。峰岸さんは、どう答えるんだろう)
「私さ、軽い冗談のつもりでバカキャラだとか形容してきただけで、
みさきち虐めてるつもりは無かったんだよねー。
それでも虐めになっちゃうのかな?」
「ふざけないでっ。みさちゃんが嫌だと思ったら、
それは立派なイジメじゃない。
加害者が鈍感かどうかで、虐めかそうでないかが決まるなんておかしいに決まってる。
第一、虐めっ子に虐めの意識があったかどうかを問題にしたら、
それは虐めっ子に言い逃れの余地を与えるだけじゃない。
私は虐めをやっているつもりはありませんでした、
そんな軽い一言でみさちゃんの感じた苦痛は済まされてしまうものなの?」

385:審判
08/12/29 18:52:17 +h73/40g
「もういいって、あやの。私は別にそこまで不快に思ってた訳じゃないし。
それに、ほら。さっき突き飛ばされたのだって、私がしつこ過ぎただけだし」
 みさおがとりなす様に間に入ってきた。
(ああ、言われてみればそれもそうか。私が鈍感過ぎるだけなのかもしれない。
かがみや、平井さん新見さんの論理は、正しいものなのかもしれない。
ああ、でも、まだ認めた訳じゃない。
峰岸さんが言った事は、それなりの説得力はあったけど、まだ私は認めない。
尤も、かがみに言わせても平井さん新見さんに言わせても、
認めないっていうのは反省してない証拠って事になるんだろうけど。
それは多分、峰岸さんに言わせても同じ事なんだろう。
でも多分、反省していないのとは違う。本当は、認めるのが怖いだけだ。
反省してないわけじゃない、私が無二の親友であるつかさに虐めを行っていた事を認めるのが、
怖いだけなんだ。だから私は、彼女達の論理を認めずに抗ってるんだ、多分)
 こなたはあやのにもみさおにも何らの返答をせずに、
背を翻して歩き去った。
食欲などとうに失せてしまっているので、食堂は目指さずに図書室を目指した。
騒音から逃れられる場所が、こなたには必要だったのだ。


 午後の授業も、どうにか乗り切ったこなたは家に着いた。
すぐに入浴を済ませると、夕食も程ほどにこなたは眠りに就いた。
そうじろうやゆたかが心配そうにしていたが、
こなたには二人に対して配慮する気力も無くなっていた。

*

 こなたは闇夜の中を走って逃げていた。
何に追われているのか、いつから追われているのか、そして此処は何処なのか。
それさえ分からなかったが、無我夢中で走り続けた。
必死になって両足を動かしているのに、もどかしいくらいに速度が出ない。
まるでプールの中を歩いているような感覚だった。
「助けてっ。助けてっ」
 叫び声を上げても、掠れた声しか出てこなかった。
「助けて欲しかったのは、私の方だよ」
 低くうねった声が、こなたに耳に響いた。
この声は、何処から聞こえてきたものだろうか。
こなたの遥か後方からなのか、或いは耳元で囁かれた声なのか。
まるで判別がつかない。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
 呪われたように謝罪の言葉をひたすら並べ立てながら、なおもこなたは走った。
(誰に何を謝っているんだろう?)
 一瞬、その疑問が脳裏に浮かんだ。
その声に呼応するように、こなたの心の中で誰かが…いや、自分が囁いた。
分かりきった事を聞くなよ、と。
「謝ったって、許さない」
 低くうねるような声の主が何処にいるのか、はっきりと分かった。
間違いなくその声は自分の耳元で囁かれたものである、と。
「っ」
 こなたは恐怖のあまり、声を無くした。
その恐怖はこなたから声を奪っただけではなく、双眸から涙を溢れさせた。
そのせいで視界が霞んだが、構う事無く走り続けた。
声の主はすぐ近くに、こなたのすぐ後ろに居る。
涙を拭っている暇などなかった。
 突如、こなたは転んだ。
(早く、立ち上がらないと。捕まっちゃうよ)
目元を拭う暇さえ惜しんだせいで、小石にでも躓いたのだろうか。
こなたは急いで体勢を立て直し、立ち上がろうとするが再び転んだ。
(違う。躓いたんじゃない。何かに、引っ張られているんだ…)
 恐る恐る、こなたは後ろを振り返った。

386:審判
08/12/29 18:53:15 +h73/40g
「っ」
 その瞳に映った景色に、こなたは絶句した。
こなたの右足首を、深い皺が刻まれた手がしっかりと掴んでいた。
「離して…はなして…」
 声を振り絞って懇願するが、足首を掴んだ手は拘束を解く素振りを見せない。
むしろその手は、掴む力を増していった。
この老人の手の何処にそんな力があるのか、不思議ではあるがそれどころではない。
こなたは身を捩って逃れようとするが、圧倒的な握力から自由になる事はできなかった。
「痛いっ。痛いよっ」
 万力で足首を締めつけられているような痛みが走り抜け、
堪らずこなたは悲鳴を上げた。
「いいザマだね」
 もがき苦しむこなたを嘲笑いながら、声と手の主は身を乗り出してきた。
(なんで、お婆さんにこんな力が…)
 瞳に映った老婆の顔に、初対面のはずなのに何処か懐かしさを覚えた。
恐怖を惹起させる老婆の声にも、何処か懐かしい響きがあった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
 こなたは再び謝罪の文句を繰り返した。
同じ言葉を繰り返すその哀れな姿は最早、
人というよりも音楽プレーヤーと言った方がいいのかもしれない。
『ごめんなさい』という言葉だけがデータとして取り込まれている、単なる機械。
ただ一つ、機械と彼女に違うところがあるとすれば、
声に心が込められているかどうかだろうか。
こなたは心の底から、老婆に向かって謝罪していた。
罪悪感を空気の振動に変換して、相手に伝えたかった。
「許さないって、言ったよね?10年20年の単位じゃない。
50年も60年も、いやいや死ぬ間際のその時まで恨んで来たんだから」
 そう口にした老婆は、突如としてその姿を変えた。
みるみる内に若返っていく老婆は、こなたにとって良く知る人物の面影を表出させ、
やがてこなたの記憶と合致する少女となってその姿を留めた。
「つか…さ…?」
 こなたの足を掴んでいる人間は、最早老婆ではなく柊つかさその人だった。
「虐めた方は…」
 驚愕に囚われたこなたの背の方から、別の声が響き渡った。
咄嗟に振り返ると、そこにはあやのが居た。
「峰岸さん?」
「すぐ忘れるというけど、虐められた方は一生涯忘れない」
 既に一度言われた言葉だが、今度はこなたの精神を深い所まで抉り抜いた。
実際、つかさは一生涯忘れていなかった。
「そんなつもり、なかったんだ。まさかつかさがここまで、
一生涯傷を負うことになるなんて、予想もしてなかったんだ。
ごめんなさい、本当に、ごめんなさい。
許してください。反省してるから、本当に」
 自分の行ってしまった罪悪の重さに、こなたの身体が激しく震えた。
しかし、満身創痍の様相すら呈してきたこなたに対し、
情けや容赦を微塵も感じさせない、鉄のような冷たい言葉が襲い掛かった。
「泉さんの言動を見る限り…」
「みゆきさん…」
 こなたが視線を転ずると、そこにはみゆきがいた。
普段温厚な彼女からは想像も出来ない姿が、そこにはあった。
蔑むような表情と、炎すら凍りつかせるような冷たい声。
「反省している素振りは見受けられません」
 こなたは必死になって頭を振った。
「そんな事ないよ。本当に、本当に反省してるんだ。
本当に、悪かったって、思ってるんだよ…」
 縋るようにみゆきに言い寄るが、みゆきは蔑みの表情を崩さず、
突き放すような瞳でこなたを見つめていた。

