04/04/21 08:33 SGKrBSso
ハムたよ~父さんどうしてるかなぁ・・。
あれには目から鼻水、鼻から涙だったぞ~
だれかオリジナルコピペしてくれないかなぁ。
556:大人の名無しさん
04/04/21 18:18 5iZvsDHv
>>555
無断拝借ゆるして・・・暇だったので。
娘が6歳で死んだ。
ある日突然、風呂に入れている最中意識を失った。
直接の死因は心臓発作なのだが、持病のない子だったので
病院も不審に思ったらしく、俺は警察の事情聴取まで受けた。
別れた女房が「彼氏」同伴でやって来たが、
もはや俺にはその無神経に腹を立てる気力もなく
機械的に葬式をすませた。
初七日も済んで、俺は独りで映画を観にいき、娘が観たがっていた
ゴジラととっとこハム太郎の二本立てを観ることにした。
とっとこぉはしるよハム太郎♪の歌を聴いた瞬間、やっぱり俺は泣いた。
6歳にもなって活舌の悪い娘が、この歌を一生懸命覚えて、
とっとこぉ、はしゆよ、はむたよお♪と歌っていたっけ。
ハム太郎の紙コロジーだってクリスマスに買ってやるつもりだった。
女親のいない家庭だったが、少しでも女の子らしくと、
服を買うときだって、面倒がらずに吟味を重ねた。
学校だって、行きたいところに行かせてやるつもりだったし
成人式には、ちゃんと着物を着せてやるつもりだった。
女房と離婚してから俺は100%子供のために生きることにして、
必死にやってきたのに、この世に神様なんて絶対いないんだと知った。
557:大人の名無しさん
04/04/21 18:44 fF6fKfFA
私が読んだのは誰かの手が入ってたのかな。
これからの人生100%を子供の為に生きる
そう決意させるに値する娘だった
とか読んだ事が有る。
558:555
04/04/22 00:51 8AaHsr2J
>>556
ぐわーん。ゆるしても何も・・またしても鼻水。
ありがと~
559:大人の名無しさん
04/04/22 09:36 2WCYl9Jw
一人になった俺は、今でもハム太郎を欠かさず観ている。
30半ばの男が、ビール飲みながらアニメを観てる光景は異様とは思うが、
なんとなく習慣で、金曜の6時半は必ずTVをつけてハム太郎にしている。
もちろん毎週泣いたりはしていない。
今朝、仕事に行くとき車の中でラジオをつけると、子供電話相談室をやっていた。
ゲストはハム太郎とたいしょうくんの声優が来ていた。
「どうしてハム太郎は、何かするとき(たーっ!)って言うんですか?」
「どうしてたいしょうくんのおへそはバッテンなんですか?」
二人の声優は「○○くん!あのね・・・」と一人一人の名前に語りかけ、
きちんとそのキャラクターを演じて答えた。
俺はまた泣いてしまった。一人でTVを習慣で観ていても平気だったのに。
聞いてくれ、ハム太郎、そしてたいしょうくん。
俺にも娘がいたんだ、男としての自分を捨てて父親としてのみ
生きる決心をさせるにふさわしい最愛の娘だった。
何枚もハム太郎の絵を描いた。何度も懸賞に応募した。
ぬいぐるみショーは地方都市優先だったから東京にはなかなか来なかった。
ハムちゃんずは、全国の子供達のスターだからそれはしょうがない。
だけど、うちの娘もずっと疑問に思っていたことがあったんだ。
それは「どうしてまいどくんはいつも目をつぶっているのか?」という疑問だ。
どうかどうか、俺の娘の名前も呼んで語りかけて答えて欲しい。
そんなバカで無茶なことを考え、嗚咽しながら俺は車を運転した。
ダメだ、ずっと冷静に暮らしているのに、ときおりこんな些細なことで
突然こんな風になってしまう。
560:コピペ
04/04/22 10:36 jKZFDNxy
181 名前:大人の名無しさん 投稿日:02/01/26 11:24 ID:10gbbFzG
163です
俺はよく娘を競馬場へ連れて行った。
こう書くと、どうしようもないろくでなしのオヤジみたいだが、
動物好きで特に馬が好きだった娘に、目の前で本物の馬が走るところを
見せたかったのが、偽りない本当の動機だった。
パドックで周回する馬を見守る黒山の人だかりに娘は、
競馬という未知の世界に、大スターの「おうまさん」の存在を知り、
本馬場入場で、その大スターの登場にわきあがる喝采に加わり、
G1ファンファーレの生演奏が、レースのスタートを告げると、
周囲の大歓声に引きずり込まれるように興奮を高めていった。
そして一着でゴールインして、目の前で猛り狂うようにいな鳴くその馬に
娘は、大喜びで惜しみない拍手をしていた。
帰り道、色白の娘の頬は上気し、小さな手はピンクに腫れ上り
いつもは食が細いのに、その日は好物の天ぷらそばをペロリとたいらげた。
動物園に連れて行っても、娘はここまで喜ばなかった。
すっかり大ファンになったその「おうまさん」が再び東京のレースに
やってくるのが当分先だったのと「子供を競馬場に連れていくなんて!」
と俺が母に怒られてしまい、結局娘を競馬場に連れて行ったのはそれっきりになった。
だけど、失うとわかっていたら、誰がなんと言おうとも競馬場へ連れて行って、
俺はもう一度、あの興奮して上気した娘の顔を観たかった。
561:大人の名無しさん
04/04/22 12:39 8atibCQS
>>556 >>559-560
うわああぁぁぁ。・゚・(ノД`)・゚・。ぁぁぁああん
562:コピペ(既出?)
04/04/22 12:52 jKZFDNxy
幼い頃に父が亡くなり、母は再婚もせずに俺を育ててくれた。
学もなく、技術もなかった母は、個人商店の手伝いみたいな仕事で生計を立てていた。
それでも当時住んでいた土地は、まだ人情が残っていたので、
何とか母子二人で質素に暮らしていけた。
娯楽をする余裕なんてなく、日曜日は母の手作りの弁当を持って、
近所の河原とかに遊びに行っていた。
給料をもらった次の日曜日には、クリームパンとコーラを買ってくれた。
ある日、母が勤め先からプロ野球のチケットを2枚もらってきた。
俺は生まれて初めてのプロ野球観戦に興奮し、
母はいつもより少しだけ豪華な弁当を作ってくれた。
野球場に着き、チケットを見せて入ろうとすると、係員に止められた。
母がもらったのは招待券ではなく優待券だった。
チケット売り場で一人1000円ずつ払ってチケットを買わなければいけないと言われ、
帰りの電車賃くらいしか持っていなかった俺たちは、外のベンチで弁当を食べて帰った。
電車の中で無言の母に「楽しかったよ」と言ったら、母は「母ちゃん、バカでごめんね」
と言って涙を少しこぼした。
俺は母につらい思いをさせた貧乏と無学がとことん嫌になって、一生懸命に勉強した。
新聞奨学生として大学まで進み、いっぱしの社会人になった。
結婚もして、母に孫を見せてやることもできた。
そんな母が去年の暮れに亡くなった。
死ぬ前に一度だけ目を覚まし、思い出したように「野球、ごめんね」と言った。
俺は「楽しかったよ」と言おうとしたが、最後まで声にならなかった。
563:大人の名無しさん
04/04/22 18:59 qGdW452B
このスレにコピペは無粋
564:大人の名無しさん
04/04/22 22:20 52QetA9R
>>563
そのコピペも「泣ける本」掲載の物ばっかり。
565:大人の名無しさん
04/04/23 00:54 DZBUtBxO
ま、冷めた一行レスつけるような奴よりはマシってこったろ。
オレモナー ('A`)……
566:大人の名無しさん
04/04/24 11:54 AjKsfSnb
>>562
お母さんはきっと優しくて優秀なあなたを誇りに思っていたでしょうねぇ。
俺も線香でも上げに行くか・・・
イヤ判っているコピペだと言う事は・・・
567:大人の名無しさん
04/04/25 20:14 Ym9UzijU
「ハムタヨウ・・」
何度読んでも、辛いもんがあるなー!
元気でいるのでしょうか、 お父さん?
娘さんの為にも、今幸せですか~?
568:大人の名無しさん
04/04/26 02:33 5XSvqz4R
GWに実家に帰るんで、実家の曾祖母と母のことを・・・
私の曾祖母は私が高1の時に亡くなりました。
その後で母と曾祖母のことについての話をしたときのことです。
母はウチに嫁として来たのですが、父が当時、まだ21才で(母は3才年上)両方の親からとても反対されたんだそうです。
結婚してからの母は、祖母と曾祖母の両方からかなりイビられたそうで(最近は祖母とは良い関係です)
また、父も情緒不安定なときが20年近く続いて癇癪持ちだったため、私や母に手を上げることもありました
幼心にも
「なんでおかあさんはいつもこんなにがまんしているんだろう」
と、不思議でなりませんでした。
2月の寒い日に曾祖母は帰らぬ人になりました。最後まで病院に行くのを嫌がり、93才の人生を全うしました。
明治生まれで働き者だった曾祖母は、実は後妻で曽祖父と結婚したときは2人の子持ちだったそうです。
当時はもちろん、ウチの地域では後妻の方には優しくしてはくれず、かなり苦労したそうです。
全部で11人の子供を生んだ曾祖母は、亡くなる半年前まで自分のことは全て自分でやっていました。
寝たきりになってしまってからしばらくして、心配した知人が尋ねて来た時のこと、
お茶を出しに来た母をその人に紹介したそうです。
「この子は私の孫です」
「その時母さんはね、「ああ、この家にお嫁に来て良かった」って思ったのよ。
今まで何度も泣いて、実家に帰ろうと思ったけど・・・もうそんなことどうでも良くなっちゃったの。
立った一言のその言葉がただ嬉しくて、この人の家族になれて本当に良かったって思ったの。」
私はこの話を聞いて涙が止まりませんでした。20代で三世代同居で自営業の嫁・・・昔なら当たり前といわれるかもしれないけど、
どんなに辛くても愚痴ひとつ言わず、いつも笑顔を絶やさなかった母には今でも頭が上がりません。
私は貴方の子供に生まれてこれたことを感謝しています。
実家に帰ったら(下戸の親父には内緒で)晩酌しようね。お母さん。
569:大人の名無しさん
04/04/26 02:35 5XSvqz4R
ゴメソ
上の長すぎました。
570:大人の名無しさん
04/04/26 10:01 DquSqXYg
>>568
ステキな母上をお持ちですね。
是非、元気な姿を見せてあげてください。
571:大人の名無しさん
04/04/27 00:32 58pT4d+9
>>570
ありが㌧
改めて見ると、文章力なさ杉ですな・・・_| ̄|○
572:大人の名無しさん
04/04/27 01:02 2szq6Y3p
>568
藻前いいやつだな
親を尊敬できるなら
藻前も同じ事を言われる&言えるようになれよ
573:大人の名無しさん
04/04/27 19:17 WGkw3tgp
>>568
渡辺に聞かせてやりたい話だな・・・
574:大人の名無しさん
04/04/28 12:00 5Awid/ug
うちの母方の実家は婆ちゃんの悪気の無い言動によりプチ断絶状態
母はおろか誰も実家の方には顔出さないという状態が続いて数年。
俺も色々あって去年行ったきり。
そしたら昨日母が一言。
「お前に借りてた泣ける2ちゃんねる読んで、気になったからお婆ちゃんに電話してみたよ。そしたら手紙が届いたからちょっと読むね。」
『○○くん(俺)は元気ですか?誕生日もうすぐですね。○○くんに少ないですが5000円入れておきます。おじいちゃんが大好きだった○○くんへ』
俺達の知らないうちに入院したりしてたらしい。
母ちゃん、泣きながら「今日、行ってみたいと思う。あんたもいらないとおもうけど、この5000円は使いなさい。」
GWは仕事で忙しいから終わったら顔でも出してみるからな。婆ちゃんよ。
寿司でも食いに行こうな・・
575:568
04/04/28 21:13 D5aj3g5V
>>572
遅くなりましたが、レス感謝。
母のような尊敬出来るような背中を見せられる親になりたいと思います。
>>574
574のおばあさん、彼はきっとおじいさんと同じくらい貴方を大好きですよ。
576:大人の名無しさん
04/04/29 19:52 YR91ixhS
今日 2ちゃんねるの本を書店で見てここのスレ見つけました。あげ~
577:大人の名無しさん
04/04/29 20:29 thtbBGbp
いらっしゃいませー、できればsageてほしかったけど。
578:大人の名無しさん
04/05/02 15:13 7zVi0PTI
>>574
なんか、ほのぼのとしたぞ !
2chも役にたつ事、あるんだナ。
ウレシイヨ
579:大人の名無しさん
04/05/04 20:36 g4OLWA+f
娘が3歳頃の話。
目が痒いと言っていたので、目薬を点してやることにした。
俺の股の間に頭を置いた格好で仰向けに寝させて、
固く閉じた目に目薬を1・2滴、ポトポトと落とした。
まだ目を閉じたままだったので
「ハイ。パチパチして~」
と言うと、彼女はおもむろにその小さな手で
パチパチパチと拍手した・・・・
涙が出る程ワロタ。
スレ違いスマソ!
580:大人の名無しさん
04/05/04 22:48 KMI1hITe
> 579
そういうほのぼのした泪も良いね。
581:大人の名無しさん
04/05/04 23:49 VuuUpDLQ
1日にいとこの兄ちゃんの結婚式がありました。
そのいとこには弟がいて弟は4年ぐらい前に結婚してました。
それぞれの奥さん同士もとても仲良く、披露宴の前からよく話してました。
親戚一同の写真撮影が終わり俺がロビーで一服していると
披露宴会場へギターケースを運ぶいとこ(弟)の姿が。
何かするのかと聞いてみると新婦がドリカム好きらしく
いとこの奥さんが歌っていとこはアコギを弾くらしい。
あんまり飲み過ぎないようにとか話しながら披露宴が始まりました。
披露宴も大詰めを迎えた頃、新婦から両親への手紙・・・の前に
弟さんご夫妻から素敵なプレゼントがありますとの紹介。
無難に未来予想図とかLOVE×3あたり歌うのかなーと思ってた俺は
写真を撮っておいてあげようとステージの傍へ。
「知らない人が多いかもしれませんが吉田美和さんの『告白』という歌を送ります」
・・・気付いたら写真を撮るのも忘れボロボロ泣いてました。
簡単に言えば人生最後のキスはあなたとしたいって内容の曲なんだけど
とにかく泣けた。感動してあんなに泣いたのは久々かな。
俺もそんな相手を探します。
長文&スレ違いスマソ
582:大人の名無しさん
04/05/05 13:33 wnNppGKp
スレ汚しかもしれんが・・・562のコピペって「人間交差点」って漫画のパクリ?
