15/06/06 10:45:51.03 SndBZQhF0.net
軍艦島は、長崎市内にある大浦天主堂や出津教会堂などの教会と並ぶ
長崎の重要観光スポットと化した。そのため連日数多くの観光客が押し寄せ、
当地にもたらされる経済効果は、莫大なものとなっている。
しかし、歴史というものは、ねじ曲げることはできない。
長崎半島(野母半島)には、いくつかの集落で語り継がれている奇妙な話がある。
「その昔、端島(軍艦島)で働いとった労働者は、大変な重労働をさせられて
おったとよね。タコ部屋のようなところに押し込まれよって、ロクに食べるもんも
なかような状態で、寝る間もなく働かされておったとよ。作業をさせられていたのは
海底奥深くにある作業現場よ。石炭を掘るためには、何キロも炭車に乗って行か
なければならんとこバイ。言ってみれば、かなり危険な場所よね。そこがいつ落盤
するかわからんし、いつ命を落とすかもわからんようなとこよ...」
「そげんな労働者は、"島抜け"をして来よったとよね。端島から長崎半島までは
4kmくらいの距離よ。そこを泳いで渡ってくるとよね。端島は外海ばってん、周りの
潮流は早かとよ。力尽きたもんは、そのまま潮に流されたり、A集落にある岩場に
打ち上げられたりしてたとよ。その集落じゃ、遺体が流れ着きよると、その場所で
荼毘に伏していたとよね。流木を集めてきたりしてね。戦前の話いうから朝鮮から
来ていた労働者じゃなかとかね。でも、集落の者は口をつぐんどって何も話さなかとよ...」
これらの話をしてくれたのは、70代になる老人だ。戦前の話となると、
この人たちがまだ子どもの頃の出来事となる。それでも、しっかりと覚えている。
A集落から数km離れたところにある南越という集落には、『南越名海難者無縁仏之碑』
と書かれている石碑がある。これは、この集落に流れ着いて亡くなった朝鮮人を慰める
ために建てられたものだ。
一説によると、石碑の下には、朝鮮人の遺骨が埋葬されているという。
ユネスコの世界文化遺産登録発表まで余すところ2カ月ちょっと。日本に世界文化遺産
がまたひとつ増えることは喜ばしいことだが、無縁仏となった人たちのためにも、しっかり
とした供養をしてゆく必要があるのではないだろうか。
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