387:審判
08/12/29 18:54:01 +h73/40g
「私は…」
 そこに、新見が姿を現した。
「新見さん…」
「私達、だろ」
 平井も、続いて姿を現した。
「私達は、正々堂々と泉さんを糾弾する。
イジメを、B組から根絶させる。貴方なんかに、負けはしない」
 新見がそう言い切った途端、B組のクラスメイト達が続々と姿を現した。
彼ら彼女らは、こなたを取り囲むように円陣を組んで、新見に同調の声を上げ始めた。
一斉に、高らかと。
「私も、協力するよ」「傍観者のままでいたくないし」「私も」「俺も」「私も」
「私も」「私も」「私も」「私も」「私も」「私も」「私も」「私も」「私も」
「嫌っ」
 こなたは耳を塞ぐと絶叫した。
「ほら、目を開けて、こなちゃん」
「つかさっ。本当に、ごめんなさい」
「嫌だよ。謝ったって──」
 つかさは、携帯電話を取り出して、ディスプレイをこなたに見せた。
そこには、つかさに対して送った謝罪のメールが映し出されている。
「──許してあげない」
 つかさは、そのメールを消去した。
「そん…な…」
 こなたの体が、ゆっくりと崩れ落ちる。
もう、重力に逆らうだけの力なんて今のこなたには無かった。
重力に全てを委ねるように、空気に押し潰されるように、
こなたは地面に突っ伏した。
 そのこなたの瞳に、もう一人、見知った人間の顔が映った。
それは、黒井だった。
「せんせい…」
 黒井もやはり、こなたを糾弾するのだろうか。
もうこれ以上、抗う力はおろか言葉を受け止める力も残ってはいないというのに。
しかし、黒井は何も言わなかった。ただ寂しそうにこなたを一瞥すると、
何事か囁いてその姿を消した。
聞き取れなかったが、こなたの視力は明瞭に唇の動きを読み取っていた。
『さようなら』と、そう唇が動いたようにこなたには見えた。
それは幻想かもしれない、思い込みかもしれない。
 ただ、黒井の儚げな姿に、こなたは胸騒ぎを覚えた。
「こなちゃん、さようなら、だね」
 未だ胸騒ぎは去っていないが、その声に導かれるようにこなたはつかさを見上げた。
細い腕の何処にそんな力があるのか分からないが、或いは恨みの為せる業なのか、
つかさは大きな岩を持ち上げていた。
(早く、振り下ろしてよ…)

388:審判
08/12/29 18:54:56 +h73/40g
 つかさは、こなたの願い通りに岩を振り下ろした。
こなたの頭部を目掛けて。頭部が押し潰される瞬間、つかさが再び姿を変えたような気がした。
少なくともこなたには、そう感じられた。


 こなたは飛び起きた。
顔に手をやる。別に何とも無い。勿論潰れてなどいないし、傷一つ付いていない。
次いでこなたは、辺りを見回した。暗闇の中だが、窓から差し込む月や街灯の光が、
ここがこなたの部屋である事を証明していた。
また、つかさの姿も何処にもない。他の人間の姿も。
「夢…か。当たり前だよね」
 こなたは大きな溜息をついた。
決して安堵の溜息ではない。重苦しい、沈鬱な溜息だった。
 この夢は、こなたに対して大きな疑問を投げかけていた。
『本当に、つかさに対して一生涯消える事の無い傷を負わせてしまったのではないか』
という、重く苦しい一つの疑問を。
「そんなわけ、あるはずないじゃん」
 こなたは頭を振った。心の中で、数々の疑念が大きくなり、
それは罪悪感と呼んでも差し支えないほどにまで育っていた。
罪悪感を抱く、という事はつまり、自分の今までの行為は悪だ、
という事をこなたは認め始めている事の証明ともいえる。
それを自覚していながらも、こなたはなおも抗っていた。
自分が虐めをやるような人間だという事も、
また親友であるつかさに生涯消える事の無い傷を負わせてしまったという事も、
こなたにとって受け止めるにはあまりにも重過ぎたのだ。
こなたは、繊細過ぎた。
「まだだ、まだ私は認めない。まだそうと決まった訳じゃない。
つかさが大きすぎる傷を負ったと決まったわけでもなければ、
私が虐めをやったと認めたわけでもない。
そもそも、つかさがメールを返してこないのは、
メールに事故があったのかもしれないし、
返信できない事情が、例えば携帯料金使いすぎて親に携帯止められちゃったとか、
そういう事情があるのかもしれないし。
それに、つかさに悪い事しちゃったな、って反省はしてるんだ」
 虚空を睨みながら、こなたは誰に言うでもなく呟いた。
まだ、こなたはトドメとなる一撃に見舞われていなかった。
精神はズタズタに切り裂かれていたが、まだ認めるわけにはいかなかった。
もう認めたらそれが最後、彼女は存在している勇気すら無くしてしまうだろう。
充分に傷を負いながらも、どうにか致命傷だけは辛うじて避けていた。
(それよりも…)
 こなたには二点、気になる事があった。
一つは、夢に出てきた黒井の表情だった。
寂しげな、もの悲しい表情。まるで、死を選んだ人間のように深く沈んでいた。
虫の知らせとも言うべき不安は、夢から覚めても未だ消えずにこなたの心に残っている。
もう一点は、夢の最後に出てきたつかさの変身だった。
夢から覚める間際に、こなたはつかさがかがみへと姿を変えたような気がしていた。
最後に岩を振り下ろしたのは、つかさではなくかがみだったような気がしていた。
こちらは何を意味するのだろうか。
「ふんっ。馬鹿馬鹿しい。所詮夢だよ」
 こなたは吐き捨てると、立ち上がって部屋の照明を灯した。
まだ外は暗いので、もう一度寝るつもりではあるが、寝汗が酷い。
ねっとりとこなたの身体を湿らせ、シャツを肌に貼りつかせている。
この汗に塗れた服と身体のまま眠るのも、気持ちが悪い。
寝る前に一度シャワーを浴びる事に決めると、こなたは浴室へと向かった。

389:名無しさん@お腹いっぱい。
08/12/29 18:56:35 +h73/40g
>>382-388
今日はここまでです。また。

390:名無しさん@お腹いっぱい。
08/12/29 20:16:26 QW4mivSD
支援

391:名無しさん@お腹いっぱい。
08/12/30 08:11:09 W/MmvkAG
毎回いいとこで終わりやがる…
続き楽しみにしてるよ

392:JEDI_tkms1984
08/12/30 10:06:32 cCNKLw/+
 はぁ、やっと地獄のような納会が終わり……。
ジョックの低劣嗜虐なノリにはついていけません。