確か東京オリンピックの開会式が題材だったと思ったが・・・。セリフもそのまんまだし。
それともみなさんそんなことは百も承知であえてさらっと流してる?
583:大人の名無しさん
04/05/05 13:48 OGJagMey
>>582
もう一度、>562の名前をしっかり読んで、その後のスレの流れも追いなさい。
でなきゃ1ヶ月はROMれ。
584:582
04/05/05 18:51 wnNppGKp
>>583さん
うん。コピペで既出で「泣ける2ちゃんねる」からの転載なのは勿論理解しているんですが
こういうあからさまな「盗作」は気分悪いなあ・・・と思っただけです。
スマソ。ROMに徹します。
585:大人の名無しさん
04/05/05 23:34 t7m/xLAg
今日「泣ける2ちゃんねる」買った。なんか目についてさ。
読んでたら10年前に亡くなった姉貴のことを思い出した。
高校受験に合格したら、こっそりと欲しかったファミコン買ってくれた姉貴。
バスケ部に入ったら、シューズ入れだって巾着袋作ってくれた姉貴。
大人になってから、上京して会えなくなった矢先に、
お袋から交通事故で姉貴が危篤状態って連絡入って、一週間後に亡くなった。
オヤジが泣いたの見たのは、後にも先にもこれ一回だけだったなー。
そういえば5月17日が姉貴の命日だったよ。
586:大人の名無しさん
04/05/06 11:59 lQ/KbDxC
>>585
子供に先立たれるのは辛いです。想像するだけで涙が出てきます。
私には娘も息子もいますが、どちらにも先に逝って欲しくない。
何かあったら母さんが絶対先に逝くので、あんたたちは後からゆっくり来なさい。
いつもそう思っています。
優しいお姉さまのお心と、手塩にかけて育てた娘を喪った無念極まりないお父さまの
お気持ちを思うと新たな涙が出てきます。お姉さまの分まで、しっかり生きて下さい。
587:大人の名無しさん
04/05/06 14:16 z44Wckam
1年前の今日、実の父が亡くなりました。
実父は母と2度目の結婚でした。
実父と前の奥さんとの間に男の子がいて、2人が離婚するまではその兄と私と実父と母の4人で暮らしていました。
私が2歳の頃、その2人が離婚しました。実父と兄が名古屋に残り、母と私は東京で暮らし始めました。
わたしが小学4年までは年に1回、夏休みに名古屋に行っていましたが、
母と義理の父との再婚を機に、会う事を禁止されました。
義理の父は大学まで卒業させてもらったりと私によくしてくれて、人一倍愛情を注いでくれました。
仕事を経営して家族の為に頑張って働いている義父を尊敬し、実父以上に『父』を感じていました。
でもやっぱり心の奥には実父がいて、心の支えになっていました。
私は『義父に行かせてもらってる大学を卒業して自立したら名古屋に会いに行こう』と決めていました。
588:大人の名無しさん
04/05/06 14:36 z44Wckam
無事大学を卒業し、母に許可を得て(義父には言えませんでした・・・)13年ぶりに会いに行きました。
実父は私がいつか来てくれる事を信じて再婚せず、13年前によく一緒に行った新舞子という海の近くに家を建てて兄と2人で暮らしていました。
13年ぶりの実父は以前より小さく見え、なんだか多少弱々しく感じました。
でも再開を喜び、毎晩私を連れまわしては『会いに来てくれたんだ』と知人に話しまわっていました。
わたしはずっと一人っ子として育ったせいか、どちらかというと兄とお話がしたくて、夜はずっと兄の部屋でお話をしていました。
兄はあまり実父の事を良くは言わず、聞くところによると実父は毎晩飲み歩いてアル中みたいだったんだそうです。
『また来るよ!』と言い残し、2泊3日の短い再会を終えました。
それからは私も東京で仕事が始まり、ほとんど連絡が取れずにいました。
人付き合いが得意ではなく、滅多に電話などしない実父から電話が来たときも『忙しいから』と言って切ってしまった事もあります。
でも1年2ヶ月後の5月末、他の用事もあって名古屋に行くことになりました。
兄には伝えておいたのですが、父には伝わっていなかったようです。
そんな中、ちょうど1年前の5月6日、兄から一本の電話が携帯に入りました。
『お父さんが死んだよ』
時間は夜の12時過ぎ。わたしは居酒屋でみんなとお酒を飲みながら盛り上がっていました。
後ろの騒ぎ声と電話口の兄の言葉が対象的で、事態を把握出来ないでいました。
589:大人の名無しさん
04/05/06 14:56 z44Wckam
葬儀や四十九日をすませ、めぐってきたのは遺産相続。
いまは和解して仲良くなりましたが、その時はお互いの主張も噛み合わず兄とどろどろの関係に。
そこで出た一言。
『お前はなんでお父さんが死んだか知ってんか!?』
『えっ、ガンじゃなかったの?』
『お父さんはな、自殺したんたぞ!』
突発的だったのでしょう。遺書はありませんでした。
実父には多額の借金があったそうです。
アルコールのせいで体も言うことをきかず、持病もあったそうです。
仕事にも行けず、朝から家で1人きり、お酒を飲みあかしていた毎日。
葬儀等で私が名古屋に帰った時に何の気無しに入っていたトイレで、首を吊って死んでいたそうです。
支えてくれる家族がいたら、実父は今も生きていたかもしれません。
私には父親が2人もいて、人一倍幸せな子だと思っていました。
その父は、もういません。
何で電話が来た時、SOSに気づいてあげられなかったんだろう、
これから親孝行してあげられると思っていたのに、何もしてあげられなかった。
今でも後悔し続けています。
そして今、義父が親会社の保証人として借金を背負ってしまいました。
同じ過ちを繰り返したくありません。
前のようにお金はなくとも、母と私の愛情で、義父を支えて勇気付けていってあげたいと思います。
実父に出来なかった分の、親孝行も。
書いてて板の間違いに気づきました。30代じゃなくってごめんなさい。
1年経って、何か言葉にしたかったのです。
板汚し、スミマセンでした。
590:大人の名無しさん
04/05/06 22:00 w1GrN+xk
>>587-589
・゚・(ノД`)・゚・。
591:大人の名無しさん
04/05/06 23:35 1Ws6qnSL
4月20日
母が亡くなった。
54歳だった。
いまだに実感が沸いてこない・・・
独りでいると、強烈な寂しさに襲われる事もあるが
TVなどでよく聞く「心の中で生きている」という くさい台詞を
はじめて理解できるようになった。
「大丈夫!必ず治るから」と嘘を付き続けた日々・・・・・
とても辛かった。
亡くなる直前にまで本当の事を言えずにゴメンネ
二度と会えないけれど
確かにあなたは僕の心の中に生きています。
あとの事は心配しなくていいからね。
親父もがんばってるよ!
592:大人の名無しさん
04/05/07 18:37 Kp6oDluZ
良スレなのであげました
593:大人の名無しさん
04/05/07 21:48 FbN8Zbs5
>>591
【合掌】
俺も一昨々年母親を亡くしました
亡き人を思い出して話をすることと
残った父親にできるかぎり孝行すること
これが供養になると考えてます
594:大人の名無しさん
04/05/07 23:45 YuERzdeB
俺の親父はいわゆるアル中ってやつでさ
些細なことでいきなり暴れ出すような人だったの。
それが原因なのか分からないけど仕事でもトラブルが絶えなかったらいしいのよ。
まぁ酒が入ってないときで酒が切れてないときは子煩悩な親父だったんだけどね。
俺は子供の頃から野球をやっててさ、そんな親父を友達に見られたくなくて、
応援とかこないでくれっていってたの何回か父母の間でも問題起こしてたしね。
そして地区大会かなんかの決勝まで我がチームが進んだの。
まぁ当然この試合のもくるなって言ってたんだけどさ。
なんか木陰に隠れた所にチラッと見てるわけ、申し訳なさそうに、もう隠れてるつもり
なんだろうけど、見え見えでさ。 その試合が終わって家に帰って親父に聞いたのよ。
「今日来てただろ」って、そしたら親父はまた飲んでて「行くわけないだろばかたれっ!」
って逆ギレしてるわけ・・・そんな親父が倒れたのが俺が20歳の時、3日前まで元気
にしてた親父が色んなチューブにつなげられてかろうじて息してるのさ、「ドラマじゃないんだから」なんて思いながら顔見たら白い顔して冷たくなりかけてるの・・・
「なんじゃこりゃ」って思うと当時に胸が詰まるってやつを初めて経験したよ。
親父が逝った後家のものを整理してたら、俺が2年前に父の日にあげた財布と小銭入れが
箱に入ったまんま出てきてさ。母親に聞いたら、なんか使うのがもったいなくて使ってなかったんだってさ・・・なんなのさ親父って・・・そんな俺も、もうすぐ親父になるよ。
あんたのような親父になるんかな・・・・
595:大人の名無しさん
04/05/08 01:19 b/6p9uhW
母さん、僕のあの帽子、どうしたでしょうね?
ええ、夏碓氷から霧積へ行くみちで谿谷へ
落としたあの麦稈帽子ですよ
596:大人の名無しさん
04/05/08 02:26 5xga5qf+
>>595
それってさあ、元ネタなんなの?
ドラえもんに似たようなセリフがあって子供の頃から気になってしょうがない。
597:大人の名無しさん
04/05/08 02:44 XmYMax/5
>596
「麦わら帽子 人間の証明」でググれ。
598:大人の名無しさん
04/05/08 08:11 bLWlvRGU
>>597
「西条八十 帽子」でググれ。
599:大人の名無しさん
04/05/08 16:11 FgAXmn0b
>597-598
ワロタ。もう答え出てるじゃん。
600:大人の名無しさん
04/05/08 18:07 n/dmToe+
そっと600
601:大人の名無しさん
04/05/09 21:31 6WZfqZRu
>>591
私も2年前の同じ頃、54歳の母が亡くなった。
今でも生きてるみたいな気がするよ。
山歩き好きだった母を思い出して、時々山歩き(嫌いだったけど)してます。
602:大人の名無しさん
04/05/09 23:40 /DKeyhoF
今でも思い出すと、つらい事。
結婚2年目で長女が誕生。カミさんとの会話「次は男の子が欲しいね」
そうこうしているうちに妊娠検査薬の判定は結果ビンゴ!
さっそく産婦人科で診て貰うと4月の出産予定との事。
「春に因んだ名前つけたいね」...
