リリカルなのはクロスSSその82at ANICHARA
リリカルなのはクロスSSその82 - 暇つぶし2ch2:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/07 18:24:29 afBWeOv0
【書き手の方々ヘ】
・作品投下時はコテトリ推奨。トリップは「名前#任意の文字列」で付きます。
・レスは60行、1行につき全角128文字まで。
・一度に書き込めるのは4096Byts、全角だと2048文字分。
・先頭行が改行だけで22行を超えると、投下した文章がエラー無しに削除されます。空白だけでも入れて下さい。
・専用ブラウザなら文字数、行数表示機能付きです。推奨。
・専用ブラウザはこちらのリンクからどうぞ
・ギコナビ(フリーソフト)
  URLリンク(gikonavi.sourceforge.jp)
・Jane Style(フリーソフト)
  URLリンク(janestyle.s11.xrea.com)
・投下時以外のコテトリでの発言は自己責任で、当局は一切の関与を致しません 。
・投下の際には予約を確認してダブルブッキングなどの問題が無いかどうかを前もって確認する事。
・作品の投下は前の投下作品の感想レスが一通り終わった後にしてください。
 前の作品投下終了から30分以上が目安です。

【読み手の方々ヘ】
・リアルタイム投下に遭遇したら、支援レスで援護しよう。
・投下直後以外の感想は応援スレ、もしくはまとめwikiのweb拍手へどうぞ。
・気に入らない作品・職人はスルーしよう。そのためのNG機能です。
・度を過ぎた展開予測・要望レスは控えましょう。
・過度の本編叩きはご法度なの。口で言って分からない人は悪魔らしいやり方で分かってもらうの。

【注意】
・運営に関する案が出た場合皆積極的に議論に参加しましょう。雑談で流すのはもってのほか。
 議論が起こった際には必ず誘導があり、意見がまとまったらその旨の告知があるので、
 皆さま是非ご参加ください。
・書き込みの際、とくにコテハンを付けての発言の際には、この場が衆目の前に在ることを自覚しましょう。
・youtubeやニコ動に代表される動画投稿サイトに嫌悪感を持つ方は多数いらっしゃいます。
 著作権を侵害する動画もあり、スレが荒れる元になるのでリンクは止めましょう。
・盗作は卑劣な犯罪行為であり。物書きとして当然超えてはならぬ一線です。一切を固く禁じます。
 いかなるソースからであっても、文章を無断でそのままコピーすることは盗作に当たります。
・盗作者は言わずもがな、盗作を助長・許容する類の発言もまた、断固としてこれを禁じます。
・盗作ではないかと証拠もなく無責任に疑う発言は、盗作と同じく罪深い行為です。
 追及する際は必ず該当部分を併記して、誰もが納得する発言を心掛けてください。


3:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/07 18:25:30 afBWeOv0
【警告】
・以下のコテは下記の問題行動のためスレの総意により追放が確定しました。

【作者】スーパーロボット大戦X ◆ByQOpSwBoI
【問題の作品】「スーパーロボット大戦X」「スーパーロボット大戦E」「魔法少女(チェンジ!!)リリカルなのはA'S 次元世界最後の日」
【問題行為】盗作及び誠意の見られない謝罪

【作者】StS+ライダー ◆W2/fRICvcs
【問題の作品】なのはStS+仮面ライダー(第2部) 
【問題行為】Wikipediaからの無断盗用

【作者】リリカルスクライド ◆etxgK549B2
【問題行動】盗作擁護発言
【問題行為】盗作の擁護(と見られる発言)及び、その後の自作削除の願いの乱用

【作者】はぴねす!
【問題の作品】はぴねす!
【問題行為】外部サイトからの盗作

【作者】リリカラー劇場=リリカル剣心=リリカルBsts=ビーストなのは
【問題の作品】魔法少女リリカルなのはFullcolor'S
         リリカルなのはBeastStrikerS
         ビーストなのは
         魔法少女リリカルなのはStrikerS-時空剣客浪漫譚-
【問題行為】盗作、該当作品の外部サイト投稿及び誠意のない謝罪(リリカラー劇場)
       追放処分後の別名義での投稿(Bsts)(ビーストなのは)

4:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/07 21:57:36 x4Tq2HNr
スレ建て乙!

5:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/07 22:16:29 DkpUu9X9
スターライト乙。

6:THE OPERATION LYRICAL
08/11/07 23:45:13 BuruDI2l
<<こちらオメガ11、スレ立て乙! で、いきなりなんだが
THE OPERATION LYRICAL最終話を2430に投下したい。可能ならば支援頼む!>>

7:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 00:00:10 xKK085FN
OK! 支援を開始する

8:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 00:01:23 ZEIkmW00
支援

9:THE OPERATION LYRICAL
08/11/08 00:30:38 +TQ9FdkY
<<では、最終話を投下する。
どうか心あらば、あなた方の持てる道具を持って、支援して欲しい>>

「行ってしまったな……」
「行ってしまったッスねー」
管理局管轄の更生施設、その隊舎のベランダで、二人の少女―ノーヴェとウェンディが、空を昇っていく次元航行艦を眺めていた。
結局、黄色の13は彼女たちの元に帰ってこなかった。はっきりと戦死と伝えればいいものを、更生組で一番年長のチンクは「魂だけが元の世界に帰ったんだ」と言っていた。
悲しみはあったか、と聞かれれば、そうだと彼女たちは答えるだろう。あの一見無愛想な―しかし不器用な優しさを持った、凄腕のエースパイロットにして彼女たちの教官
は、もうこの世にはいないのだ。
だが、それでいつまでも泣いている訳には行かない。彼は、未来を自分たちに託したのだから。
「おーい、二人ともー」
その時、後ろから声をかけられて、二人は振り返る。そこにいたのは同じく更生組のセイン、その後ろに何か大きな布を抱えたオットーとディード。
いったい何事だろうとノーヴェとウェンディは首を傾げたが、セインがにやりと笑い、オットーとディードが布を広げたところで、表情が一変する。
「あ、これは……っ」
「13の乗ってた戦闘機ッスか?」
「そーゆーこと」
布には、あの主翼や垂直尾翼の先端を黄色で彩ったSu-37、彼の愛機が描かれていた。しっかり機首にも黄色で「13」の文字がある。
そういえば、チンクが「更生組で旗を作ろう」とか言っていた。いわゆる隊旗だ。その旗の下に、自分たちは生きていこうと。
黄色の13は死んだ。だが、その魂は確かに受け継がれた。
後に管理局地上本部に、彼女たちを中核にした新生黄色中隊なる新部隊が創設されることになるが―それはまた、別の話である。

10:THE OPERATION LYRICAL
08/11/08 00:33:23 +TQ9FdkY
投下の順番間違えた(汗)

ACE COMBAT04 THE OPERATION LYRICAL


エピローグ THE OPERATION LYRICAL


頭上を、轟音が駆け抜けていった。
何だろうと思ってベルツが視線を上げると、地上本部戦闘機隊の主な面子―スカイキッド、ウィンドホバー、アヴァランチたちの乗った戦闘機が、眩い蒼空を駆け抜けてい
くのが見えた。
「……あぁ、"リボン付き"の見送りですね」
同じようにその光景を眺めていた部下の陸曹、ソープが呟いた。
そういえば今日だったか、とベルツは記憶を掘り起こし、最近のスケジュールを思い出す。確かに、"リボン付き"が元の世界に帰るのが今日だと言う連絡があったように思う。
あとで聞いた話だが、彼は自分と同じ世界出身だったらしい。それも同じISAF、陸軍と空軍と言う違いこそあるが、ユージア大陸で共に戦った仲なのだ。
「―二尉、よかったんですか?」
その辺の事情を察してか、ソープがベルツに問う。元はと言えば彼も次元漂流者、"リボン付き"の世界が見つかった時点で、帰ろうと思えば帰れなくはないはずなのだ。
しかし、ベルツは首を横に振った。
「俺は向こうじゃとっくに戦死扱いのはずだ、クラウンビーチで狙撃兵に撃たれたってな。今更戻りたいとは思わないし―」
言葉を途中で区切り、ベルツは視線を空から離し、今度は地面に向けた。
彼らのいる再建中の地上本部からは、クラナガン市街地が見えた。そこでは多くの人々が、未だ各地に残る戦火の傷跡にもめげず、復興と発展に力を注いでいた。
「……俺は、自分が命がけで守ったこの土地で生きたい。そのためにも地上本部を再建しなければならん。ソープ、悪いが付き合ってくれるか」
「はいはい、二尉の頼みならしょうがないですね」
頭をぽりぽりと掻いて、しかしソープは少し嬉しそうな表情。
ベルツはそんな部下と笑みを交わし、もう一度、自分たちが命がけで取り戻し、そして守り抜いた土地を見た。
―いいや、違う。俺たちだけじゃない。命を捨ててまで、この土地を守ろうとした、世界の秩序を守ろうとした男がいた。俺たちはそれを決して忘れない。だから、彼の意
思は俺たちが引き継ぐんだ。陸や海だの、縄張り争いをやってる場合じゃない。
ちょうどその時、風が吹き抜けた。久しぶりに感じた、暖かい春の風。
厳しい冬は、もう終わろうとしていた。

「行ってしまったな……」
「行ってしまったッスねー」
管理局管轄の更生施設、その隊舎のベランダで、二人の少女―ノーヴェとウェンディが、空を昇っていく次元航行艦を眺めていた。
結局、黄色の13は彼女たちの元に帰ってこなかった。はっきりと戦死と伝えればいいものを、更生組で一番年長のチンクは「魂だけが元の世界に帰ったんだ」と言っていた。
悲しみはあったか、と聞かれれば、そうだと彼女たちは答えるだろう。あの一見無愛想な―しかし不器用な優しさを持った、凄腕のエースパイロットにして彼女たちの教官
は、もうこの世にはいないのだ。
だが、それでいつまでも泣いている訳には行かない。彼は、未来を自分たちに託したのだから。
「おーい、二人ともー」
その時、後ろから声をかけられて、二人は振り返る。そこにいたのは同じく更生組のセイン、その後ろに何か大きな布を抱えたオットーとディード。
いったい何事だろうとノーヴェとウェンディは首を傾げたが、セインがにやりと笑い、オットーとディードが布を広げたところで、表情が一変する。
「あ、これは……っ」
「13の乗ってた戦闘機ッスか?」
「そーゆーこと」
布には、あの主翼や垂直尾翼の先端を黄色で彩ったSu-37、彼の愛機が描かれていた。しっかり機首にも黄色で「13」の文字がある。
そういえば、チンクが「更生組で旗を作ろう」とか言っていた。いわゆる隊旗だ。その旗の下に、自分たちは生きていこうと。
黄色の13は死んだ。だが、その魂は確かに受け継がれた。
後に管理局地上本部に、彼女たちを中核にした新生黄色中隊なる新部隊が創設されることになるが―それはまた、別の話である。

11:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 00:33:32 9pGrlgVD
支援砲撃します!

12:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 00:36:10 E/xCncPc
支援させていただく フォックス2!

13:THE OPERATION LYRICAL
08/11/08 00:36:28 +TQ9FdkY
次元航行航空母艦"アースラ"の格納庫。
振り返れば、長いようで短い日々だった。
メガリス攻略戦で損傷した愛機F-22の修理には数ヶ月を要したが、それも終わった。
これで、ユージア大陸に帰れる―そういう喜びの感情は、不思議と湧いてこなかった。
否、きっと心のどこかでは喜んでいるだろう。だが、それを心の底から歓迎していないのもまた事実だ。
何故だろうなと物思いにふけりながら、メビウス1はF-22のコクピットに潜り込み、最後の点検を行っていた。整備員たちを信用していない訳ではないが、やはり最後、自分
でやっておきたかった。
「最後、か……」
整備マニュアルにちらちら目配りしながら点検を行っていた手を動きを止めて、彼はふと呟く。
本当に、これがもう最後になるのかもしれないのだ。

ほんの数日前になって、はやてから聞かされた話である。
「実は……メビウスさん、ちょっと問題があって」
「問題? どんな?」
怪訝な表情を浮かべるメビウス1に、いかにもはやては歯切れが悪そうに切り出した。
「メビウスさんを元の世界に送るのは、簡単なことや。けど、問題はその先。メビウスさんの世界とこのミッドチルダ、本来なら絶対に行き来することは出来ん、非常に強力
な次元の"壁"があったんや。けど、何らかの原因でこの壁に穴が開いた。だからメビウスさんはこっちの世界にやって来れた訳で。んで、その穴がもうすぐ無くなろうとして
いて……」
「―分かった、要するに?」
このまま話を続けさせると長くなりそうなので、メビウス1ははやてに結論だけ言うよう伝えた。
はやてはわずかな逡巡の後、やがて意を決したかのように口を開く。
「ええと、まあ要するにやな……たぶんもう、こっちの世界には来れなくなるってことや」

その言葉を聞いた時、メビウス1は自分の心の中に動揺があったのを見逃さなかった。
だからだろう、ユージア大陸に戻れることに、素直に喜べないのは。
だったら帰らなければいい―そういう選択肢も確かにあった。だが、よりにもよって管理局の観測によれば、ユージア大陸ではまた何か戦争と思しきものが起きているらし
い。自身の故郷が、また戦火に晒されている。放って置く訳には、いかなかった。
だが戻ってどうするのだ。出来ることはたかが知れてる、戦闘機乗りとして精一杯戦うだけ。
そう思うと、またスカリエッティに言われた言葉が脳裏に蘇ってくる。所詮俺は「人殺し」と。
その通り、俺は人殺しだ―しかし、今ならメビウス1ははっきりと言える。殺した分だけ、救った命もある。それは、誇りに思っていいはずだ。
「―メビウス1、そろそろ時間です。ブリーフィングルームに」
点検のために開きっぱなしにしていた通信回線に、六課の副官兼メビウス1の管制官を務めるグリフィスの声が入ってきた。すぐに行く、と伝えてメビウス1はコクピットか
ら降り、後を整備員たちに任せてブリーフィングルームに向かうことにした。

