08/06/01 20:18:56 0
こんにちは!
543:ホワイトアルバムさん
08/06/01 20:50:25 0
>>541
今日は月曜日だ、あほ。
544:ポール・キロックトニー
08/06/02 21:17:52 0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
2008年6月1日(日)18:00~19:00放送内容 DJ:小林克也
□ビートルズカレンダー(6月1日)
・1967年 (41年前)
これはやっぱりすごいことですよね、イギリスで「サージャント~」のアルバムが発売になった日です
ロックの中で一番影響力の強いアルバム、ロックの最高傑作、ビートルズの最高傑作と良く言われたりしますが
いろんな点でこのアルバムはすごいんですよ、これだけのことをね
EMIというドケチのシブチンの会社がお金を使わないもんで、なかなか新しいテープレコーダーとか機械が買ってもらえない
その古い機械を使って、よくこんなことをやった
ポールもジョンも、よくこんな傑作ばかりを書いた
それからジャケットもスゴいんですよ、新旧の亡くなってる人、生きてる人、有名人がずらっと連ねてるわけですが
権利が発生するわけですよ、ジャケットだけでも当時のお金で1000万円以上
レコード会社は10万枚以上売れなかったらビートルズが負担してくれるか?と言って、それでOKになったという話があります
最近聞いた話だと、シカゴっていうグループ知ってますかね?
シカゴのメンバーに会ったんですよ、そしたら彼らはタキシードを着て、ラスベガスのホテルで、ショーバンドをやってたんだけど
「サージャント~」を聞いて、俺たちはこんなことやってる場合じゃないと髪を伸ばして、タキシードを脱いで
自分たちの音楽を作るようになったそうです、すごい影響でしょ?
さあ、そのオープニングの一曲目、これが一曲目から二曲目に続く、すごくカッコいい、すごい考えてるんですよ
サージャント・ペッパーっていうのは「ペッパー軍曹」ピンク・レディーに似てるな、ここからいただいてるのか
ロンリーハーツっていうのは男女交際援助の、そういう孤独の人達の会というのがあるわけです
バンドの名前といい、すごい そして二曲目は一番歌の下手なリンゴが「うまくいかないかもしれないけど助けてくれるかい?」
という、この演出が最高ですよね オープニングからリンゴまで画期的なヤツを聴いてみましょう
545:ポール・キロックトニー
08/06/02 21:18:36 0
~ The Beatles / Sgt. Peppers Lonely Hearts Club Band - With a Little Help from My Friends
改めて聞いてみると、全然「ロック」じゃないんですよね でもロックの最高傑作と言われていると
ロック以外の世界では笑わせたり楽しませたりするために色んなテクニックを使うのは当たり前だったんだけど
ロックは、わざとそういう、突っ張った音楽だからね、そういう演出を使わなかったんだよね
ポールがおとうさんに連れられていった所がミュージックホールです そこは音楽とか女性や男性の踊りだとかを見せてくれて
音楽寄席みたいな所でポールは育つわけですよ だから、ロックのアーチストとして珍しく普通のことをやったんだけど
これがウケたんですよね ロックの人達がやらないことをやったという点でもビートルズは新しい
546:ポール・キロックトニー
08/06/02 21:42:58 0
□ポールの目から見たビートルズ史?