4回目の定期検診に行ったカミさんから公衆電話より携帯に着信。
「お腹の赤ちゃん心臓動いてないって」途中から涙声。
仕事中だったので冷静装いました。
2日後、会社休んで摘出手術付き添いしました。
間もなく主治医より摘出物を収めた試験管を差し出され説明を受けました。
麻酔から醒めたカミさんは即日退院、家路に向かう途中お互い無言。
帰宅後、風呂も入らず手酌酒の後ベットにバタンQ。
夢にみました。顔は見えないのですが男の子の声で「お父さーん」
夜中の2時頃目がさえて起きました。初めてカミさんの前でボロ泣きしました。
奇しくも悲報を聞いたのは自分の誕生日10月4日。
忘れようにも忘れられません。
位牌をつくり毎朝、牛乳を御供えしてます。
その後2女を授かりました。
いろいろ思い出すと心境複雑になりますが、今は小さな幸せ満喫してます。
603:大人の名無しさん
04/05/10 23:47 lo0Yic92
>>602
今、家族みんなが楽しく暮らせているなら、
天国の坊やもきっと元気にはしゃいでいると思うよ。
うまく書けなくてごめんよ。
604:大人の名無しさん
04/05/11 00:03 PQeHPMxB
昨日、親父の七回忌だった。
うちは本当に貧乏でさ、商売やってたんだけど、つぶれてシャッターがおりてる店がほとんどの寂れた商店街の隅っこに店があって、それでも「店で待っていてもお客は来ない」って両親は毎日毎日朝から晩まで注文取りに走り回ってた。
俺は五歳下の妹と二人兄弟で、小学生の頃からいつも二人で夕食を作って遅くまで両親の帰りを待ってた。
小学生の料理なんてうまいはずはないけれど、親父は「お前たちのカレーはすごくいい味だ」ってほめてくれた。
明るい家族だったから、貧乏でも楽しかった。
休みの日には、大きな鍋とインスタントラーメンを持って海に行って、たき火をしてラーメンを煮て食べた。
おいしかったなぁ。
小学校中学校と放課後友達と遊んだ記憶はほとんどない。
妹の面倒見なくちゃいけなかったし、家の手伝いもあったし。
高校受験の時にね、「こんな暮らしをしててもお前は貧乏から抜け出せない。家のことはいいからちゃんと大学出て、自分でやりたいことを見つけろ」って親父が言ってくれて、鹿児島の全寮制の高校に行かせてくれたんだ。
バイトはできなかったけど、運良く奨学金がもらえて仕送りなしで高校に通えた。
たまに帰省すると、その度にくしゃくしゃの千円札を母親に隠れて何枚か渡してくれて、「少しで悪いな」って。
そんな金使えないよな。
今でもしまってある。
35枚。
馬鹿なりに一生懸命勉強して東京の国立大に受かった。
ホントは受かっただけで満足だった。
でも、親父すごく喜んでさ「商売がんばってるから大学行ったら仕送りしてやれるぞ」って。
大学に入ってからはバイトバイトの毎日で、何とか授業料と生活費は自分で稼いだ。
大学でも寮に入れたから家賃は楽だった。
親からの仕送りは毎月三万円。
もったいなくて使えずに郵便局の仕送り口座にお金が貯まっていって、「好きに使っていいんだぞ」なんて手紙が来たりして。
そう言われると、苦労して送ってくれてるお金をそのままにしておくのも悪い気がして、毎月郵便局から引き出して、銀行の口座に移してた。
605:大人の名無しさん
04/05/11 00:04 PQeHPMxB
卒業間近になって、大学院を勧めてくれる先生がいたけど、早く就職して親に仕送りしてあげたいと思ってたから、断った。
そのころ、たまたま東京の親戚が亡くなって、東京に両親が来た。
何を思ったか研究室にまで押しかけて来ちゃってさ、先生に御礼なんか言ったりして。
そうしたら先生が余計なこと言い出しちゃって、大学院を親に勧めるのよ。
親父またまた喜んじゃって「なんで断ったりするんだ」なんて叱られちゃったりして。
結局、大学院にも進ませてくれた。
同じ大学の大学院に行くときも入学金って必要なんだよね。
毎月の三万円積み立てから25万円出した。
初めて仕送りを使った。
大学院に行ったら、研究でで食っていけるかななんて思い始めて、学振の特別研究員に受かった(月に20万も給料が出る)こともあって、修士終わってから博士課程に進むことにした。
博士になったら学生なのに仕送りができる!って内心かなりうれしかった。
修士論文を提出した日。
初めて母親から研究室に電話。
「どうしたの研究室に電話なんかして。修士になったよ。次は博士だぞ。」
「あのね、お父さん、ここ何日かずっと調子悪いって言ってて、今日胃カメラ飲んだの。写真見せてもらったら、ものすごい状態だった。」って。
末期の胃ガン。
背中の方に向かって進行していたから、食欲も衰えずに気づかないことがあるらしい。
目の前真っ暗。
頭の中真っ白。
「そんなわけないだろっ」って大声で叫んでしまって、同じ研究室の学生に「どうしたんですか」って。
606:大人の名無しさん
04/05/11 00:05 PQeHPMxB
医者に電話したら「一日でも早く手術しないと」って話で、友達にお父さんが医学部の教授ってやつがいて、そいつに頼んで「消化器ガンなら日本一」って先生を紹介してもらった。
三日後に入院して七日後に手術。
胃全摘、脾臓全摘、膵臓半分摘出の大手術。
手術の前の晩、親父と二人で人気のない病院のロビーで、手術のこと話した。
地元の病院で撮った胃カメラの写真を見て、自分の病気はよく知っていた。
どんな状態かも知っていた。
でも「悪いところ取って、ようやく第二の人生だな」と笑って言っていた。
明るい親父に家族はどれだけ救われたか。
手術が終わって、先生に摘出した臓器を見せてもらった。
金属製のバットに山盛り。
こんなに取っても人間は生きられるのかって思った。
先生は「取れるところはすべて取りましたよ。後は抗ガン剤で転移巣をやっつけます。」と言っていた。
でも、手術後少ししてからずーっと背中に激しい痛み。
抗ガン剤も効果はいまひとつ。
俺と妹と母親と、親戚の家から毎日病院に通って交代で夜通し付きっきりの看病。
妹は50kgから30kgに激やせ。
もう痛みが我慢できないと言うので、真っ赤なモルヒネ錠剤を経口で投与して痛みを抑えてた。
モルヒネが効いているうちはなんとか普通の感じ。
車いすに乗っけて、中庭に連れて行ったりもした。
俺、親父と二人っきりでいたことなんてないからなんとなく気まずくて、車いすを景色のいいところに押していって、少し離れたところでぼーっと座ってた。
「近くにいてくれないか」と言われて近くに行ったら、子供の頃手をつないでもらった時とは比べものにならないくらい細くなった腕を膝掛けから出して、しわしわになってしまった手でぎゅっと手を握られた。
二人で声も出さずに泣いた。
607:大人の名無しさん
04/05/11 00:06 PQeHPMxB
ある日「五年後の話をしてくれないか」とベッドの父に聞かれて、
「俺は29だからたぶん大学で研究してるな。
妹は24か。結婚して子供もできてるかもよ。
お母さんは、うーん、まだ店がんばってるんじゃない?
お父さんは、退院しても胃がないから、毎日グルメ番組見て、あれがうまそうだ、とか、これ買ってこい、とかわがまま言ってるかもよ」
なんて答えてた。
そんなに長く生きられるなんて俺も親父も思っていなかったくせに。
五年後がどんなに遠い未来なのかも分かっていたくせに。
結局、親父は死んでしまった。
手術から三十三日。
病院で胃カメラ飲んでから四十日。
62歳の誕生日から十日。
夕方研究室から病院に行ったら、もう息を引き取ってた。
「実験してるだろうから、呼ばなくていいぞ」って言ってたらしい。
最後に何かを言い残したらしい。
でも、俺は親父がなんて言ったのか知らない。
悲しすぎて知りたくない。
あんな大手術をさせて、殺してしまったのは俺だって、ずーっと思ってる。
俺が手術をすることを決めて、家族もみんな俺の言うことに納得してくれて、でもその結果、親父をあっという間に殺してしまった。
悔やんでも悔やみきれない。
ごめんな、お父さん。本当にごめんな。
葬式。
親戚が「まだ学校に行かせてるのか」なんて、何にも知らないくせに母親に言ったりしてた。
「この子はお父さんのできなかったこと頑張ってるんだから、私一人でも最後まで学校に通わせるつもりです。この子はお父さんの夢なんです。」
って、言ってくれた。
ドアの向こうでそれを聞いていた。
親は有り難いと思った。
もう泣かないつもりが、止めどなくあふれた。
608:大人の名無しさん
04/05/11 00:06 PQeHPMxB
お父さん。
あれから六年だな。
俺は大学で毎日研究をしてる。
今年、学会で賞をもらった。
去年、結婚した。
大学に入ってから仕送りしてくれたお金で、婚約指輪を買ってやった。
お父さんからだぞって言って渡した。
かずはお母さんの仕送りと俺の給料でなんとか大学に行かせてやれた。
四年で卒業して就職して、おととしお嫁に行った。
キャリアウーマンとかいって、かっこつけて歩いてるくせに、少し太った。
幸せそうだけど、たまに夫婦げんかをして泣きながら電話をしてくることがある。
お母さんは、一人で店を頑張っている。
一緒に住もうと言ってもまだ頑張るって、言うことをさっぱり聞いてくれない。
お父さんへの恩返しはもうできないけどさ、お母さんと妹といつか生まれてくる俺の子供に精一杯のことをしてあげるつもりでいる。
お父さんの描いた将来に少しは近づいているのかなぁ。
俺が生まれてからお父さんが酒もたばこもやめたって葬式で聞いた。
酒は飲めないんだと思ってた。
そんなことを聞いてから今まで、酒を一滴も飲まなかった。
昨日、法要が終わってから、高校生の頃お父さんがくれた千円札で瓶ビールとチューハイを買ってきた。
千円札を出すとき涙がでたよ。
違うお札にしようかと思ったけど、やっぱり使ってみた。
うちの奥さんと、お父さんの話をしながら酒を飲もうかと思ったんだ。
うちの奥さんは結構酒が飲めるらしい。
二人で初めて飲む酒はきっと楽しい酒だ。
さっきメールが来て、夕食はカレーだって。
俺が昔作ったのよりずっとうまいカレーをお父さんと一緒に食べたい。
カレーを食べながら話したいことがまだまだたくさん、たくさんあるんだ。
長ったらしい貧乏話でごめんなさい。
609:大人の名無しさん
04/05/11 00:19 yluL2B3x
>>604-608
馬鹿野郎、幸せになりやがれ!
610:大人の名無しさん
04/05/11 00:44 bqJ5kAeQ
>>602
俺の長女は何万分の一の確率の遺伝子の病気だった。
お腹の中にいても全然大きくならない。
運良く生まれても、重度の障害児だと言われた。それに身体が弱い為、すぐ死んでしまう
確率が高いとも言われた。
でも、俺も妻も生む気だった。
初めての子供だし、それよりせっかく芽生えた命を第3者のエゴで奪ってしまうが、何より
気が引けたから。
でも、結局は死産だった。
もう、お腹の中で心臓が止まってた。
臨月まで頑張ったのにな。妻も子も。
けどね、お腹の中の子は生きて無くても、普通分娩出来るんだよ。
そして、妻は生まれて来ても、泣く事も笑うことも出来ない女の子を出産した。
妻にはショックが大きいだろうからと言って、医者はその子を見せなかった。
俺だけが、何も言わない、何も動かない我が子を抱いた。
すごく小さいというだけで、その他は普通の赤ちゃんだった。
涙が後から後から沸いてきて、病院の階段に座って声を押し殺しながら泣いたっけ。
妻に会いに行くとしきりに俺に尋ねるんだ。
「赤ちゃんはどうだった?苦しそうじゃなかった?わたし達に似てた?」って。
俺はまともな言葉が出なくて
「うん。うん。うん」としか言えなかった。
「よかった・・ きっと天国に行ったから、名前は天ちゃんだ」と言って、妻も泣いた。
そんな俺たちも、今は7歳と5歳の女の子二人の親になれた。
そして、たまに子供たちにお姉ちゃんがいたことを話してやってます。
「天ちゃん」って名前のお姉ちゃんのこと。
長文で申し訳ない。
611:大人の名無しさん
04/05/11 09:51 saTCd3Z7
>>604-608
。・゚・(ノД`)・゚・。
オヤジさんはきっとあんたに感謝してる。
奥さん・お母さん・妹さん・自分自身、
そしてなによりオヤジさんのために、
幸せになれ!!
>>610
娘さんたちはきっと、生命の大切さが解る優しい子供になると思いますよ。
天ちゃんを「生かそう」として頑張った、お2人の子供なのですから。
612:大人の名無しさん
04/05/12 02:05 QuarHQCK
>>604-608
凄いな。何も書けんよ。
613:大人の名無しさん
04/05/12 03:59 2abXZ2xX
URLリンク(jbbs.shitaraba.com)
から流れてきて、>>604から読ませて頂きました。
>>604-608さん
気の利いたことを書けず、申し訳有りません。圧倒されました。私が流した涙が貴方の
カキコに対する率直な感想です。
>>610さん
会ったことの無いお姉ちゃんのお話を聞いた時、二人の娘さんは、どんなことを考えて
らっしゃるんでしょう? 『生きる』ということの意味を考え始めているのかもしれませんね。
自分で言うのもなんですが、我が家は夫婦仲の良さが自慢です。しかし、結婚以来、6年以上、
赤ちゃんができず、家内は不妊治療の為に病院へ通い、私も何度か精液や睾丸の検査を
受けたりしていたんです。それでも、結局、妊娠に至らず、
「もし、このまま赤ちゃんができなかったら、どうしよう?」
と妻が泣き出したりして、私はもう子供は半ば諦め、妻に対しても、妊娠に関する話はしない様に
心掛けていました。私には弟がいるものの、弟は独身で、結婚するつもりも全く無い為、
私の両親に孫の顔を見せてあげられないことが残念でした。
そして、結婚して7年目に入った去年の秋、妻が妊娠していることが分かりました。諦めて
いただけに驚きも大きく、嬉しさもひとしおでした。幸い、赤ちゃんは順調に育ってくれて、
再来月上旬に出産の予定です。妻のお腹は、以前からは想像も出来ない程、大きくなりました。
最近、赤ちゃんの性別が分かり、夫婦で話し合って赤ちゃんの名前を決め、無事に産まれて
くれることを祈る毎日です。私は42歳でやっと父親になれます(←私が産まれた時、私の父は
26歳でした)。30代でなくてごめんなさい。・・・・・・・・・妻は30代&2ちゃんねらーです。
まだ見ぬ娘には、『生きる』ということの素晴らしさを知って貰いたいと思っています。
駄レスを書かせて貰うつもりだったのに、調子に乗ってしまい、いつのまにか我が夫婦の
プチ不妊治療日記みたいになってしまいました。済みません。けれども、このスレに来れて、
本当に嬉しいです。キーを打っている時も、両手の甲に涙が流れ落ちて困りました。
>>609さんは良い人ですね。
614:大人の名無しさん
04/05/12 08:49 W4tXuCT2
>>604-608
俺も頑張るよ。
615:大人の名無しさん
04/05/12 13:06 NFckdtg5
あと少しで30まで生きられたことになる
くそー150歳まで生きてやりてえ
短いと決まった人生振り返ってうじうじしてる暇があったら
せめて後悔なく花火のように駆け抜けてやる
でも親より長生きできないのが悔しい
畜生畜生畜生
死にたくない死にたくない死にたくない
死ぬのは怖いけれどもそれより残された人達の悲しみを考えるとすごくつらい
大好きな親父、お袋、じいさんばあさん、友達
あなたたちが死んだ時のことを考えるとすごくつらいように
多分おれはいつかそう遠くない未来にあなたたちにその悲しみを与えると思います
ごめんなさい
616:大人の名無しさん
04/05/12 13:57 tjNW8Neu
>>615
どうしたの?