14:THE OPERATION LYRICAL
08/11/08 00:39:45 +TQ9FdkY
ブリーフィングルームに入ると、はやてを始めとした六課の主要メンバー全員がすでに揃っていた。どうやら遅刻してしまったらしい。そのぐらい、ティアナが何か文句を言
いたげな視線を向けてくるから分かる。正直胸に痛いのでやめて欲しいのだが。
「……すまん、遅れた」
「別に構いませんよ。この時間にブリーフィングルームに集合ってあたしはちゃんと伝えたんですけどね」
むすっとした表情を浮かべるティアナに、メビウス1は再度「すまんすまん」と謝る。
「まあまあ、ティアナもその辺にしておいて。メビウスさんも早く座ってください」
ティアナとは対照的に柔和な笑みを浮かべ、メビウス1に席に着くよう促すのはなのは。メビウス1は言われるがまま、開いている席に座る。ティアナが一瞬なのはを睨んだ
ような気がしたが、きっと気のせいだろう、たぶん。
そんな光景を見て、一人ひっそりと冷や汗をかいていたはやてがわざとらしく咳払いし、ブリーフィングを始めた。
「ごほんっ……ええかな、ブリーフィング始めるで? じゃあゴーストアイ、いつものようにお願いします」
「了解した」
はやてに言われて、地上本部所属の空中管制担当のゴーストアイが端末を操作する。
「さて、今更多くを語る必要はあるまい。現在、本艦"アースラ"は特別演習空域"円卓"へ向けて航行中である。"円卓"に到着後、本艦が前方に転送用ゲートを設置する。その
後、スターズ1が砲撃魔法で転送用ゲートにショックを与える。通常の転送魔法では、メビウス1の元の世界には繋がらない。そこで、意図的に次元に乱れを起こすことで、
転送用ゲートと彼の元の世界を強引に"接続"する……」
ゴーストアイの解説を追う形で、ブリーフィングルームの大型モニターに、かつて地上本部と本局の合同演習が行われた地、"円卓"が表示される。続いて転送用ゲートの位置
とスターズ1、すなわちなのはの砲撃魔法のタイミングが表示されていく。
「接続できる時間は推定わずか十五秒や。メビウスさんは事前に発艦しておいて、準備が整ったらゲートに飛び込んでもらう……ええかな?」
はやてがメビウス1に確認するように問う。彼は当然頷いた。ブリーフィングと言っても出発前に一度、概要の解説は行っているので、今回は確認の意味を込めて行っている
ようなものだ。
「まあ、それはいいとして……この、作戦名はなんだい、オペレーション・リリカルって。呪文か?」
大型モニター右上に表示された今回の作戦名について、素朴な疑問を抱いたメビウス1が口を開く。問いに答えたのははやてでも無ければゴーストアイでも無く、隣に座って
いたなのはだった。
「あ、それ、私の魔法の詠唱に使う奴なんです。なんとなく語呂がいいかなって思ってこんな作戦名にしたんですけど」
なるほど、確かに今回なのはは重要なポジションに立たされている。彼女が作戦名を決めるのは、そう不思議ではない。
「ふむ、オペレーション・リリカルね……悪くないんじゃないか」
微笑を浮かべて、メビウス1は納得した表情を見せた。
その後、わずかに通信で使用する周波数など細かい規定をゴーストアイが解説し、ブリーフィングは解散となった。
あとは時間が来るのを―"アースラ"が"円卓"に到着するのを待つのみ。

そうして、その時は来てしまった。
メビウス1は最後に自身の装具を点検。いつもの飛行服、耐Gスーツ、サヴァイバル・ジャケット、ヘルメットに酸素マスク。あとは私物の類だが、これはF-22のウエポン・ベ
イの中に放り込んである。それと、脇に抱えるのはリボンのマークが入ったフライトジャケット。
「ハンカチ持った、財布も持った、トイレにも行った……」
言ってみて、彼は思わず苦笑い。これではまるで幼稚園の遠足ではないか。黄色の13がこの場にいたらきっと笑うか呆れるに違いない。
「おっと、そうだった」
サヴァイバル・ジャケットのファスナーを下ろし、飛行服の胸ポケットに手を突っ込む。メガリス攻略戦の前、黄色の13から預かった手紙は確かにそこにあった。
―13、必ず届けるからな。
胸のうちでひっそりと呟き、メビウス1はファスナーを上げ、格納庫へと歩き出す。
一歩一歩、しっかりと床の感触を確かめ、呼吸にすら神経を研ぎ澄ましながら歩く。ミッドチルダの空気は、ユージア大陸に比べてずっと綺麗だったように思えた。
格納庫に到着し、扉を抜ける―彼を出迎えたのは、いくつもの拍手だった。
「……っ」
分かってはいた。分かってはいたが。当直のものを除いて、"アースラ"の乗組員、そして六課の面々までもがこうして自分の見送りをやってくれる現場に直面してしまうと、
あっという間に彼の涙腺は脆くなってしまった。

15:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 00:42:41 bWGOLFAw
最後の花道だ、支援

16:THE OPERATION LYRICAL
08/11/08 00:42:45 +TQ9FdkY
地上本部と本局の者が入り混じった整備員たち、"アースラ"の乗組員、はやて、フェイト、シグナム、ヴィータ、スバル、エリオ、キャロ、ヴァイスたち。一人一人に敬礼と
別れの言葉を交わしながら、メビウス1は進んでいく。
「いっちゃうの、メビウスおじさん……?」
途中、幼い少女の涙声が聞こえたので視線を下げてみると、ヴィヴィオが涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにしながら、こちらを見つめていた。
とりあえず"おじさん"はどうにかして欲しいかな、とメビウス1は苦笑いしながら腰を屈め、彼女の頭を優しく撫でてやった。
「ごめんな。向こうにも、大事な仲間がたくさんいるんだ」
「ヴィヴィオ、もっと……ひっく、ヴィヴィオ、もっとメビウスおじさんとお話したかった。ハーモニカ吹いて欲しかった……」
みっともなく鼻水をすするヴィヴィオに、しかしメビウス1は力強く、言ってみせた。
「―終わったら、また会いに来るさ。それまでヴィヴィオ、ママの言うことをよく聞くんだ」
「……頑張る」
「いい子だ」
泣き止むのをやめず、それでもヴィヴィオはしっかり頷いてくれた。最後にもう一度だけ頭を撫でてやって、メビウス1は歩みを進めた。
「……あっ」
ところが、次に出会った人物と目が合って、彼は気まずい表情を浮かべた。先ほどまでむすっとした表情を浮かべていたティアナが、そこにいた。
ついつい彼の右足は勝手に後退しようするが、それを見たティアナがいきなりため息を吐いた。
「―もう怒ってませんから。人をそんな目で見ないでください」
「あ、あぁ……すまない」
ひとまず謝り、しばしの沈黙。その間周囲の視線が自分たちに集中していることなど、メビウス1は知る由もない。
「……あのっ」
「あ、そうだ」
ようやくティアナが口を開くが、それを遮る形で彼は思い出したかのように、脇に抱えていたフライトジャケットをティアナに差し出す。
「やるよ。次に会う時は、それが似合うくらいになっておけ。お前さんなら出来る」
「え……?」
戸惑いながらも、ティアナは彼の差し出したフライトジャケットを受け取った。
リボンのマークが入った、フライトジャケット。正式な管理局員ではないため、制服代わりに彼がいつも着ていたもの。すなわち―エースの、証。
その意味を理解した時、ティアナは急がなければ、と顔を上げた。でないと、彼はもう行ってしまう。
だが、時間は無常だった。格納庫内に響き渡る艦内放送で、"アースラ"がいよいよ"円卓"に到着したことが知らされた。
「っと、時間か……じゃあな。また会おう、ティアナ」
最後に彼なりの親しみを込めてか、メビウス1はティアナをファーストネームで呼び、駐機されているF-22に向かっていった。
ティアナは呼び止めようとしたが、彼がコクピットに入ったのを見て、もう声は届かないことを悟った。
手元に残ったのは、まだわずかに彼の体温が残るフライトジャケットだけ。
「ティア……」
「―ごめん、ちょっとほっといて」
スバルが心配そうに声をかけてくれたが、彼女は一人格納庫の片隅に向かって歩き、フライトジャケットに自分の顔を押し当てて、泣いた。
誰に知られることもなく、ひっそりと声を押し殺して。そうでなくともF-22のF119エンジンが起動し、わずかに漏れる嗚咽はジェットの轟音の前にかき消されていった。
「……馬鹿!」
かろうじて、ティアナの口から零れた言葉は、ただそれだけだった。

17:THE OPERATION LYRICAL
08/11/08 00:45:46 +TQ9FdkY
"アースラ"から発艦したメビウス1は、F-22のAPG-77レーダーに反応があることに気付く。識別コードを確認してみると、地上本部戦闘機隊の連中だった。
「こちらアヴァランチ。見送りに来てやったぞ、メビウス1」
「ウィンドホバーよりメビウス1。寂しくなるが、仕方がないな。向こうでも元気でな」
「スカイキッドだ。また遊びにでも来てくれ」
「……ああ、お前らも達者でな」
周囲を囲むようにして飛ぶF/A-18FとF-16C、Mir-200にメビウス1はF-22の主翼を左右に揺らす、いわゆるバンクで応えた。
再びレーダーに反応があるのでレーダー画面に目をやると、ちょうど真正面に転送用ゲートがあることが分かった。そして、後方から急接近する魔導師の反応。表示される識
別コードは、スターズ1とあった。間違いなくなのはだ。
「こちらスターズ1、これより"オペレーション・リリカル"を開始します。メビウスさん、準備を」
「OK」
通信機を通じて耳に入ったなのはに言われるがまま、メビウス1はゲートへの突入準備を始めた。準備と言っても、やることはあまりない。せいぜい最後に機体に異常がない
か確認して、あとはいつでも飛び込めるよう、速度を上げておくだけだ。
エンジン・スロットルレバーを押し込み、機体の速度を上げていく。ゲートとの距離がある程度縮まったところで、なのはがレイジングハートを構えた。
「ディバイン……バスター!」
それは相変わらず見る者を圧倒する、桜色の閃光。初めて見た時はそれはそれは驚いたものだ。何せ十九歳の女の子が、ストーンヘンジもびっくりな大火力を振り回している
のだから。
放たれた桜色の閃光は、転送用ゲートの光の膜に命中する。これで次元に乱れが起きて、ユージア大陸とミッドチルダが繋がったはずだ。
「―命中、あとは飛び込むだけです」
「ああ……世話になったな、なのは」
「いえ」
F-22のキャノピー越しに、二人は別れの笑みを交わす。
「あの、メビウスさん……また、会えますよね?」
わずかな逡巡の後、なのはが唐突に口を開いた。気のせいか、彼女の眼が、潤んでいるように見えた。
もう、会えない。それは調査の結果、分かっているはずだった。だが、だからと言って「さようなら」を言ってしまっていいのだろうか。数々の戦いを共に潜り抜けた戦友に。
同じエースの名を背負った男性に。
「―ああ。必ずな」
メビウス1は頷き、力強く言った。その一言で、充分だ。
図らずも、ここは"円卓"だ。かつて演習にて、なのはとメビウス1が激突した空域。エースたちが交流するのに、言葉は要らないのだ。思い切り戦って、お互いの健闘を称え
ることが出来れば、それでいい。人は信じ合える、分かり合えるのだから。
「よし、もう行かないとな……全部終わらせたら、もう一度会いに来る。その時まで、待っていてくれ」
「はい……待ってます、ずっと!」
最後に互いに敬礼。そして、メビウス1はエンジン・スロットルレバーを叩き込み、アフターバーナー点火。機体はどっと加速し、なのははあっという間に見えなくなった。
音速突破、F-22は転送用ゲートに迷わず突っ込む。
「メビウス1、RTB……いや、訂正」
帰還を意味する言葉を放って、メビウス1はしかし首を振った。
帰るのではない。向こうではまた、戦場が待っている。ならば、もっと相応しい言葉があるはずだ。
酸素マスクを付け直し、メビウス1は誰に向かってでもなく、自分自身に向かって宣言する。

「メビウス1、交戦!」

視界が、かっと白熱した。あの時、この世界にやってきたのと同じ感覚。
"リボン付き"は、自身の世界に舞い戻っていった。

18:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 00:45:52 bOdplI7b
支援だー

19:THE OPERATION LYRICAL
08/11/08 00:48:54 +TQ9FdkY
「よく戻ってくれた、メビウス1」
帰還するなり、彼を待ち構えていたのは、やはり戦場だった。
エルジア軍の残党が旧エルジア軍事工廠を襲撃、多数の兵器を奪取した。彼らは"自由エルジア"を名乗り、ユージア大陸各地でISAF参加国に無差別攻撃を行っていた。
「本作戦のコードネームは、"カティーナ"だ」
自由エルジアは各地に散らばり、巧みにISAFの迎撃をすり抜けている。そこで、彼らを一網打尽にして、一気に殲滅する作戦が提案された。
「自由エルジアを、武装解除せよ」
ようやく復興への兆しが見えてきたのに、再び戦火を広げる訳には行かない。自由エルジアの殲滅は、ISAFにとって急務だった。
「この作戦の成功を、君に託したい―以上だ」
繰り返すが、自由エルジアは各地に散らばっている。そしてどこかの部隊が攻撃を受けると、他の部隊はただちに身を隠してしまうのだ。
徹底的なゲリラ戦、しかしそれゆえに、叩いても叩いても出現する自由エルジア軍に、ISAFは手を焼いていた。殲滅するなら一度に一気に。しかし戦力が足りない。
だから彼が選ばれたのだ。たった一機で一個飛行隊に匹敵する作戦行動力を持つ彼が。

結局、俺に出来ることはこんなことだ。人殺しと呼びたきゃ呼べばいい。だけど……俺が人殺しと呼ばれることで、助かる命があるというなら。喜んで、俺は戦おうじゃ
ないか。死神でも悪魔でも、鬼神でも凶星でも、好きに呼べばいい。
さぁ、舞い上がれ鋼鉄の猛禽類。空を駆け抜けろ。
それが、俺の―エースとしての、任務なのだから。


To be continued "OPERATION KATINA"...

20:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 00:49:34 ZEIkmW00
支援

21:THE OPERATION LYRICAL
08/11/08 00:56:05 +TQ9FdkY
はい、投下終了です。
最初は「20話くらいかな~」と思っていたのがずるずると伸びて29話、プロローグ含めれば30話にwww
実は、最初は「聖剣伝説3」とのクロスを書く予定でした。その話では「ティアナをメインにしよう」と
考えていたので、メビウス1とティアナとの絡みが多いのはその名残ですね。
でも、実際にスーファミ引っ張り出して聖剣伝説3やり直しているうちに気付いたのです。
「こりゃ無理だwwww」
何せゲームは好きでも今までファンタジーの描写なんか経験皆無、そんなのであの偉大なる聖剣伝説3を
書こうと思うのは明らかに間違いです。
じゃあ、自分が書けるものってなんだろうと。そこで目をつけたのがエースコンバット04でした。もともと
戦闘機の描写は経験あったので、そこまで難しくはなかったです。
で、実際に書き出してみてどうもAC04だけではネタが少なすぎる。そこで、もういっそのことZEROも5も6も、
いっそのこと最近ハマってるCOD4のネタを入れちゃおうと思い、こんなのになりました。
結果的に、メビウス1がほとんど名前だけ使ったオリキャラ状態となってしまいましたが、これも一つの
「メビウス1」の形ってことで読んで頂けると幸いです。
あとがきを長々と書きましたが、ここまで読んでくださった皆さん、支援してくださった皆さん、本当に
ありがとうございました。番外編はちまちま書いていく予定ですが、ひとまず本編はこれで終わりです。
それでは、次回作のネタが浮かんだらまた来ますので、どうかよろしくお願いします。
最後にもう一度、大変ありがとうございました。

22:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 00:59:45 ZEIkmW00
GJ
完結おめでとうございます。
とは言え、メビウス1となのはについてもやもやしたものが残ってしまいました。
続きとか番外編とか期待してもいいのでしょうか?

23:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 02:15:11 VwCL8xy3
完結GJ!
勿論、故郷の戦乱が終わったらまたミッドに転移して魔のトライアングルゾーンに突入するですよね?w

聖剣3のクロスも何時か読みたいですー

24:一尉
08/11/08 12:25:41 XpIkDe6n
次回作にもよろしくね。

25:なの魂の人 ◆.ocPz86dpI
08/11/08 18:08:05 O60PNO90
どうもこんばんわです
18時30分頃から投下を開始致します
よろしいでしょうか?

26:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 18:13:06 8oqI2P5S
どうぞ、始まる前に風呂入ってきます

27:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 18:27:50 KyReQznY
支援


28:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 18:28:30 CoWLmNrB
なの魂の人きたああああああああ!!!!
もうすぐ始まるのか全裸で待機して待ってるwktk

29:なの魂 ◆.ocPz86dpI
08/11/08 18:31:33 O60PNO90
「ぶふォ!!」

彼、土方十四郎の夜の仕事は、咀嚼していたせんべえを噴出すことから始まる。
ここは海鳴臨海公園から程近い場所に存在する埠頭。
日も落ち、闇が辺りを支配するその場所は、ただ二つの例外を除いて静けさだけが辺りを支配していた。

「んがァァァァァ!! なんじゃこりゃぁぁ! 水っ……水ぅぅ!!」

高く積み重ねられた大型コンテナの上で、土方は喉を押さえて枯れた声を絞り出す。
四つん這いにくず折れる土方の隣では、何故か髪型を爆発ヘアーにした山崎が、
真っ赤なせんべえが満載された菓子受けを片手に、

「差し入れです。沖田さんの姉上様の"激辛せんべえ"」

「山崎てめェェェェェ! なめてんのか!! つーかなんでアフロ!?」

昼間に不審な少女達に煙に巻かれ、限界ギリギリまで迫っていた土方の不機嫌度は、山崎の一言で
あっさりとメーターを振り切った。

「俺に怒らんでください。怒るならミツバ殿に」

沖田の理不尽な砲撃の産物であるアフロヘアーに関しては何も応えず、山崎は双眼鏡を覗きながら諭すように言う。
その一言が影響したのかは知らないが、土方は黙り込み、バツが悪そうに懐から取り出したタバコに火を灯した。

「……副長、なんで会われなかったんですか? 局長に聞きましたよ。副長と局長、そしてミツバ殿は真選組結成前、
 まだ武州の田舎にいた頃からの友人だと」

探るように山崎は問うが、土方は黙りこくったまま応えない。
質問の意図など理解しているだろうに、しかし彼はただタバコを燻らせるだけだった。
ささやかな波の音だけが響き、紫煙が二人の身体に纏わり付くように蠢く。

「不審船調査なんてつまらん仕事は俺に任せて、ミツバ殿に会えばよかったのに」

痺れを切らした山崎がようやく胸の内に抱えていた言葉を吐き出すと同時、
ようやく土方が紫煙を吹き出しながら口を開いた。

「最近の攘夷浪士達のテロ活動に用いられる武器は、モノが違ってきている。
 中には俺達より性能の良い銃火器を所有している連中もいるって話だ」

特殊警察よりも上等な装備……つまり、純然たる軍事兵器を民間で入手するなど、このご時世では容易なことではない。
だが、これはあくまで民間での話。
民間人よりも圧倒的に上の地位に君臨する者……例えば、幕府関係者などに関しては、その通りではない。
―幕府の上層部が、兵器を横流ししているのか……!
その事に気付いたのか、山崎ははっと息を呑み、しかし双眼鏡からは目を離さないまま土方に問いかける。

「副長。ミツバ殿と何かありましたか」

「ああ……押収した武器の中に、管理局製の得物もあったという報告も入っている。
 何かある。間違いねェ」

「やっぱり……! やけぼっくいに火がついたとか?」

「そうだな、火がついたら大変なことに……」

そこまで言ったところで、土方はようやく会話が変な方向へ向かっていることに気付いた。
一瞬気の抜けたような目で虚空を眺め、そしてしかめっ面をして山崎を睨みつける。


30:なの魂 ◆.ocPz86dpI
08/11/08 18:32:48 O60PNO90
「……ん? アレ? オッ……って、んなわけねーだろ!!
 てめっ、何言ってんだ殺すぞコルァ! なんでアフロなんだお前! オイ殺すぞ!」

しかしそんな怒れる土方を華麗にスルーし、山崎はなおも双眼鏡を覗き込みながらポツリと呟く。

「ミツバ殿、結婚するらしいですよ」

「だから関係ねーって言ってんだろ! アフロ、オイ! なんでアフロなんだよ殺すよホントッ!!」

「相手は貿易商で、大層な長者とか。玉の輿ですなぁ」

「知るかよ! なんだよ「ですなぁ」って。イチイチ腹立つなコイツ」

もう何を言っても無駄だと判断したのか、土方はブツブツと文句を垂れながらタバコをコンテナに押し付け、
それが極自然なことであるかのように菓子受けのせんべえに手を伸ばす。

「ったく、監察がくだらねー事ばっか観察してんじゃねーよ。大体なんでアフロなんだよ。コイツ腹立つわ~、アフロ」

「副長! あれ!」

相も変わらず文句を垂らし続ける土方が盛大にせんべえを噴き出すのと、
山崎が声を張り上げて双眼鏡に写りこんだ風景を指差すのは、ほぼ同時であった。



なの魂 ~第二十九幕 「当たり前」ほど尊いものはない~



「今日は楽しかったです」

「そーちゃん、色々ありがとう。また近いうちに会いましょう」

虫の音が優しく響き、朧月の光が幻想的に降り注ぐ。
目一杯に秋を主張するその夜道から、一組の男女の話し声が聞こえてきた。

「今日くらい、ウチの屯所に泊まればいいのに」

街灯と僅かばかりの月明かりに照らされ、目の前の女性を引きとめようと沖田は言う。
しかし女性―ミツバは困ったような表情を浮かべ、申し訳なさそうに微笑んだ。

「ごめんなさい、色々向こうの家でやらなければならない事があって」

そう言って件の嫁ぎ先―彼女の背後に建つ、老舗の旅館のような巨大な屋敷の門へ目を配る。
月光のように儚い笑みを浮かべる彼女に、沖田は少し寂しそうに視線を落とした。
そんな彼の隣に立つのは一組の男女―銀時とシグナム。

「坂田さんもシグナムさんも、今日は色々付き合ってくれてありがとうございました」

その二人に、今日一日街の案内などに付き合ってもらったことに対する謝礼をミツバは告げる。

「あー、気にすんな」

「何か御用があれば、いつでもお伺いしますよ」

銀時は特に気にも留めていない様子で、シグナムは恐縮するようにそう言葉を返す。
そんな何の変哲も無い会話でさえも、ミツバは楽しそうに受け答えし、そして屋敷の方へと足を向け……


31:なの魂 ◆.ocPz86dpI
08/11/08 18:34:10 O60PNO90
「あっ……そーちゃん」

不意に、彼女は足を止めた。
目の前の門に手をかけ、そして僅かばかりの逡巡。
何度か声にもならない言葉を小さく口ごもり、そして意を決するかのように、ぽつりと呟く。

「……あの……あの人は……」

どこか落ち着かない様子で俯くミツバに、しかし沖田から返ってくる言葉は無い。
じゃり、と地面を踏みしめる音と共に足音が近づき、そしてその音はミツバの目の前で止む。

「野郎とは会わせねーぜ」

遠くからの車のエンジン音と虫の音だけが響く中、沖田は静かにそう告げた。
どこか険のある、冷たく突き放すような言い方だった。

「今朝方も、なんにも言わずに仕事にでていきやがった……薄情な野郎でィ」

沖田の物言いに顔を上げたミツバは、しかし彼には何も言わぬまま黙り込む。
俯き、前髪に隠れた沖田の表情を窺い知ることは出来ず、彼もまた何も言わぬまま、
朧月に照らされた夜道の闇に溶け込むように歩を進める。
その背中が消え行く様を、ミツバは何も言わずにただじっと見つめるだけだった。

「……仕事……か……。相変わらずみたいね」

目の前に広がる闇を見据え、ミツバは誰に言うでもなくポツリと漏らす。

「オイオイ、勝手に巻き込んどいて勝手に帰っちまいやがった」

唐突に聞こえてくる言葉。
思わず声のした方を振り向けば、そこには面倒くさそうに頭を掻く銀時と、
少しバツが悪そうに銀時をなだめようとするシグナムの姿があった。

「ごめんなさい、我が儘な子で」

銀時の言葉に何かしら思うところがあったのか、ミツバは申し訳なさそうに頭を下げる。

「……私のせいなんです。幼くして両親を亡くしたあの子に、さびしい思いをさせまいと甘やかして育てたから……。
 身勝手で頑固で負けず嫌いで。そんなんだから、昔から一人ぼっち……友達なんて、一人もいなかったんです」

その言葉に、シグナムは普段の屯所での沖田の様子を思い返す。
誰とつるむこともなく、どこか浮世離れをしたような言動で周りを掻き回す沖田の姿を。
誰かを引き寄せることも無く、自ら歩み寄ることも無く、自分の世界に浸る沖田の姿を。

「近藤さんに出会わなかったら、今頃どうなっていたか……今でもまだ、ちょっと恐いんです。
 あの子、ちゃんとしてるのかって……」

どこか思いつめた表情でミツバは呟く。
その様子を、シグナムはただ黙って見ているしかなかった。
誰一人として言葉を発することなく、虫の音だけが響く夜の中で、刻々と時間が過ぎてゆく。

「ホントは……あなた達も友達なんかじゃないんでしょ?
 無理やり付き合わされて、こんな事……」


32:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 18:35:06 KyReQznY
支援


33:なの魂 ◆.ocPz86dpI
08/11/08 18:35:19 O60PNO90
不意に顔を上げ、ミツバはそんな言葉を呟く。
そんなことはない、とシグナムは否定しようとするが、しかしそれよりも先に、銀時がぶっきらぼうに頭を掻きながら、

「アイツがちゃんとしてるかって? してるわけないでしょ、んなもん。
 仕事サボるわ、Sに目覚めるわ、不祥事起こすわ、Sに目覚めるわ。
 ロクなモンじゃねーよ、あのクソガキ。一体どういう教育したんですか」

「銀時殿……!」

まったく歯に衣着せぬその物言いに、思わずシグナムは顔をしかめて銀時を睨んだ。
しかし、銀時は彼女の抗議など意にも介さずに、

「友達くらい選ばなきゃいけねーよ。
 コイツならともかく、俺みたいのと付き合ってたらロクな事にならねーぜ、おたくの子」

シグナムを親指で指しながら、ため息混じりにそんなことを呟いた。
唐突に放たれたその言葉に、シグナムは目を丸くしてぽかんとする。
くすくす、と控えめな笑い声が聞こえてきたのは、その時だ。

「あ……」

間の抜けた顔のままシグナムは声のした方へ振り向く。
先程とはうって変わって、まるで儚く揺れる百合の花のように美麗な笑みを浮かべたミツバがいた。

「……おかしな人。でも……どうりで、あの子がなつくはずだわ」

柔らかな物腰、そして表情で銀時を見つめ、そしてどこか懐かしげに、ミツバはそっと目を伏せる。

「なんとなく、あの人に似てるもの」

「……あ?」

ミツバが呟いたその一言の意味を汲むことが出来ず、銀時は訝しげにミツバを見る。
言葉の真意を問おうと銀時はミツバに声をかけようとするが、しかしその直前、突如として聞こえてきた車の走行音と共に、
三人の周りが眩い光に包み込まれた。
ややあってブレーキ音と共に彼らのすぐ側に一台にパトカーが止まる。

「オイ、てめーらそこで何やってる?」

どこか不機嫌そうな声と共にパトカーのドアが開き、中から一人の男が出てくる。

「この屋敷の……」

そこまで言ったところで、その男はまるで金縛りにでもあったかのように身を強張らせた。
右手の指に挟んでいたタバコを取り落とし、男は目を見開き絶句する。
そして同じように言葉を失い、その場に凍りつく人物がもう一人。

「と……十四郎さ……」

狼狽にも似た焦りをのような表情を見せ、ミツバは小さく声を漏らす。

「!!」

不意にミツバが自身の口元を押さえた。
そしてそのまま激しく咳き込み、くず折れるようにその場に倒れ付す。


34:なの魂 ◆.ocPz86dpI
08/11/08 18:36:21 O60PNO90
「オイッ! しっかりしろ! オイ!!」

いの一番にミツバの異変に気付いた銀時が彼女を抱き起こそうとするが、しかし彼女は息も絶え絶えといった様子で
荒く呼吸を繰り返すだけだった。
やや遅れて事態の把握をしたシグナムもすぐさまミツバの傍へ駆け寄るが、状況は全く好転の兆しを見せない。
男―土方は、その様子を見、呆然と立ち尽くすだけであった。



「ようやく落ち着いたみたいですよ」

土方と共にパトカーに同乗していた山崎は、ふすまの隙間から隣の部屋を覗き込みながらそう言った。
隣の部屋の中では、苦しげな表情をし、だが身動ぎ一つせずに病床に伏すミツバと、彼女の看病をする医者の姿。

「身体が悪いとはきいちゃいたが、俺達が思ってるより病状は良くねェみたいで。
 倒れたのが屋敷前じゃなかったら、どうなってたことか」

安堵したようにため息をつき、山崎は後ろを振り返る。

「……それより旦那も姐さんも、なんでミツバさんと?」

どこか落ち着かない様子で萎縮しているシグナムと、彼女とは対照的に、
我が物顔で用意されたせんべえを齧りながらくつろぐ銀時がそこにいた。
ミツバが倒れたその後、外の様子が騒がしいことに気付いた屋敷の使用人が彼女らを見つけ、
そして大慌てで医者を呼び、ミツバを屋敷の中へ担ぎ込んで、今に至るというわけだ。