>>389

 いじめの定義について熟考したくなる展開ですね。
あれこれ先を予想したりせず、純粋に続きを楽しみにしております。

393:名無しさん@お腹いっぱい。
08/12/30 18:55:45 LeEa41fv
今晩は、今日はお疲れさまでした。
>>382-388の続き投下します。

394:名無しさん@お腹いっぱい。
08/12/30 18:56:54 LeEa41fv

*

 黒井は自宅最寄の駅に着くと、溜息を一つ吐いた。
毎日の事ながら、神奈川にある自宅から埼玉にある高校まで通うのは骨が折れる。
(今週もごくろーさん、ってか)
 金曜のアフターファイブに浮かれる人々を横目に見やりながら、
黒井は自宅への帰り道を急ごうとした。
「あれ?もしかしてななこ?」
 しかし、その足は止まる事になる。
聞き覚えのある声が、
(いや、たとえ10年はおろか20年30年過ぎようが、忘れるものか)
その足を止めさせていた。
「あー、やっぱりななこだよねー。あんまり変わってないねー」
 強張った表情を、声のする方へと向けた。
その瞳には、高校時代のクラスメイト、高道が映されていた。
時の流れが多少姿形を変えていようとも、黒井はこの人物を間違えたりはしない。
かつて黒井を虐めていた3人組の内、主犯格の女なのだから。
「久しぶり、やな」
「あー、相変わらず関西弁なんだー。てか覚えててくれて嬉しいなー。
昔私達、よくつるんでたよねー」
(つるんでた?虐めてた、の間違いやろ)
 黒井は心中毒づいた。10年以上の時を経ても、
色褪せないどす黒い怒りが心の中で渦を巻いている。
「ああ、そうやったな」
「今ななこはさー、何やってんの?」
「教師。そっちは?」
 今すぐにも踵を返してやりたいが、大人気ない対応をするのも自尊心が傷つく。
疼くトラウマにどうにか耐えながら、黒井は努めて冷静に聞き返した。
「私?テキトーにパン事務。いやー、つまらない人生歩んじゃってるよー」
(それは、いい気味や)
 そう言ってやりたかったが、別の言葉に歪曲して伝えた。
「つつがないなら、何よりやな」
「そうは言ってもねー。教師ってぶっちゃけ、勝ち組じゃん?
羨ましいよ。てか私だけ負け組っぽいし」
 そうは言うものの、声は明るさを感じさせた。
平凡ながらもそこそこ楽しい日々を送っている事が垣間見えて、
黒井は少しだけ不快な気分になった。
「私だけ?」
「そ。あの頃のメンバーの中で、私だけ負け組。
瀬尾も小島も、勝ち組めいた人生送ってんだよねー」
(メンバー?ウチを勝手に組み入れて欲しくはないで)
「例えばさ、小島はもう結婚してるし。お相手は商社マンだって。
それも、旧財閥系の総合商社だってさ。
ああそうそう、瀬尾はなんだかんだで頭良かったから、
国Ⅰ本省に行っちゃったよ。確か文科省、だったかな」
(虐めやっとった癖に、随分とまぁ幸福そうな人生歩んどるな)
 かつて自分を虐めた人間達が、幸福になっているという事実は黒井の怒りに油を注いでいた。
虐められた方は一生涯忘れない、その典型例が一つ此処にあった。
(それにしても、瀬尾のやつ、文部科学省やと?
教育のハイエンド機構やないか。虐めやってた奴が、
教育機関のトップにキャリアで入省やと?世の中、どうなってんや)
「それにしても、ななこに会うなんて、本当に偶然だよ。
ちょっと今日は仕事休んで、こっちの方までぶらぶらしてたんだけど。
そしたら愛しき旧友に出会っちゃったよ。懐かしいなー」
(愛しきだとか旧友だとか、舐めとんのか?)
 黒井は心中穏やかではなかった。

395:審判
08/12/30 18:58:00 LeEa41fv
「そうやな、懐かしいな」
「だよねー。いやー、あの頃に戻りたくなったよ」
(ふざけんな。絶対に、戻りとうないわ)
「いや、今を生きるのみ、やろ」
「あはっ。良い事言うねー。でもね、またあの頃みたいに無邪気に笑いあいたいよ」
(無邪気?あの悪魔の何処が無邪気や?
大体笑いあいたいって何や?お前等がウチ一人を笑いものにしてただけやないか)
 沸々と、怒りが滾る。
「まぁ、確かに高道さんようけ笑っておったな」
「でしょ?また皆で遊びたいよね」
 怒りとは別に、黒井の心の中で一つの疑惑が湧いた。
(こいつ、まさかウチを虐めっとった事、忘れとんのか?)
 高道のあっけらかんとした態度は、
過去に虐めていた相手に対して取る態度にはとても見えなかった。
罪悪感はおろか、気まずさすら感じさせない。
「そんなにウチら、仲良かったか?」
「酷っ。仲良かったじゃん。私と、小島とななこと瀬尾の4人で、良く遊んだじゃない」
(遊びって、万引きゲームや援交ごっこの事か?
それとも、トイレの便器の中に髪垂らさせて水流した事か?
いやいや、人の生理用品隠して、慌てふためくウチを見て大笑いしとった事か?
或いは、ウチにずっと関西弁使わせて学年中の名物にさせた事か?)
 黒井から冷静さが、少しづつ失われていった。
「なぁ、一つ、訊いてええか?」
「何何?何でも訊いてよ」
「ウチ、虐められてへんかったか?」
 一瞬高道は呆気に取られた様に黒井を見つめると、弾けたように笑い出した。
「ちょっ。何言ってんの。ななこだって楽しんでた癖にー。
ま、虐めといじりは違うよ。ちゃんと、対等の付き合いしてたよ」
「…そうか」
「そうそ。実際、楽しかったよね。あー、またあの頃に戻って色々遊びたいなー」
 高道の表情に、言い訳めいた影は一瞬たりとも窺えなかった。
本当に、心の底から、高道は虐めていたつもりなどないらしい。
(すると何か?ウチが感じていた地獄は、こいつにとってはただの遊びだったってわけかい。
反省してれば許す事はなくとも、多少は見直したかもしれん。
反省せずとも虐めをやっとった事を認めていれば、今まで通り恨んでおれば良かっただけや。
やけど、虐めしとったつもりさえなかったとは、どういうこっちゃ?)
 黒井の中で、怒りが性質を変えていく。
別種の、救いようもないほどの暗く黒い感情へと、その姿を変貌させていく。
「あんなに仲良かったのに、高校卒業してから離れ離れになっちゃったよね。
瀬尾や小島とは頻繁に連絡取り合ってたのに、ななこはメール入れても返してくれないし。
てかななこ、高校の同窓会にすら来なかったしね」
(当たり前やろ)
「ねぇ、今度皆で飲みにでもいかない?
小島は日程の都合付きやすいんだけど、瀬尾は多忙だからいつになるか分からないけど。
まぁあの頃の友情を復活させよう、って事で」
「どうやろな…。いかへんかもしれん…」
「何いきなりブルー入っちゃってんのー。あの頃の、猪突猛進だったななこは何処行ったの。
またあの頃みたいにさ、私達に笑いをプレゼントしてよ。
そーいう役回りだったよね、ななこ。
結構遊んではきたけど、やっぱりあの頃のメンバーが一番無茶効いたメンバーだったな。
特にななこ、身体張ってたし。てっきりお笑い芸人の道に進むかと思ってたよ」
(笑いだとか遊びだとか…。
ウチはお前等のせいで高校生活が地獄へと変わった上に、母親の信頼まで失ってもーたんやで。
あの母親の悲しみに暮れた顔は、お母さんの悲しい顔ですら、
こいつにとっては笑いの種だったって事か)
 暗雲立ち込める思考に憑かれた黒井の瞳に、消火器が映った。
この駅ビルの、火災対策にでも置かれているのだろうか。
黒井は、その消火器から目が離せなかった。
心の闇を切り払うキーが、その消火器であるような気がした。