617:大人の名無しさん
04/05/12 14:02 NFckdtg5
ちょっと病気です
本当にくだんねー病気だけど死ぬ病気だし治らない病気なんですわ
明日いきなり死ぬわけじゃない
けれど確実に40前には死ぬ
発覚してから少し時間が立ったから気持ちの中で折り合いつけたつもりだけど
このスレ見てたらちょっとだけ書きたくなっただけで
すまんね 30ちょい前なのに書いてしまってもうしわけない
618:大人の名無しさん
04/05/12 14:47 C01psxKx
なんか厳しいのが続いてるからちょっとホノボノ系で…
オレには娘が二人いる、9歳の長女と1歳3ヶ月の次女の二人だ。
何故?こんなに年が開いているかというと、ヨメさんが不妊体質で
長女の時は2年越しの不妊治療の末授かった子供だ。
その後、兄弟を作ってやろうと思い、再度不妊治療をがんばったが
その思いも虚しく、子供に恵まれず3年ほどで不妊治療もあきらめた。
親子3人の暮らしにもすっかり慣れてきた頃、
念願の二人目を妊娠し、次女が生まれた。
二人ともオレの命よりも大事な娘だ。とてもカワイイ。
分け隔てなく愛情を注いでいるつもりだ。
が、9歳の女の子といえば、ああいえばこういう。口答えも多い。
反対に1歳ちょいといえばカワイイ盛り、さらに歳を取ってからの子供だ。
ついつい下の娘を可愛がってしまうオレ…
619:大人の名無しさん
04/05/12 14:48 C01psxKx
先日、オレの誕生日だった。家族で夕飯を食べ、
その後オレは酒を飲んでくつろいでいた、いつもなら毎年このタイミングで
長女がオレにプレゼントをくれる。
ただ、今年はちょつとした弾みで、いつまでも一人っ子気質が抜けず
甘ったれている事、次女の面倒をあまり見ない事、その他普段からの
口答えや言い訳する事など積もりに積もった事を酔った勢いもあってか
ついついキツク叱り過ぎてしまった。
長女は泣きながら自室にこもってしまい、なんとも後味の悪い誕生日になった。
次の朝、起きてリビングに行き、ダイニングテーブルの自分の席に座ろうとすると
大き目の封筒があった。開けてみると切り絵で作ったキレイなしおりと
(オレはよく本を読む)手紙が1通入っていた。
手紙には、パパ、いつもかぞくみんなのためにありがとう。
その下には、仕事は無理しないでとか、疲れたら肩を揉んであげるとか
色々と書いてあった。 そして最後に
620:大人の名無しさん
04/05/12 14:49 C01psxKx
○ ○○(長女の名前)はパパのこどもに生まれてしあわせです。◇◇(次女の名前)も
今はまだ小さいからわからないと思うけど、きっとパパのこどもでうれしいと思うよ。
鉛筆で何度も書き直した跡もあり、お世辞にもキレイな文章とはいえないが
娘なりに一生懸命、色々と考えながら書いたんだなあと思うと、
不意に涙が溢れてきた、ああ…夕べは叱りすぎてゴメンよ。
これからは、もっといいパパになるからね。
朝っぱらからリビングでオイオイ泣いてる父親を見て、娘は変な顔をしていた。
621:大人の名無しさん
04/05/12 21:49 RwckXOIV
>>618-620
分かるよ。・゚・(ノ∀`)・゚・。分かるとも!
いい娘さんだね。肩を揉んでもらっちゃいなよ。
そして色々な話をしよう。
622:黒電波
04/05/12 23:13 +8iCZA7F
くそう、お前らいい年扱いて自分の哀れみだしてんじゃねーよ糞野郎ッ!!
俺までいい年扱いて真っ暗の部屋のモニターの前でボロボロ涙出しちまったじゃねーかッ!!
お前らこれ以上俺を泣かせないように幸せになれよ!!
あと、自分が死んだときにこのスレに書かれるなよ!!
いいな、糞共!!
623:大人の名無しさん
04/05/12 23:18 STgmDXNx
>617が気になるな・・・
624:大人の名無しさん
04/05/13 00:38 uCp3tP0U
エイズかな
625:大人の名無しさん
04/05/13 01:33 Bz6YfeYP
>624
ソレはいつ死ぬかわかるような病気じゃないよ
626:大人の名無しさん
04/05/13 02:38 lQNmjCTv
わたしも自分が病気である事が去年わかりました。
今32歳。40、いや35まで生きられそうにないかもしれない。
最初は死んでいく事が怖くて告知が信じられなくて
あちこち病院に行った。
けど結果はやっぱり変わらないw
今は離婚して一人、死んでいく覚悟も少しできた。
残りが少ない人生後悔しないようにしたい。
627:大人の名無しさん
04/05/13 07:02 06p2KtvR
うちの親父、俺が小さい頃は凄く普通…というか、ちゃんとした父親だった。
色んな所に連れてってもらったし、休みの日になるとキャッチボールをして遊ぶ様な、そんな父親。
いつしか母さんが「出会った時からどこか面白い人でね、そこに惚れたのかも」なんて言ってたのを覚えてる。
弟が生まれて、家族4人で、どこにでもあるような家庭だったと思う。
ところが親父の母親、俺の婆さんが脳の病気で倒れてから、親父は酒に溺れるようになった。
元々若い頃から酒好きだった事もあって、そのスピードは加速していくばかり。
気が付けばもう、アル中になってた。
飯が不味いと言っては皿を投げ、感情に任せて怒鳴り出す。
そのくせ機嫌のいい時には変に甘えてくる。俺と弟はそんな親父が大嫌いになった。
ついには母さんに手を上げて、俺がブチ切れて親父をベランダの外へ投げ飛ばした事もあったよ。
あの後は三ヶ月くらい口聞かなくなったっけな。
母さんも結構気が強い人だったから、喧嘩の度に親父に対抗してたんだけど、
それでも影で泣いてる姿を何度も見て来た。だからこそ許せなかった。
628:大人の名無しさん
04/05/13 07:02 06p2KtvR
そんな事が十数年続いたある日、親父が入院する事になった。
夜中に腹の痛みを訴え、俺達は「どうせいつものアル中の症状だろ?」くらいに思ってた。
でもあまりにも苦しそうなので、車で病院に運んだらすぐ集中治療室行き。
病名は「急性膵炎から多臓器不全」。次の日の朝には人工呼吸機付けてたよ。
医者曰く、もう山は近いですとの事。
原因が酒だって分かってたから、親戚みんな呼んで葬式の準備。
そしたら親父、数日後にすっかり回復したんだよ。医者の驚いた顔が可笑しかったくらい。
呼吸器も取れていつもの調子に戻った親父を見て、ずっと憎いと思ってたんだけどやっぱり嬉しかった。
弟は俺より親父と仲が悪かったけど、それでも嬉しそうにしてた。
そして親父は家に戻ってくる事ができた。
629:大人の名無しさん
04/05/13 07:03 06p2KtvR
それからどのくらい経った頃だろう。夜中のバイトを終えて帰ってくると、親父の凄いいびきが聞こえた。
実は退院してからまたずっと酒を飲んでたらしい。母さんが言ってた。
結局これかよ…あんだけの思いしててバカじゃねぇの?とか思いながら、
疲れてたのもあってその日はすぐに床に着いた。
明け方、母さんの声で目が覚めた。いつもなら絶対に起こしにこないような時間だった。
俺も弟も何事かと眠い目を擦っていると、一言、冷静に言った。
「お父さん、死んでる」
訳が分からなかった。冗談だと思った。パニックになったまま親父の部屋に行くと、
体はもう死後硬直が始まってて、すっかり冷たくなってた。
それからはもう何がどうなったのか途切れ途切れにしか記憶がない。
警察が死因を調べて、救急車が来て、母さんと誰かが話してて。
俺はずっと自分の部屋でTVゲームをやってたと思う。
弟には止められたけど、そうでもしないと自分がどうにかなりそうだったから。
死因は「虚血性心疾患」だったらしい。心臓の血管が詰まるのだとかなんとか。
あれだけの危篤状態を乗り越えたのに、人間死ぬ時はあっけないもんだな。
あっさりし過ぎて涙なんか出なかったよ。
630:大人の名無しさん
04/05/13 07:03 06p2KtvR
葬式の時、母さんはすげぇ泣いてた。
喧嘩ばかりしてたけど、やっぱり好きだったんだなって思った。
代表の挨拶を俺がやる事になった。いい声で送ってやれって親戚に言われて。
火葬場に行って骨になった親父のかけらを拾って、それでもまだ実感がなかったよ。
何もかも終わって、先に家に帰った。
親父のいた空間。お通夜前日まで親父が横たわってた布団は敷きっぱなし。
まだあの朝のままに腕時計やら吸い掛けの煙草やらが置いてある。
ふと枕元を見ると、手帳があった。
俺達の事は何も書いてなかったけど、何ヶ月も先まで仕事の予定が書いてあった。
その時初めて、俺は泣いた。声の限りに泣いた。
酒に溺れても、仕事を続けて家庭を支えてた事実がそこにあったから。
幼い頃の想い出とか、温かさとか、そんなのが急に溢れてきて、泣いた。
…あれからもう何年経つかな。
なぁ親父、俺は親父から貰った声を武器に、今は声優をやってるよ。
まだまだ駆け出しだけど、ちゃんと仕事も貰えてる。
残念なのはそれを伝えられなかった事かな。
あと、一緒に酒が飲めなかった事。一回くらいは楽しく乾杯させろよ、バカタレ。
母さんにもずっと苦労させてばっかりだけど、親父から貰った宝物できっと恩返しをするよ。
どこか遠くで見ててくれ、あんたの分まで母さんと弟を大切にするからな。
長文でスレ汚しごめん>ALL
631:大人の名無しさん
04/05/13 14:02 VBxn++le
・・・長文やめてくれよ・・。
5行いないでまとめて。
632:大人の名無しさん
04/05/13 14:16 VBxn++le
>>626
何と言ったら良いかわからんが、とりあえずがんばれよ。
オーロラとか見とけよ。
>>627->>630
長文やめろとか言ってしまったが、前言撤回。
声優がんばれよ。
633:大人の名無しさん
04/05/13 17:17 3ks2/SN+
>>604->>608
俺を泣かせるなよ!チクショウ、絶対に幸せになってくれ。・゚・(ノД`)・゚・。
634:大人の名無しさん
04/05/13 22:57 pqUX5Ocz
俺がまだ18歳だった時、ちょうどこの時期になくなった子がいた。
その子は、高校生の時から付き合ってた子。
今はどうか知らないが、当時としては珍しい遠距離恋愛というやつだった。
高校をなんとか卒業し、大学に行くと言って家を出て、彼女と同じ街に住んだ。
毎日彼女と遊んだ。やっと人並みにデートができるようになったって、彼女は喜んでたっけ。
その街に住んで、俺は四輪免許を取るために教習所に通いだした。
その日も教習があって、それが終わってから自宅に帰ると自宅前に彼女が立ってた。
部屋に入れて少し話したあと、「あした暇なら遊ぼうよ」と誘われたが、次の日も教習があったので断った。
それが間違っていたのかと、今でも考えるときがある。
次の日、教習を終えて自宅に帰ると、その彼女と共通の友達が自宅前にいた。
そいつから告げられた言葉は、「あいつが事故に遭ったんだ」。
わけが分からなかった。まったく理解できなかった。
そいつにひっぱられて病院へ行くと、グループで遊んでいたいつものメンツが揃ってた。
その中にいた、俺より2歳下の女の子が駆け寄ってきた。俺にしがみついて泣いている。
もちろん彼女の両親もいた。泣いているおばさんを、おじさんが抱いていた。
何も言われなかったが、やっと状況が飲み込めた気がした。
635:大人の名無しさん
04/05/13 22:58 pqUX5Ocz
葬儀にも出席したが涙は出なかった。
周りの人たちは泣いていたが、自分だけが泣けなかった。
その後しばらくは、おばさんが心配で彼女のいない彼女の家に通った。
おばさんの話し相手になって、なんとか笑ってもらおうと必死だった。
「俺が毎日ここに来てるの、みんなに言わないでね。照れるからさ」って言ったら、
おばさんは初めて笑ってくれた。通った甲斐があったなって思った。
2歳下の女の子とも、できるだけ一緒にいるようにした。
彼女と仲が良かったし、身近な人が亡くなるなんて初めてだって言ってたから。
とにかく心配で心配で、俺が近くにいてやらなきゃって思った。
その日もその子と一緒にいて、他愛もない会話をしてた。
突然、「おばさんの家に行ってたんでしょ」って言われた。
おばさん、やっぱり言っちゃったかなんて思いながら、適当にまぁねと返事をした。
636:大人の名無しさん
04/05/13 22:59 pqUX5Ocz
俺が驚いたのは次の言葉だった。
「○○くん(俺の名前)、無理しすぎだよ。○○くんが泣いてるとこ、誰も見てないもん」。
心底驚いた。俺、泣いてなかったっけ。思い出せない。
「○○くんが私たちを心配してくれるのは嬉しいけど、私たちも○○くんを心配してるよ」。
彼女が亡くなってから、初めて泣いた。
2歳も年下の女の子にすがって、恥ずかしげもなく泣いた。
その日のことは覚えていない。気付いたら朝で、俺はその子の膝枕で寝てたらしい。
由里へ。
今年もまたお前の命日が来るよ。
いつものメンバーで集まって、飲みに行くことになってるんだ。
もちろん、お前の家にね。
さすがにもう涙は出ないけど、お前のことは忘れないからさ。
駄文・長文、失礼いたしました。
637:大人の名無しさん
04/05/14 01:33 ku7KNyaG
皆様、吐きそうになるくらい泣かさせていただきました。
これからもこっそり読まさせていただきます・・・ウワァァァァン
638:大人の名無しさん
04/05/14 02:22 7xFPvedU
お父さん、お母さん
あなた達が存在しただけで、私には本当に心の支えだったんですね
20歳になって、大人と言われる年になってから、2人とも逝っちゃったけど
あれから、何年もたって、私も30になったけど
まだまだ、子供で2人にそばにいてほしいのです
最近夢に出てきても、あんまりお話しないね
今日、夢に出てきてくれないかな
会いたいよ
お父さん・お母さん
639:大人の名無しさん
04/05/14 12:32 0msaFH7x
おまいら全員幸せになりやがれ!
ウワァァ━━━。゚(゚´Д`゚)゚。━━━ン!!!!
640:大人の名無しさん
04/05/15 00:11 EYpqjorI
8ヶ月前、父を肝臓癌で亡くしました。
54才でした。
お父さん、やっとお父さんのいない生活にも慣れてきたよ。
でもね、今でもまだお父さんが仕事から帰ってくる時間になると
待って私がいるんだ。
お父さんと同じ職業に就けたこと、誇りだったんだよ?