「それは……」

「なりゆき」

シグナムが言葉を発しきる前に、銀時が相変わらずせんべえを租借しながらそう答える。

「そーゆうお前はどうしてアフロ?」

逆に銀時は問い返す。
返ってきた答えは、実に簡潔であった。

「なりゆきです」

「どんななりゆき?」

適当にツッコミを返し、そして銀時は山崎が居るのとは正反対の方向―縁側の方へ目を向ける。
釣られるように、山崎とシグナムもそちらの方へ目を向けた。

「そちらさんは……なりゆきってカンジじゃなさそーだな」

銀時達に背を向け、夜空を見上げながら紫煙をくゆらせる土方が、そこにいた。

「ツラ見ただけで倒れちまうたァ、よっぽどのことがあったんじゃねーの? おたくら」

「……てめーにゃ関係ねェ」

振り向くこともせずに、土方は突き放すようにそう言い放つ。
銀時は何故か、どこか嫌らしい笑みを浮かべ、口元を押さえながらくぐもった笑いを漏らした。

「すいませーん、男と女の関係に他人が首突っ込むなんざ野暮ですた~」

「ダメですよ旦那~。ああ見えて副長、ウブなんだから~」


35:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 18:37:14 KyReQznY
支援


36:なの魂 ◆.ocPz86dpI
08/11/08 18:37:37 O60PNO90
若い男女が織り成す目くるめくドラマ……何かしらの痴情の縺れでもあったのだろうと邪推した銀時と山崎は、
揃ってニヤニヤと土方に下品な視線を浴びせかける。
そこはかとなく雰囲気が悪くなってきたことに感付き、シグナムがおたおたと手を振って二人の妄言を止めようとする。
だが、彼女の行動はいらぬお世話だったようだ。
先程まで静観を決め込んでいた土方が突如として腰の刀に手をかけ、凄まじい勢いで抜刀し、
鬼のような形相で銀時達に向き直ったのだ。

「関係ねーっつってんだろーがァァァ!! 大体なんでてめェらここにいるんだ!!」

「ちょ! 副長! ストップストップ!」

「落ち着いてください土方殿! 隣に病人が!!」

「うるせェェェ!! 大体おめーはなんでアフロなんだよ山崎ィ!!」

尻餅をついて狼狽をあらわにする山崎。
決死の表情で土方を羽交い絞めにするシグナム。
それをなんとか振りほどこうと暴れる土方。
鼻をほじりながらヘラヘラと薄ら笑いを浮かべる銀時。
そんな四人のおかげで見事なカオス空間と成り果てた部屋の中に、不意にふすまの開く音が聞こえてきた。
先程山崎が覗いていたのとは反対の方向からだ。
四人は鳴りを潜め、音のした方へ視線を向けた。

「皆さん、何のお構いも無く申し訳ございません。ミツバを屋敷まで運んでくださったようで、お礼申し上げます」

ふすまの向こうには、こちらへ向けて深々と座礼をする一人の男の姿があった。

「私、貿易商を営んでおります、『転海屋』蔵場当馬と申します」

丸く切りそろえた髪。
角ばった輪郭に彫りの深い顔。
ふくよかというよりは、むしろどっしりとした体つきは、見る者に"質実剛健"という印象を抱かせる。

「ミツバさんの旦那さんになるお人ですよ」

訝しげにその男を睨みつける土方に、なんとか落ち着きを取り戻した山崎がそう耳打ちをする。
合点がいった様子で「ああ……」と気のない返事をした土方は、その時になってようやく、自分が抜刀したままだということに気がついた。
居心地悪そうに咳払いをし、刀を鞘に収める。

「身体に障るゆえ、あまりあちこち出歩くなと申していたのですが……今回は、ウチのミツバがご迷惑おかけしました」

蔵場は再び頭を深く下げる。
愚直なまでに生真面目な印象を受ける振る舞いだった。
ややあって蔵場は顔を上げ、そして土方達の出で立ちを改めて見て、僅かに一驚を喫したような表情を見せた。

「もしかして皆さん、その制服は……真選組の方ですか。 ならばミツバの弟さんのご友人……」

「友達なんかじゃねーですよ」


37:なの魂 ◆.ocPz86dpI
08/11/08 18:38:57 O60PNO90
唐突に部屋の中へ響く声。
その場に居た五人は、一様に声のした方―縁側の方へ視線を向けた。
土方達と同じ、黒いスーツのような真選組隊服。
普段の飄々とした表情とは打って変わった、険しい蘇芳の瞳。
真選組一番隊隊長、沖田総悟が、そこにいた。

「総悟君、来てくれたか。ミツバさんが……」

安堵の表情を見せる蔵場の言葉には耳を傾けず、そして部屋に居た銀時、シグナム、山崎のことを気にすることもなく、
沖田は無言のまま土方の側まで歩み寄る。
土方もまた物言わぬまま、沖田が自分へと向かってくる様をただじっと見るだけだった。

「土方さんじゃありやせんか。こんなところでお会いするたァ奇遇だなァ」

わざとらしいくらいに親近感溢れる口調。
しかし、その言葉を発した沖田の顔は、決して笑ってはいなかった。
沈黙が辺りを支配し、壁に掛けれられた時計の針の音だけが不気味に響き渡る。
時間にすれば三秒か、四秒か。
沖田は自身が招いた沈黙を、自らの口で、底冷えするような声で打ち破った。

「どのツラさげて姉上に会いにこれたんでィ」

それっきり、沖田と土方は再び口を開くことなくその場に佇む。
異様な空気だった。
まるで二人を中心にし、その二人以外の全ての者をこの部屋から押し出さんとする重圧が、
沖田達の身体から発せられているかのようだった。

「違うんです沖田さん! 俺達はここに……」

剣呑な空気に耐えかねたシグナムがその場を取り繕おうとするよりも先に、山崎が沖田に歩み寄ろうとする。
しかし、

「ぶっ!?」

土方の上段蹴りが、山崎の顔面に直撃した。
鼻血を噴きながらもんどりうって倒れる山崎の襟首を掴み上げ、まるでゴミのように彼を引き摺りながら
土方は沖田の脇を無言のまま通り抜ける。

「……邪魔したな」

そうとだけ言い残し、土方は部屋を去っていった。
山崎が何かを喚いていたが、そんなものに耳を貸すことはなかった。
床板を軋ませながら縁側を渡っていると、大きく障子の開かれた部屋から光が漏れているのが見えた。
誰が居るのか……は、確認するまでもない。
視線を移すことなく、ただ前だけを見て土方は部屋の前を去ろうとし―しかし自身の身体が完全に障子に隠れてしまう直前、
ほんの一瞬、視線だけを動かして土方は部屋の中を覗った。
見知った……よく見知ったその瞳からは、どこか寂しさを感じずにはいられなかった。




38:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 18:38:59 KyReQznY
支援


39:なの魂 ◆.ocPz86dpI
08/11/08 18:40:32 O60PNO90
翌日、銀時の一日は厠で盛大に吐瀉物をぶち撒けることから始まった。
気分悪そうに自宅の厠から出てきた銀時を待ち受けていたのは、普段と変わらぬ助手二人。

「ちょっとちょっと、ホントに大丈夫なんですか? 銀さん」

「私達に黙って勝手に遊びに行くからそうなるネ。天罰ヨ天罰」

先日のミツバの一件の後、何故だか無性に飲みたい気分になった銀時は、昼間に沖田から受け取った報酬片手に
夜の飲み屋に繰り出したのだったが、調子に乗って飲みすぎた結果がコレである。
なんというか、まるでダメな大人をそのまま具現化したような男である。
新八の肩を借り、うーうー情けない呻き声をあげながら、銀時は万事屋店舗から一階へ繋がる階段を下りる。

「……やっぱり、今日は休んだ方がいいんじゃないですか? はやてちゃんには僕が言っておきますし……」

「うるせーよ。『ボクチン酔いつぶれちゃったから今日は仕事にいけませーん』なんて言ってみろ。
 赤っ恥もいいところじゃねーか。だいたい銀さん酔ってないからね。いちご牛乳飲み過ぎてちょっと気分悪くなっただけだからね」

顔を歪めながら口元を押さえ、翠屋の脇に停めてある原付へと向かう。
こんな状態になっても仕事をこなそうとするその姿勢だけは、評価してやっても良いかも知れない。

「そんな状態でバイク乗ったら危ないネ。今日は定春に乗ってくヨロシ」

ポンポン、と定春の背中を叩き、そこに乗るように神楽が促す。
しかし銀時は素直に首を縦に振るようなことはせず、

「だから酔ってねーって言ってんだろ。妙な気ィ回してんじゃねぼろろろろろ!!」

屈み込み、胃の中で中途半端に消化されていた食物の一切合財をその場に吐き出した。
銀時の背中をさすり、グロッキーになった彼を定春に背負わせる神楽。
その様子を見て新八は額を手で押さえため息をつく。

「あーあー、何やってんですかもう。すぐに掃除道具持ってきますから、踏んだりしないで……」

そこまで言って、何気なしに翠屋の方へ視線を向け―そして眉をひそめた。
翠屋の店舗前の歩道。
そこに、一人の女性が立っていた。
その女性は白い小袖と深紅の緋袴を身に纏い、艶のある長い栗色の髪を一本結びにした―有体に言って、
巫女さんのような出で立ちをしていた。
その女性は店に入るでもなく入り口の前をうろうろと行ったり来たりし、そして不意に立ち止まったかと思うと、
何を思ったかまじまじとショーウィンドウを見つめながら、小さくため息を漏らした。
はっきり言って、挙動不審にもほどがある。
そんな謎の巫女さんをじっと観察していると、全く動かない新八を不審に思ったのか、神楽が声を掛けてきた。

「新八、何やってるアルか?」

「あ……ううん、なんでもないよ。神楽ちゃん、先に銀さんをはやてちゃんの所に連れてってあげてよ。
 僕はここの掃除してから行くからさ」

普通ならこの場で巫女さんのことを話すべきなのだろうが、下手に話すと暴走超特急神楽があらぬ方向へ話を持っていきかねない。
一応の常識人である銀時がダウンしている今、そうなってしまったら神楽を止める事が出来るのは自分しかいない。
さすがの新八もそんな面倒事は御免被りたいので、とりあえず神楽をこの場から遠ざけるべく、銀時をはやての家へ連れて行くように促した。
神楽は「分かったネ」と素直に返事をし、定春にちょこんと跳び乗って、

「それじゃ定春、出発しんこーアル!」

「わんっ!」


40:なの魂 ◆.ocPz86dpI
08/11/08 18:41:39 O60PNO90
「……おーい定春くーん、頼むからゆっくり歩いてくれよー。気分悪いからね。銀さんホント気分悪いからね」

銀時の真摯な願いも虚しく、定春は土煙を上げながら商店街の道を失踪していった。
当然のごとく銀時の情けない叫びが青空に響き渡り、道行く人々は何事かと、定春の方を見やる。
心の中で手を合わせて、引き攣った顔で定春の後姿を見送った新八は改めて翠屋の入り口を見る。
あれほどの大音響が響いたにも関わらず、先の巫女さんはそんな事などまるで聞こえていなかったかのように、
熱心にショーウインドウを見つめ続けていた。

「あの……」

後ろから近寄り、声を掛けてみる。
反応無し。
新八の存在にも気付いていないのだろうか。
相も変わらず巫女さんは、ショーウィンドウの一点に熱烈な視線を浴びせ続けていた。
一体何なんだろうか。
巫女さんが見つめていると思わしきその場所に、新八も同じく視線を送る。
そこにあったのは、なんとも高さのあるグラス。
全体を桜色で彩られ、グラスの内側にはたっぷりのチョコレートに苺のアイス。
そしてたっぷりのった大きな苺。
見ているだけで涎が出てきそうな、ボリューム満点のいちごパフェの模造品であった。

「……あの、ちょっと君?」

なんでこんなもの見つめてるんだろう? と不思議に思いながら、新八は再び巫女さんに声を掛ける。
今度はどうやらちゃんと声が聞こえたらしく、巫女さんはビクリと肩を震わせて新八の方へ顔を向け、

「あ、あの、違うんです! あたし別に怪しい人なんかじゃなくて、あの、その!」

何故だか顔の前でブンブンと手のひらを振り、しどろもどろになりながら慌てふためきだした。
とは言うものの、その姿はどう見ても怪しい。
新八があからさまな疑いの眼差しを向けると、巫女さんもさすがにこの言動は怪しすぎたと自覚したのか、
途端に口元に手を置いてしおらしい態度を取り始めた。
顔を俯き加減にし、上目遣いで窺うように新八を見つめ、そして時折チラチラと目を逸らす。
逸らした先にあるものは、先程まで彼女が見つめていたパフェの模造品。
そんな彼女の態度を見て、新八の脳裏に一つの予想が浮かぶ。

「……えーっと……もしかして観光か何かですか?」

「……え?」

きっと彼女は別の世界からやってきたばかりで、日本での勝手が分からないのだろう。
だからさっきも、商品見本を真剣に見ながら、しかし店に入ることをためらうような素振りを見せていたのだ。
もちろんこれは新八の勝手な推測なのだが、どうやらその予想は当たらずとも遠からず、といったところのようだった。

「……えっと……そんな感じです」

巫女さんはほんのり顔を赤らめ、恥ずかしそうに目を背けながら呟いた。
そんな彼女を見て、思わず新八は苦笑を浮かべる。

「あはは……でも、こーいう飲食店って、どこの世界でも利用法は変わらないと思いますけどね」

すると巫女さんは少しばかりばつが悪そうに、

「……あの……実はあたし、こういうところには来たことがなくて……」


41:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 18:42:30 KyReQznY
支援


42:なの魂 ◆.ocPz86dpI
08/11/08 18:43:13 O60PNO90
薄紅に染まっていた頬をますます紅潮させ、先程にも増して縮こまってボソボソ呟く。
放っておけば豆粒サイズにまで縮こまってしまうんじゃないかと思えるくらい萎縮する巫女さんに、
新八もどこか不憫さを感じたのだろう。
頬をぽりぽりと掻きながら困ったような表情を浮かべ、

「……なんでしたら、一緒に入りましょうか? ここの店員さん僕の知り合いですし、
 ちょっとくらい粗相をしても、大丈夫だと思いますよ?」

予想だにしなかった新八からの申し出に、巫女さんはただうろたえるだけだった。
「あの……」とか「ぅー……」とか、言葉にならない声を出しつつ目を泳がせる。
たっぷり十秒、悩みに悩んで頭を抱えていた巫女さんはぺこりと頭を下げて、

「えっと……じゃあ、お願いします……」

思っていた通りの返答に安心したのか、新八は柔らかな笑みを浮かべて翠屋の扉を開く。
とろんとした金色の瞳が可愛らしい、長い栗色の髪の巫女さん―ディエチは、おずおずと新八の後ろに付き従っていった。



カラン、という小気味の良いベルの音の響いた翠屋店内には、客の姿は一人も見当たらなかった。
平日のしかも昼休み前なのだから、まあ当然といえば当然なのかもしれない。
知り合いの姿はないかと店内を見渡そうとする新八の前に、お盆を持ったメガネの女性が現れる。

