09/04/14 13:13:35 0
>>265からの続き
後藤忠政として永きに亘り 御指導御交誼を戴き
ました方々には心より感謝を申し上げると共に
今後は忠叡に対しまして変わらぬ御交誼を
戴けますよう心よりお願い申し上げます
新しき人生は在家として世の一木として大地に
根を張り ○きしく天を目指したき忠叡の立姿
を御覧戴きたく 日々精進修行に専進す
る覚悟でございます
己が覚悟を顕した品をお傍にお置き下されば
幸いと思い 謹呈致します 御笑納下さいませ
平成二十一年四月八日
忠 叡
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この中に、「在家として新たなる一歩を」「新しき人生は在家
として」とあるのは、「出家として」の間違いではないかと
思うのだが、諸兄のご意見を伺いたい。
それとも、“得度はしても在家”というあり方が天台宗では
認められているのだろうか。