396:審判
08/12/30 18:59:15 LeEa41fv
「ななこ羽振りもよかったよね。確か、化粧品プレゼントしてくれた時もあったし。
あー、後、夏休み明け初日に私服で登校するようにお願いしたら、
実際にその要望聞き届けてくれたし。ほんと、ノリ良かったっけね」
(ウチの苦痛が、全て楽しい思い出に変換されとる…)
 唖然としながらも、黒井は消火器から意識を外さなかった。
「なー、高道さん、当時、ウチの事どう思っとった?」
「どうって。ノリのいい友達、だよ」
(虐めてるつもりは、あくまでも無かった言う事か。
ならウチの地獄は何やったんや?あれだけ虐めておきながら、遊びのつもりでした、か。
なら、母の涙は…
お母さんの涙は、何処で誰が償ってくれるの?
あの悲しい表情は、誰が…)
 あのやるせない想いが、10年以上の時を経て再び黒井の胸に去来した。
いや、今までも悪夢に魘される度に、この想いは去来してきた。
やるせなさに囚われつつも、視界の端にはしっかりと消火器が収められていた。
「ななこ、ちょっと変だよ。飲みに行こうか。
なんかブルー入っちゃってるんでしょ?分かるよ、モンペアだっけ?
ああいうのが教育現場で問題になってるんだよねー」
(モンスターは、貴方だよ。人の心を無くした怪物)
 まだ、黒井は消火器を見つめていた。
「ほら、飲みいこ、飲み。この辺の居酒屋とか知らないけどさ。
女二人で入っても変じゃないトコ、探そうよ」
 高道は、黒井に背を向けて歩き出そうとした。
その瞬間、黒井は消火器を静かに持ち上げた。
(何で私、消火器なんて持ったんだろ?ああ、そうか。
そうだよね。10年以上も人を地獄の中に拘束しておきながら、
自分は虐めなんてやったつもりさえなく、飄々と生きてきたなんて、
許せないよね。ああ、あの頃それに、気付けていたらな。
こいつ等が虐めをやっているつもりさえないって事に、気付けていたらな。
そうすれば、高校生の時に、私がまだ”未成年だった時に”これを実行できた)
 黒井は、自分がどうするべきか、一瞬で理解した。
ゆっくりと高道の背に近づいてゆき、消火器を後頭部目掛けて振り下ろした。
ボウリングの玉をフロアに落としたような重く鈍い音が、心地よく黒井の耳を刺激する。
「うぇっ?」
 高道は蛙が轢き殺されたような情けない叫び声を上げると、
咄嗟に黒井を振り返った。驚愕に見開かれた瞳は、
未だ何が起こったのか分からないとでも言いたげだった。
 その顔目掛けて、黒井はもう一度振り下ろした。
再び、鈍い音。高道は赤い川の流れる頭を抑えて蹲ったが、
容赦なく黒井は脳天目掛けて振り下ろした。
黒味を帯びた血が、噴出してくる。それでも尚も黒井は、情けの素振りも見せなかった。
錯乱したように頭部を消火器で乱打した。
化粧の代わりに、赤い液体が高道を彩ってゆく。
化粧が人を美しく見せるものであれば、
この赤い液体は人を人では無くしていく為のものだ。
人でなくなるのは、流血した方か、させた方か。
 周囲の人間は、恐ろしげな眼差しで狂気のノックを見つめていたが、
その内屈強そうな一人の人間が駆け寄っていった。

397:審判
08/12/30 19:00:46 LeEa41fv
「お、おい。何をしてるんだ?」
 しかし、時既に遅かった。高道の頭部は陥没し、
もう生命体としての機能は停止し尽した事が窺えた。
ななこは男の声で我に返ったように、消火器を床に下ろした。
鈍い金属音が悲鳴でざわめく空間に響き渡る。
「なーんだ」
 黒井は、清々しささえ漂う表情で呟いた。
「初めっから、こうしておけば良かったんだ。
教師目指して虐め撲滅した所でどうせ、私の闇は晴れなかったよ。
こうでもしない限り、晴れなかったよ」
 実際、黒井の顔は晴れ晴れとしていた。
「あーあ、どうせなら、あの時に、虐められてた時に気付いていたらな。
そうすれば、まだ未成年だったから、罪も軽かったし、実名報道もされなかったのに」
 そう呟いた黒井は、少女のようにあどけない笑みを浮かべた。
 復讐に満足した黒井は、もう悪夢を見る事も無いだろう。
彼女は、10年以上経って漸く解放された。
自らの社会的な生命と引き換えに。
高道の生物的な生命と引き換えに。

*

 こなたは目を覚ますと、時計を見た。
既に正午を過ぎている。昨夜はシャワーを浴びた後、
8時頃起きる予定でもう一度眠りに就いたが、寝すぎてしまったらしい。
(今日は土曜日か。別に学校ある日に寝過ごしちゃってても、良かったんだけど)
 学校には行きたくないから。こなたはそう呟くと、ベッドの上で上半身を起こした。
が、やけに身体が気だるい。頭も重く、すっきりとした目覚めとは到底言えなかった。
(昨日、よく身体拭かずに髪の毛も殆ど乾かさずに寝ちゃったから、
風邪でもひいたのかな)
 もう一度眠りに就こうか。こなたの中で、甘い誘惑が囁かれた。
こなたは上半身を起こしたまま逡巡していたが、結局起きる事にした。
 手鏡を手繰り寄せると、寝癖が酷い。
(やっぱり、髪の毛は乾かすべきだったな)
 この状態では、一旦寝癖を直さないととてもではないが外には出られない。
(朝ごはん…もとい、お昼ご飯は、冷蔵庫にあるもので適当に済まそう)
 そう決めると、こなたは立ち上がった。
(どうせ一人だし、手抜きでも構わないよ)
 そうじろうは取材の為、ゆたかはみなみとの約束があるという事で、
今日この家にはこなた一人しかいない。
 こなたはキッチンにある冷蔵庫まで、重く気だるい身体を引きずるように移動すると、
ヨーグルトを取り出して食べた。
栄養を考えれば他にも何か食べるべきなのだろうが、あっさりとした物以外は
胃が受けつけようとはしないので、昼食はヨーグルト一つで済ませる事にした。
 そのまま居間に移動すると、こたつに突っ伏して何の気なしにテレビを付ける。
いつもなら、部屋に篭ってパソコンのディスプレイと睨めっこをするか、
或いはかがみ達と出かけるのだが、今日はネットもゲームもする気にはなれなかった。
ましてや、絶縁状態のかがみ達と出かけられるわけもない。
 テレビの画面には、ニュースが映し出された。
そのニュースを見ている内に、こなたは気だるさも眠気も吹き飛んだ。
そのニュースでは、殺人事件の報道がなされている。
殺人事件の報道など良くある事だ。こなたにとっても、それだけなら特段驚くに値しない。
しかし、その殺人事件に自分の良く知る人物が関わっているとなると、
話は俄然別のものとなる。
今まで対岸の火事のように見ていた殺人事件が、
今はごく身近なものとしてお茶の間に流されている。