・1968年 ─ ビートルズが正式に設立した自分たちのマネジメント、クリエイティブの会社アップルは狂乱状態にあった
あまりにインチキで滅茶苦茶な連中が集まって、ビートルズを食い物にして、暴れ放題だったのである
しかし、その一方でポールを始めとする制作部門は絶好調だった
1960年代当時、ミニスカートの女王として一世を風靡したツィッギーが、ある夜TVでアイドル発掘番組を見ていて
目にとまった女の子のことをすぐにポールに電話で教えてくれた
ポールは、このまだ17歳の女の子、メアリー・ホプキンが一発で気に入ってしまい、プロデュースを買って出た
ロシア民謡をベースにした「Those Were the Days」は、イギリスでトップに躍り出て、アメリカでも最高位二位を記録
なんと1300万枚ものヒットとなった さらにポールはデビューアルバムを全面的にプロデュースした
「Post Card」とい可愛らしいタイトルが付けられたこのアルバムは、チャートの一位となり
クリエイターとしてのポールの実力を見せつける結果となったのである
そして、忘れてはならないのが、ビートルズとしてアップルレーベルから発表するシングルとなった記念すべき曲「ヘイ・ジュード」
これは、ジョンがシンシアと別れるに際し、子供であるジュリアンを励ますため、ポールが書いたナンバーである
ジュリアンは実の父親であるジョンより、独身で自分を可愛がってくれるポールに、ものすごくなついていたと言われている
当時としては型破りの7分を超える曲となった「ヘイ・ジュード」は、ビートルズ最大のヒットとなった
気がついたら700万枚というビッグセールスを記録していたのである
~ The Beatles / Hey Jude
~ The Beatles / A Day in the Life (Love)
547:ポール・キロックトニー
08/06/02 22:13:19 0
・ビートルズの会社アップルは、クリエイティブ部門のハチャメチャぶりとは対照的に、音楽部門は順風満帆であった
アップルレーベルとしての最初のシングル「ヘイ・ジュード」が700万枚
そして、ポールが手がけた女性シンガーメアリー・ホプキンの「Those Were the Days」がじわじわとセールスをのばし
あれよあれよという間に1300万枚というとんでもないセールスを記録してしまった
音楽業界では常識的なことであるが、レコード会社の制作費などを販売するレコード会社に委ねるのではなく
自分たちのレーベルがその全てを管理する場合、ヒットしたレコードの利益率は二倍三倍どころか何十倍も違ってくる
当然、アップルは金銭的に、「かなり」どころではなく安定していた
この急激なアップルの好景気に関して、経営指導者であるピーター・ブラウンは語っている
「マスコミから周囲から最大の混乱と見られたのは広報担当のデレク・テーラーだったね
この知的かつチャーミングな、でもかなりいかれた人物はだだっ広い部屋に愛人達を侍らして
高級な籐の椅子に腰掛けて御満悦だった やっかいな奴が訪ねてくると私達はデレクの部屋に通して
いけないタバコを渡したり、ウォッカを飲ませたりしていたわけだ
デレクの部屋にかかる経費? それは1ヶ月で600ポンド、それで来客をもてなして仕事をつないでたわけだから
高くはないと思っていた ま、今思うと散財していたのかもしれないね
デレクの一階下にはアメリカのリバティーレコードから引き抜いたロン・カスがいて
しっかりと成功を収めていたし、出版社もあって、そこには元ピーター&ゴードンのピーター・アッシャー
分かりやすくいうと、ポールの婚約者だったジェーンの兄貴だね
彼はジェームス・テイラーなんかのアルバムを担当して、優秀なプロデューサーだった
私は総合経営管理者だったわけだけど、いつも十分すぎるぐらいの売上げがあって、まったく心配なんてなかったね
自分たちのやり方が間違ってるとも思わなかったし、いい時代だったよ あの頃が一番かな」
~ Bad Finger / Come and Get it
~ The Beatles / Only a Northern Song
548:ポール・キロックトニー
08/06/02 22:33:39 0
・一見、インチキなヒッピー連中が集まり、一気に食い物にされそうに見えたビートルズの会社アップルであったが
ここは、さすがビートルズであった やはり、並のロックバンドとはわけが違った
レコードの売り上げが桁外れだったのである
クリエイティブでは、確かに大きな損失を出していたが、本業の音楽部門の方はまったくもって順風満帆そのもの
そして、ポールがプロデュースした女性シンガー、メアリー・ホプキンの「Those Were the Days」そして
ビートルズの「ヘイ・ジュード」も空前の大ヒットとなっていた
しかし、またも問題は起こった どうすることも出来ない、変人がいたのである
アップルの社交的で軟派な部門担当であるデレク・テーラーの部屋でいけないタバコや上等なワインでだまそう
と思っても、まったく効き目なし
ポールのいつものリーダーシップも徐々に意味をなくしていた
その、みんなが手を焼いた人物とは、もちろんジョン・レノンである
ここにきてジョンは、ポールとは本当に180度性質の違う人間であることを露呈していたのだ
ポールがトイレットペーパーの残りまで管理する経営者だとしたら、ジョンはたとえ紙がなくても用を足そうとする人間だった
ジョンはヨーコと一緒にヤバいものに依存するばかりであった
いつものヤクを桁外れに消費していたと思っていたら、今度はもっと刺激の強いものを要求していたのである
しかし、どんなに強い刺激物を試してみたところで、その混乱した頭の中のどこかには
かつて周囲に、辺り構わずいらだちをぶつけていた、若き日のジョン・レノンの魂が以前脈打っていた
それはまるで時限爆弾のようでもあった 大爆発寸前である
そしてついに1968年10月18日、ジョンとヨーコは、リンゴから借りていたロンドンのモンターギュ・スクエアーにあるフラットで
大麻不法所持の現行犯で逮捕されてしまったのである
~ The Beatles / Hey Bulldog
~ The Beatles / Fixing a Hole
(小林)改めて聞いてみると、オラウータンと穴を直してるみたいな...
