08/07/13 09:57:53
>>853
もちろん全てとは言いませんが、オウムとよく似てますよ。
ただオウム信者の場合は「自分の為」って感じが強いが、
当時は「選ばれたエリートであった連合赤軍」の場合は、「社会・世間の為」って気持ちがあったわけです。
世間知らずのいい大学を出た未熟な「学級委員(優等生)」たちが
できもしない幻想に取り付かれて、権力手のひらで「いいように踊らされた」挙句
共に「管理社会の招き猫」となった点でも、よく似ています。
逆にどこが違うか、若松監督に聞きたいです。
当時は全共闘運動は終焉状態で、権力はそこをよく見ていました。
あれは「あぶく」みたいなものと見て、どのように利用しようか考えていたと思います。
まずは「放置プレー」でしょうね。さんざん、山で「銃撃訓練」をさせといて
山を出る前か、東京の入り口あたりで検挙!
「銃や爆弾」をずらりと並べて「ほら。過激派ってとんでもない奴ですよ」と世間にアピール。
こんなところでしょうね。