教えて欲しい事いっぱいあったし、相談したい事だってたくさんあったのに。
何でいてくれないの?
いつだったか、「私がこのまま結婚しなかったらどうするの?」って
聞いた時、「その時は諦めるよ」そう言って笑ってたよね。
お父さん、入院中に一回だけ「孫を抱きたい」って言ったね。
本音だったんだろうな。
初めて聞く、お父さんの願いだったのかもしれないね。
ごめんね。そんな願いも叶えてあげられなかった。
いつも、心配ばっかりかけて、安心させてあげる事も出来なくって
せめて孫くらいは抱かせてあげたいって思ってたのに。
そんな事すら出来なくって、ごめんね。
お父さん、心配ばかりかけて、どうしようもなくバカな娘だったけど
あなたは、私に娘として合格点をくれますか?
お父さん、あなたのいない生活はやっぱり寂しいです。
駄文&スレ汚しすいませんでした。
641:大人の名無しさん
04/05/15 11:42 jGfb5waZ
初めてこのスレを見ました。泣きました。
>>640
俺も父親を高校生の時になくして、
自分が困難にぶつかったときに相談してくれるはずの、
父親が居なくて、苦しかったこともあります。
宗教も神様も信じないくちですが、
母親、兄弟、その奥さんたち、そして甥っ子、姪っ子
みんなの健康を、自分が行き詰ったとき父親の墓に祈ります。
皆の健康を祈ったあとに、「行き詰っている自分を見守ってくれ」
とお願いします。俺にとっては、父親は「神様」ですよ(恥ずかしい)。
俺、独身の30過ぎの男だけど、
もしも将来結婚して子供が出来たら、
自分の父親のような人間になれたらいいな、
いや絶対にならなくちゃいけない、と思っています。
長い横槍すみません
642:大人の名無しさん
04/05/15 22:11 9UpOPTWx
自己陶酔するスレはここですか?
643:大人の名無しさん
04/05/15 22:50 tEw3YNO9
雅章くんへ
雅章くんが天国へいってから1年半。
まだ1年半しか経ってないんだね。もう随分長い時間が経った気がするよ。
まだ毎日毎日一人で泣いてしまうけど、私頑張ってるよ。
雅章くんに早く迎えに来て欲しいって何度も思ったけど、今は辛くても
思わないよ。雅章くんよりもちょっとだけ多く生きて、沢山お土産話しを
持って行くからそれまで待っててね。雅章くんが喜ぶような話しがいっぱい
出来るように頑張るよ。
でも、やっぱり寂しいな…。ご飯も作ってあげたいし、またお散歩しながら
いろんな話ししたいよ。いつも私の事、分身ちゃんって言ってくれてたでしょ?
半分になると辛くて悲しいよ。夢でもなんでもいいから逢いたいよ。
644:大人の名無しさん
04/05/15 23:51 9UpOPTWx
>>643
2chに書き込む意味あんのか?
645:大人の名無しさん
04/05/16 00:58 HocYjS7f
>>644
悲しいことがあったのかも知れないけど、ここなら素直になっていいんだよ。
つらいことを心の中にしまっておくともっとつらくなるよ。
ここで吐き出してしまったら楽になれるかもよ。
646:大人の名無しさん
04/05/16 03:24 KIJIT6uL
たまたま検索してたら引っかかったのがこのスレだった。
30代には2年ほど早いが、書かせてくれ。
俺の母は39歳で死んだ。胃がんだった。もうすぐで俺が小学六年になろうと
していた冬だった。
死ぬ数年前ー俺が小学3年の頃から母は入退院を繰り返していたので、家族
揃って旅行に出かけた記憶がほとんど無い。ましてや、俺や兄貴が生まれた
後では夫婦水入らずの旅行なんて、したくてもできなかっただろう。
17回忌が行われてから少し経った、彼岸の前。夢の中に母が出てきた。
夢の中で、俺と母と父が電車に乗っている。これから母と父が大分に旅行に
行くみたいで、俺は途中まで見送るところらしい。
車内で、母は嬉しそうに俺に話してくる。久しぶりの旅行だとか、楽しみだとか。
父は照れくさそうにしているのか、外の景色を見たままだ。俺はというと、そんな
母のノロケとも取れるはしゃぎように「はい、はい。」と笑いながら相手をしていた。
647:大人の名無しさん
04/05/16 03:25 KIJIT6uL
やがて俺は「楽しんできてね。」と両親を見送り、家に帰った。一人になった俺は、
気ままに好きなものを食べ、風呂に入り、くつろいでいた。そこへ電話が鳴る。
母からだった。嬉しそうな声が受話器から聞こえてくる。
「歴史のあるお寺に行ったよ。でね、そのお寺に泊まったの。お寺に泊まるの
なんて初めてだよ~。」「あ、そうなんだー」「そうそう、ちゃんとご飯食べてる?」
「何言ってんだよ。俺もう27だよ(笑)。」
こんな話をしてから目が覚めた。目が覚めて、不思議な感覚に包まれて俺は
しばらくボーっとしてた。そして思い出した。
「そういえば、母さんは父さんにべた惚れだったなあ」
彼岸の時は墓参りにいけなかったけど、また近いうちに行くよ。そうそう、兄さんが
17回忌の時に結婚するのを報告したけど、日取りが今年の9月に決まったんだ。
赤ちゃんもできるみたいだよ。幸せになれるよう、遠くから祈っていてね。
648:大人の名無しさん
04/05/16 09:51 VFdQg4Q/
>>646-647
じんわり泣けてきました。
649:大人の名無しさん
04/05/16 18:21 aQPXgC2a
初めて彼女にあったのは、内定式のとき。同期だった。聡明
を絵に書いたような人。学生時代に書いた論文かなんかが
賞を取ったらしく、期待の新人ということだった。
ただ、ちょっときつめ&変わった人で、やることすべてパー
フェクトだし、自分のことはなんにも話さないので、宇宙人で
はないかとの噂もあった。まあ美人と言えば美人なんだけど、
洋服とかおしゃれに気を使わないようだったし、クソまじめだ
し、お高くとまってるというより男嫌いみたいだった。近寄る
男はいなかった。おいらも、なんかちょっと嫌いだった。
彼女とは、偶然同じ部署に配属になった。それまで出会った
どんな女の人とも違うので、からかって反応を楽しむように
なった。はじめは、すごく嫌がっていた彼女だったが、半年
も経つと馴れてきたのか、そのころおいらが結婚したんで安
心したのか、少しづつ相手をしてくれるようになった。
650:649
04/05/16 18:22 aQPXgC2a
その後、ちょっとだけ仲良しになって、愚痴を言い合ったりする
ようにはなったが、相変わらず自分のことは、何にも話さない。
休日何をしているかとか、家族のことはもちろん、本人のことも、
例えば誕生日なんかも、何年間か知らなかった。
ある日、ある試験の申し込み書類の書き方を聞いたら、自分
の書類をもって来て見せてくれた。そこに、生年月日が書いて
あった。なんと、その日が誕生日だった。今日はデートかなぁ?
などといいつつ、とりあえず、昼休みに食べたチョコエッグに入
ってたカメを誕生日プレゼントと言って渡した。爬虫類大好きと
言って子供みたいに喜んでいたのが印象的だった。変わってる
なぁと思った。
確かに変わった人で、いまどき携帯は大嫌いとかで、持ってな
かった。写真を撮られれるのも大嫌いだった。カメラ付き携帯で
飲み会のとき撮影したら、すごく怒って、しばらく口をきいてくれ
なかったこともあった。無理やり一緒にプリクラ撮ったときは、
悪用されるといやだからと言って、シートごと全部持っていって
しまった。
651:649
04/05/16 18:23 aQPXgC2a
彼女は、がんばりやだった。もともと才能もあったし、がんばる
もんだから、どんどん出世していった。それにほとんど遊ぶこ
ともなく、仕事がおわるとまっすぐ家に帰っていた。そんなに、
お金ためてどうすんのー?お父さんの借金でも返ししてんの?
などとからかった。
そのころには、彼女のことがとても好きになってしまっていた。
でも、おいらはもう子持ちなので、表に出さないようにぐっとこら
えていた。ただ、彼女の周りをうろちょろして、愚痴の聞き役や、
遅くなったときのタクシー代わりをしていた。でも、プライベート
な関係は一切無かったし、変な噂にならないように気を配った。
同僚は、おいらは彼女の「ぽち」に見えると言っていた。自分も
彼女の「ぽち」という立場が気に入っていた。
そんな関係がしばらく続いた。彼女は、相変わらず独身だった。
彼氏や恋人がいるかどうかは全然分からなかった。ただ、彼女
は、お守りみたいな、小さな袋をいつもバックにつけていた。何か
聞いても、秘密のお守りとしか教えてくれなかった。彼女が仕事
のトラブルで落ち込んでいたとき、彼女のデスクでそのお守りを
ギュッとにぎっていたのを見たことがあった。だから、勝手に遠く
にいる彼氏からもらったのかな?などと思っていた。
652:649
04/05/16 18:23 aQPXgC2a
ある日、海外出張からの帰り、成田で携帯の電源を入れた
とたんに同僚から電話があった。彼女が亡くなったと言わ
れたとき。全身の力が抜けた。みみの奥がキーンと鳴った
のを覚えている。交通事故だった。事故直後は、意識もあり、
たいしたことはないと思われたらしいが、内臓からの出血が
あり、急変したとのことだった。
現実のこととは思えずに、なぜかあまり、涙もでてこなかった。
職場の何人かで、葬儀の手伝いをした。そのとき初めて知っ
のだが、母子家庭だった。お姉さんもいるが、施設に入って
いるとこのことだった。彼女が大黒柱として家族を支えていた
のだ。彼女を軽率にからかったりしたこと恥じた。とても申し
訳なくて気が狂いそうだった。
葬儀の後、帰ろうとしていると、彼女のお母さんに呼び止めら
れた。渡したいものがあるから彼女の実家にあとで一緒に来
てほしいと言われた。貸していた本のことかな?と思いつつ
彼女の母親と実家に向かった。母親は、道すがら、彼女は大
好きだった父親が出て行ってから、男の人が嫌いになったこと、
誰にも頼らないで自分の力で生きていこうと誓ったこと、土日
はあまり健康でない母親と、施設の姉の世話をしていたことを話
してくれた。自分の子供とは思えないほどがんばりやだったと。
653:649
04/05/16 18:24 aQPXgC2a
家に着くと、彼女の部屋に案内された。きれいに片付いていた、
というより女性の部屋とは思えないくらい何も無かった。ただ、
専門書とノートがたくさんあった。母親は、彼女がいつもおいら
の話を楽しそうにしていたこと、おいらのことが大好きだったけど、
おいらの子供たちを自分のように悲しませることになるといけな
いと思い黙っていたこと、彼女が意識を失う直前に、おいらに会
いたいと言っていたことを話してくれた。机のすみにおいらと写っ
たプリクラが貼ってあった。声を出して泣いたのは、大人になっ
てから初めてだった。
帰るとき、彼女が亡くなったとき身につけていたネックレスと、
いつも持ち歩いていたお守りを形見にもらった。そばにおいて
やって下さい。と言われた。ネックレスは母親が就職記念にあ
げたものだった。ただ、母親にもどこで手に入れたか分からない
お守りを受け取るのはちょっと気が引けた。でも、とても大切に
していたので、受け取ることにした。開けてみようとも思ったが
やめた。
それからすぐ転職をした。一年後、ようやく少し落ち着いた。形
見のお守りは、いつも彼女がしていたようにかばんにつけて
持ち歩いていた。ネックレスもお守りと同じような袋を買い、中
に入れて一緒に持ち歩いていた。先日、職場の女の子が、
「これ前から気になってたんですけど、何が入ってるんですか?」
といい、かばんのお守りを開けてしまった。とめる間もなかった。
というより、そういったときはもう中身を取り出していた。彼女は、
突然、なにこれー?といって大笑いを始めた。
お守りの中には、チョコエッグのカメが入っていた。
おいらは、もう、職場にいることも忘れ、ただただ泣き続けた。
654:大人の名無しさん
04/05/16 18:38 uzRu2dAr
久しぶりに大学のある街にあった。
その時出会った人たちとのやりとりを
思い出し、涙があふれてきた。
655:大人の名無しさん
04/05/16 22:39 ga1pdQuF
>>679
だから?????
656:大人の名無しさん
04/05/16 22:51 d94kXnu8
679に期待しよう
657:大人の名無しさん
04/05/16 22:52 Fhh49CUA
>>655
679って・・・どこ?
658:大人の名無しさん
04/05/16 23:57 nJbjvPGt
偶然にこの掲示板をしりました。
まだ、全部は読み切れていないのですが
2チャンネルは割合に茶化したり、斜に構えたりの
スタンスが多い中で正直意外で驚かされました。
妻には内緒で水割りをなめながら瞼を濡らしていますが
非常にピュアな気持ちになれます。
精神衛生上救われる思いです。
現在パート5まで続いているんですね。
そのエピソードにエールを送る参加者たちに
頭がさがるおもいです。
この国もまだまだ捨てたもんじゃあない。
有難うございました。
659:大人の名無しさん
04/05/17 00:32 AKVN4mj3
>>649-653
うわああぁぁぁ。・゚・(ノД`)・゚・。ぁぁぁああん
頑張ったんだけどカメでアウト
660:大人の名無しさん
04/05/17 02:30 mkoTvqe3
>>649
一つだけ気になったことがあるんだけど…、奥さんはその事はご存じなの?