1967年の今日発売された「サージャント~」には、ぶっ飛んだ歌詞の曲が結構入ってるんだね
549:ポール・キロックトニー
08/06/02 22:47:23 0
□リクエスト
・小さい頃、よく面倒を見てくれた叔父の車でよくビートルズを聴いていて、なつかしくてたまりません
リクエストはビートルズから始まってないかもしれませんが、叔父の車で聞いていた「イエローリバー」という曲なんです
アーチスト名も分かりませんが、思い出を蘇らしてみたいと思いリクエストしました、ダメですか?(千葉市中央区/女性/45歳)
~ Christie / Yellow River
・何十年も前のビートルズの話にも関わらず、この時間になると、今週はどんな珍事をやらかしてくれるのやらと
期待して聞いています(千葉市中央区/男性)
~ Billy Joel / Baby Grand
(小林)ビリー・ジョエルも、この人はクラシックからロックに行って、ビートルズを聴いて
(俺もやろうかな)と思った人なんですよね
ビリー・ジョエルとレイ・チャールズです
レイ・チャールズも同じキーボードをやっててね、作詞をやってる人ですから
レイの影響も受けてるという話もあってね
俺の歌なんてしゃべってるようなもんだよ、本家本物のレイ・チャールズに比べればと言ってたりもして
その二人のデュエットでした
550:ポール・キロックトニー
08/06/02 22:49:24 0
(小林)アップルは、本当にコンセプトとしては立派なんだよね
ま、ビートルズが経営したということでダメだったのかもしれません
今でもちょっと、出版を管理するという意味で、アップルは微々たる感じで残っているんですけどね
551:ポール・キロックトニー
08/06/08 21:00:05 0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
2008年6月8日(日)18:00~19:00放送内容 DJ:小林克也
□ビートルズカレンダー(6月8日)
・1964年 (44年前)
ビートルズは世界的なグループになってから数ヶ月しか経っていません
最初の世界ツアーのまっただ中、デンマーク行って、オランダ行って、香港に到着したのが今日であります
彼らの乗った飛行機がね、ちょっと変な音がするということで、大事を取って、チューリッヒ、ベイルート、カラチ
カルカッタ、バンコック、5カ所も止まって、30時間もかかって香港に着きました
香港ではね、面白いんだよね、ポールと、ローディーのニール・アスピナールはね、香港名物の24時間で注文服を
当時は高級な洋服ってのは注文だったわけですよね、ところが今でも香港では売り物なんですけど
24時間以内に注文服を作ってくれるんですよ、今でもかなりオシャレな人は香港に行って、わざわざ洋服を作って
日本人ですよ、向かうらしいですけど、ポールはその洋服を作ってもらった、そして夜はミス香港のコンテストに参加した
ジョージは、30時間の長旅だったんだけど、ハンブルグで教わった「いいもの」とおかげで30時間が数時間ぐらいに
しか感じなかった、「いいもの」ってのは皆さん、想像してくださいね
そして翌日は、香港のクーロンのプリンセスシアターで、ビートルズのコンサートがありました
そして、オーストラリアへと続きます
実は、この時期でドラムスのリンゴはいなかったんです 扁桃腺でジミー・ニコルという人が参加してました
では、有名な曲ですが、この曲ではリンゴがドラムを叩いていません タンバリンで参加しています
ドラムスはアラン・ホワイトという、当時はスタジオで活躍していたミュージシャンがドラムを叩いています
ビートルズの有名な曲!