「いらっしゃいま……え゛?」

その女性、もとい美由希は新八の姿を認めるや否や、盛大にメガネをずり落としてその場に固まった。
いや、正確にはその背後か。
新八とそう変わらない背丈。
紅と白の対比が美しい、伝統的な巫女装束。
長く結わえられ、馬の尾のようになった艶やかな栗色の髪。
どこか幼さの残る、可愛らしい金の瞳。
おっかなびっくり店内を見渡すその女性と、彼女と共に店内にやってきた新八の姿は―何も知らない人間から見れば、そう、
おそらく"並々ならぬ関係"のように見えるのだろう。

「ええぇえぇええぇぇぇ!!?」

デッサンの狂った顔で大声を上げる美由希に、ディエチは思わずビクリと肩を震わせる。
あまりの大音響に新八は両耳を塞ぎ、顔をしかめる。
そんな彼の肩に、何者かの手が置かれる。

「……そうか、ついに新八くんにも春が来たか……」

後ろを振り向いてみる。
ほろりと涙を流しながら、どこかしみじみとした様子で言う恭也の姿がそこにあった。

「オィィィィィ!! 予想はしてたけどやっぱり勘違いしやがったよこの人達!!
 つーかアンタら学校はどーした!?」

「まさかこんなに早く弟分の彼女をお目にかかれるとはねぇ……ささ、どうぞこちらへ」

「人の話を聞けェェェェェ!!」

もはや新八の言葉など馬耳東風といった具合に、恭也はすぐ側の席へディエチを案内する。
ディエチはというと、にわかに混乱した様子で新八と恭也の顔を見比べていたが、ややあって恭也に従うように、
彼の案内する席へと着いた。

「アレですよ! 国外の方なんですよこの人! 日本(こっち)での勝手が分からなくて困ってたみたいだから、
 手を貸しただけで……」


43:なの魂 ◆.ocPz86dpI
08/11/08 18:44:30 O60PNO90
紳士的にレディのエスコートを行う恭也に対し、新八はもちろん誤解を解くべく熱弁を振るう。
しかし、恭也はどこか楽しそうにニヤニヤと笑みを浮かべ、

「へぇ。初めてで国際恋愛だなんて、なかなか冒険家だねぇ」

「呪われたヘッドホンでもつけてんのかアンタは!? ちょっと君も何か言って……」

と、助けを求めるようにディエチに向く新八。
だが視線の先の彼女には新八の声など届いていなかったらしく、ディエチは物珍しげに店内を見回し目を輝かせていた。
観念したように新八がため息をつくと、その様子を見ていた恭也が口元に手を置き、堪えるように笑いを漏らし始めた。
ああ、やっぱり分かっててからかってたんだな、と新八が理解すると同時、彼の脳裏に嫌な予感が走る。

「……そういえば君、ちゃんとお金持ってきてます?」

絵になるくらい行儀良く席に座っていたディエチに対し、新八はそんなことを問いかける。
例えばコメディドラマで世間知らずの外国人さんがこのような場所に来た場合、
財布を忘れてきてたり日本円を持っていなかったりするのがお約束である。
いくらなんでも現実でそんなドラマのお約束が適用されるわけないだろう、と思うかもしれないが、事実は小説より奇なりである。
一応確認を入れておくに越したことはない。
だが新八の心配はどうやら杞憂だったらしく、

「あ、はい。ちゃんとお財布も持ってきて……」

と、ディエチは袖の下に手を差し入れて、

「……あ……」

つるっ、という効果音が似合いそうなくらいに見事に手を滑らせ、小銭がたんまり入った財布を床に落としてしまった。
小さな金属がぶつかり合う音と共に、たくさんの小銭が辺りにぶち撒かれる。

「ご、ごめんなさい……」

慌てて小銭を拾い集めようと、ディエチは席を離れて床にしゃがみこむ。

「ああ、僕も手伝いますよ」

そして新八もまた、小銭を拾おうと勢いよく屈み込み……。
ゴツン、となんとも痛々しそうな音が店内に響き渡った。

(……お約束だな)

(お約束だね)

頭を押さえて悶絶するお馬鹿さん二人を眺め、恭也と美由希は揃ってそんなことを考える。

「いたた……だ、大丈夫ですか?」

「……っ。は、はい」

お互いに頭を押さえて目尻に涙を溜め、新八は苦笑いを漏らし、ディエチは申し訳なさそうに頭を下げる。
しばらくうずくまったまま痛みに耐えていた二人だったが、ややあって痛みが引いてきたのか、改めて小銭に手を伸ばし始める。
チャリチャリと小銭の擦れ合う音と共に、床に転がった硬貨が一枚、二枚と姿を消していく。
そしてようやく最後の一枚となったその時。

「……あ」

「あ」


44:なの魂 ◆.ocPz86dpI
08/11/08 18:46:03 O60PNO90
十円玉硬貨の上に、二人の手のひらが重なった。
途端に訪れる気まずい空気と沈黙。
新八は思わず顔面から脂汗を垂らして硬直する。

(……あ、あれ? 何この雰囲気。やだなぁ、こーいうのってむしろ恭也さんの領分じゃぁ……)

顔、というより身体中から"ヘルプミー"という文字を浮かべながら新八は助けを請うように後ろに振り向き、

「どうしたのお兄ちゃん? なんだかさっきから騒がしいけど……」

店の奥からやってきたなのはが、店内に広がるストロベリー空間を目の当たりにして硬直する。
ちなみに何故なのはがここにいるのかというと、今日は土曜日に行われた授業参観の振り替え休日だからである。
貴重な休日にも店の手伝いをする孝行娘ななのはだが、しかし神様は彼女のことがあまり御気に召さないらしい。

「し……」

ぷるぷると震えながらなのはは新八を指差し、大きく息を吸い込んだかと思うと突然顔を真っ赤にして、

「新八さんまで私の知らない世界にー!!」

「だから違うっつってんだろうがァァァァァ!! つーか"まで"って何だ!?
 アレか!? 銀さん辺りが似たようなことやらかしたんか!?」

それそのものズバリ的中なツッコミで新八は応戦をする。
その拍子にせっかく拾い集めた小銭が再び床に転げ落ちてしまったのだが、そんな事など意にも介さず、
新八は本日何度目かになる身の潔白の証明をしようとし……。

「あ、やっぱり新八さんやー!」

ベルの音と共に、可愛らしい関西弁が店の入り口から響いてきた。
その場にいた者達は途端に静まり返り、皆一様に声のした方に視線を向ける。

「……あれ? はやてちゃん?」

そう、そこにいたのは八神はやてだった。
いつも通りの愛らしい服を着込み、いつもの様に車椅子に乗り、シャマルに車椅子のグリップを握ってもらい、
そしていつものように満面の笑みを浮かべた彼女がそこにいた。

「え? あれ? な、なんでこんなところに?」

彼女がここにいる理由など察しがつくはずもなく、新八は心底不思議そうにはやて達に問いかける。

「銀ちゃんがいつまで経ってもこーへんから、迎えに来たんよ~」

「一応住所は聞いていましたからね。それで、近くまで来てたんですけど……」

頬に手を添え、シャマルは困ったように愛想笑いを浮かべる。

「すぐそこで、定春ちゃんと物凄い勢いですれ違って」

「銀ちゃん、すごい悲鳴あげとったなぁ」

「何かあったのかと思って定春ちゃんが来た方向を見たら、新八さんらしい人が女性の方と喫茶店に入るところが目に入りまして」

「これは一大事や! って思って、急いで追いかけてきたんよ~」

「結局アンタらも勘違いしてんのかァァァァァ!!」


45:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 18:46:55 KyReQznY
支援


46:なの魂 ◆.ocPz86dpI
08/11/08 18:47:33 O60PNO90
思わず声を大にしてツッコむ新八だが、はやてとシャマルは悪びれる様子もなく、

「まあ、よー考えたら新八さんに限ってそれはないもんなー」

「そうね。新八くんに限ってそれはないわよねぇ」

「ほんっと情け容赦ねーなアンタら!!」

割と悲痛な叫びを上げて激昂するが、しかし二人のかしまし娘は、そんな彼を見てニコニコと微笑むばかり。
もはや怒る気力も失った新八は、呆れたようにため息をついて頭を抱える。
そんな彼の服の袖を、何者かがクイクイと引っ張った。
誰かと思い、新八は袖の方へ視線を向ける。

「……あの、新八さん。お知り合い……ですか?」

なのはだった。
彼女はどこか不安そうな表情ではやて達の方を見て、新八にそう問いかける。

「ん? ああ、そういえば全然話したことなかったね。えーっと、なんていうのか……
 今の銀さんの雇い主の、八神はやてちゃんだよ。で、こっちがはやてちゃんの親戚のシャマルさん」

「よろしくな~」

「よろしくお願いしますね」

新八からの紹介に与った二人は、先にも増して笑顔を浮かべる。
彼女らの底無しの明るさに少々気圧されつつも、なのはは若干緊張しながらぺこりと頭を下げて、

「えと……高町なのはです。どうぞよろしくお願いします」

行儀良く自己紹介をする。
するとはやてが不思議そうな顔をして、なのはの顔をまじまじと見つめ始めた。
下唇に人差し指を押し当て、うーんと何かを思い出すように頭を捻る。
不可解なはやての行動になのはが眉をひそめていると、突然はやてはぽん、と手を打ち、

「そっか! あのなのはちゃんか~!」

「……ふぇ?」

諸手を挙げて万歳のポーズを取りながら、満面の笑みでそんなことを言った。
しかし元気一杯ご機嫌一杯なはやてとは対照的に、なのはは混乱しながら頭上にクエスチョンマークを浮かべるばかりだ。
まるで自分のことを知っているのかのような物言いをされたが、しかしこちらははやてのことなど一切知らない。
一体どういうことなのかと怪訝そうな顔をしていると、はやてが胸の前で手を組んで、

「銀ちゃんらから、話は聞いとったんよ。いっぺん会ってみたいって思っとったんや~」

感動したのか興奮したのか、車椅子から身を乗り出そうとしながらそう言った。
相も変らぬ、まるでお日様のような温かな笑顔。
しかし、そんな彼女とは全く逆に、なのはの表情はどこか曇った笑顔だった。

「そ、そうなんだ……あはは……」

なのはの僅かな異変を感じ取ったのだろう。
すぐ側にいた新八が屈み込み、なのはの耳元で小さく問いかける。

「……どうかしたの? なのはちゃん」

なのははしばらく押し黙っていたが、やがて口篭るような素振りを見せ、そして遠慮がちに新八の耳元で
ボソボソと呟く。


47:なの魂 ◆.ocPz86dpI
08/11/08 18:48:50 O60PNO90
「あの……あの子が雇い主さんってことは、その……最近、銀さんがよくお店を空けてたのって……」

「うん。はやてちゃんの家に仕事に行ってたからだよ」

「それって……あの、毎日なんですか?」

「んー、そうだね。ほとんど毎日かな。……それがどうかしたの?」

「い、いえ! なんでもないですよ~」

わたわたと手を振って、なのはは努めて平静を装う。
しかし、彼女の様子がおかしいのは、誰の目から見ても明らかであった。
新八の不思議そうな視線にいたたまれなくなったのか、なのはは新八から目を逸らす。
視線の先には、恭也達にも愛嬌を振りまいて自己紹介をするはやての姿。
そんな彼女をまじまじと見つめながら、なのはは最近めっきり顔を合わせることが少なくなった居候の姿を思い返した。
不器用で、だらしなくて、ぶっきらぼうで、でもどこか優しい侍。
物心ついた頃からずっと一緒にいた、もう一人の兄のような存在。
父と母が仕事で家を空け、兄と姉も学校に行って、一人で家に居ることを余儀なくされていた時、彼は時間を見つけては家にやってきて、
暇潰しと称して自分の話し相手になってくれた。
小学校に入学して、初めて学校に行った日の放課後。
他の子達と上手く会話が出来なくて、友達を作ることが出来なくて、一人でとぼとぼと校門をくぐろうとした自分のことを、
彼は笑いながら迎えてくれた。
「高嶺の花ってのも考えモノだなァ、オイ」などと彼は憎まれ口を利いてきたが、それでも、その時は本当に嬉しかった。
いつも面倒くさそうにして、何が会っても自分には関係ないと言いたげな態度ばかりとって。
でも自分が本当に困っている時や悲しい時には、必ずと言っていいほど手を差し伸べてくる彼は、
いつしか傍にいるのが当たり前な存在になっていた。
でも……。

(……そっか……)

今の彼は、自分の傍にはいない。
今の彼は自分ではない、目の前のあの子の傍にいる。
そのことが、ひどくなのはを不安にさせる。
まるでシャボン玉のようにフワフワと掴み所のない彼が、いつか自分の元に浮かぶのをやめ、
はやての元へ行ってしまうのではないかと、そんな漠然とした思いに駆られる。

(毎日会ってるんだ……銀さんと……)

胸のうちにもやもやとしたものを抱え、しかしそれを否定しようとなのはは首を振る。
三度目の来客が訪れたのは、その時だ。
ベルの音と共に扉を開いたのは二人の女性だった。
なのはとそう背丈も変わらない、長い銀髪の小さな女の子と、明るい空色の髪を短く切った、活発そうな女性。
二人はしばし店内を見回した後にお互いの顔を見合わせ、そして銀髪の少女が困ったような顔をして訊ねてきた。

「少々お伺いしたいのですが、この辺りで茶の長い髪を結わえた、巫女装束の女を見ませんでしたか?」

その言葉に恭也と美由希、そして新八は顔を見合わせる。
長い茶髪に巫女装束。
そんな最大公約数の最小値を狙ったような特徴、該当する人物は一人しかいない。
三人は一斉に、すぐ傍のテーブルに視線を向ける。
何故かテーブルの下でプルプルと震えるディエチが、そこにいた。
何をしているのか、と新八が問いかけようとすると、彼女は目に涙を溜めながら、怯えるような表情で訴えかけてきた。
すなわち、「ここにいることを絶対に教えないでほしい」である。
どうやら入り口の方からはテーブルの下の様子は窺えないらしく、二人組みの女性は怪訝そうな表情で新八を見ていた。
どうしたもんかと思案し、困ったように恭也と美由希に視線を配ると、二人は苦笑を浮かべ、揃って肩を竦めた。
その様子を見て新八もまた同じように苦笑し、二人組の女性の方を向き、

「すいません、ちょっと見てないですねぇ」


48:なの魂 ◆.ocPz86dpI
08/11/08 18:50:45 O60PNO90
「そうですか……」と銀髪の少女は残念そうにため息をつく。
二人の探し人を匿ったことはどうやら気付かれなかったらしく、銀髪の少女はペコリと頭を下げて謝辞を述べ、
空色の髪の女性を従えて、さっさと店の外に出て行ってしまった。