具体的にはあなたが持ち歩いてた(る?)お守りがどういうモノかを。
あなたと彼女が自分の気持ちを抑えて守ったあなたの家族を大事にしてください。
彼女の人生にあまりに救いが無い気がしますが、それも人生なのでしょうね…。
661:大人の名無しさん
04/05/17 02:36 uOVY+GoM
20年前の話です。私は中学生でした。
癌告知を受けて4ヶ月で亡くなった父ですが告知はしませんでした。
私にも知らせないように兄と母はしていましたが私は些細なことで知っていました。
知っていることを内緒に振舞うことに必死だった。
父のベッドの横で父と話したくて何を話して良いかわからなくて父の植物図鑑を
見てこんなん好きかも~とわざと父の好きそうなえびねなど指差して話し掛ていました。
顔を合わせられずベッド横の介添えベットに寝転んで下を向いて本を見つつ
話私の頭に父のベッドから腕が伸びて来て私の頭をナデナデナデ・…。
30分あまりそのまま話もせずに撫でられた記憶が忘れられません。
涙が出そうで顔を上げられず、話も出来ず。
多分病名など知らずとも、長くないことは知っていたのだろうなあと思います。
662:大人の名無しさん
04/05/17 02:37 uOVY+GoM
20年たって結婚して子供も出来ました、実家に実母と同居しています。
入院したまま家に帰ることの出来なかった父。
今年も父が植えていたエビネが庭に咲きます。
私が本で指差した花は、父が庭に植えていたので見覚えのあるものだったようです。
今は私の子供がそのエビネを私に摘んでくれたりします。
孫を知らずに亡くなった父ですが、残した花で子供が遊んでいるのを見ると
一緒に遊んでくれているような気がします。
ありがとう父。
私も親になりました。
663:大人の名無しさん
04/05/18 15:49 oVMzWI6R
森さん
この間は、突然押し掛けてごめんね
森さんがいなくなっても 毎日必死に仕事頑張ってたよ
約束したから…
失明しちゃう前に 会えて嬉しかったよ
森さんの笑顔 脳裏に焼き付けたられたから
彼女と幸せにね
664:1/2
04/05/19 20:33 03XaWKec
前スレでじいちゃんばあちゃんの話を読んでいたら思い出したので、
当方まだ二十歳の若造ですがカキコさせて頂きます。
私の祖父は小さなクリーニング店を営んでいました。
私の両親は共働きでいつも帰りが遅いので、学校が終わると私はよく祖父の家に行っており、私は祖父をとても慕っていました。
ところが、私が中学生のころに祖父が事故で怪我をし、
今まで現役バリバリで仕事をしていた祖父はそれがきっかけで段々と寝込みがちになってしまいました。
祖父を心配した父は祖父を我が家に呼び、祖父との同居がスタートしました。
最初の頃は「足を鍛えるため」と、我が家と祖父の家を往復する半同居状態でしたが、
祖父の状態が悪化するに連れて完全同居になってゆきました。
私が中学三年生になる頃には祖父の体はかなり不自由になっており、
階段で立ち止まったり家の中で転倒したりすることが多くなりました。
その頃の私は反抗期(?)&高校受験もあってか、
食事中に口も押さえず咳き込んだり食事を拒んだりする祖父に対し厳しい口調で怒鳴ったりしていました。
今では自分でも信じられない、というか信じたくないですが「あんなジジィ早く死ねばいいのに」とすら思った時期もありました。
665:大人の名無しさん
04/05/19 20:33 03XaWKec
私が高校に上がってからは祖父は病気がちになり、家にいることもほとんどなくなっていました。
そして祖父が入院してから数ヶ月間、私は一度も見舞いに行きませんでした、行こうともしませんでした。
そして入院したまま祖父はこの世を去りました。
病院から父の電話で祖父の訃報を聞いたとき、私は泣きませんでした。
ただ、悲しいという感情が湧き上がってこない事に酷く罪悪感を覚えました。
葬儀の後日、部屋のアルバムの、祖父が幼い私を膝の上にのせて笑っている写真を見たとき、初めて泣きました。
本当に漫画みたいな量の涙が溢れてきて、嗚咽が止まりませんでした。
悲しみと申し訳ない気持ちと自己嫌悪が後から後から湧き出て、「じいちゃん、ごめん」と何度も呟いていました。
遊びに行くたびにラーメン作ってくれたな
大好きな相撲見てるときに勝手にアニメにチャンネル変えてもニコニコ笑って「おまえが見たいのでええ」って言ってくれたっけ
親に内緒で漫画買ってくれたよな
あんなに大好きだったじいちゃん、
死ねばいいなんて思ってごめん
一度も見舞いに行かなくてごめん
怒鳴ってごめん
邪険にしてごめん
いなくなって初めて気付いた大切な存在
もう面と向かって謝る事も優しくすることも出来ない。
罪悪感は未だに消えない
666:脱力男
04/05/19 22:04 khExgYGY
数年前に 家内が死にました。
流産を気にしての自殺でした。(憶測)
結婚2年目でした。
流産なんか気にするな!また子供は出来る!
と元気付けたつもりでしたが・・・・
授かった命を無駄にしたという、感情?からか
家内は命を絶ってしまいました。
仕事を終えて、自宅に戻るとドラマみたいに、部屋が真っ暗でした。
いやな予感がして電気を付けると立っているみたいな格好で
嫁さんが部屋の中央で「ぶら~ん」という感じで、力無く、
膝を床についてぶら下がってました。
その光景を見たとたん、私の足は震え、脳内では
「明日の晩御飯は誰が作るんだよ!」と 訳の解らない事を
考えた記憶があります。
自殺の後処理は、警察処理含めて結構大変でしたよ。
動機やら証拠やら聞かれたりね。
掃除の業者も呼ばなくてはいけなかったりね。
今は再婚して(今でも前菜に申し訳ない気分です)
子供も出来ました。
前の嫁さんの流産した子供に考えてた名前を付けました。
内緒ですけどね。
でも、たまに前妻の子供の事を思うと「ゴメン本当にゴメンッ」って
事しか思いつきません。
667:大人の名無しさん
04/05/19 23:24 n/XLsKtZ
ちょっとカニバリズムのにおいがしますね
668:大人の名無しさん
04/05/19 23:27 Ypcijy9W
>>666
>掃除の業者も呼ばなくてはいけなかったりね
>前の嫁さんの流産した子供に考えてた名前を付けました
こんな旦那だから、前の奥さんは・・・・゜・(ノД`)・゜・
>前妻の子供の事を思うと
前妻にもゴメンは??
669:大人の名無しさん
04/05/19 23:57 s3GgUnCi
まあまあ
670:大人の名無しさん
04/05/20 01:03 T/lsrNuI
あの
つまり
柳の下の一杯のかけそばってことですか
671:大人の名無しさん
04/05/20 12:45 3DiZJ80x
>>664-665
安心しな、じいちゃんに対した態度が君の本性だから。
672:大人の名無しさん
04/05/20 17:29 NYl8l5Pk
実は2chに書き込むのは初めてで、しかも長くて支離滅裂な文ですがお許し下さい。
私の祖母は心臓を患って、私が中3の時に亡くなりました。葬儀の日は大雪で、
たくさん、本当にたくさんの人達が最後のお別れに来てくれました。そんな中で、
誰かが連絡してくれたのか、昔母がお店をやっていた時のバイト生達(もうすっかり
大人のおじさま達ですが)が駆けつけてくれました。今でもあの葬儀の日を機に、疎遠に
なりかけていた母とその昔のバイトさん達と、交流を深めています。
「ばーちゃんの手打ちうどん、ありゃーうまかったなー」と一人が言えば、「あの時
学生でお金無かった時、’ばーちゃん何か食わせてー’って言うと、しょうがねーなーって
言いながら煮物だのなんだの作ってくれたっけなぁ」といつも思い出話です。
娘である母にも「おまえ(彼らは歳が近い)も偉いけど、ばーちゃんは超えられないぞ」
とか言ってますが、いつもみんな目が潤んでしまいます。
他にも「○○ちゃん(おばあちゃんのあだ名)には本当にお世話になった」と、今でも
大人気なおばあちゃん。「あの世に行く時は、祭りみてぇにしてくれ、しめっぽいのは駄目だ」
といつも言っていたおばあちゃん。みんな頑張ってわいわいおばあちゃんの昔話や、思い出を
泣きながら語ってたの、聞こえてたかな?人としてどう最期を迎えるべきか、迎える為にはどう
人生を切り開いていくかを教えてくれたような気がします。
惜しまれて来世に行く、と言葉では聞こえがいいかも知れません。そんなもんじゃないんだ、という
人もいると思います。でも私はそれでもおばあちゃんの様に生きていきたい、人を幸せにして行きたい、
と思います。今でもおばあちゃんは人気者だよ。大学入学、成人式、まだだけど結婚式。見せてあげれなくて
残念だけど、いつも見守られてると思って結構強くなれるよ、おばあちゃん。
と言いたくて書いてしまいました。長くなってしまってごめんなさい。
673:大人の名無しさん
04/05/20 17:31 NYl8l5Pk
↑長すぎてこんな形になってしまいました、すみません。
674:大人の名無しさん
04/05/20 18:38 guvmp8CF
良いスレですね。読んでいて、私も昔のことを思い出してしまいました。
これは、今から10年以上前の事。
母、3期の卵巣癌で入院。
手術で卵巣などを全摘出、腹腔内に広がる残された転移は
化学療法で治療することになった・・・・
そんな術後の話を病院の小さな部屋で私はボーーっとひとりで聞いていた。
目の前の部長とかと言われている医者が、
「あと2年ですね」と、言ったような気がした。
(おまえ、何様だ? 他人の寿命をなぜおまえが決める?)
そんな思いが頭の中を通り抜けた後、
「ありがとうございました。よろしくお願いします。」
と、お辞儀する私がいた。
あと2年なんて言う話は、誰にも伝えることが出来なかった。
張りつめていた何か支えのようなものが壊れてしまいそうで、
父にも、私の妻にも、言えなかった。
そして、私自身も何かの聞き間違いだと考えるようになった。
その後、色々なことがあって、別の病院へ転院したりもした。
妻が母と同じ病院で息子を産んでくれた。
母はとても嬉しそうに、本当に嬉しそうに孫を抱き、
看護士さんや他の多くの患者の方々から祝福を受けた。
「この子と私は入れ替わりやね・・・」
ぼそっと小さな小さな声で母は言ったが、誰もが聞こえない振りをした。
675:674
04/05/20 18:50 guvmp8CF
母の様子は一進一退だった・・・と、当時は感じた。
しかし、実際には日に日に弱っていく母がいた。
痛み止めのモルヒネが効き難くなってきていた。
これ以上、量を増やすと神経が麻痺して危険とのことだった。
そんなある日の夜、私は見舞いに行った。
母は、ナースコールのスイッチを握らせて欲しいと私に言った。
どうやら、どうすることも出来ない激しい痛みから逃げたいために、
頻繁にナースコールのボタンを押し、看護士さん達を困らせていたようだ。
そのため、ボタンは頭上の手の届かないところにあった。
「看護婦さんが困ってるよ・・・」と、私。
「お願い、握ってるだけで安心やから。」
母は、懇願した。わたしは、ボタンを手渡した。
母は、ボタンを押した。
直ぐさま看護士さんが来たが、来てもどうすることも出来ない。
私は、看護士さんに頭を下げて、
母の手からボタンを取り上げ、遠ざけてしまった。
「もう押したりせえへんから、握らせて・・・握ってるだけで安心やから」
私は、首を横に振ってしまった。
母の苦しむ顔が悲しみでいっぱいの顔に変わった。
母の死は、それから1ヶ月後のことだった。
初めての手術から2年が経っていた。
あんなに優しかった母に、なぜ、私はあんな酷いことをしたんだろう・・・
私はいったい誰の味方だったんだろう・・・・
でも、どうすれば良かったんだろう・・・
今でも思い出す度に後悔の気持ち、自分を許せない気持ちでいっぱいになる。
今さら泣いても遅いですね。・・・・でも泣かせて下さい。
676:大人の名無しさん
04/05/20 19:27 XAkDruNj
>>674
今は、痛み止めにモルヒネを使う=死、みたいになってます。
身内が2人、ガンで死にましたがどちらもモルヒネをうって数日で死にました。
眠っているような死、でした。
当時はガンの痛みは、我慢するものだったんですよ。
だれもどうすることも出来ませんでした。
もしも、握らせてあげても、本当に同じ事の繰り返しになっていたと思う。
でも、本当にだれもどうする事も出来なかったと思います。
677:大人の名無しさん
04/05/20 22:19 3t95T800
>>676
モルヒネを使う=死というのは誤った考えです
そういう勘違いが蔓延しているせいで
痛みさえ取れればまだまだ元気に望むような
生活ができる人がモルヒネの服用を頑に拒み
死ぬ間際になるまでずっと痛みを我慢し苦しむケースが
多いのです
678:674
04/05/21 00:01 gjpVtIOF
レス、ありがとうございます。
スレ違いになりますので、簡単に私の知る範囲で補足します。
まず、痛みを伴う癌もあれば、末期でも全く痛くない癌もあります。
そして、多くの癌はモルヒネによって、安全にその痛みをコントロールできます。
そのコントロールで、たとえ末期の癌患者でも残りの生活を
比較的安らかに過ごすことができるそうです。
ただ、例えば骨に転移して神経が損傷した場合など、
モルヒネが効かない場合があります。母の場合がそうでした。
いろいろ手を尽くしていただいた病院の方には、今でもとても感謝しています。
以上、多くの癌患者、その家族の方々への蛇足でした。
679:大人の名無しさん
04/05/21 02:13 iCBlj3lS
ブラックジャックによろしく見て癌になったらすぐ死のうと思った
680:ハゲ
04/05/21 09:13 g9RiSqJx
なんか身内の死亡自慢みたいなスレになっちゃったね・・・
681:大人の名無しさん
04/05/21 12:36 J8UxqnJL
>>679
私はあがくだけあがいてみるなあ。覚悟はするけど。
>>680
まあ,親のありがたみは死んでからわかる,ともいうし,一番身近な人の大切さは死んでからしかわかりませんし。
682:大人の名無しさん
04/05/22 01:21 Rf4ntNxG
男が嗚咽して涙を流せるエピソードなんて、氏にまつわる話じゃないと難しい……
683:579
04/05/22 02:38 FnqgW7Me
>>682
そんな事はない。
まあ、俺の話が嗚咽かと言うと違うんだが・・・
極端な言い方をすると、「死」という題材が「嗚咽」に結びつき易いから皆が語ってるだけだろ。
オマイラ安易過ぎ。だから敢えてageる。
684:大人の名無しさん
04/05/22 11:20 o/eRwPUl
蛍の結婚にまつわる黒岩のお父さんの嗚咽とかね。
ドラマなのアレだが。
685:大人の名無しさん
04/05/22 12:46 zvIlgmBX
おいらもまだまだガキな二十代なんですが書かせて下さい。
おいらの母方のじいちゃんは昔漁師でまだ若い頃はすごいヤンチャだったらしいです。
何度かそっちの筋の方から追いかけられてたりとかもあったらしいです。w
それでもばあちゃんと結婚して長男、長女、次男、次女、三女(うちの母)を授かりましたが、
長女は生まれてからすぐ亡くなり、次男は自殺、ばあちゃんは突然倒れ半身不随…
だからじいちゃんは、自分の母と妻の二人の介護を、おいらが物心ついた時にはしていました。
じいちゃんの家はうちから車で20分位のとこにあったので、毎週母の休みの日には、
様子見を兼ねて遊びに行きました。
その度におこずかいを貰ったり出前をとってくれたりしてました。
そしておいらが小2の頃にじいちゃんの母が亡くなりました。
それからもじいちゃんの気の休まる事はありませんでした。
自転車で買い物に行ったりして、栄養のバランスを考えた料理やアイディア料理を
まめにつくっていましたが、自分も糖尿病だったためだんだん体力が落ちていきました。
ばあちゃんのご飯もお惣菜や簡単なものになっていきました。
それでもおいらが高3の頃まではかっぷくもよく元気でした。
686:大人の名無しさん
04/05/22 12:57 zvIlgmBX
高校を卒業して、おいらも仕事を始め、だんだんとじいちゃんの家に行く事も少なくなりました。
そして、去年の夏頃に母から『じいちゃんが胃癌になった』と聞きました。
もっても後3年、と…。それから、母の兄弟は交代でじいちゃんの様子を見に行くようになりました。
そして去年の秋に事件は起きました。母の姉がじいちゃんの家に居た時の事です。
687:大人の名無しさん
04/05/22 13:23 zvIlgmBX
今思えば、自分の体が思うように動かなくなり、つらかったのでしょう。
誰よりも一生懸命、介護していた母の姉を怒りました。『飯がマズイ』とか
『うざったい』など…おばは号泣し自信を無くし少しの間、じいちゃんの家に
行かなくなりました。それを聞いておいらは『なんでそんな事言うの?!』とじいちゃんに失望し
全く遊びに行かなくなりました。
それから母の説得もあり、おばは又一生懸命介護を始めました。
おいらもその内また行こうと思っていた矢先、
じいちゃんは亡くなりました。
じいちゃんは最後まで救急車に乗りたくないと
言い張っていたそうです。
おいらの成人式を迎える2週間前の事でした。
せっかくの晴れ姿見てほしかったのに…なんで待っててくれなかったの!!と
もう冷たくなった手を握りながら嗚咽しました。
葬式の時、いとこが言っていました。『じいちゃんきっと、疲れちゃったんだよ。
もう休ませてあげよう。』と…
じいちゃん。ばあちゃんの事は最後まで心配だったと思うけど大丈夫。安心して。
皆でじいちゃんの分まで支えていくから。ほとんど喋れないばあちゃんの気持ちを
理解してあげれるまでもう少し時間はかかると思うけど、そっちで会った時、
胸はって会える位おいらもがんばるかんね!!