~ The Beatles / Love Me Do
552:ポール・キロックトニー
08/06/08 21:03:35 0
44年前の今日、ビートルズは香港にいた そして、アメリカでの1位はこの曲でした
イギリスから遅れること1年半以上かかって、アメリカでNo.1 そして、これはシングルバージョンで
リンゴがドラムスに参加していません マニアの方はアルバムバージョンのLove Me Do、リンゴがドラムを叩いている
ってことはご存知だと思います
553:ポール・キロックトニー
08/06/08 21:18:12 0
□ポールの目から見たビートルズ史?
・1968年 ─ ポールがプロデューサーとして録音した女性シンガー、メアリー・ホプキンの「Those Were the Days~
悲しき天使」そして、真打ちビートルズの「ヘイ・ジュード」が空前の大ヒットとなり、アップルの音楽部門は順風満帆
左うちわ状態の好景気であった しかし、問題はビートルズファミリー一番のトラブルメイカー、ジョン・レノン
ポールのパワフルな活躍ぶりとは裏腹にジョンはまたしてもヤバいものに依存する毎日だった
いつもの薬を桁外れに消費してたかと思いきや、今度はもっと刺激の強い物が欲しいと、取り巻きに要求していたのである
しかし、どんなに強い刺激物を試したところで、その混乱した頭の中のどこかには、かつて周囲に辺り構わずいらだちを
ぶつけていた若き日のジョン・レノンの魂が以前脈打っていた それはまるで時限爆弾 まさに大爆発寸前だった
インドでの修行旅行から帰ったジョンはとにかく解放されたいという欲望が強く、酒とドラッグに依存するしかなかった
原因はインドにあった 本来、自分を救ってくれるはずであった、尊師マハリシ・マヘシュ・ヨギが明らかにニセモノの
インチキ野郎で、単なる金儲け好きのスケベじじいであることが分かった今、頼る物が全くなくなってしまったのである
調子が悪くなったときはいつもそうなのであるが、とにかくジョンは一人になりたかった
インドから戻って二週間もしないうちに、ジョンは妻のシンシアに対し、再びイギリスを離れて、どこか外国にでも
出かけて欲しいと頼んだ これに納得したシンシアはアップルの研究員であるマジック・アレックス、ジョージの妻パティと
その妹のジェニー・ボイドと一緒にギリシャに向かった
一方ジョンは、リバプール時代からの幼なじみ、悪友ピート・ショットンを呼び
ケンウッドの自宅で自由気ままの独身生活を始めたのである
554:ポール・キロックトニー
08/06/08 21:25:51 0
~ The Beatles / Slow Down
~ John Lennon / Sweet Little Sixteen
(小林)そうです! これは「サーフィンUSA」なんだよね ジョンの「Sweet Little Sixteen」
チェック・ベリーのカバーですけど、「ロックンロール」に入ってるヤツ、フィル・スペクターがプロデュースしたヤツ
しかし、この「Sweet Little Sixteen」は、ビーチ・ボーイズは歌詞を変えて「サーフィンUSA」となった曲ですね
そしてその前は「スローダウン」この曲がかかるのはもう、数年間かかってませんでしたね
二回目ぐらいですかね、珍しい曲がかかりました
555:ポール・キロックトニー
08/06/08 21:38:29 0
・離婚寸前の妻シンシアをギリシャ旅行に行かせ、自分は悪友ピート・ショットンと自由気侭な日々を過ごすジョン・レノン
もちろん、連日連夜いけない物を接種し放題である ジョンが自分を女たらしとかセックスアニマルだと言ってはばからないポール
でさえ、男友達を呼び寄せて一緒に過ごす行動は一見矛盾に見えていた しかし本当のところジョンにとって女性とは
単なるセックスの相手、もしくは母親代わり以上でも以下でもなかった ジョンは生まれながらの空想家であったが
女性に関してはそれほど幻想を抱いてはいなかった つまり、ジョン・レノンとは、どこまでも自己中心的な人間だったのである
ジョンは思春期の頃から、かの有名なセックスの女神ブリジッド・バルドーの虜になっていた ベッドの中で週刊誌の中から
切り抜いて天井にはりつけたブリジッド・バルドーのビキニ姿のグラビアを眺めては毎日自分を慰めていた
健康な肉体を持った10代の男の子のすることである ごく自然なこと 1964年にビートルズとしてパリを訪れた時も
インタビューに答えて「フランスに来て一番会いたいのは?」と聞かれジョンは「そりゃー、この国のセックスの女王
ブリジッド・バルドーに決まってるだろ 他に会いたい人などいないね」と即答しているぐらいである
あれから4年経ち、ついにチャンスは訪れた アップルの広報担当のスタッフで軟派な不良として有名だった
デレク・テーラーがジョンに電話をしてきてこう言った「ジョン、家でぶっ飛んでる場合じゃないぞ
今、君の好きなあのブリジッド・バルドーがロンドンにきていて『ビートルズとぜひ会いたい』と言ってるんだ
早く身支度して、出られるようにしといてくれ いますぐ迎えの車を行かせるから いいね、すぐだよ!」
酒とドラッグのせいで意識がもうろうとしていたジョンでさえも、事が重大だということが分かった
バルドーと、あの死ぬほど憧れたブリジッド・バルドーと会える!