「……もう出てきても大丈夫ですよ?」

新八が笑いながらそう言うと、ディエチはホッとした様子でのそのそとテーブルの下から這い出てきた。
着衣の乱れを直し、深呼吸をして新八達にお辞儀をして、

「ありがとうございます。おかげで助かり……」

そこまで言ったところで、突如として彼女の背後から二つの足音が響いた。
顔中の汗腺という汗腺から冷や汗を流し、ディエチはゆっくりと傾けた上半身を起こす。

「……つっかまえた~!」

ディエチが完全に直立するのと同時、悪戯っぽい女性の声と共に、何者かがディエチの身体を羽交い絞めにした。

「ふわぁ!?」

予想していた出来事だったにもかかわらず、ディエチは思わず上擦った悲鳴を上げた。
ぱたぱたと手足を暴れさせ、必死に拘束を解こうとするが、彼女の抵抗は全くの徒労に終わる。

「こんなところで何をやっている! あれほど無断で外出するなと言っていただろう!」

怒声を浴びせるのは、先程店を出て行ったはずの銀髪の少女―チンク。
頭から湯気でも出るんじゃないかと思えるくらいに憤怒している彼女からは、しかしその幼すぎる見た目のためか、
それほどの威圧感を感じることは出来なかった。
一頻りディエチに向かって怒鳴り散らしたチンクは大きなため息をついて恭也達の方を向き直り、
本当に申し訳なさそうに何度も何度も頭を下げる。

「申し訳ありません、妹がご迷惑をおかけして……」

そんな彼女の後ろには、空色の髪の女性―セインに、まるで悪戯をした子猫のように首根っこを掴まれたディエチの姿があった。

「ほら、キリキリ歩く!」

「むぁー……いちごパフェ……」

名残惜しそうな声を上げながら、ズルズルとセインに引き摺られていくディエチ。
さっさと店の外へ出ようとするセインの後を追うため、チンクもトコトコと扉へ向かう。
二人に追いつき、隣に並んだチンクは、ディエチに向かってたっぷりと説教をし、
そしてチラリと店内を―いや、はやて達を一瞥し、翠屋を後にしていった。
店内に残された六人は、ただただ呆然とその様子を眺めているだけだった。


49:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 18:53:11 gH9/SRGG
sien

50:なの魂 ◆.ocPz86dpI
08/11/08 18:54:55 h9+ujBZP
「……え? 妹? ……え?」

「なんだか、面白そうな方達でしたね」

ぽかんとした様子で、入り口の扉と先程までディエチが居た場所を交互に見ながら新八は言い、
シャマルはどこか楽しげに呑気なコメントを残す。
一体なんだったんだ? あれは。
高町三兄妹が「そもそもどこから入ってきたんだ?」と言いたげな顔をしていると、
不意に何かを思い出したかのようにはやてが胸の前で手を叩いた。

「あ、そういえば新八さん。さっき銀ちゃんらが走っていったのって……」

「ん? ああ、はやてちゃんの家にいくためだけど……あ」

と、そこで思い至る。
銀時達の目当ての人物は、今ここにいるじゃないか、と。

「大変や! 早く戻らんと、銀ちゃんらに待ちぼうけさせてまう!」

はやては大慌てでシャマルに移動を促し、そして急かすように新八を呼びかける。
彼女の焦りが伝染したのか、新八もまた慌てて、恭也に店の脇の掃除を頼んではやてのすぐ後を追う。
そんな彼を引き止めようと、声をかけようとするなのはなのだが、新八は彼女のことに気付かぬまま店の扉を開いた。

「それじゃ、行ってきます!」

「なのはちゃ~ん! また今度、ゆっくりお話しよな~!」

大きく手を振り、笑顔ではやてはなのはに別れを告げる。
なのはもまた遠慮がちに手を振りはやてを見送るが、しかしその表情に晴れ間は見えない。
胸の内で大きくなっていく、渦を巻いたような感情に戸惑いを覚え、彼女は思う。

(……なんだろう……この気持ち……)

それが幼い嫉妬心であるということに、今の彼女が気付くことはなかった。

51:なの魂の人 ◆.ocPz86dpI
08/11/08 18:58:20 jsedSE8t
投下終了です。
ディエチだってたまにはスイーツが食べたいです。女の子だもん。
チンクだってたまには怒ります。お姉ちゃんだもん。
なのはだってやきもち焼きます。まだ九歳だもん。

以上、そんな二十九話でした。

52:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 19:01:47 dMuhUazw
GJ!
1.2.3期のキャラが集合だなw
ところで、三期はやるんですか?

53:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 19:01:51 gH9/SRGG
GJ
ついになのはとはやてが会っちゃいましたねー
これがAs以降にどう関わってくるのか気になる所です

54:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 19:33:31 Bvou0IdV
なの魂乙GJっした!何このファーストコンタクトの嵐w
いつぞやの番外編からのStS編を期待せざるを得ないんですが!

55:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 19:45:14 +9bvkCey
>「あ、あの、違うんです! あたし別に怪しい人なんかじゃなくて、あの、その!」
>「……あ」
>「むぁー……いちごパフェ……」

ぐぬ、お、おぉぉぉぉ!(悶絶)

いや、もう、ね。ディエチかぁいいよディエチw
他にも色々と見所はあったのですが、全てディエチに持っていかれましたw
そしてちょいと新八にヤキ入れてくる(ぉ

56:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 19:45:44 kJBgspb4
GJ!
いやはやディエチがこれほどお約束がはまるとは。
それと銀さんがなのはちゃんが寂しい時に一緒にいるとは、これは良いですね。

57:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 19:48:54 QFIvKX8Q
ディエチと新八がフラグ立てたー
ミツバ編はそろそろ終盤ですね。シグナムがどんな風にからむの
か楽しみです。

58:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 19:56:29 BZpsaPTo
GJ!!
まさかここでなのはとはやてが出会うとは思いませんでした。w
闇の書事件、どうなるのかなあ?

59:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 20:02:57 02TPQKjK
なの魂さん、GJでござんす!!
にしても・・・

>「……あ」
>「あ」

・・・え、何これ?ディエチさん×ぱっつぁんのフラグ・・・?
な・・・、なずぇだぁ~!?何故にぱっつぁんと彼女にフラグがぁ~~!??
・・・はっ!ま、まさか・・・、お互いに地味~なポジション(ディエチ=砲撃手=なんか地味っぽい(を)&ぱっつぁん=ダメガネ=地味なんで・・・)、つまり『ジミー』という人種同士のカップリングという訳ですかこれは!?

60:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 20:42:02 mckTrKXd
なの魂氏GJ!としかいえねー!
今回見所多過ぎだい!

ミツバ編のこととか

なのはとはやての出会いとか!

ディエチの巫女服とか!!
ディエチの巫女服とか!!!
ディエチの巫女服とか!!!!
ディエチの巫女服とか!!!!

ぐわーーーーーー!(想像して発狂しました)

61:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 20:44:41 Z1WPd8Yq
なの魂氏GJ。何気に恭也ニーサンがいい味出してるなあw

62:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 21:07:04 QLVnORH7
ぱっつあんが!ぱっつあんがフラグおったておったぁっぁぁ!?
つーか、なのはの嫉妬に萌えた!
GJでした!!そしてAsでどうなるのかww楽しみです!

63:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 21:44:55 dHDf/Tzt
そういえば魔法少女のほうのなのはは家族から微妙に孤立気味なんだったな
そうなるとたしかに一人でいるときは銀さんが面倒見てることが多くなったわけで
なのはのほうから何かしら深い感情を抱くことも考えられるわけで
何が言いたいかというとなの×g(ry

64:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 21:54:44 fWKih+/d
GJ!
新八はとことんナンバーズに縁があるな。次は誰と交錯するのやら。
そして何よりディエチの巫女服!巫女服!

65:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 22:21:45 jKxjeE3q
>60,64
ディエチの巫女服……同志よっ!!!

(* ^^)人( ̄ー ̄)人(^^ *) トモダチ♪

66:リリカルルーニー ◆fhLddwC5FM
08/11/08 22:43:12 Lq2f6lVv
なの魂氏、GJ!
そして……

>60,64,65
ディエチの巫女服……仲間がこれほどいようとはっ!

ところで、23:30ごろから、「Lyrical in the Shadow」を投下しようと思っています。
よろしいでしょうか?

67:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 22:54:53 xzR0+S1W
支援なんだぜ

68:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 23:13:54 YRYUa9zf
ばか者め!
支援すると思った瞬間には支援する。
そして、投下すると思った瞬間にはもう投下してるんだぜ!!!

お待ちしてますw

69:リリカルルーニー ◆fhLddwC5FM
08/11/08 23:31:21 Lq2f6lVv
時間になりましたので、投下させていただきます。

以下注意事項
1.「SHADOWRUN 4th Edition」とのクロスです。
2.ようやく邂逅です。
3.時系列は、Strikersの後です。
4.ゲストとしてですが、オリキャラが出ます。
5.タイトルは「Lyrical in the Shadow」。15レス+1です。

(>)しかし、なのはの魔法は随分派手だな。
 隠密行動が基本のランナー向きじゃないな、あれは。
(>)フロッガー

(>)派手な魔法というのは、それだけでも役に立つ。主に囮にな。
 それに、幻影魔法まで使えるのなら、映像関係者から引っ張りだこだろう。
 彼らは、その手の魔法使いを常に欲しているからな。
(>)イーサノート

それでは、始まります。


70:Lyrical in the Shadow(0/15) ◆fhLddwC5FM
08/11/08 23:34:03 Lq2f6lVv
生き残れたんなら、たぶんうまくやったのさ
        ――JKW、フリーランサー

Lyrical in the Shadow
 第1話「ウィザーズ・ストライク!」後編
  ~それは最悪の出会いだった~





71:Lyrical in the Shadow(1/15) ◆fhLddwC5FM
08/11/08 23:38:36 Lq2f6lVv
[……ちょっとまずいかもしれないよ]
 目的地まであと数分、と言ったところで、不意に、黒ひげさんのブルドックに乗っているランドールから通信が来た。
「どうした、ランドール」
[セーフハウスのシステムを、誰かがハッキングしてるみたいだ]
 それはランドールも同じだ、とは思ったが、茶化していい事態じゃない。ハッキングをされているという事は、アタックチームは、すぐにでも突入可能、と言うことだろう。
「それじゃ、飛ばすよ」
『譲ちゃんは先行してくれ。こっちの速度(あし)じゃ、どうやっても追いつけん』
 同じ事を感じたのだろう。隣でフェイが運転するパトロール1と、後ろにいるブルドックが、スピードを上げる。
 だが、どちらも装甲付きとは言え、パトカーと輸送用バンだ。黒ひげさんの技能をもってしても、この差を埋めるのは難しいのだろう。
 だが、とりあえずやらなくてはいけないのは……
「ランドール。そのハッカーを落とせるか?」
[やって見るよ]
 確か、コムリンク破壊用だけでなく、殺傷系のプログラムも持っていたはずだ。ハッカーを落とす事が出来れば、相手の脅威はかなり減る。よしんばだめだったとしても、その後のサポートに支障をきたす事はまちがいない。
 ……まぁ、だめだった時、というのは、ランドールが危険にさらされたとき、ということなのだが……奴のことだ。無事に逃げおおせてくれるさ。
「それで、アレンはなにやるの?」
 何処となく楽しそうに(いや、恐らく楽しいのだろう)フェイが尋ねる。とは言ってもなぁ……
「今の状況で、俺になにが出来るって言うんだ?」
「先行してみてきたら? アストラルから」
 なんて事言い出すんだ、この娘は。
 確かに、その手はある。だがそれは、状況がまったく分からない時にこそ、真価を発揮する。
 ランドールのハッキングにより、セーフハウス内の状況がある程度分かっている今、どれほどの意味があるのか。
 とは言え、アタックチームの状況が分かってないんだよなぁ……えぇい、くそっ!
「それじゃ、身体は頼むぞ」
「りょーかい」
 フェイの声を合図に、俺は、意識を切り替えた。もう一つの世界―アストラル界(プレーン)の扉を開くために。


72:Lyrical in the Shadow(2/15) ◆fhLddwC5FM
08/11/08 23:42:52 Lq2f6lVv
 そこをもっとも簡単に説明すれば、「生命の光にあふれる世界」だ。
 物理界と平行に存在するこの次元界(プレーン)は、命ある物の光―いわゆるオーラによって輝いている。逆に、命のない物は灰色にくすみ、輪郭もぼやけている。
 この世界を知覚出来るのは、魔法使い以外にもいる。その中には、魔力に覚醒していない者さえいる、という。
 だが、その先―アストラル界に己を投射できるのは、俺達のような魔法使いだけだ。
 己の精神を肉体から解き放ち、アストラル界に投射する。そうする事で、物理界のあらゆる制約にとらわれることなく、自由に動き回る事が出来るのだ。
 だが、問題もある。物理界とアストラル界の壁が「硬い」ため、互いが互いに影響を与えることが出来ないのだ―幾つかの例外を除いて。そのために、孤立無援で闘うか、指をくわえて見ているかのどちらかになる事もある。
 とは言え、こちらに来たからには覚悟を決めるしかない。俺は車をすり抜け、記憶を頼りにレッドさんがいるはずのセーフハウスへと向かう。そのスピードは、車なんかよりもはるかに速い。本当に「あっという間」だ。
 とりあえず、近くに来たところで木々のオーラに隠れ、あたりを観察して見る。
 セーフハウスとはよく言ったもので、本来ありえないはずの光にあふれている。窓に取り付けられた格子に巻きつく蔦だけでなく、壁までもが光っているのだ。しかもただのオーラではなく、こちら側に存在する事を示す光り方だ。
 まぁ、この家の役割から、あれがなんなのかは想像がつく。「覚醒ツタ」のブラインドと、「二元性バクテリア」を封入した壁。そんなところだろう。
 こいつらがいわゆる「物理界とアストラル界に同時に影響を与える例外」―俗に「二元生物」と呼ばれるものだ。たかが植物とバクテリアだが、これだけでアストラルからの進入は面倒になる。
 とりあえず、アストラルからの警備を確認した俺は、周りにいるはずの人影を探す。そして出てきたのは、6つの人影。
 内4つは、オーラが極端に薄い。それはつまり、サイバーウェアなどによって身体改造を行っている―いわゆる「サムライ」達だ、ということだ。それが4人……この時点で厄介だな。今の俺には関係ないとはいえ。
 1つはまったく逆に、光にあふれている。しかもそれは、俺と同じ魔法使いのオーラだ。しかも、こんなところまで出張るという事は、恐らく戦闘魔法のエキスパート。魔法の助けとなる収束具の類を持っていないことが、救いだと言っていいだろう。
 最後の1つは……はっきり言って、「人」と言いたくない奴だ。何せそいつは、逆巻く炎をまとったトカゲ―恐らくもなにも、火の精霊だろう。古式ゆかしきサラマンダー、というわけだ。
 ……帰りたくなったな、おい。
 とは言え、ここまできた以上、逃げ出すわけにもいかない。精霊がいる以上、奴の相手は俺がするしかないんだし、その分、サムライ相手にがんばってもらおう。フェイあたりは喜んでやりそうだが。
 と、馬鹿な事を考えているうちに、あちらさんはなにやら相談を始めたようだ。恐らく、厄介な防衛能力を持つこの屋敷に、どうすれば良いのか対策を練っているのだろう。
 しばらくの後、1人が諦めたように首を横に振って、玄関前に集まる。正面からの襲撃か。あまり得策とはいえないだろうが、それだけ、搦め手からではここの攻略が難しい、ということだろう。
 さて、こちらものんびり構えている場合ではなくなったな。とりあえず、奴らをせかしておくか。
 といっても、一旦戻っていては時間がかかる。ここは1つ、奉仕精霊―ウォッチャーにでも伝言を頼むとしよう。
 俺はすばやく、召喚のための術式を組み上げる。そして、俺の呼びかけに応え、それが目の前ににじみ出てきた。
「……あ゛~? 何の用ッスか、ご主人」
 ……なんでこんなんなんだよ……