駄分&長文、失礼しました。
688:大人の名無しさん
04/05/22 13:26 USbuFenZ
おととい、元彼のはじめての月命日でした。27歳で、急性の白血病で、あっ
という間に死んだ。むしろ別れてかららのほうが、親友になれた人だった。
3月の半ば、私の携帯になぜか公衆電話から電話がかかってきた。
「いま家?」と聞くから、あと4時間もすれば家にいると伝えた。
4時間後、言ったとおりの時間に電話がかかってきた。また、公衆電話から。
なぜ公衆電話からなのかと聞くと、笑ってごまかしながらも、「俺のから
だ、うまくないんだよね」と言った。「だから、お見舞いに来ない?」とおど
けながら。
それ以上話したくなさそうだったから、どこに入院してるのか聞いたら、彼
の家とはまるで違う市の駅で降りるようにという。
「そこからさ、がんセンター行きのバスがあるから、それで終点まで行っ
て、○階の緩和治療病棟の受付に行って」
なんだよ、がんセンターって。緩和治療って
689:大人の名無しさん
04/05/22 13:28 USbuFenZ
それから、1ヶ月しか持たなかった。彼と一緒に過ごせたのは、4回の週末
と、毎日の電話だけ。臨終に立ち会えたのは、せめてもの救い。自己満足に
すらならないけれど。
今年、お姉さん結婚するって言ったじゃん。
お父さん定年になるから、海外旅行に行きたいって言ってたじゃん。
あなたが一番悔しいのは、わかっているけどさ。
あなたが私の人生に残した軌跡が余りにも大きくて、困っています。
まだまだ気持ちの整理もつかないし、泣き止むことも出来ない。自分の嗚咽で目が覚める夜もある。
あなたにこれ以上心配かけたくないし、申し訳ないと思うけど、卒哭忌まで
は、好きなだけ泣かせてください。
誰かが、「遠い人の死は終わりでしかないけど、近しい人の死は始まりなんだ」と言って
いました。初めて、その意味がわかったような気がします。
690:大人の名無しさん
04/05/23 00:04 iAKKCA21
去年、親父の隠し借金が発覚。総額1000万円
おいらの貯金は、弁護士費用やら生活費やらのために、
ほとんど無くなった。今までやってた仕事は自宅近くには無い。
取り敢えずの現金収入の為、近所の工場でアルバイト。
親父の年金はほとんどが借金返済のために使われ、生活費は
母とおいらで稼ぐ。親父は仕事へ行ったり、行かなかったり。
相変わらずタバコぷかぷか。おいら禁煙した。家の諸事も散々と、
口うるさく言わないと何もしない。 ボ ケ ー ッ と 水戸黄門見てる。
反省の色、あまりなし。
抵当権を持つ会社への支払いは、あと4年。しかし家族に借りた分
がほぼ同額。あと10年はこの生活が続く。
30過ぎて、親の生活指導するとは夢にも思わんかった。
自己管理出来ないにも程がある。
おいら、独身、長男。貯金ほぼゼロ。定職求め活動中。
時々、自分のこれからの生活を考えると、「嗚咽」程では無いが
泪が出てくる。
真面目に生きてるのになぁ・・・
691:大人の名無しさん
04/05/23 00:24 9ZDGVDZI
俺30になったていうのにこんな生き方ことやってるよ…
情けねえ。
692:1/2
04/05/23 02:52 P9eBBTz5
スレ違いかもしれないが690がんがれってことで、
結構悲惨な生活を大逆転させた話でも。
長文カキコ失礼。
うちの近所のじいさんの話です。
そのじいさん、若いころは国鉄(今はJRですが)の保線区に勤めていた。
当時の国鉄は組合活動も激しく、職場で面白くないことも多かったそうだ。
まだ、酒も飲めないような男は男じゃないっていう気風も残っていたころだ。
どんどん酒量が増えて、いつのまにやら飲み屋街で「ライオン」とあだ名のつく
大酒のみになってしまった。
仕事だけはプライドもあってきっちりと行くが、仕事があけると飲み屋へ直行。
ケンカはしないがわーわーと大騒ぎをして(だからライオンなわけね)
すぐに店を何件もハシゴする。
これを毎日やっていたら給料なんてあっというま。増えるのは借金だけ。
奥さんが朝から晩まで働いて家計を支えてもおいつかない。
ついに国鉄官舎に差し押さえがやってきた。
そしてじいさんは精神病院に入院。
693:2/2
04/05/23 02:53 P9eBBTz5
40過ぎたいい男が酒で精神病院おくりになれば
普通はそこで解雇で人生終りなんだが
当時のじいさんの上司が情のある人だったんですね。
「あそこはまだ小さい男の子が三人もいる。国鉄を辞めさせられたら住む家もなくなる。」
といって、国鉄の年金組合にかけあって年金で借金清算の算段をつけてくれた。
さすがに飲み助のじいさんもこれにはこたえた。
なんとか酒をやめなくてはと反省日記を提出していた。
(断酒の教育指導として病院では日記をかかせていたそうです)
それをみた医者が「あなたは筆まめですね」と、ずいぶんとほめた。
ノセ上手な医者だったんでしょうね。
「だって俺国鉄だもの。日報はヘタな字でも毎日書くし、時間をきっちり守らないと仕事にならない。」
というと、医者は大喜びで(演技力のある医者だったんじゃないかと思うんですが・・・ある意味名医かも)
「あなた、この地区に断酒会をつくりませんか。私が手伝いますから。あなたが会長で。」
恩人にむくいるためにも家族のためにも酒をやめなくちゃいけない。
断酒会の会長になればまさか飲むわけにもいかないだろう。よし、やります、ということになった。
そうしたら全国の断酒会から激励の手紙やカンパがおくられてくる。
同じような境遇から立ち直った人からの手紙が涙がでるほどありがたかったそうだ。
そういうわけでじいさんは酒をすっぱりと断った。
国鉄を退職してじじいになった今でも、断酒会だ町内会だ老人会だと毎日が忙しい。
家族とも仲良く元気でやっている。
694:黒電波
04/05/23 05:13 aewIeCKf
俺も死ぬまで元気に遣る事が無くならない生活がしたいな。
まぁ、結婚もしてないんだが
695:大人の名無しさん
04/05/23 16:02 1b+vXOy3
690
ガンバレ。
696:大人の名無しさん
04/05/23 22:14 4f7y7pe2
>>690
690さんに比べれば、まだまだ小さい金額ですが
私も借金があります(奨学金)
旦那は承知の上で結婚してくれました
今の生活にもだいぶ慣れ(遠方へ結婚した)
もう少ししたら、自分で働いて返すつもりです
素人考えですが
一度、地元の弁護士相談等に行ってみられてはいかがでしょうか?
私もかつて自分の子供がいた身ですが、親の立場から言わせて頂くと
親のために、自分の人生を潰す必要はありません
自分の子供には、幸せになって欲しいので
私なら自分で返すから、お前は手を出すな、と
697:大人の名無しさん
04/05/24 12:36 9mHnXw70
>>696
同意。
698:あげ
04/05/24 18:30 2Xp00ECc
あげ
699:ペンタクース ◆0P5uUVFH5Q
04/05/26 23:45 50oet57n
涙でキーボードが壊れた
700:アナバナナ ◆IhdpBaNANA
04/05/27 19:11 kGpodzme
@
/ /
./ / I
| (,,゚Д゚) < めちゃ遠慮がちに
| .(i i)
| i i
\_ヽ_,ゝ
U"U
┌┐
./ /.i
| .(,゚Д゚) < 700ゲト~
|(i |)
\ヽ__ゝ
UU
701:大人の名無しさん
04/05/28 17:03 NgZk2nTI
おり今31。7年前にペースメーカーを入れた。3年前にケコーソして今7ヶ月の子供が
いる、おなのこだ。
そろそろ電池交換時期だが、ふと考える事がある。
このまま交換しないで死んでしまったらどうなるだろう・・・と
でもまだ死ねない、人より早く死んでしまうだろうけど娘がハタチになるまでは
しっかりとこの目にその姿を焼き付けたい。
手術してから一度も病院行ってないから行きにくいなぁ
702:大人の名無しさん
04/05/28 17:34 5XlVwmPJ
>>701
2ch用語をこれでもかと使いたがるあなたに嗚咽・・・・・
交換すれば生きてるんだから平気だよ。
つまらんこと言っていないで、とっとと病院に行ってこい。
もうお母さんなんだから。
でも、ペースメーカー入れてるくせに出産の時に病院に行かないってすごいね。
ある意味尊敬。(逆?)
703:大人の名無しさん
04/05/28 17:40 NgZk2nTI
>>702
言葉足らずですまぬがおりは男だす。
んで娘の事をおなのこと書いたでし・・・ホントごめんなさい
〃〃∩ _, ,_
⊂⌒( `Д´) < ヤダヤダ、病院行きたくないぃぃぃ!
`ヽ_つ ⊂ノ
ジタバタ
_, ,_
〃〃(`Д´ ∩ < 注射するのヤダヤダヤダ
⊂ (
ヽ∩ つ ジタバタ
704:大人の名無しさん
04/05/28 17:52 fYcPLBoF
ヤダヤダ、病院行きたくないぃぃぃ!
〃∩ _, ,_ /) 〃∩ _, ,_ /)
⊂⌒( `Д´)ミ( ⌒ヽつ⊂⌒( `Д´)ミ( ⌒ヽつ
`ヽ._つ⊂ノ⊂( ,∀、)つ.`ヽ._つ⊂ノ⊂( ,∀、)つ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| ミ
| 〃 ∩ 。
| ⊂⌒从ヽ从゜o ザバーン
| ~~~~~~~~~~~~~~~~
705:大人の名無しさん
04/05/28 17:56 QHwEN72D
お~~い生きてるかあ?>704
706:大人の名無しさん
04/05/28 18:21 Na3pKLiz
>701
レスしてるヒマがあるなら
さっさと病院いってきな!
ほんで「なんともなかったです」報告を頼む。
しっかりせいや、おまいは夫で父親なんだろ?
嫁さんや子供を泣かす真似すんな。
707:大人の名無しさん
04/05/28 21:22 EZiN8cJK
>>706
おい、落ち着けよ……
701は緊急の病気でもないし、すぐ病院に行かないと死ぬって話じゃないし、
電池の入れ替え以外は、とっくに「なんともなかったです」話で、
前もって予約とかして電池入れ替えしなくちゃいけないんだからさ(ニガワラ
ただ、その電池の入れ替えをココで止めたらと思うと……という、
ふと湧いたシチュによっかかりそうな、ちょっと気弱な状況になっとるだけだ
しかkり電池交換してこーい!