398:審判
08/12/30 19:01:53 LeEa41fv
 こなたは、食い入るようにテレビ画面を見つめた。
そこには、こなたの良く知る人物の顔写真が写されており、
下に書かれた名前も一致していた。
(同姓同名のそっくりさん…なわけないよね)
 そのテレビ画面に写された人間は、こなたのクラス担任、黒井ななこだった。
それも、被害者として公共の電波に乗せられているのではない。
殺人事件の加害者として、だ。
(嘘だよ。黒井先生がそんな事するわけないじゃん。
まさか、これも夢?或いは…冤罪って事はないのかな?)
 しかし、そのニュースでは現行犯逮捕、として紹介されている。
冤罪の可能性は、殆ど無きに等しい。
こなたはこのニュースをもっと見たかったが、
すぐにキャスターは別の事件に切り替えてしまった。
こなたにとっては重大かつ身近な事件であっても、
世の中の人々にとっては取るに足らないものらしい。
 こなたは急いで朝刊を持ってきた。
ニュースによると、昨夜の21時過ぎに起きた事件らしい。
ならば、載っている可能性は高い。
 こなたのその予測は当たったが、期待は外れた。
その新聞では、社会面の隅の方で『高校教師、旧友を撲殺』という表題で
狭苦しいスペースの中にシンプルな説明がされているだけだった。
さっきのニュース以上の情報は得られない。
 他にも情報は無いか、こなたは社会面を眺めたが、
黒井の事件はその狭いスペースで片付けられていた。
 その社会面の中に、黒井の事件とは別にこなたの気を引くものがあった。
『高校教師、痴漢で逮捕』という記事である。
別段、この記事内容それ自体がこなたの興味を引いた訳ではない。
こなたが気になったのは、この記事が占めるスペースの大きさだった。
明らかに、黒井の事件よりも大きな扱いがなされている。
(殺人事件より、痴漢の方を大きく扱うだって?)
 何処まで自分の周囲が軽んじられているのか、その事を思うとこなたは眩暈に襲われた。

399:審判
08/12/30 19:02:46 LeEa41fv
 その時、玄関が開く音が室内に響いた。
「お姉ちゃんっ」
 ゆたかが、居間に駆け込んでくる。
頬を上気させ、肩で息をするその姿はただならぬ事情を抱えている事を彷彿とさせた。
尤も、こなたはゆたかのそんな態度を見ても特段驚きはしなかった。
ゆたかが取り乱した原因の予想はついている。
「お姉ちゃん、ニュース見た?」
「黒井先生の事?」
「うん」
 ゆたかは小さく頷いた。
「みなみちゃんの家で、そのニュース聞いて、すぐに帰ってきたんだ。
お姉ちゃんのクラス担任だから、お姉ちゃんの事心配だったし」
「私は大丈夫だよ」
「でも、顔色悪いよ?」
「朝起きた時から、風邪気味なんだ」
 答えながら、こなたは昨夜の夢を思い出していた。
黒井の寂しそうな表情と、あの唇の動き『さようなら』は、
この事を暗示していたのだろうか。
(下らない、偶然だよ)
 こなたはその思考をばっさりと切り捨てた。
「風邪?大丈夫?寝た方がいいんじゃない?」
「充分過ぎるほど寝ちゃったよ。起きたのお昼過ぎだったし。
これ以上寝ちゃうと、生活リズム崩して月曜日の学校大変だし」
 そう答えながらも、このまま生活リズムを崩して学校に行かないというのも魅力的に思えた。
何せ、クラスでは虐めっ子というレッテルを貼られ、
視線で言葉で空気で責められ続けているのだ。
 と、その時こなたの頭に一つの考えが閃いた。
閃いた瞬間に、吐き気が込み上げて来るほどのどうしようもない考えだった。
『黒井先生が殺人犯になったのなら、その話でクラスはもちきりだし、
混乱もするだろうから、私に対する風当たりは和らぐかな』
という、人の死すら自己に利させる穢れた思考だった。
 こなたは頭を振ってその考えを頭の片隅に追いやると、ゆたかに向き直った。
「大変な事になっちゃったね」
「うん。月曜日、やっぱり臨時休校になるのかな」
(そうなってくれると、有り難いね)
 再びこなたが吐き気を催したのは、決して風邪のせいだけではなかった。

400:名無しさん@お腹いっぱい。
08/12/30 19:04:30 LeEa41fv
>>394-399
ここまでです。漸く全ての駒の配置完了。
次で、こなたはエレクトします。

401:名無しさん@お腹いっぱい。
08/12/30 19:07:41 30JjbzJC
支援

402:名無しさん@お腹いっぱい。
08/12/30 19:08:28 30JjbzJC
っと思ったらオワタw
続き楽しみにしてます

403:名無しさん@お腹いっぱい。
08/12/31 00:36:13 PS+Vb4TB
かーっかっかっかっかっ!こなたをいじめる奴等は
このアシュラマンがまとめて地獄へ送ってやるわ!!

404:名無しさん@お腹いっぱい。
08/12/31 02:04:58 MibMUmyI
すっげーどきどきする

405:JEDI_tkms1984
08/12/31 10:19:42 En76FLyE
 今年1年、このスレ並びに住人には大変お世話になりました。
思えば夏頃に突如SSを投下した僕を心温かく迎え入れて下さり、その後も度々
投稿するSSに筆削褒貶を戴きました。
2chのルールにも暗く、掲示板には滅多に書き込まない自分にとっては大きな変化でした。
そんな中、拙い作品に沢山の反応を戴いたことは誠に望外の沙汰であります。