ビートルズをやっていてよかった
今の自分の地位と環境に、ジョン・レノンは心から感謝した
556:ポール・キロックトニー
08/06/08 21:48:44 0
~ The Beatles / Revoltion
~ The Beatles / Something
(小林)ちょっとおなじみの二曲が続きました
ジョンは、ブリジッド・バルドーと会えるということで、その頃の事情を知らない方、結構多いと思いますが
バルドーの人気ってスゴかったんですよ もちろんこの頃はマリリン・モンローとか、ハリウッド女優も人気あったけど
ハリウッド女優ってのは絵葉書に描いたような感じでね、それに比べるとフランス映画、イタリア映画
とても力があって、フランスのブリジッド・バルドー、あのモンローなんかの豊満な、代表的なグラマーというのとは
なんか違うんですよね で、イタリアでいうと、ソフィア・ローレンかな? もうね、存在がリアルだったんですよ
だから、憧れってのはスゴかったんです そのブリジッド・バルドーがそこにいるわけです
ジョン・レノンは、慌てます
557:ポール・キロックトニー
08/06/08 22:00:12 0
緊急呼び出し食らったので、この続きはまたあしたです
(ブリジッド・バルドーがきたわけではありません)
558:ホワイトアルバムさん
08/06/08 23:11:19 0
>>557
(笑) 毎度お疲れ様です。
ところでリクエストの時間短くなった?
559:ポール・キロックトニー
08/06/09 12:20:24 0
>>558 どうもです。徹夜明けです。それでは続きです。
・ついに、憧れの女性ブリジッド・バルドーに会える
ジョンは、思わず叫んだ「ブラボー!」 だが、次の瞬間、しらふに戻って考えた
(ビートルズの他の三人はどこにいるんだ?)
この時、ポール、リンゴ、ジョージの三人はたまたまロンドンにいないことがわかった
小心者のジョンは、慌てふためいた ビビってしまった
(え? 俺一人かよ ちょっと待てよ、一人ってことはだ あの大人気女優ブリジッド・バルドーとサシで会えということかよ
ダメだよー、それはダメ 俺にそんなのできっこない!)