73:Lyrical in the Shadow(3/15) ◆fhLddwC5FM
08/11/08 23:46:17 Lq2f6lVv
 だからと言って、誰を呼ぶのか選べない以上、諦めるしかないんだよなぁ、くそぉっ!
「あ~、伝言をだな……」
「でんごん~? んなことのために呼んだんッスかぁ?」
「……とにかく、静かに聞け」
「それが頼みごとッスか」
 こっいっつっはぁ~ッ!!
 思わず叫びだしそうになるのを、懸命にこらえる。距離はあるとは言え、万一にでも向こうの精霊に聞かれたら、こっちの身がやばい。
 確認のために向こうを見るが、ありがたい事に、こちらに対しての動きはない。だが、いつでも突入しそ
 桃色の閃光が奔った。
 その奔流は扉を壊しただけでなく、その前に集結していたアタックチームを飲み込み、森の中へと消えていった。
 …………なんだ、あれは?
 魔法か? 魔法なのかっ?! あんな馬鹿げた魔法、見た事も聞いた事もないぞっ!
 どこかのアニメのビーム砲じゃあるまいに、あんなものが存在していいのか? そもそも、あれが魔法だとしたら、どんな魔力を持ってるんだ、あれを使った奴は。
 恐らく、間接攻撃魔法の一種なんだろうが、さすがにあんな魔法では、喰らった方を心配してしまうな……
 そんな恐怖の閃光が納まったあと、そこにいたのは……倒れる事のなかった4人と1匹。さすがに、魔法使いは耐え切れなかったらしい。呪文対抗は間に合ったのだろうが、それだけの高威力だったのだろう。
 こちらにいる精霊はともかく、サムライ4人は、よく耐えられたものだ。やはり、普段からの鍛え方が違う、と言うことか。あ、でも、魔法使いも起き上がるな。本当に倒れただけか。
 だが、あまり呆けてもいられない。何せ、精霊が今しがた出来た穴から突入したのだから。
 ……って、まずいっ!
「フェイに伝えろっ! 『パーティーが始まった』ってなっ!」
「え~、んなこと伝えるんっスかぁ? しゃーないですねぇ」
 ……なんかもう一言言ってやりたいが、今はそれをBGMにして会場に向かう。はっきり言って、精霊が動いた事が、一番の脅威なのだから。
 なにせ、アストラル界にいる奴には、物理界の障害など、一切関係ないのだ。もちろん、攻撃だって意味がない。もっとも、物理界から見えないのだから、攻撃のしようがないのだが。

 そもそも、精霊の本体はアストラル界にいる―いわゆる「アストラル体」なのだ。「物質化」と言って、物理界に出る事も出来るが、その時でも、魔力のない攻撃はほとんど効かない。そして、レッドさんは魔力をもっていないと聞く。
 となれば、精霊のやる事は簡単だ。全ての障害をアストラル界で通過し、レッドさんの目の前で物質化する。そうすれば、いつの間にか炎に包まれて終わり、と言うわけだ。
 それを防げるのは、今現在、奴の動向を把握している俺しかいない。戦闘が得意とは言えない俺からすれば、はっきり言って損な役周りだ。だが、そんな事も言ってられない。これは仕事なんだ。
 ……人間、ある程度は諦めが大切なんだ。
 泣きたくなるのを堪え、アタックチームをすり抜けた俺は、玄関に開いた穴から中へ入る。そこから続く廊下の先には、先ほどの術を使ったのであろう魔法使いが1人。
 ……って、あれは本当に魔法だったのか……何か、自信を無くすな……
 だが、問題となる精霊がいない。やはり、一目散にレッドさんのところへ向かったのだろうか。となると……
「きゃぁぁぁぁぁっ!」
 上から聞こえてくる悲鳴。やはり2階かっ!

74:Lyrical in the Shadow(4/15) ◆fhLddwC5FM
08/11/08 23:52:25 Lq2f6lVv
 すかさず天井をすり抜け、2階へと躍り出る。するとそこには、物質化した火の精霊と、怪我をしているのか、身動きがとれなさそうな男(恐らくレッドさん)が。
 そして、その男を守るように障壁を張る少女の姿があった。
 その少女のオーラから伝わってくるのは、恐怖と使命感。こんなものがいきなり現れ、攻撃して来たのならば、当然だろう。それでも障壁を張った事は、驚嘆に値する。
 そのおかげで、レッドさんらしき人物を守ることが出来たし―なにより、俺にとってきわめて有利な状況になった。
 それは、精霊が物質化しているという事。
 物質界とアストラル界は、相互に影響を与える事が出来ない。だが、それには例外がある。
 それが、物質界とアストラル界の両方に、「同時に」存在している事。具体的に言ってしまえば、この家のセキュリティにもあった、覚醒ツタや二元性バクテリアのような、いわゆる二元生物がそれである。
 他にも、物質界に影響を与えられるようになったアストラル体―つまりは、目の前にいる物質化した精霊もそれに当たる。
 俺は、この幸運に感謝した。今の今まで気付かれなかった事。そして、精霊が物質化していた事。反動が怖いが、今は気にしない。
 すかさず、術の公式を組み上げる。神経に過負荷を与え、衰弱させる術、《喪神破/スタン・ボルト》。その公式に魔力を与え、視線に乗せて目標―火の精霊に送る。この一撃で落ちるよう、切実に願いながら。
 精霊が衝撃で震えた。ようやくこちらに気付いたようだ。振り向きざまに、その牙で喰らいつきにかかる。
 だが、さっきの呪文が効いたのか、その動きは緩慢だ。いくら戦闘が苦手だと言っても、こんなものを喰らうほどじゃない。
 炎の牙を躱したところに、今度は爪が振りかぶられる。だが、こちらがアストラル界にいて、そちらが物理界に影響されている事を忘れてもらっては困る。
 肉体の軛から解き放たれた魔法使いの速さ、忘れたわけではあるまい!
 すかさず、2発目の喪神破を組み上げる。そして、それは精霊に当たり……拡散して消えた。……って、あれぇ?!
 振り上げられた爪が、無情にも振り下ろされる。しかも、今度はかなりやばい!
「うぉあっ!」
 思わず上がった悲鳴と共に、後ろに下がってそれを何とか躱した俺は、3発目をぶち込んだ。今度はちゃんと発動し……短い咆哮と共に、精霊の姿が掻き消えた。
 何とか墜とせた。だが、その喜びに浸っている場合じゃない。下では、まだ戦闘が続いているのだ。俺はすばやく床をすり抜ける。
 ちらりと廊下の奥を見ると、魔法使いが障壁を張っているのが解った。それを破れず、四苦八苦しているようだが……ちょっと待て。
 アタックチームが使っているのは、恐らくSMGだろう。それを完全に防ぎきる障壁なんて、どうやったら張れるんだ?!
 あの魔法使い、ほかっておいても大丈夫なんじゃないか?
 ちらりとそんな事を考えたが、成り行き上、そうもいくまい。とにかく、今は肉体に戻ろう。そう思いながら、俺は外へ出る。
 ちょうどその時、フェイの車が姿を現した。嬉々迫るオーラをまといながら。


75:Lyrical in the Shadow(5/15) ◆fhLddwC5FM
08/11/08 23:56:54 Lq2f6lVv
「サミー4にウィズ1! 廊下奥にV1、2階に2!
 それから、止まれっ!」
 肉体に戻って開口一番、俺はそう叫んだ。
 だが、世の中と言うものは無情である。
「奇襲に速さは重要だよ」
 エンジンがさらに唸り、シートに押し付けられる感覚が強くなる。って、加速したぁ?!
 正面にいたサムライが、SMGを撃ってきた。フェイはハンドルをひねって躱そうとするが……頼むから、俺の方を敵に向けるなっ! しかも躱せてないっ!
「おわぁっ!」
 すぐ脇から聞こえる鉄のドラムに思わず悲鳴をあげながら、俺はこれを作ったクライスラー-ニッサンに感謝した。まったく、良くぞここまで頑丈に作ってくれた。装甲はへこみはしたが、中にまでは飛び込んでこないのだから。
 だが問題は、この妨害でもフェイは止まらないと言うことだ。
 エンジンの咆哮と共に大きくなる、ブラインド付の大窓。俺は、この先に起きる事を予感しながらも、叫ばずにはいられなかった。
「止めろぉぉぉっ!!」
「とっか~んっ!」
 ブラインドがひしゃげ、ガラスが砕ける音を聞きながら、俺は考えた。

 フェイがこの暴挙を控えるのと、俺が慣れるのと、どちらが「進歩した」と言えるのだろうかと。

 車はそのまま部屋に飛び込み、家具を跳ね飛ばし、遮蔽をとっていたサムライごと扉を突き破り、廊下の向かいの壁にめり込んだところで、ようやく止まった。
 あまりの事に、銃声もが一瞬止まった。その隙をついてフェイは飛び出し(よかったな、廊下が広くて)、腰の両側に下げたホルスターから、愛用のヘビーピストル、マンハンターを引き抜く。
 銃声と共に二つの方向に向かって―すなわち、つぶされたサムライと魔法使いに向かって、炸薬入りの鉛を吐き出した。それが二つの命への止めとなり、同時に、銃撃戦の再開のベルを鳴らす。
 そして、フェイが叫んだ。
「香港警察だぁっ! 手を挙げろぉっ!」
 いや、違うだろ。
 呆れながら出ようとして、寸前で思い止まった。何せ、こちらは玄関側。つまり……こちらに向かって銃口が光っているのだ。開けたとたんに蜂の巣になるのは必至だ。
 仕方なく、車窓から敵の位置を確認する。手前の扉を遮蔽に1人、玄関に2人、か。ならば、とりあえず……

 と、その時、手前の扉に隠れたサムライが、こちらを確認しようと顔をのぞかせたところに、偶然目があった。
 だが、ロマンスが生まれる事はない。愛の言葉の変わりにプレゼントするのは、本日4発目の喪神破だ。
 見えざる魔力が相手の中で炸裂し、その衝撃に小さく震える。そしてそのまま、崩れ落ちるように倒れ、手から銃……ではなく、手榴弾が零れ落ちる。
 ……あれ?
 轟音と爆風が、辺りを嘗め尽くした。



76:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/08 23:59:07 Pbn6b7sY
支援

77:Lyrical in the Shadow(6/15) ◆fhLddwC5FM
08/11/09 00:00:20 A7FhG5F5
 遮蔽の向こう側にいる敵を倒すのに、手榴弾やグレネードはきわめて有効だ。まして、このような廊下では、壁が壊れずに衝撃を反射する事すらある。
 敵を一網打尽にするには、有効な手段である。
 だからこそ、サムライは銃弾を引き付け、後方の魔法使いやハッカーが狙われないように、前線を構築する。チーム全体の生存率を高めるため、自らを死地に置くからこそ、「サムライ」と呼ばれるのだ。
 衝撃に揺さぶられる車内で、俺はそんなとりとめの無い事を思い出していた。確かあれは、ローンスター時代だったような……
 まぁ、そんな事を考えていても、現実逃避以外の何物でもない。ただ単に、「手榴弾によって1人死んだ」。それだけだ。
 殺す気が無かったのに殺してしまったのは、少々胸が痛むが……殺るか殺られるかの状況だ。知り合いが死ぬより、随分とましだ。
 ……まぁなんだ。俺が言うのもなんだが……「運が悪かった」と言う事だな、うん。
「今のは凄かったね!」
 むしろ「歓喜の声」と言った方がいい声を、フェイがあげた。その間にも銃撃は続き、また1人が倒れる。
 あと1人か。さすがにそろそろ、向こうも撤退だろう。だが……

 更なる銃声が外から聞こえ、最後のサムライが倒れた。
『よぉ、大丈夫だったか?』
 そんなスピーカー越しの声と共に、その猛獣が姿を現す。
 ホワイトナイトと言う名のLMGの牙をもった、四足獣を模した黒ひげさんのドローン、ドーベルマンだ。
「えぇ、何とか。
 そちらのお嬢さんは?」
 俺は車から出ながら、奥にいた女性に声をかけた。
 まだ若い、日本人らしい少女……なのか?(日本人は若く見える、と言うしな)栗色の髪をツインテールにして、白を基調にしたジャケットを着ている。
 だが、一番目を引いたのは、その杖だ。
 魔力を使う行為を助ける、収束具のようだが……あんなでかいんじゃ、扱いにくいだろうに。だいたい、あのマガジンらしい装飾はなんだ? 製作者のセンスを疑うな。
「……大丈夫ですけど……誰なんですか、あなたたちは?」
 警戒を滲ませながら、その少女(と言う事にしておこう)は尋ねた。……あぁ。
「そういえば、名乗ってなかったな。とりあえず……
 フェイ、車をどけろ。いつまでもここにあったんじゃ、邪魔だ」
「はいはい。すぐに退けるよ」
 そう面倒くさそうに言って、フェイは車を下げる。これで多少は落ち着いて話が……
「! ガジェット?!」
 ……はぁ?