 まもなく外出します故、少し早めに年末の挨拶とします。
では皆さん、1年間ありがとうございました。
2009年も皆さんに幸多いことを切に希うものであります。

406:名無しさん@お腹いっぱい。
08/12/31 11:53:51 MibMUmyI
>>405
来年も期待してます

407:グレゴリー
08/12/31 12:14:58 cjAWzsoh
>>405
律儀な方ですな。
それにしても、ジョックスのうざさは万国共通ですな。


408:名無しさん@お腹いっぱい。
08/12/31 19:53:43 EjE/M6Xi
>>394-399の続き投下します。

409:審判
08/12/31 19:54:45 EjE/M6Xi



 夜のニュースで、もう一度黒井の事件は取り上げられていた。
やはり扱いは小さかったものの、
今度は動機面や背景事情にまで話は及んでいた。
 黒井が旧友である高道を殺害した動機は、こなたに途轍もない衝撃を与えた。
ふらつく足場の上でどうにか持ちこたえていたこなたの精神を、
確実に砕く一撃が、遂に放たれてしまったのだ。
 その動機とは、過去の虐めが原因という事だった。
だが、直接黒井を殺害という衝動に駆り立てたのは、
高道が黒井を虐めたつもりさえなかった、という一点らしい。
自らを地獄へと突き落としておきながら、虐めていたという意識さえなかった高道を、
黒井は許せなかったという事だった。
自分にとっては精神を蝕まれつくされる程の仕打ちなのに、
相手はただの遊びとしか思っていない。
それは被害を受けた方に取っては、何よりも憎しみを増幅させる加害者の態度だった。
こちらの苦痛をまるで分かっていない、という点においては、
苦痛を与える意図でもって虐めを行う人間よりも遥かに憎らしく、
そして何よりも人間らしさがない。虐められた方には、自分とは別種のモンスターにさえ映る。
(ああ、私と似ている…)
 こなたは、殺害された高道と自分が重なって見えた。
虐めをしておきながらも、虐めの故意がないという点が、
自分と酷似しているように感じられたのだ。
 『虐められた方は、一生涯忘れない』
 こなたの頭に、そのフレーズが再びリフレインした。
あの時は一笑に付したが、今のこなたには下らないと笑い飛ばせるだけの精神はない。
今のこなたはそれが真実である事を知っている。虐められた方は一生涯忘れないという事を、
黒井が証明付けたのだから。
(私は、やっぱり、つかさに一生涯消えない傷を負わせてしまったんだ…)
 もう、認めざるを得なかった。今回の黒井の件は、今までこなたが抗っていた
『虐められた方が虐めだと思えば、それはもう虐め』
『虐められた方は一生涯忘れない』
『こなたがやっている事は、れっきとした虐めなのよ』
『反省してない』
『人の痛みに気付けない鈍感な人間』
というフレーズの正当性を証明づけてしまったのだから。
こなたは最早、これらのフレーズにひたすら打たれまくるサンドバッグと化した。
(そりゃ、つかさもメール返してくれない訳だよ。
許す訳ないもんね、こんな極悪人。
どうやってつかさに償えば…)
 こなたは思いを巡らせた。この時、既に黒井が過去にどのような虐めを受けていたか、
という背景事情の説明にニュースは入っていたが、
思考に没頭するこなたの頭にはキャスターの声など入ってこない。
(ああ、そうだ。もしかしたらこの高道って人、本当は気付いてたんじゃないかな。
自分が、過去虐めをやっていた事に。それで見つけた償いの方法が、
黒井先生に殺される事だったのかも。だから、黒井先生を挑発して自分を殺させた…
そうだよね、償うのなら、被害者が心の傷を癒せるような方法でなきゃ駄目だもんね。
いっその事つかさに、殺してもらおうか。そうすれば、私の罪も消えるのかな…)
 俯き加減で思考し続けるこなたを余所に、ゆたかは黒井が過去に受けた虐めを流している
テレビ画面を食い入るように見つめていた。その瞳には、うっすらと怒りが点っていた。
静かに堕ちて行くこなたの瞳の色とは、真逆の色が、ゆたかの瞳に宿っている。

410:審判
08/12/31 19:55:36 EjE/M6Xi
(駄目だ。そんな事したら、つかさの未来も闇に閉ざさせる事になる。
いくら今未成年だからといって、殺人をした者がそう簡単に社会復帰できるとは思えない。
それでなくても、殺人者というレッテルをつかさに貼らせる訳にはいかないよ。
私は虐めっ子というレッテルを…私の場合はレッテルじゃなくて、
真実を表すラベルだったけど、ともかくレッテルを貼られた人間は周囲の人間に迫害する正当性を
与えてしまう。そんな状況に、つかさを追いやる訳にはいかないよ。
…やっぱり、自分でケリを付けなきゃ駄目だ。
誠心誠意、反省しているという事を分かってもらう方法で、つかさに謝らなきゃ駄目だ。
うん、命を懸けても、つかさに理解してもらえるよう努力しよう。
どうせ、今の私には生きていく気力はない。つかさに生涯消えない傷を負わせたという事を自覚しながら、
その重過ぎる十字架を背負いながら生きてくような精神力は私にはないよ…)
 こなたは震えた。死、その考えは背筋を凍りつかせた。
恐怖から逃れるように、別の道を模索する。
(ああ、そうだ。死は逃げでしかないのかもしれない。
いや、これは死を選ぶのが怖いから、私が都合よくそう思っているだけなの?
いや、重い十字架を背負いながら生きていく、それが贖罪になるのかもしれない。
悪い事をした、という事を思い詰めながら生きていく事が、最大の謝罪になるのかもしれない。
やっぱり、死は逃げでしかないのかもしれない)
 そう思い直したこなたの脳裏に、かがみの言葉がリフレインした。
『謝ってるようにさえ見えない謝罪なんて、何の意味がある?』
(ああ、そうだよね、かがみ。
十字架を背負いながら生きていくだとか、罪を自覚し思い詰めながら生きていくだとか、
そんなの、つかさから見たら分からないよね。私がどんな事思っているのか、なんて。
だから、無意味だよね。
やっぱり、外部から見ても反省している事が分かるような方法で償わなきゃ駄目なんだ…)
 こなたはそう思いながらも、逡巡していた。
まだ、それを選ぶ事を決断できなかった。
自分を虐めっ子と認めてなお、つかさに重大な傷を負わせた事を認めてもなお、
生に対する執着や死に対する恐怖は根強く粘っていた。
「可哀想だよね…」
 その時、ゆたかが唐突に口を開いた。
こなたは我に返ったように、ゆたかを見やった。
「何が?」
 こなたはテレビを見たが、既に黒井の事件は終わり、次のニュースに映っていた。
「何がって、黒井先生が、だよ。本当に、酷い虐め受けたんだね…」
 『黒井先生』という名詞を『柊つかさ』という名詞に変換すれば、
ゆたかの発言はこなたを責める言葉となる。
その事に、こなたは気付いた。
人名をAやBという記号に置き換えれば、ゆたかの発言は行為を断罪するものとなる。
「やっぱり、黒井先生が可哀想に見える?」
「それは、そうだよ…人を殺しちゃうのは良くないと思うけど」
 こなたは、ゆたかに訊いた。
否定してもらいたいのか、裁いてもらいたいのか。
どちらを望んでいるのか分からないままに、こなたは訊いた。
「ねぇ、ゆーちゃん。この高道って人は?殺されちゃって、可哀想だと思う?」
 ゆたかは返答を躊躇わなかった。
思ったままに、故に残酷に、
ゆたかは高道を─そしてこなたを──裁いた。
「思わないよ。こんな事言っちゃっていいものか迷うけど、
高道って人は殺されても仕方ないだけの事を、
命を失っても仕方ないだけの事を、やっちゃったと思うし」
 こなたは心の中で、『高道って人』という言葉を『泉こなた』という名詞に変換した。
(ありがとう。最後に、背中を押してくれて)
 遂にこなたは、決意した。
「そうだよね。命を失っても、仕方ないだけの事をやっちゃったよね」
 こなたはそう呟くと、立ち上がった。