708:大人の名無しさん
04/05/28 22:39 sTB43w78
電池の+-逆にしたら動脈と静脈が交代?
709:大人の名無しさん
04/05/28 23:07 THtPM2dJ
携帯つかえますか?
710:大人の名無しさん
04/05/28 23:19 IMQc9f6l
>>701
親はなくても子は育つ。
それくらいの気持ちでいると二十歳どころか孫の顔が見られるかもしれないよ。
711:大人の名無しさん
04/05/29 00:14 /Em+PJN9
>>701
しょーもないことぐだぐだ抜かす時間があるなら
さっさと病院逝って電池替えてこいやゴルァ!
712:大人の名無しさん
04/05/29 01:32 Z52wJutj
みんないい香具師ばっかだな
713:大人の名無しさん
04/05/29 08:20 GfVOMNIl
>>701
娘さんのためにも、二十歳といわずにもっと欲を持って下さい。
(縦読みじゃないですよね?)
714:701
04/05/29 11:00 VPA3Tgoz
オマエラなんていい奴らなんだ・・・
そうなんよ、電池入れ替えるのは大した事じゃないんだけど
やっぱり色々考えちゃうのね~
どうせ以前バイクでデカイ事故してるから、そこから今まではおまけの
人生って考えてるんだけど、子供出来たらもっと生きていたいって
欲が出ちゃってさぁ・・・
>>709
携帯は使えるよ~、ただし「必ず右手右耳で受ける事」でし
以前試しにペースメーカーに近づけたんだけど若干息苦しかった。
おりが埋め込んでるタイプは何かあった時に一度リセットされるやつみたいで
そん時に信号が一時ストップして苦しかったんだと思うでし。
まぁセックルも出来るしオナーヌもばっちりだけどなw
715:黒電波
04/05/29 12:41 dp0SmoLI
つーか、今売ってるペースメーカーで苦しくなるほど乱れる様な携帯はタイの長距離か無線だな。それ。
716:大人の名無しさん
04/05/29 13:46 gbkCrYfT
バイク事故で心臓を損傷したんですか?
俺は無理に電池交換しろとは言わないよ
どうしても電池入れたくないなら 数億円の生命保険かけとけば
それで充分だと思うよ どうせ男親なんて給料運搬人だしw
717:大人の名無しさん
04/05/29 14:07 7CseAii8
>>716
ペースメーカー入ってたら、今から高額の生命保険には入れないんじゃない?
ってーか、おまいが給料運搬人の価値しかないからって、あおんなよ~
718:黒電波
04/05/29 14:21 dp0SmoLI
どちらにしろ、自殺と言われて半額以下しか出ないと思われ。
719:大人の名無しさん
04/05/29 14:30 gbkCrYfT
給料運搬以外の価値ってあるの?
電池入れなきゃ心臓止まっちまうような半病人にさw
720:大人の名無しさん
04/05/29 14:52 gtIqN/J/
頂いた命をしっかり生き抜いて下さい。それが使命だ
721:大人の名無しさん
04/05/29 23:36 9KbZ1LgZ
>>714
おまえにとってはおまけの人生かもしれないけど、嫁さんとお子さんにとっては
かけがえのない唯一の人生なんだから、ぐだぐだ言わずにとっとと行ってこい。
もしも死んだら、あかんぼかかえて働けない奥さんが路頭に迷うぞ。
もしも死ぬなら、子供が成人して濡れ落ち葉扱いされるようになってからだな。
722:大人の名無しさん
04/05/30 02:49 DMi4VEWs
>>721
ボチボチ、とっとと行ってこいってレスはしつこいと思われ。
本人はわかってるよ、そんなこと。
「行かずに死にたい」じゃなく「これで死んだらどうしよう」なんだぞ。
自殺志願者に向かって言うようなことを、死を身近に感じてる人間に対して、軽々しく言うもんじゃない。
723:大人の名無しさん
04/05/31 01:07 youyxHUv
「電池が切れるまで」だっけ?小学生の子が書いた詩があったよね。
小児病棟かなんかに長期入院してる子達が、病院内の学校で書いた詩のなか
の一編だったと思うけど…なんか701の話読んで思い出したよ。
自分はすごく大切な人を数ヶ月前に亡くしたばかりだけれど、君の「電池」は交
換できるんだよ。でも、世の中には交換したくても交換する電池すら持ってない人もいる。
だから、「ふと」でも、そんなこと考えないでおくれよ。
奥さんと娘さんは、君に生きるためのモチベーションを与えてるんだろ?
724:大人の名無しさん
04/05/31 01:16 jRdiHc6c
子供の時はすごく厳しくて怖かった祖母。
成績のいい姉には優しく、わたしにばかり厳しい祖母を憎んだ。
とにかく甘えられる相手ではなかったし、あまり好きではなかった。
そんな祖母が85歳になって転んで足を悪くして、寝たきりになった。
ある日わたしは生理痛がつらくて苦しくて、誰かに助けてほしくて、
他に誰もいなく、寝たきりの祖母のところへ行った。
「生理でお腹が痛い。」と訴えると、祖母は寝たきりなのに
必死でベッドの周りに痛みどめのくすりがないか探してくれた。
ひどい雷で怖かったとき祖母の所へ行くと、
笑って「これぐらい大丈夫だ」と言ってくれた。
それだけでわたしはすごく安心したんだ。
その後祖母は88歳で亡くなった。
子供のころの厳しさは優しさだったということに、後から気が付きました。
祖母のことを思い出すと、今でも涙が出そうになります。
725:大人の名無しさん
04/05/31 12:44 KpSOhIfG
厳しく接する事が優しさの一面でもある。それは分かる。
しかし子供の頃、逆に優しくされた姉はなんだったのか、ふと気になってしまった・・・
724に対する愛を厳しくする事で与えていたとするのなら厳しくされなかった姉には愛は無かったという事だろうか。
しかしそうなら特に優しく接する必要も無いのである。優しくするならそれもそれで愛の1つの形なのである。
結局は二人とも愛していたと考える事が出来るが、なら二人とも同じように接すれば良い筈なのである。
自分で書いてて訳分からなくなってきた・・・
726:大人の名無しさん
04/05/31 21:17 l/MbGOwY
なんか 荒れ気味ですなぁ
いい板たのに・・・
727:大人の名無しさん
04/05/31 22:23 VJZt8fC+
>>723
おまい、良い事言うな !
グッスンとした。
728:大人の名無しさん
04/06/01 00:29 J3U51O+B
パートしまくって大学まで行かせてくれた費用 600万円
就職祝いにくれたオーダーメイドの礼服 15万円
結婚祝いにくれた箪笥 10万円
嫁の出産祝いにくれたベビーベット 3万円
臨終前に言った”私の息子に生まれてくれて、有難う” Priceress
お金で買えない物がある
親孝行は生きてるうちに。・゚・(ノД`)・゚・。
729:大人の名無しさん
04/06/01 00:34 l4tS5dXU
このスレ、寝る前に読んじゃダメだね。
翌朝まぶたが大変なことになりそう・・・
730:大人の名無しさん
04/06/01 00:49 jdttdFGe
>>728
生きてるだけで親孝行だよ。priceress!
孫まで見れて幸せだっただろうね。
731:大人の名無しさん
04/06/01 04:10 DottCMda
きみたち、pricelessだと思うよ・・・。
732:30代バツ1(その1)
04/06/01 05:12 ue3rSAnY
このスレはROMだけのつもりだったんだけど、
なんか書きたくなっちゃった
今日は仕事休みだし。。
オレには子供が1人いる。でもオレに親権はない。
子供は離婚した元嫁と暮らしている。
オレと元嫁はいつからかケンカが絶えなくなり、
なんとなく子供の為に一緒にいるって感じになってしまっていたんだ。
子供が大きくなってくるとオレ達の口げんかを止めに入ってきてさ、
時々そんな子供に、「早く寝なさい」「子供が口出しするな」なんて事を
オレや元嫁は言ったりしてた。。辛かっただろうな。
周りからは仲の良い夫婦に見られていたけど、人前でケンカしたりはしないからさ。
このままじゃ結局ダメだなって事で離婚する事になったんだ。
子供と暮らしたかったけど、調停とかやってますます子供を苦しませる事はしたくなかった
から、嫁が子供を引き取りたいって言った時には「うん」と答えた。
子供も「ママと暮らしたい」って言ったしね。
でも次の日起きると枕元に手紙があったんだ。
「ホントはね、○○はママとパパと暮らしたいよ。でももうダメなのってママが言ってた。
パパは男だから1人でも平気だよね。ママは女だから○○が一緒にいてあげないとカワイソウだよね?」
オレは涙で前が見えなくなっていた。
それから3日後、オレは家を出たんだ。ローンももう少しで終わりだったマイホームをね。
もちろん娘に返事を書いたよ。
「うん。パパは1人でも大丈夫だよ。○○はママの言う事をちゃんと聞いて、助けてあげるんだぞ。
困った事があったらいつでも言ってくるんだぞ。夜中だって構わないから」
その手紙は娘の机にそっと入れた。
733:30代バツ1(その1)
04/06/01 05:14 ue3rSAnY
オレは実家に帰り家業を継いだ。
嫁とはもちろんだけど、娘とも連絡は取らない事に決めていたんだ。
娘から連絡が来るのを待とうってね。
オレから連絡しちゃうと娘も動揺しちゃうかもしれないしと思ってね。
別に娘とは会えないわけじゃなかったんだけどね。
元嫁に連絡すればいつでも会えたんだ。
でも、オレと頻繁に会ったりすると、ママが嫌な気がするって考えちゃうような
娘なんだ。娘にそんな気を遣わせたくないしね。
時々無言で掛かってくる非通知の電話があってね、最初の時から娘だってわかったよ。
名前呼んでさ、元気かって聞くと、無言なんだけど、頷くのがわかるんだよね。。
それで娘が小学6年の時に、手紙が来たんだ。
就学旅行のしおりのコピーだった。その場所って、家族3人で行った事のある所だった。
そして、赤丸がしてあったんだよ、時間のところに。
来てくれって事なんだよなって、オレはその日その時間にその場所に行ったんだ。
2時間も前から待ってた。。そうしたらいろいろ思い出しちゃってね。。サングラスかけてて
良かったよ。
734:30代バツ1(その1)
04/06/01 05:16 ue3rSAnY
予定より15分くらい遅れて娘は現れたんだ。
オレの知らない服を着ていてさ、改めて別々に暮らしてんだなって思ったよ。
娘は見学そっちのけでキョロキョロしてたよ。。それ見てたらまた泣けてきてね。
背も高くなってたよ。。
そのうち自由行動になったらしくて、グループ行動みたいになったんだ。
でも話はしなかったんだ。娘も泣きそうだったからさ。。
だけど、近くを一緒に歩いたんだ。。
ほんの数分の事だったけど、こんなにも時間が貴重に思えた事はなかったな。。
別れる時、娘はみんなにわからないように小さく手を振ったんだ。。
オレも振り返したよ、もちろん。。
帰りの車の中では涙が止まらなかったな。。
娘の小学校卒業も見れなかった。
中学卒業は見たいな。。
今でもたまに無言の非通知電話はあるよ。。
相変わらず喋るのはオレだけだけどね。。
735:30代バツ1(その1)
04/06/01 05:18 ue3rSAnY
>>733=30代バツ1(その2)
>>734=30代バツ1(その3)
です。ごめんなさい。
736:大人の名無しさん
04/06/01 09:03 niy9BZjl
>30代バツ1さん
とてもいい話を聞かせていただいてありがとう。
わたしの父親もずっと以前に家を出ました。
昔気質の人だし、細やかな愛情の表現は無かったけれど
自分自身が年齢を重ねる毎に、
昔は見えなかった親の愛情がわかるようになるのですね。
バツ1さんの娘さんも、
旅行先でお父さんと一緒に歩いた思い出が
この先いろんなことを乗り越えてゆく力になることだと思います。
その娘さんのためにも健康で元気にお過ごし下さい。
737:大人の名無しさん
04/06/01 09:09 CqaDtNbY
>>732-734
まじかよ。泣きそうだよ。
友達も家族も子供も居ない俺からすると、
自分のことを慕ってくれる娘さんがいるというだけでうらやましいが。
738:大人の名無しさん
04/06/01 14:40 oL2LIkdP
>>732-734
私も泣きそうだ……
あなたの大きな優しさにもだが、
娘さんの頭の良さと気立ての良さにまた泣いた。
機転の利く素敵なお嬢さんだね。
お父さんへの気遣いもお母さんへの心配りもできる良い娘さんだ。
私も小学校6年の時に学校で旅行があったが、
当時の私に娘さんと同じアイデアが浮かんだだろうか。
絶対無理だったと思う。
これからも娘さんとの絆を大事にして下さい。
739:大人の名無しさん
04/06/01 18:53 pNnGGD/p
>732
>嫁が子供を引き取りたいって言った時には「うん」と答えた。
>「ホントはね、○○はママとパパと暮らしたいよ。でももうダメなのって
>ママが言ってた。 パパは男だから1人でも平気だよね。ママは女
>だから○○が一緒にいてあげないとカワイソウだよね?」
>「うん。パパは1人でも大丈夫だよ。○○はママの言う事をちゃんと
>聞いて、助けてあげるんだぞ。
このあたりの流れとやりとりが、元夫と娘のそれとそっくりで・・・
元夫は離婚のときに「今後俺から連絡することはないから」
と断言してました。きっと>732さんと同じ気持ちで。
私は子供を二人分の愛情をもって育てたいと思ってる。
だけど父親の代わりにはきっとなれない。子供にとっての
父親は元夫しかいないから。
離婚したのは私と元夫のせいだから、せめて、子供たちには
「パパはあなたたちをとても愛している」ということを出来る限り
伝えてあげたい、と考えていたけど、そんなことをするまでも
なくきっと伝わっていますね。