08/05/11 14:46:02
>>加藤長男や寺岡への見方が、どのように変わったんでしょうか?(それにはどんな事が書かれていたんでしょうか?)
他にもあるけど まずは
●望月上史さん(赤軍派幹部)
塩見さんらと関東派に捕まった。そして屋上からホースを使って脱出時に、うまくできず転落死した人。
不器用な人(失礼)ってイメージだったが、実は手を骨折されていたんですね。
●加藤倫教さん
「合法派の意見書(永田らを批判したもの)」をそのまんま読んで粛清された。
空気を読めない人ってイメージだったが、全く違ってその意見書を「強い自分の意思」として
永田らに突きつけたんですね。それで怒りを買ってリンチされて殺されてしまった。
中京安保共闘のリーダーとして、組織が最初の志と違う方向に行く事に強い危機感を持ったんでしょうね。
●寺岡氏
遠山さんに対して「汚い女呼ばわりしたり」「股を広げろ!」と言ったりスターリン的で
暴力的で被害者の中で唯一、同情できない人でした。
実は向山・早岐さんの殺害に反対していたんですね。
そして永田を外した組織図を提案したのだが、永田に逆にやり込められてしまった。
その反動として忠誠を見せる為に、より暴力的になった面がある。
何より両人の殺害は森の指示と言うより革命左派の組織がヘゲモニーを取るための
永田の誇示だったともありました。
こんな事が書いてありました。
永田や坂口氏や植垣さんの自己弁護の本だけを読んでいると見えない点も
少し見えた気がします。
吉野氏や青砥さんや岩田さんなどの一般兵士こそ語るべきです。
永田寄りのお調子者の植垣さんだけの発言で、この事件を語る事は危険です。