411:審判
08/12/31 19:56:28 EjE/M6Xi

*

 月曜日。マスコミ対応も殆ど沈静化していたにも関わらず、稜桜高校は休校となった。
大事を取っての事だろう。授業は、月曜日から始まるとの事だった。
 この臨時の休みとなった月曜日、
みゆきとかがみ、つかさの3人は、こなたの家を訪れていた。
日曜日の内に、こなたの訃報は予め作成されていた連絡網を介してB組の全員に伝えられていた。
その連絡の中では、単に泉こなたが死亡した、という事しか伝えられていなかったが、
みゆきは事故死の類ではない事を確信している。
それは、つかさやかがみも同じだろう。
その理由として、こなたからつかさに送られた電子メールが挙げられる。
土曜日の深夜、こなたからつかさに対し一通のメールが送られていた。
その文面はたったツーセンテンスで構成されていたが、
尋常ならざる気配を存分に窺わせる内容だった。
『ごめんなさい。これで償いきれるとは思っていないけれど』
 そう、メールの本文には入力されていた。
そして夜が明けた日曜日、つかさはこなたの訃報を知った。
嫌な予感に駆られたつかさは、かがみにこのメールを見せただけではなく、
みゆきにも連絡を取ってきた。
そして、みゆきとつかさの提案により、こなたの家にお悔やみに行くことに決められたのだった。
かがみは当初渋っていたが、つかさがどうしても行く、という態度を崩さないので、
一緒に来てくれる事になったらしい。
みゆきにはそのかがみの態度が、何処か訝しく映った。
かつての親友が死んだというのに、お悔やみを渋ったというその姿が、
奇異なものに思えたのだ。
 予め連絡してあったので、
こなたの家に着いた3人はそうじろうとゆたかに快く迎えられた。
3人は、こなたの亡骸が納められた棺の前で、静かに手を合わせた。
みゆきは、自分の頬に涙が伝っていくのが分かった。
最近こそ仲違いの様相を呈していたが、
やはりこなたは彼女にとってはかけがえの無い親友だったのだ。
 それは、つかさにとっても同じ事だったらしい。
手を合わせ終わった後に見たつかさの頬には、
くっきりと涙の跡が残っていた。
「ごめんな。うちの娘が、馬鹿な事をしてしまって…」
 そうじろうは、3人を前に感極まったように声に詰まった。
「いえ…」
「本当にあの馬鹿娘、命を粗末にしやがって…。
こんなにも友達に思われてるのに、自殺なんて…」
 3人は言葉を失った。こなたは、やはり自殺していたらしい。
つかさに送られたメールから想像していた事ではあるが、
事実を突きつけられると改めて衝撃が身体を走り抜ける。
 それともう一つ。みゆきの身体を貫いたフレーズがそうじろうの発言の中にあった。
『こんなにも友達に思われてるのに』という、部分だ。
果たしてそういう風に言われるほどに、自分達はこなたに対して優しかっただろうか。
みゆきは自問した。
(最近は、避け気味でした…。クラスの人達と同じように、泉さんを虐めっ子として扱い、
避けていました。それなのに、私は友達と言われるだけの資格はあるのでしょうか…)
 そう棺の中のこなたに問いかけてみたかったが、
問いかけた所でこなたはもう返答しないのは明白だった。
もう、遅い。

412:審判
08/12/31 19:57:44 EjE/M6Xi
「でも…何でこなたは自殺なんてしちまったんだろう…。
ごめんね、君達も辛いだろうに、こんな事零しちゃって…」
 そうじろうからは、威厳の欠片も失われていた。
ただひたすらに悲嘆に暮れる弱弱しい哀れな男の姿が、そこにはあった。
「いえ、確かに辛いですが…、私達でよければ幾らでも」
「いや、いいんだ。あいつ、遺書にもたった一言しか書いていなかった。
『ごめんなさい』とだけ。結局何が原因で自殺したのかさえ、
分からないままだ…」
 そうじろうは遠くを見つめるように、呟いた。
いや、そうじろうは決して遠くを見つめていたのではない。
そうじろうの視線を追ったみゆきは、その事に気付いた。
そうじろうは、かなたの遺影に視線を投げかけていた。
「ごめんなさい、ですか」
「ああ、そうだ。そして、土曜の深夜、庭の木に縄を括って、
首を吊っ……っ…」
 そうじろうは最後まで言葉を発する事ができず、嗚咽を漏らし始めた。
「あの、ご無理をなさらず…」
 堪らずみゆきは話しかけた。自分よりも遥かに、
文字通り親と子ほどの年齢差があるにも関わらず、
今のそうじろうは幼子のようにさえ見える。
心の拠り所を完全に失ってしまった人間の弱さが、そこには垣間見えていた。
「いや、ごめん、取り乱してしまって。
それで…皆傷心の所悪いんだが、何かこなたが自殺するような心当たりはないかな?
どうしても、納得いかないんだ。自殺を選んだ動機も分からないまま、
終わってしまうのが。何に対して謝罪しているのかさえ、分からない」
 そうじろうは頭を振ると、頭を抑えて俯いた。
 みゆきが口を開きかけたが、かがみが言葉を発する方が早かった。
「いえ、普段のこなたさんの生活を見ている限り、思い詰めているような素振りは何も。
私達も、分からないくらいです。自殺する程思い詰めていたのなら、
私達に相談してくれても良かったのに。親友だったろ、こなた…」
 かがみは悔しそうに唇を噛み締めた。
(かがみさん…?)
 かがみのその姿は、傍目には親友の死を悼む友人の姿として映るのだろうが、
みゆきは釈然としない面持ちでかがみを横目に見やった。
こなたに思い詰めている素振りはない、そう言い切った所が、
みゆきにはどうしても気になった。
どう見ても、こなたはクラスで孤立していた。
みゆきの中で、かがみへの不信感が芽生え始めていた。
「そうか。ごめんな、変な事訊いちゃって…」
「こなちゃんっ…っ…」
 唐突に、つかさが嗚咽を漏らした。
堪えきれなかった悲しみが、瞳の水嵩を増していく。
「私が…悪かったのかなっ。私が、こなちゃんを追い詰めちゃったのかなっ」
 瞳に溜められた悲しみで彩られた水は、遂に溢れ出した。
ダムが決壊したように、つかさの瞳から悲しみが雨となって滴り落ちていく。
「何を言うんだっ」
 そうじろうが言葉厳しく、つかさを遮った。
「君は、君達はあんなにもこなたと仲良くしてくれたじゃないか。
君が悪いなんて、そんな事は絶対に有りえない。
悪いのはむしろ…いやきっと…俺の方なんだろうな。
男手一つで育ててきたつもりだったが、
きっと至らない所だらけだったんだろう。
こなたの事、何も分かってやれなかったんだろう。
もし、かなたが生きていれば、こなたは死ななかったはずなのに。
ごめんな、こなた。俺が不甲斐ないばっかりに…。
かなたっ、やっぱり俺、お前が居ないと、駄目だったよ…」