アップルの軟派専門の広報部長デレク・テーラーが着いてくると言ってくれたが、それでもジョンは納得しなかった
とてもじゃないが、自分がビートルズを代表してバルドーと会うなんて、まったく自信がなかった
そこでジョンは思いついた
「そうか、デレク じゃあ、こうしよう 例の気付け薬、いつもの2倍の量にしてみようか」
どこまでいっても、ドラッグ頼みのジョンであった
こうして、やっとの思いでバルドーとの面会場所メイフェア・ホテルに着いた時、ジョンもデレクも完全に酩酊状態
すっかり出来上がっていた この会見の前に準備周到なデレクはバルドーの付き人に電話をかけ友人であり自分のボスでもある
ジョンのために、この会見がスムーズに進むように取りはからっていた
「ジョン・レノンは、インドへの長い巡礼の旅から帰ったばかりである
インドでは、マハリシ・マヘシュ・ヨギの膝元で座禅を組んでいた」などと話し、この偉大なロックスターを迎える時には
ラビ・シャンカールのシタール音楽を流し、床にいくつものクッションを置き
大量の花に囲まれた部屋を用意するのがふさわしいと助言していた
こちらからの要求が多ければ多いほど、ジョンの格を上げると、デレク・テーラーは考えていた
そしてついに、死ぬほど憧れた大人気女優、セックスの女神、あのブリジッド・バルドーとの夢の対面
まさに、その時がやってきたのである
560:ポール・キロックトニー
08/06/09 12:32:41 0
~ The Beatles / I Want You (She's So Heavy)
~ The Beatles / Honey Pie
(小林)これは、1950年代/60年代のハリウッド映画の、そうだよね、映画の映写機の音が聞こえるような懐かしい感じがします
ポールの作品です
そして、「アビー・ロード」の目立った作品です ちょっと長かったけどね「I Want You」
She's So Heavy=彼女は重いってのは、若い方のために(説明すると)ヘビーってのは、この頃のスラングですよ
流行語、今は例えばアメリカ人が「オーサム!」とか言うじゃないですか、あんな風に、別にヘビーというのは
その時代の流行語だから、「重い」んだけど「スゴい!」ってことなんだよね
561:ポール・キロックトニー
08/06/09 12:56:01 0
□リクエスト
・私の彼が克也さんの担当されている番組が大好きで、この番組も毎週彼と一緒に楽しく聞かせていただいています
リクエストは、ビートルズから遠いかもしれませんが、私が高校生のときから15年来のファンのマドンナの曲です
最新アルバムでもヒップホップ系が多く、そういったイメージが一般的には強いかもと思ってるんですが
お願いしたい曲は「Dear Jessy」という曲で、全然最近の曲ではありませんが、最新アルバムとはまた違ったイメージで聞ける
私の好きな曲なので、ぜひともお願いします(武蔵野市/女性)
~ Madonna / Dear Jessie
(小林)(リクエスト者は)おそらくマドンナのもちろんファンで、どちらかというとマドンナの声をずーっと聞くタイプの
人じゃないかなと思いますね マドンナは、スタイルは変わっているように思いますけど、実はマドンナは
最初から最後までずっとダンス系の音楽なんだよね だから、そんなに音楽とかがガラッと変わってはいなくて
時代時代の先取りをした感じってのがありますね それから時代を経ると、ますます歌詞とかそういったものが
マドンナらしくなって、ますますとんがってきてるところがありますよね だからマドンナは二十何年間
ずっとトップを突っ走ってるんだけど、古くなることなく、10代のファンがずーっといるんですよね
それと面白いのは、ゲイのファンがずっといるっていう、面白いアーチストですね こんなに長続きするアーチスト
って、ほとんどいないですよね 長続きどころか、最新のアルバムの方が売れてるという、この間のアルバムなんか
1000万枚を突破したりしてますが、今回のニューアルバムはどうでしょう
562:ポール・キロックトニー
08/06/09 13:02:55 0
・いつも車に乗りながら、いいBGMにさせていただいています 運転中はさすがにリクエストできませんが
助手席なので初リクエストです よろしくお願いします(住所氏名不詳)
~ Maroon 5 / This Love
(小林)実は残念なことに名前とか住所がなくて、石井の今晩のハンバーグなどをセットにしたものをパッケージにして
送ろうと思うのですが、送れません 残念ですね リクエストする方は、住所とか、匿名とかそういうのは
大いに結構ですけどね ぜひ送ってください
(小林)リクエストはね、今日は2曲しかかからなかったけど、4曲ぐらいかかることもあるし
古い新しい、関係ないです 新旧、洋の東西、問いません
ビートルズと何らか関係があるし、ビートルズに影響を及ぼした音楽もあるし、ビートルズから影響を受けた音楽もある
というわけであります そして、ストーリーの方は面白いことになってるでしょ
ジョン・レノンだけ一人ロンドンにいて、ブリジッド・バルドーが、ホントにこの頃のブリジッド・バルドーはスゴかったんだから
それが、ビートルズに会いたい! で、ジョン・レノン一人で行くんだけどね 記録として、ビートルズがバルドーに会った
っていうことは大した事件として伝わってませんよね ってことは、何にもなかったのかな? 何があったのかな?って
感じがしますけども また来週をお楽しみに