78:Lyrical in the Shadow(7/15) ◆fhLddwC5FM
08/11/09 00:04:10 A7FhG5F5
 そもそも、車が飛び込んできたときから、混乱しっぱなしだった。
 でも、それは当然かもしれない。目の前に車が飛び込んできて、冷静でいられる人間なんて、どれほどいるのだろうか。
 しかも、その車から飛び出してきたのが、地球にはいないはずの人だから、なおさらだ。
 シグナムさんよりも大きな、筋肉質の体。尖った耳。下顎から伸びた牙。ミッドチルダでも、あまりお目にかからない。そんな体格をした女性だ。
 そんな人が、発砲してから「香港警察だ」なんて言うから、余計に混乱して……
 だって、「発砲してから」だよ? 警告するなら、発砲する前にしようよ。しかも、ここはアメリカだよ? いくらなんでも、香港警察は出てこないんじゃない? 確かにこの人、中国系みたいだけど……
 何とか気を取り直し、魔法を使おうとしたところに、手榴弾が再び爆発。車とシールドがあったから、衝撃は大した事なかったけど、その音に一瞬、身が竦んでしまった。
 そうやって、手を出すタイミングを悉く失ったせいで、気付いたら、銃撃戦は終わってしまっていた。
『よぉ、大丈夫だったか?』
 そんな時に聞こえた、スピーカー越しのような声。でも、誰がしゃべっているのかは、車と女性の陰になっているせいで、よく解らない。
「えぇ、何とか。
 そちらのお嬢さんは?」
 そういって車から出てきたのは、彫りの深い白人男性だった。どこか茫洋としているが、探るような眼光が私を……と言うより、レイジングハートを射抜いた。
「……大丈夫ですけど……誰なんですか、あなたたちは?」
 思わず、警戒してしまう。結果としては助けてくれたのだから、お礼を言うべきなのかもしれない。だけど、どうしても、それをためらってしまう。
 あの銃撃戦の終わり方は、皆殺しのはずだから。
 この位置からじゃ、全部は見えないけど、多分、そうなのだろう。
 ゴートさんは「援軍がくる」と言ったけど、もしこの人たちがそうじゃなかったら……闘う相手が変わっただけだ。
 私の後ろにいるゴートさん、そして、ヴィヴィオのためにも、引くわけにはいかないのだから。
「そういえば、名乗ってなかったな。とりあえず……
 フェイ、車をどけろ。いつまでもここにあったんじゃ、邪魔だ」
「はいはい。すぐに退けるよ」
 そう言って、フェイと呼ばれた女性が車を動かす。そして、その車の陰から現れた、3人目の声の主。

「! ガジェット?!」


79:Lyrical in the Shadow(8/15) ◆fhLddwC5FM
08/11/09 00:07:54 A7FhG5F5
 その姿を見たとき、思わず声が出てしまった。
 ヴィータちゃんがゆりかごの中で見たって言う、Ⅳ型と命名された、他脚型のガジェット。記録映像で見たあの機体ほど鋭角的なフォルムじゃないけど、どこか似ている機体。
 私の緊張が高まる中、当の2人―白人男性とガジェットは、不思議そうに顔を見合わせた。
「……『ガジェット』って言うほど、目新しいものでしたっけ?」
『戦闘用ドローンだからな。一般には出回らんから、そっちからすれば目新しいかも知れんが……
 少なくとも、電化製品では無いぞ』
 そんな会話の内容から、互いの認識に齟齬がある事に気付く。「ガジェット」の意味が、私とあの人たち(もしくは、この世界)では違うのだろう。
[ママッ!]
 ちょうどその時、ヴィヴィオからの念話が入った。
[ヴィヴィオ! どうしたの?!]
[ゴートさんが、下におりようとしてる!]
 えっ!
 いくらなんでも、この人たちが誰なのか分からない状況で会わせるのは、問題が……
「……どうかしたのか?」
 と、急に黙り込んだ私に、訝しげに尋ねてきた。
「いえ、それより……あなたたちは誰なんですか?!」
 ごまかすように、話を元に戻そうとする。声を少し荒げてしまったけど、これ以上に体裁を整える余裕が無い。
「……あぁ、そうだな。
 こっちにいる人の救援に来たんだが……会えるかな?」
 そういって、上を指す。……って……
「……ゴートさんの言ってた『援軍』ですか?」
「……『ゴート』?」
『別人か? 確か、『レッド』と名乗っているはずじゃなかったか?』
 まさか、違うっ?!

80:Lyrical in the Shadow(9/15) ◆fhLddwC5FM
08/11/09 00:11:09 A7FhG5F5
「いや、俺で当たってるよ」
 そういって階段から降りてきたのは、ゴートさんとヴィヴィオ。……って、
「ゴートさん! 動いちゃ……」
「いや、いい。
 それより、あんたたちが援軍なんだろ、ブルー?」
 駆け寄ろうとする私を手で制して、ゴートさんは、何事も無いように、あの男性に話しかける。
 ……って、「ブルー」って?
「えぇ。……え~っと……『飛騨から助けに来ました』」
 ……飛騨?
 えぇ……と……合言葉……なんだろうか? ……向こうの人も、ちょっと困惑してるけど。でも、ゴートさんは納得してるみたいだし……
 とりあえず、援軍……でいいのかな?
「ゴートさん、これは……?」
 思わず、尋ねてしまう。

『……あ~、つまり、だ。
 その小娘の言った『ゴート』っていうのは、偽名だ、って事だな』
「もちろん、『マスク・ザ・レッド』もそうだがね」
 納得したようなドローンの主に、苦笑しながらゴートさんは言った。
 ……って……
「なんでそんな事をっ!」
「……敵か見方か判らん状況で、本名を名乗るなんて、出来るわけないだろう?」
 今度は、呆れたように言った。
「あぁ、それで『スケープ・ゴート』からですか」
「咄嗟だったからな。とは言え、悪くないだろ?」
 なんだか、私だけ取り残されてるみたい……
「……なのはママ、どういう事?」
 あぁ、取り残されてるのがもう1人。
 そんな私達をちらりと見てから、あの男の人が話し始めた。
「とりあえず、黒ひげさん。車をもってきて、レッドさんを乗せて貰えませんかね。
 あの2人は、俺と一緒に、フェイのに乗せますんで」
『そりゃかまわんが、依頼を受けたのはお前だろ? お前がこっちに乗らなくて良いのか?』
「……あの車にけが人は乗せれませんよ。主に運転手のせいで」
「ほほぅ、それは悪かったね」
 そう言ってきたのは、先ほど車に乗って行った女性だった。威嚇するような、獰猛な笑みを浮かべているけど、目が笑っている。
 だからだろうか、男性はそれに怯まず、言葉を続ける。
「ランドールには、もう一仕事してもらわないといけないですから、こっちに乗せるわけにもいかないんですよ。
 それこそ、気付いたらどうなっている事か」
 ……「フェイ」と呼ばれるこの女性の運転は、そんなに酷いのだろうか……
「それに、2人に聞いておきたい事もあるもんで」
 そういって私を見たその目は……
 再び、探るような光を湛えていた。


81:Lyrical in the Shadow(10/15) ◆fhLddwC5FM
08/11/09 00:14:06 A7FhG5F5
「あぁ、燃やしておいてかまわんそうだ。……うん、頼む。
 さて……と。まずは礼を言っておかんとな。
 あんたがレッドさんを守ってくれたおかげで、こっちの仕事も何とか成功だ。ありがとう」
「あ……はい……」
 フェイさんの車の中、誰かとの通信を終えた男性が優しげに話しかけてくれるけど、私は、居心地の悪さを感じていた。
 何せ、パトカーである。しかも、家に飛び込んだせいで、フロントはぐしゃぐしゃ。横には弾痕まである。
 ……どう見たって「いわくつき」のパトカーに乗ってくつろげる人が、目の前の2人以外にいるのなら、見てみたい。
「でも、もう少し依頼が早ければ、簡単だったんじゃない?」

「それは向こうの都合だからな。こっちじゃ関与できん。
 なんにせよ、あんたにもそれ相応の礼金を払わなきゃならんと思うんだが……コムリンクはアクティブにしないのか?」
 そう訊かれたとき、ドキッ、とした。何せ、未だに「コムリンク」が何なのか、知らないのだ。とりあえず……
「……今は……持ってないんです」
「……まぁ、あんなごたごたがあったからな。なくしててもしかたがない、か」
 ……うん。何とかごまかせたみたい。
「……それじゃぁ、あんたが何者なのか、教えてもらえるかな。
 あぁ、ちなみに俺は、アレン・ブラッカイマー。しがない探偵だ」
 私の方を振り返りながら、彼―アレンさんは、そう言った。
「あたしはフェイニャン(飛娘)。香港警察だよ」
 車を運転しながら、フェイさんが続ける。……って。
「さらっと嘘をつくな、さらっと」
 呆れながら、アレンさんが突っ込む。やっぱりと言うかなんと言うか、警察ではないみたい。
「Boo。でも、探偵なのは間違いないんだけどね」
 ちょっと拗ねたように言った。でも……ごめんなさい、正直言って、可愛くないです。
「んで、あんたは?」
 再びこっちを見て、アレンさんが尋ねた。
 私は戸惑った。ゴートさん、(いや、レッドさんか)みたいに、また偽名を使われているのかもしれないから、警戒した方がいいはず。だけど、ちゃんと名乗ったほうがいい。そんな思いが、どうしても消えない。
 ……うん、ちゃんと名乗ろう。
「私は高町なのは。こちらはヴィヴィオ。私の娘です」
「高町ヴィヴィオです」
 ちょっとおどおどしながら、ヴィヴィオが続いた。
 慣れない状況の連続で、緊張しているんだろう。安心させようと、きゅっと抱き寄せてあげる。
「そうか。
 ……それで、なのは。なんであんなところに居たんだ?」
 アレンさんは、三度私を見つめ、尋ねてきた。とは言え……
「何処から話せばいいのか……」
 簡単に言ってしまえば、ミッドチルダから地球へ向かう際の転送事故のせいだ。
 地球とは別の次元世界ミッドチルダには、私の現在の職場「古代遺物管理部機動六課」がある。だから、普段はそっちで生活してるんだけど、今回は、ヴィヴィオの紹介も兼ねて、里帰りをしよう、という事になった。
 そこで、近くまで行く次元航行船に乗せてもらい、近付いた所で、長距離の次元転送をしてもらったんだけど……着いたら、まったく知らない世界だし、いきなり、あんな戦闘に巻き込まれるし……
「……まっ! なのはママッ!」
 ……と、そこまでいったところで、ヴィヴィオに引っ張られている事に気付いた。
「ん……あ、どうしたの、ヴィヴィオ?」
 すごく慌ててるけど、何かあったんだろうか?
「そんな事まで言っちゃっていいの?!」
 切羽詰った表情で、そんな事を言ってくる。でも……そんな事?
 私は、さっきまで自分が「言っていた」事を思い返して見る。そして……ぞっとした。
 私……なんて事をっ!




82:Lyrical in the Shadow(11/15) ◆fhLddwC5FM
08/11/09 00:17:40 A7FhG5F5
 その話を聞いたとき、ただの妄想だと割り切りたかった。
「……アレン、あの『なのは』ってのが言ってること、本当なの?」
 フェイが、訝しげに訊いてくる。まぁ、言いたい事は分かるが……
「生憎、言ってる事が本当かどうかを『知る』事は、俺には出来ん」
 確かに、《真偽分析/アナライズ・トゥルース》と言う呪文はある。しかし、俺はその呪文式を知らない。
 とは言え、
「知る事は出来んが、あっちの『ヴィヴィオ』って娘の言う事を考えると、本当なんだろうな」
 でなければ、あそこまで慌てる事は無いだろう。何より、あんな子供に、あんな演技が出来るとも思えない。
 まぁ、その高町親子はと言うと、こっちを相当警戒しているのだが。
「あの……今言った事は……」
「魔法で何とかなら無いの?」
 なのはの言葉を遮り、フェイが訊いてくる。……って、あのなぁ……
「魔法を使った結果があれだ」
 使ったのは、《感化/インフルエンス》。簡単に言ってしまえば、催眠術をかける呪文だ。もちろん、普段なら、使った事さえ打ち明けないものだが……
「! いつ使ったんですかっ?!」
 ヴィヴィオを庇うように抱きかかえながら、なのはが睨んでくる。まぁ、そうしたくなる気持ちは解るが……
「いつ……って言われてもなぁ……」
「目と目があった瞬間だよね」
 ……何処のラブソングの歌詞だ、それは? あながち間違っていないのが、余計に腹が立つのだが。
「まぁ、お前さんの言う『ミッドチルダ』じゃどうかは知らんが、こっちの魔法使いは、視認出来れば魔法をかけれる、と言うことだ」
 そこまで言って、アストラルから見た時にあった、あの奇妙な光景を思い出す。
「それに、あんな派手な魔法陣も出ない」
 そう、あの障壁を張っていたときに、なのはの足元にあったあの魔法陣。あんなものを見せる様式を、俺は聞いた事が無かった。
 だが、なのはの言う別の次元世界―こっちで言う上位次元界(メタ・プレーン)なら、有るのかもしれない。
「それじゃ、いつ魔法を使ったのか、分からないじゃないですか!」
 非難するような声が響く。あぁ、もう!

83:Lyrical in the Shadow(12/14) ◆fhLddwC5FM
08/11/09 00:21:11 A7FhG5F5
「あぁ、そうだよ。だから『覗き見野郎』って蔑まれるんだ、魔法使いは」
 つい、不貞腐れてしまう。こっちだって、こんな使い方が気持ちいいわけじゃない。不審な相手だからこそ、わざわざ使ったんだ。
「でもさ、手の内を明かしたって事がどういう事か、考えてみたら?」
 フェイ、いい事言った。
「……それじゃ、信用してもいいんですか?」
 さっきより幾分和らいだ様子で、なのはは尋ねてきた。とは言え、信用できるかと言われると、難しいと思うが……
「そういうのとは縁の無いのが、シャドウランナーだよ」
 フェイ、悪い事言ってる。って言うか、余計警戒されるような事言うなよ!
 俺は思わず、胃のあたりを押さえた。さっきからキリキリと痛んでるんだ。勘弁してくれ。
「あ~、とにかく、だ」
 何とか話題を変えようと、俺は必死に頭を回した。
「なのはの言っている事が本当だとすると、俺たちは、『ありえないこと』を目撃している事になる。下手に企業に知られれば、どうなるか解らん」
「そうなの?」
 事の重大さに気付いてないのか、フェイが気楽に訊いてくる。
「なのは、さっき『転送魔法』って言ったよな。そいつは、メジャーなのか?」
「……あまり使われませんけど、存在自体だけなら……」
 なのはは警戒したままだが、質問にだけは答えてくれた。
「だがな、こっちの魔法じゃ、それが使えない。そして、それが出来れば、莫大な利益を生む可能性がある。
 金儲け至上主義の企業が、目を付けないわけ無いだろう?」
 「時空連続体を改変できない」……それは、魔術の基本法則の1つだ。時間も空間も、「操作できるはずが無い」のだ。
「それに、なのはの言う『次元世界』と、俺たちの言う『上位次元界』が同じと仮定すると、さらにとんでもない事になる。
 次元間を物理的に移動するなんて、『絶対に不可能』なんだからな」
 「アストラル界と物理界の境界は越えられない」……これは、上位次元界に対してもそうだ。だが、この法則を無視できる魔法を、なのはたちはもっている事になる。
「つまり、こっちの世界で出来ないような事が出来る、って事は、下手をすれば『研究材料』としてみられる可能性がある、と言うことだ」
「なっ……!」


次ページ
最新レス表示
レスジャンプ
類似スレ一覧
スレッドの検索
話題のニュース
おまかせリスト
オプション
しおりを挟む
スレッドに書込
スレッドの一覧
暇つぶし2ch