413:審判
08/12/31 19:59:05 EjE/M6Xi
 そうじろうはかなたの遺影に向かって、土下座した。
見栄も外聞も捨て去った哀れな男の姿に、みゆきは心を打たれた。
(全て言ってしまった方が、いいのでは…。
泉さんがクラスで孤立していた事、そしてそれに加担していたのが、
他ならぬ私達だって事、言ってしまった方がいいのでは…)
 みゆきは口を開こうとした。それはつかさも同じだったらしく、
つかさもみゆきに先んじて口を開いていた。
「そんな事ないですよっ。きっとこなちゃんは」
 しかし、つかさの言葉もかがみによって遮られた。
「つかさ、顔色悪いけど大丈夫?
やっぱり、黒井先生の件と、今回の件が重なった事が、心労になっているのかしら」
(かがみさん?)
 再び、みゆきの頭に疑念がもたげた。
かがみに対する不信感が、抑えきれぬほど大きく育っていくのが自分でも分かった。
「ああ、そういえば、そうだったな。黒井先生の件も、あったんだな。
ああ、被害者の親御さんも可哀想に。
それと、君達には済まなかった。色々と心労多い中で、
変な事訊いてしまって」
「いえ、構わずに。ただ、つかさが心配なので、今日はこれでお暇させて頂きます」
 かがみは言葉短く対応すると、つかさの肩を叩いて立ち上がった。
「お邪魔しました」
「いや、気をつけて帰るんだよ」
 そうじろうに見送られながら、みゆき達は玄関へと歩を進めた。
途中通った居間では、ゆたかがテレビを見ていた。
「ゆたかさん、お邪魔しました」
 かがみとつかさは既に玄関へと進んでいたが、みゆきは律儀にゆたかにも挨拶した。
「いえ」

414:審判
08/12/31 20:00:02 EjE/M6Xi
 暗く沈んだ声で、ゆたかは返答してきた。
精神的疲労が大きいのか、テレビの内容はおろかみゆきにも気が届かない風体である。
そのテレビでは、黒井の事件が報じられていた。
もう既にその事件がニュースで報じられる事は無くなっていたが、
ワイドショーでならば取り上げられる事もあるらしい。
テレビでは、一人のコメンテーターが今回の事件について一家言述べていた。
みゆきは、そのコメンテーターの発言に足止めされた。
そのコメンテーターは、訥々とこう語っていた。
「今回の事件ですが、私には色々と世論に対して腑に落ちない点があります。
今回の加害者、黒井容疑者に対しては、世論は同情的です。
虐められて可哀想、と。また、容疑者を責める意見にしても、
『教師という道徳を含めて生徒にモノを教える立場に就いていながら、
殺人は頂けない』という内容が主です。
私はこの考え方に、心底ぞっとさせられます。
もし、容疑者が教師でなかったのなら、この殺人は肯定されるとでも言いたいのでしょうか。
いや、実際に匿名掲示板や雑誌の投書等で、そういった意見も見ています。
『教師を辞めてから、殺すべきだった』という意見です。
どうして、殺された被害者の事に想いが至らないのか、不思議でなりません。
確かに、高道さんは過去虐めを行いました。
それも相当酷いもので、虐めの故意がなかったという点に容疑者が怒りを抱いた点についても
私は共感できます。ですが、だからといって殺してもいいはずがない。
単にそれは、殺人は違法だから、という意味に留まりません。
高道さんを慮っての考えでもあります。
確かに高道さんは虐めを行いましたが、それはもう10年程も過去の事。
にも関わらず、今まで積み上げてきた10年間も、
そしてこれからの人生も、10年程前の過去の件で今更奪われても無念でしょう。
いや、そもそもだ、そもそもですよ。虐めは確かに酷いもので、
断罪され根絶されるべきものでしょうよ。ですが、命まで取る必要はありますか?
殺されなきゃいけないほどの、大罪なのでしょうか。
殺人は虐め以上の最悪の大罪です。
虐められた事の苦痛と命を奪われた事では、法益の均衡すら保てません。
別に容疑者の不遇な過去に同情するな、とまでは言いません。
虐めを肯定もしません。ですが、被害者は殺される必要はなかった。
高道さんこそ、同情されるべきだと私は思っています」
 みゆきは呆然と、コメンテーターの意見を訊いていた。
気がつくと、後ろにそうじろうが立っていた。
「みゆきさん、だったかな。外でお友達が待ってるみたいだけど」
「あ、すいません」
 みゆきは一礼すると、玄関へと急いだ。
足が震えていたが、かがみとつかさの待つ道路まで進むにはそれ程の不便はなかった。


「ごめんなさい、遅れまして」
 みゆきは、かがみとつかさに頭を下げた。
「いいわよ、別に」
「気にしないで、ゆきちゃん」
 そう言葉を交わすと、後は無言のまま三人は歩き始めた。
みゆきは、何か話しかけようと思うのだが、上手く言葉が出てこなかった。
5分程も無言の行進が続いた時だろうか、つかさが唐突に口を開いた。
「ねぇ、お姉ちゃん、ゆきちゃん。
私達が、いけなかったのかな」
 何に対して悪かったと言っているのか、勿論みゆきは理解していた。
それはかがみも同じだろう。
「それは、あるかもしれませんね。私達は、泉さんを孤立させてしまいました。
その後のフォローもしなかった。もしかしたら、泉さんはその事を気に病んで…」
 それ以上、みゆきの言葉は続かなかった。
その先を口にするのが恐ろしかった。自分達が親友を死に追いやったかもしれないという事を、
口にするのが怖かった。

415:審判
08/12/31 20:01:51 EjE/M6Xi
「そうだよね…。私達、こなちゃんに酷い事しちゃったよね。
あれじゃまるで私達がこなちゃんを虐めてるみたいだったよ」
「クラスの人たちは、泉さんの自殺をどう思っているのでしょうね…。
やはり私達と同じように、悔やんでいるのでしょうか」
 実際虐めを行っていたのは、虐めっ子として糾弾されたこなたではなく、
糾弾したこちら側なのではないか、と、苦悶しているのだろうか。
みゆきは思った。
「あのね、アンタ等何言ってるのよ」
 かがみが呆れたような声で割り込んできた。
「こなたのクラス内での孤立と、自殺の件はどう考えても無関係よ。
虐めっていうけど、実際には虐めを行っていたのはこなたの側だったわ。
私達は、結束して虐めに立ち向かったに過ぎない」
 かがみはそこで言葉を切ると、続けた。
「大体、クラスで多少孤立した程度で自殺なんてするものでもないでしょ。
気に病みすぎよ、二人とも」
 確かに、かがみの言う事にも一理ある。
取り立てて、こなたに具体的被害を及ぼすような事をしてきた訳ではない。
例えば黒井が受けた虐めと比べれば、
こなたの受けた仕打ちは虐めとは到底呼べないものかもしれない。
虐めだとしても、自殺する程のものだとはみゆきには思えなかった。
ただ、それでも引っかかる点はあった。
もし、クラス内での孤立が自殺と無関係だとするならば、
こなたはどうして唐突に自殺などしたのだろうか。
 それに、かがみはこなたが虐めを行ったと言ったが、
果たしてこなたがつかさに対して行った事は虐めと呼べるのかどうか、
みゆきは未だ疑問であった。
また、かがみはこなたに対する仕打ちが虐めではないと言っていたが、
クラス中で無視をする、というのは立派な虐めではないのだろうか。
確かに共謀などはしていない。示し合わせた訳でもない。
しかし、これこそかがみがこなたを責める基幹となった、
『虐めているつもりのない虐め』に該当するのではないだろうか。
「でも、お姉ちゃん。私ね、こなちゃんから土曜の夜以外にも、
一度、メール貰ってるんだよ。色々思うところがあったから、
返信しなかったけど…。もしかしたら、その事も原因になっちゃったのかも…」
「だから、つかさは気に病み過ぎだっての。
今日はもう家に帰って休みなさい。
私も送るから」
「それが、いいようですね」
 みゆきも同調し、帰路の途中、柊姉妹と別れた。




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